魔導士達の英雄譚   作:鈴木龍

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第十一話です。
サブタイトル通り、今回で決着の予定です。


決着

…空間転移室の前に、四人が並ぶ。

京介、桜火、紺、そして俺だ。

「…さぁ、いくわよ。」

紺が、空間転移室の中にある複数人用の転移ポッドのパネルを操作し、富士にある自衛隊の演習場に転移するように設定する。

狭い空間に体を押し込み、キィン、という甲高い音とともに、部屋が淡く発光し始める。

数瞬後、発光が収まると、ポッドの扉がひとりでに開き、目の前の景色が先ほどまでの駐屯基地ではなく、広大な平地へと変わっていた。

 

「ようやっと来たか、半身よ。」

視界の中には誰の姿もないのに、凛とした楽しげな声が、その場に響く。

それと同時に、りん、と鈴のなるような音がして、虚空からすっと朱色の鳥居が現れる。

しかし、この鳥居は本物ではない。

私の目には薄く揺らいで見えるように見えるため、分身の作った幻影だろう。

「…無駄な演出がお好きなようね。ニセモノさんは。」

鈴の音とともに、さらに鳥居が現れる。

「ああ。派手なものは好きだ。それ以上に美しい物もな。」

話している間にも、五基、十基、百基と鳥居の数は増えていき、やがて視界に入りきらないほどの数になる。

「故に、今宵(こよい)、美しき満月の(もと)で、私はお前を殺そう。」

その言葉とともに、幻影の鳥居に腰掛けるようにして、虚空から私の分身が現れる。

満月を背にして佇む分身の姿は(あや)しく、以前よりも力を増しているように見えた。

否。実際に力を増しているのだろう。

千にも及ぶ数の幻影を作り出すほどの魔力が、今の分身にはある。

例え私が全力を出せたとしても、これほどの数の幻影を作ることはできないだろう。

「だが、それはどういうつもりなのだ?」

鳥居の上から、訝しむような視線で、私の隣を見る。

そこには、半透明に見える、幻影の龍司がいた。

「私の半身だっていうなら、分かるでしょ?幻影よ。もっとも、意味なかったみたいだけどね。」

私が相手の分身を見ることができるのだから期待してはいなかったが、やはり幻影は見えているようだ。

不意を突いて殺すのは、無理そうだ。

「その程度の小細工で、私を殺そうなどとは、片腹痛い。」

鳥居から降り、こちらを楽しげな目で見据えながら、からからと笑う。

それに呼応するように、京介が油断なく短剣を構え、桜火は半月状に歪んだ杖を左手に持ち、右手の力を抜くように垂らす。

「さあ、覚悟はいいな?」

そして、分身は体勢を低くし、地面に左手をついて、右手に握った短剣の切っ先をこちらへと向ける。

その短剣には例のごとく紫色の文様が輝いており、刀身は三日月を描いている。

 

「行くぞ」

分身がそう呟くと同時、残像をも置き去りにするほどの速度で、こちらに突っ込んでくる。

虚空に一条の銀光が引かれ、それが私の方へと一直線に伸びてくる。

それを左手に持ったコンバットナイフで受け止め、右手に持っている拳銃で分身の眉間に狙いをつけて、引き金を引く。

「ーー遅い。」

しかし、撃鉄が雷管を押した頃には、銃口の先に分身の姿はなく、その姿は私の背後にあった。

それを知覚し、背後を振り返ると、私の体を引き裂かんとするように振り上げられたナイフが目に入る。

だが、この展開は予想済みだ。右足を軸にして時計回りに回転し、ナイフを分身めがけて振るう。

だが、分身はすんでのところで後ろに飛んでナイフを(かわ)した。

「桜火!」

叫ぶと、桜火はすでに作り出していた焔の矢を、分身の着地地点に放つ。

だがそれをさらに後ろに飛ぶことで躱し、飛翔しながら、左の指をこちらへと向ける。

「射抜けよ紫電ッ!」

分身が謎の言葉を叫ぶと同時、左手から稲光が迸る。

虚空に(きら)めく一条の稲光は、迷わずに私めがけて飛翔する。

それを、体を左に半身ずらすことで躱し、続く二閃目の稲光を体を反らして躱す。

だが、今のは偶然避けられたにすぎない。

相手が自分の戦闘をするからこそ読めただけであって、初見だったら恐らく今の攻撃で死んでいただろう。

そして、分身の方へと向き直る。

しかし、そこに分身の姿はなく、右に大きく離れたところに移動していた。

「どうしたの?随分余裕がないみたいだけど。」

彼我の距離十数メートルを保ったまま、睨み合いに突入する。

軽口をたたきながらも、息を整えて、相手の出方を伺う。

「抜かせ。私がまだ本気でないことぐらい気づいているだろう?」

確かに、今まで幻惑の魔術を使っていないところを見ると、まだまだ本気ではないのだろう。

しかし、本気を出していない今だからこそ、勝ち目がある。

ならば、相手に本気を出される前に殺す。格上殺し(ジャイアント・キリング)の鉄則だ。

「……次で決めるッ!」

そして、速攻をかけるために今度は私から飛び出す。

走りながら、分身に銃口を向け、引き金を引く。

しかし当然、放たれた弾丸は誰もいない空間を横切り、空を切っていく。

そして、予想通り、分身は私に向かって走り出した。

左手を開いてこちらに向け、何事かを呟き始める。

もちろんこの動きも、私が電撃の魔術を使う時の癖だ。

そして、この動作の後に何が起こるのかも、当然知っている。

「駆けよ(いかずち)、地を()く駆けよッ!」

分身が声を強く発すると同時に、左手を地面に強く振り下ろし、地面から何条もの稲妻が空間を埋め尽くすように迸る。

稲光は横一線に並んで地面から空へと向かって迸っており、(うごめ)く様はまるで蛇のようだ。

しかし、これも本来は私の力の一部だ。その対処法は心得ている。

稲妻の壁に沿って右に大きく回り込むように走り、稲妻の壁の切れ目から分身に向かって発砲する。

それを半身ずらすだけで躱し、再びこちらを左指で指差して、何事かを呟き始める。

「射抜けよ紫でーー」

「遅いッ!」

しかし、新たに電撃を私に飛ばそうとして意識が削がれていたのか、いつの間にか消えていた稲妻の壁から京介が姿を現し、両手に持つ短剣を残像を鼻で笑う速度で振るう。

刹那。虚空に煌めく四条の銀光、二つの鋭角を(えが)いて、虚空に十字を描く。

だが、分身は即座に抜いた歪な短剣で京介の剣筋の悉くを受け流した。

「桜火!今よ!」

桜火に合図を送ると、焔の矢が分身めがけて分身の背後から飛翔する。

そして、それに合わせるように走り出し、分身の左腕へと迫る。

前からは京介が、背後からは桜火の矢が、そして左側からは私が。

一瞬の間に突きつけられた死の三択、だがこの程度で仕留められるとは(はな)から思っていない。

「なかなかやるが…まだまだだな!」

前から突っ込んでくる京介の頭に手を置き、それを中心に足で円を描くように回転して、京介の背後に降り立つ。

その際に、首筋を二回短剣で斬りつけようとしていたが、京介に見切られ、その両方を受け流されていた。

そして、分身が降り立った瞬間を狙いすましたかのように、京介が左足を軸にして反時計回りに回転し始める。

すると、桜火の矢は京介の背中を通過して、再び分身をその射線上に(とら)える。

だが、分身は、飛翔してきた矢をも身をかがめることで躱した。

その頭上を京介の右の刃が襲うが、屈んだ姿勢から右に飛び、回避する。

そして、それに合わせて引き金を引き、放たれた弾丸が無茶苦茶な機動の連続で姿勢の崩れた分身へと迫り、その脳天を穿つ。

ーーはずだった。

「雷よ!」

分身は短く叫ぶと、右手を地面に振り下ろし、稲妻の壁を瞬時に作り出す。

弾丸はその壁に捕まり、分身へと届くことなくその場に落ちた。

分身と、私たちが、稲妻の壁によって隔てられ、再び睨み合いに突入する。

「…もうそっちは品切れなのかしら?」

四発撃って空になった拳銃の弾倉を交換しながら、威圧するように高圧的に声をかける。

「そんなわけないだろう…そろそろ私も本気を出すとしようか。」

しかし、分身はその威圧に屈することなく、力を解放していった。

手にした歪な短剣が一層妖しく輝くと、紫色の輝きは分身の右腕にも現れ、肌で感じるほどに強大な魔力が分身へと集まっていく。

「ああ…力が(みなぎ)るのを感じる…」

分身は顔を輝かせる。

顔は私のままで、しかし表情はどこまでも(くら)く狂った表情であった。

そして、右手の光が収まると、姿形は変わらないものの、先程の何倍も邪悪な雰囲気を身に纏った分身がそこにいた。

「さあ、最終ラウンドだ。覚悟はいいな?」

邪悪な存在が、その存在を主張するように、その雰囲気をさらに大きなものへと変えていく。

戦えば必敗、その先にあるのは、死、のみ。

そんな予感を、嫌が応にも感じざるを得ない。

それほどの存在が、目の前にいた。

しかし、その絶望を振り払うように、耳につけていたインカムから、聞き慣れた声が響く。

『…準備完了…』

ほんの短い言葉だったが、それだけで胸を支配していた絶望がすっと消えていく。

そして、未だに震える腕を叱咤(しった)し、強引に動かして、分身に銃口を向ける。

「ほう…威勢だけはいいようだな。」

私の震える姿を嘲笑うかのように、否、実際に笑いで肩を震わせていた。

「そうね…あんたは…終わりよ…」

深く息を吸うと、震えていた腕も膝も落ち着いてくる。

インカム越しに響いた声の主を信じて、引き金に手をかける。

「さあ、たかが拳銃が、私をどうできる?(もっと)も、私の力の前には無力だがな。」

今しかない。自分の新たな力に酔いしれている今しか、アイツを殺す瞬間はない。

心に暗示をかけ、引き金を引く。

撃鉄が雷管を押し、炸薬が作動し音速で弾丸が一条の赤い光を引きながら、分身へと迫る。

しかしそれは虚空に引かれる一条の稲妻に迎撃され、破砕する。

しかし、その弾丸は破砕されるだけではなく、その場で大爆発を起こす。

上方向に指向性が持たれたその爆発は、爆発半径こそ小さく、爆発する瞬間を目で見て後ろに飛び退いた分身には届かなかったが、巨大な噴煙と爆音を轟かせて、天高くまで火柱を吹き上げる。

「ぐ…ッ…!?なんだ、この弾丸は…?」

ダメージにはなっていないものの、見たことのない現象に、分身は目を瞬かせる。

しかし、次の瞬間には、分身は空中に鮮血を撒き散らしながら、うつ伏せに倒れ伏していた。

 

 

…遠くで、きらりと光る一条の稲光が見えた。

恐らく、仲間たちの戦いが始まったのだろう。

手助けに行きたい気持ちをこらえ、俺は俺のするべきことをするために、心を無にして作業を続ける。

 

「ーー我は龍を司る者、森羅万象( しんらばんしょう)(ことわり)を統べる者(なり)。」

言葉を紡ぐごとに、感覚が研ぎ澄まされ、本来目に見えないはずの魔力の糸が見えるようになる。

その糸を手繰(たぐ)り寄せるようにして、一つの大きな(かご)を編み上げる。

その籠の中に、駐屯基地から持ってきた、魔力を遮断する布を粉末にしたものを入れる。

この布は、魔導科に支給されているローブにも使われている物だ。

編み目は()きだらけだったが、不思議とその隙間から粉末が(こぼ)れることはなく、自然と籠の中が粉末でいっぱいになる。

「ーー森羅万象は我が手の内にあり。」

研ぎ澄まされた感覚のまま、千切れそうな魔力の糸を引き、拳を握ると、籠が不思議と小さくなる。

潰れたというよりむしろ、縮んだような小さくなり方だった。

弾芯の中が空になっているライフルの弾をつまみ、その弾芯の中に小さくなった魔力の籠を詰める。

叩けば崩れそうな脆そうな籠だが、なぜか崩れず、形を弾芯の形に変え、すんなりとその中に収まる。

「ーー我が(たもと)を離れれば、森羅万象は自然に()す。」

最後の言葉で締め括ると、弾丸に水色の輝く線が浮かぶ。

それを確認してから、羽織っているローブの中にある鉄片を地面にぶちまける。

ローブの中に手を入れ、一際大きいそれを手にして、頭の中で狙撃銃を思い浮かべる。

数瞬後、手元には、緑色の輝く線が走る、細長い狙撃銃(スナイパー・ライフル)が現れる。

これで、やっと準備が整った。

「準備完了」

インカムに向かって声をかけ、地面に腹這いになる。

バイポッドを立てて狙撃銃を安定させ、照準器越しに二キロメートル程先にある戦場を見据える。

そこには、紺、京介、桜火と、紺の分身の四人がいた。

その内、紺の分身を照準器の真ん中に収め、動きがあるのを待つ。

数秒後、その場で激しい爆発が起こる。これは、戦いが始まる前に決めていた合図だ。

その合図に従って、緑色の輝く線が走る弾丸をローブの中から取り出し、狙撃銃に装填する。

そして、狙いを紺の分身の頭へと向け、引き金を引く。

風を切る音も立てず、緑色に輝く一条の光は風や重力の影響を受けないように一直線に飛んでいき、狙い(あやま)たずに、分身の頭部に命中する。

それを受けて分身はその場に倒れ伏し、頭を中心にして血溜まりができる。

しかし、それでも生命活動は止めず、生への執念からか、手を動かし続けている。

そして、計画通りに先ほど作った水色に輝く弾丸を狙撃銃に装填し、分身の首の横へと弾丸を放つ。

着弾後、着弾地点を中心にして白い粉末がまるで雪のようにぱらぱらと降り注ぐ。

 

 

私の分身が地面に倒れてから数秒後、あたりには雪が降り注いだ。

地面に倒れている自分の分身に追い打ちをかけるようで心苦しいが、氷矢のこともある。この状態からでも痛手を受ける可能性はあるのだ。

よって、安全策をとって、辺りには魔力を遮断する雪を降らせてもらった。

「…さようなら、私の分身。」

短く手向けの言葉を口にして、心臓めがけて引き金を引く。

どしゅ、という弾丸が肉にめり込む音とともに分身の体が一瞬大きく跳ね、そして動かなくなる。

そして、傍に落ちていた歪な短剣を、力の限りコンバットナイフで殴りつけ、破壊した。

「…紺。これで、本当に、終わったのか…?」

京介が心配そうに私に聞いてくる。

恐らく、以前のように本当は死んでいない可能性を思ってのことだろう。

「ええ。今度こそ終わりよ…失っていた力が戻ってくるのを感じたわ。」

しかし、今度こそ本当の終わりだ。

今まで分身に取られていた力が戻ってくるのを体で感じ、それを確信する。

「じゃあ、これで、氷矢も…」

桜火が嬉しそうに涙を流す。

長年付き合ってきた相棒が復活することに、喜びを感じているのだろう。

 

…こうして、長かった夜が明けていった。




予想以上に戦闘描写が薄くなってしまった…
次回は後日談的なサムスィングです。
まだまだ続きます。

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