駆ける。避ける。突き進む。近づく。
狙う。撃つ。突く。砕き。斬る。
睨み付ける。凝視し続ける。白黒色の異形のバケモノを。
穂高は、訳も分からぬまま突如受けた攻撃で頭は真っ白からっぽになってしまっていた。とにかく、攻撃している“敵”に対し無我夢中で反撃を行っていた。なぜ敵と判断したか、本能的にコイツは敵だと言動的にコイツは友好的な相手ではないという理由であった。
片側しか撃てない主砲で撃ってくる敵一つを牽制、単装砲の精密射撃で威嚇し、腰にさしていた二つのうち一つの日本刀を鞘から素早く抜き、近づいてくる複数の敵をそれで迎え撃つ。
太刀クラスの長さもあるこの刀を難なく使っていた。
ある敵を重量を叩き付けて内部にあるものを砕き。またある敵を、鋭い刃で一閃、縦真っ二つに斬る。さらにある敵を突き刺して遺骸となったそれを突進している敵一つにに向かって投擲し器用に当てて、一瞬だけひるんで動けなくなった隙をついてとどめとばかりに軽く斬る。
黒に染まった刀身に太陽の光が当たり白銀に輝き、一つのリボンで纏められている黒い髪は空を舞う。
四つの敵を切り捨てた頃、異変が生じる。
主砲と単装砲から火が噴かなくなったのだ。被弾している訳ではちゃんと動いている。本能的にその理由を察した。
「嘘、もう全弾撃ち尽くしたの……」
あともう少しなのにと内心で叫ぶ。
殆どの敵を討ち取っていた。人と機械が入り混じったような実に奇奇怪怪な姿をした敵だけであった。今まで致命的な打撃を受けなかったのは軽巡のすばしこさを生かして器量に逃げたことや操作に慣れていないことが原因だ。それでも単装砲の精密射撃によって装備していた四つの砲塔を破壊しており、距離の取っての砲撃といカードを奪っていた。
ただ、穂高も砲弾切れにより同じカードを奪われてしまった。
ケリを付けるには一つの手段しかなかった。
近接戦闘だ。
できることなら尻尾を巻いて逃げて欲しかった。重いものを振り回して暴れたせいで握っていた右手が痛くなり右腕が重くなって震えるなどの肉体的な疲労、さらに短期間ながらも命のやり取りをしてきたことを要因とした精神的な疲弊も相まって、立つのがやっとの状態となっていた。
敵の姿が不規則にかすれ、体がフラフラとする全身に込めている力を抜くと一気に倒れそうだ。楽になりたいという気持ちが強くなり、力を抜きたいという誘惑に駆られる。だが、それをやれば最後、待っているのは死である。ヤツラの仲間をあれだけ殺したのだ、許す筈もないだろう。自分がコイツの立場となって許すとは決して思えない。
殺るしかない――――腹や手に力を入れて腹を括る。
気合いを入れるように声を挙げる。
「うおおおぉぉ」
その声は甲高く、猛獣の咆哮を思わせた。決して女性が出す声ではない。
吶喊だ。
刀を構えて突進する。
「アアアァァァ」
それに対し敵は、とあるホラー映画に出てくる悪霊がいつも出している存在していることに対する悲鳴か生きているものに対する罵声ともつかない叫び声を出す。そして、片手をまるで引き絞られる弓の弦如きのように大きく下げて、殴り殺さんという気迫を醸し出し、また白い航跡を出して穂高の真っ正面から突っかかろうとする。
すぐに意図を察した。巨体をぶつけることで勢いと殺し、全身を粉々にさせて細長い手で自分を殴り殺そうとしているのだ。
速度と巨体を生かしたこの戦術を破るには勢いを空振りにさせるのが一番だ。ところが、穂高自身も不慣れが原因で細かい調節が不可能な位に勢いを出し過ぎていてそれを出来ないでいた。
それは敵も同様だろう。
真っ正面からのガチンコ勝負。
リスクや負けることに対する恐れなどなど彼女の頭にはとうに消えていた。
むしろ、獰猛な笑みを浮かべていた。上等だと思っていた。
自分が今浮かべている表情に、ハッと気づく。
彼に似ていると思ったのだ。
同時に、自分のなかで自分と共に最後を迎えた一人の提督の姿が浮かんでいた。なぜなのか分からない。ただ、あの頃自分のなかで息づいていた数千人の人間のなかで最も印象が残っていた。沈む少し前に言った台詞と顔が印象に残っているだろうか?
おかしくて仕方なかった。その蔭で、気が少し楽になった。少し後のことがどうなろうが、今を懸命に命を燃やすように生きて行こうと。訳も分からないまま海の藻屑になるかもしれないが、そうなったらそうなったら仕方ないのことだ。
あの戦争では、姉妹艦や乗組員たちなど知らない何かに翻弄されて死んでいったものが多かった。自分の意志で選択した上で自分なりに納得して死ねるのだから本望だ。例え愚か過ぎる判断だとしても。
「……」
持っていた刀を何ら躊躇いもなく捨てる。
そして、もう一つの刀に手を付けて構えた。
居合である。本来ならば敵の攻撃を受け流した後に付いて切った方が最善なのだが避けるのは難しい。ならば、ワザと受けるのと同時に斬れば確実に仕留められる。
敵の打撃が強いか、穂高の装甲が高いか、どちらかで戦いの帰趨が決まる。
間合いに達した。
この一撃に全てを掛ける。無意識に刀を抜いた。刀がまるで滑るように横に流れる。手からものを斬る感触がしなかった。それでも失敗したと動揺は一ミリもせず動作を続ける。
流れ終えた刹那――衝撃を感じた。
意識を持っていかれそうになるが唇を噛むことで何とかこらえて敵を見続ける。
結果は――――アッパーと放った手と頭部上半分が切り落とされた。
敵は崩れて瞬く間に海に沈んでいった。
「ハァ、ハァ、ハァ……やった」
荒い息を吐く。捨てた刀を鞘に戻すと緊張の糸が途切れてしまい地面いや海面にへたり込んでしまう。やり切ったという満足感に包まれていた。
音が聞こえてきた。気配で誰が迫っていることを感じた。
新手の敵かと思い慌てて立ち上がろうとするが、自力で立つことができない。未だに握っていた刀を海面に突き刺して杖代わりにして辛うじて立てた。
音がした方向を睨み付ける。
視界がぼやけて前をまともに見ることができない。目力を込めてしまう。
姿が見えた。二人のようだ。どんな顔をしているのか分からない。
「――――」
「――――」
二人が何かを言っている。
意識がもうろうとして何を言っているのか分からないかった。だが味方という言葉が聞こえた。
確認できていないのにしてはいけないと思っているのに、気づけば安堵してしまっていた。
すると、急に意識を手放した。
◇
夢を見ていた。軍艦であった頃のある記録を。
兵員二人が外で語り合っていた。
『また写真なんか見て。そんなに故郷と妻子が恋しいのか?』
『うっせぇ、ほっとけやい。家はやっと得た落ちつける居場所なんだ。故郷は……寒村でまともな飯にありつけずにこき使われてばかりで碌な思い出がないのに何でか分からないけど懐かしく恋しく思えるんだ、帰りたいと強く思うぐらいに』
『嫌な思い出が頭の隅に追いやられて、美化されているんやな』
『身も蓋もないことを……でも、否定はしない』
『……いつになったら終わりが来るだろうな』
『何か言った?』
『別に、しっかし、故郷に戻っても碌なことにならないと思うけどな。変わり果てた姿に戻ったことを後悔するかもしれないぞ』
『そうかもしれない。でも、故郷には変わらない。戦場で果てる前に一度故郷の姿をまなこに収めたいな』
『叶うといいな』
しかし彼らの願いは叶うことはなかった。フィリピン海での戦いを何とか生き残ったが、最後の戦いであったマニラ湾で穂高が果てたのだから……。
目を開くと天井が見えた。
「……夢」
眠っている最中に夢を見ていた気がする。内容はあまり思い出せない。ただとても悲しかったのか目元が湿っぽくなり、左右の頬には複数の涙の痕が残されていた。そのことに少し混乱しまたとても悲しくなった。
理由は分からないが、無性に泣きたくなった。
すると――――視線を感じた。
掛け布団の上に誰か“座っていた”のだ。
小人を思わせる二頭身の少女たちが心配そうに穂高を見つめていた。
空気が変なものになる。
視線が交わる。
頭のなかから“大丈夫”という声が響いた。
誰? と思うが、今ここにいるのはこの小人たちで……。
穂高は素っ頓狂な声を放つ。
「しゃ、しゃべった。何がどうなっているのか? それにここはどこ?」
上半身を起こし混乱しながら周囲を見渡す。ベットで横になって眠っていたようだ。構造と雰囲気からして医務室なのかもしれない。
「目が覚めたか?」
誰かが穂高の下に寄って物静かに問いかけてくる。男性だ。生真面目な表情を浮かべているが、笑うのが似合いそうな端整な顔立ちをしていた。栗色の髪が特徴であった。
「えっ、誰?」
「俺は皆月蓮。提督候補生だ」
「提督候補生、何それ? 何が何だか訳が分からなくなってきた……」
「いけね。余計に混乱させることをやっちまった。取りあえず落ち着いてくれ。そして聞きたいことを考えてくれないか。答えられる範囲で答えるから」
蓮はバツの悪そうな表情を浮かべて言う。ところがそれがいけなかった。
「聞きたいことは色々とあるのだけど……まず一つ……」
穂高が起き上がりそうな勢いで問いかけると、腹部に激しい痛みを感じ目まいがした。うめき声を弱弱しく口から呟く。
「おい、大丈夫か!? 先生、先生!!」
軍医を呼ぶ騒ぎとなってしまった。幸いなことに安静にしていれば落ち着くようだ。体が痛みを思い出したかのようにジンジンと焼け付くように痛い。そういれば白黒の敵のアッパーが腹部に当たったことを思い出した。胸部に当たっていれば手の施しようもなかったと言われたときは笑えなかった。
「重傷なんだからあまり体を動かすな。三日も意識がなかったのだから」
「すいません……」
やれやれという表情を浮かべて注意する蓮に、謝るしかなかった。日にちから自分の体の深刻さを理解することができた。
「この状態で答えるのは無理だ。今はゆっくり体を休めろ。聞きたいことは体が完治して考えが纏まったら質問してくれ。おそらく提督が可能な限り答えるだろう」
「そうですか……分かりました」
うん、よろしいと言わんばかりに頷いた。蓮は軽く笑みを浮かべていた。笑うのが似合う男であった。
それからしばらくの間、体を安静にしていた。
何もすることがないので物凄く暇だ。
そんなときは―――。
「何で私の近くにいるのですか?」
「提督から通常勤務の支障がない範囲で面倒を見ろと言われたからな」
「だからと言ってほぼ付きっ切りじゃないですか。提督候補生ってそんなに暇なんですか」
「暇じゃないと言いたいところだが……大鳳秘書艦が帰還して代行職は解かれて自分で考えて仕事を見つけろと提督から言われて、お前の面倒を見るのと仕事を見つけるのが今の仕事になっているな」
「へえ」
彼ととりとめもない会話をして暇を潰していた。
「ねぇ、連提督候補生」
「何? 戦艦穂高」
「提督に何を質問すればいいのかしら?」
「それは自分の頭で考えてくれ。自分の疑問に思っていることは自分しか分からないのだから」
「でも、自分のことなのに自分でも分からないことがあると思うのだけど、その場合はどうすればいいのかな?」
「……そう言われると弱いな」
蓮自身も仕事が見つからずに暇なのか話しかけるとすぐに会話に乗ってくる。いつも困ったような表情を浮かべて話している。
それによって少々だが情報を得ることができた。掛け布団の上にいた小人のこと、ここがどこなのかを。
ただ自分に関してのことはあまり語りたくはないようで、昔のことは一切分からなかった。
穂高自身もそれに関して逆に問われたくなかったのでそのことは逆にありがたかった。
「今まで言われたことに従い、それに則って生きてきただけだからどう考えればいいのか分からないよ」
あるときそんなことを呟いて遠いところを見る姿が印象に残っていた。
まあ、なんだかんだあって、目を覚めてから四日も経った頃、全身からの痛みはだいぶ引いて穂高は自力で立って歩ける位に回復した。彼女を診た軍医もこれで大丈夫だと判断し、それを受けて蓮が提督と顔を合わせるぞと言って対面のセッティングを行い始めた。
セッティングを完了すると、蓮は穂高を呼んだ。
「来い」
「質問は決まったのか?」
穂高は蓮の後ろを追いかけた。
蓮が問いかけてくる。
窓から見える海から視線を彼に移し、意思を込めた声を口から出す。
「ええ……現状を知りたいからそれに関することを質問したい。それに私についても語りたいと思うわ」
「覚悟を決めたんだ」
「うん。誰かがに知ってもらわないと変わらない気がする。いつまでも動かないままというつもりはないから」
時と事態はめぐる。人を置いて。動こうと思わなければ追いかけることができない。
ならば――動くしかない。
その出会いを生かして選択を決めて今の生き方に方向性を定めよう。この後は突き進むだけだ。果てるまで砕け散るまで、物言わぬ軍艦であった頃と同じように。それが今現在、穂高が信じられることであった。
「――――」
連が何かを呟いた。
「どうしたの?」
「いや、何ともない」
問いかけても、彼ははぐらかして寂しそうに笑うだけであった。
「ほらここだ。このなかに提督がいる」
「ありがとう」
お礼を言い終えて、一息を吸いその後にドアを三回ノックした。
“誰だ?”とと問う男性の声が聞こえてくる。
緊張のあまりドクンと強い鼓動と共に動悸が急に激しくなったように感じてしまう。
勇気を振り絞って、穂高は自分の名を呼んだ。
「失礼します。戦艦穂高です」