学生時代の俺には漠然とした将来のビジョンしかなかった。
だから、流行っているからなんとなくで入部した麻雀部。
ここが須賀京太郎という人生の運命の岐路だったと思う。
みんなの本物の情熱にあてられて、下手くそなりに麻雀を頑張って、咲たちに混ざっても少しだけ食らいつけるようになって……最愛の人と出会った。
「ふふっ。今日もあったか~い」
そして、その人は同じベッドの上で今日も微笑んでいる。
「ね、京太郎くん?」
頬へ伸ばされた手にはキラリと輝く銀色の指輪。
それを見るたびに、本当に宥さんとそういう関係になったのだと実感できてニヤけてしまう。
「どうかしたの? なんだか嬉しそう」
「いや……俺のお嫁さんが本当に宥さんなんだなぁと思ったら嬉しくて……」
「もう……結婚して一年経つのに京太郎くんはいつまで経っても恋人気分だね」
「だって、宥さんみたいな可愛くて優しい人が俺と結婚してくれるとは思わないじゃないですか」
「それじゃあ、あのとき京太郎くんはフラれるつもりで告白してきたの?」
「いやっ、そ、そういう意味じゃなくて!」
「だって、『付き合ってください』じゃなくて、いきなり『結婚してください』だったもんね」
「そ、それは! 思わず好きが溢れてしまったというか! なりふり構わずとかじゃなくて、ちゃんと宥さんが好きで告白したんですけど……って、宥さん?」
腕の中でクスクスと堪えきれずに笑い声を漏らす宥さん。
「ご、ごめんね。必死な京太郎くんの姿がついおかしくって……」
「からかいましたね!?」
「だって、京太郎くん面白い反応をしてくれるから。ふふっ……」
まださっきまでの滑稽な姿がツボに入ったのか、宥さんは小さく肩をふるわせていた。
……まぁ、ウケたならいいか!
今が幸せ! それでいいじゃないか。
「もう……ほら、宥さん。笑うのはいいですけど、はやく寝ましょ。明日は早いんですから」
「うん、そうだね。……夫婦になって初めての旅行だもん。すごく楽しみだよ」
宥さんにプロポーズを受け入れてもらった俺は松実家に婿入りし、若旦那として必死に接客、旅館運営、人間関係の構築……様々なことを学ばせてもらってお義父さんに一人前として認められた。
お義父さんは呑み込みが早いと褒めてくださったが、おそらくハギヨシさんに学生の頃にしごかれた経験があったからだと思う。
ともかく松実館で働き出してから初めての長期休暇であり、それならばと宥さんと話し合って新婚旅行に行くことになったのだ。
もちろん行き先はあたたか~い地方である。
「いろんなところを回りたいな」
「雑誌を読んで二人で決めた場所は絶対回りましょう」
「ふふっ、いっぱい折り目付けちゃったから時間足りないかも」
そう言うと、宥さんは俺の人差し指をスリスリといじり始める。
そのまま中指、薬指……と包み込んでいき、最後は手のひらをぎゅっと握りしめた。
「……旅行の間はずっとこうしていようね」
頬を朱に染めて告げる
本気でそう思った。
「……俺としては、こうしていたいですけど」
そんな想いが溢れて、俺は彼女を強く抱きしめる。
温かい。宥さんの体温が指先から、腕から、いろんな場所から伝わってくる。
結婚する前まではきちんと理解できていなかった俺だけど、今はこういう温かさが大好きだ。
だから、春夏秋冬問わずに宥さんと一緒のベッドで寝ている。
俺たち夫婦の習慣になっていた。
「……これだとお外で歩けないかも」
「でも、こっちの方が温かいですよ」
「そうだけど……これだとずっとお部屋から出られないね」
「……俺はそれでもいいですけど。宥さんと一緒にいられるなら」
「ダ~メ。それだといつもと変わらないよ?」
「……確かに」
休日は俺がヘトヘトになっているので基本的に外出しない。
宥さんも外に出るより家の中でぬくぬくしていたい派なので、休みの日はもっぱら密着して過ごすのが俺たちの常であった。
「せっかく一緒に予定立てたから……たくさん思い出作ろ?」
「ですね。それに密着するのは夜でもできるし……」
「……京太郎くんのえっち」
「そ、そういう意味じゃないです! 今みたいに一緒に寝ようっていう意味で!」
「……京太郎くんはえっちな目で見ないの?」
「えっ!?」
だったら、馬鹿正直に宥さんのおもちをモチモチしたいですって言えばよかったのか!?
そんな……どっちを選んでも間違いなんて……あっ! ははーん、なるほど。そういうことか。
宥さん……また面白がって俺をからかっているんだな?
かわいらしい妻のイタズラを見抜いた俺はまたさっきみたいに笑っているであろう彼女を見やる──が、視線の先にはおでこまで真っ赤になった宥さんがいた。
……えっと、つまり……さっきの発言は別にからかいなどではなく……。
「……
「ひゃ、ひゃいっ!」
「……旅行中。いっぱい頑張るよ」
「……うん。頑張ってね……
思い返せば俺たちは実家住みということもあって、どこか遠慮していた部分もあったのだろう。
そんな俺と宥さんが実家を離れるタイミングで、このサインを使った意味をちゃんと理解している。
……やばい。
宥さんの長いまつげが色っぽい。いつもより長い吐息が色っぽい。プルンと潤った唇が色っぽい。
そういう感想がどんどん湧き出て、悶々とした気持ちで胸がいっぱいになる。
このままでは明日の朝に影響が出てしまうだろう。
「そ、それじゃあ、寝ましょうか」
「う、うん。電気消すねっ」
宥さんがリモコンを操作すると部屋が真っ暗になった。
「「お、おやすみなさい」」
うわずった声が重なる。
いい年齢になったのに緊張しているのが恥ずかしいけど、それを笑う余裕も違いになかった。
だから、離れることを忘れて、抱きしめ合ったまま眠りにつこうとする。
二つの心臓の音がうるさくて、夢の世界へと旅立てたのは一時間ほど経ってからだった。
7月ギリギリ間に合ってよかった……!
締め切りとの相談になりますが、毎月1話は投稿したい気持ち。
8月は今のところ大丈夫そうですが、9月はヤバい。
それと、みなさま久しぶりの投稿にかかわらず前回は感想ありがとうございました!
モチベーションにつながるので、すごく嬉しかったです!