「ふぅ……」
暖房で温められたチーム競技場のロッカールーム。
私は一息ついた後、チームのユニフォームを脱いでロッカーに置いていた私服に着替える。
臨海女子高校を卒業した後、大学へと進み、横浜ロードスターズにドラフト指名されて麻雀プロに。
すでに五年の時を過ごして、今日も無事に次鋒としてチームに貢献した。
「ハオっ! お疲れ!」
声をかけてくれるのは副将としてスターティングメンバーに名を連ねるほぼ一回り年上の先輩。
入団当初から面倒を見てくれて、とてもお世話になっている人物だ。
「お疲れ様です。先輩も見事な打牌でした」
「それを言うならハオもでしょ~? ねぇねぇ。この後みんなで飲みに行くんだけどどうする?」
グイグイとジョッキを飲み干すポーズを取る先輩。
いつもならご一緒するところでしたが、今日は絶対に外せない用事があった。
「すみません。今日は夫がご飯を作ってくれているので……」
そう答えると、先輩だけではなくチームメイトのみなさんもニヤニヤとからかうような笑みを浮かべる。
「んふふ~。結婚して結構経つのにラブラブですな~」
「ラ、ラブラっ……! も、もう! からかわないでください!」
「旦那自慢を聞かされる前に独り身の私たちは去りま~す!」
「愛しの旦那様には勝てないわね~。今夜はたくさん楽しんでね!」
私をひとしきりからかって楽しんだみなさんは逃げるように部屋を出て行く。
今夜は楽しんでって……年々、みなさんの下ネタが多くなっている気がする。
実際、何の因果があるのかわからないが麻雀女子プロの結婚率はかなり低いらしい。
相手がいる。それも私の仕事に理解を示してくれる優しい人を見つけられた私はかなり運がいいのでしょう。
「まったく……」
私服に着替え終えた私もロッカーを閉じる。
「今から帰宅します……と」
スマートフォンを取り出して、自宅で待ってくれている夫へと連絡するとすぐに既読がつき返信は戻ってきた。
『了解! 慌てずに帰ってくるように!』
「ふふっ……。了解です……よし」
彼のメッセージの後には可愛いわんちゃんのスタンプが付いていたので、私も同じわんちゃんのスタンプを送り返した。
やりとりを交わすと、早く彼とお話ししたい気持ちが溢れてくる。
私はスタメンなので対局のために遠征していることが多く、彼とゆっくり出来る時間は一般家庭よりも少ない。
それでも受け入れて結婚してくれた彼――京太郎には感謝しかありません。
今日は久しぶりの我が家で過ごす週末。
明日は日程調整の影響でお休み。つまり、たくさん夫婦の時間を時間を過ごせるということ。
京太郎も立派に働いているので、まとまった休日が重なることは少ない。
…………前回は一ヶ月前でしたか。
『今夜はたくさん楽しんでね!』
みなさんが余計なことを言うから変に意識してしまうじゃないですか……!
ブンブンと頭を振って邪念を追い出そうとするが、本能が求めているのか離してくれない。
むしろ、ひとりでに気分が高まっていた。気持ちが傾いていっている。
……きょ、京太郎にもさみしい思いをさせてしまっていますよね……。
「……帰りに一応、コンビニに寄っておきましょうか」
私は薬指にはめた指輪を撫でると、愛しの彼のもとへ戻るため部屋を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
タクシーに揺られて、私たちが暮らすマンションに着いた私ははやる気持ちを抑えてマイルームへ向かう。
カードキーをタッチすれば解錠された音がして、ドアノブを回す。
すると、奥からスタスタとスリッパを鳴らして、エプロン姿の夫が出迎えてくれた。
「ただいま戻りました、京太郎」
「おかえり、ハオ」
彼に名前を呼ばれて、ニヘラと相好を崩す。
私よりも頭一つ分高い彼との出会いはなんとなしに始めたマッチングアプリだった。
『仕事にかまけてプライベートをおろそかにしているとね……将来、辛い思いをするよ……私みたいにね……うぅっ……!』
飲みに行くたびに先輩がそんな愚痴を漏らすので、よく広告でも見かけるアプリを入れてマッチングした京太郎と会うことに。
彼はかつて対局したことがある清澄高校の麻雀部所属で、そのおかげか麻雀界隈にも詳しかった。
私と初めて顔合わせしたときの彼のリアクションは今でも思い出して笑顔になれる。
今になって考えれば一回目で彼を引き当てた私は幸運だったのだろう。
プロ雀士に理解があって、家事能力も高く、顔が整っていて、なにより優しい。
むしろ、なぜ恋人がいないのか不思議なくらいの彼に惹かれるのも当然のことで、昨年にプロポーズを受け入れて入籍した。
ちなみに私は私で彼にプロポーズしようと思っていたので、婚約指輪が二種類あったりする。
「コート、預かるよ。バッグも」
「ありがとうございます。ふふっ……こうして出迎えられるのはやはりいいですね」
「外、寒かっただろう? もうお鍋の用意が出来ているから」
「豚ですか? それとも鳥?」
「カニだよ」
「――素敵です、京太郎」
ぎゅっと京太郎に抱きつく。
「ふっふっふ……奮発してきました」
「それは早く
「カニって聞くだけでワクワクするよな。さぁ、食べよう」
彼は私の手を引いて、席まで連れていってくれる。
テーブルの中央にはグツグツと煮立った土鍋が鎮座していた。
「それではご開帳~」
「おぉ……!」
蓋を開けると、中にはぎっしりと真っ赤になったカニの足や爪。白菜、長ネギに豆腐、椎茸……。
どれも美味しそうで、食欲を刺激する匂いを漂わせている。
「はい。これ使って」
「ありがとうございます」
京太郎から受け取ったおしぼりで手を拭けば、もう準備万端。
「それでは手を合わせて」
「「いただきます」」
「とても美味しかったですね、カニ」
「だな。お腹いっぱいだよ」
「明日もどこか美味しいものを食べに遠出してもいいかもな」
「運転は任せました」
「ははっ、了解」
うまみたっぷりだった鍋を完食した私たちは洗い物を終え、リビングのソファーで隣り合って座っていた。
「……こうしてゆっくり過ごせるのも久しぶりですね」
「ちょうどハオの遠征と俺の休みが被ることばっかりだったからなぁ。顔は合わせられてもあんまり話もできなくて寂しかったなぁ」
「それは……すみません」
「責めているわけじゃないって。その分、今はハオとたくさんおしゃべりしたいってこと」
そう言うと京太郎は私の肩に腕を回して抱き寄せる。
密着度が上がりドキドキしていると、彼はスンスンと鼻を鳴らし始めた。
「お、お風呂に入っていないのであまり嗅がないでください……」
「そんなことない。ハオの良い匂いがする」
「そ、それでもです……あっ……」
頭から首筋へと移動して、ついには顔を埋める京太郎。
そ、そんな風にされたら……ひゃっ。
びくりと体をはねさせる。
彼のゴツゴツとした手が腰を掴んだから。
こ、これはもしかしなくても……!
ゴクリとつばを呑み込む。
チラリと帰宅中に買ったあれの所在を確認した。
「……京太郎。その……」
「……ごめん。ご無沙汰だったから我慢できなかった。疲れてるのに無神経だったよな」
「ち、違いますっ!」
勘違いしてしまった京太郎が私から距離を取ろうとしたので、逃がさないように彼の手を握りしめる。
言葉を交えずにすれ違いなんてしたくない。
「じ、実は! 私からも京太郎に言わなければならないことがありまして……」
「俺に……?」
「はい。今日、その……先輩にからかわれたんです。今夜は楽しんでね、と」
「お、おう……それはなんとも言いがたい……」
「それで、勝手に私も想像してしまいまして……」
「うん……うん?」
「明日は休みだなぁ、とか。……最近は忙しくてご無沙汰だったなぁ……とか」
私だって、京太郎と同じ想いだった。
気がつけば洗い物の際に腕まくりして見えた前腕とか、カニの身をしゃぶる唇を、凝視してしまっていた。
「腰に触れられたときだって過敏に反応してしまって……と、とにかく私も京太郎と一緒なんです」
近くにあったバッグをたぐり寄せて、中から0.01と書かれた赤い箱を取り出す。
そして、箱に負けないくらい赤くなった顔を隠すように京太郎に見せた。
「する準備……できちゃっていました」
恥ずかしながら私の身体はすでに京太郎を受け入れる態勢が出来てしまっていた。
彼に求められたならばいつだって受け入れられるくらい火照って全身を熱で包み込んでいる。
きっと何も着けずにしたならば、間違いなく新たな生命を授かってしまうだろうと確信できるほどに、私もヤる気満々だったのだ。
「ハオ……ごめん」
「い、いえ、私が勝手に用意しただけですし、お気になさらず」
「――そうじゃなくて」
「京太郎……ひゃっ」
立ち上がった京太郎は私を抱きかかえると、そのまま一直線に寝室へと向かう。
優しい彼にしては珍しく乱雑にベッドの上へ放り投げられ、目を開ければ上の服を脱いでいた。
「……そんなの言われたら我慢できない」
たくましい胸板が近づいてくる。
あぁ……これから私はたっぷりと愛されるのでしょう。
ついばむように唇を求められ、私もまたそれに拙いながら応える。
聞こえるのはちゅっ、ちゅっと水音と、互いの荒くなった息だけ。
「ハオ……愛してるよ」
「……京太郎、私も愛しています」
全身に彼の重さを感じた私はまた瞳を閉じて、抱きしめ返すのでした。
「……こ、腰が……」
「ご、ごめん! 張り切りすぎた!」
翌日のお休みはお家デートになってしまったのはご愛敬。
お久しぶりです
いま別名義でオリジナル商業活動をしていまして、そちらが忙しく顔を出せていなかったのですが、息抜きできる時間ができたので好きなキャラの郝を……!
原作時点で京太郎と郝の身長差は16センチ。カップル理想の身長差。つまり、ベストカップル。
はっきりわかんだね。