真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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35:蜀/歪でも暖かなカタチ②

 作り終えてみればとっぷりと夜。

 饅頭作りはこれで時間がかかるもので、練って詰めて包んで蒸してをひたすら繰り返せばこんなものだろう。

 時間がかかった一番の原因はといえば、甘い匂いに釣られてやってきた将たちにあったんだろうけど。

 

「さすがにあそこで“みんなの分は無い”なんて言えないもんな」

「ですよね……」

「はい……」

 

 学校の授業が終わってからの作業続きで、雛里はお疲れのようだった。

 そんな雛里を気遣いながら、現在はといえば執務室に向かって歩いているところ。

 確保できたあんまんは一人二つほど。

 それも、俺が作った形が歪なやつしか残らなかった。

 だってみんな、形のいいやつばっかり持っていくんだもん。そりゃ残るよ。

 

「蒸かしたての蒸篭(せいろ)を持って歩くのは初めてかもしれない」

「あはは……持ち歩くのはさすがにしないですね」

「……、……」

 

 重ねた蒸篭を持つ俺を、朱里が見上げて小さく笑う。

 左隣の彼女はそうしながらも、俺の右隣を歩く雛里にも心配そうに視線を向けていた。歩きながら寝るなんてことはしないだろうが、頭がゆらゆら揺れ始めている。

 倒れることがないように、気を配ってはいるものの、手が蒸篭で塞がっているから咄嗟に助けることも出来なそうだ。出来たとして、蒸篭を顔面に押し付けることになりそうだから少々怖いです、はい。

 おぶることも提案したものの、顔を真っ赤にして思い切り拒否された。

 ……ちょっぴり悲しかった。

 

「はい、到着と。雛里、大丈夫か?」

「…………ふぁい……」

 

 とても眠そうだった。

 食べ始めれば眠気も飛ぶだろうか……そんなことを考えながら執務室へと入り、そのまま奥の部屋の前へ。

 もちろんノックは忘れない。大丈夫、失敗はそう繰り返さないさ。

 

「……返事がないな。まだ寝てるのかな」

「そうかもしれません」

 

 それでも怖いので、朱里に中を確認してもらうことに。

 寝惚けた意識で着替えをしてました~とかいう状況だったら、今度こそ首が飛びそうだ。

 

「まだ眠っているみたいです」

「そっか。どうしようかな……起こすのも悪い気がするし」

「でも、そうしないと時間を作っていた桃香さまに悪い気がします……」

「そうなんだよなぁ……っとと、雛里? ……あ」

 

 腰にとすんとした重み。

 見てみれば、立った状態のままに俺の腰に抱きつくように脱力する雛里が───って倒れる倒れる倒れるっ!

 

「とっ! はっ!」

 

 しがみつく力も意識もなかったのか、ずりずりと腰から倒れかけていた彼女を右手で支え、蒸篭は左手一つで持って……って熱ッ!! うわちゃあちゃちゃちゃちゃっ!! ちょ、置く場所! 置ける場所!

 

「とっ……とととっ……! は、はぁあ……!」

 

 右腕で雛里を抱え、小走りに机までを走ると、そこに蒸篭を置いて一息。

 くたりとお眠りになられたお姫さまを抱え直すと、そこには穏やかな寝顔だけがあった。

 

「寝ちゃって……ますか?」

「ん、寝ちゃってる」

 

 どうしようかと朱里と視線を交差させる。

 お姫様抱っこ中のお姫さまは規則正しい寝息を吐いてらっしゃるし、こんな時間だしで……食べてすぐに眠ることになるかもしれないのに、起こすのは気が引けた。

 だから……

 

「また今度にするか」

「今度……ですか?」

「うん。今度改めて、俺も朱里も雛里も桃香も万全な時に。四人一緒にさ、“この時間は空けておこう”って努力すれば、時間なんていくらでもとれるよ」

「…………」

「? ……朱里?」

 

 じーっと見上げてくる視線を返す。

 少しののちにこくりと頷き、笑顔になってくれる彼女に笑顔を返してから、じゃあこのあんまんはどうしようかって話になるわけだが……うーん。

 

「あ」

「あ」

 

 ピンときた。

 そういえば、厨房に来たのは将たちであって、今は侍女の役を担っている彼女たちは来ていなかった。

 朱里と合わせていた視線をそのまま頷きに変えて、何処に向かうかも伝え合わないままに出発準備。

 まずは眠ってしまった雛里を桃香と同じ寝台に寝かせ、魔法使いのような帽子をひょいと取る。さすがにこれを被ったままだと邪魔になるだろうし。髪留めも取っておこう。

 

(……こう見ると、別人だな)

 

 さらりと流れた髪を見ての感想。

 っと、ここでこうしていてもあんまんが冷めるだけだよな、うん。

 

「………」

「?」

 

 と、ここで妙な童心が突き動かされた。

 雛里が被っていた帽子をじーっと見下ろし、なんというか……うん、被った。

 

「はわっ!? か、一刀さん……?」

「いや、天に居た時からさ、一度こういう帽子って被ってみたかったというか」

 

 被り心地は……みょ、妙な……感じ?

 大きな麦藁帽子を被ったような、でも通気性はあまり感じられないで、次第に頭に熱がこもりそうな……妙な感じだ。

 しかしこう、手を前に突きだして呪文の言葉の一つでも叫びたくなる。それだけの童心がまだまだ残っている限り、いつか自分でやらかしそうで怖い。

 呪文といえばなんだろうか。手を突きだして叫ぶ言葉とはなんだろうか。想像してみても特に思い浮かばないので、こう、“ひょいざぶろー!”とでも叫んでおけばいいだろう。

 

「じゃ、行こうか」

「しょのままっ……はわっ……そ、そのまま行く気ですかっ!?」

「最近話が出来てなかったしさ、雛里は寝ちゃったし……だったらせめて帽子を」

「………」

「いや、理屈が妙なのは認めるけど……」

 

 それでどこか羨ましそうに帽子を見るのはおかしいと思うんだ、俺。

 ともあれ行動開始。

 熱くないように蒸篭の両端を持って、とんがり帽子を被ったまま執務室をあとにする。

 

「っと、そうだそうだ」

 

 執務室を出て、少し歩いたところで思い出す。

 自然になりすぎてて普通に流すところだった。

 

「思春もよかったら」

 

 気配もない通路に立ちながら一言。

 朱里が「え?」と辺りを見渡すと、いつから居たのか彼女の傍らに思春さん。

 

「形が歪だけど、味は変わらない……といいなぁ」

「……それが、今からそれを食べる者の前で言う言葉か」

「ゴメンナサイ」

 

 でも心は込めた。

 心で美味しくなってくれるかもまた腕次第だろう。しかし味は落としてない……はずだ。

 そんなわけで行儀も気にせずあんまんを食べながら歩く。

 カスが落ちないように注意を払うことだけは忘れずに。

 

「はわわ……なんだかとってもいけないことをしている気分です……!」

「外出禁止の学校で、外に買い食いしに行く気分ってこんな感じなんだろうなー……」

「貴様は天でそんなことをしていたのか」

「へっ!? いやいやいやっ、こんな感じなんだろうなーって思っただけだって!」

 

 ……こっちでは、たまに仕事すっぽかして買い食いしたりもしていたなんて、言ったら言ったで激しく呆れられそうだから黙っておこう。案外云わずとも、皆さまには当然のように知れ渡っている気もするし……自分から言うようなことでもないだろう。

 さて。

 夜とはいえ、自室に居てくれればいいけど……居なかったらどうしようか。

 それ以前に夜なんだから物は食べないかもしれない。

 女の子だもんなぁ……季衣とはよく、夜食とかは食べた。

 あの時に食べたメンマ、美味しかったなぁ……。と、そんなことを思いながら、夜に蒸篭を持ち歩く自分。

 傍から見たらどんな存在に見えるんだろうかと考えて、ちょっとだけ悲しくなった。

 べつにやましいことをしているわけじゃないんだから、胸を張っていればいいんだろうけどさ……ほら、食べる人を求めて夜を歩く蒸篭携帯人間って……いや違う、俺は“美味しい”を届けたいだけだ。そう思っておこう。

 

「……あの。思春? 食べさせておいてだけど、美味しい……かな」

 

 そんなことを考えたら、果たしてこれが本当に美味しいのかが不安になりました。

 だって朱里や雛里が作ったやつは全部持っていかれたのに、俺のだけ残ってるのは不安材料でしかないし。

 

「………」

 

 訊ねてみれば、思春は俺を一瞥したのちに小さく饅頭を齧る。

 それから咀嚼、嚥下と続き、少し間があってから「……普通だ」と一言。

 

「そ、そっか、普通か。そっか」

 

 よかった……普通だったか。

 あ……普通で思い出したけど、以前蓮華にオムチャーハンを作った時にも“普通だ”って言われたな……あれ? もしかして俺って普通の料理しか作れない?

 ごま団子の時は亞莎に手伝ってもらったし、メンマ丼はメンマ園のメンマを使わせてもらったし……うわー、なんだかとっても普通だ。

 

「一刀さん?」

「っと、ごめん、なに?」

 

 考え事をしながら歩いていると危ないな。

 軽く謝りながら朱里を見下ろすと、視線を促されてそちらを見やる。

 案外体が道を覚えているのか、視線の先には通路を抜けた先にある中庭。

 その端の東屋で、静かに語り合っているらしき月と詠を発見した。

 

「なんか楽しそうだな……。えと、ここで割って入るのって邪魔になったりしないかな」

「はわ……だ、大丈夫だと思いますけど……せっかく作ったんですから、食べてもらいましょう」

「貴様はいちいち考えすぎだ」

「や、考えないとただの押し付けになりそうで。思春は普通だって言ってくれたけど、形の問題もあって少しだけ罪悪感が。ほら、なんだか失敗作押しつけてるみたいじゃないか? 形も歪だし、ところどころで餡がはみ出てるし……」

 

 パカリと蒸篭の蓋を取ってみれば、上る湯気の先に見えるヘンな形の饅頭。

 きちんとふっくらしてはいるのに、外見だけで食べたいって思う人がどれだけ居てくれるやら……と、そんなことを、中庭の途中で立ち止まりながら考えていると、隣の思春さんが少しだけ視線をキツくして俺を睨んできた。

 

「貴様……先ほどそれを軽々しくも私に勧めたのは誰だ?」

「や、あれは歪な中でも形のいいやつだったからさ……。日頃から思春にはお世話になってるし」

「………」

 

 思春が無言で蒸篭の中を見る。

 少し後、“私が食べたものと何がどう違う”って視線が俺を射抜いた。

 ごめんなさい。作った本人にしかわからない程度の、微妙な違いがあるんです。

 ともかく、蒸篭の蓋をコトリと閉じて、ここでこうしていても仕方なしと歩いていく。

 向かう先は当然東屋で、渡したい相手は月と詠だ。

 味は普通なんだし、形のほうはいずれじっくりと練習する方向で……って、やばいなんだかドキドキしてきた。不味いとか言われたらどうしよう。

 思春に渡したのだけが普通で、これの味が最悪だったら……?

 

(……バレンタインの時期の女の子の心境って、こんな感じなんだろうか)

 

 一度こつんと胸をノックして、覚悟完了。

 歩みも勇ましく、やがて東屋へと辿り着く……!

 

「やあ、お二人さん」

 

 まずは挨拶。

 話に集中していたのか、声をかけられてようやく俺が居ることに気づいたらしい二人が、ハッと俺に視線を移す。

 あぁああ……いきなりやっちまった感が……! 話の腰を折るつもりはなかったのに……!

 

「話の途中にごめん、差し入れなんだけど、よかったら食べて」

「差し入れ? へぇ……ぇ……、……残り物処分じゃなくて?」

「え、詠ちゃんっ」

 

 パカリと蓋を取りながら円卓に置いた蒸篭。

 その中の物をじっくりと見た詠さんの、正直な感想でした。

 

「や……ごめん、これでも頑張って作ったんだけど。食う専門ばっかりやってたから、どうも料理とかおやつ作りには慣れてなくて」

「へ? や、なっ……これアンタが作ったの!? 隣に朱里が居るし、形がおかしいからてっきり……!」

「っ……! ……、……!」

「はわわわわ!? え、詠さん!? えぐってます刺さってます~っ!!」

 

 正直な言葉が胸に突き刺さりまくりだった。

 いや……うん……正直な感想をありがとう、詠。

 ほっこりと湯気を出していても、残り物にしか見えないくらいに形がおかしいと……そういうことですね……?

 精進しよう……本当に……。

 

「や、やー……正直な感想をありがとう。でも味は普通らしいから、よかったら食べてほしいんだ。朱里と雛里が作ったやつは、生憎と他の将のみんなが食べちゃって……ノコッタノ、カタチガオカシナ……ボクノシカナクテ……ハ、ハハハ……」

「あぁあああわわわ悪かったわよっ! ボクが悪かったからっ! だからそんな陰のある笑い方するのやめなさいよっ!」

「た、食べます、食べますから……っ」

 

 慌てた様相で二人が饅頭を手に取り、食べてくれる。

 実際、生地や餡子は朱里と雛里と俺で一緒に作ったんだから、味だけはそう変わらないはずなんだ。

 それでも量のバランスとかで味が変わるのが、料理ってものだけど。

 

「んく……? なんだ、ちゃんと食べられるじゃない」

「あ……はい、とっても美味しいですよ?」

「エ……ほんと!? 普通じゃなくて美味しい!?」

 

 詠がきょとんとした顔で饅頭を見下ろし、月が顔を綻ばせながら言ってくれる。

 ……何気なくひどい言葉が混ざっていたような気もするが、食べられるなら良かったってことで。

 

「まあ普通かって訊かれれば普通に限りなく近い美味しさだけど。普通っていうのはきちんと食べるものとして作られてるってことなんだから、つまり、その……」

「?」

「だ、だからっ! ちゃんと美味しいって言ってるのっ! 褒めてるんだから、不安そうな顔でじっと見てくるなっ!」

「あ、ああうん、ごめん……?」

 

 褒められているのか怒られているのか、判断に迷う言葉を送られた。

 と、いつでも誰かが来てもいいようにって配慮なのだろうか、月が傍らにあった茶器で茶を淹れ、詠が席を促してくれた。

 

「え? いいのか?」

「そこでずっと立っていられたほうが、よっぽど迷惑なの。いいから座りなさいよ」

「ん、ありがとう」

 

 そんなわけで着席。

 詠が月の隣に移り、詠が座っていた場所に俺が。

 その隣に朱里、思春が座る。

 この人数で座るには、ちょっと狭い。

 

「で、どんな経緯で饅頭を作ることになったのよ」

「親睦を深めるため……かな。仕事のことばっかりで、こうしてじっくりと話す機会がなかったから。そんな場を桃香が設けるために、こうして饅頭を作ったんだ」

「へえ……で、その張本人は?」

「時間を作るために徹夜して、眠気に勝てずに眠ってる」

「………」

「あ、あの、詠ちゃん? 桃香さまもきっと、疲れてたから……」

 

 はぁああ……と深い溜め息を吐く詠に、すかさず月がフォローを入れる。

 そんな中で、「で、あんたのその頭のはなんなの?」と訊かれて、似たような返事を返した。ようするに雛里も途中で眠ってしまったってことを。

 

「連合の力があったとはいえ、かつてはこんなやつらに負けたのが少し悔しいかも……」

「こんな俺達でごめんなさい」

「その帽子を被りながらじゃ、心がこもってすらいないわよ……」

 

 俺の頭の上にある、雛里の帽子を見ながらの言葉だった。

 慣れてくると頭が暖められてる気がして、ほんのちょっぴり頭が良くなったような錯覚を覚える。いいかも、これ。……じゃなくて、格好の問題か。

 ともあれ、小さなお茶会が始まった。

 残すのももったいないので、俺も朱里も思春も饅頭に手を伸ばし、味を楽しむ。

 味は……確かに普通だった。

 おかしいな、朱里と雛里のをもらった時は、もっと美味しかったんだけど。

 心がこもりきっていなかったんだろうか。わからない。

 

「こんなんじゃあ、華琳には絶対にダメ出しされるだろうなぁ」

 

 普通じゃあ満足しない魏国の覇王様を思い浮かべた。

 普通も捨てたものじゃないのに、さらに上を望む覇王様を。

 確かに現状で満足するよりは、日々さらなる美味さを求めることを諦めちゃあいけないのだろうが……う、うーん……料理の腕、もっと磨いたほうがいいんだろうか。

 

「曹操さんですか?」

 

 と、難しい顔をしていたのか、どこか気遣うような口調で朱里が言葉を拾ってくれる。仕事や鍛錬で料理を習う余裕もないのに、これ以上やることを増やしても潰れるだけか。

 軽く結論を出すと、小さく笑んで言葉を返す。

 

「……そうだ、華琳で思い出した」

 

 ピクニックのことだけじゃなくて、言わなきゃいけないことがあったんだった。

 どうしようか。先にこの場に居る四人にだけでも話しておこうか。

 

「っと……あー……ええと」

 

 いや。言うにしたってどう切り出そうか。

 いきなり“帰ろうと思うんだ”って言うのもな。

 先延ばしにするのはよくない。さっさと言ってしまえばいい。とは思うのに、せっかくこうして穏やかな空気の中に居るんだし、と躊躇してしまう。

 ……だよな、やっぱり最初に報せるのは桃香にたほうがいいよな?

 

「そういえばあんた、いつまで蜀に居るの?」

 

 ───なんて思っていた時期が、ついさっきまで俺にもありました。

 時は来たれり。どう切り出そうか悩んでいたのが可笑しく思えるくらい、あっさりと。

 

「詠ってさ、すごく鋭いよな……」

「へ? な、なによ、いきなり」

「……? あの、一刀さん……? もしかして今言いあぐねてたのは───」

 

 小さく首を傾げて質問を投げる朱里に、うんと頷いて言葉を続けた。

 

「学校も軌道に乗って、みんなも授業に慣れてきたし、そろそろ魏に帰ろうかなって。本当は今日、学校が終わった時点で桃香に言おうと思ってたんだけどさ、って……あれ? みんな、どうかしたか?」

『………』

 

 俺の言葉を耳に、どうしてか俺を見たまま何も言わないみんなが居た。

 一人、思春だけが小さく溜め息を吐いてたけど。


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