魔導士達の英雄譚   作:鈴木龍

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第十話です。
いよいよここまでやって参りました。


決起

 

「…その戦いのせいで、氷矢はまだ病院にいるけど、確かにアイツは殺したはずだった…!」

紺の口から、例の獣人との過去が語られていく。

過去に交戦し、そして殺したはずだったこと。

使用する魔術、得意な戦法は全て紺のものだということ。

そして、一番気になったのは…

「あの獣人が、紺の分身…?」

例の獣人が、紺の分身だということだった。

確かに分身なら、使用する魔術、得意な戦法が同じでも不思議ではない。

「残念なことに、その通りよ。」

だが、だとすれば、紺は…

「…もしかして、紺って…」

「龍司の言いたいことはわかるわ…こういうことでしょ?」

紺が目を閉じ、ふっと息を吐くと、頭から耳がぴょこんっと生えてきた。

三角形に尖ったそれは、彼女の髪のように白く、しかし透き通っており、まるで銀糸で編み上げられた物のようであった。

獣人の証であるそれを見たのは初めてだが、侮蔑の象徴としてのものとは思えない程美しかった。

「…そんなまじまじと見られると、結構恥ずかしいんだけど…」

そんな耳に目を取られて忘我していると、紺が頬を赤らめ、抗議じみた目線を飛ばしてくる。

「す、すまん…綺麗だったから」

最後の方は小声になったが、紺は人間にはない大きな耳で耳聡く聞きつけ、にやにやと顔をほころばせてにじり寄ってくる。

「ん?今なんて言ったの?よく聞こえなかったんだけど?」

過去の話を聞いて落ち込んでいる雰囲気を吹き飛ばそうとしての行動かどうかは知らないが、場違いなまでに明るい声が場に響く。

「お、おま…絶対聞こえてたろ…」

しかし、よく見てみると耳がピクピクと動いており、心から喜んでそうな気がする。

「こんなところで惚気(のろけ)るんじゃない。阿呆(あほう)どもが…」

「ぁッ!?()ぅ…」

「い、痛ったぁ…」

不意に飛んできた拳に二人して頭を押さえる。

見上げると、眉を吊り上げ、目を閉じながら握り拳を作っている京介の姿があった。

「きょ、京介…いきなり殴んなくたって…」

京介に抗議するが、取り合う様子はない。

「こんな緊急時に、惚気ているお前らが悪いのだ。」

そう一方的に言い放たれると、反論する余地がない。

「それより、紺。氷矢や、お前のこともこれで辻褄が合うな。」

「え?…あ、ああ…そうね。」

一瞬のラグがあったが、合点(がてん)のいったように、頷いていた。

「…どういうことだ?」

俺一人だけ合点がいかず、困惑していると、桜火が疑問に答えてくれる。

「つまり、紺の分身を倒す、もしくはサーベルみたいな短剣を壊せば、呪いが解けるってこと。」

桜火によると、氷矢にかかっている呪いは先程倒した影の持っていた短剣のせいである可能性が高いという。故に、その大元を破壊すれば、良いという。

また、その短剣は人から魔力を吸い取る物である可能性が高く、吸い取った魔力を使っている獣人を倒せば、氷矢の呪いは治るらしい。

「簡単な話だ。紺の半身を語る獣人を殺せば良い…そうすれば、紺も氷矢も治る。」

「…待てよ。紺も、って言ったのか?」

おかしな話だった。

呪いがかかっているのは氷矢で、紺は何もないはず…

「紺はどこも悪くなってないだろ?」

「そういえば、言ってなかったわね…私、今、幻惑の魔術しか使えないのよ。」

紺が言うには、本来、幻惑と電撃の二種類の魔術を得意とするらしい。

しかし、分身に魔力を持って行かれたらしく、より得意な幻惑の魔術しか使えなくなったという。

言われてみれば、分身の影は電撃を主に使っていた。恐らくそれは、獣人の力の片鱗だったのだろう。そして獣人の力の源は紺なのだから、紺が電撃を使えるのは当たり前のことと言える。

「なあ、紺。もしかして…今って、お前の分身の方が強かったりしないか…?」

そこで、一つの考えに行き着く。

紺は現在使えない力が、分身は使える。

それは、紺より分身の方が力をつけているということではないのだろうか。

「…もしかしたら、そうかもね。でも、私には、みんながいるから。」

そう言って、京介、桜火、そして俺を見る。

それぞれの顔に迷いはなく、決意が濃く浮かんでいた。

そして、それを見て紺は覚悟を決めたように表情を引き締め、この場にいる魔導士の方を向いて、凛とした声色で声を発する。

「…今日ここに集まってくれた魔導士の皆さんに、話があるわ。」

続きを待つように、その場を圧倒的な静寂が支配する。

「ここから先の戦いは、私たち四人だけで戦う。」

しかし、続いた言葉にその場を支配していた静寂が破られる。

「おいおい、たった四人だけで太刀打ちできると思ってんのかよ。」

「アイツに仲間がやられたんだ…仇をうたせてくれよ!」

やがて、怒号が飛び交い始める。しかし、紺はそれを全く気にせず、言葉を続ける。

「あの獣人の目的は、ここにいる魔導士の魔力を吸い取ること。人が多ければ逆に不利になるわ。」

紺は淡々と言葉を続けるが、顔が一瞬憂いに彩られた。

「あなたたちが、仇を打ちたいと思うのはわかる…でも、アイツは、私なの。決着は、私につけさせてほしい。」

だが、その憂いも一瞬で、目に揺るがぬ意志を宿して、魔導士たちへとその目を向ける。

その雰囲気に気圧(けお)され、魔導士たちは息を呑む。

その沈黙を了承とみなし、紺は話は済んだとばかりに裾を翻し、俺たちに向き直る。

「それで良いよね?」

こちらを向いて、確認するように告げる。

しかし、その顔色は、何かを(すが)るように悲しげで不安そうだ。

「是非もない。」

「元々そのつもりだったでしょう。むしろ、私たちを頼ってくれるのが意外だよ。」

「確認するまでもないだろう?」

三者三様の、しかし皆一様に揺るがぬ決意を心に宿し、立ち上がる。

すると、紺は顔を華やがせ、次の瞬間には恥ずかしそうに目を伏せる。

「…みんな、ありがとう…」

「その言葉はまだ早い。俺たちが勝ってから言え。」

京介が、紺の頭に手をやって、それから、空間転移室へと歩き出す。

「さっさと行くよ、紺。氷矢を助けなきゃ。」

京介に続いて、桜火が歩き出した。

「さぁ、最終決戦といこうぜ。」

先の二人に(なら)って、心からの強がりを言う。

すると、紺は不意に笑い出す。

「あはは、何よそれ。カッコつけ?」

目尻に涙を浮かべ、肘に手を添えるようにしてお腹を抱えて笑う姿は、とても最終決戦前とは思えないほどリラックスしていた。

「な、なんだよ…こういう時くらいカッコつけさせろよ…」

しかし、それが精一杯の強がりなのか、表情にはほんの少し迷いが見て取れた。

「いや、いいと思うよ?うん、かっこいい。」

そして、ひとしきり笑うと、迷いを振り払うようにふるふると頭を振って、俺を見据えて話す。

「ねえ、龍司。ちょっと頼みがあるんだけど。」

その声色が先ほどのおちゃらけたものではなく、真剣そのものだったので、空間転移室へと向かう足を止め、紺に向き直る。

「なんだよ。」

「あのね…」

…そうして、俺たちの最終決戦が幕を開けた。




さて、紺の頼みごととやいかに。
次回から、本格的に戦闘描写入れていきたいと思います。

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