真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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34:蜀/食休みにはご用心③

66/突撃、貴方ン部屋

 

 結局、麗羽と美以が部屋へと入り、特に何をするでもなく平和な時間を───過ごせるわけもなく。

 風呂に入らせてもらい、服を寝巻き(借り物)に着替えて部屋に戻ってきたあたりで、既に平和なんて言葉は吹き飛んで無くなっていた。

 美以が麗羽を軽くからかってしまったために言い争い祭りが開催された。

 祭りというのも、その騒ぎを聞きつけた猪々子と斗詩が(麗羽が心配だったらしい)駆けつけ、部屋に入っていく二人を見た趙雲さんがこれは面白そうだと仲間(愛紗)を呼び、そこからぞろぞろと人が増えて……現在に至る。

 

「へー、お姉様ってば真名許したんだー。あれだけ渋ってたくせにー♪」

「うぅうううるさいなっ! あの時だってお前が妙にけしかけたりしなければ、もっと早くに……!」

「え? そうなの? そうなんだー、へーお姉様ってば大胆ー♪」

「ばばば馬鹿っ! 違っ……ななななに見てんだよ一刀!」

「いや、可愛いなぁって……」

「○※★×◆▼!?」

 

 この状況の中にあって、そうやって騒げる姿が羨ましい。

 なんでだろうなぁ……どうしてこんなことに……。

 

「なぁみんな……そろそろ自分の部屋に───」

 

 みんな……そう、今この場には蜀の将のほぼ全員が居る。

 その数は相当なもので、部屋はぎゅうぎゅう詰めにもほどがある。

 だというのに器用に座ったりつまみと酒を用意して酒盛りしたりと、無駄に逞しい。

 

「ごめんなさいね、弓を教えてあげられなくて。翠ちゃんに聞いたんだけど、大変だったでしょう?」

「いえ、これはこれで勉強にはなりまし───って、あれ? 黄忠さん? 今、話逸らしました?」

「ふふふっ……」

 

 穏やかな笑みではぐらかされた。出て行くつもりはないようだ……みんな。

 そりゃあさ、部屋を借りている身だから、みんなが翌日に支障がないっていうならそれでいいんだけどさ。

 

「焔耶ちゃんはお兄さんに許したりとかは───」

「とんでもない、そんなことは有り得ませんよ桃香さま。今日までこの男の行動を監視してきましたが、わかったことといえば───いちいちやること為すこと桃香さまに似ていてもやもやするということのみです。困っている民を助けたり、将の仕事の手伝いをしたりと、それはもうもやもやするのです───って桃香さま!? 何故落ち込んでおられるのですかっ!?」

「……焔耶ちゃん、私のこと嫌い……?」

「それこそとんでもないっ! ワタシは桃香さまのためならたとえ火の中水の中!」

「そのまま沈んで浮いてこなければいいのに」

「蒲公英貴様っ! ワタシと桃香さまの会話を邪魔する気かっ!!」

 

 そして始まる口喧嘩。

 あはは……と苦笑いを浮かべる桃香を横目に、俺はといえば……

 

「この状況ってさ、いろいろどころか相当にマズイと思うんだ、俺……」

「耐えてくれアニキ……あたいも見てて辛い……」

「でも貴重といえば貴重だよね、文ちゃん」

 

 きっかけはもちろん最初。部屋に訪れた麗羽が、寝台に座った俺の膝の上に乗ってきた美以に、あー……美以を、かな。羨ましがった、でいいんだろうか。

 きっかけがそれだとして、今現在どうしてその麗羽が俺の膝の上で眠りこけているのかは、きっと深く考えたらいけないことなのだ。

 最初こそ美以の真似をして、寝台の上に胡坐をかく俺の上へと乗っかってきた麗羽だったが、なんかちらちらと自分の肩越しに俺を見るもんだから、なんとなく華琳にやるみたいにお腹に軽く腕を回し、もう片方で頭を撫でていたらいつの間にか眠ってしまっていたのだ。

 訂正するなら、華琳の頭はおいそれと撫でられないので、撫でていたらっていうのはちょっと違う。

 

「けど、こういう寝顔を見てると……やっぱりみんな、甘えられる人が欲しいのかなって思うなぁ……」

「? おかしなこと言うなぁアニキ。麗羽さまなら常に甘えてるじゃん」

「誰々にこうしろーってする命令的な甘えじゃなくてさ。こうして、誰かによりかかることで安心できるって意味の甘えのことだよ」

「んー……なぁ斗詩? アニキの言ってるのって何が違うんだ?」

「あはは、えっとね、とっても簡単なことなんだよ。ただ本人が気づけるか気づけないかが難しいだけで」

「?」

 

 斗詩の言葉に首を傾げて、近くに居た鈴々をとっ捕まえて同じ質問をする猪々子。

 ……首傾げ病が伝染した。

 そんな様子が可笑しくて、小さく笑いながら麗羽を膝から静かに下ろし、寝かせる。……その横では既に美以が寝ている。

 意外と大きい寝台ですうすうと眠る彼女の頭を軽く撫でてから、じゃあ実践をと猪々子に手招きをして、膝枕を実行。

 

「……なぁアニキ、これが甘えになるのか?」

「深呼吸して、余計な力を抜いてみて」

「……? すぅ……はぁ……」

「で、こうして今膝枕をしている相手が、見ず知らずの男だって想像してみるんだ」

「うえっ、それなんかやだっ!」

 

 バッと起きようとする彼女の頭をきゅっと抱いて、ゆっくりとまた膝へ。

 そうして目を見下ろしながら言ってやる。

 

「つまりさ、本当の甘えっていうのは多分……信頼も多少はないと出来ないってこと。命令だけなら甘えじゃなくても出来るだろ? 多少でも信用してるから、こうして頭も預けられるし、安心していられる。……まあ、ゴツゴツした足で申し訳ないけどさ」

 

 言いながら、包帯が巻かれた手で猪々子の頭を撫でる。

 せめて気分だけでも安らぐようにと、軽く氣を込めて、やさしくやさしく。

 

「ふわー……驚いたなぁ。あたいが認める膝枕は、斗詩以外にはそうそう無かったのに」

「お気に召しましたか、お嬢様」

「っへへー、うむ、くるしゅーないぞー」

 

 しししと笑い合いながら、撫でていた手を止めると猪々子が起き上がる。

 結構お気に召してくれたようで、「また今度頼むー」と笑顔で言っていた。

 ……さて。軽薄なことをしたとは思わないものの、他人から見たら軽薄なんだろうか。

 じとーと周囲の皆様に見られているような気がするんだが、それを確認するより先に鈴々が膝の上に頭を置いてきた。

 むしろこの場合は飛び込んできたって言うべきか?

 

「こ、こらこらっ、隣で麗羽が寝てるんだから、あんまりどたばたしないっ」

「えへへー、お兄ちゃん、なでなでしてー?」

「……はぁ」

 

 言われるままに頭を撫でる。

 キミの無邪気さにはいろいろと助けられているって感謝を込めて。

 まあその、はは……鈴々自身から与えられる苦労もいろいろあったりするけどさ。

 自分の思考に苦笑をしながらも撫で続けると、鈴々までもがくかーと寝てしまう。

 ……俺の手って睡眠誘発効果でもあるのだろうか。と、ここでてこてこと横に歩いてきた恋が服を引っ張って……あ。陳宮が鈴々を転がして……足の上が軽くなった。や、友達を助けるのは当然のことです、って胸張って言われても。

 

「…………じゃあそれに感謝するのも当然だよな」

「ほえ? ぅゎ、なぁーっ!? ななななにをするですおまえーっ!!」

「膝枕」

 

 言葉の割りにあまり抵抗らしい抵抗がなかったが、ともかく膝枕。

 小さな頭をやさしく撫でて、なんだかんだといろいろ気を使ってくれる友達に感謝を。

 しばらくぶちぶちと文句を放っていた口が、やがて口数を減らしていくと……規則正しい呼吸だけが聞こえるようになった。

 

「わっ、もう寝ちゃった」

「そう言いながら次は自分がってスタンバイしてる桃香さん? なにやってるんですか」

「すたんば、ってなに?」

「いや、なんでもないけど……」

 

 服を引っ張っていた恋は、寝台の中心に座る俺の背中側に猫のように丸まって寝転がり、丁度伸ばしやすいところに頭があって、俺はそれを静かに撫でていた。

 顔を覗いてみれば、なんとも気持ち良さそうな顔をしていた。

 

「けどさ。みんな、一緒に騒ぐことが好きなんだな。一人来たらまた一人って、もう夜なのに集まって」

「うん。こうして何もなくても集まってると、なんだか家族みたいで楽しいよね」

 

 厳顔さんと酒を飲み、すっかり酒臭くなってしまった母から逃げるようにやってきた璃々ちゃんを、ひょいと抱き上げて桃香は言う。

 確かに……親はいろいろと大変なことになってるけど、こんな家族なら苦労しててもきっと楽しいだろう。

 

(家族か……)

 

 突然、親が作る料理の味を舌が味わいたくなる時がある。

 お袋の味っていうのかな……安心できる味が、こう……恋しくなる。

 当然この大陸にそんなものがある筈もなく、時折に自分で作ってみては、そこに届いてくれない味に落胆する。

 味を似せることは出来るのに、どうしても一味が足りない。

 そこにはやっぱり、親でしか出せない味や、台所仕事を極めた者にしか出せない味ってものがあるんだろう。台所の覇王か……どれだけ上手くなっても、あの味を出せるのはきっと母さんだけなんだろうな。

 

「で、陳宮をどかして何をいそいそと寝転がっておりますか、蜀王さま」

「だ、だってー……ほら、みんな気持ち良さそうだったから……だめ?」

「…………いや。そうだよな、甘えていいって言ったのは俺なんだから」

「あはっ、やったっ」

 

 笑みをこぼしながら、璃々ちゃんを抱いたまま俺の膝に頭を乗せる桃香。

 その頭をやさしく撫でながら、部屋の中を見渡した。

 ……その様、まさに地獄が如く。

 宴会っぽくはあるのに、何処かで必ず喧嘩が起こっている。

 ほら、今も視線を動かせば、厳顔さんと黄忠さんが“どちらが飲んでいられるか”を勝利の標として酒を飲みまくり、その横では蒲公英と魏延さんが言い争いを始めてるし、そのさらに横では何故か趙雲さんと、さっきまでそこで寝ていた美以との言い争い(ほぼ美以が騒いでいる)が。……寝てるところに悪戯でもされたんだろうか。

 その横では翠と猪々子がどうしてか腕相撲をやってるし、その横では詠と月が七乃と妙なゲームをやってて、近寄りがたい雰囲気を出している。笑顔なのに、怖い。

 

「本当に、ここは賑やかだな……」

 

 将の集いだけでもこんなに暖かい。

 騒がしいのに、それが嫌な騒がしさと感じられないんだから不思議だ。

 ……もっとも、巻き込まれた時は本気で怖い目に遭っていたりするから、巻き込まれには注意が必要だ。見ている分には問題ないんだよ、ほんと。

 

「……っと、桃香も寝ちゃったか」

 

 抱き締められていた璃々ちゃんも、もうすやすやと眠っていた。

 振り向いてみれば恋も。

 そんな彼女らに毛布を被せて回っている朱里や雛里、愛紗や斗詩に小さくありがとうを届けた。

 手伝いたかったけど、生憎と恋に服の背中側を、桃香にズボンを掴まれてしまっている。離させようとするとまるで万力が如き力を発揮して取れやしない。本当は起きてるんじゃないだろうか。

 

「お疲れ。飲むか?」

「え? あ、ああ、ありがと」

 

 と、掴む手を外しにかかっていると、はいと渡されるお茶。

 差し出していた公孫賛に感謝を届けると、お茶を受け取って軽くすする。

 ……不思議な味だった。

 

「悪いな、詠や月が淹れたほうが美味いんだろうけど」

「いや、不思議な味だなって思っただけだから」

 

 一言で言うと……普通? これだけ普通の味を出せるなんて、中々出来ないだろ。

 そう、普通なんだ。まるで日本で一般的に飲むような軽いお茶の味。

 そうなると懐かしいような嬉しいような。

 

「………」

 

 それは“お袋の味”とはかけ離れたものだったけど、無性に何かに対してありがとうを言いたい気分だった。

 郷愁に襲われたら、公孫賛を頼ろう。

 故郷の味は、自分じゃなく他人の手でこそ味わいたい。

 身勝手な話だけど、自分じゃあどうやっても自分の味覚に里の味を与えられない。人間って多分そういう生き物だろうから。

 

「……公孫賛」

「うん? どうかしたか?」

 

 寝台に腰掛けながら茶を飲む公孫賛が目をぱちくりとさせ、俺を見る。

 そんな彼女へと、心と体に染み渡る普通のお茶を飲み乾してから心からのありがとうを送った。

 心を救われた気分だと。暖かなお茶だったと。

 

「へ? あ、うう……あんまり褒めるなよ……こっぱずかしくなるじゃないか。ていうか普通に詠のお茶のほうが美味いだろ」

「いや、この味、天の味に似てるからさ。帰ろうと思って帰れる場所でもないし、似た味があって、しかもそれを味わいながら“はぁ……”って安心できるものなのが嬉しくて」

「……そ、そっか。そうなのか。あ、お代わりいるか? いるなら淹れるぞ?」

「ごめん、この一杯でいいや。味に慣れるのがちょっと怖い。味わいたくなったらお願いしに行くから、その時に淹れてくれると嬉しいんだけど」

「ああ、それくらいならお安い御用だ。いつでも言ってくれよ、それまでに少しは腕を磨いておく───」

「いや。是非ともその腕のままでいてくれ」

「……いや、ああ……それがいいっていうならいいんだけどさ。なんか複雑だなぁ」

 

 腕を磨くって言っている人に“そのままでいい”っていうのは酷いね、うん。

 自覚はあるんだけど、どうしてもこう……なぁ。

 

「けど、北郷も中々手が早いよな。翠と美以に真名を許してもらったなんて」

「手が早いとか言われるとこっちも複雑だ……。でも、嬉しいよな、信頼してもらえるのは。友達になれるだけでも十分だって思ってたのに、それ以上の“嬉しい”があった。今まで天で生きてきて、こんなに深い“信頼”があることさえ知らなかったんだ」

 

 信じるもののために命を懸けられる人が居る。

 その人が目指す先を信じて、最後までともにあろうとする者たちが居る。

 信じる人が居て、信頼を向けられる人が居て。

 いつの間にか俺も、そういった信頼ってものを向けられる存在になっていた。

 それは時に重荷にもなって、状況によっては心を潰しかねないとてもとても怖いものにさえ変化した。

 そういった現実から逃げ出さなかったのは、そんな自分よりも重いものを、そんな自分よりも数え切れないくらいの信頼を背負った人が居たから。

 そんな人が自分を信頼してくれていたから。

 利用価値があるまではって約束でも、最後まで隣に居させてくれたから。

 

「天には真名が無いんだったよな。北郷はなんて呼ばれてたんだ?」

「かずピー」

「……へ?」

「かずピー。悪友によくそう呼ばれてた。一刀だからかずピー。ピーが何処から来るのか知りたいくらいだ」

「それは名前とは別の……字なんじゃないのか?」

「愛称だよ、愛しくもないけど。公孫賛のことを“賛ちゃん”って呼ぶのと変わらない」

「さんちゃっ───!?」

「? 良かったらこれからそう呼ぶけど」

「全力でやめてくれっ! こっぱずかしいにもほどがあるっ!」

「そ、そうか?」

 

 いいと思ったんだけどな……賛ちゃん。

 ちゃん付けで呼ぶ相手って璃々ちゃんくらいだろうし、新鮮な気持ちを味わえると思ったのに。

 

「私のことは今まで通り公孫賛で…………いや。そーだな、北郷の人となりなんてわかりきってるし……北郷」

「うん?」

「白蓮。私の真名だ、そう呼んでくれ」

「え……ど、どうしたんだ急に。まさかお茶に酒でも───」

「入ってない入ってない……っていうか酔っ払ってるように見えるか?」

 

 苦笑をもらしての否定だった。

 なんとなくこういった反応を予想していたのかもしれない。

 

「ああ、特にこれって理由は無いぞ? 私は北郷のこと嫌いじゃないし、悪いヤツじゃないことなんてわかりきってることだし」

「………」

「そこでそんな不思議そうな顔するなよ……。授業のやり方だって教えてくれたし、天の授業も教えてくれた。民にも兵にもやさしいし、動物にもやさしい。ほら、理由を挙げろっていうならぼろぼろ出てくるだろ」

 

 そんなことを薄く笑いながら言われた。

 ……授業以外では特にこう、自覚がないのだから違和感がふつふつと。

 普通に接してるつもりだから、やさしいとかは違うと思う。

 でも断るのも違って、俺に許してくれると言ってくれた彼女に悪いとも思った。

 

「……いつか絶対にお人好しってことで苦労するよ、白蓮は」

「苦労ならとっくにしてるよ。その苦労のお陰でこうして家族みたいなやつらが出来たんだ。辛いことばっかり思い返してないで、前を向く時は笑ってなきゃな」

「…………ん。そっか、そうだよな」

 

 なるほどって言葉がそのまますとーんと胸に落ちた。

 マイナスをプラスに受け取れる日が来るには、きっと随分と時間が必要だ。

 麗羽に攻め入られ、兵を削られたっていうマイナスを背負ってしまった彼女が笑顔でそれを言えるまで、きっと時間が必要だったことだろう。

 そんな彼女が今言った言葉は、本当にあっさりと胸に染み入った。

 この世界に学ぶことなんて、まだまだたくさんある。

 その中でじいちゃんやこの世界を精一杯に生きる人の言葉を、俺はきっと忘れないのだろう。刻み込んだ言葉はけっして。

 それでももし忘れてしまうようなことがあったなら、何度だってこの地、この大陸に学び、返していこう。

 

「? あ、ありがと」

 

 そんな風にしてこれからのことを考えていると、ひょいと横から差し出される飲み物。

 それをぐうっと一気に飲み込むと、お茶の爽やかな味───じゃなく、喉や鼻をツンと刺激するお酒独特の味わいが……ってお酒だよこれ!!

 え? そういえばこれ、どうして横から!? 公孫賛、じゃなかった白蓮は視線の先に居るわけだし、じゃあ横には───二人の魔人がいらっしゃいました。

 

「おうおう御遣い殿ぉ、女を侍らせてご機嫌だのぅ」

「あらあら、一度にこんなに相手しちゃうなんて、魏の種馬の名は伊達じゃないわねぇ」

 

 魔人の名はそれぞれ厳顔、黄忠といった。横に向けた視界の先の、ぐでんぐでんの酔っ払いを指します。

 常に笑みが絶えない。常時ご機嫌のようで、一気に飲んでしまって空になった容器に、勝手に追加をってちょっとちょっとォオオオ!!?

 

「さ~あ御遣い殿、お主の男前っぷり、存分に披露されませいぃい~っ! ふはっ……はーははははは!!」

「うふふふふ、ふふふふふふ……」

「イ、イヤ、僕モウ寝ナイト……」

「うんん? わしらのような年寄りには付き合えんというのか?」

「ぐっ……いや、そんなことは断じてないし、年寄りなんて思ってないよ」

「まあ……じゃあ付き合ってくれるのね~……♪」

「うわっ!?」

 

 白蓮と同じように、きしりと寝台の端に座った黄忠さんが、俺の頭を引き寄せ胸に埋め……うぇええーっ!?

 やっ、いやっ、ちょっ……ははははは離っ……!? 離してくださいお願いします! そっちとしては何気ない動作でも、こちらには大打撃と言いましょうか、とにかくまずいのです!

 いや、こんなこと考えてる暇があったら手を使って強引に離れる! さもなくば俺の中の獣が───あ、あれ? 手が動かない……って恋!? 桃香さん!? 掴む位置ズレてません!? どうして袖掴んでるの!? しかもどれだけ引っ張っても離してくれないし!

 って黄忠さん!? 頭撫でるのやめませんか!? じゃなくて体勢変えさせて無理矢理酒飲ませようとしてる!?

 

「やっ! ちょっ、待って! 厳顔さん! 黄忠さん! 正気に、正気にっ……助けて白蓮! たすけてぇええ!!」

「ええい堅苦しいっ、桔梗でよい、そう呼べっ!」

「だったらわたくしのことは紫苑と、そう呼んでくださいね……? うふふっ」

「うふふじゃなくて! 俺が言いたいのはそういうことじゃなくて!! ていうかこんなべろんべろん状態で真名許されて、もし二人が覚えてなかったら俺殺されるでしょ!? 三回も四回も真名のことで刃を向けられるなんて状況、勘弁してほしむぐぅっ!?」

 

 喋ってるうちから酒を徳利ごと突っ込まれる。

 この世界でどれだけの人が手間隙(てまひま)かけて物を作っているかと知っている俺にとって、自分が飲みたくないからって理由で食べ物を無駄にすることは最低行為。

 だから飲むしかなかったわけだけど、突っ込む量と肺活量とか少しは考えて突っ込んでくれませんでしょうか!?

 恋と桃香に腕の自由を奪われてるから徳利を掴むことは出来ないし、下を向こうにも黄忠さんにガッチリロックされてるし、もうどうしろと───つーか溺れる! これ溺れる! 黄忠さんあんまり圧迫しないで! 鼻が、鼻が詰まる!

 あ、愛紗、助け……げぇっ! 既にお潰れになってらっしゃる!

 そんなまさかっ、白蓮と軽く話していたうちになにがあった!? って言ってる傍からその白蓮が厳顔さんに襲われて───あ、あ……あー……オチた……。

 

「けほっ! ごっほげほっ! ちょっ……ふ、二人とも、はぁっ、おち、落ち着い……!」

 

 なんとか徳利の中身を空にした俺は、それを口から落として喋ろうとしたんだが───呼吸困難で上手く言葉に出来ない。

 両腕が封じられている中、呼吸が安定するより先に再び徳利を突っ込まれ、俺はお酒に溺れるって言葉を別の意味で受け止め続けた。

 

……。

 

 ……そして朝が来る。

 どれだけ苦しくても、朝は来るのだ。

 見てくれ、この光景を。まるで地獄のようだ。

 ボードゲームのようなものをしていた詠と月と七乃は巻き込まれて気絶、蒲公英も魏延さんも床に伏せたまま動かず、他のみんなにもほぼ一様に同じことが言えた。

 幸運だった者が居るとするなら、早寝をした数人の女性たち。

 寝ていたお陰で厳顔さんと黄忠さんに襲われることなく、心地良さそうに眠っていた。

 で、そんな地獄で目覚めた俺はといえば……

 

「ヴ」

 

 散々と飲まされた酒のお陰で、すっかり二日酔いだった。

 それも相当にひどい。気持ち悪くて仕方ない。

 けれどとりあえずは窒息死しなかった人体に感謝を。

 

「……朝起きたら、大体水を求めてる気がする……」

 

 ひとまずは潤いが欲しい。

 そんなこんなで、恋や桃香に解放されていた服の皺を軽く整え、痛む頭と揺れる体に耐えながらも厨房目指して歩いた。

 よく“こんな日がいつまでも続けばいいな”って言葉を見たり聞いたりするけど、少なくとも今の俺は、こんな日は続いてほしくないと心から思えた。

 身がいくつあっても足りない……どうせやるなら酒抜きでお願いします。

 

 ……ちなみに。

 厳顔さんと黄忠さんは、その日も元気に自分の仕事をこなしていた。

 他の将のほぼがぐったりしているっていうのに、元気に激を飛ばすほどだった。

 それがまた頭に響いて、二人が酒を飲むときは極力近づかないようにしようと心に決めた、俺達なのでした。

 

  あ……真名のこと訊いてみるの忘れてた……。

  でもだめ、今日は無理……倒れたらそのまま動きたくないくらい辛い……。

 


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