魔導士達の英雄譚   作:鈴木龍

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第九話、過去編その二です…この回で過去編終わるといいなぁ…
あと、前回結構伏線張ったので、回収されてるかどうかも見てやってください!(露骨に前回を宣伝していくスタイル)


追憶

…夢を、見る。

それは、遠い日の私の記憶だ。

 

「…ここは…?」

目覚めると、最初に目に飛び込んできたのは、白い天井だった。

身体を起こして辺りを見ると、私の寝ているベッドに突っ伏して寝ている京介がいる。

傷のことを思い出し、切られた脇腹の部分を触っても、痛みも傷もない。

それに、辺りの棚には薬品や医療器具が見える。

恐らく、京介が医務室まで運んできて、それからつきっきりで看病してくれたのだろう。

心配性な相棒に苦笑いをこぼしながら、京介を起こそうと、彼の身体を揺さぶる。

「京介ー?起きなさいよー」

しかし、京介は一向に起きる気配を見せない。

「ちょっと…京介ー?」

さらに力を込めてみても、全く起きる気配がない。

京介は、どんなに寝ていても呼びかければすぐ起きる体質の人間だ。これだけ揺さぶって起きなかったことはあったことがない。

「京介ってば!」

今度は、思いっきり突き飛ばす。

京介の身体は思ったより簡単に倒れていき、そして、それから起き上がることはなかった。

「…ウソ…でしょ……ッ!?」

床に倒れた京介は血だまりの海に沈んでいた。

それほど強い力で突き飛ばしたわけでもなく、床に尖った物が落ちていたわけでもなく、なぜか京介の腹部にぽっかりと大きな穴が開いており、そこから赤い鮮血が止めどなく溢れ出していた。

「京介…!京介……ッ!」

京介の身体を両手で抱き起こし、揺さぶり続ける。

その時、がちゃり、と音を立てて、私がいる医務室に誰かが入ってくる。

「お前が…お前なんかがいたから……!全部、全部全部全部お前のせいよ!」

開いた扉の向こうにいたのは、どこかで見た覚えのある中年の女性だった。

顔には不自然に影が差していてその表情や顔は見えなかったが、その人物が誰なのかはわかった。

「かあ…さん…?」

その雰囲気は、私の母さんのそれだった。

手元を見下ろすと、抱き起こしていたはずの人は、京介ではなく、私の父さんだった。

さらに、私の身体もいつの間にか子供の頃に戻っている。

そして、扉の向こうに広がっている景色に気づき、だんだんと記憶が蘇ってくる。

忘れたかった記憶。

忘れようとした記憶。

けれども忘れられず思い出そうとしなかった記憶。

それが、今、目の前に具現化していた。

 

それは、十年ほど前のことだった。

私は、世間一般的に侮蔑や迫害の対象となっている『獣人(じゅうじん)』だった。

私もその例に漏れず、迫害を受け、村八分にされてきた。

「消えろ!化け狐!」

「狐は山に(こも)ってろ!」

そう言われ、石を投げられる日々。

それから、私は、山の奥に隠れ住むようになった。

 

「子供が、こんなところで何をしているんだ。」

山を幾つか進んだところで、不覚にも一人の人間の男に見つかってしまった。

幸いにも、狐の獣人として生まれてきたために、人を幻惑させることに長けていた私は、獣人としての特徴である耳と尻尾を隠し、獣人であることは露見しなかった。

 

そして、その男性に拾われ、私はその男性と、その妻の子供として引き取られる。

当時、名前のなかった私は、自分が狐の獣人であることを皮肉って、紺と名乗っていた。

それから、引き取ってくれた夫婦の苗字である、稲田という名前をもらい、私は稲田紺として生まれ変わった。

稲田紺として生きていた日々はとても幸せで、迫害されていた昔とは雲泥の差だった。

常に幻惑の魔術を用いて、耳と尻尾を隠して生活し、普通の人間として生きていくよう努力していた。

 

しかし、幸せな日々はそう長く続かない。

ある日、私は高熱を出してしまう。

当然、両親は私を病院へ連れて行き、検査を受けさせた。

だが、精神を落ち着けて初めて発動できる魔術は、高熱のせいで集中できないままでは維持することができず、大勢の前で耳と尻尾を出してしまう。

そのせいで、両親も迫害の対象になり、以前と変わらぬ地獄の日々を送ることになった。

しかしそれでも、父親は私を見捨てようとはせず、むしろ守ってさえくれた。

 

その内、私に対する迫害は加熱し、その日がやってきた。

「死ね!化け狐!」

父さんと一緒に山へ仕事に行くことになったのだが、家の扉を開けたところで、見知らぬ男性が、私目掛けてナイフを手にして襲ってきた。

突然の出来事に反応が追いつかずにいると、父さんが私の前に出てきて、代わりに男のナイフを受ける。

「ぐぁ…ッ……ァ…」

父さんは腹部に開いた傷痕から大量の血を流して倒れ、苦悶の声を上げる。

「どうしたの!?」

悲鳴に気づいた母さんが、血相を変えて飛び出してくる。

しかし、時はすでに遅く、いくら揺さぶっても父さんは目を覚まさない。

「は…はは…化け狐なんぞを匿ってくるから、そいつに惑わされちまったんだ…!お、お前が悪いんだぞ…!お、俺は悪くねぇっ!」

差した男は、言葉を吐き捨てるようにその場に残し、走ってその場を立ち去ってしまう。

しかし、その声は私の耳に届かず、ただただ自分のせいで恩人を殺させてしまったのだという感覚だけが心を支配していた。

「お前が…お前なんかがいたから……!全部、全部全部全部お前のせいよ!」

母さんの悲痛な叫びが、頭の中で木霊(こだま)する。

私のせいで、父さんが死んだ。

私が、父さんを殺した。

そのことに耐えられず、私はまたしても逃げ出した。

 

「あ…あ……ああ……うわああああああああ…ッ!?」

幻影だとわかっていながらも、自分が正気でなくなっていくのがわかる。

平衡感覚が保てなくなり、頭を抱えて地面に這いつくばる。

「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」

何度も何度も誰にも聞かれない謝罪の言葉を虚空に向かって呟く。

「…ん…こん……紺!」

その時、どこかから、私を聞こえる声がした。

この声も幻影で、また私を苦しめるつもりなのだろう。

「目を覚ませ、紺!」

目を覚ます?私はとっくに起きている。別に寝てなどいない。だが、このまま眠れば私も楽に…

 

「目を覚ませこの阿呆がッ!」

頰に感じる鈍い痛みと共に、私の意識は本来あるべき姿を取り戻す。

「…きょう…すけ…?」

「やっと目を覚ましたか馬鹿!寝ている暇があったら戦え!」

どうやら私は、あの獣人に…私の写し身に、幻影を見せられていたらしい。

幻惑の魔術の使い手ともあろう私が、幻影にやられてしまうとは、いささか冗談が過ぎるだろう。

「…私…どれくらい…?」

「一分ほどだ。今は氷矢と桜火が時間を稼いでくれている。」

一分も、三人に任せっきりにしてしまったのか。分隊長として情けない。

「…俺も、魔力が切れそうだ…早く…してくれ…」

見ると、京介は防御のために風を全力で出し続けていたようで、魔力の使い過ぎからか顔色が悪くなっている。

「ごめん…すぐに行くわね…京介はここで休んでて」

迷いを断ち切るように頭をふるふると振って、京介に休むように告げる。

「ああ、しばらく休んでいるさ…」

京介の視線を背に受け、過去の自分、心の奥底に眠っていた自分と対峙する覚悟を決める。

しかし、いざ戦おうとすると、膝が震えて動き出すことができない。

「…あれ?…なんで…」

前を向くと、さっき見た光景が現実と混ざってフラッシュバックする。

血だまりの海に沈む仲間たち。

頭に響く怒声、怨嗟の声。

それらを、目の前で幻視する。

「…あ……」

その途端、膝から地面に崩れ落ちる。

視界がチカチカする。体に力が入らない。意識が虚空へと溶けていく。

…いつもなら、そうだっただろう。

「戦え!紺!お前の獣人としての力を使わないでどうする!」

背後から響いた声に、沈みかけていた意識が現実へと急浮上する。

「…え…?京介…今……なんて…?」

京介は、私のことを獣人だと言ったのだ。今まで隠してきたはずなのに、だ。

「俺たちよりはるかに強いお前が!今戦わなくてどうするんだ!」

私のことをしっかり見据えて、魔力の過剰消費のせいで気を失いそうなのに、意識を気合いで繋ぎ止めて心の底から叫ぶ京介の姿を見て、今の自分の状態に気付く。

さっき幻影を見せられていた時に私が掛けていた幻影が解けてしまったのか、耳と尻尾が露わになっていた。

京介に知られてしまった。唯一の相棒に、自分が獣人であることを知られてしまった。そのことに対する恐怖が心を支配していく。

「お前が獣人だろうと関係ない!お前は、俺の相棒だ!俺が戦えないなら、お前が戦うのが道理だろう、稲田紺!」

しかし、京介の精神力を振り絞った叫びに、胸の内に渦巻く恐怖が吹き飛ばされていく。

今まで自分が恐ろしく感じていたことの全てが馬鹿らしく思えるほど、全身に力が漲っていた。

「…ええ…そうね…あんたの尻拭いは、私がやる。それが、『相棒』ってもんよね!」

一喝して、身体に力を巡らせていく。

余計な力は使わない。ただ、戦うことだけに力を使う。今まで耳と尻尾を隠すのに使っていた魔力さえも身体能力の強化に回して、力のままに突っ走る。

地面に突き刺さっていた氷矢の氷の剣を引き抜き、桜火と氷矢の前に躍り出る。

「紺!?」

「その姿は…?」

二人の驚愕の声が聞こえるが、それを気にしている暇はない。

「氷矢、桜火!私が合図するから、そうしたら、後方から私に向かって狙撃、いいわね!」

指示を飛ばし、相手との距離を詰める。

「…半身よ。あの幻影から抜け出すか。」

「ご愁傷様ね。私には頼れる相棒がいんのよ!」

叫ぶと同時に、氷の剣を横一文字に一閃。

しかしそれを避けられるのは知っている。

故に、一閃する軌道を下へずらし、前へ踏み込むのと同時に上へ切り上げる。

獣人であることを隠すのをやめ、全力で振り抜いたその一閃は、三人には空間に一筋の光が浮いているように見えただろう。

しかし、相手はそれすらも後ろに飛ぶ力で躱し、どこからか取り出した杖の先端を、こちらへ向ける。

相手が何をしようとしているかは読める。なぜなら、あれは私で、相手の行動は全て私の力に基づくものだからだ。

「迸る紫電よ、敵を貫け!」

相手が叫ぶと同時に、杖の先端から私に向かって一条の稲光が飛来する。

だが生憎、その稲光も私の力の一部にすぎない。

杖の向きを観察し、稲光の飛来する経路を見極め、相手が言葉を括り終わる直前に稲光の通る場所から身体を躱す。

一瞬前まで私の身体があった部分を、稲光が駆けていく。

そして、魔術を行使するために一瞬鈍くなった隙をつき、相手にさらに肉薄する。

体を低くして、剣を横に構え、相手の足を切り裂きながらすれ違う。身体ごと剣を(ひるがえ)した二閃目で、上段から相手の右の肩口を斬りつける。

「ぁああああッ!?」

私の姿をした何かが、悲痛な叫びをあげて、動きが止まる。

「氷矢、桜火、今よ!」

待機していた二人に合図を送ると、二十メートルほど離れたところから、炎と氷の日本の矢が飛んでくる。

そして、その二本の矢は、正確に相手の左の肩と、脇腹を貫いていた。

矢が突き刺さった直後、相手は動かなくなり、地面に仰向けになって倒れる。

「これで…やっと終わりね…」

「それよりも、紺、その姿は…」

敵の無力化に成功したと思い、二人が私の下へと集まる。

「き…さァ、まらァ…!」

地獄の底にいるであろう悪魔が発するような声で、私の姿をした何かが呻き、サーベルのような短剣を私の肩に投げて突き刺す。

すると、先ほどの比にならないくらいの脱力感が全身を襲い、遅まきながら魔力が吸われているのだと認識する。

「紺!」

氷矢が私の肩に刺さった短剣を引き抜き、相手に向かって刺そうとする。

しかし、それは最後の力を振り絞った相手によって弾き飛ばされ、氷矢の肩に深く傷をつけて、地面に落ちる。

「あぁッ…!?…ア……ぁ…」

氷矢は、苦しさに悶えてその場でのたうち回るが、しばらくすると、ピタリと動かなくなってしまった。

「嘘…でしょ…?」

桜火が、顔を真っ青にする。

慌てて脈を取ると、なんとか、息を保っている状態だったが、生きてはいるようで、一安心した。

そして、隣で倒れていた私の姿をした何かも、全く動かなくなっていた。

本当に死んだか確認するために、脈を測ってみると、無機質のような冷たさと、心臓の鼓動や血液の流れがなく、死んでいるのだとわかる。

それで、やっと過去の因縁から解放されたような気になった。

 

その後、氷矢と京介を急いで医務室へと運び、専門の魔導医に診てもらうと、二人とも重度の魔力過剰消費とのことだった。

京介の方は三日程度で魔力が戻るとのことだったが、氷矢は重症だった。

「治らない…?」

氷矢は、傷口が何か呪いのようなものにかかっていて、魔力が回復しない状態にあるという。

「ああ。今のところ、回復させる手段はないよ。」

原因は十中八九あの不気味な短剣だが、私にはあまり異変が起こっていなところを見ると、別のものが原因なのかもしれない。

「とにかく、今はしばらく安静にしていることだ。」

そう言われ、渋々といった様子で氷矢は自分にあてがわれた病室へと向かって歩いて行った。

「…さて、次は、稲田さんかな?」

そう。私にも、あの一戦の後、体に変化が起こっているのだ。

「その色素の抜けた髪のことだけど…それに関しても現時点では何もわかっていることはない…すまないね、力及ばず。」

腰まであった長く黒い髪は、なぜかその全てが白く染まっていたのだ。

魔導医の人によれば、魔力の過剰消費によって引き起こされる症状の中に、アルビノのように全身の色素が抜けていくことがあるというが、ここまで白くなる人は私が初めてだという。

得も言われぬ不安感にかられながら、時間が過ぎていった。

 

しかし、それから一週間が経っても氷矢も私も治る気配を見せず、結局、第二魔導分隊は実質的に所属人数三名の分隊になってしまった。

そして、そのさらに一週間後、その穴を埋めるように、新たな魔導士が第二魔導分隊に所属することになる。




終わりましたね、過去編。
それにしても、過去編だけで今までの話の半分って結構なペース配分ミスですよね。
ということで、次回から戦闘が激化しまーす。
氷矢くんも、いつか話に絡めていきたいなーと思っていたり。

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