入学式から1週間を過ぎていよいよ大洗女子学園戦車道は新履修生を迎える時期となった。オリエンテーションや見学会の反応もよく新入生が来ることは疑いようがなかった。しかし…
戦車倉庫と隣接されたプレハブ小屋。ここは戦車道用のミーティングルームである。今ここに西住みほ隊長が一番奥の席に座り、その左右に先日副隊長に任命された金髪ショートカットにドイツ軍帽を被りコートを羽織ったエルヴィンと室内唯一の2年生で茶色がかった髪色の澤梓が座り、各車の車長として体操服姿に濃茶のショートカットの磯辺典子(アヒルさん)、赤いマフラーがトレードマークのカエサル(カバさん)、猫耳をつけ長い髪と分厚い眼鏡で表情の分かりにくいねこにャー(アリクイさん)、新風紀委員長の腕章を着けた黒のおかっぱ頭のゴモヨ(カモさん)、作業着に茶髪のボブカットとそばかすが特徴のツチヤ(レオポンさん)がテーブルに座り、秋山優花里がみほの後方に取り付けられたホワイトボード前に立っていた。
「戦車道履修者の増員は疑いようがありません。独自アンケート調査によるとすでに20人近くの生徒が選択希望しております。」
人が集まるに越したことは無い戦車道。今年度まずまずのスタートであるが…
「しかしグデーリアン、全員が残るとは限らんぞ。」
カエサルの指摘はもっともだった。ちなみにグデーリアンとは優花里のソウルネームである。仮履修期間後正式に残るのは何人だろうか。実際に戦車道を始めて理想と現実のギャップから辞めてしまう人も考えられるが…。
「そこは私達がどれだけフォローして真剣にさせられるかです。」
質問に答える優花里。前回は履修者への大きな特典や生徒会の魅力的な煽動(プロパガンダ)、そして後に明かされる廃校の危機もあってメンバーは抜けることなく戦い続けた。今年度は特典も廃校の危機もない。背負うものが少ないに越したことはないがそれで人が集まらなければ話にもならない。出来ればいなくなった人員の補充と新戦車の乗員は確保したいところである。そんな中で優花里は朗報を報告した。
「元生徒会広報担当代理佐上円香(さがみまどか)さんと元ヘッツァー臨時装填手だった真那園江(まな・そのえ)さんをスカウトしました。お2人とも履修を了承しておりますのでカモさんチームへの編入を予定しております。」
佐上円香、愛称サド香と真那園江、愛称マゾ江は以前ヘッツァーの装填手兼砲手だった生徒会広報担当河嶋桃がアンツィオ高校に拉致された際に臨時で広報と装填手をそれぞれ担当していた学生である(もっとらぶらぶ作戦です第3巻「続・アンツィオ日和」参照)。とくにヘッツァー装填手の経験があるマゾ江が来てくれることに一同安心した様子を見せる。それにカモさんチームのルノーB1bis重戦車は本来4人乗り車輌であるのでより分担しての行動で負担の軽減と戦力の向上が見込まれた。
「履修生確保に関しては順調ですが、目下の問題は今後活動する上で必要になってくる整備などであります。現在はツチヤ殿に頑張っていただいておりますがこのままでは大会に出ても整備や修理が追い付かなくなると予想されます。」
この問題こそが実は大洗戦車道現段階での最重要課題である。
「私達もお手伝いしていますが本格的な対策となると素人では手に余ります。」
優花里の指摘に梓が続く。当の自動車部新部長のツチヤが口を開く。
「ま、正直に言うと素人レベルがいきなり本格的な整備に回ると間違いなく怪我するからやめといた方が無難かな。」
「自動車部の新入生はどうなっている?」
エルヴィンからの質問にツチヤは首を左右に振って答えた。
「一応見学や仮入部希望はいくつか来てるんだけど、戦車道に参加とその整備が付いてくるって話したら及び腰になっちゃって。」
「あ、あの…その…が、外部に依頼することはできませんかな?」
少しずつ小声になりながらねこにゃーこと猫田が質問すると
「業者に依頼できるほどの余裕は我々には無い。」
ねこにゃーの隣に座るカエサルの指摘に数人がため息をつく。とどのつまりはそこなのだ。他校ならば専門の整備部がいたり、業者に依頼している。黒森峰に至っては自前の工場まで存在している。大洗が戦車道のおかげで存続でき、前生徒会長の角谷杏からは次代の会長に戦車道のバックアップを厳命し、地元からも寄付や募金を県を通じて行われているがまだまだ潤沢には程遠かった。ともかく現状でできることを優花里が提案する。
「それを言っても仕方ありません。自動車部では引き続き新入生を募集して当面は我々がツチヤ殿のバックアップをしつつ方法を模索しましょう。」
「ところであの新しい戦車はどうなりました?」
「センチネルは完璧です。先日の夜に行った夜間テスト走行も無事終了しました。新入生用の新戦力となると思われます。」
続いてゴモヨから出た質問に優花里が答える。センチネルは無事整備を終えていた。速力は最高時速43㎞と改良されておりクルセイダーに匹敵する脚(本来のセンチネルは最高時速39㎞、クルセイダーは最高時速45㎞)、57㎜6ポンド50口径砲もクルセイダーやチャーチル並みの攻撃力を持っている。大洗期待の新戦力である。
「そもそもあの子は保存状態がとても良好だったからそんなに手はかからなかったよ。梓ちゃんやねこにゃーさん達が手伝ってくれたし。ありがとね、助かったよ。」
「いえ、副隊長としても色々勉強しないといけませんし…。」
「ぼ、僕はその…て、手先は器用だから…何かに役立てたいなと…。」
梓は少し照れながら、ねこにゃーはうつむき両手の指でもじもじとしながら返す。
「2人ともありがとうございます。」
みほの感謝の言葉にさらに2人は照れぎみになる。
「しかし、なぜあの戦車はあんなところに?」
カエサルが出したのは皆の疑問だった。戦車に関する記録が少ないのも気になる。使えるものなら使いたいのだが個人の持ち物である可能性も考えられなくもない。
「それに関しては事情を知ってる方に心当たりがあります。」
みほの言葉に全員が目を向けた。
その日の放課後…
「いらっしゃい!さ、上がって上がって!!」
「お邪魔します。」
「失礼致します。」
みほと優花里は冷泉麻子の家から通学路途中に住んでいるとあるお婆さんの家をたずねていた。
「それで?私に何を聞きたいの?」
お茶をちゃぶ台に三つ用意して2人にすすめるお婆さん。彼女の名前は月江さん。実はかつて大洗女子学園で戦車道を履修していた人物で国際交流戦のメンバーでもあった。
「はい、実は先日新しい戦車が学園艦内の閉鎖区画で発見されまして。」
「学園内の資料にはほとんど記録が残されてないんです。それで月江お婆さんなら何か知ってるんじゃないかなって。」
優花里が今回たずねた理由を話してみほが続く。2人の言葉を聞いた月江は目を丸くした。
「おやまぁ、まだ戦車が残ってたの?」
「はい、こちらです。」
優花里がケータイで撮影した巡航戦車センチネルを見せると。
「!!」
月江は驚き、そして一旦ケータイをちゃぶ台に置いて改めて眼鏡をかけてから今一度画面を見た。
「…センチネル。」
月江の口から出てきた言葉にみほと優花里はお互いを見て頷いた。
「やっぱりご存知なんですね?」
優花里の質問に月江は嬉しそうに頷くと両目を閉じた。端からもそれは過去を懐かしみ、その情景を呼び起こそうとしていることが見てとれた。
「まだ残ってたのね…。」
そうポツリと漏らす。みほはその瞼の裏に浮かび上がったものが何なのか問いかけた。
「お話ししていただけますか?」
「…この戦車が大洗に来たのは今からそう…49年前。私が18歳の時だったわ。」
49年前、当時月江お婆さん達大洗女子学園戦車道一同はオーストラリアにて親善のためにメルボルン大学付属高校戦車道とのエキシビションマッチに参加していた。その2年前と前年にアメリカのアンリミテッドクラスでの親善試合にて見事勝利をおさめたことで日本戦車道の名は世界の関係者達の間で一躍有名になっていた
その試合の終盤、海岸地帯での戦いで月江が指揮する五式戦車が放った一撃が自分達より一段高い位置にいた敵車輌センチネルの足元に着弾。続いて僚機の砲撃によって白旗が上がった。しかし…
「危ない!」
白旗が上がったセンチネルの足元が崩れた。車輌は撃破判定のため動くことが出来ずにバランスを崩した。
「ああっ!?」
月江はそのままセンチネルが斜面を滑落して行く様を見た。途中回転を挟みつつ海へと落ちてしまう。
「いけない!」
月江はすぐさま戦車を飛び出し駆け出した。
「ロープ用意して!牽引ワイヤーも!!」
「信号弾撃て!!」
「命綱下さい!自分が追います!」
残された2両の戦車が運営に事故を知らせ月江をサポートするべく迅速に対応する。こうしている間にセンチネルはどんどん沈んで行く。
「はぁっ!!」
気合いを入れて月江は海に飛び込み数メートルを泳ぎセンチネルのキューポラに立つと膝上くらいで水位は止まっている。どうやら沈みきったらしい。月江は車長が出入りするハッチの蓋に手をかけた。だが水中では陸上とはまるで重さが違う。女子高生1人の力では開かない。急がなければ乗員達が水死してしまう。
「隊長!!」
命綱を持った五式戦車の装填手が追い付いた。
「手を貸して!」
「はいっ!!」
2人がかりで取っ手を掴み渾身の力で開く。どうやら内部もほぼ水没しているようだ。
「早く!!」
月江が叫び、2人でまず蓋の真下にいた車長を引っ張りあげる。さらに月江が命綱を片手に車内に潜る。追い付いた応援も加わり総出で月江が車内で命綱を結んだ救助者を引っ張る。潜った彼女は限界まで息を止めて引っ張られる救助者を支える。
「運営のレスキューが到着した頃には、センチネルの乗員5人全員を引っ張り出して介抱していたわ。」
そして月江は一服のお茶を啜ってさらに続ける。
「どうやら全員落下した時の回転で気絶したらしくて自分達で脱出できなかったの。」
「…」
「…」
月江の話を聞いていた優花里が無言で隣に視線を向けるとみほが目を見開いて固まっていた。
「彼女達はすぐに病院へ運ばれて、皆意識をすぐに取り戻したわ。幸い後遺症もなく皆五体満足だった。翌日お見舞いに行ったら皆して涙を流してねぇ。」
そこまで言うと月江はみほに顔を向けて口を開いた。
「西住さん、あなたは黒森峰で川に落ちた戦車の乗員を助けたんですってね?」
「…はい。」
みほにとって忘れることの出来ないことだった。2年前の高校戦車道全国大会決勝戦、プラウダ高校対黒森峰女学園。悪天候の中川沿いの道であやまって川へと落ちたⅢ号戦車を助けようとみほはフラッグ車を飛び出した。乗員は救助できたが、川から上がったみほが目にしたのは白旗が上がったフラッグ車であった。黒森峰が十連覇をかけた試合はこうして幕を下ろした。
「あなたとは立場も情況も違うけれども私はこう思うの。人の命を助けるのに何の躊躇いがあるの?誰かの命を踏み台にして得る勝利はスポーツじゃない。」
そう言いきると少しの間ができた。みほと優花里はその言葉をゆっくりともう一度頭の中で繰り返す。
「人それぞれの意見はあるけれど、少なくとも私はあなたの行動は間違っていたとは思わないわ。」
「月江お婆さん…。」
「あのお見舞いの時に見た彼女達の泣き笑いの顔を見れば、試合を中断してしまった時のことなんて吹っ飛んだわ。」
そう言われてみほは思い出す。
『私、西住さんが大洗で戦車道を始めたって聞いて、嬉しかったです!』
去年の戦車道全国大会決勝戦前にあの時助けたⅢ号戦車に乗っていた赤星小梅にかけられた言葉がみほの頭の中で再生される。小梅は助けてくれたのもあるだろうから礼は当たり前だ。しかしみほが行動していなければ生命の危機だったのかもしれない。そしてあの時の事があったから自分の戦車道があると今なら言える。また大先輩でもある月江お婆さんから伝えられた言葉にさらに自分は間違っていなかったと思うとみほの目から涙が一筋こぼれた。
「…月江お婆さん…ありがとう。」
「ふふっ、あんまり泣いてるとべっぴんさんが勿体無いよ。話を戻すけど、日本へ帰るときに相手チームの子達がやって来てセンチネルを私達にプレゼントしてくれたの。」
「戦車1輌丸々ですか!?」
月江の言葉に驚く優花里。月江は頷いて続けた。
「私達から贈る友情と感謝のしるしだって言ってたわ。」
なんと気前の良い話だ。これが欧米の感覚と言うものなのだろうか。
「それで、センチネルは出場できるの?」
今日何度目かの驚きを感じていたみほと優花里に月江はたずねた。直ぐ様復旧したみほが返す。
「は、はい!協会の審査は無事通過しました。」
「来月練習試合でお披露目します!」
「そう!通過したのね!」
優花里が補足すると月江は感慨深げに頷いた。
「あの…センチネルを試合には一度も出さなかったんですか?」
「そうなのよ。と言うか出せなかったのよ。あの戦車は主砲と他に一部改造が施されてるのが原因で当時の規定に通らなかったの。」
「そうだったんですか。」
通りで試合に出たりした記録が無いはずである。戦車道規定のために当時出場できず練習にしか活用出来なかったのだ。
「海外ではあれくらいの改造は普通なんだけど…。結局私達はあの子を後輩に託すことになった。それからやっと許可が下りた頃に戦車道が廃止になってしまったの。」
「でも、使える戦車は全部売り払ってしまったと…。」
確か昨年度の準決勝の折、前生徒会長の角谷杏は使える戦車は全て売り払われ、自分達が使っているのは売れ残りになった物だと発言していた。
「当時最後の履修者と生徒会達の計らいでなんとか売却は免れたの。ただその後どうなったかまでは私達は知らされなかったわ。多分紛失か何かしらの理由をつけて隠したんじゃないかしらね?」
どうやら過去にも杏と同じ考えで戦車を守った人物がいたらしい。大洗女子学園とオーストラリアの高校との友情の産物、値段なんてつけるものではない。そしてみほは結論着けた。
「それがたまたま見つかったんですね。」
「あの子の活躍、夢のようだわ。必ず試合は見に行くわね。」
「はい!」
「ぜひとも来て下さい!」
月江が見に来るのなら全力で試合にのぞむのは勿論、センチネルの華々しいデビューを飾らねばなるまい。2人は力強く答えた。
「これでまた大洗はまた強くなるわね。」
「そうですね、戦力は上がりますが…。」
月江の嬉しそうな言葉に優花里が少しテンションを落として答えた。
「あら?何かあったの?」
その様子から月江は何かを感じ取った様だ。どうにも優花里はこういったことが顔に出てしまうタイプらしい。
「あ、その…」
「だ、大丈夫ですから。」
少しきょどる優花里をみほがフォローする。しかし月江は優しく問いかけた。
「何か困ったことがあったなら、自分達で抱え込まずに誰かに聞いてもらえば解決するかもしれないよ。私はもう戦車道はできないけど、何か役に立てるかもしれないでしょ?」
月江の好意が2人の心に響く。
「実は…」
みほが現在問題となっている整備について話した。なんとかしなければ全国大会で大きな足枷となりうることであることは月江にもよくわかった。
「なるほどね…。整備の人手不足。」
そう言って笑みを浮かべる月江。何か良い案があるのだろうか?
「2人とも学園七番通りの裏にあるアミーゴってスナック知ってるかしら?」
みほと優花里は首を左右に振った。唐突に何を言うのだろう?
「聞いたところによるとそこのマスターは立花さんと言って、昔自衛隊で戦車の整備をしていたそうよ。」
月江の口からもたらされたのは2人にとって思わぬ情報であった。
翌週月曜日 大洗女子学園
「新履修希望の皆さん、私が隊長の西住みほです。」
ついに迎えた新入生を迎える日。戦車保管倉庫前にて新履修生が集まっていた。その数約30人である。初めてみほ達がここに集まった時の倍近くである。
「まず本日は諸君らに我々が使っている戦車の説明と一通りの訓練に参加してもらう。」
みほの左隣に立つエルヴィンが続く。ちなみにここにいるのは隊長のみほ、副隊長のエルヴィンと梓、優花里に冷泉麻子、五十鈴華、武部沙織、各車の車長、そして教官補佐の駿河三枝(するが・みえ)三等陸曹である。他のメンバーはそれぞれ室内での訓練やロードワークに行っている。
「では皆さんの気になる戦車へと自由に向かって下さい。それぞれの車輌の特徴や動かしかたなどを説明いたします。」
セミロングの黒髪、自衛隊の迷彩戦闘服にキャップ姿の駿河教官補佐の声で全員が倉庫内の戦車を目指す。ちなみに彼女は優花里と同じく戦車マニアである。
「では皆さん、説明よろしくお願いします。」
新入生達はこぞって戦車へと群がる。果たしてこの中から何人が残るのか。それとも誰も残らないのか。それはみほ達の双肩にかかっていた。
ついに大洗戦車道は新たな幕を開けました。頑張って力を合わせて走り出します。
今回はセンチネルについて触れましたがこの月江お婆さんはアンソロジーコミックで語られたエピソードを脚色しています。アニメでは聖グロリアーナとの練習試合の朝に走るⅣ号に声をかけたお婆さんです。
そして次回は整備員確保のため葵が動きます。さらに練習試合が決まります。果たしてその相手は…
次回・練習試合決定です!