男であるのがそんなに悪いか!!   作:rikka

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『コンビ』

 この世界唯一の男が『起きた』時、辺りは雨音に包まれていた。

 

(雨……か)

 

 シノブは一階のバーに降りて、また注文したラムが入ったグラスに口を付けながら、窓の外の光景を眺めていた。

 昔から雨が嫌だった。嫌いではなく、嫌なのだ。理由は単純で外で遊べなくなるから。

 正確には特訓といった方がいいかもしれない。鬼ごっこやドッジボール、サッカーやバドミンントン。これらで得意な物が一つはないと、『男の子』という物は集団の輪から外れやすくなってしまうのだ。

 それほど運動が得意という訳ではなかったシノブは、父親に必死でキャッチボールの練習を頼んだ事が合った。――どちらかといえば、投げるより飛んでくるボールを怖がらない練習だった気がするが――今にして思えばなんてことはないし、父も自分が余りに必死すぎたために苦笑いしていたが、当時のシノブからすればそれこそ必死だった。

 

(あれもしがらみっちゃしがらみか)

 

 だからシノブは雨が嫌だった。雨が一日降る度に、学校で人気のある子達から一日分遠ざかる様な気がして……。

 では、雨が嫌いだったのかというとそうではない。雨が降った日は、そのような恐怖心を抱えながらも、自分の好きなゲームや漫画に打ちこんでいた。

 なにより、いつも出かけていた弟が隣にいた。

 

 弟は水泳部のエースだ。幼い時から泳ぐのが好きで、近所の子供達の中で一番夏を楽しみにしていた男の子は恐らく弟だろう。

 本当に幼いときは、市民プールや学校のプールに毎日のように出かけていた。

 自分もそれに着いていった事があるのだが、弟はプールを楽しむのではなくより早く泳ぐ事――つまりは自分を鍛える事を楽しんでいた。それが分かってから、いつしか弟と一緒にプールには行かなくなってしまった。

 そこから少しだけ、雨の日が好きになった。プールに行けない弟とゲームをしたり、一緒に宿題をやったり出来た。次第にそんな機会も無くなり、やはり雨は嫌いになったが……。

 

(……羨ましかったな)

 

 始めは運動が得意という事に、次に好きな事、打ちこめる何かを持っている事に。

 

 少しぬるくなったラムを飲み干し、鼻から抜けるアルコールを楽しむ。

 今のシノブの好きな事は、燻製を作る時の独特の燻煙、酒、茶、そういった香りを楽しむことだった。

 もっと言えば、何かを楽しむことが出来る自分が好きだった。まるで、自分も弟みたいに何かを持つ事が出来たようで、誇らしかった。

 だからだろうか、旅の邪魔になることもあって香り――臭いを阻害する雨というものがいやになった。

 

 ――嗅覚の聴覚が阻害されると敵や獲物を感じ取れず、うかつに動けなくなるという世知辛い理由もあったが、しかし――

 

(こういうのも悪くない)

 

 蛍光灯の様な便利な物がないこの世界では、陰っただけで一気に薄暗くなる。

 店を構える様な者たちは、そうなると仄かに明るい昼からだろうとすぐにランプや蝋燭に火を灯す。明るくなければ人が入らないからだ。この宿屋も例外ではない。

 ランプの中の炎が揺らめき、それが作り出す影も揺れる。

 シノブが好きで読みふけった数々の物語。その中でもお気に入りの、ハードボイルドな世界がそこにあった。

 

(少々……いやだいぶ不純な気持ちだけど)

 

 こういうのに憧れる自分は、やはり男の子なのだと再認識する。

 こういう楽しみがあるのならば、雨もそうそう捨てた物じゃない。

 マスターがお好みでと付けてくれたシナモンスティックを咥え、やはり香りを楽しむ。

 

(ただ、それには旅をやめなくちゃならないんだよな……)

 

 自分が男で在る以上、この世界でどこかに定住するのは難しいだろう。

 いっその事、バラしても上手くいくのではないかと考えた事もあったが、何が起こるか想像できないために結局止めていた。

 

「……スレイに養われるか?」

 

 冗談めかして口にしてみるが……なんというか、あり得る未来過ぎて恐ろしすぎる。洒落にならない。

 

(もっとこう、旅慣れてこっちの事情を早々明かしたりしなさそうな女がいればいいんだけど)

 

 あるいは、いっその事自分以外の男を探し求めるのもありかもしれない。

 話を聞く限り、少なくとも大昔にはいたはず。

 

「……クロイツを調べてみるか」

 

 この世界で子供を作る唯一の方法。ある意味で男の代わりだ。どういう理屈かは分からないが……。

 

 

 

――ギィィィィィッ

 

 

 

 ゆっくりと、扉が開く。外は雨だ。

 雨宿りだろうか? そう思い、首を僅かにそちらに向けると、見なれた銀色が目に飛び込む。

 

「スレイか? 今日は向こうに泊るって……」

 

 が、明らかにその銀色は短かった。首に少しかかるくらいの長さ。

 その長さは、覚えている。自分がここに来る切っ掛けになった……

 

「……お前が、スレイの従者、か?」

 

 あの時、後ろ姿しか見なかった女剣士が、茫然とした様子で自分をじっと見ていた。

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

 

「そうか、私が剣を捨てたあの橋で……」

「後一歩踏み出していたら、今頃あの橋の下で永眠していたかもな」

「はっはっ! いや、すまん、悪かった。ほら、一杯奢ってやるから機嫌を治せ」

「別に、そんなんじゃない」

 

 スレイの姉――テレーゼは、扉をくぐってからしばらくぼぅっと立ったまま俺を見つめるだけだった。

 バーテンダーが、ずぶ濡れの彼女にタオルを渡してようやく反応らしい反応を見せたので、なんとなく隣に誘ってみる。

 結論から言えば、正解だった。思った以上に話しやすい相手だ。

 スレイに連れてこられて、気が付いたらここにいるという話をした辺りから、少し肩の力が抜けたような気がする。

 最も、少しは少し。まだ微妙に焦りというか、無理矢理合わせているような雰囲気を感じている。

 

「しかし、わざわざ剣を返しに来るとはな。売り払っても構わなかったんだが……」

 

 何かのタイミングがずれていれば、実際そうなっていた可能性はあった。

 あるいは、片方を売って、片方は使わせてもらっていたか……。

 

「テレーゼ――」

「レーゼでいい。親しい者はそう呼ぶ」

「……」

 

 やはり、焦りを感じる。なんだろう、早く仲を縮めておきたいといったような感じ。

 悪意ではない。そういう物は感じないのだが……。

 

「分かった、レーゼ。スレイから聞いた話だと、この城下町は今警備を強くしているということだが……住民の様子はどうだ?」

「スレイから話を聞いているのでは?」

「アイツの視点は上からだ。そうでなくても、視点は複数欲しい」

 

 そう言うと、なぜか嬉しそうに『そうか』と呟き、グラスに残った酒をぐっと飲み干す。

 

「とはいえ、な。ハウゼン卿はやはり有能だ。警備隊の精鋭を二手に分けて、装備を付けたまま巡回するものと、平民に紛れ込んでいる者に分けている。出来るだけ平民を刺激しないようにという配慮だろう」

「ふむ……」

 

 なるほど、と一瞬納得しかけたが、それだけだとは思えない。

 目立たない兵士の使いどころは大体相場が決まっている。気付かれないように襲うか、気付かれないように調べるかだ。――何かを。

 

(……街中の住民に敵が紛れ込んでると見てるか?)

 

 もしそうなら、精鋭の半数をつぎ込むのも理解できる。同時に、ハウゼン卿がかなり現状を危険視し、警戒している事も。

 

「……どうした、シノブ? なにか、気になる事でも?」

「あぁ、いや、気にしなくていい。……レーゼが気にするのはそこだけか?」

 

 非常に気になるが、今からどうこうできる問題ではない。

 それよりも、他の情報を仕入れるべきだろう。

 

「と言われてもな……。私はリアフィード家の一員ではなく、実質傭兵に近い扱いだ。彼女達との連絡役ということで会議に参加はしているが……詳しい事は何も」

「傭兵扱い……それじゃあ指揮する人間は?」

「ベルヌーイ将軍だ」

「ベルヌーイ……ああ」

 

 どこかで聞き覚えがある様な、と少し考えて、思い出した。あの二年前の日に、ハウゼン卿とやらが叫び、呼び寄せた槍騎士の名前だ。

 飢えとは違う恐怖をシノブに刻みつけた人物とも言える。

 何せ、殺気という物がどのようなものか、身を持って教えてくれた人物だ。

 

「…………あの人かぁ」

 

 せっかくだし、レーゼとの距離を縮めるついでに現場を見ておこうかと思ったが、あの女がいるのなら近づくのは危険。

 なお、レーゼと距離を縮めようと思ったのは、運が良ければあの刀を片方だけでももらえないかという下心だ。

 ついでに言えば、スレイの事もあるから、もういっその事リアフィード家とは良い仲になっておきたい。

 スレイの元に留まるつもりはないが、こうなったら少しは繋がりを作っておいた方がまだマシかもしれないという考えだ。

 

「なんだ? 将軍の事が気になるのか?」

「ん? あぁ、いや、別に……」

 

 レーゼが、少し身を乗り出して来る。

 なぜだろう、その姿がスレイと被る。さすが姉妹だ。

 そういえば、今レーゼが座っている席も、いつもならばスレイの座っている所だ。

 

「ならば、私に任せろ」

「……なに? いや、ちょっと――」

「遠慮するな。妹が世話になった礼だ」

 

 

 

「――我々の駐屯地を案内してやろう」

 

 

 

 

◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 

 

(……何をしている、私は……)

 

 ファルシオンを腰に下げ、渋々と言った様子で後ろを付いてくるシノブを確認しながら、テレーゼは気付かれないように眉に皺をよせていた。

 

 あの宿場で噂の従者に会った時は、本当に驚いた。今最も会いたかった女で、そして最も会いたくなかった女だった。

 一体どこで妹と知り合い、そしてあの子に付き従う様になったのか気になっていた。聞いてみたかった。

 

(……シノブ、か。思った以上に、話しやすい女だった)

 

 あまり口を開かないと聞いていたが、それでも聞いて理解を示しているというのは伝わってきた。

 聞き上手とは、ああいう者を指すのかと少し関心してしまった。

 話を聞いてくれる人間なら、ちょっとした酒場の者がいるが、それとは違う。なんと言えばいいのだろう……上手く言葉に出来ない。

 

(ただ、こうして連れ回している理由は……なんとなく、わかる)

 

 この女が、別にスレイに忠を尽くしている訳ではないと分かったからだ。

 たまたま私が剣を捨てる所に出くわし、返しに来て、そしてスレイに出会った。

 分かってる、自分がなぜこのシノブという女に近づきたいのか。

 

 ――妹から、奪ってしまいたいのだ。

 

 醜い嫉妬が、自分の身を焼いている。馬鹿な事だと分かっていても、考えてしまう。

 もし、この女が傍にいればと。

 ハウゼン卿という聡明な女性が認める人材が、自分の手元に来てくれれば……そんな事ばかりを。

 

(いつからだ。いつからこんなに……醜い女になってしまった……)

 

 妹からこの女を奪った所で、暗い優越感に浸れる時間など僅かな時間だ。間違いなく、後悔する。それも、永遠に。だというのに――

 

 

――テレーゼ、貴女に一体何ができるというの? 剣の腕はある。だがそれしかない貴女に、どのような価値が?

 

 

「…………っ」

 

 頭の中に、世界でもっとも尊敬し、感謝していたはずの女性からの言葉が今も響き続けている。

 母からの、冷たい視線と、言葉が。

 

「どうした?」

 

 気が付いたら、足を止めていた。

 不審に思ったシノブが、声をかけてくれる。

 

「いや、すまない。気にするな」

「……さすがに将軍の許可を得ずに駐屯地を見るのは拙いんじゃないか?」

「そんなことはないさ。お前が見ず知らずの者ならともかく、その腕輪を預けられたお前ならば問題ない」

 

 実際、そう思う。顔こそ合わせていないが、ハウゼン卿から興味を持たれているこの女なら。スレイが信じた、この女なら。

 

「我々のような傭兵は、いざ事態が発生した時に真っ先に動くために、壁の外に野営地を開き寝泊まりしている。まぁ、不満を溜めないように交代で街中の宿舎に戻ったりしているが」

「今日はどっちだったんだ?」

「私か? 今日は宿舎だ。明日が休息日だったからな」

 

 ベルヌーイ将軍の指示で、半数が今日は街中にいるはずだ。おそらく、中々活躍の場がないことに不満が溜まりそうな傭兵連中の息抜きを狙ったのだろう。

 そう言うと、シノブはフードの中の口元に手を当て、なにか考えている。

 

「今、最も恐れているのは、この辺りの村や街の旧開拓民や原住民の一斉蜂起……で、良かったか?」

「……いや、正しくないな。正確には、その切っ掛け、火種になりそうな治安の悪化を恐れている」

 

 そのため、発生する盗賊や暴動、凶暴化した獣などの対処が主となっている。

 そういった事態が発生した際、急行できるように、将軍が馬をかなりの数用意してくれていたはずだ。

 

「なるほど……」

「ベルヌーイ将軍が警戒を始めてから暴動の数は減ったが、逆に盗賊が増えてな……」

「レーゼ、お前は連中と交戦を?」

 

 シノブは、無意識にだろうか、ファルシオンの柄を撫でている。戦いの事を考えているのだろうか。

 

「いや、まだだ。私は今の所、傭兵達と上をつなぐ調整役だからな」

「……中間管理か」

「そういうな。……あぁ、ただ、傭兵の連中も恐らくほとんど盗賊と戦った事は無いはずだ」

「ん?」

 

 今度は、シノブが足をとめた。

 

「連中は馬を使っていてな。村を襲って一しきり矢を浴びせ、略奪し、そして素早く逃げていくんだ」

「……現場を見たことは?」

「それならある。幸い死傷者は少なかったが、かなり矢を浴びせられていたな」

「…………」

「気にかかることが?」

 

 そう聞くと、シノブは『スレイから聞いていない事ばかりだ』と肩を軽くすくめて、

 

「矢の量は? それと質」

「かなり多かった。質は……盗賊が良く使うそこらの枝を加工した物だ。矢じりも黒石を削った物が多い」

「……そっか」

 

 シノブは私の答えに、少し首をかしげながらそう言う。

 

「気になることが?」

 

 もう一度、聞いてみる。

 

「分からない。けど、質が悪くても矢の準備は大変だ」

「……どこから調達したか、か?」

「あるいは、短時間で粗雑とはいえ矢を大量に作れるほど人数が多いか」

 

 シノブは、まるで身を守るかのように、再度ローブを手繰り寄せる。まるで、決して誰にも姿は見せないとで言うかのように。

 

「馬もそうだ。どこから集めたのか……」

「野生馬を集めた。そう考えていたが……」

 

 ふと、街を見る。正確には、その一か所――商業特区。

 

「商人、か?」

「……ハウゼン卿ならもう気が付いていそうだが」

 

 顔は見えない。だが、なんとなく、シノブも同じ方を向いている気がした。

 

「「当たってみるか?」」

 

 

 

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