「……」
鎮守府の廊下にて、穂高は考え込んだ表情をして歩いていた。
執務室にて提督に言われた言葉が頭の中で反響し、混乱と迷いが深まるばかりだ。
気分は浦島太郎だ。生きていたときから一世紀以上も経ちしかも異世界なのだから。どう生きていくべきなのか分からなかった。
無意識にため息が出てしまう。執務室から出て緊張の糸が切れたときから出始めてもう数える余裕がなかったので何度目か分からない。
軟弱だなと思わずにはいられない。物言わぬ軍艦であった頃は何も動じず、太平洋の海を駆け巡り全身全霊で戦い抜いたことが信じられなくなっていた。
小さくなってしまった。縮んでしまった。見上げる程で高さと敵を圧倒させた大きさが、人間の姿形にまとまるようにコンパクトにされてしまった。
何で生まれ変わったのだろうかと疑問が深まるばかりだ。
もう考えるのをやめようかしら、そう思った瞬間――――。
「ねぇ!!」
「は、はい!?」
強い口調の声が穂高の鼓膜を貫く。仏頂面をした大鳳の顔が目に入った。怒っているその表情によっていとおしさを感じさせる顔立ちを損させているように感じさせた。
「ずっとうわの空だけど、大丈夫なの?」
「すいません。上手く頭が纏まらくて、ついうわの空になっていました」
「気持ちは分かるけど聞いておかないと後で困るから、ちゃんと聞いてね」
「了解、集中して聞きます」
謝罪するかのように穂高は敬礼した。大鳳はため息をついてその後に説明を再開した。
「ここまで強張って聞く必要はないと思いけど……まあいいわ。ここは出撃所の近いところにある待機室よ。二四時間三交代制でなかに必ず待機任務中の艦娘がいるわ。深海棲艦発見の警報が鳴ると、すぐにこの部屋から出て、スクランブル……緊急発進するわ」
大鳳が指さす先には『待機室』という表札があった。あそこが待機室のようだ。驚いたことに、すぐに出られるようにするためか外と内を区切る境界線であるドアが存在していなかった。
穂高は大鳳に質問をする。
「ここにどれだけの艦娘が一定の期間待機するのですか?」
「ざっと、五~六人ね」
「どんな部隊が待機しているのですか?」
「戦隊、航空戦隊、水雷戦隊、潜水戦隊、護衛戦隊や複数の艦種、艦艇からなる統合任務戦隊などね。ここタウイタウイ鎮守府は主に護衛艦が配備されているから、一個護衛戦隊……この戦隊は護衛空母、旧式駆逐艦、海防艦、水雷艇で構成されている海上護衛部隊ね」
「なるほど……」
納得した声を漏らす穂高に、大鳳はある提案をした。
「待機室のなかを見ている?」
「いいんですか、待機任務中じゃぁ?」
「少しぐらいなら問題にならないわ。それにここにいる連中はたかだか最前線となったぐらいで緊張するタマじゃないわ。それに待機している人たちにとっていい暇つぶしにもなるのよぉ」
「そうなんですか……見てみたいですね」
「分かった、でも驚かないでね。うちの鎮守府にいる面々は良くいえば個性的、悪くいえばアクが強いから」
「はあ……」
どんな
部屋のなかに入ると、五つの艦娘がいた。特に目に入って印象に残ったのは腕を組んで鼻ちょうちんを立てて眠っている艦娘であった。快眠しているのか気持ち良さそうに眠っていた。お下げとして結んでいる後ろ髪はまるで編み物のように等しい間隔で美しく結ばれていた。
彼女の服装は中華風だ。何でそんな格好をしているのだろうか? そんな疑問を抱いてしまう。
だが、そんなことよりも勤務中に眠っていることに穂高は呆れるしかなかった。
「寝ている……」
そんな感想を呆れた声で口から出してしまう。
「……」
怖い顔をした大鳳が彼女を見ていた。人を殺しそうなその目力と視線の強さに正直目を合わせたくなかった。
「コラ、待機中に居眠りをするな!!」
「アイゴー」
「それは朝鮮語でしょ!! ボケるな!!」
大鳳は彼女を二度殴る。一回目は激情に赴くまま、二回目は突っ込みとして。
「アイヤー。ちょっと寝ていただけなのにグーで殴られなければならないのですか」
無理やり目を覚まさせた彼女は涙目となって攻撃するが、今現在の主導権を握っている大鳳はにべもない。
「勤務中に眠る阿保がどこにいるのですか、全く……」
「起こし方が酷すぎます。訴えてやる」
「
「すいません、すいません。居眠りをした私は全面的に非がありました、お願いですから言わないで下さい」
「よろしい。二度としないように」
誰かの名を言った途端、急に顔を青ざめて土下座して謝罪する彼女に対して、無表情の大鳳は事務的な声で返した。それらの一連のやり取りを穂高は、なにこの漫才みたいなやり取りと何とも言えない感情を抱きながら見届けていた。
「あれ、見たことのない人ですね。新造艦ですか?」
彼女と視線が合った瞬間、訝しげな表情を浮かべた彼女が大鳳に問いかけた。自分を上から下と全身をまじまじと見るのは勘弁して欲しかった。正直言って恥ずかしかった。
「まあ似たようものかもね……彼女は噂となっていた久々にドロップした戦艦よ」
「……戦艦穂高です」
おずおずと穂高は言う。彼女は驚愕の表情を浮かべた。
「ああ……噂の彼女ですか、医務室にずっと籠って姿を見せていなかったから少し心配だったんですよ。しかも無表情提督と一緒だったからもしかして……」
余計なことを言いそうだったため大鳳は咳払いをして話を無理やりに切り替えた。
その姿に、強引な艦だなと穂高は思う。
「ゴホン、自己紹介しないの? 一方的にしゃべりまくるのは失礼よ」
「秘書艦の言う通りですね。始めまして、私は初代、海防艦
名前と言い終えると、軍艦だった頃の説明を淡々と行った。
「軍艦であった頃は元は中華民国に所属していました巡洋艦だったのですが……ある事情で大日本帝国海軍に所属し、短期間のうちですが海上護衛任務に従事していました。海防艦ですけれども、二級巡洋艦に種別、類別変更される予定がありましたので、今は輸送戦隊旗艦として活躍しています」
「……確かに輸送戦隊旗艦としては“対潜の鬼”と呼ばれる香取さんに高く評価される位に高い実力を持っていますね。ただ勤務中にだらけて、タウイタウイ鎮守府が変人・奇人の集まりという悪名が他の鎮守府から知れ渡る要因の一つよ。それに、妹には頭が上がらない」
「やめてほんと言わないで!!」
提督のときと同じで、大鳳の口からの補足説明はいちいち酷い。ペコペコと卑屈に頭を下げる五百島の姿からこの鎮守府で大鳳には逆らわない、怒らせないようにしておこうと穂高は思う。
ばれたら寝技を掛けられる。中華鍋で殴られるのは勘弁して欲しいアルと呟く五百島を尻目に、穂高は大鳳に質問する。気になることがあったのだ。なぜ中華民国所属だった軍艦が大日本帝国に所属しているだろう? と。
「大鳳さん、し……いや元中華民国所属とはどういう意味なんですか?」
支那と言いかけたが、大鳳の細い視線で睨まれたため慌てて切り替えた。
「彼女は日中戦争時に旧日本軍の攻撃を受けて擱座して、その後鹵獲されて整備と修理を受けて帝国海軍所属となったの。戦場に出たのはあの一九四四年だったのだけど……」
「一九四四年……思い出したくもない年ですね」
「私も思い出したくもないわよ。初陣で……装甲空母だったのに魚雷一発で……しかも艦載機じゃなくて潜水艦風情に……その碌でもない記録のせいで継承後の私はアイデンティティを確立するのに苦労したんだから……」
戦局が一気に悪化した一九四四年。
穂高にとって夜逃げして、航空機に追いかけられ、一方的にボコボコにされて落ち伸び、最後には傷ついたまま最後の戦いに挑み沈んだ最晩年である。それを思い出すと苦いものがこみ上げてくる。
どうやらこちらも世界もこの年は碌なものではないようで、当事者でも何かのトラウマボタンを押してしまったのか五百島と同じ状態となってしまう。
「そうか……中華民国と戦争をしていたのですが……」
「そうよ。こうなった経緯は色々とややこして話は長くなるからここでは説明するつもりはないけど……あなたの世界ではなかったの」
穂高の呟きに、大鳳はすぐに立ち直って語り出す。
「武力衝突がありましたが戦争にはなっていません。太平洋戦争中は国民党と共産党が争い合っていました」
「史実よりも早い国共内戦って訳ね。史実通り共産党が勝ったのかしら」
大鳳の口調は共産党が勝つのを確信している言葉であった。国民党に追いかけられて逃げ回り、田舎に敗走した連中が勝てるとは思えなかった。
「八十島さんとは?」
「彼女は五百島の妹、ちょっと色んな事情があって複雑な関係なのだけれどもごく普通の仲ね」
「寝技をかける仲って普通ですか?」
「さあ、この二人には普通のことよ」
「はあ」
大鳳とは違って面識がないので、穂高は困惑するしかなかった。
「ちなみに、初代ということは私のように軍艦の転生体ということですか?」
「その通りよ。蛇足だけれど、私は四代目……他の艦と比べると一代多いのよね、八十島もそう」
「そうですか……」
穂高は提督の言葉を思い出す。艦娘には二つの種類があり、一つは軍艦それだけではなく艦艇の転生体という人に似た生命体、二つは適性の高い人間の少女が元の名前を封印し艦となる元人間などである。そうならば、初代以上の元人間の艦娘は“隻”ではなく“
「ねぇ穂高さん、聞きたいことがあるのだけど」
少し時間をかけて立ち直った五百島が、穂高に問いかけてきた。
「はい、何でしょうか?」
「……」
穂高が五百島に顔を向けると、突如殺気を感じた。
それに対し穂高は瞬時に身構えた。
双眸が、穂高の右腕が動いたのを捉えた。
すばやく頭を右に傾ける。同時に右手を刀の柄に付けて臨戦態勢を取る。さらなる動きを見せれば刀を鞘から抜いて構えて警告するつもりであった。
さらなる攻撃を行うならば――――斬るつもりであった。
「五百島貴方……」
大鳳の抗議する声が聞こえたが頭には入っていない。
「やりますね」
五百島の口が動いているがそれも頭に入っていない。
互いに距離を取って睨み合う。
穂高は相手の力量を見計らった。
隙が一切見えなかった。ただの海防艦いや巡洋艦とは思えない。大鳳の言う通り高い実力を持っている武人ということだろう。
すると――――違和感を抱く。
これほどに見事に構えるのに、最初の一撃は難なく避けられたことに、すぐに答えが出た。
「貴方……さっき手加減したでしょ」
そう問いかけると――――。
「やっぱり、バレましたか。すごいです。流石に戦艦ですね」
と、ほんの数秒前までは出していた殺気を一気に引っ込めて、細めた目を元に戻し、殺し屋のような雰囲気からいつも醸し出している柔和な雰囲気に切り替わり、笑顔の五百島は言う。
「何をするのですか……」
「すいません、ちょっと実力を試したくて」
「何が試しかったよ!! この部屋の床を血で汚す気!!」
「くっ、苦しい……悪かったと思っていますから……お願いですから首を絞めるのはやめてください」
絞められている五百島の姿に、穂高はちょっと混乱する。
そして、底の知れない油断できない奴だと思う。
スイッチのように切り替えるタイプは普段の姿から気づくことはできない。隠している姿が露わになったときは手遅れになるかもしれない。いわゆる、温厚なやつほど怒ると怖いということだ。見分けが簡単につかないので実に厄介であった。
ただ、場を弁えていることは大鳳に絞られている五百島の姿から理解できた。
それでもいきなり喧嘩を売られたのだから、内心では憤っていた。しかしそれ以外に――――滾っていた。
この人と本気でやりたいと思った。闘争心が刺激され、激しく燃え上がっていた。
「五百島」
「はい。やはり怒っていますか……」
途中で言うのを遮って畳み掛けるように『私と本気で戦ってみませんか?』といおうとしたその瞬間。
何かを強く叩く音が聞こえていた。
この音がした方向に顔を向けると艦娘が座っていた。本が机の上にある。それで叩きつけたことがすぐに理解できた。
「いい加減、人の読書の……邪魔をするな――――!!」
その艦娘は声を震わせながら、片手に槍を持って派手に振り回して三人の下に近づいた。
「ひえー」
「室内で槍を振り回すなぁ!!」
「くっ」
追われる側にとなった三人は、それぞれ変な声を出しながら逃げ回ることになった。