宵闇プロジェクト   作:照喜名 是空

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今回は電咲響子さんとのクロスです!

「猟犬の苦悩」

https://kakuyomu.jp/works/1177354054887256350


地下街と炎の導き

 

かん、かん。

さび付いた階段を黒コートの男が下っていく。

かん、かん。

螺旋階段はどこまでもどこまでも降りてゆき……やがて、地下の全貌を映し出した。

 

「へえ、こりゃすげえ」

 

洞窟のような地下の広大な空間に街がそびえ立っている。

まったくの暗闇の中に人工の灯りを灯し、発電所まで作って。

幻想的な光景だ。

黒コートに中折れ帽の男はコートからスマホを取り出すとぱちりと一枚取る。

つまりは、彼は旅人だ。

スラムな様相をした地下の秘密の街……まっとうな用事ではない。

 

かん、かん。

 

混沌とした世界に足を踏み入れる旅人。それは波乱を予想させるモチーフだ。

彼が何を巻き起こすのか、街はまだ知らない。

 

 

タバコの煙、薄暗い店内、ソウルフルな演奏。

グラスの音―つまりは、酒場だ。

看板には「メタノール」とあった。解りやすい店名である。

 

「スレッジ・ハンマーを一杯。つまみにはチーズ。あるかい?」

 

旅人は遠慮無くカウンターにつくとマスターの目を見る。

 

「ウォッカなんて洒落たもんこの店にゃあねえよ。

だが……それよりいいもんがある」

 

マスターは神秘の光を放つ幻想的な酒瓶を見せる。

 

「なにそれ法的に大丈夫なやつ?」

魔酒(セイレン)だ。別に中毒にゃならねえよ。なったとしても、あんたならどうとでもなるんじゃないのか?同盟の狩人さんならよ」

「まあね。でも退魔師保険あっても蘇生手術って高いからさ。まあいいや、そいつを一杯まずはロックで頼む」

 

芳醇な香りがして酒がグラスに注がれ、かちわり氷が涼しげな音を奏でる。

 

「そこはストレートじゃあねえのかい?ハードボイルド気取るならよ」

 

マスターは中折れ帽にトレンチコートという彼のスタイルを見て苦笑する。

黒いハットにコートは同盟の制服だが、着こなし方がハードボイルドを意識している。

酒の注文に、話し方……マスターは旅人のサガを見抜いていた。

 

「これから仕事なんだよ。べろべろに酔ってたらまずいだろ」

「仕事前に酒のみに来る時点で今更だろ」

「違いないね……」

 

旅人はくいっとグラスを傾けた。ほう、と息をついてアルコールの香りを楽しむ。

 

「いいじゃんこれ。なかなかガツンと来るね!」

「だろう?俺の誇りでね……」

「ふうん」

 

ダンスホールでは熱い演奏にヒッピーたちが踊り狂い。旅人は静かに酒を飲む。

周囲の客も、マスターも、この客人を見ていた。

地下街のモノは地上の状況を知りたがっている。

特に、まだ生きる事を諦めていないモノは。

 

「なあ、あんた地上から来たんだろう?地上はどうなってるんだ?

最近、地上からクルイが良く来るんだ。毎週のように暴れて何人も死んでる。

今までこんな事なかった。なあ、あんた何か知らないか?」

 

マスターが皆の疑問を代弁した。それは勇気ある行動だった。

 

「あー、まあオリンピックや選挙が近くてね……大荒れの政治抗争中だ。

割を食うのは国民ってアレだよ。ほんとうんざり」

 

オリンピック。政治抗争。

そんなもので何人も死ぬ沙汰になったのか。

マスターはそれで死んだ連中の顔を知っているだけに顔をゆがませる。

 

「選挙だと!?そんなことで何人も死ぬハメになったってのか!ふざけるなよ」

「だよね。俺もそう思うよ。政府はゴミだって。つうか俺も割を食う側だからね?俺に言われても困るよ」

 

マスターがつい声を荒げてしまう。このところの街の様子は政府の都合の一言で切り捨てるにはきつすぎた。

そして、そんな様子は旅人にも理解できて、それ故に話は通じた。

 

「あ、ああ……そうだな、すまない」

「いいよ。気持ちはわかる」

「気分直しに食ってくれや。スモークチーズだ」

 

金属の薄い皿に乗っかってチーズが出される。ここではそれなりの高級品だ。

 

「なかなかイケるねこれ。ところでまあそんなわけでちょっと調査依頼を頼まれてさ。同業者いる?」

 

旅人は少し声を大きくして後ろを振り返った。待つことなくすぐに一人が立って旅人の横に座った。

 

「いるぜ。リョウってもんだ。なあ、あんた‏知りあいにサムライみたいなポン刀使いの狩人がいないか?」

「十兵衛かな。こいつ?」

 

旅人はスマートフォンから画像を出して見せる。

 

「ああ、このおっさんだ」

「なんかあったの」

 

旅人はのんびりと酒を傾ける。

 

「助けられたんだ。あんたがこのおっさんの知り合いなら協力するぜ。それで、どんな要件だ?」

 

リョウはこの機会を逃すまいとするかのように食いついてくる。

何か、地上の退魔師とつながりが必要なのだろう。

 

「何人か人探し。この中で知ってる人いる?」

 

今度は懐から畳んだプリントを取り出して広げる。数名の男女の顔があった。

その中にはフードを被った顔もあった。

 

「いや、知らないな……だけど俺の魔法は使い魔を街に放つもんでね。ちいっと探してみるよ」

 

ぞわ、と犬の姿をした影のような何かが何匹もすっと床を通り抜けていった。

 

「悪いね。一杯奢ろうか」

 

旅人は口元を綻ませて使い魔の行方を見る。

 

「レモンスカッシュとサラダで頼む。最近体に気を付けてるんだよ」

「……これやっぱ体に悪いんじゃないマスター?」

 

マスターに3枚お札を握らせて旅人は胡散臭げにグラスの液体を見た。

 

「酒は体に悪いもんだ。だから旨い。違うか?」

「違わねえや」

 

ぐい、と旅人はグラスを干す。

 

 

「なんか悪いね。案内までしてもらってさ」

「どうせ迷うだろ?いらん揉め事起こして余裕なんて無いんだよ。今の街にはな」

 

しとしと、しとしとと地下水が雨のように流れる道を歩く影二つ。

 

「ふーん……人手不足なの?」

「ああ、このへんで強いやつ……カナデってんだが、最近見ねえ。

他にも何人か退魔師はいるんだが、俺と同じようなもんさ。

今テロられたらどうしようもねえんだ」

 

ふむ、と旅人は真剣な面持ちで考える。

 

「それってヤバくない?っていうか俺にしゃべっていいわけそんなデリケートな情報」

 

旅人はその真意を探るようにリョウを見る。

 

「俺は鼻が利くんでね……あんた、あの十兵衛ってサムライと同じ匂いがするんだよ。

血なまぐさいが、悪いやつじゃねえ」

 

それは一つの駆け引きだ。

誠意には誠意を。リョウはそこに賭けた。

 

「そんなに信用されてもなあ。オーケー分かった。できる範囲で解決しよう」

 

旅人は快諾し、ぱちんと指を鳴らす。

アイデアがこの道を流れる地下水のように出てきた。

 

「それさ。もう人雇おう!

月手取り20万あればそこそこのやつ雇えるよ。

ご予算だいたい月100万あれば十分な人数で常に警備できるよ。

いざってときの切り札が欲しいって運用だったらその100万で一人雇えばいい」

 

合理的だ。しかしできるとは到底思えない。

 

「そんな金……」

 

リョウが言い終わる前に旅人は笑う。

 

「ないよな!解ってる見りゃわかるよ!だったら、今追ってるやつの金を山分けしてさ。

それ元手にビジネス始めろよ。あんたができなきゃなんかに投資しろ。

人雇って店やらせればいい。簡単だろ」

 

地下水に、街灯の明かりが映っては流れる。

 

「俺に、できると思うか?」

「知らねえよ。でも街守りたいんだろ。だったら何もやらねえよりはましだよ」

「……あんた、やっぱり狩人だな。心の底まで見てきやがる」

 

最初から旅人はリョウの目的を見抜いていた。

リョウはこの街を守る力が欲しいのだ。だからここまで旅人に協力している。

 

「そりゃこの業界長いからね。

つうかここならビジネスなんて限られてるって!だからやることは単純だ。

置屋か観光客にクスリ捌くか武器売るかそのへんしかねえって。

後輩にそういうの詳しいやついるから紹介するよ。悪くない話だろ?」

 

旅人は身も蓋もない下賎な話を笑いながらする。

リョウも笑っていたが、途中から顔が引きつった。

 

「ああ、そりゃ悪くない話だ……俺が生きてここから帰れればな。あんた、相当ヤバいやつを追ってるんだな」

 

使い魔から感じるそのおぞましいオーラにリョウは震えが走る。

しかし旅人はいつもの事というようにしれっと答えた。

 

「まあね。クズの方がぶちのめしたら楽しいし」

 

リョウの心の底から本音が飛び出した。

 

「うらやましいな。強いってのは……」

 

旅人もまた、その言葉に感じ入るものがあったのか本心で答える。

 

「いやいや、俺はただぶっ壊すしかできねえから。何かやろうってあんたの方が建設的だよ」

 

力なき志と、志なき力。ままならぬものである。

 

「顔が赤くならあ。……近いぞ」

「オーケー、あんた後衛、俺前衛。死ぬなよ」

「解った」

 

錆に崩れつつある廃工場。そこが今夜の舞台のようだ。

 

 

「んんんー、かわいいわんちゃんだ……かわいい……かわいいねえ……

かわ、いいっ……!ああーやはりシャバの肉はつかみ心地がいい……」

 

ぶちりぶちり、と使い魔の猟犬がターゲットの男の素手により解体された。

その男はブーメランパンツ一丁のみを着用し、黒光りする体にグロテスクなほどの筋肉をみなぎらせている。

 

「ええーっと、あんたがマスキュラーでいいか?あってる?」

 

マスキュラーと呼ばれた男は黒髪をぴっちりと椿油で撫でつけ、口髭を笑顔で歪ませる。

その足元には明らかに生きた人間であっただろう肉塊が何人分も落ちていた。

 

「んんーふぅぅー、ごめんよぉー、シロクマくん……また南極を温暖化させてしまう……おお、この筋肉が……ふふ……」

 

マスキュラーの体は3mはあろうか。肉の暴力である。

 

「もう一つ、その足元に落ちてんのはあんたが殺ったとみていいんだな?見るぞ。答えろオラッ!」

「ん……ああ……気持ちいい肉で、しかし私のダンベルには不足だった。だから肉になったのだよ……

ほら、見てくれ。私の剛直でたった2回しか骨盤が持たなかった。な?」

 

マスキュラーはすばらしい歯並びで笑った。

リョウはドン引きし、旅人は切れた。

 

「言質取ったぞ死ねオラァーッ!」

 

旅人は懐から金槌を取り出すと筋肉の暴威に立ち向かっていった。

それはまさにまるで蟷螂の斧というやつだろう。

肉の山脈に対してあまりに小さな武器だ。

 

「何が筋肉だボケッ!てめえのキモいこだわりとか知りたくもねえし聞きたくもねえよ頭の中までプロテインがよ!」

 

旅人は迫りくるマスキュラーのパンチを潜り抜けマスキュラーの膝を金槌で思い切り叩く。

 

「ぬううーん!いい痛みだ……もっと、もっと私の筋肉をいじめておくれ!」

「おめえの都合ばっかくっちゃべってるんじゃねえぞクソ野郎がよ死ねボケッ!」

 

マスキュラーのパワフルながらも大振りな攻撃は旅人に当たらない。

腕をかいくぐり足元を抜け、微弱ながらダメージを与えている。

しかしその高速戦闘にリョウはついていけない。

せいぜい銃で目つぶしを……そう思い撃っていくがこれも豆鉄砲だった。

 

「んんーははぁ……弾丸を跳ね返すのは楽しいなあ……さあ、もっと打ってきてくれ。抱きしめよう!」

「この、クルイが……せめて虎の子さえありゃあな……!すまねえ、援護が精いっぱいだ」

「ん?銃上手いじゃん。じゃあこれ頼むわ。あとは犬で隙を作ってくれ。3秒でいいよ。

1発しかねえし、しっかり構えないと骨折れるから気をつけろよ」

 

旅人は懐から大型の拳銃を投げてよこす。

ビームでも出そうな大型拳銃。サンダー50BMG。

それは、見た目にたがわず対物ライフル弾を発射する世界有数の変態銃である。

 

「マジかよ……!本物初めて見たぜ。オーケー、わかった。踊ってみせるさ」

「おう、俺が死ぬ前にパーッと撃っちゃってくれ」

 

会話に気を取られた一瞬、マスキュラーが突進してくる。

だが、リョウは逃げない。今こそ立ち向かうチャンスだ。

 

地下街へようこそ(welcome to underground)……そして、くたばれ!」

 

ゴウン、という拳銃にあり得ない音がしてマスキュラーの心臓に穴が開く。

マスキュラーは立ったまま再生を試み、ゆっくりと近づいてくる。

顔に笑みを浮かべて。

 

「ぬううーん……効いた、きいたよぉ……だが、まだだ……私の、筋肉は……!」

「マジかよ……!」

「いや、十分だ。畳みかけるんだよこういう時はな」

 

工場の暗闇に真言がこだまする。それは旅人の放つ呪詛の類だ。

旅人の持つ金槌を媒介に不動明王の金剛杵が現れる。

それは柱ほどもある炎の塊。槌の形をした地獄の炎だ。

 

「オラァー!何が筋肉だ!叩いて焼いて焼肉にしてやるからありがたくごちそうになれ!死ね!死ね!死ねボケがッ!」

 

大きく回転する炎の槌は防御するマスキュラーの腕ごと焼きつぶし、灰にしていく。

 

「ぬうんっ!ぬうう、馬鹿な!熱量で私の筋肉が負けるなどと!」

「やかましいわ!俺の怒りも筋肉に負けたことがねえんだよ死ね!」

 

ずどん、ずどん、と工事現場のような音を立てて神秘の炎が振るわれ。やがて、マスキュラーは焼肉になった。

 

「やった……のか?」

「ああ終わりだよ。ぶっ殺してやった。さあこいつの有り金持っていこうぜ!」

 

人間離れした戦いを経験したリョウは呆然としていたが、やがて二人はマスキュラーの金の隠し場所を見つけた。

万枚もの札束や金塊のうち、旅人は数枚の紙幣を抜き取り。そして残りをリョウに渡した。

 

「俺はこんだけでいいよ。あんた使え」

「いや、しかし……」

「俺は良いって。どうせあとで賞金とか出るしそもそも給料もらってるから。

あんたは街のためにこれを使うんだろ?いくらあっても足りねえぞ」

「そうか……そうだな」

「ああ」

 

リョウは札束の一つを旅人に渡した。

 

「なら、最初の投資だ。俺でもあんたみたいに強くなれるか?」

「なれるよ。こんだけあれば。とりあえず教えるだけは教えるよ……なんなら手術だってできる金額だし。

そもそもあんたのスタイルだけど猟犬は探索用に絞って、ガンマンとして強くなった方が効率的だ。

で、銃に使える術式はね……」

 

地下街に炎の匂いが、かすかに漂った。

 

 

かくして。地下街に一人の旅人が訪れ、その冒険はひとまずの成功に終わった。

彼がもたらした炎は、果たして利器となるか災いとなるか。

これ以上はやめておこう、それを語るのは私ではない。

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