真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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36:蜀/“いい国にしよう”と唱え合った日②

-_-/桃香

 

 …………。

 

「行っちゃった……」

 

 ほんとに行っちゃった。

 どうやら冗談でもなんでもなく、手伝いはしてくれないらしかった。

 ……うん、元を正せば全部私の仕事だし、私が頑張らなくちゃいけない───あっとと、違った違った。“私が頑張ることの出来る仕事”なんだから、頑張らなくちゃ。

 ただ……こうして文字ば~っかりじぃっと見てると、頭が痛くなってくる。

 

「お兄さんはすごいなー……」

 

 私に持ってないものをたくさん持っている。

 知識もそうだし経験も。

 剣を教わってるし、氣の使い方も教えてくれる。

 大体の知識のあとに“受け売りだけどね”って付け足すのがちょっと気になるけど、とっても不思議でおかしな人。

 

「はぁ……」

 

 周りのみんなに“似ている”と言われた時から、少しずつ意識していた。

 そんなに似てるかな、そんなことないと思うけど。そんなことを考えながら───言ったことに答えてくれて、笑顔までくれるあの人に甘えきっている自分が居ることに気づいた。

 だって、それはちょっと仕方ない。

 私の知らないことをいっぱい知っていて、訊ねてみれば答えじゃなく考え方を教えてくれて、どうしてもわからない時は答えをくれて。

 鍛錬の時はちゃんと、怪我しないように気遣ってくれるし……いきすぎなところがあっても、やんわりと止めてくれるし。

 うん、ちょっとだけ仕方ない。

 先を歩きながら、それでも後ろに居る私に手を差し伸べて、ゆっくり歩いてくれる……そんな印象が強くて、頼ってしまうのだ。

 

「これって……憧れかなぁ」

 

 好きとか嫌いとかはよくわからない。

 以前、恋する乙女がどうとかってお兄さんに言っちゃったけど、そんなものは私にもわからない。わかっていることといえば、あの人の傍は温かいってことくらい。

 

「こんなんじゃいけないいけないっ、頑張らないとっ」

 

 自分に喝をひとつ、仕事の整理をするために筆を走らせる。

 さらさらと走らせる筆は竹簡や書類に文字を連ね、乾いた先から山から山へと移されていく。

 簡単なものなら、私だってさらさらと終わらせられる……つもり。

 確認や指摘をしてくれる朱里ちゃんや雛里ちゃんが居てくれれば、もっと早く出来るんだけど……生憎と二人とも学校で先生をやっている。

 もちろん私は、そんなみんなが安心して仕事が出来るようにと案件整理。

 学校のここが不便だーとか、翠ちゃんや鈴々ちゃんが、体育の授業で走らせすぎだからなんとかしてくれーとか、そんな文字をしっかりと読んでから、解決策を自分なりに頑張って考えて、書き連ねる。

 こういったものの確認は朱里ちゃんと雛里ちゃんに任せて、次の竹簡をからころと開く。

 

「………………静か……だなー……」

 

 頼めば七乃ちゃんは来てくれるだろう。

 手伝ってって言えば、きっと手伝ってくれる。

 力を合わせれば、すぐにとは言わないけど早く終わる。

 ……そうとわかっていても、“頑張らなきゃいけない”じゃなくて、“頑張ることが出来る”って言ってくれたお兄さんの言葉が頭の中に浮かぶ。

 軽い、考え方の違いでしかないそれは、だけど自分に活力を与えてくれる。

 頑張らなきゃいけないんじゃない。華琳さんに負けてしまって、みんなの夢になっていたものを叶えることが出来なかった私でも、出来ることが……頑張れることがあるんだと言ってくれたみたいで……。

 

「いい国にしよう、かぁ……」

 

 本当にいい国の条件なんて、きっと誰にもわからない。

 住みやすければそれでいいのか、笑顔だけがあればそれでいいのか。

 みんなが仲良くしていればそれだけでいいって考えは、あの日華琳さんに叩き折られた。

 “間違っていたから負けたんだ”なんて思わない。

 それでも、あの時の私がもっと頑張っていれば、もしかして華琳さんにも勝てたんじゃないか。そう思うと胸が苦しくて、みんなに申し訳なくて。

 

「………」

 

 平和はここにある。

 確かにここにあってくれている。

 不満があるとするならそれは、あの時勝てなかった自分だけ。

 自分に出来ないことが出来る人をたくさん集めて、それに満足しきっていた自分だけ。

 

「なんで……お兄さんは……」

 

 蜀に降りて、今みたいに私を支えてくれなかったんだろう。

 そんな、人の所為にするみたいな考えが頭に浮かんで……すぐに頭から消す。

 悔しくないはずがないけど、過去はもう起こったことで、変えられないんだから。

 

「うんっ、頑張ろうっ」

 

 ぱちんっと頬を叩いて気合いを───

 

「はうぅっ……いたたた……!」

 

 ───強く叩きすぎた。

 でもそのお陰で嫌な気分は飛んでくれたから、机に向かって筆を走らせる。

 自分に足りないものを補ってもらうのは悪い考えじゃない。

 誰かに頼りすぎて、現状に甘えちゃうのが悪い考えなんだ。

 頑張らないと。頑張ろう。自分にも、頑張れば出来ることがあるんだから。

 

「?」

 

 決意を胸に書簡を睨む中……ふと、耳に届く小さな悲鳴。

 遠くから聞こえてくるそれは、またもやもやと一人で考え込んでしまっていたものを、サッと吹き飛ばしてくれた。

 おかしな話だけど、気が逸れたお陰で暗い気分が飛んでくれた。

 空元気はやっぱり空元気みたいだ。無理矢理笑顔は作れても、心のもやはこんなことでもないと吹き飛んでくれなかった。

 

「…………?」

 

 悲鳴が聞こえたのはその一度だけ。

 首を傾げながらも整理を再開すると、難しい案件に頭を捻る時間がやってくる。

 そんな時間を過ごしてしばらく、ふと“のっく”の音が耳に届いて、返事をした。

 扉を開けて入ってきたのは……お茶を持ったお兄さんだった。

 

「あ、あれ? どうしたのお兄さん、忘れ物?」

 

 軽く手をあげて、気恥ずかしそうに歩み寄るお兄さん。

 そんな彼が、お茶をどうぞと二つあるうちの一つを私にくれる。

 戸惑いながらもありがとうを返して、飲み始めたお兄さんに倣ってお茶をすする。

 

(?)

 

 お茶は、当然といえば当然なんだけど温かかった。

 ぐるぐると嫌なことばかり考えていた心に、その熱が温かい。

 ふぅ、と息を吐くと、改めてお兄さんを見上げる。

 ……と、その頬に引っかき傷みたいなものがあることに気づいた。

 

「お兄さん、どうしたのその傷」

 

 訊ねてみると、お兄さんはきまりが悪そうな顔をして頬を掻く。

 困ったように溜め息を吐いて、ようやく一言。

 

「……名誉の負傷?」

 

 名誉らしいのに、疑問が含まれてた。

 

「まあ、それはいいから。桃香、そういえば聞き忘れてたんだけど、今日の俺は何をすればいい? 学校に行こうとも思ったんだけどさ、考えてみれば授業分担がもう済んでるから、安定した~って思ってたわけだし。独断で適当に始めれば、誰かの仕事を奪いかねないし……何か仕事、あるか?」

「………」

 

 ……ちょっとどころじゃなくて、すこーんって気が抜けた。

 張り詰めていたつもりの気はあっさりとしぼんで、みんな目の前の人が消し去ってしまう。

 そっか。誰でもなんでも知ってるわけじゃない。

 私がうんうん悩んでも中々解決策を見つけられないことでも、朱里ちゃんや雛里ちゃんは簡単に解決してくれる……けど、朱里ちゃんや雛里ちゃんにだって苦手なことはあるし、それを補える人が居るから信頼の輪が出来る。

 需要と供給。覚えていたはずでも、生きていれば考え方なんていくらでも変わっちゃう。大事なことまで忘れちゃったとしても、いつかは周りが思い出させてくれるものなんだ。

 そういうふうに出来ているから、誰かに感謝して笑顔になれる。

 私が夢に見たのはそういう……“今でも手を伸ばせば叶えられる世界”だ。

 

「ね、お兄さん」

「うん? なんだ?」

 

 もうお茶を飲み終えたのか、はふー……と息を吐いている彼に声をかける。

 穏やかな目が、私の視線を受け止めた。

 

「いい国に、しようね」

 

 そんな目を見つめ返して、一言を。

 お兄さんは自分の求めた答えじゃないものを、けれどしっかりと受け止めて笑う。

 あ……そうだった。お兄さんは仕事がないかーって訊いてきたんだった。

 

「え、えと。お仕事のお話だったよね」

「ごめんな、忙しいのに」

「えへへー……忙しいけど、急にやる気が出てきたから平気だよ。それでだけどお兄さん、案件の中に街で起こった困り事のがた~っくさんあるんだけど……」

「……たぁ~っくさんですか」

「えへへ、うんっ、たぁ~っくさんです」

 

 届けられた竹簡を集めて、検討中として選り分けていたものを渡す。

 お兄さんはそれらを開いて目を通すと、何度か頷いてからうっすらとした笑顔で何処か遠くを眺めた。

 

「じゃあ、まずは街の人と話してくるな。……っとと、前後したけど、これは俺がやっても大丈夫な仕事か?」

「うん、お仕事っていうよりは、困っている人を支えようってものだから」

「そっか……」

 

 もう一度竹簡を見下ろして頷く。

 そうしてからは軽い感謝を残して飛び出していってしまい、ぽつんと残された私は……なんだか急におかしくなって、笑っていた。

 

「はぁ……あったかいなぁ……」

 

 頬を緩ませながらお茶をすすった。

 お兄さんが淹れたのか、詠ちゃんか月ちゃんが淹れたのかは解らないないけど、安心する温かさが胸に染みる。

 頑張るなら休息は必要だよね。ちょっと早いけど。

 

「…………でもどうしたんだろ、あの頬の傷」

 

 引っかき傷みたいだったけど。

 もしかして美以ちゃん? それとも恋ちゃんやねねちゃんのところの猫さんや犬さんにやられたのかな。

 痛そうにしてなかったから、大丈夫だと思って踏み込んで訊くことはしなかったけど。

 名誉の負傷ってなんだろ。

 そんな疑問にやっぱり頬を緩ませながら、温かくなった心のままに湯飲みを置いて、作業を再開させた。

 ……いい国にしよう。

 もっともっと温かい国にしよう。

 今私が感じている温かさを、もっといろんな人が感じられるような国に。

 そのためにはもっともっと頑張らないと。

 

「えと、どうだったっけ。えーと……こうして、こうして……うんっ、覚悟、完了っ♪」

 

 トンと胸をのっくして、お兄さんの真似をした。

 ……やっぱりなんだかおかしくなって、執務室でひとり、頬を緩ませて笑った。

 

 

 

-_-/一刀

 

 さて。

 執務室って言うよりはむしろ城をあとにしてからしばらく。

 街に降りてきてすることは、竹簡に書かれていた案件の整理。

 差し当たり、自分にも出来るだろうと思ったものをこなそうと駆けてきたものの。

 

「おー! 御遣いさまー!」

「先生、今日はどうしたんで? “がっこう”はいいんですかい?」

「にいちゃーん、あそんでー?」

 

 …………街の人たちに捕まりました。

 教師として立つことで、天の御遣いだってことがバレてしまってからは、案外こんな感じだ。

 いや、むしろ最初はみんな避けていたくらいだった……んだけど。

 教師役を続けて、子供たちから好印象を得て、学校が安定に向かい始めた頃には、もうこうなっていた。

 やっぱり最初は、敵国の人間だった相手から何かを教わるなんて、とか思ってたりしたんだろうか……って、それは当然か。

 どれだけやさしい国で生きたって、かつては仲間を傷つけたり殺したりをした相手なんだ。戦が終わったからって簡単に割り切れるほど、軽いものじゃないもんな。

 みんな努力してるんだ。

 一人一人が歩み寄ることで、みんなが笑顔でいられるようにって。

 

(……桃香は幸せだな。将が、兵が、民が、みんな桃香の夢を眩しく思ってる)

 

 俺も、もっともっと華琳を支えられるような存在に……難しそうだけど、なりたい。

 もちろん俺一人が支えるんじゃなく、国全体が華琳を支えるものになる。

 そうだな、いい国にしよう。もっともっと頑張って、みんながみんな頑張って、もう……血で血を洗うような世が二度と来ないように。

 

「ごめんなー! 今日はちょっと仕事で来たんだー! えっと、このへんで……っていいやっ! なにか困ってることがあったら言ってくれー! 力になるぞー!」

「じゃああそんでー?」

「いきなりサボれと!? ご、ごめんな、仕事が終わって時間が取れたら遊ぶから、な?」

「困ってること……おお、そんじゃあ今回は御遣いさまが解決してくださるんで?」

「あ、ああ、一応桃香から許可を得て来たんだけど。もしかして相談届け出したのって……」

 

 出っ歯で揉み手を繰り返す男が、頭の後ろに手をやって「へぇ、それが……」と困り顔で言う。

 なんでも急な注文が入ったとかで、人手が足りない……ことはなく、別の問題があるんだとか。このいかにも服屋をやってますって格好の出っ歯さんは、真実服屋だったわけだ。

 

「いえね、あっし一人で仕立ててるわけじゃないんですがね、どうにもこう……言っちゃあなんですがやる気が出ねぇんですわ。やる気を出した時のあっしらはもう、何着の注文だろうがなんでもこなしてみせますってくらい有名なんですが」

「大変そうだけど、自分で言うことじゃないと思うよそれ」

「へへっ、まあまあ。それでなんですがねぇ……実は意匠を考えて欲しいんでさ」

「意匠を?」

 

 それまたなんで?と返してみると、服屋のおやじは揉み手を二度三度と繰り返し、「最近の手詰まりの原因がそれだからでさ」と言って返した。

 ……なるほど、スランプってやつだろうか。

 

「前はよかった。他国から流れてきた行商が変わった意匠を教えてくれましてね? や、それがまた物凄くあっしの心をくすぐるんでさ。そうしたらもう手も動く足も動く。地道にコツコツやってきたあっしですが、こうして飯食っていけてますわ」

「……でも、最近めっきりやる気が出ない、と」

「そうなんでさ……どういうわけか流れの行商も、変わった意匠がもう無いと言うざまで。聞けばその意匠ってぇのは、御遣いさまが考えたものだそうじゃないですかいっ! そこにあんたが来てくれた! こりゃあもう鬼に金棒だぁってなもんでさ!」

「そ、そっか」

 

 なるほど。天……元の世界に戻っている間にそんな葛藤があったのか。

 一年も居なくなれば、そりゃあ意匠のネタも尽きるってもんだ。

 さて、どうしたもんかな。そんな、いきなり意匠をって言われても……あ。

 

「………」

 

 すっと視線をずらした先の茶房の前。

 机と椅子が並べられた、世が世ならオープンカフェとか呼ばれそうなオシャレな店の、椅子の一つにぽつんと座るひとつの影。

 どこか物憂げな表情で、机に立てた両肘の先、指先だけで持ち上げたお茶の器を軽くくるくる回しながら、短い間に幾つもの溜め息を吐く……翠を発見。

 

「………」

 

 頭の何処かで閃くもの。

 自分が“可愛い”って言葉を届けた人に似合うものを、ちょっとばかり作ってみたいと思ってしまった。

 そうなればイメージは早い。

 自分を見ずに別の方向を向いている俺に戸惑う親父の手を引き、店に案内してもらってからはひたすらに意匠を描き出した。

 それを見るや、揉み手出っ歯のおやじの目には輝く何かが燃え上がり、描きあがった途端にそれを手にし、店の針子の女達を呼び集めて作業にかかった。

 …………あれ? いやあの、なにも今すぐやれとは……。

 と、戸惑っていると、背後に気配。

 振り向いてみれば街の人がごっちゃりと立っていて、手を引かれたと思えば───次はうちを、次はあっしンところをと引っ張り回され……

 

……。

 

 ……ハッと気づけば、街の通りは茜色。

 終わってみれば、手にはいくつかの城へのお土産と疲れた体。そして、充実感。

 一週間で帰ろうとは思ったけど、これが初日なら悪くないかもしれない。なにせ楽しかった。

 ちょっとだけ苦笑をもらしながら城に帰ろうと歩を進める。

 が、そんな俺を呼び止める声に振り向いてみれば、服屋の親父が元気に手を振りながら俺を呼んでいた。

 …………え? もしかしてもう出来たのか?  そんなすぐに出来るもんなのか!?

 すごいな針子さんたち……こういうのって普通、何日かに分けて少しずつやっていくものだろ。それを……よりにもよってゴシックロリータを丸一日すらかからず仕立て上げるとは……。

 

「で……」

 

 呼ばれるままに服屋に辿り着けば、はいと渡されるゴシックロリータ。

 黒をベースにした布地に、白のフリルが鮮やかなそれは、俺の意匠なんかからよく表現出来たなと思うほどに見事だった。

 犬を描いてもおばけだと言われる俺の絵なのになぁ……。

 

「すごいな……ここまで再現出来るとは」

「よかったらもらってやってくだせぇ、久しぶりに職人魂に火がつきやした。これはそのお礼でさ」

「え……いいのか? だってこんな───」

「構いやせんよ、これからしっかり稼がせてもらいやすんで。おっと忘れてた。もし誰かに贈るんでしたら、仕立て直しも請け負いやすぜ。またいつでもいらしてくだせぇ」

「………」

 

 気前のいい主人だった。

 というより、むしろもっと作りたいって風情で店の奥をちらちらと見ている。

 これ以上遠慮するのはかえって迷惑か。

 言葉通り、ありがたく受け取っておこう。

 

「じゃあ、もらっていくな」

「へえっ! 自分で言うのもなんですが会心の出来でさ! 大事にしてやってくだせぇ!」

 

 天で言うところの威勢のいい八百屋みたな口調で、送り出された。

 主人は途中までお辞儀をしつつも見送ってくれたが、それが済むとドタバタと店内へ。

 彼の仕立てはまだまだこれからが本番らしい。

 

「…………うわっ。手触りとかもすごいじゃないか」

 

 普通に買ったらめちゃくちゃ高いんじゃないか? これ。

 

「あ……しまった」

 

 もらったはいいけど、いったい誰にあげるべきなのか。

 桃香? 愛紗? 鈴々……にあげるには、ちょっと大きい。

 じゃあ…………やっぱり閃いた相手……翠にあげるべきだよな。

 

「……でだ」

 

 問題はどう渡すかだ。

 “服作ってもらったから着てみてくれー!”……違う。

 “可愛いキミに最高の服を仕立てたんだ……受け取ってくれ”……勘弁してください。

 “街でいい服を見つけたから、翠に着てもらいたくて……”……なんか違うんだよな。

 やっぱりここは正直に経緯から話すべきだろう。

 街からの案件でこんなことがあって、丁度その時に翠を見かけて、その時に閃いた意匠を裁ててもらったから着てみてくれって。

 よし、そうしよう。

 

「………」

 

 さて。

 そんなわけで、ゴスロリを手に茜色の景色を歩く男が一人。

 城までの道のりをのんびりと歩き、これからしばらくの蜀での暮らしを思い、笑みをこぼした。

 喜んでくれるといいなとか、いらないって言われたらどうしようとか、まるでプレゼントを渡そうとしても渡せない女の子のような心境で───不安に駆られながらも、渡すことだけは諦めるつもりはない自分のまま、ゆっくりと。

 

「あ」

 

 そして思い出す。

 もう一人、可愛いと言って頭を撫でた相手が居ることを。

 一着しかないって言ったらどうなるんだろ……やっぱり今朝みたいに顔面引っかかれたりするんだろうか。

 

「あぁ……本当に……」

 

 本当に、この国は賑やかで退屈しない。

 ここで生活するようになってから、いや、むしろこの世界で生活した過去や現在を思い返してみても、退屈を感じた時なんてものはほぼ存在しなかった。

 服を一着贈るだけでもいろいろな覚悟が必要なこの世界で、自分はそれでも……まだまだ歩いていくんだろう。

 退屈しない、忙しい日々の中にあっても、やさしい息を吐けるようになったこの世界で。

 

「……なにか食べ物でも買っていこうか」

 

 や。けっして誤魔化すためじゃないデスヨ?

 けっして顔を引っかかれないためじゃないデスヨ?

 そんな言い訳を胸に、おかしくなって一人で笑いながら───いつか呉でも歩いたこんな夕日の差す道を、今もまた彼女とともに。

 

「そういえばさ、ずっと隣りに居たの?」

「いいや。背後だ」

「怖いよ!? 隣り歩こう!?」

 

 声をかければ返してくれる人が居る。

 笑ってくれはしないけど、纏っている空気は穏やかなものだったから、顔には出さないけど彼女も笑っているんだと勝手に思うことにした。

 

 

 ……で。

 このしばらくあとに、翠を呼び出してゴスロリをプレゼントすることになるんだが。

 運悪くというかお約束と言うべきなのか、あっさりと麗羽に見つかり……例のごとく正座させられ、たっぷりと怒られた。「わたくしへの貢物がないとはどういうことですのっ!?」とか、「あんな馬子さんよりわたくしの方が可愛く着こなせますわ!」とか。

 でも猪々子が「きっと麗羽さまはそのままでも十分可愛いから、買う必要がなかったんですって」とフォローを入れてくれ、すかさずお土産としてもらった桃などを差し出したらあっさりと許された。

 

 ……それはそれで解決してくれたんだが、問題は翠だった。

 真っ赤になって、「こんな可愛いの、いくら可愛いことを認めたって着れるもんかぁあ!」って叫んじゃうし、そんな叫びを聞き付けて集まったみんなには散々からかわれるしで、とにかく散々だ。

 最終的には蒲公英に説得されて、一応受け取ってくれた翠。

 いつか着て見せてとは言ってみたものの、それがいつになるのかは俺にも翠にも予想がつけられなかった。帰る前に見たいなぁとは思うものの、どうなることやら。

 ……別れ際に蒲公英が口に手を当てて「にしししし……♪」って笑ってたけど、きっと気にしたら負けなんだと思う。むしろ思っておこう。


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