艦隊これくしょん ―望郷― 戦艦娘『穂高』の戦い   作:月奏

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 説明回。
 


第四話 時の河

「提督、はしたないですよ」

 

 そわそわし貧乏ゆすりをしている晃に大鳳が咎められる。

 

「すまない。どう接すればいいのか考えるとついこうなってしまう」

 

 何せ、異なる世界からここに漂着した可能性のある艦娘だ。辿った史実は異なる筈なのだからどう説明するべきなのか判断に迷う。まあ幸運だったのは、こちらが前着者によってある程度“知っていた”ことだ。

 

「いつものようにどんと構えていればいいのです。全く、例え総提督の命令であっても無茶なものならば頑なに従わず、恫喝にも一歩も引かないあなたが初対面の艦娘にどう接するかオロオロするなのて情けなくて涙が出ちゃいますよ」

 

 ため息をついて毒を吐く大鳳に、顔をしかめた晃は言う。

 

「大鳳お前本当に口が悪くなったな……」

「悪口製造機の秘書艦をやっていたらそうなりますよ」

 

 自分は被害者と言わんばかりの口調で大鳳はバッサリを言って不敵な笑みを浮かべる。その笑みは、戦闘時に着ている服ではなく通常勤務時に着るのを規則で定められている帝国海軍の軍服と思わせる南方用の艦娘制服から醸し出しているお堅い雰囲気とは相反する実にあどけないものであった。

 そもそも、晃は少女体形で小ぢんまりとした彼女には軍服は似合わないと思っていたのだが、口にすると何を言われるのか分からないので口にはしていない。

 晃は愚痴る。

 

「……どいつこいつも、口ばっか上手くなって、これだからタウイタウイ鎮守府は変人、奇人、イロモノの集まりだと噂されるんだ。ククリナイフを持って深海棲艦に接近戦を挑む海防艦やら拳でやりたがる鹵獲巡洋艦、戦場に出たがる商船空母とか困り者を抱えて困っているんだぞ」

 

 タウイタウイ鎮守府にいる艦娘は大鳳を含め濃い面々だ。彼女らは色んな騒ぎを起こして晃の頭をいつも抱えさせている。戦果を必ず挙げているのだから性質の悪い。

 

「そうなった要因を作った一人が何を言っているのですか。だいだい、私の一件のように器用にやればこんな戦略的価値が下がったこんな僻地に飛ばされて冷や飯を喰らうことはなかったし、才能は有るけど問題のある人材を回されることはなかったのですよ」

「馬鹿な言うな」

 

 何言っているだ、お前と言わんばかりの視線を大鳳に向けて晃は言う。

 

「確かにこの鎮守府はパシー海峡の偶然がなれれば再び前線基地になることはなく、戦況が悪化しない限り単なるシーレーンを保護する基地として運用され続けただろうな。だが嫌がらせをする深海棲艦に睨みを効かせる上では価値は増している。だから私はここを僻地とは思っていない。それに無能ならとにかく有能なんだ。それを生かせるように使いこなせればいい……ただ押し付けすぎている気がするが、総提督は何を考えているのやら」

 

 たださえ忙しいのに、最終試験の試験官という面倒くさいことを全ての提督の頂点に立つ総提督から任されていた。“彼女”の言うことには全ての提督のなかで最も年長のお前ならば、培った経験を下に将来性のある提督候補生を見つけ出すことができると思ったからだ、という理由であるが、晃にとっては単に面倒ごとを押し付けているだけに思えた。

 まあ、仕事である以上は全力を尽くすだけであった。将来楽になると視点を変えて考えれば気が軽くなった。

 

「どんな奴でも有効に使いこなすができると総提督があなたに期待と信頼をしているんですよ。良かったですね」

「良くはない、馬鹿」

 

 お蔭で余計に胃が痛くなるばかりだと内心で思う。

 

「……そんなあなただから、私は生きる覚悟を決めたのですよ」

「うん!? 何か言ったか?」

「いえ、何を」

 

 声で否定しそっぽを向いた大鳳は心なしか顔が赤くなったように感じた。

 

「そうか……」

 

 女って何を考えているのか分からないなと思わずにはいられない。

 そう思うと、ドアにノックする音が聞こえてきた。

 次に、初めて聞く女性の声が耳朶に届いた。

 

「誰だ?」

「失礼します、戦艦穂高です」

 

 ハッキリとした女性がドア越しから室内に届く。

 

「入れ」

 

 晃の言葉の後、すぐにドアが開く。

 腰まである長い後ろ髪を一つの黒い紐で無造作に一つに纏めてあるポニーテールをしており古武士と思わせる凛とした顔立ちである黒い目の女性が、晃と大鳳に向けて見事な敬礼をする。

 軍人が敬礼に対し敬礼で返すのは当然ことだ。晃と大鳳も同様に敬礼を行っていた。

 内心でほんの少し迷うが、最初のかけることを考え口を開く。

 

「体はもう大丈夫なのか?」

 

 ありきたりですねと大鳳が呟く。

 仕方ないだろ。それしか思いつかなかったのだからと晃は大鳳に向けて視線で語る。

 

「はい。普通に歩ける程度まで回復いたしました」

「それは良かった」

 

 そう言って晃は笑みを浮かべた。

 

「では、自己紹介と行こうか。私は音無晃ここタウイタウイ鎮守府の提督をしている」

「……いい年なのに少将で、こんなところに燻っている木っぱ将官ですが。私は装甲空母『大鳳(たいほう)』です。不本意ながらこの提督の秘書艦をやっています。何でこんなところに流されたんですかね?」

 

 相変わらず毒を吐き続ける大鳳に我慢できなくなった晃は言い返す。

 

「うそつけ。ワザと問題を起こしてここに左遷させるように仕向けたんだろうが」

「さぁ、何のことやら」

「……私を秘書官にしろと迫ったのになぁ。あの頃は純粋で可愛かったのに、その変り様を見ると俺は悲しくなる」

「な、なっ、なに変なことを言っているのですが、言わないで、言わないで」

 

 顔を真っ赤にして殴り掛からんばかりの口調で大鳳は言う。

 今までの仕返しだと内心で思いながら意地悪な笑みを浮かべる。それに対し大鳳はしまったという表情となっていた。

 すると、生温かい視線を感じた。穂高がどう反応すればいいのか分からない表情で二人を見ていた。

 やってしまったなと晃は思う。

 空気がしまらないものになってしまい微妙なものになってしまった。ふざけすぎた、晃は深く反省した。

 晃は気を取り直すように咳払いを行う。

 

「ゴホン」

「な、仲がよろしいんですね」

「そんな訳はない。単なる腐れ縁だ」

「まさか。単に艦娘候補生からの付き合いというだけですよ」 

 

 こんな口悪女と仲がいい筈がないと強い思いながらも、異口同音の言葉をほぼ同時に言ったことに愕然としてしまう。大鳳も何を思ったのか深いため息をついた。全く失礼な奴である。

 今度こそ話を切り替えようと、晃は穂高に話しかけた。

 

「話が脱線し過ぎたな。君も色々と疑問があって聞きたいこと聞くべきことがあるだろう? 連提督候補生から聞いたことは?」

「……聞いたことは私が軍艦から艦娘というものに生まれ変わったことや妖精さんについて、ここはタウイタウイ鎮守府であるなどです」

 

 彼女の様子を見ていた蓮は彼女に必要最小限のことしか話していないようだ。余計なことを話してトラブルになるのを避けたかったのか、自分が説明するから特に詳細に説明する必要はないと判断したのか、前者と後者どちらかは分からないが、

 

「となると、今はいつか、今までに一体何が起きていたのか、今は何が起きているのか知らないのだな?」

「……はい」

「まずは君について話して欲しい。情けないことだが私たちは君についてよく分からない。円滑に会話するためにまず最初に私の質問を答えてくれないが? 安心してくれ、次は君の質問に答えるから」

「はあ……分かりました」

 

 怪訝そうな表情を浮かべながら同意した穂高に、晃はありがとうと言わんばかりに頭を少し下げた。

 

「落ち着いて答えてくれ。君は戦艦と言ったがどんな(ふね)なのだ?」

「私は伊吹級三番艦で、主砲は四六センチ連装砲、副装として一四センチ単装砲を装備しています。速度が最大で三〇ノット出る巡洋戦艦です」

「巡洋戦艦か……どのような経緯で建造されたのだ?」

「八八艦隊計画で計画され、私は第一〇号巡洋戦艦として呉海軍工廠にて建造されました。予算の都合で完成するのに長い時間がかかりましたが」

「第一〇号巡洋戦艦、確か帝国議会では君たち伊吹級は第八、九、一〇、一一号巡洋戦艦と呼ばれていたんだ。それは間違いないか?」

「はい。間違いありません」

 

 それを聞いて内心でむーと唸り声を出してしまう。八八艦隊計画のなかで計画された主力艦の一つであり、実行されず破棄されたためか謎の多い巡洋戦艦である第一三号型巡洋戦艦であることは間違いなかった。

 

(やはり第一三号型巡洋戦艦か。紀伊や駿河のように、八八艦隊計画が破棄されておらず大艦巨砲主義が未だ主流の世界から来たことになるな。そうなるとちょっと骨が折れることになるな)

 

 まだそうであるとは限らないと考え、重要な問いを晃は行った。

 

「……君は航空機が戦艦を沈めた事例は知っているか?」

「地中海で航空機からの誘導爆弾によってイタリアの戦艦が沈められたことは聞いたことはありますが、それ以外に聞いたことはありません。私自身もアメ公の艦載機に攻撃されたことがありますが大したことはありませんでしたよ」

 

 あきらかに航空機を舐めきっている台詞だ。おい、それを空母の前で言うかと内心で突っ込んだ。

 

「……」

 

 大鳳が無言で怖い目をしていた。まあ空母にとって相棒である航空機が軽く見られているのだから怒らない方がおかしいので仕方ないなと思うものの、こうあからさまに感情を露わにするのは秘書艦としては困る。後で強く言い聞かせなければならないなと思う。

 胃がジンジン、頭がズキズキと痛くなっつえきた。

 

「そうか……分かった。次は俺の番だ。何か質問はあるか?」

「私が聞きたいのは提督が言った今はいつ、今まで何があったのか、今は何が起きているからです」

 

 穂高が晃を強い視線で見つめる。

 それに、まっすぐできれいな目をしていることに晃は今さら気づいた。

 

「……」

 

 沈黙してしまう。どう答えるべきがちょっと躊躇してしまったからだ。

 腹を括ろう。意を決した晃は口を開く。

 

「まずはいつから答えよう。大鳳頼む」

「今は西暦二〇五〇年一二月一一日だ」

 

 えっという表情を穂高は浮かべていた。内心はとても困惑しているだろう。

 

「次に今まで何があったのかだな……穂高、君にとってかなり衝撃的なものかもしれない」

「どういうことでしょうか?」

 

 穂高が震えた声で問いかける。自分の口から何を言うかを実に恐れているようだ。

 

「君にかつていた世界と異なっていることだ。帝国海軍に伊吹級という巡洋戦艦は存在しない。そもそも八八艦隊は実行されずに計画だけで終わっている」

「えっ」

 

 素っ頓狂な声が室内に響き渡った。

 

 

 何を言っているのだろう、この人は? それが穂高の提督と呼ばれる男性に対する感想であった。

 初老に差しかっているためか白髪が目立っている髪、彫の深く精悍という言葉が似合う顔立ち、鋭いが厳格という程ではない目つき、相当厳しい戦いを重ねてきたのだろう歴戦の名将と思わせる、彼女が知っている“長官”、“司令官”、“艦長”と似た風格を持つ提督は、穂高をまっすぐに見つめて淡々と告げる。

 

「ワシントン軍縮会議が決裂せずに無事締結されたことで、計画されていた主力艦は建造されなくなった。既に建造されていた計画艦は『長門』と『陸奥』を除き空母になるか、震災で破棄されるか海没処分されるなどの末路を辿っている。それ以外に関してはほぼ同じ史実を辿っている」

「そ、それでは、戦争は?」

 

 長門級と八八艦隊以前の戦艦では、例え三年計画(ダニエルズ・プラン)が破棄されているとは言えアメリカとの戦いは苦しいものになっているだろうと思った。

 

「太平洋戦争、いや大東亜戦争のことか? 詳しくは分からないがそこから説明する必要があるな」

「……」

 

 いつの間にか部屋のなかが薄暗くなり、何かが下ろされていた。そこに長方形状の眩しい光が拡がる。そして何かの画像が表示される。モノクロの炎上する戦艦一隻だ。彼女はこの戦艦が何であるか知っていた。コロラド級戦艦だ。

 戦争は帝国海軍が真珠湾に奇襲を仕掛けたことから始まった。その奇襲により停泊していた戦艦を大破させた。

 少し後に起きたマレー沖の海戦にて、戦闘行動中のイギリスの戦艦一隻を航空攻撃によって沈め、戦艦の時代の終わりを世界に知らしめた。

 向かうところ敵なしの快進撃。

 しかし、それは長く続かずにミッドウェーとソロモン諸島の敗北を契機に少しずつ転げ落ちていく。

 一九四四年になるとアメリカの圧倒的な物量によって一気に押され急速に戦局が悪化、マリアナ諸島とフィリピンが失陥し沖縄本島に攻め込まれてしまう。

 

「……『大和(やまと)』」

 

 表示された画像に、航空機によて攻撃される戦艦の姿があった。穂高はこの艦を知っている。八八艦隊の後継者として世界最強の戦艦として作られ戦うために生まれてきた鋼鉄の覇王――――。

 

「そうだ。アメリカの艦載機による集中攻撃で魚雷八発以上、直撃弾一〇発以上も喰らって転覆して大爆発を起こした後に沈没した。帝国海軍連合艦隊の終焉だ。そして、これからさほど日を置かずに八月一五日に終戦を迎えた。そうなる前に数多くの悲劇を起こして……」

「……」

 

 流れるように表示される空襲で廃墟となった帝都東京、キノコのよな形をした雲、玉音放送により茫然と泣き崩れる民衆などの画像を、感情を排した声での淡々とした晃の説明を、頭を真っ白となりながらも辛うじて聞いていた。声を出すことができなかった。

 

「それ以後も色々と激動であったと思う。だが日本は何とか危機を乗り切り復興を遂げ、戦前と劣らないそれ以上の繁栄を手にし、類を見ない江戸時代以来の天下泰平の世を築ぎあげた」

「……」

 

 戦後の混乱をくぐり抜け、様々な幸運に恵まれ、それらを上手く掴み不死鳥の如く日本は蘇った。そのことには例え別の世界のことなのかもしれないが、胸が熱くなった。自分たちの死は無駄ではなかったと思った。しかし、日本の画像に見ているとなぜか別の国のように見えてしまう。疎外感を抱いてしまう。

 

「ところが、それを一片させる出来事が起きた」

「何でしょうか?」

 

 険しい顔をして語る晃の姿に、不吉さを感じる。何か聞いてはいけないものを聞いてしまうような気がした。それでも聞かなければならないと思い、声をやっと発して問いかけた。

 

「始まりは、二〇一七年元旦、一つの隕石が東シナ海に落下した」

「隕石が落ちたのですが!?」

「そうだ。まあ隕石自体は大きなものではなかったから大した被害は出なかった。問題はその後だ……」

「東シナ海で航行していたタンカーなどの船舶が何ものかの襲撃に遭い失踪を遂げたのだ。時を経るごとに範囲は拡大していき被害は増加していった」

「何ものか?」

「これだ」

 

 表示された画像には、炎上するタンカーの片側に何かが張りついていた。悍ましい姿であった。ボロぞうきんを何重にも重ね合わせているようだ。

 穂高は脳裏に浮かんだ言葉をそのまま口にした。

 

「う、海坊主」

「確かにそう見えてもおかしくないな。実際に事変当初では黒い海坊主と呼ばれていた。後に公害性巨大生物と公称された。今ではヘドラを呼ばれているがな」

「ヘドラ……」

「ヘドロなどの公害物質や工場排気を吸収し結合することで成長する生物で、当時深刻な海洋汚染を起こしていた中国沿岸部にて急速に成長していった。ただ吸収するだけであったのなら問題なかったんだけどな……」

 

 やりきれない思いを吐き出すように提督は語る。

 

「この年の七月七日、飛行能力を得た八匹のヘドラが世界各地を襲撃、各地で被害が出た。日本では二匹のヘドラが襲来し日本中を飛び回り、硫酸ミストや光化学スモックをまき散らした。死傷者含めて一〇〇〇万以上の人的被害を出している。後に七夕の惨劇と呼ばれている」

 

 お皿ような形となって飛行するヘドラ。

 濃い霧に覆われた市街。

 硫酸によってボロボロになったビルと車。

 ヘドラに襲撃されて取り込まれる車。

 道に転がる白骨化した人々。

 地獄絵図であった。

 あまりの数字の膨大さに激しい衝撃を受ける。

 

「そんなに……」

「……二匹のヘドラは合体して光線を放つ一個体に変形し首都東京を蹂躙した。自衛隊が何とか倒したと思いきや、三つの個体として復活し国会議事堂などの国の中枢を破壊した。残った戦力を投入して全て完全に駆除することができたが、日本と自衛隊は壊滅的な打撃を受けた」

「他のヘドラも手段を問わなかったことで何とか駆除したが、多大な犠牲を払った。正確な犠牲者数は不明だが、この生物災害によって世界人口は半減したと言われている」

「……」

 

 高層ビル程の大きさとなったヘドラが巨大な目から複数の光線を出して周囲を破壊し東京を炎上する姿を、茫然として見つめるしかなかった。

 

「残念ながらヘドラから始まった生物災害はまだ終わってはいない。世界各地にヘドラの変異体やヘドラの残した置き土産によって突然変異したと思われる巨大生物が度々出現している。また、世界中の海にはヘドラと関連性があると噂されている厄介な化け物どもが出現して我々と脅かしている」

 

 ここが本題と言わんばかりに提督は言う。

 

「私が戦った白黒の怪物のことですか?」

「そうだ。敵の名は深海棲艦」

 

 沈みゆく輸送船の近くに、やつがいた。少し前にやりあった魚に似たバケモノ、この生き物は駆逐イ級と呼ばれているらしい。

 

「いつ現れたのか分からないがヘドラによって生じた混乱が収まって存在に気づいた頃には手遅れな程に規模を拡大していた。世界各地で同時に行われた船舶襲撃を狼煙にして瞬く間に太平洋、大西洋、インド洋と海の大半を制圧、ヘドラにによって疲弊していた人類には抵抗できず、僅かな海域の制海権を維持だけで精一杯だけだった」

「日本も同様であった。自衛隊の後身組織である国防軍はヘドラによる痛手から全く回復していないなかで宣戦布告なしでの戦いが始まったのだからまともに戦える筈はない。たった一年で日本海と瀬戸内海を除いた日本周辺の制海権と制空権を失い、海外の繋がりがほぼ途切れてしまった。“試練の時代”の始まりだ」

「この時代の最も過酷であった時期を、私は子供のときに身をもって経験したが、正直思い出したくもない。ただ一番多かった頃は約一億二〇〇〇万人であった日本の人口が今では約七六〇〇万人に激減したということだけは言っておこう」

 

 想像がつかなかった。約四〇〇〇万以上が減少したことに。 

 

「だがいつまでも歯を咥えている訳ではなかった。奴らに対抗する全てを得たからだ」

「それが私のような艦娘ですか?」

 

 提督が頷いた。心なしか目に宿る輝きが強くなったように感じた。

 

「そうだ。二〇二〇年千葉県の九十九里浜で最初の艦娘が住民に保護された。気がついたらここにいてどういう経緯できたのか知らなかった。変なものを体に取りつけていたが取り外しが可能で、身体能力は人と全く変わらなかった。最初は深海棲艦の襲撃に運よく生き残った記録消失の女性だと思われていた……深海棲艦に対抗することができることを知ったのはほんの偶然であった」

「偶然?」

「深海棲艦に襲撃された漁船を守るために戦ったのだ。結果は守りきることができた。その出来事で軍は艦娘の存在を知った」

 

 ある新聞がの一面に、『漁船を襲撃した深海棲艦が撃退される。人類初の勝利か?』という大きな題名で一面全てに書かれていた。当時どれだけ沸いたのか分かる記事だ。

 

「その最初の艦娘の名は?」

「『三笠(みかさ)』だ」

 

 日露戦争で連合艦隊旗艦として活躍した戦艦の一つが、人類反撃の狼煙としての火種となるのは何の因果だろうか? 帝国海軍の象徴として特別な艦となっていたことや保存運動が起こる位に国民から愛されていたこと位しか知らない穂高には分からない。

 

「その後に、『敷島』、『浅間』など主に日清戦争、日露戦争で活躍した艦艇がドロップすることになった。彼女と一緒にいた妖精たちの力によって艦娘や深海棲艦を撃破できる武器、弾薬を作られるようになった。我々人間と妖精の力が合わせてできた対深海棲艦部隊が鎮守府だ。最初の鎮守府は舞鶴が置かれた」

 

 ある集合写真が表示された。

 それには、一二人の女性が並んで様々な表情を浮かべて写されていた。

 『二〇二五年八月、六六艦隊主力艦、舞鶴鎮守府にて』という文字がこの写真の端に書かれてあった。

 まじまじとこの写真を見つめる。

 真ん中の女性がなぜが印象に残った。眼鏡をかけたおかっぱ頭の平凡な顔に微笑みを浮かべている。失礼だが場違いだと思える艦娘に、平凡的な顔に反して高い実力を持っているのかもしれない。

 

「その後はとんとん拍子だ。戦力を蓄積し、小競り合いのなかで戦術と戦略を洗練させていき、艦娘の世代交代や艦娘の継承などの変化があったが、隙を突いて反撃を行っていき順調に海を奪還していった」

「だが深海棲艦も学習するようだ。最初は魚のような姿しか存在していなかったが人型も現れるなどの変化を見せている。さらに奇襲や通商破壊、艦砲射撃など戦術、戦略を駆使するようになり、時を経るごとに戦いは段々と激しくなっていき、深海棲艦を完全に駆逐できず今に至っている」

「……」

「それがに今まで何があったのか、今何が起きているのかに関して話せる全てだ。他に質問はないか?」

 

 何も言うことができない。半分呆けている。

 戦争に負けたことにあまり衝撃を感じていない。段々と過酷なっていく戦場から薄々と感づいていたのだ。例え自分がいた世界でも遠からずそうなっていたのだろう。

 衝撃の大部分は別世界で時もだいぶ経っていることであった。真に信じられない。

 映写機のような画面を映す機械など証拠となるものも存在しているので判断がつかなかった。

 肯定と否定の感情が入り混じり、頭が沸騰しそうであった。

 

「浮かない顔だな。やはり衝撃的な話だったな」

「は、はい。頭がこんがらがって……」

 

 覚悟していたが、時の濁流は相当であった。途方に暮れてしまう。一世紀以上も経っているこの世界でどう生きていくべきなのか皆目見当がつかなかった。

 あまり考えることができない。

 ただ故郷のこと、一世紀後の日本の姿がどうなっているのかが気がかりであった。目を閉じると浮かび上がる故郷の姿が、例え別世界でも例えだいぶ時が経っても変わっていないだろうか? そんな不安を抱いてしまう。

 

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