麻雀少女に愛を囁く   作:小早川 桂

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照。改稿したもの。


06-いつかその日まで待ってる

 宮永照は孤独だった。

 

 昔から麻雀は強かったこともあって中学でも麻雀部に入ったけど友達と呼べる人はいなかった。

 

 いくら勝ち続けても尊敬はされても対等な仲間は出来ない。それどころかどんどんと距離が離れていって、私は努力することを放棄しようと思った。

 

 そもそも妹にも嫌われている人間が誰かに好かれようとする方がおかしいのだ。身内一人に愛されない私を誰が愛してくれよう。

 

 そう思っていた。

 

「宮永……照さんですか?」

 

「……そうだけど」

 

「よかったぁ。間違えてなかった」

 

「……何か私に用?」

 

「はい。……宮永照さん。俺と友達になってくれませんか?」

 

「……え?」

 

 中学三年の春。来年には東京に行くこともほとんど決まっていて、長野で思い残すこともなくなってきた頃に彼と出会った。

 

 須賀京太郎。金髪と高身長が目立つ少し軽薄そうな男。

 

 それが照の第一印象で、突然わけのわからないことを言い出した京太郎に心を揺さぶられた照も警戒心を解くことはない。

 

「……悪いけど、冷やかしなら」

 

「お菓子持ってきたんです。一緒に食べながらお話しませんか?」

 

「……ちょっとだけなら相手をしてあげる」

 

 ……はっ。無意識のうちに許可を出していた……。

 

 照が気付いた時には彼は距離を開けてベンチに腰掛ける。わざわざこのために持ってきたのか紙袋から包装されたクッキーを取り出した。

 

「すいません。宮永先輩の好みがわからなかったので」

 

「私は甘いものならなんでも食べるから。それより早く」

 

『くれくれ』と眼差しと迫りくる手に京太郎は苦笑いしながらそっと手のひらに乗せてあげる。すると、照は小動物みたいに黙々とかじり始めた。

 

 モックモックと食べる姿は到底普段から放つ冷たいオーラは感じられず京太郎はこれが同一人物なのかと同様すら覚えた。

 

 ただ一つだけわかったのはこの人は悪い人じゃなくて、可愛らしい人だということ。

 

「……美味しいですか?」

 

「……うん。ありがとう」

 

「それはよかった。それ実は俺の手作りなんですよ」

 

「っ! ……君、お菓子作れるの?」

 

「はい。簡単なものなら」

 

 そう答えると照は何かを考え始める。京太郎と手のクッキーを交互に見ては思考を繰り返し、何かを決めたらしくいつもの鋭く細められた視線で京太郎を見据える。

 

「……明日からも放課後にお菓子を作ってくること。そうしたら友達になることも考えてあげる」

 

「……宮永先輩」

 

「なに?」

 

「……口元にジャムついてます」

 

「…………!」

 

 かぁと照の頬が真っ赤に染まる。ついていたイチゴのジャムが分からなくなってしまうくらいには。思わず京太郎も笑みをこぼしてしまう。そんな京太郎をポカポカと叩く照。

 

 これが二人の邂逅だった。

 

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 二人の放課後のティータイムは休日を除いて毎日のように行われた。最初は趣味程度だった京太郎のお菓子作りの腕もメキメキと上達し、それに比例するように照との距離も近くなっていた。

 

 友達になるとかならないとか、そんなことから始まった関係もはた目から見れば親友も同然である。事実、あの宮永照に恋人ができたと学校中に噂が流れたが照はそんなことを気にするタイプでもないし、京太郎も神経は図太い。

 

 一年の半分が終わり、折り返し地点に差し掛かった時期。校庭を紅く彩る木々の下で二人は当たり前のように談笑を繰り広げていた。

 

「えっ。照さん……卒業したら東京に行っちゃうんですか?」

 

「そう。……ここはちょっと辛いから」

 

 照はすでに東京に行くことが決まっていた。このことを京太郎に言うのは初めてだ。今まで言い出すにも言い出せなかった。

 

 怖かったのだ。京太郎が離れていくのが。

 

 一年後には遠くへ行ってしまう者と誰が仲良くしてくれようか。それも学年も違う。貴重な時間を削ってまで自分に付き合ってくれるか。

 

 孤独には慣れたつもりだったけど私の凍った心は溶かされつつあった。

 

 だから、感じてしまった。大切な人が傍からいなくなる恐怖を。

 

「……そう、ですか。東京だとこうやって会うのは難しくなっちゃいますね」

 

「……うん」

 

 案の定、京太郎は悲し気な表情を浮かべて暗い雰囲気が場を包む。楽しかったはずの茶会も今だけは早く帰りたいと思ってしまった。

 

「……こっちではダメなんですか?」

 

「……うん」

 

 たった一言。それなのに重く京太郎の視界を塞ぐ。

 

 なにか内情があるのは察した。けれど、彼もそう簡単に諦められる人間じゃなかった。

 

 照が頑固なことは半年の付き合いで彼は理解している。だから、別に照の意見を覆そうとかそんなことは思わない。だけど、はっきりとしたいことがあった。

 

 ぐるぐると頭のなかがぐちゃぐちゃになっていくのを感じる。絞り出すように混乱した彼が出せたのはたった二言三言だった。

 

「……照さん」

 

「……なに?」

 

「……今日はもう解散しましょう」

 

 その言葉は照の胸に深く突き刺さる。同時に仕方がないという諦めの感情もあった。

 

 私は彼にとって特別な何者でもないのだ。

 

 ただのお菓子好きな先輩。友達かどうかも答えていない。

 

 そんな京太郎がこういう選択を取るのを否定する権利は私にはない。

 

 照はコクリと頷く。京太郎も荷物をまとめてその場を去る。

 

 もう二度と茶会は開かれないだろう。

 

「……しょっぱい」

 

 照の悪い予想はやはり当たり、あっという間に時は移ろいで長野で過ごす最後の冬が到来した。

 

「寒い……」

 

 家の中にいるのに照は擦ってかじかんだ手を解そうとする。この時期は牌も冷たくなって触るのが辛い。

 だけど、照は麻雀を打ち続けた。

 

 今の自分にはもうこれくらいしか残されていないから。

 

 麻雀にまで裏切られたら頭がおかしくなってしまいそうだ。

 

「……本当に寒い」

 

 その声に反応するかのようにインターホンが鳴る。きっと買い物に出ていた母さんだろう。

 

 そう思った照は早足で玄関に向かうとドアを開ける。しかし、そこに立っていたのは彼女の予想とは大きくかけ離れた人物。

 

 あの時、縁が切れたと思われた男の子だった。

 

「……こんばんは、照さん」

 

「――っ!」

 

 彼の挨拶に反射的にドアを閉めようとする照。しかし、間に挟み込まれた京太郎の足によって妨げられる。その後も駆け引きは続けられるが互いに一歩も引かない。

 

 やがて照も諦めて引手にかける力を弱めた。

 

「…………」

 

 向き合った二人を無言が支配する。お互いが喋らないことなんてざらにあったのに今はこの空気が照には耐えられなかった。

 

 それは京太郎も一緒だったようで彼は小さく、対面する少女にも聞こえない本当に小さい声で己を勇気づけると本題を切り出した。

 

「……あの日。照さんが東京に行くと聞いて俺、寂しかったです。照さんが手の届かないところに行ってしまう気がしました」

 

「寂しい……?」

 

 私も、寂しかった。あの日、目の前から京太郎が消えて毎日毎日一人で辛かった。

 

 自然と涙が頬を伝う。初めて見た照の涙に京太郎もぎょっと驚くが、すぐに彼女の瞼に手をやって溜まった涙を拭う。

 

「すみません」

 

「……どうして私が泣いているかわかる?」

 

「……すみません」

 

「バカっ!」

 

 劈くような声とともに照は彼の胸元へと飛び込む。さっきまでの静かなものではなく赤子のように泣き叫んだ。そんな彼女を京太郎はただ受け入れる。

 

 ゆっくりとためらいながら照の頭をそっと撫でた。髪に沿ってそれはおりていき、もう離れないように抱きしめる。

 

「……照さん。覚えてますか、俺たちが初めて喋った日」

 

「……うん」

 

「あの時、どうして俺が照さんに話しかけたと思いますか?」

 

「それは……友達になりたかったから……」

 

「すみません。それ嘘なんです。本当はずっとこうしてあなたを抱きしめたかった」

 

 京太郎は肩をつかんで引き離すとしっかり真っ直ぐ見つめる。視線と視線が交錯して、京太郎は笑うと確かに告げた。

 

「あなたが好きです。一目惚れしてあなたの隣にいたいとそう思ったから俺はあの日、照さんに話しかけました」

 

 届いた告白は脳に響いて、心を揺らす。

 

 せっかく泣き止んだのにまた涙が溢れそうになるのを照は我慢する。

 

「だから、照さんが東京に行く前に気持ちを告げるのにふさわしいお菓子を作ろうと思いました。何も言わずに放課後、行かなくなってすみません」

 

「……許さない」

 

「でも、毎日照さんにお菓子をあげることになったらバレちゃいますから。練習しているの。そうしたら俺は照さんにこうやって気持ちを告げられなかったです」

 

「……許す」

 

「……っ! ありがとう、ございます」

 

 震える声を隠すように京太郎は唇をかみしめる。誤魔化すように提げていたバッグの中から白い箱を取り出した。

 

「……これは?」

 

「誕生日ケーキです。聞きました。照さんは今日が誕生日だって。告白するなら今日しかないと思って出来る限りを注いで作ってきました」

 

「……ありがとう」

 

 こんなに嬉しい誕生日はいつ以来だろうか。家族の心がバラバラになってからはこうやって気持ちのこもったお祝いを受けることはなくなっていた。

 

 精一杯の愛情が込められたプレゼントに照は微笑む。ふと見せた柔和な表情に京太郎は思わず見とれてしまっていた。

 

「……照さん」

 

 わずかに上ずった声。照もつられて顔を上げる。その双瞳に映る男子は目をそらすことなく、自分を見つめていた。顔を真っ赤にさせながら京太郎はもう一度さらけ出す。

 

「俺も卒業したら東京に行きます」

 

「……それは本当?」

 

「でも、忙しくて会うことは難しいと思います。俺が通うつもりの製菓専門学校はかなり厳しいみたいですから」

 

「製菓ってことはそれって」

 

「はい。……あなたが美味しいと言ってくれたお菓子を極めて日本一のパティシエになります。そして絶対にあなたに見合う男になります。だから、その時は……俺とずっと一緒にいてくれませんか?」

 

 照の頭の中で彼の告白が反芻する。ただ空っぽだった心を満たすように喜びが溢れ出ている。

 

 ……いつから私はこんなに涙もろくなったんだろう。

 

 そして、京太郎の気持ちに応えるように照は差し出された右手を握り締めた。

 

「……その気持ち、受け取るよ」

 

「じゃあ……!」

 

「…………うん。だから、ね?」

 

 グイっとつかんだ手を引っ張ると京太郎は前のめりになってしまう。自然と正面にいる照との距離はゼロに近づいていき、互いの唇が重なった。

 

「て、照さんっ!?」

 

 京太郎は跳びあがるように離れ、衝撃的な行動をした彼女を見つめる。

 

「……その時まで、今はこれで我慢するね?」

 

 件の彼女は頬を紅葉とさせて自分の唇を指でなぞる。

 

「大好きだよ、京ちゃん(・・・)

 

 そう言って浮かべた彼女の笑顔に、京太郎は絶対に彼女を幸せにしようと胸に誓った。

 

 




待ってる……照だけに。

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