男であるのがそんなに悪いか!!   作:rikka

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『 』と『剣士』

 『向こう側』では比較的陽気な季節だが、こちら側ではまだまだ寒い冬の真っただ中である。

 学校が終わってから駅近くの図書館に立ち寄っていた俺は、いつも通りの席に荷物を置いて一息。窓の外には暗くなり始めて灯りが付きだした街の姿が透けて見える。

 

「宿題は休憩時間で終わってるし、こっちに専念するか……」

 

 机の上に置いた鞄から、一冊のノートを取り出す。

 その一冊は、鞄の中に入っている授業用のノートのそれよりもかなり使い古した、四隅が少し丸くなっているノートだ。

 もはや定位置となっているこの席に来る前に取ってきた本――アウトドア等の技術や料理などと言った、サバイバルに役立ちそうな物を、そのノートの隣に置く。

 放課後に図書館に寄り、宿題を終えたら時間ギリギリまでこのノートに役立ちそうな物をまとめながら書き込んでいくのはもはや日課である。

 

(もっとも、今回は――)

 

 今日チョイスした本は、いつものアウトドア系の本もあるが、一番は歴史関係の書籍。正確には、外交関係の流れを詳しく書いてある書籍を選んだ。

 

(スレイが余計な仕事を持ってくるから――ちくしょうめ)

 

 やはりというかなんというか、スレイは妙に俺をあの街に留めておきたいらしい。宿代を追加で払ってまで俺の活動拠点を確保し続けた。

 さすがにお金を払ってもらい続けるのは悪いし、なにより刀も返した事だしそろそろここを立ち去ろうとしていたためにやんわりと断ったのだが、結局は彼女の勢いに負けて、彼女が持ちこんできた仕事をこなす日々を送っている。

 少し口出ししたり、数を数えるだけの簡単な仕事だとはスレイの言だが、彼女の持ちこんできた書類の数々はどう見ても少しの口出しで済むものではない。

 ここ数カ月の旧開拓民や先住民による暴動まがいのトラブルの発生した時期と場所をまとめた資料、賊の目撃情報の統計、商人からの嘆願書などなど……。どう考えても怪しい不審者に見せつけるものではない。

 おまけにそれらについての対応策を挙げて書いておいてくれ等と言われる始末。一体何度、スレイの頭を叩き割って中身を覗いてみたいと感じた事か。

 

 仕事というか、今頼まれているのはそういった資料を更にわかりやすくまとめたり、あるいは自分なりに分析して気になった点を書き連ねて報告書をあげたり……そう言う事をやっている。

 一応、そういった本を読んだり、ネットで色々調べたりしているが所詮は付け焼刃。スレイ曰く、領主のハウゼン卿からお褒めの言葉を預かっているそうだが、リップサービスで間違いないだろう。

 

(……これからどうするかね、俺)

 

 正直な話、刀を持ち主の所に返そうとしたのも特に理由があるわけではなく、なんとなくというのが大きい。仮にあったとすれば、貴族の後を追って行く事で大きな街の近くにちょうどいい拠点が見つかるのではないだろうかという打算だ。信用を得る事で多少なりともこの身が保障されるのではないかというのもあった。

 

(――明日というか今日というか今夜というか……なんにせよ、スレイはしばらくの間仕事が溜まっていて城に泊まるらしいけど……)

 

 今の仕事にキリがついたら、真面目に彼女とは一度話をしておくべきだろう。

 どこかに拠点は欲しいとは確かに思っていたが、あの場所は華やか過ぎる。

 そもそも、以前に俺を追いかけ回した女の足元で過ごすなんて絶対にヤバい。間違いなくヤバい。

 一年前くらいの出来事になるが、まだ声を覚えられている可能性も十分にある。

 

「……ままならねぇ」

 

 

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

 

 小雨が舞い降りる街の中を、一人の女がぶら付いていた。

 首のあたりで切った美しいアッシュブロンドには、小雨が張り付き、まるでダイヤの欠片を塗したかのように煌めいている。そして、その腰にはロングソードを一回り以上短くしたような変わった剣が刺さっていた。女――テレーゼは、久しぶりにあった妹に、やはりいつまでも追いつけないのではないかという不安感を胸に抱いていた。

 

「いつの間に……いつの間にそんな者を……」

 

 

 

 

 ハウゼン家の応接間で、およそ二年ぶりに再会した妹は、相も変わらず美しかった。家にいた頃から人一倍お洒落や化粧には気を使っていた事は知っているし、そもそもの素材が最高なのだ。

 これで、未だに一人も恋人を作った事が無いというのだから驚きだ。

 今回の作戦に参加する事でようやく一歩前に進めた気がしたテレーゼは、多少なりとも胸を張って妹と向き合えるのではないかと、そう思っていた。

 今、幹部達が勢ぞろいしているこの会議が終われば話しかけてみようと。

 

 会議の内容は、近年多発している暴動一歩手前の騒動。旧開拓民や原住民との衝突に関してであった。

 どのような時期に集中しているのか、どのような場所で発生しているのかそれらを踏まえた上で、住民たちを刺激する事を避けるために、軍の行動に制限が出来てしまっている事。

 先日、一度聞かされた内容の再確認といっても良い。とはいえ、より細かい情報となっていたために、事態がかなり切迫している事がいやでも強調されている。

 それらを、今度の従軍で自分の指揮官となる赤毛の騎士――ベルヌーイができるだけ簡潔に述べると、今度はハウゼン卿が口を開いた。

 

『さて、これらの報告を聞いて皆はどう思う?』

 

 テレーゼには答えられなかった。

 今回の従軍でベルヌーイ将軍が率いる一隊に着いていけばいいというのは、キュベレから聞いていた。が、詳しい内容は聞かされていなかったのだ。

 昨日話を聞いた時には警備の増強かとも思ったが、軍や警備隊が住民に与えるだろう刺激と引き起こされかねないという事態が自分の想像をはるかに超えていた。

 恥ずかしい話、指示の元、与えられた任務――敵を倒していけばそれでいいとすら思っていた。

 このような一触即発の状況では迂闊に軍は動かせない。

 仮に自分が上の立場に立てば、どのように動けばいいのかテレーゼには分からなくなっていた。

 

『ふむ……では、スレイ=リアフィード。貴女はどう思う? 気付いた事があればどのような事でも構わない。述べてみなさい』

 

 そこでスレイが名指しされた。

 スレイは即座に敬礼して返礼を口にし、

 

『これらの暴動は偶発的に起こった物ではなく、何者かが意図的に計画して行った可能性が高いと思われます。それも帝国をよく知る者。おそらく旧開拓民や原住民達は利用されているだけでしょう』

 

 妹は、何も恐れずにハッキリとそう答えた。

 

 ハウゼン卿が続きを促すと、スレイは更に言葉を続ける。

 全ての騒動が主要な交易路や運送路、あるいはそれに連なる町や村に集中している点。

 それらの時期が収穫期、あるいは大きな交易がある時の前後に集中している点。

 そして、それらの全てがことごとくハウゼン卿が進める融和政策にとって重要な拠点、あるいは政策のための行動を阻害するかのように行われている、と。

 

 それにハウゼン卿は微笑んで答えた。ただの笑みではない、威嚇を兼ねた笑みだ。

 

『その通りよ。どこかの愚者が、この私に政争を……いえ、戦争を仕掛けてきている。それが今の西部よ』

 

――戦争。

 

 思いもしなかった言葉だ。事が起きたとして、精々が現状に不満をもつ旧開拓民や原住民達の一斉蜂起による内乱。それも、今のハウゼン卿の融和政策で不満を持つ者は少なくなっているはずだ。数もそれほど多くはならないだろうと、レーゼは高を括っていた。

 武者震い――と信じたい――に身体を震わせながら、言葉の続きを待っているとハウゼン卿は、

 

『でも、それだけじゃないでしょう。他にもなにか言いたい事があるのではなくて?』

 

 そう言って再びスレイに向き合うのだ。

 スレイはなぜか一瞬こちらを一瞥し、そして、自信がないのかためらいながら、答えた。

 

『もしそうならば、いくつか統制とは言い難いズレの様な物を感じます』

 

 そう言ってスレイは、いくつかの暴動が起こった場所を指し示す。

 自分には分からなかったが、戦略的にそれほど価値がない場所らしい。

 

『一人、ないしは二人ほど指揮する物がいて、後はまとまりのない集団である可能性が考えられるかと。現状のままならば、相手に餌を見せつけ混乱を煽ってやれば、集団内での発言力を求め合い、内側からバラバラに崩壊すると思われます』

 

 静かに、ざわめきが起こった。

 スレイは自分が口にした事が分かっているのだろうか。仮にも未だ騎士はおろか兵士としても認識されていない士官学校卒業を卒業しただけの女が、促されたとはいえ『戦術』を提案するなど、古くから仕える由緒ある騎士や貴族ならば不敬と訴えられてもおかしくない行動だ。

 確かに今の帝国ではそういった発言はむしろ奨励されているが、あまり多くても駄目なのだ。それでは指揮側の思考を混乱させる可能性がある。

 卑怯な言い方ではあるが、そこは発言を促されても『いえ、ありません』と断わるべきなのが『暗黙の了解』というものだった。

 事実、ベテランと言える騎士の何人かは、スレイを非難する様な目で睨んでいる。

 

 だが、ハウゼン卿はその言葉に目を丸くしてパチクリさせた後、大きな口を開けて笑いだした。

 将軍もキュベレも、その様子にまた驚いている。ひょっとしたら、このように笑う事は滅多にないのかもしれない。

 

『――ふぅ。……あぁ、久しぶりに笑わせてもらったわ。そして驚いた。えぇ、驚いたわ、スレイ=リアフィード。……そうよ、私もそう考えている』

 

 一体、どのような思考を持ってスレイはそのような考えにたどり着いたのか。

 ハウゼン卿が口を開いた時、テレーゼはそれを聞くのだろうと思っていた。

 だが、出てきた言葉は――

 

『だけど、最初のモノはともかく……後の戦術は貴方の考えじゃないわね?』

『……はい』

 

 スレイは、少し俯きながら答えた。まるでカンニングが見つかって教官に叱られているようだが、姉であるレーゼには違う様に見えた。

 確かだと胸を張っては言えないが……なんだか、少し自慢げだったように見えたのだ。

 

『貴女の従者かしら? あの黒衣の』

 

 妹につき従う、黒衣の従者。そのような存在、レーゼは耳にした事が無かった。

 

『はい。従者ではありませんが……友です』

『友……なるほど。仕組まれた暴動である事もその者は見抜いていたのね?』

『……自信はないようでしたが』

『自信があろうがなかろうか、その可能性を見つけたのは事実。興味深いわね……スレイ=リアフィード。その者、今度連れてくる事は出来ないかしら?』

 

 これに目を剥いたのはキュベレや他の武官、文官達だった。

 必死に『おやめ下さい!』だの『リアフィード家の者ならばともかく、素姓の知れぬものをここに招くなど……っ!』などといって全員が反対していた。

 ただ一人ベルヌーイ将軍だけが賛成も反対もせず、じっとしていた。

 結局スレイ自身が、その友が大火にその身を焼かれ、顔が見せられず声も出せないという事を理由に人目に引き出す事を断わり、その場は治まったが……。

 

 

 

 

(私が放浪している間に、妹はハウゼン卿が興味を引くような者を見つけ出していたのか……。当たり前だ。一体この二年で、私が何をしていたと言うんだ。むしろ――)

 

 むしろ、祝福してやるべきなのだ。優秀な妹の元に、有能と思われる者が友としていてくれるのだ。

 聞けば、自分が捨てたあの剣を拾って、わざわざ届けるためにここまで来てくれたと言う。もしそれが本当ならば、信じられないくらいのお人よしだ。そのような者が妹を裏切ることはないだろう。

 本当にお人よしすぎて、中々信じられないが……。

 

(だが、あの剣を再び目にする事が出来たのは事実だ)

 

 会議が終わるやいなや、逃げるようにハウゼン邸を後にし、兵士共用の宿舎へと戻った。

 一度妹と話し合うつもりだったのだが、今は会いたくなかった。この二年の間についてしまった自分とスレイの差から目を逸らしたかった。

 部屋に戻り、先日購入した剣。気がつけば、かつて手にしていたあの二振りの剣と酷似した物を買っていた。それを手入れし、磨きながら心を落ちつけていた時に――あの剣が戻ってきた。

 

『姉上……』

 

 部屋をノックされて扉を開けば、妹がそこに立っていた。ベルヌーイ将軍からこの場所だと聞いたらしい。そしてその一つしかない腕には、あの日自分が投げ捨てた剣が抱えられていた。

 

『さっき、少し話に出たでしょう? シノブという変わった旅人と知り合ったのだけど……これを拾って、わざわざ西部にまで届けに来てくれたのです』

 

 先ほどの会議の中で、話に出てきたスレイの関係者など一人しかいない。

 あの『知の女傑』リディア=ハウゼンの興味を引き、そして妹がどこか誇らしげに口にしていた友――『黒衣の従者』。

 こんなに胸がもやもやしたのは久しぶりだった。

 

『姉上……姉さん、もう一度この剣を握ってはもらえないでしょうか? この剣も、きっと姉さんに振るわれたがって――』

 

 その言葉を聞いた時、気がつけば口を開いていた。

 

『もう……その剣は捨てたんだ……』

 

 本当は無性に大きな声で叫びたかった。

 放っておいてくれと。私の事など忘れて先に――前へと進んでくれと。

 

 不甲斐ない過去と一度決別し、新たな一歩を踏み出すつもりだった所に、自分の過去を象徴するものを突きつけられて心がささくれ立っていたというのもある。

 なにより、余りにも滑稽な自分の姿が情けなかった。

 

 気がつけば、その剣をスレイに押し付けていた。お前が受け取ってくれ、と言って。

 毎日の報告会議で顔こそ合わせているが、終わればサッと帰ってしまっていた。

 スレイもこちらの感情を察してくれたのか、軽く会釈を交わすだけに接触を留めてくれている。

 

(本当に……できた妹だ。私と違って……)

 

 放っておけば、どんどんと悪い方向に陥ってしまいそうだった。同室にいる傭兵からは酔狂だと笑われるだろうが、こうして雨具も身につけずに街を歩き回っているのはそうした思考を切り替えるためだった。

 雨は好きだ。子供のころからずっとそうだった。

 

 当時はまだ稽古が苦手で、外で身体を動かすよりも家の中で本を読むのが好きだった。

 スレイが言葉を話すようになってからは、彼女が好んだ騎士物語をよく妹に読み聞かせていたものだ。

 ふと、その時の事を思い出して笑みが零れる。そしてそれに気付いてテレーゼは安堵の息を吐いた。

 

 なんだかんだで、私は妹の事が好きなのだ、と。

 

 もし、ここで心の底から嫉妬と憎しみが溢れていたのならば、それこそテレーゼという女はどん底まで堕ちていたかもしれないと、彼女は確信していた。

 息継ぎをするように深く息を吸い込む。ただし慌ててではなく、雨に濡れた煉瓦や木材の香りを楽しむように、ゆっくりとだ。

 

(……少し、どこかの店で飲むか)

 

 店のバーテンダーでいい。誰かに、色々と胸の内をぶちまけたかった。

 ふと、ある宿屋が目に入る。飲み屋を兼ねた店だ。

 ここしばらく自分が飲んでるような汚い店とは程遠い。

 少し二の足を踏むが、一拍置いて、扉を開ける。

 

 

 

 

 

 

 そしてテレーゼは、『黒』に出会った。

 

 

 

 

 

 




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