宵闇プロジェクト   作:星野谷 月光

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ゴスロリサイボーグおじさんVS黒光り天狗ダンディ

 長引く不況によって放棄された墓地の横、小さなチャペルが男の住処だ。

 髪をきっちりオイルで固め、灰色のスーツを伊達に着こなす姿はさながらチャールズ・ブロンソン。

 クラシックなアメリカンスタイルにこだわる男に相応しいねぐらと言えた。

 

「ただいま」

 

 埃に満ちたチャペルの中、説教壇に置かれた家族写真に男は愛おしそうにつぶやく。

 写真は黄ばみ始め、それが古いモノだと知れる。

 そして木の椅子に座ると胸ポケットから水筒(スキットル)を出して一杯飲む。

 安ウィスキーだが、男には至福の香りだった。

 

「参ったな……ここは、私の縄張りなんだが」

 

 背後から、口笛が聞こえた。さみしげなララバイだ。

 

「あら、あなた不法居住者(スクワッター)でしょう?ならここはあなたの家ではないわオジサン」

 

 振り向くと、背後の十字架の上に人形のような少女がいる。

 ビスクドールのように整った非人間的な美しさ、フリルの多い黒い服。

 いわゆるゴスロリだ。

 

「どうせ、持ち主は破産してるか首をくくっているとも。

それとも何かね?この寒空の下に出て行けと。君には君の家がきっとあるだろう?

罰当たりな場所に座ってないで、冒険は終わりだお嬢さん。家に帰りなさい」

 

 少女はキイ、と首をかしげる。まるで人形のように。

 

「無いと言ったらどうするのかしら?女子供を夜道に放り出すの?」

「しかし君はレディで私は男だ。間違いはいけない。わかるね?」

「そう、思ったより紳士的なのねオジサマ」

 

 少女は十字架からハイヒールブーツを下ろすと、まるで風船のようにゆっくりと宙を飛んでおりてきた。

 魔法か、それとも反重力装置といった超科学の類いか。

 いずれにせよ、この時代は魔法も科学も、化け物もありふれている。隠されてはいたが、隠しきれる物ではなかった。

 

「では,私が紳士的な内に帰りたまえ。そろそろタバコが恋しくてね」

「そう、ごゆっくりどうぞ」

 

 少女はカツンコツンとブーツを鳴らし黒いフリルを翻しながら入り口のドアに手をかけた。

 男は目を細め、腰からリボルバーを抜くと、ゆっくりと構えて撃った。

 

「あら、紳士じゃなかったのかしら?『ミスター・ダンディ』」

「オカマにだけは例外だ『グリムリーパ-』」

 

 少女『グリムリーパ-』は全身義体(フルサイボーグ)の元男だった。

 スカートから出したのはショットガン。

 銃口には銃剣のように断頭斧が取り付けられている。

 機械の身体はコンマ秒で銃弾を斧ではじき返すという離れ業を軽々とやってみせた。

 

「モスバーグM590にタクトアックス、レーザーポインターか。趣味が悪い。

ふん、そのゴテゴテした服と同じだな。お仲間の敵討ちにでも来たか?」

「ええ、女装イベントに行って皆殺しはいただけないわ。だから、狩人の時間なの」

 

 グリムリーパーは「同盟(アライアンス)」という自警団のメンバー「狩人」であった。狩人の証、シルクハットを模した黒いプチハットの髪飾りをつける。

 この時代珍しくもない退魔師だ。

 ダンディの背中から黒い羽が生える。まるで堕天使のようだが、そうではない。彼はカラス天狗だった。

 この時代珍しくもない妖怪である。

 

「妻がオカマに寝取られればそうもなろう」

「寝取ったクズはどうでもいいわ。その後20人は殺してるでしょうあなた」

「君たちだって血狂いだろうに。それとも、選んで殺すのが上等かね?」

 

 ミスターダンディの言はあながち間違いではない。「同盟」とはこの時代にあって殺人者を私刑にしていた。

 しかし、どん底の不景気は公務員の機能不全を起こし、それ故に自警団と私刑を必要としたのだ。

 

「あなたは殺人中毒者よ。治し方は私が知っているわ、断頭斧(ギロチン)に身を任せなさい。鎮魂歌くらいは歌ってあげるから」

「あいにくだがお断りだ。私が歌ってやろう。君を殺してからな」

 

 両者の間でしばしの沈黙が訪れた。神聖な瞬間であった。

 ダンディの翼から散った羽が地面に落ちる。

 双方が発砲しながら横っとびに物陰に隠れた!

 ダンディの弾丸は天狗の権能である風の操作で跳弾を繰り返しながらグリムリーパ-に迫った。

 恐るべき神業である。

 グリムリーパ-の弾丸はダンディの背後の壁に着弾し、3mはある爆発を起こした。

 最新型の爆裂焼夷弾頭だ。

 

「復讐と憎悪があんたをタフな男にしてくれると思ったの?

そんなこと、あなただって信じていないでしょうに。いいこと、あんたはただのゴミ野郎よ!」

「言ってくれるな……ダンディズムとはやせ我慢だよ」

 

 良い事を言っているが、偏執的(クソコテ)な殺人鬼と、気合いの入りすぎた女装子のセリフである。

 グリムリーパ-は物陰からおおかたダンディがいるであろう位置に焼夷弾をたたき込みまくる。

 遮蔽物は見る間に減っていった。

 だがダンディも負けてはいない。跳弾を繰り返す必中の弾丸と火炎瓶で応戦を計る。

 弾丸の嵐があっという間にチャペルを火の海にする。銃声によるメタルな鎮魂歌が奏でられる。

 

「さて、我慢比べといくが……弾丸の貯蔵は充分かね?私のことなら心配せずとも良い。

自分の家だ。どこに置いておいたかくらい知っている。それよりも、そろそろ廃熱に余裕がなくなってきたんじゃないのかなサイボーグ君。

ああ、私は君が開けてくれた風穴のおかげで実に涼しい。外の空気で涼みながら吸うタバコは最高だな」

 

 グリムリーパ-は舌打ちする。その通りだった。

 熱が逃げていかない。水冷のパイプを狙って壊された。このままでは先に倒れてしまう。

 ならば外に逃げるか?それも叶わない。どうも、結界がチャペル全体にかかっている。壁を壊しても外に出れない。

 

「お気になさらず。あなたの家を燃やして暖をとる火は最高よ」

「お気に召していただいて何よりだ。外に出たければいつでもドアからどうぞ」

 

 そう、結界にも1カ所だけ穴が開いている。ドアだ。そこに誘い込んでトドメを刺す気だろう。

 だが、グリムリーパ-にも一つ策とも言えぬ策が思いついた。

 

「ところで、あなた、私の銃がどこを狙っているか解る?」

「何を、そんなレーザーポインターなどつけているから……!」

「ええ、どこを狙っているかよくわかるでしょ?」

 

 レーザーポインタの赤い光はダンディの家族写真に当たっていた。

 

「貴様ァ!」

 

 ダンディが憤怒に顔をゆがめながら物陰から飛び出し、写真に手を伸ばした。

 レーザーポインタはもはや写真ではなく、ダンディの心臓に当たっていた。

 

「死神があなたを見つけたわ!」

 

 そして、ただのショットシェルがダンディの胸を貫いた。

 だがダンディも妖怪。まだ立ち上がり銃をグリムリーパ-に向けて撃ってくる。

 

「あああああ!」

「こ、の……!」

 

 ここからは真っ向勝負だ。ダンディの弾丸をグリムリーパ-が斧で弾く。ダンディはそれでも力の限り撃ち続ける。

 だが、ついに、とうとう斧がダンディの腕を肩口からへし斬り、銃を落させた。

 そのまま足にも一撃加え、ダンディは崩れ落ちた。ひゅー、ひゅー、と虫の息だ。

 

「殺したまえ、どの道死刑だ。だが、その前に一つだけ」

 

 グリムリーパ-は家族写真を取ってダンディに投げ渡した。

 なぜだ、とダンディは顔で問うた。

 

「男ってほんと馬鹿ね。あの場で家族の写真を取るなんて。でも、そういう男、嫌いじゃないわ」

 

 どちらともなく、微笑んだ。そして銃声が、響いた。

 歌が響く。鎮魂の歌が。グリムリーパ-がよろけ、足を引きずりながらも、歌っているのだ。

 まさに鉄火場で、やせ我慢をしながら、それでもかっこつけて。

 やがて、グリムリーパ-が脱出をしてまもなく、教会は燃えて落ちた。

 あとには、夜に煙と歌が漂うばかり。


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