「誰だったんだ? さっきの赤いフードを被った女」
「さぁ? 許可腕章を付けてたし、
腰に小剣を差し、手に槍を持った二人の女性は、とある大倉庫の入り口を固めている。
彼女達の仕事は、そこそこの値が付くだろう売り物が多く置かれているこの倉庫を守ることだ。
内部にも見回りをしている仲間が多くいる。
「そういえば、最近ここの倉庫妙に出入りが多いですよねぇ……」
「あぁ、馬車も人も貨物も出入りが多くて……おかげで埃っぽくて仕方ない」
「今日の勤務終わったらサウナ行きましょうよ。今日なら近場の屋台も開いてますし、汗流した後ちょっとした串や煮しめをおつまみにパーッとぉ」
「そうだな、悪くない。……たまにはサウナじゃなくて風呂で湯船に浸かりたいが」
当然女性達は兵士。ただし、ハウゼン卿の指揮下ではない。この地を拠点にしている商人が雇った傭兵である。
「海の方じゃあ、温かい湯が湧き出る洞窟があるらしいですねぇ」
「身体にいいらしいが、結構な金を取られるという話だぞ」
「うわぁ……。やっぱり世の中お金なんですねぇ」
領主への忠誠心はもちろん、雇い主である商人に対してもそんなものは持ち合わせていない。
この二人が心から信じるのは金。
「あれですね。美味しい物食べて好きなだけお風呂に入れて好きなだけ寝るだけの仕事とか転がってませんかねぇ」
「あぁ……人の夢だよな……」
心から欲しているのは、自堕落な生活だった。
「商人付きの護衛なら結構お金もらえると思ってたんですけどねぇ」
「仕事を探す時は、まず雇い主をしっかり見るべきだった」
「教訓を得ただけでしたねぇ」
「そうだな……」
その時、倉庫の中で『バフンッ!』という音がした。
二人揃って振り返るが、すぐに顔が元の位置に戻る。
「中の人ですねぇ」
「粉物の袋でも落としたか」
「あれ商人の人すっごく怒るんですよねぇ。『いったいいくらになると思っているんだ!?』って」
「……やったのか?」
「10日ほど前に一度ぉ」
「そうか、気をつけろよ? ペアを組んでる私の給金まで減らされかねん」
そんな時、再び中から音がした。
今度は『ガシャンガシャンッ!!』と重い金属が地面に叩きつけられるような音がする。
二人の兵士は再び振り向き、またすぐに顔を元に戻す。
「今日の内部見回りはどこの班だ」
「アーシェさんの所じゃないかとぉ……人が増えたから中を教えるとか言ってましたし……」
「新入りだったか? 確か、ハーレイとかいう武器商に雇われている」
「それじゃあ、向こうの御主人の命令で急な荷降ろしとかあったんですかねぇ」
「あぁ、なるほど。ありそうだな」
その後もガチャンガチャンガキーンと金属音がしているが、それには気を止めず二人は会話を続ける。
「かなり大量に品をさばくのか」
「いいなぁ。きっと商人さんは大儲けですねぇ……」
「それでアーシェとやらの給金が増えるかどうかは別だがな」
「夢がない話ですねぇ」
「あぁ、ないな。所詮どこまでいっても傭兵は傭兵だ」
今は勤務中だが、あまりのやるせなさに思わず煙草が吸いたくなって、少し目つきの鋭い方の女が腰元を少し探る。
その時、後ろから今度は人が走ってくる音がした。
「ん、なんだ?」
「交代には早すぎるお時間で――」
「「そこをどけぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!!!!!」」
「うぉあぁあぁぁっ!!???」
「きゃあああああああっ!!!!」
そして二人仲良く、中から飛び出してきた黒ずくめと軽装の人物に蹴り飛ばされ、地面と接吻する羽目になった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「お前、目くらましなんてよく持っていたな!」
「たまに使うんだよ! ヤバそうな獣に追っかけられている時とか!」
香辛料の様な強烈な刺激臭のする草などを調合した自作品だ。おかげで効力はバラバラだが、それでもいつも最低5袋は常備している。
そのうちの3つを叩き付け、どうにか囲みを突破。
光を頼りに出口を探しながら襲ってくる兵士をこかしたり斬ったりして突き進み、そして今、入口にいた二人の兵士を蹴り飛ばし、街中を一気に駆け抜けている所だ。
「おい! いったいどうなっているんだ!?」
「知らん! だけど、あの箱の中身はどう見ても暗殺道具だった!」
「――城か!?」
「多分! それか門の防衛施設!!」
ホントコイツ、スレイとは違う方向で頭が回るというか察しがいい。
おかげで説明も最低限で済む。
「臭い消しは武器を隠し持ったまま城内に入り込むためだろう。あの城の中は、警備に特化した人間を配備している。臭い一つでも、気付かれるかどうかはともかく違和感を感じる人間は出る! だから――!」
「その可能性をちょっとでも減らしてって訳か。でも量が尋常じゃなかったぞ!?」
商業特区はある意味で商人の街であって、ディエナの街とは切り離されている。
一応搬入様の通路はあるが、そこは堀にかかった橋と兵士達によって、検問所以上に堅固に守られているためルートから排除。
誰が敵なのか分からないのだ。そうなると、ここから城に向かうには検閲所を越えて一度外に出なければならない。
「数が必要となると単純な暗殺ではない! 邪魔な者だけを即座に、静かに同時期に殺すための装備と見るべきだろう!」
「じゃあ目的は少数での制圧か……くそっ、面倒な!」
耳を澄ませるが、後ろからの足音はしない。
スレイと会う前、あの刀を拾う前に作っておいた目くらましだが、効力はそこまでじゃない。
すぐに来ると思っていたんだが――特にあの赤い奴。
「レーゼ、検問所の兵士はどうする!?」
とにかく、早く城に知らせないと不味い。
それには後ろの追手に追いつかれないうちにさっさとここを突破しなけりゃならない。
見えてきた検問所の姿にホッとしつつも、同時に舌打ちをしたい気分になる。
アソコにはそこそこ武装を整えた兵士がそれなりにいた。
というか、目に前にもう抜剣してる兵士が数名いる。
(気が早いにも程がある! さっきの奴らの仲間か!)
横に眼をやる。レーゼは、一度は鞘に仕舞った刃を再び日の光の下に晒し、
「押し通る!!」
「乗った!!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「あら。あらあら。シノブったらやるわねぇ……ニキを振り切るなんて」
「いや、元々君が追い返すだけでいいと指令を送っていただろう」
「でも、殺される可能性も十分あったじゃない?」
「……いやはや、まったく。君の好意というのは随分と屈折しているね」
慌ただしく身を清めたため、まだ湿っている少女の髪を布で包んで水気を取りながら、シオンは曖昧な笑みを浮かべる。
その少女は、先ほどとは違うがある程度高いどこかの部屋の窓から遠眼鏡で下の様子を覗いている。
「あぁ、でもやっぱりシノブの問題は服ね。顔を隠したいのなら隠したいで、もっといい衣服も見繕ってあげなくては」
「君は彼女と戦いたいのかい? それとも飼いたいのかい?」
「さぁ? 分からないわ」
「……なんとも、君らしい解答だ」
取っ手付きの遠眼鏡を、眼球に押し付けるかのようにしている少女は無邪気に、そして不気味な笑みを浮かべている。
「ねぇ、シオン。あの二人、城に乗り込むかしら?」
「そうさせないために先ほど手を打ったじゃないか」
「その上で聞いているのよ」
恐らくニキが――あの紅を好む槍使いが事前に手配していたのだろう兵士5名。
だが、あの二人の相手にはならない。全くなれていない。
銀髪の剣士テレーゼが相手の剣を受け止めた瞬間、テレーゼの後ろから飛び出たシノブの手から放たれたスリングによる石の一撃により、もんどりうって倒れ込む。まずは一人。
今度は兵士二人がかりでシノブ一人を同時に攻撃しようとするが、すぐさま一人はテレーゼによって討たれる。
もう一人はシノブの鞘によって剣筋を止められ、次の一撃を繰り出そうと剣を引いた瞬間、がら空きになった顔――正確には顎をシノブによって蹴りあげられ、体勢が崩れてがら空きの胴を斬り裂かれる。
一瞬で三人がやられ、残る二人が一瞬戸惑いを見せた時には、二人ともすでにその間合いの内側に入り込んでいる。
一閃。
テレーゼ、そしてシノブ。
片や士官学校にて剣の申し子と言われた女。
片や、何もかもが不明だが一人旅で鍛えてきただろう剣。
そのどちらの剣筋も、躊躇ってしまった兵士では止められない。
(……鮮やかだ)
見惚れるような鋭い剣筋のテレーゼ。対して剣と鞘を、刃物というよりまるで鈍器を振るうように扱うシノブの荒々しい立ち回りは、組み合わさる事でまるで絵画の様な美しさを持っていた。
「来る。恐らく」
「本当?」
少女は遠眼鏡を膝の上に置いて、眼をキラキラ輝かせてシオンの方を振り向く。
「あぁ、本当さ。だからじっとしていてくれ、綺麗な髪が傷むぞ」
「はーい♪」
少女はそういうとまた前を向いて、検問所を抜けようとしていく二人を遠眼鏡で眺めている。
「あぁ、そうそうシオン」
「なにかな?」
「二人に追撃部隊を出しておいて」
「いいのかい?」
「いいのよ」
「……ふむ」
二人は検問所を越え、この街を囲む堀にかかっている跳ね橋を駆け抜け外へと。
それを見届けて、シオンはマントの下に隠していた小さな袋から手鏡を取り出し、太陽の光を当てる。
するとまもなく、離れた建物――正確には警備隊の待機所から、馬に騎乗した兵士が素早く小さな隊列を組んで検問所へと向かっていく。
距離があるとはいえ馬と人の足の差は大きい。外に逃げようがすぐに追いつかれるだろう。
「いやはや、本当に――」
「なに?」
「君の好意は屈折しているね」
「当たり前じゃない」
商業特区とティエナの街を繋ぐ橋から、それと街の遠くの方から地響きのような音がする。
その音を耳にして、少女は満足そうに笑みを浮かべる。
「ただただ真っ直ぐな好意なんて、この世のどこを探しても存在しないし……そもそもそんなのつまらないわ」
二人を追っていった騎兵が見えなくなる。遠眼鏡を使う少女には見えているのだろうが。
そして、それと同じタイミングで作業が始まる。
この街を、文字通り孤島にするための作業が。
ここから離れている各方面の城門付近では、今頃計画されていた制圧作戦が始まっているだろう。
追撃隊が抜けた後の検問所でも、そしてこの城塞都市ディエナの象徴たる、あの城でも。
「……なるほど。確かに、その通りだな」
――好意ほどやっかいで、複雑で、面倒な感情はない。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「クソッ! これは何の音だっ!?」
後ろを振り向けば確認できることだが、今はそんな余裕すらない。ただ真っ直ぐ、少しのタイムロスももったいない。なんせ後ろから、微かにだが蹄の音が近づいてきている。騎兵の追手だ。
「おそらく橋を上げた音だ!」
「籠城か……っ」
書面とちょっとした買い物でしか街を知らない俺と違い、兵士としてある程度を把握しているレーゼがいてくれるおかげで状況の把握が容易くてありがたい。
──が、それで状況が好転するかというと別の話なわけで……。
「となると他の門の橋もダメか……っ」
「だろうな。わざわざ商業区だけを封鎖する意味はない。それも私達が出た後に」
通常の経路は全て塞がれていると見て間違いない状況。
自分達だけで城に報告するなら、なんらかの方法で侵入しなければならないという事……いや、
(城もあるいは制圧されたか?)
ディエナの街の出入り口だけが塞がれているとしても、それはそれで城が敵勢に囲まれているのとほぼ同意だ。
確か城にはスレイと、彼女に与えられた兵士や領主の親衛隊がいるはずだが……。
「レーゼ! 近場に確実な味方はいないのかっ!?」
「いない!」
念のための問いかけに、レーゼは予想通りの言葉を一言で返す。
そりゃそうだ。なにせ、傭兵を管理していた将軍はどこかに行って、その下にいた傭兵は黒確定なのだ。
信じろというのはとても無理。というか、恐らく――
(……とにかく、例の賊騒ぎの連中と同一犯なら村とか他の街でも騒ぎが起こっている可能性があるか!)
味方になり得るのは、西部以外にいる正規軍くらいしか思いつかない。
だが、助けを呼ぶには時間がかかりすぎる。
その間に、街の中の人間――もちろん城の人間もどうなるか……。
「レーゼ!」
「ああっ!」
「今手を打つには時間も余裕もなさすぎる!」
「何をするかだけ言え!」
「一度やり過ごす!!」
どちらにせよ、追手をどうにかする必要がある。
橋を上げて籠城しているのならば、逆に言えばこれ以上追手が来る可能性は少ない。
まずは俺達がある程度自由にならなければどうしようもない。
「となると森かっ!」
俺の叫びに、レーゼはすぐさまそう切り返して来る。
ホントに理解が早くて助かる。
馬を振り切るにはそれしかないし、その他の追手を倒すには身を隠す所の多い森しかない。
(ホントに……ホントにもう……っ!)
このまま西部を抜ける選択肢もあるにはある。
ただし、それは同時にスレイを見捨てる事になる。
人にしょーもない面倒事を押し付けてしょーもない腕輪押し付けて人をディエナに拘束した犯人だが――いちおう、恩がある。
切り抜けるしかない。
俺と、レーゼで……っ!
「クソがっ! せめて俺がいない所で騒動起こしやがれってんだクソッタレ!!!」
次回、街の中と城内の描写。