艦隊これくしょん ―望郷― 戦艦娘『穂高』の戦い   作:月奏

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第一話 邂逅

 ここはルソン島マニラ湾付近の海域。

 そこに複数の航跡が空から確認することができた。

 

『ふぁあふぁあ―』

「こら、まだ安全圏内でないのに息を抜かない」

『す、すいません』

 

 海防艦娘『志賀(しが)』は、気の緩みのせいか欠伸をした駆逐艦娘『皐月(さつき)』に無線機越しで注意する。

 

「いいですか、今私たちパタ号輸送隊は……」

『ストップ、ストップ。ここでの説教はやめて、旗艦の言う通りまだ戦場なんだから』

「……」

『皐月の言うことも間違っていませんよ』

「三日月……」

 

 二人の会話に、皐月と同じ型の駆逐艦である『三日月』が入ってくる。彼女は穏やかな声で諭す。

 

『そ、そうだよ。志賀は細か過ぎるんだよ。説教中毒だ』

「暇があれば腕立てする筋トレ中毒に言われたくない」

『なんだと、筋トレを馬鹿にしたな』

 

 皐月は突っかかってくる。

 まずい、このままだと口喧嘩になると思った志賀はただちに事態を収めることにした。

 

「はい、はい。声を荒げている暇があったら妖精さんに任せていないで貴方も周囲を見張っていなさい」

『うまく誤魔化したな。あとで覚えていろよ』

 

 恨みつらみの台詞を吐き捨てた後、皐月は通信を一方的に切った。

 

「……乱暴ね」

 

 皐月はいつも志賀に突っかかってくる。癪にさわることを言った覚えはないのだが。

 格下の海防艦に指示されるのが嫌なのかもしれないと思っていたのが、見ている限り海防艦を見下すような言動を取っていないし、私の指示は黙々と従っている。また、言動から悪意を感じられないのだ。何というか犬が飼い主にじゃれついているような気がする。悪い気にならないのは彼女の良さなのかもしれない。

 なので、志賀は皐月を嫌いにはなれない。同じ部隊となって今まで上手くやってきたのがその証拠だ。

 まあ、三日月が抑え役になってくれていることも大きいかもしれない。

 部下が何を考えているのか分からないなんて、自分はまだ指揮官として未熟なようだ。

 

「まだまだ、か……四隻の命を預かっているのだから頑張らないとね。海防艦の端くれとして、鵜来(うくる)新南(しんなん)竹生(ちくぶ)に負けないために」

『その意気ですよ』

「『神津(こうづ)』、聞いていたの!?」

『ええ、まだまだのところから』

「全部じゃないの」

『くっくっくっ……』

 

 この神出鬼没めと、したやったりと言わんばかりに笑っている姉妹艦の神津に、志賀は罵りたくなる。

 笑いを押し殺した声が聞こえてきた。

 第一号型輸送艦の『第九号』のものであった。

 

「九号さん、貴方もですが……」

『ごめんなさい。みんなのやりとりが面白くて』

 

 三日月以外に味方はいないのかと志賀は頭を抱えてしまう。

 すると――――。

 

『旗艦!!』

 

 皐月の緊迫に滲んだ声が届いた。

 

「どうしたの?」

『電探が艦影を捉えた。感八、敵か味方であるかは不明』

「……」

 

 顔が引き締まるのを感じた。

 

『こちら三日月、皐月と同じく電探が感八の敵味方不明の艦影を捉えました』

 

 間違いない敵が近くにいる。

 あと少しというところで、志賀は姿を見せた敵――――深海棲艦を罵りたくなった。

 

「逆探で識別はつかない?」

『ボクの方は無理』

「三日月は?」

『えーと。今、探知しました、駆逐イ級三隻、駆逐ロ級四隻、軽巡ホ級一隻です』

「残敵かそれとも後方攪乱用の艦隊なのかしら」

『今はそんなことはどうでもいいよ。対応を考えないと』

「そうね。交戦を可能な限り避ける。敵艦隊と距離を取るわよ」

 

 指示を下すのと同時に、三日月の声が殴り込んでくる。

 

『新たなに一隻の艦影を捉えました。味方、艦娘です』

「何ですって!? 間違いないの?」

『間違いありません。IFF(敵味方識別装置)に反応があります。ですが、艦名などの詳しい情報はわかりませんでした。おそらくは登録されていない生まれたてと思います』

『不味いよ。このまま、いや確実に深海棲艦と鉢合わせるよ』

 

 志賀は苦い顔をする。

 

(ドロップした艦が放浪しているうちに運悪く敵と遭遇したのかしら?)

 

 そんな事例は少なからず存在するのを志賀は知っていた。もしかするとこれらは氷山の一角で、実は多くの艦娘が訳も分からないうちに海の藻屑となっていたのかもしれない。

 

『志賀、どうするんだい?』

「神津貴方、何か意見はあるかしら?」

 

 問いかけてくる神津に、志賀は逆に問いかける。実に失礼な態度だと内心で思うが、参謀役の彼女に意見を聞きたかったからだ。 

 

『見捨てた方がいいと思う』

『何言っているだ、味方を見捨てるなんて』

『なぜ、確かに同じ艦娘だけれども僕たち国防海軍の所属ではないし友軍でもない』

『で、でも』

『それに任務中だ、前世も今も歴戦の輸送艦である九号君を護衛艦隊の誇りをかけてタウイタウイ泊地まで無事に送り届けないいけない。あと蛇足かもしれないけど、今の僕たちの戦力と装備ではあの規模の深海棲艦に立ち向かえない』

『――――』

 

 皐月の歯ぎしりする音が耳朶に届く。冷徹で身の蓋の無い神津の口ぶりに反感を抱くが、決して甘くはない戦いの海を今に至るまで潜り抜けた経験から神津の言うことは決して間違えていないと感じているので強く言うことができないのだろう。複雑な感情と葛藤を抱いていることが窺えた。

 

『僕の意見は以上だ。さあ、旗艦決断を』

 

 時間はないと言わんばかりに神津は急かす。

 

「……見捨てることはできない。付近の鎮守府に連絡しても間に合わない可能性がある。ならば任務をほぼ完了している私たちが救助に行くしかない」

 

 志賀は静かに告げる。

 脳裏には、自分がこの世に生まれ目が覚めたときに見た景色が浮かび上がっていた。

 今現在、艦娘は三つの要因で生まれる。

 一つは適性の高い人間に適応値が高かった艤装を取りつけて元の名を捨てて艦娘となるともの。今の主流であり二代目、三代目である。

 二つは工廠にて謎多き生命体――妖精の力によって建造されるというもの。その場合に生まれた艦娘は元人間ではなく人の姿をした元軍艦の転生体である。かつての主流であったが、時が経るにつれて建造される数が減少していき一つ目の方法に逆転していった。

 三つは深海棲艦の拠点を攻略した際にいつの間にか姿を現して保護されるというもの。ドロップと呼ばれている現象だ。それで生まれた艦娘は目が覚めたらここにいたと証言するだけでこの現象の全容は全く掴めていない。ただ、二つ目と同じ艦娘は転生体であることやこのケースはあまり多くはないことは分かっている。

 志賀は三つ目でこの世に生を受けた。

 沖縄沖の深海棲艦拠点攻略戦が完了した時期に沖縄の海に浮かんでいた。

 装備と名前、ただの艦であった頃の記録以外は何も分からず、心細く頼りない気持ちで漂流していた。

 自分の場合はすぐに一番姉である鵜来と同じ海防艦である『占守(しむしゅ)』に保護された。だが今漂流している艦娘はどれだけ期間さまよっていたのか、どんな思いでいるのか他人事ではいられない。それにできることなら戦友を見捨てることはできなかった。

 

 

「私と皐月は救助に行く。神津は三日月と護衛をお願い」

「お願いという言葉はいらないよ。君ならこんなことを言うと思った。護衛の任務承けたよ。骨は拾うからね」

「それを言うなら艤装でしょ」

「そうだね……ちゃんと一緒に戻ってくるんだよ」

 

 さっきの冷徹な意見が皐月を含め戦友のことを考えてのことだと分かる神津に、ええ、分かっているわと笑みを浮かべて志賀は返す。

 

「後ろを任せるわ」

「分かったよ」

 

 駆逐艦と海防艦、二隻は速度をさまよっている艦娘がいる海域に向かう。

 近づくにつれて砲声が大きくなっていく。

 

「これは……戦艦のもの」

「ってことは、ドロップしたのは戦艦ってことかな?」

「恐らくは」

「なら一安心かな」

「まだ分からない。速度は緩めないで……」

 

 志賀めがけて砲弾が飛んできた。

 難なく避けると、駆逐イ級一隻が特徴である口を大きく空けて襲いかかってくる。

 

「……」

 

 冷静に志賀は対応する。

 右腕に装着していた一二センチ単装高角砲を素早く向けて狙いを定めて――――撃つ。

 反動で右腕が軽く上がり、硝酸の臭いが鼻に突き、空莢一つが海に沈む。

 発射されたのは対空用の砲弾であった。大型ではない平凡な駆逐イ級相手では特に問題とはならない。

 案の定、駆逐イ級の頭上で炸裂した砲弾の破片と衝撃は駆逐イ級に蹂躙する。

 頭部の大半が消えてなくなり、波に突っ込んで沈んでいった。

 沈んだところを通過する。志賀は視線は既にいない駆逐イ級ではなく前を向いていた。

 

「これは……」

 

 見えた景色に志賀は絶句する。

 海面には、身体の半分が吹き飛ばされたり、切り刻まりたりしたりした深海棲艦の遺骸が浮いていた。

 

「旗艦、あれを!!」

 

 皐月の指さす先には、深海棲艦の青い血で濡れた日本刀を海面に突き刺して何とか立っているポニーテールの黒髪をした艦娘がいた。肩で息をしているが、周りを睨み付けていた。

 その視線の鋭さに志賀は恐怖を抱くものの、覚悟を決めて話しかける。

 

「あ、あの。私たちは貴方の味方です」

「そうだよ。だから攻撃しないでよねぇ」

 

 すると緊張の糸が切れたのか、彼女は倒れ込んだ。

 志賀と皐月は彼女に駆け寄った。 

 

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