魔導士達の英雄譚   作:鈴木龍

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第八話です。
例の獣人が現れた経緯のお話です。


追想

その日の朝の目覚めは、非常に心地が悪く、日頃の無理が祟ったのかもと考えを巡らせていると、頭上からぶっきらぼうな声が降りかかってきた。

「やっと目が覚めたか、紺」

声のした方へ首を向けると、心配そうにこちらを見ている相棒の姿があった。

背は高くて細身だが、がっちりとした筋肉や、風を纏って戦う彼独自の戦闘法には、いつも助けられている。

その目は、普段は機嫌悪そうに細められているものからは想像できないほど険の取れた穏やかなものだった。

しかし、時計を見ても遅すぎるというわけでもなく、むしろ起床ラッパが吹かれるよりも前だ。

「おはよう、京介。でも、寝坊なんてしてないわよ」

さっき確認した時計を指差して言う。

「違う。さっきからずっとお前がうなされていたんだが…覚えてないのか?」

「私が?」

確かに寝覚めは悪かったが、うなされていたような記憶はない。

「ああ、そうだ。気分は悪くないか?」

「…大丈夫。さっきはちょっと気分が悪かったけど、今は平気だから。」

自分の調子を確認して、京介を安心させるように告げる。

「…そうか、なら良いんだが…」

しかし、京介はいつまでも不安そうに私を見ていた。

その時、がちゃ、と扉を開けて、二人の男女が部屋の中に入ってきた。

「あ、紺、起きてたんだ」

「もう大丈夫なんですか?隊長」

「隊長はやめてって言ったじゃない、氷矢(ひょうや)

入ってきたのは、私が隊長を務めている第二魔導分隊の二人だった。

女性の方は、名前を藤堂桜火という。

私が彼女と一緒に並び立てば、私の方が若干目線は高くなる。

そのせいで、一見少女のように見られる彼女だが、纏っている威圧感は歴戦の古強者(ふるつわもの)のそれである。

変幻自在の焔を操り、その焔で敵を焼き、またある時は私たちを守るその様は、纏っている雰囲気にそぐう頼もしい仲間だ。

そしてもう一方、男性の方は、名前を神崎氷矢(かんざきひょうや)という。

比較的小柄な男性で、京介と比べてみれば、男らしくは見えないが、私が信頼を置く頼れる仲間だ。

物腰柔らかそうな青年ではあるが、戦闘の時に研ぎ澄まされるその瞳は、触れてはならないと錯覚させるほどに鋭く、どんな時でも冷静でいられる胆力を併せ持っている。

得意とする魔術は、冷気を操る魔術で、その中でも氷を瞬時に作ることを得意としている。

魔術の相性か、それとも性格ゆえか、桜火とは()りが合わず、口論になることも多いが、タッグで組むことの多い二人だ。

今日も、その二人で何処かへ行っていたらしい。

「その様子なら大丈夫そうだね、紺」

「一応は、魔導位の人連れてきたから、診てもらってね」

桜火がそう言うと、二人の後ろにいた白いローブの男性が軽く頭を下げる。

その男性は部屋に入ってくると、持っていた(かばん)を床に置き、その中から診察道具と思わしきものを出していく。

「では、まずは熱を(はか)ってみてください。」

差し出された細長い銀色に光る棒を握ると、一瞬後にピピピッと軽快な電子音が鳴り、空中に私の体温を表す数字が投影される。

「…熱はなし…何か、悪い夢を見たとかは?」

「特に、何も」

「そうか…じゃあ、日頃の疲れだろう。今日はゆっくり休んでください。」

やってきた男性は先ほど使った細長い棒を鞄にしまうと、一礼してから、部屋を後にする。

「…そういう訳だ。今日は休め…白髪が増えるぞ。」

男性が去ると同時、京介が口を開く。

女の子に向かって白髪が増えるというのは何事か、とは思ったが、一々突っ込むのは面倒なので、大目に見て見逃してやる。

「休んでもいられないわよ。一日休めば、三日分体が(なま)るでしょ。」

「だからと言って、体を壊しては元も子もないだろう。」

「だーかーら、別に身体(からだ)はなんともないって。ほら…」

動けることを示そうとベッドから起き上がって立とうとするも、足にうまく力が入らずに床に倒れ伏してしまう。

「紺!」

京介が慌てて駆け寄ってきて、私を抱きかかえ、ベッドの上に戻す。

「やはり今日の訓練は無理だ!休んでいろ!」

普段はほとんど表情を表に出さない京介が、狼狽(ろうばい)もあらわに私に叫ぶ。

廊下に出ていた二人も部屋に駆け込んできて、首肯で京介に賛同している。

「…そうね。今日は休んでるわ。」

自分の状態が思ってた以上に悪く、さすがに訓練のできる身体ではないと悟る。

それに、このまま訓練に出ようとしても、京介が力づくで止めにかかるだろう。

そう思い、ベッドに横になった。

 

…紺が目を覚ますのと時を同じくして、一人の獣人が陸上自衛隊市ヶ谷庁舎の一室に姿を現していた。

その獣人は白色の小袖に、黒色の袴という和装をしていて、周囲の人間が黒いローブや若草色の制服を着ている中で、異様というべき姿だった。

しかし、そんな異様な姿をしている、しかも、社会一般的には侮蔑の対象とされている獣人が部屋の中にいるにもかかわらず、その部屋の住人は獣人に気づいていない様子であった。

獣人は、自分の身体に力が溢れていくのを感じ、その嬉しさのあまり、部屋の住人の目もはばからずに舞い踊るが、やはり気づかれてはいないようだ。

けれども、気づかれないと、それはそれで寂しさを感じる。

部屋の扉の近くにある音声認証式の室内灯点灯機へと忍び寄り、それまで点いていた電気を落とす。

「停電?」

「訓練なんじゃないか?」

しかし、その部屋の住人はただの停電だと思っているようだ。

さっきは消したが、いきなり電気が点けばさすがに驚くだろうと思い、今度は電気を点けてみる。

「あ、点いた。」

またしても驚いた様子を見せないので、今度は背中を蹴飛ばしてやる。

「誰だ!」

さすがに気づいたようで、得物を構え、後ろを振り向く。

しかし、蹴飛ばされた人は狐につままれたように目を瞬かせている。

彼の目の前にいるのに、まるで気づかれていないようだ。

誰にも気付かれないというのはいささか寂しいが、これが私の力なのだと思うと、笑みがこぼれてくる。

「ふふふ…」

誰にも聞かれることのない笑いをその場に残して、尖った耳と尻尾が特徴的な獣人は袖を翻し音も立てずどこかへ消えてしまう。

 

その日一日をベッドの上で過ごすことになって、はっきり言って死ぬほど暇だった。

普段こんなことがないため、何をすればいいかわからず、手持ち無沙汰といった感じだった。

普段何をしているかと言われれば訓練や自主トレーニング、それ以外は風呂に入っているか寝ているかである。

とりあえず、桜火が貸してくれた小説を読もうとしたが、ページを一つめくり、字の多さに頭が痛くなってきたので、読むのをやめた。

そうすると、本格的に暇が訪れるので、とりあえず昼まで眠ることにした。

 

…どれくらいの時間が経っただろう。

気がつくと、空には朱色が差しており、朝から夕方まで寝てしまったのだと遅まきながら気づく。

だんだん意識が鮮明になってきて、私にあてがわれている机の上にメモと一緒に料理が置かれているのが見えた。

「…アイツも不器用なんだから…」

置かれていたメモを見ると、自然と笑いが溢れる。

”しばらく部屋に戻れそうにない。面倒は見れん。大人しくしていろ。”

置かれていたメモにはそう書いてあって、ご丁寧にもその隣には普段私が使っている電子式の腕時計が置いてあった。

それを右の手首につけ、個人用ロッカーから普段訓練や任務の時に着ている服を取り出して着替え、自慢の長い黒髪を後ろで束ねる。

半長靴に履き替え、外へ飛び出し、いつも走っているコースをいつもより少し遅いペースで走る。

しばらくすると、京介、桜火、氷矢の三人が後ろから追いついてきて、私のペースに合わせて並んで走る。

「大人しくしていろと言っただろう。」

京介が咎めるように言ってくるが、怒っているというよりむしろ喜ぶような声色だった。

「大人しくしてろって言うわりには色々と準備しておいてくれてたみたいじゃない?」

からかうように言うと、押し黙ってしまう。しかし、表情こそ動かさないものの、照れているだろうことがうかがえる。顔が(ほの)かに赤らんで見えたのは、気のせいではないのだろう。

「京介も素直じゃないなぁ…紺ならどうせ何言っても走るって言って、ずっと待ってたくせに。」

氷矢が、苦笑交じりに暴露してくる。

まぁ、京介のことだからそれくらいやるとは思っていたが。

「楽しそうだねぇ」

後ろから、桜火の声が聞こえる。

「お、桜火まで…」

三人に言われては、さすがの京介もたじたじだ。

「い…今の声私じゃ…」

全員が足を止め、後ろを振り返る。

「やあやあ皆々様、初めまして…いや、初めましてじゃないか。」

そこにいたのは、着物に身を包んだ、一人の獣人だった。

暗くなった空よりもなお(くら)く周囲の空気ごと昏く染め上げそこに佇む様は、まるで悪魔のそれだった。

「誰だ、お前は…!」

氷矢が普段の好青年のような雰囲気を捨て去り、狼狽もあらわに氷でできた(つるぎ)を手にする。

暗いせいで顔が見えていないのか、それぞれが各々の得物を構えて、すぐにでも戦える状態になる。

しかし、(くだん)の相手はそれに臆した風を見せず、ただそこにゆらゆらと佇んでいるだけだ。

…影で獣人の顔はよく見えていないが、それでもわかる。

あの獣人は…

「…こ…ん……?」

不自然に獣人の周囲が明るくなり、その顔があらわになる。

その顔は、紛れも無い、私のものだった。

 

「なんで…紺が…?」

氷矢が驚きのあまり氷の(つるぎ)を取り落とす。

「貴様如きが、紺の真似をするなァーーッ!」

京介が、激昂(げきこう)して獣人に突っ込んでいく。

しかし、それも虚しく、京介の短剣は空を切っていくばかりだ。

刃の軌跡の上にあったはずの獣人の体は、いつの間にか、突進していった京介の横にあった…ように、京介には見えているのだろう。

だが、実際にはそんなことはなく、京介の進路上に、最初から存在しなかっただけなのだ。

それが何故()けられたように見えているのかというと、京介が攻撃していたのは獣人の作った幻影で、京介の攻撃が届く寸前に幻影を消し、実体を現しているからだ。

だが、私には、普段から幻惑の魔術を使っているせいか、幻影も実体もどちらも見えるのだ。

幻影は薄い影のように、実体はそこにいるかのように見える。

私なら戦える。そう思って、京介に続こうとしたが、トレーニングのために出てきたので、得物は持っていない。

「氷矢!私に(つるぎ)を!」

氷矢の魔術で作り出した剣なら私にも扱える、だから、氷矢に命令を下したのだが、一向に動こうとしない。

「何をしてるの、氷矢!」

「あ、ああ!」

二度目の呼びかけでやっと応じる。

普段氷のごとく冷静な氷矢にあるまじき冷静さを欠いた様子だった。

当然、敵はその隙を狙って、手を出してくる。

「ぼーっとしてると、危ないぞ?」

ゆったりとした動作で、だが氷矢には虚空から現れたように見えただろう動きで、氷矢に銃口を向ける。

「氷矢!」

獣人がやってくるのが見えていた私は、撃鉄が起きる寸前で銃口を左手で殴り、氷矢のいない方向にそらす。

弾丸はあらぬ方向へ飛んでいき、その隙を縫って、氷矢が瞬時に氷の剣を作り出す。

それを右手で受け取り、獣人へ向けて一閃。

しかしそれは当然のように(かわ)され、後には冷やされた空気によってできた白煙が尾を引くように残るだけだ。

「…いい判断だ、紺…いや、私、と言ってほうがいいのか?」

獣人はわざとらしく驚いたような表情を作り、おちょくるように言葉をぶつけてくる。

それを流しつつ、ハンドサインで分隊員に待機するよう促し、その場の全員の動きが止まる。

「…お褒めにあずかり光栄ね…自画自賛してるみたいで嫌になるけど。」

気負けしないようあえて不遜な態度で応じると、獣人はニッと口角を吊り上げ、不意に笑い出した。

「ははは、そうか、そうか、面白い奴だな、我が半身(はんしん)は。」

「…誰があんたの半身よ。」

私と全く同じ声で、しかし全く違う口調で、獣人が(わら)う。

そして、ひとしきり嗤うと、不意に笑いを止め、据わった目でこちらを見据える。

「…さて、遊びもこれくらいにして、半身には消えてもらおうか。」

そう言うと同時、獣人は身を低くし、私を目掛けて突っ込んでくる。

その速度は今までの比にならない速度で、辛うじて動いた身体が相手の進路上から半身(はんみ)だけずらせた程度だった。

躱し(そこ)ねた身に朱色が一線引かれ、その部分から空中に紅が舞う。

それが私の血であると理解すると同時、私の身体から力が抜けていくような感覚があった。

「あ…ぁがっ!…ぅ……ぁ…」

たった一閃、それも決して深くない傷を受けただけなのに、身体はに力が入らなくなり、立つこともできず地面に倒れ伏す。

辛うじて動いた首を巡らせ、獣人を見ると、その手にはいつの間にか短剣が握られていた。

その短剣は、刃が大きく弧を描いていて、サーベルと呼ばれる剣の形に似ている。

そして、その刃には不気味な文様(もんよう)が走っていて、その文様は紫色に輝いていた。

…そして、私の意識はそこで途絶えた。




思ったより長くなったので、次回も過去編です。

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