倉庫というのは、中に仕舞っている物にも依るが、基本的には日光が余り当たらない密閉された空間であるというのが普通だ。
時間や場所にもよるが、昼間ですらかなり暗い事だって珍しくない。かといって灯り――火を使えば思わぬ火事等が起こるかもしれない。
よって、こういう所の調査に夜目は必須技能なのだ。
――俺たちみたいに。
「状況を整理しよう」
暗い倉庫の中を、俺とレーゼはこっそり侵入し片っぱしから調べている。
「元々は独自の国……というか自治体の集まりだったここに、お前達の国が侵攻したのが始まり。そうだな?」
「そうだ。10年程前になるだろうか……、この地のクロイツ、そして戦に備えての労働力を欲しての侵攻だったと聞いている」
レーゼも闇には慣れているようだ。俺と同じように一人で旅をしていたため、そういう部分も鍛えられたのだろう。ぎっしりと並んでいる樽の中身を素早く確認している。
目当ては矢の材料になりそうな物や馬への飼料などだ。
「後ろに対して備えておきたかったというのもあった。その後、周辺国との戦争に突入。小国をいくつも取り込み、今の勢力図となった」
「あぁ、統一戦争だ」
「その中で、西部だけがなぜこうも原住民との摩擦が?」
「簡単に言えば、奴隷として扱われた事が大きいだろう」
今の所は酒や塩、酢等が主だ。食糧倉庫か。
妙に重い樽を見つけても、それは酢漬けや塩漬けだ。
「農耕地の開拓、水路の急な開発、それに海での漁業、装備の作製……使いつぶさんばかりに酷使していたと聞いている。罪を犯して送り込まれた開拓民もだ」
「なるほど、それで……」
自分はそこまで詳しい話は聞かされていない。
この国に住む人間ならば当たり前の事――と言う訳でもないだろう。
恐らく、あまりこの地の醜聞を耳に入れるべきではないと判断されたか。
「で、戦争が終わった後も住民蜂起寸前の状態が続いて、それを治めるために今の領主様が派遣されてきた」
「実際上手くいっていたようだ。少なくとも、兵士に石を投げつける者はいなくなったと」
今侵入している倉庫は非常に大きな倉庫。――ひょっとしたら、複数の商家による共同倉庫なのかもしれない。
外から見た様子と、壁の感じからしていくつかの区画に分かれているようだし、次の区画に移動した方がいいだろう。
手でそう指し示すと、レーゼは頷いてそれらしい方向を指で指し示す。
「それが突然不穏になった。原因はなんだ、シノブ」
「……正確にこれがこうなってというのはさすがに分からないが、時期が重なる物には心当たりがある」
「時期?」
先導するレーゼの疑問の声、俺は先日から見せられている書類の内容を思い浮かべる。
「昔ここで力を持っていた前任者たちが舞い戻って来てからだ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「キュベレ、リストアップした連中の姿が消えたというのは本当かしら?」
「はい、潜入させていた者達に今捜索させていますが……」
「そう……。分かっていると思うけど、最優先よ。手段は問わない」
「はっ!」
一礼し、キュベレが部屋を去るのを見届け、部屋の主――いや、この西部の主、リディア=ハウゼンは大きくため息を吐いた。
その目の前の机には、先ほど自身が口にしたリストと言う名の羊皮紙が散らばっている。
書かれているのは、少し前までこの西部において力を持っていた者――あるいはその後援者達である。
つまり、リディア=ハウゼンが思う最有力容疑者リストだ。
「この者達が一斉に姿を消した……」
前領主は南部に異動させられ、その側近達も同じくだ。
いわゆる悪徳貴族ではなかった。むしろ善人に入る心優しい女性だったが、だからこそ強欲な者たちを抑える力を持ち合わせていなかった。
成果を上げる事の出来なかった彼女を、中央の貴族は無能と罵った。
確かに、ともリディアは肯定出来た。同時に、彼女の才能が活きる場ではなかった事も理解できた。
そうして彼女を弁護したから、リディアはこの西部に来る事になったと言える。
そして、そんな彼女を利用したのがここに名を挙げられている者たちだ。
旧警備部隊隊長、銀行や商店の元締め、大地主など……。
自分と違い側近の少ない前領主の周りを固め、良いように利用していた者。
自分がこの地を任された際に、そういった者は排除したのだが……。
彼女らの富への執着は凄まじい物だった。
そして、一度富を奪った自分への恨みと執着も。
(……中央に、あの者らを手引きする者がいる)
邪魔な勢力を排除する際にはなるだけ穏便な手をとって退場いただいた。
彼女達をただ殺してもそれはそれで混乱の元になり、国に回収される金や土地はともかく、宙ぶらりんになった役職や役目、立場などの利権をめぐってそれ以上の血が流れるのを恐れたからだ。
それを、逆手に取ったものがいる。
(なるだけ敵は作らないように泳いできたつもりだったけど……やはり、限界だったようね)
排除した連中を、正式な手段――王命という形でこちらに送り込まれた。それも、独自権限を持たせた上で。
なんとか証拠を掴んで、大事になるまえに芽を詰み取る算段が――よほどの策士を引き入れたのか痕跡が掴めず、逆に賊騒ぎなどで引っかき回されている。
「今頃、どこかでニヤニヤ笑っているのでしょうけど……」
あの欲ボケ女共は怖くない。
リディア=ハウゼンの敵は二つ。
中央にいる何者かと、そして今この地にいるだろう策士だけだ。
手元の小さなハンドベルを振る。すぐさま付き人が「お呼びでしょうか?」と室内に入る。
「ベルヌーイ……は、いないのよね。……スレイを呼んでちょうだい」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「なら、さっさとソイツらを事故に見せかけて殺せばいいではないか」
「お前物騒だね。いや俺も同じ答えに辿りついたんだけどさ」
目的はそれらしい物品。そして今度はその荷物がどこから来たものかを遡る事だ。
次々に、音を出来るだけ立てないように物品を調べながら、互いに状況を整理している。
「多分だけど、政治的な動きで色々あるんだろうさ……まぁ、そもそも王命で来たって位だから、それを後押しした誰かを突き止めないと動くに動けないんだろうさ」
「ふむ、そういうものか」
「……ってか、王命だろう? 王様の命令だろう? それで来た相手を軽々殺しちまっていいのかよ」
「構わんさ。起こるのは事故死だろう?」
「おい、騎士様志望」
それにしてもこの女、おそらく今が地なのだろうが中々に良い性格をしている。
「いや、真面目だぞ? 暗殺は良くある事だからな」
「……そんなに?」
「あぁ。統一戦争直後から延々……ハウゼン卿を見ろ。自前の親衛隊を持っているだろう? 維持にかかるコストも馬鹿にならないというのに」
「普通じゃなかったのか」
「異動などあり得ない中央の貴族ならそうでもないのだがな」
「ハウゼン卿は違う、と」
「あぁ。先代までは中央の貴族だったが統一戦争末期――ようするに、戦争の終わりが見えだしてからの政争に巻き込まれて、な」
「……暗殺された?」
先ほどの話の流れから、そうなのかと尋ねる。
レーゼは首を横に振り、
「いや、領地を取り上げられた。濡れ衣でな……」
「それで、こう言う……その、なんて言えばいいのか……流れの領主に?」
「面白い表現だな」
棚に詰まった箱の蓋を外しながら、小さくレーゼは笑ってそう返す。
「珍しくはない。というか、領主は普通そうだ。働きが認められれば長くその地を治める事もあるそうだが……基本的に三、四年で違う領に封じられる」
「……どこかに根を張って、力を付け過ぎるのを防ぐためか」
「だろうな。だから貴族は皆、移動が少なく贅沢しやすい中央に付けるように力を尽くす。
「なるほど……」
思った以上に国としては殺伐としているようだ。
「この西部に旨みは?」
「政治的な、か? そこまでの知識は私にはないな」
「思いつく事もか?」
「むぅ、そうだな……」
レーゼは、埃などでベトつき始めた手を、先ほどの雨で少し湿らせた布で拭う。
「領地の広さ、か」
「広いのか?」
「あぁ、これが他の……例えば南部等なら少なくとも十は……ひょっとしたらもっとか、それくらいの領地が入るだけの土地だ」
恐らく黒ずんでいるのだろう布を気にせず腰のポーチに突っ込む姿は、綺麗好きのスレイとは全く重ならない。
別に不快だとかではない。どちらかと言うと、共感だ。
手際の良さや眼の付け方等が、自分と同じような苦労をしていた事を伝えてくる。
「なるほど……。なるほどなるほど……、んじゃあ入ってくる金とか作物の税も結構多い、と」
「あぁ……。だがここには他国と面している北部や東部と違い与えられる予算が少ない。それに、任せられる国軍の兵もな」
「国の兵士だと地元の反発が大きいからか?」
「あぁ」
そして知識面も、やはりスレイと同じ家の貴族だ。やはりそちら側の世界をそれなりに知っている。
「ここを本気で治めるとなると自前で兵力を雇わなくてはならんから、出費がかなり大きい。そこらを無視する連中ならば……まぁ、稼げない事もないだろうが……」
「領主としての旨みは少ない、か」
こうなると、旨みのありそうな人間はやはり限られてくる。
中途半端にこの地に権限を持っている奴ら、この間俺とスレイでリストアップした連中でほぼ間違いないだろう。
(そういう連中が手を組んでるんなら、目的の第一段階を達成したあたりで勝手に仲たがいしてくれそうだけど……)
それはつまり、連中がかつてと同じ位稼げる立場に付くか、かつて自分達を追い払った現領主を追いだすかだろう。
正直べつにどうでもいいのだが、そうなったらなったで下手したら西部を出るのにもまたひと悶着ありそうで……面倒くさい。ひたすら面倒くさい。
(やっぱりさっさとこれにケリを付けよう)
こちら側の世界の過酷さに、一日とはいえ絶対の孤独感に負けて流されてしまったが……これほどの陰謀に関わるとは思ってもみなかった。
さっさと首謀者連中とっ捕まえるか首たたっ斬って、スレイや領主様の所に差し出そう。
「だめだな、こっちもそれらしいものは無い。レーゼ」
「あぁ……隣のブロックに移ろう」
相も変わらず見つかるのは商売用の保存食や香辛料、それに紐や縄、毛皮といった物ばかりだ
もし横流ししている物品があるとすれば、それはかなりの量になるはずだ。
となれば、一か所を延々探すよりもなるだけ多くの場所を当たった方が効率的だろう。
レーゼも同意見だったのかすぐさま同意し、繋がっている隣のブロックのドアへと足を進める。
俺も後に続き――
「……なんだ、この臭い……」
俺もその後に続くが、ドアの隙間からすでに強い香りが漏れている。
「ルイボスティー?」
「? なんだそれは?」
「あ~、俺がいた所が余所から仕入れていたハーブティーだ」
「ハーブ……香草か。なるほど」
現実の世界で健康という言葉に弱い母が、高血圧の父親のために毎朝毎晩淹れている香りだ。正確にはあの独特の香りに、少し甘い香りが混じっている。
同じく鼻が効くのだろうレーゼは眉を顰めている。
自分にとっては慣れ親しんだ香りに近いからそうでもないが、レーゼにとっては異物感が強いのだろう。
しかめっ面のままレーゼは、音を立てないようにそっとドアを開いた。
「こりゃあ、またギッシリだな……」
ここまで見て回ったどのブロックよりも、樽や箱がギッシリ詰まっている。
一番手前の樽に近づいたレーゼが、その場にしゃがみ込む。
「臭いがするのは、これか」
そっと床に触れたレーゼは、その手に何かを付着させている。
なんというか、バラバラに摘んだクローバーの葉のような物を乾燥させた様な物だ。
「……中身を零したのか?」
おそらくこれらが入っていたのだろう樽の蓋を開けてみると、やはり強烈な香りが立ち込める。
一度開けたのだろう。少し緩んでいたため開け易かった蓋を傍に置き、中を確認する。
床に散らばっているのと同じ乾燥させた葉が、樽の半分ほどの高さまでぎっしり詰まっている。
鼻を袖の布で押さえながら、レーゼも中身を覗き込む。
「……?」
「どうした?」
「いや、妙だ」
俺が置いてあった蓋を取って再び封をし、他の樽に手を置く。
「私も初めて目にする物だから用途は分からんが、お前が言っていたようにこれがハーブの類ならばぎっしり詰めるか、あるいは中に落とし蓋がしてあるはずだ。このままだと運ぶ度に中身が揺れるし、外気に触れて香りをダメにしやすい」
「…………」
まただ。
先ほどレーゼと駐屯地の倉庫に埋めていた物を推理し合ってた時に感じた嫌な予感が、また一層強くなった。
そう、先ほどの……。
――そうか、臭い消しか……っ
先ほどの会話が蘇る。
「レーゼ、この商業区に入ってくる荷は、商人専用の別口から入ってくるんだったな?」
「あぁ、なにせ馬車の荷車などで大量に物を持ってくるからな。手荷物の軽い旅人等と違い調べる物が大量にある。そのための別口だ」
「検査内容は?」
「ん? いくつかの窓口に分けて中身を確認、それと犬だな」
「犬」
「あぁ、御禁制の品の臭いを覚え込ませた犬数匹で……」
レーゼが言葉を切り、樽を見つめる。
そこまでいけば気が付いたようだ。
「しかし……馬鹿な。こんな臭いの強い物……」
「俺は知らんが、その犬、特定の臭いを覚え込ませているんじゃないか? それ以外の臭いで上書きされた場合はどうなる?」
「……分からん。だが……」
レーゼは次々に樽の蓋を開けていく。
自分も触った時に気がついたが、どれもこれも松脂のようなもので封されていた痕跡がある。
それが易々と開くと言う事は、どれもこれも封を開けたのだろう。
中途半端に、中身の香草を残したまま。
樽ではなく、木箱の方へと目を向ける。
「……この焼印」
見覚えがある。
先ほど立ち寄った駐屯地、そこに積まれていた木箱と同じだ。
「よい……っしょ……っ」
ずいぶん重い。こちらはどうやら中身が入っているようだ。
少し汗をかきながら少し引き摺りだし、蓋を開ける。
「……ダガー、小手、蹄鉄型の隠しナイフ、それに……」
やはりというかなんというか、藁のクッションに包まれていたのは武具の一式だ。
ただし、いやに近接戦闘に特化したモノばかりでとても行軍する軍で使われるような物ではない。
そっと、その中で唯一武器の類ではない妙な小瓶の集まりに手を伸ばす。
そのうちの一本を手に取り、栓のコルクを外す。
それに鼻を近づけようとし――手を止める。
「……血止めの類かと思ったけど……」
足元に零れたままの香草。それが目当てなのか、トカゲの様な生き物が近寄ってきている。
そっとその身体に向けて小瓶を傾け、直接滴を垂らす。
瞬きする時間に等しい僅かな間に、零れた滴はピチッという音と共にその生き物の体に当たり――そしてトカゲもどきは一瞬だけビクンッ! と痙攣しただけで、うめき声も上げずにひっくり返った。
「毒、か」
もはや息をしていないトカゲをそっとブーツのつま先で手近な物影に隠し、同時に小瓶をポーチの中に滑り込ませる。
木箱の焼印は覚えた。もちろん偽装の可能性はあるが手掛かりとしては十分だ。
ここから抜け出し、その焼印で登録されている商人を当たれば何か掴めるかもしれない。
「レーゼ、いくぞ。長居は危険だ」
そう声をかける。が、返事がない。
これまでならば即座に声か行動が帰って来ていたが、今は静かなままだ。
不審に思って振りかえると、レーゼは静かに構えていた。
剣を抜いてはいない。が、いつでも抜き放てるように柄に手を当てて俺を――いや、俺の向こう側を凝視している。
「誰だ?」
レーゼが問いを口にしたのと同じタイミングで、俺も剣を抜く。
慣れた乾木の鞘ではなく、真新しい革の鞘から新調した剣を。
「出てこい……っ」
俺が構え終わったのと同じ位に、レーゼが鋭く言い放つ。
そして、向こう側から足音がする。
コツン、コツンと。
わざと聞かせるように。
『……あの方が気にかける女がどの程度のものかと思っていたが……』
布で口を押さえたまま喋っているような――いや、そのものの声が響く。
同時にカツン、カツンと足音が増える。増えていく。
(……3、4……最初の足音の奴と合わせて6人か)
わざとらしく音を立てている最初の奴とちがい、残りは普通の足音だ。判別は容易い。
『なるほど、少なくとも勘働きは良いようだ』
そして、その女が姿を現す。
赤い。
女をみた第一印象がそれだ。
自分のようなフード付きの真っ赤な外套を羽織っている、やや小柄な女が闇の中に浮かび上がる。
その後ろから、装備がバラバラな5人の兵士が。
「……貴様」
レーゼが、その後ろの兵士の一人に向けて口を開く。
「正直、お前が駐屯地に戻って来た時点で嫌な予感はしてたさ。テレーゼ」
駐屯地に一人残っていた、あの兵士だ。
「……一応、念のために言っておくが」
一歩、前に出ながら口を開く。
蛮勇ではない。
今現在唯一の逃げ口である、俺たちが入って来たドアに近づくためだ。
「俺たち、泥棒とかじゃあないぜ?」
『あぁ、知っているとも』
赤い女が、大きな衣擦れの音を立てて外套を翻す。
そして腰から獲物を抜く。
左右それぞれの手に握られているのは、かなり短く、細い二本の短槍。
『だが関係ない。大人しくしてくれれば少しの間牢屋に入れる以上は何もしないが……』
顔は良く見えない。
だが、これ以上なく印象的な女だ。
何せ、フードの中の瞳が
『どうだ?』
遅れて兵士達が、それぞれ獲物を引き抜く。
数の差は向こうが有利。
訓練された兵士に、それ以上と思わしき将らしき女。
不利だ。とてつもなく不利だ。
おもわずレーゼと顔を見合わせる。
レーゼは俺の顔を見て、一瞬首をかしげ、そして次に肩をすくめる。
『……決まったかね?』
「あぁ――」
「「――イヤだね!!!!!」」
くどいかもと思う個所があるので、削ったりする可能性大。