宵闇プロジェクト   作:照喜名 是空

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冒涜的なメイドカフェ

一人の青年が曾根崎大歓楽街を歩いて行く。唇に薄く笑みを作り眠たげな目は憂いを帯びたハンサムと言えるだろう。

客引きを適当にあしらいながら、青年はより暗い方へディープな方へと足を進めていく。

壁には血の染みやどの種族ともわからない身体の一部が落ちている。

 

「待たれよ。これより先は「深見野(ふかみの)歓楽街」不死の者しか入ってはならん」

「その上で監禁されたり、殺し続けられたりで『積む』可能性がありますが、同意書をいただけますか」

 

暗い路地に関所があった。二人の騎士風パワードアーマーをつけた男が青年を止める。

虎柄のゲートとマスキングテープが何重にも張ってあった。

『ちょっと待て』『考えなおそう』『お前にも家族がいるだろう』そんな警告文が張ってある。

 

「ああ、同意書ね。ホームページから印刷して書いてきました。不死の認定書もあります」

 

青年はやはり気だるげな童顔で2枚の書類を渡す。

騎士は受け取ってしばらく書類を見てはんこを押すとゲートを開けた。

 

「行くが良い。酔狂なことだ、何度でも死ぬが良いさ。

心折れるまで、いや、心ゆくまで何度でも、何度でもな……クックック」

「先輩……すいませんね。この人ちょっと疲れてるもので。じゃあ楽しんで!」

 

青年はありがとう、と一礼すると「深見野歓楽街」に入っていく。

 

 

90年代に魔法と妖怪の存在が認知され、それにより多くの戦争と爆発的な技術発展が成されたもしもの未来。

技術発展と異種族の進出は性産業にも進んでいた。ここはその中でも、とびっきり危険な色町。

邪神や宇宙人入り乱れる「深淵の街」だ。

人間は彼らを狩り尽くすことができなかった。ただ封じ込めておくしかなかった。

だが、封じ込められた側の「深淵」はここを気楽な租界として楽しんでいるようだ。

 

 

表通りにあったAR広告や立体映像看板が減って、昔ながらのいかがわしいネオンが輝く。

もちろん壁には血の染みだ。

 

「コンバンワ、シャッチョサン。オヒトツイカガ?」

 

物売りがいた。体中縫跡だらけで明らかに生者ではない。

籠に野菜のように積まれているのは美しい少女の顔をした木の実だった。

横には手足が触手になった子供もいる。

 

「ニンゲンチガウヨ?テンネンモノ。ウマレスギタカラ、カッテ」

「すいません、予約してる店があるんで……」

 

触手手足の奇形児、しかし美しい顔の少女は濡れた瞳で男を見上げる。

一瞬、目が合ったが男は目をそらして進む。

 

「お肉ー、お肉はいかがー」

 

背中に籠を背負い、人肉を売り歩く死人の少女。

手足だけのそれはクローン栽培されたものだろう。「合法」と焼き印が押してある。

その口にはサメのような鋭い歯が並んでいる。

 

「お肉ー」

 

すれ違いそうになったとき男は殺気を感じた。とっさに避けるとさっきまでいた場所に中華包丁が突き刺さっていた。

 

「あちゃー、ばれたかー。お肉買うよ?買うよ?」

「けっこうです」

「じゃあもらうね!」

 

少女が肉切り包丁を振りかざした時、黒い影のような液体が包丁をはじき飛ばした。

 

「げえっ、メイド!ハートフルカフェのメイド!やばいやばい!」

 

少女が慌てて壁を伝って逃げていく。振り返るとそこには黒いメイドがいた。

影は目玉がいくつもあり、そのメイドの手から出ていた。

 

「失礼いたしました。ご予約の灰山様ですね?

わたくし、ハートフルカフェ案内係の黒森と申します。お迎えが遅くなり、申し訳ありません」

 

目玉影はメイドの手に吸い込まれると何事もなかったかのように染み一つ無い白い肌に戻った。

一見人間にしか見えない黒髪黒服のメイドはちょん、と小さくスカートを上げて気品ある一礼をした。

 

「そうです、予約してた灰山です。案内……やっぱり要りますね」

「はい、ここは不死であっても危険な路地ですから。お店までぱぱっと案内しちゃいます」

「わかりました。どっちですか?」

「では、私がエスコートさせていただきます」

 

灰山が道を尋ねようとしたら、黒森は手を差し出してきた。躊躇いつつも、灰山はその手を握る。

 

「ちょっと目を閉じていてくださいねー」

 

言われるまま目を閉じると暖かい空気に包まれていく。

少しだけ目を開けると、すでに真っ暗な中に沢山の目玉が浮かぶ空間であった。

上も下もあった物ではない。目と目が合った。灰山はそっと目を閉じた。

 

「はいっ、もう目を開けていいですよー。

もうっ、目を閉じててくださいねと申しましたのに……」

「あ、すいません」

「たまに発狂しちゃう人もいるんで気をつけてくださいね。では、お客様どうぞ、中に」

 

ふと前を見ると美しい西洋建築の落ち着いた感じのカフェがあった。

観音開きの立派な扉には山羊頭のドアボーイが二人いる。

ちまたで噂の命知らず御用達メイドカフェ「ハートフルカフェ」だ。

 

 

ドアボーイらしき山羊頭の男がそっとドアを開けると、果実のように華やかな声がこだました。

 

『おかえりなさいませ、ご主人様!』

 

中にいたメイド達が一斉に声を上げたのだ。

その美しい高音と発音不能なおぞましい言語、声の忌まわしい振動数は灰山の脳髄を容赦なく多幸感で犯す。

 

「おふっ」

 

灰山の耳から血が出た。

 

「あら、灰山様お耳に血が……失礼致します」

 

ぬろ、と黒森の灰色の舌が耳に入ってきた。

おぞましい快感がまた脳髄を走り回るが今度は耐える。

 

「ふふ、この店ではこのくらいは挨拶です。

リラックスして楽しんでくださいね。では、説明に移りますね」

 

黒森はその美声と日本語と、忌まわしい発音不可能ないくつかの単語を使って説明を行った。

おおむね、客席に座って横にメイドがついて話をしたり「サービス」をしたりする、

ちょっとエッチな生命の危機のあるメイド喫茶、らしい。

聞き取れた範囲ではそうだ。

 

「あとはー、気が合ったらアフターも行けちゃいます。そのまま自由恋愛って形ですね。

これは店側は感知しません。

それからー、基本的にこの街は人間種のかたは不死身の人じゃないと入れないんですけど、そこは大丈夫ですか?」

「大丈夫です。試してみますか?」

「はいっ、ではちょっと失礼して……えいっ」

 

黒森が灰山を抱きしめ、離れるとそこには灰山の心臓があった。

 

「ぐえっ」

「はーいホットなハートいただきましたー!」

『ごちそうさまですご主人様!』

 

メイド達がおぞましいほど美しい声で唱和する。

灰山は一度死に、その場で粒子化してまた元の姿に戻った。

 

「ああ、リスポンするタイプなんですね。安心しました」

「ええ、そうなんです。大丈夫ですか?」

「はいっ、大丈夫です。料金はこんなかんじで……前払いです」

「大丈夫ですあります」

 

灰山は料金を支払うと席に案内される。

30分ごとにメイドが交代し、3回遊べる。

その後気に入ったメイドを一人だけ連れ回すアフターもいける。そういうシステムのようだ。

 

「では、席にてお待ちください。ドリンクのメニューはここにあります」

 

アイスコーヒー~人間性の闇ブレンド~

ミルク~森の黒山羊産~

ビール~セクメトさま好み~

黄金の蜂蜜酒……

 

頭が痛くなってきたので、灰山はとりあえずアイスコーヒーを頼んだ。

 

「では、担当メイドが持って参ります。きっとお客様好みのメイドが見つかりますよ。きっとそうですとも……」

 

黒森が妖しげな微笑みをしてずるりと影の中に入って去る。

灰山はなかなか刺激的な店だと思った。

なぜかエプロンフリルがくっついた床と性行している男がいたが、それもまた一興と思えるほどには。

 

 

一人目は死体系の種族だった。

 

「はーい、グリムと」「グリッティでございます」

 

陽気な声と清楚な声が一つの口から同時に聞こえた。

奇妙な衣装のメイドだ。左右で白と黒に色が分けられている。

身体にも真ん中で真っ二つになったのを縫合したかのように真ん中に縫い跡があった。

白い半身である右側に眼帯をしている。歯はサメのように鋭い。

 

「あ、どうぞ」

「では失礼いたします」「コーヒーだぜ」

 

左手が豪快にアイスコーヒーのジョッキをテーブルに置いた。

 

「あの、聞いてもいいですか?」

「何だ?」「どうぞお尋ねください」

「やっぱり一人の中に二人入ってるとか、左右で別の人を縫い合わせたとかしたんですか……?」

 

陽気な声がわははと笑い、清楚な声がふふ、と笑い、そしてうなずいた。

 

「そうだぜ当たり。やっぱ気になるよな!」「よろければ、この身のいきさつを聞かれますか?」

「お願いしようかな」

 

灰山はコーヒーを飲む。世間の風の如くひどく冷たいのに、なぜか人のはらわたのように暖かい感じがした。

まるで闇のように優しい味である。

 

 

私たちは元々双子だったんだ。

はい、それはそれは仲がよかったのですよ。

ある時、二人とも一人の男っていうか神っていうか、まあそんなのに惚れてさ。

ええ、恥をさらすようですが、生まれて初めて本気の喧嘩をいたしました。

結局呪術打ち合って相打ちだったんだけど、彼氏がネクロマンサーだったんだよね。

ええ、喧嘩の過程でつい、旦那様を取り合って旦那様が真っ二つになってしまわれたのです。

三人とも死んでどーしようかってなってさ。まあ旦那は自力で生き返ったんだけど。すごくね?

そこで旦那様は一つの提案をされたのです。一人を二人で取り合うから争いになるのだと。

で、旦那はあたし達を一つにしたんだ。今は三人仲良くしてるよ。ははっのろけちゃったかな。

あら、まあ。私たちばかり話してしまいましたね。お客様のお耳汚しになってしまい、申し訳ありません。

で、あんたはどうなわけよ?こんな所に来るんだ。なんか訳ありなんだろ?

よろしければお聞かせ願えませんか?

 

 

灰山は少し悩んだ後コーヒーを一口飲む。

不思議と口が軽くなっていた。

 

 

灰山は古くから生きる不死者だった。

飢饉の時に流れ着いた人魚のような何かの肉を食ったのが始まり。

その村のものは呪われて死ねなくなった。

いくつもの戦争で何度も死に、生きるのにも飽いた。

死にたかった。数百年は人が生きるにはつらすぎた。

だが、一族の中にも死ねる者がいた。それは満足した者。

未練の無い、満足の中の死。それだけが一族の救い。

ある者は偉大な誓いを果たし、ある者はささいな約束を果たし……そして、自分が残った。

灰山はここでならば、満足できる死があると思った。極限の快楽の中でならばあるいはと。

 

 

「なるほどなー、あたしらには旦那がいるから命をもらってやるのはできねーな」

「その分、快楽はきちんとご奉仕しましょう」

 

双子が眼帯を外すと、その眼孔の中にぬらりと艶めく口があった。

反対側の乳首にも口があった。

とてもすごかった。

 

「じゃー次の子に頼むわ」「あなたの満足な死が訪れますように……」

 

 

次の子は黒森だった。

 

「いいえ、私は黒森ですけど、黒森じゃないっていうかー……

あなたをご案内したのは本体というかお母さんなんです。

お客様のような要望の方には彼氏とか旦那様がいない子をつけるのがここの方針なんです」

 

なるほど、と灰山は思った。ある意味、相手の人生に責任を持つレベルでの奉仕ということか。

 

「そうですね。私たちは奉仕する人がいないとやっぱり不安定なんですよ。メイドですから。

それに命を貰うとなったら、そのくらいの覚悟がないとだめでしょうし……

あっ、すいません重いですよね。

それよりサービスに移りましょう……きっと成仏できますよ」

 

灰山は他者と融合するというのを初めて知った。

魂を溶かされるとはこのことか。

だが、結局は彼の魂は溶かしきれず、目玉だらけの影から出てくることとなった。

 

「うーん……むずかしいですね。でも一つ手がかりが見えてきました。次の子はきっとご満足いただけますよ」

 

 

次に出されたのは、幼子だった。揺りかごに入っている。

足が触手のようにふにゃふにゃとしていて、身体から不規則に目玉や触手が生える。

しかし、美しい顔をしていた。その目に見覚えがあった。

最初に路地裏に入ったときに買わないかと持ちかけられた子だ。

 

「これは、どういう……?」

 

たずねようとしたら店がなかった。

ただ広大な灰色の空間に彼と幼子と遠くの方に家が一軒あった。

とにもかくにも幼子を一人にしてはおけない、くらいの理性はあった。

 

「いちおう生活に必要なものはそろっているのか……」

 

家には必要な者が全部あった。幼子の世話の方法が書かれた冒涜的な育児本もあった。

どうやら生ゴミでも体液でもなんでも食う種族らしい。

最終的には人もまるごと食えるそうな。

 

「この子に食われろと……?食われるために育てる、か……まあいい、ものは試しだ」

 

食べ物はなぜか冷蔵庫に毎日届けられた。

別に不自由ない生活で、自分でも驚くほど充実していた。

彼の一族は不死ゆえか、子を成せなかった。だが、子供を持つとこうも変るのかと思える日々だった。

 

「名前は……そうだな、オワリでいいか」

 

幼子に名前をつけ、言葉を教え、食べ物を食べさせ、世話をする。

時に性的な要素も含みながら冒涜的な子育ては進んでいく。

彼女は娘であり妻であった。

 

「オワリ……僕を食べてくれるかい?君は素敵に育ったよ」

 

オワリは大きく育った。

美しい人型の異形は口を開いた。

 

「食べないよ。食べれないよ。

お父さんがいなくなったら、私はたった一人、永遠を過ごすことになるよ?」

「そうだな、酷なことかも知れない。でも、これも親離れだよ」

「でも、お父さん、私に一度も死にたいと言わなかったよね?」

 

そういえばそうだ。いつか食べて欲しいとは言ったが。

どうしてだろう。ああ、そうか。まだ死にたくないんだ。この子がいる限り、生きる理由はある。

 

「……やっぱり、まだ食べなくても良いかな」

「うん!」

 

二人は抱きしめあった。

その瞬間、灰色の荒野が消え去った。

だが、オワリはいた。

 

「はい、おめでとーございます!カップル成立です!」

 

オワリと灰山は手をつなぎ合ったまま呆然とメイドカフェの店内にいた。

 

「すべて、幻だったのか?」

「いいえ、あなたの側にいるでしょう?」

 

オワリとの確かな感触があった。

 

「では、どうぞお持ち帰りください!

アフターの時間は……地球公転にして10000周くらいでいいですよ!」

 

オワリと灰山は微笑み合って店をでる。

背後から声が聞こえたような気がした。

 

「満足して死にたいなら、まずは真剣に生ききってから、そういうことじゃないでしょうか?

そして、生きる理由なんて明日のドラマが気になる程度の楽しみでも充分なんですよ。

なら、伴侶と共に過ごしたら?きっと満足ができるでしょう。

そうでなくても、生きる理由はもうありますね?

では、メイドと共に歩む道に幸あれ!」

 

灰山はオワリと共に歩んでいって……そして数日後メイドカフェに戻ってきた。

 

「なんだか、この子はここから出ては駄目らしい。働き口はないか?」

「もっちろん!ハートフルカフェはいつでも従業員募集中!おかえりなさい、旦那様!」

「まったく冒涜的なカフェだよ」

「でもお好きでしょう?」

 

灰山は心から満足してうなずいた。オワリと共に笑いながら。

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