また長くなりそうだなぁ
二人の進む先に
「うん。体調に異常なし。今回も無事に切り抜けられたみたいだね」
「ああ」
シャツを着ながら、士郎がロマニに返事する。特異点の修復を終えた士郎は、ロマニによる健康検査を受けていた。
「あれ?士郎君、それは?」
「えっ?」
「いや、二の腕のあたりなんだけど」
ロマニが指差したところを見ると、皮膚の一部が濃い色に染まっている。普通に服を着た時には隠れてしまう場所だったため、誰も気づかなかった。
「痣かな?それとも火傷?」
「あ、これは大丈夫だ。怪我とか病気とかじゃないから」
「そうなのかい?」
「ん、まぁ。俺の魔術の副作用というか、なんというか。ただ、身体機能とかには影響はない。心配するほどのことじゃないさ」
「魔術の副作用、ね。まぁ、あれだけデタラメな投影を行えるんだから、何かしらの代償はあるか」
「そんなところだ。じゃあ俺は食堂の方に行くよ」
笑顔で手を振り、士郎を見送るロマニ。扉が士郎の背後で閉まると、ロマニの表情が変わる。
(それにしても、リリィちゃんの魔力による士郎君の治癒能力……あれは一体、どんな理屈なんだろう。二人を繋ぐ、何かがある。マスターとサーヴァントのパスだけじゃなくて、もっと別の何かが……)
「やっぱり影響が出始めたか……」
先ほど皮膚が変わっていた部分をそっと抑え、呟く士郎。
「この調子だと、第七特異点を終えた時には、あいつと同じ見た目になっちまうのかもな」
身長も骨格も、あの時のあいつに近いものになってきている。このまま戦い続け、この力を使い続ければ、いつか自分は……
「いや、でも俺とあいつは別人だからな」
しかしこのままいけば間違いなくみんなを驚かせることになるだろうなぁ、なんてことを心配する士郎。
(髪はまぁ、いざという時は染めるって方法があるけど、皮膚はどう誤魔化したものか……)
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食堂へと向かう士郎。廊下を歩いていると、丁度近くの扉が開き、マシュが出てくるところだった。
「先輩、お疲れ様です」
「マシュこそ、お疲れ。検査の方は?」
「問題ありません」
「そっか。なら、ご飯にしよう。一緒に食堂に行かないか?」
「はい。是非ご一緒させていただきます」
並んでカルデアの廊下を歩く二人。そういえば最初に自分の部屋に案内された時も、マシュに連れて行ってもらったな、なんてことを思い出す。あれからそんなに経っていないはずなのに、もう随分と昔のことのように思える。
「?先輩、どうかしましたか?」
「あ、いや。初めてカルデアに来た時のことを、ちょっと思い出してさ。あの日も、こうしてマシュと二人で歩いていたな、って」
「そうでしたね。先輩のような方は、初めてだったので、正直言うと、少し驚いていました」
「驚いていた?」
「はい。聖杯戦争を勝ち抜いた方と聞いていたので、どんな凄い魔術師の方が来るのかと、身構えていました」
「あはは。なんかごめんな、こんな三流で」
ポリポリと頬をかきながら、視線を泳がせる士郎。同時に、そりゃそうだとも思う。世界最小の規模でありながらも、世界最大級の戦力がぶつかり合う、それが聖杯戦争。自分の時がイレギュラーなだけで、本来ならば歴とした魔術師が参加するもののはず。
期待が大きかった分、がっかりさせてしまったのだろうと思うと、あの時の所長の態度も納得がいく。マスター適性にレイシフト適性。自分が欲しくて、それでも得られなかったものを、こんな魔術師として三流の自分が持っていれば、怒りたくもなるはずだ。
「いえ。むしろ先輩は、私の思っていた以上の方でした」
「えっ」
思わずマシュの方を見る。士郎のことを見上げながら、マシュが微笑む。
「私が出会った魔術師の方々は、皆さんとても優秀な方でした。でも、そこは魔術師、どこか閉鎖的で、事務的で……そんな時に出会った先輩は、優しくて、対等に話してくれて……聖杯戦争を勝ち抜いたことを自慢するでもなく、職員の方にも気を配っていて……そんな先輩だからこそ、私は『先輩』って、呼ぼうと思ったんです」
「マシュ……」
生まれてから一度も、たったの一度も、マシュはカルデアの外に行ったことがない。その話をマシュから聞いた時、士郎は不思議に思った。それはつまり、彼女がここで生まれ、ここで育ったということ。そしてサーヴァントとの融合に、レフの「出来損ない」や所長の「成功した」という言葉。
マシュの出生には、きっと自分が知らない秘密があるのだろう。けれども、それは自分が土足で踏み込んではいけない領域、なのかもしれない。
待つべきなのかもしれない。マシュが、自分から話してくれることを。
「それに、先輩はとても強い方です。魔術師ではサーヴァントには勝てない。それが本来の常識なのに、先輩はそうではありませんでした」
「それは、相性の問題とかも関係しているからな。遠坂……俺の師匠も、キャスター相手に有利に展開を進めてたこともあるし」
「かもしれません。でも、先輩の強さは戦闘だけではなくて、その信念、でしょうか。どんな状況でも諦めずに、どんなに強大な相手にも向かって行く。そんな先輩みたいに、私もなりたいんです。先輩のサーヴァントとして、先輩の姿は、私の理想です」
力説するマシュ。そんなマシュを眺めながらも、士郎にはその言葉を途中から聞こえていなかった。
(理想……か。でもマシュ、その理想の先は、きっと地獄だぞ……って、伝えるべきなのだろうか)
ガッツポーズをするように気合を入れ、語り続けるマシュ。きっと彼女は、まだ分かっていない。衛宮士郎の掲げる理想、それがどれだけ地獄の道なのか。
あの聖杯戦争で自分は知った。自分が辿るかもしれない道を。
そこにあったのは死、死、死。おびただしいほどの死体、否、殺人の歴史。そしてその度に大地に突き立てられる剣。
その地獄に終わりはなかった。
ただ、より多くの人を救いたかっただけなのに。切り捨てるのはその救いたかった者たち。殺すのは守りたかった者たち。
理想は遠く、心は擦り切れ、衛宮士郎という個人までもが消えていく。
かつてあの男が辿った道は、一度は完全に自分の心を砕くところまで行った。
ただそれでも、その願いだけは間違っていなかった、そう断言できる。
だからこそ、自分はこの道を進み続けると決めたのだ。
自分に憧れるという少女。その理想の先にも、おそらく地獄が待っている。ただ、その時に、彼女の心が折れぬことを、彼女が理想を貫けることを、自分は願おう。
「なので、これからはもっと先輩との連携も考えたいと思っています。いつかはアイコンタクトだけで、戦闘、炊飯、掃除、談話ができる……そんな関係になれることを目指しましょう!」
「マシュは勤勉だな。なら、力をつけるためにも、しっかりと食べて力をつけないとな。何かリクエストとかあるか?」
「リクエストですか?先輩の料理はどれも美味しくて、力が出ますから……そうですね……困りました、凄く悩みます」
日常的な話題、何気ない会話。繰り広げながらも士郎は願う。目の前の少女の未来に、幸あれと。
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「それじゃあみんな、準備はいいかい?」
ロマニの声に頷く士郎たち。今回のレイシフトに行くのは士郎、マシュ、リリィにジャンヌ。エルメロイII世は司令塔としてカルデアに残り、ステンノは、
「私は行かないわよ。戦う力もないのだし、ここからでも貴方の旅は観れるもの」
と辞退したのであった。
「今度の特異点はほとんどが海だからね。船で移動する必要があるよ。こっちで用意することができないから、君たちでなんとかしてもらうことになるわけだけど」
「まぁ、なんとかするさ」
「それじゃあ気をつけてね」
コフィンに士郎たちが入るのを見て、スタッフが捜査を開始する。
次なる特異点は封鎖された海域。
世はまさに、大海賊……ではなく、大航海時代。
周囲を海で囲まれた幾つもの島。
待ち受けるのは果たしてなんなのだろうか。
さてこの第三特異点では、士郎にとって因縁?的な相手が何人もいるなぁ
ヘラクレス、ヘクトール、エウリュアレ、メディア……わぁお