物語が動き出します。
その日の目覚めは、緊急を知らせる放送から始まった。
『緊急、緊急、
その放送は、どうやら警察からの要請のようだった。
現在、陸上自衛隊の魔導科所属の者は、警察からの要請で、凶悪事件に駆けつけることも任務の一つとなっている。
魔導士の数は限られているため、有効活用しなければならないためだ。
今日の緊急もその一つで、俺たちは現在起きている事件現場に駆けつける義務がある。
そして、緊急招集がかかった以上、グズグズもしていられない。
急いで、戦闘服と呼ばれる、魔導科に支給される特別なローブをジャージの上から羽織る。
このローブは、戦闘のために作られているため、防弾、防爆、防火性能を備えている。
拳銃の弾丸程度なら貫通しないし、手榴弾の爆発程度ならば無傷でいることもできる。
そして、第二魔導分隊にあてがわれた部屋のある庁舎の二階にある大会議室に向かうと、そこにはすでに他の魔導士の姿があった。
さらに俺たちの後にいくつかの分隊が入ってきて、この基地にいる魔導士全員が集まったようだった。
「…先程、緊急の放送でも聞いてもらったように、都内で獣人による暴動が多数発生している。君たちにはその対処にあたってもらいたい。」
獣人とは、二十一世紀の後期に人類の新たな可能性を開こうとした当時の科学者たちによって生み出された、人間と動物の混じった人類のことである。
その様相は多岐にわたり、腕先だけが獣のようになっている者や、首から先が獣のようになっている者、果ては全身が獣で、人語を話す者までいる。
そんな彼らに共通することは、人間の身体能力を凌駕している上に、知性があることだ。それ故、通常の警察では対処が難しく、魔導科に仕事が回ってくることが多い。
「事態は急を要する。第一魔導分隊は板橋方面へと向かってくれ。第二魔導分隊は新宿方面、第三魔導分隊は…」
上原二佐の指示で、大会議室に集まった魔導士たちが忙しなく動き始める。
俺たちも、現場へと急ぐために、大会議室を後にした。
大会議室を後にして、庁舎の隣にある空間転移室へと走って向かう。
空間転移室には、関東圏内の全駅と、日本全国の自衛隊演習場へとつながっている空間転移用のポッドがあった。
ポッドの中に入り、中に備え付けられているモニターを操作して、転移先を新宿駅に設定すると、空間転移が始まって、一瞬のうちに新宿駅の到着用転移ポッドの中へとたどり着く。
転移用ポッドから出て、あたりの状況を確認すると、その場に居合わせた警官二人が拳銃で一人の黒い人影に立ち向かっていた。
いや、正確には、警官二人が人影に向かって発砲するも、人影はそれに構うことなく、ただただ街の破壊を続けてるといった風であった。
現在時刻がまだ夜明け前だからか、人的被害は出ていないようだが、このまま野放しにもしてはいられない。
「陸上自衛隊所属、第二魔導分隊です!後は我々に任せて、民間人の避難誘導にあたって下さい!」
紺が叫んで、それまで応戦していた警官二人を下がらせる。
「応援感謝する!すまないが我々二人では対処できそうにない、後を頼む!」
警官二人が避難誘導を開始したことを確認すると、紺が人影に向かって声を上げる。
「そこの獣人、止まりなさい!この警告を無視するならば撃つ!」
しかし、人影は警告を気にもとめず、新宿の摩天楼を破壊し続けるだけだ。
「…総員攻撃を許可。アイツを止めなさい。ただし、生きて捉えること、以上。」
人影の様子を警告の無視と取り、攻撃の命令が下る。
命令が下ると同時に、京介が人影に向かって、体制を低くして突進する。
風を纏った京介の速さは、十メートル程あった彼我の距離を一瞬で吹き飛ばし、人影に肉薄する。
そして、風を乗せた二本の刃を、目で捉えることが困難な速度で、相手の両の肩へと振り下ろす。
しかし、次の瞬間には相手の姿は刃の描いた軌跡の上にはなく、京介の背後へと回っていた。
「京介!」
すでに再構成を終えた二丁の拳銃で、人影に向かって狙いをつける。
そして、今まさに京介を左右に引き裂かんと振り上げられた腕に向かって、二度撃鉄を起こす。
この街中では、地形に被害が及ぶ可能性がある《爆発のエンチャント》をした銃弾は使えないため、使用した銃弾は通常のものだ。
放たれた弾丸は正確に腕に向かって吸い込まれていき、ビルの壁に着弾した。
信じられないことに、人影は銃弾が当たる直前に、俺の背後へと移動していた。
そう知覚した時にはすでに遅く、腕が俺の頭めがけて振り下ろされる。
とっさの判断で、相手から距離をとるように前へ飛び出し、ローブを盾にして衝撃を殺す。
「ぐっ…!」
最低限に衝撃を抑え、吹き飛ばされた後に受け身を取るも、殺しきれなかった衝撃が腹を突き抜けて肺に刺さる。
「龍司!大丈夫か!?」
吹っ飛ばされた俺に、京介が駆け寄ってくる。
しかし、人影は、俺たちを殺す絶好の機会だというのに、襲うそぶりを見せず、その場でゆらゆらと佇んでいるだけだ。
「桜火!やるなら今だ!」
京介が桜花に合図すると、この辺り一帯に暑さが駆け巡る。
季節は冬だというのに、夏のような暑さを感じ、その直後には辺りが昼間のように明るくなる。
桜花の方に視線を向けると、半月状に歪み曲がった杖を構え、弓をを引き絞るような動作をしている桜火の姿があった。
その右手には、矢のような形の
「消えぬ焔は不死鳥の如し」
何事かをつぶやくと、手に握られている焔一層輝きを増し、辺りがまた暑くなる。
矢を中心に発生する熱風によって肩ほどまである桜火の黒い髪や魔導科特製のローブをはためかせる。
そして、焔をつかんでいる右手を放すと、焔は矢のように撃ち出され、人影に向かって一直線に飛んでいく。
しかし、本来の矢のような速度ではなく、人が走るのと同じくらいの速度で進んでいく。
そして、焔が相手に当たる直前で、またしても人影は桜火の背後へと一瞬で移動する。
「不死鳥は死なず。故にその焔は残れり」
焔の矢を打ち出した時からすでに唱えていた言葉は、相手が桜花の背後に回るのとほぼ同時に締めくくられ、それと同時に桜火を包むように全身が焔でできたような鳥が出現する。
目を開いて桜火が背後へ振り返り、杖で人影を薙ぐように振るうと、その鳥は翼を打って熱風を巻き起こしながら、人影へと迫る。
焔の鳥が人影を包みこんで、甲高い声で一度いななくと、桜火が指を鳴らす。
桜火が指を鳴らすと、焔の鳥は姿を消し、その後には、軽く焦げたコンクリートだけが残っていた。
「…殺した、のか…?」
「いや、逃げられたよ。私の
俺が呟いたことに、桜火が答える。
どうも、今度ばかりは、誰の背後にも移動することはなく、消え去ったようだ。
その様は、まるで最初からそこにいない、ただの幻のようで…
「…龍司、桜火。奴が見えたか?」
京介が、横から不思議なことを聞いてくる。
「見たに決まってるだろ。見えなきゃ撃たん。」
「違う、そうではない。俺が言いたいのは…奴が本当に獣人だったのかということだ。」
「通報には獣人が暴れているってあったんだから、獣人だったんじゃないか?」
あの身体能力を誇るのは獣人しかいないだろう。
でなければ、俺たちの背後に瞬時に回ったり、素手で駅舎の柱を粉砕したりできるわけがない。
「私は…奴が本当に獣人だったかはわからなかった。一瞬見えたのは、奴の体がどこまでも黒かったってことぐらいで…」
「やはりか。俺も、接近した時に見えた奴の体は、黒い服を着てもいないのに黒く見えた。背後に回られた時に顔を見ようしたが…黒いマスクでもしていたのか、見えなかった。」
しかし、京介と桜火の意見は違うようで、彼らは獣人に見えなかったという。
かく言う俺も、背後に回られた時は、勘だけで動いていたため、相手の顔や姿を見れているわけではない。
そのため、本当に獣人かと問われれば答えられる自信はない。
そして、その時、付けていたインカムから切迫した声が響く。
『駐屯基地が所属不明の魔導士より襲撃されている!各員、至急駐屯基地へ戻られたし!繰り返す!駐屯基地が…』
インカムからは駐屯基地が襲撃を受けているとのことが繰り返し流れてくる。
それを受け、俺たちはやってきた到着用転移ポッドと対である、出発用転移ポッドへと急いで向かう。
しかし…
「なんだと…ッ!?」
到着用転移ポッドはあったものの、出発用転移ポッドは何者かに壊されていた。
恐らく、さっきの奴が破壊したのだろうが、到着用ポッドを残す意味とは…
「仕方ない。走って帰るぞ。」
そう言って踵を返した京介に続くも、ある異変に気付く。
「…駅舎が…壊れて、ない…?」
あの獣人と思わしき奴が破壊した痕が存在しないのだ。
しかし、出発用転移ポッドだけは破壊されている。
ビルを見てみるも俺の放った銃弾が作ったガラスの穴は残っているし、桜火が焼いたコンクリートもある。
「アイツが壊したものだけが直っているのか…?」
京介が、たどり着いた結論を口にする。
なぜかはわからないが、迷っている時間はない。
そう決め、俺たちは駐屯基地へと走り出すが…
「どうした、紺?」
紺が、呆然としたように立ち尽くし、全く走ろうとしないのだ。
その目は、何かに驚いているように見開かれており、怯えているようでもあった。
「ごめんね、ちょっとぼーっとしてた。」
しかし、声をかけたことにより意識が戻ってきたのか、頭をふるふると振ってから、俺たちに追いついて走り出す。
本文では触れること叶いませんでしたが、龍司、京介、桜火は黒髪で、紺は色素の抜けた銀髪です。