男であるのがそんなに悪いか!!   作:rikka

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『隻腕』との道中記

「まったく! あんた今までどこほっつき歩いてたのよ!! 教官も私もほんっっっとうに心配したんだからねっ!!? わかってんの!!?」

 

 偶然再会した友人の懐かしい罵声に、ついつい頬を緩めそうになるのを堪えて剣士――テレーゼは、数少ない友人の叱責をしっかりと受け止める。

 

「すまない、キュベレ。思う所があってな……」

 

 とくにトラブルらしいトラブルもなくディエナへと到着したテレーゼはまさかここで知り合いに会うとは思っておらず、久しぶりに高揚した気分を必死に抑えていた。

 ここでしっかりと反省した姿を見せないと、この心配症の友人の怒りは益々上がっていってしまうだろう。

 二人がいるのは。このディエナ一の高級レストラン……というわけではない。

 この街を知り尽くしているキュベレが好んでよく使っている、隠れ家的な小さな小料理屋だった。学生時代、法学の分厚い本の角で殴り飛ばされた記憶がよみがえり、なんとなく頬に手を添える。あの時は顔が歪むかと思った。

 

 キュベレが連れて来た店は、確かに少々手狭だが注文を受けて出てくる料理はどれも美味しく、値段も手ごろ。

 小銭を稼ぎながら旅をしているレーゼからすれば、よくぞ教えてくれたと友人を抱きしめたい程素晴らしい店だった。

 

「ったく、アンタの事だからどこかの自治軍に入り込むか、国境警備軍の方の実習に志願していると思っていたわよ」

 

 しばらくするとキュベレの小言の方も沈下し、互いに酒を酌み交わしながら雑談に興じるようになっていた。

 もっともキュベレとしては、彼女との雑談から彼女の家や中央の動きを把握したいという後ろ暗い理由もあった。

テレーゼも薄々それに気付いていたが、特に気にはならなかった。

 

「あぁ。お前の予想通り、受けに行ったんだが――士官も実習も断られてな」

「……はぁっ!?」

 

 キュベレはありえないと言う顔で声を上げた。

 なぜなら、それは本当にありえない話だからだ。近年、隣国はどこも軍備を拡張しており、士官学校を卒業した候補生はそれに対応するためにすぐにどこかの軍に派遣、あるいは引き抜かれて実務経験を積まされる事になっている。

 例えばこの西部では、国境に面していない代わりに広大な海の調査、管理をするための海軍を有しており、その士官を育てるために毎年一定数の士官候補生を抜擢し、主な港町へと派遣している。ついでにいえば西部はその複雑な歴史のために、自治軍及び警備隊も他の領地よりも多めの数を揃える事を認められている。

 テレーゼはキュベレ達の世代を代表する剣術の腕前を持っている。それがまさか士官候補実習すら断られるなど、どう考えてもありえない事だ。というより、あってはならないことというべきである。

 

「どうやら、母様が手を回していたようだ」

「嘘でしょ? それこそありえない――」

「事実だ。裏付けも取った。オマケに、どうやら私を有力貴族の娘とくっつけたかったようでな……」

 

 テレーゼはグラスに入った酒――いつも飲んでいる麦酒ではなく、この土地の蒸留酒に口を付け、チロっと舌で味わう。

 その様子に、キュベレはなぜ友人が何も言わずに姿を消したのか、なんとなく分かった様な気がした。

 

「母様は一体何を考えているのか……。正直、このまま放浪の旅人として諸外国を周るのも悪くないかと思い始めていた所だ」

「あんたが弱気になるなんて、らしくないじゃない。いつも自信満々で切り込み隊長を務めていたテレーゼがさ」

「……すまない」

「…………本当にまいっているようね」

 

 先ほどからグラスは進むが、フォークの方は進まない。かといって酔いが回っているかといえば、やはりそうではない。

 キュベレはグラスを傾けながら、しばらく何事か考える。

 

「もうすぐ、この西部に『隻腕』が来るわ」

「スレイが?」

 

 自分が振るっていたあの剣に憧れて、細身のレイピアや似たような片刃の剣を用意して振り回していた妹を思い出し、レーゼは何とも言えない気分になった。

 決して彼女の事が嫌いではない。むしろ、今でも妹を――スレイのことを愛している。

 片腕というハンデを背負いながら努力を止める事のないその姿に、その在り方に必ず妹は立派な騎士になると確信していたし、なってほしかった。

 だが、士官の道を絶たれ放浪の旅を送る自分と、帝国でも有数の実力者を有する騎士団への士官実習が認められた彼女を比べ、嫉妬とも憎悪とも哀愁ともつかない複雑な感情に苛まれるのも確か。なにより、そのような醜い感情を抱かずにはいられない自分が、よりいっそうみじめな存在に思えてならないのだ。

 そう簡単にこの感情を解決できそうにはなかった。

 

「しかし、この西部に……やはり何かあったのか?」

 

 近年までは、確かに原住民や旧開拓民との衝突が起こっていたが、あのハウゼン卿が入る前には両者共かなり疲弊していたために活動は下火になり、本格的に彼女が内政に手を入れてからはかなりの落ちつきを見せたと聞いていた。

 それが、まさか妹まで来る羽目になるとは――傭兵達が集まりだしているのをこの目で確認している事もあって、ただ事ではない何かが起こり始めているのかと、テレーゼは推測する。

 

「……まぁ、色々よ。で、さ? ちょっと私から提案があるんだけど……」

 

 キュベレは本質にはまだ触れず、身を乗り出す、

 

「リディア様に会ってみない?」

 

 そう切り出した。

 思いがけない言葉に、テレーゼは目をパチクリさせる。

 そういう顔になるのを予想していたのだろう。キュベレは学生時代によくテレーゼから『あくどい』と言われていた笑みを浮かべる。

 

「ひょっとしたら、手にする事が出来るかもよ? 騎士に成れる程の栄誉を」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

(妙な女だ……)

 

 湖のほうから吹いてくる風を受けながら、スレイは素直にそう思った。

 先ほどまでこちらが一方的に刃を突きつけ、いつ斬り合いになってもおかしくなかった状況であっさりと手にした得物を渡した女。

 その当人は、今自分の目の前で焼いた魚の肉と野菜をパンに挟んだ物を美味しそうに――表情は分からないがそう感じた――頬張っている。

 

(シノブ……か。変わった名前だ。剣の使い方も、型の様なものはあるみたいだが帝国のそれとは違う……異国の者か? だが間者にしてはあからさまに怪しすぎるし、名前もどうやら偽っているというわけではないようだが……)

 

 未だ完全に信じたわけではないが、一応の和解をした相手の素姓に想いを馳せながら、スレイは姉が使っていた二振りの剣を片手で器用に、丁寧に布に巻いていく。

 

「まさか、あの姉上が剣を捨てるなど……考えもしなかったな」

 

 あっさりと降参したシノブは、そのあと身振り手振りで声が出にくいため、口が利きづらい事を私に伝え、マントの下からいくつか白い葉を出し、筆談で自分に状況を説明してきた。

 火災に顔を主に色々な所を焼かれ、隠している事。声が変な事。そしてあの剣を手にした理由と行く先を。

 

――そこまで追いつめられていたのですか。レーゼ姉さん……

 

 なんとなく呟いた声に反応したのか、シノブがこちらを振り向いた。やはり顔は見えない。

 正直、無理やりにでもマントを剥ぎ取ろうとも思ったのだが、もしそれを実行すれば、この女は全力で抵抗してくるだろう。マントを取れと強い口調で言った時ですら、ほとんど開くことのない口で『それだけは出来ない』と伝えてきたのだ。

 あまり聞いたことのない、独特な低さを持つ声。

 その不思議な響きと、声から伝わる必死さ――覚悟とも言えるかもしれないそれを耳にしてから、不思議とそんな気はなくなってしまった。

 

(それに――戦えば恐らく勝てる。が、無傷では済むまい)

 

 一度切り結んだだけだったが、スレイはシノブの剣の腕をかなり高いと推測していた。

 今まで初見では――それこそ姉のテレーゼや母という例外はあったが、それでもかすり位はする一閃をこの女は見事に弾き、無効化した。

 それだけでも大したものだと思うが、スレイが注目するのはそこではない。

 その後の立ち振舞い、そして勝てないと見るやすぐに降参した。

 あの潔さは、命おしさの臆病風から来るそれではない。おそらくはそちらの方が生き残れる可能性が高いから選んだだけで、もし自分が山賊か何かだと思われていれば、生き残るために戦いを続けただろう。

 

(弱者の戦い方。言うのは簡単だが……)

 

 実際には、そのような戦い方は常に多くの選択肢を見いだし、そして即座に決断しなければならない。

 例えば自、数度討伐のために剣を交えた山賊や野盗達は、最初に逃げるか戦うかを決めれば後は何も考えずその通りに動くのがほとんどだった。

 戦い方もそうだが逃げる時も効率など考えず、ただ走るだけ。ただ背を向けるだけ。

 命がかかっている時にこそ、冷静になれ。

 剣を取るものに取っては基本中の基本だが、基本ゆえに難しい。

 

(コイツが振るうのは生き残るための剣。そのような剣を振るうのはプロの冒険家かトレジャーハンターかあるいは……まさか、どこかの武家の人間か?)

 

「それにしても、随分と丁寧に手入れをしてくれていたのだな。重ねて礼を言う」

 

 シノブは、口を開かずに手を軽く振る。

 大方、返すものだから当然だ、とかそういった類の事を言いたいのだろう。会話をしていて唯一確信できたのは、この女の育ちがかなりいいということだ。

 これがそこらの農民等ならば今頃剣など売り払い、生活のための資金にしていることだろう。

 

(とはいえ、下に着ている服は布を端切れを縫い合わせて作ったモノの様だが……)

 

 いつの間にか、シノブという変わった女について様々な推理をして楽しんでいる自分がいる事に気付き、スレイは思わず自嘲した。

 だが、それほどシノブという謎の人物は警戒心と共に程良く好奇心をくすぐる人物だった。

 

(加えて謙虚で正直者。いや、ある愚直というべきか……)

 

「街に着いたら、礼の代わりに食事でもどうです?」

「……気にしなくていい」

 

 ようやく口を開いて出た言葉は、たった一言だった。やはりというかなんというか予想通りのものだ。加えて、少し声を小さくして続けた言葉は、もし関所付近まで行って会えなければ一本を売って残る一本を腰に差すつもりだった事という告白である。

 

(……不器用というか、ある意味無邪気というか……)

 

 ここまで馬鹿正直な者を、スレイは出会った事はおろか聞いた事もなかった。

 

「普通ならばわざわざ剣を渡しに旅する者などいない。たまたま進路が同じだとしても、そのように愚直な者などまずいないだろう。誇れ、シノブ。お前の在り方は下手な貴族よりもよっぽど貴族らしい」

 

 心から思った感想だった。

 素姓も含めて怪しいとは思っているが、シノブが本当に姉に剣を返すために動いていた事に関してはもはや疑いなど微塵も持っていなかった。

 シノブはそれを聞くと迷ったような素振りをみせ、そのまま食事を再開し始めた。

 

(? ……あぁ、ひょっとして……照れているのか?)

 

 シノブがフードの下でどういう言葉を返そうか困惑している姿を想像し、なんとなく可笑しくなった。

 シノブは、まるで罰が悪そうにそっぽを向いたかと思うと、先ほど食べていたものと同じ簡単な軽食――サンドイッチというらしいものを手早く作り、こちらに押し付けるように手渡してきた。

 その仕草にも可愛さを感じながら、スレイはそのサンドイッチを受け取り一口かじる。

 日の光を浴びながら、絶景を肴に変わった女と共に取る食事は、最近食べていた基地の食堂の味とは違い、招待される食事会で出される豪華なものとも違う。かといって実家で食べていたような質素倹約な味とも――やはり違う。

 

(分からんが、悪くない。悪くないというのなら……まぁ、良いことだろう)

 

 そう結論を出したスレイは、心地よい風を浴びながら二口目を口にする。

 その隣では、手で押さえられている黒ずくめのフードが持ち主の顔を覆ったまま、西から吹いてきた風にふわりと揺られていた。

 

 

 

 

 

 

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