真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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37:蜀/ぶつけ合ってぶつかり合って、友達①

69/ジリジリと、六日間

 

 ───翌日の朝。

 

「おぉおおおおおおっ!!」

「にゃーっ!!」

 

 今日も今日とて鍛錬。

 対面するのは鈴々で、蛇矛相手に上手く立ち回───無理ぃいいい!!

 

(いやいやいやいや無理って言って簡単に諦めるのはだめだ! 相変わらず竜巻みたいな猛攻だけど、よく見ればクセとかが───あれば苦労しないってぇえっ!!)

 

 前略おじいさま。

 昔の戦人というのは素晴らしいですね。

 現代人は格闘の術や技術を得ましたが、それも先人あってのもの。

 でも俺、現代技術よりも目の前の技術(?)のほうが恐ろしいです。

 

「せぇえええいぃっ!!」

「にゃっ! えっへへぇ、軽いのだっ! てやぁーっ!!」

「うわぁあっと!?」

 

 だってこれだもの。

 こちらが素早く振るって攻撃を当てようとしても、軽々と受け止められて、しかも軽いと言われてしまう。

 逆に、振るわれる蛇矛の一撃は、速いくせに重い。それを根性でギリギリで避ける……いや、避けることができた。

 本当にギリギリ、なんとか避けられただけです、はい。

 いつ攻撃を喰らってしまうかを考えると、胃の下あたりがしくしくとしてくるので、出来るだけ考えないようにしながらぶつかる。

 

(ああもう、思いっきり振り切ってるはずなのに、この戻しの速さ……!)

 

 隙が無くて困る。

 反動とかそういうものを完全に無視している。

 なのに、華雄さん相手にやった疲れさせる行動も大して意味を発揮してくれず、むしろ鈴々から踏み込みまくってくるためにこちらのほうが疲れてしまう。

 結局は真正面からのぶつかり合いになるわけだ。

 

(右腕の調子も万全! 体調もすこぶるいい! それでも歯が立たないのはどうしようもないことなんでしょうか!?)

 

 そう思いながらもまいったを唱えず、持てる経験全てを振り絞ってぶつかっている。

 疲れない人なんて居ない。

 居ないはずなのに、目の前の小さな猛将は息切れさえしていないとくる。

 

(“戦場”を実際に駆け抜けた人は、やっぱりすごいな……!)

 

 そんな人とこうしてぶつかり合うことが出来る今に感謝しよう。

 天に居たままじゃあ絶対に体験できなかったことだ。

 

「はっ! ふっ! せいっ! たぁっ! ふっ! だぁああーっ!!」

 

 自分こそ、息切れをしないうちに攻めてゆく。

 もう結構な時間が経っている───と思う。

 目の前の鈴々に集中している所為で、正確な時間経過なんてもう気にしていられない。

 わかることがあるとすれば、そろそろ自分の呼吸は乱れますってことくらいだ。

 

「うりゃりゃりゃりゃりゃーっ!!」

 

 しかし連撃の甲斐もなく、連ねるそれらは重い数撃によってあっさりと崩される。

 まあ、つまりその……返された強撃で手が痺れたといいますか。

 

「にゃーっ!!」

「だわぁあーっ!?」

 

 そこへ振るわれる追撃。

 後ろへ飛んでも逃げられないように大きく横一文字に振るわれるそれを、ならばと真上に跳躍することで避ける。

 鈴々の背が多少なりに低いことが救いになった……けど、着地に合わせて戻ってくる蛇矛をどうしたらいいんでしょうか。

 

「っ───突っ切る!」

「にゃっ!?」

 

 後ろが駄目なら前だ!

 痺れた手に木刀を持ったまま、着地と同時に地面を蹴り弾いての疾駆!

 間合いを詰めるや、魏延さんの時のように腕だけで吹き飛ばされないようにと、まずは鈴々の腕を封じ───くすぐった。

 

「うにゃーはははははは!? ややややめるのだーっ!!」

 

 今度のはもう、力を振るうのが嫌だからとかそんな理由じゃない。

 勝てるイメージが出来ない自分の、せめてもの強がりです。

 

……。

 

 さて……鈴々にもくすぐり返されるっていう、思わぬ反撃を受けてしばらく。

 中庭で笑い疲れて倒れていた俺と鈴々は、綺麗な蒼天を見上げながら呼吸を整えていた。

 

「お兄ちゃんはいっつもくすぐるのだ」

「い、いや、これはな? あ、あー……いや、なんでもない」

 

 “戦場でだって組み伏せられたら終わりなんだぞー”……みたいなことを言おうとしたんだけど、俺が言っても仕方の無いことに思えたからやめた。

 前線で戦ってきた人に軽々しく言うようなことじゃないよな。

 

「けど、やっぱり鈴々は強いな」

「もちろんなのだっ」

 

 視線を動かしてみれば、寝転がりながら胸を張る鈴々。

 八重歯を見せながら、空に向けて“どんなもんだい”って姿で言ってみせた。

 そんな姿が微笑ましくて、気づけば笑っている自分が居た。

 

「よしっ、じゃあ……」

 

 笑いながら起き上がり、今の鈴々の動きを忘れてしまわないうちにイメージする。

 そうしてから頭の中の鈴々と戦ってみるんだが、やっぱり勝てない。

 ……うん、勝てないくらいがいい。その方がもっと頑張らなきゃって気に……なる前に、心が叩き折られそうだなぁ。

 そこはまあ教わる立場として、戦いは簡単じゃないって教訓として受け取ろう。

 

「………」

 

 さらに集中。

 相手のイメージを鈴々から雪蓮に変えて、深く深く呼吸をして───想像の相手との戦いを始める。

 呉を発った日から今日まで、彼女のイメージに勝てたことなんて一度としてない。

 それほど自分にとっての彼女の印象が強すぎたのか、はたまた自分が弱いだけなのか。

 自分が勝つ都合のいいイメージすら未だに想像することすら出来ず、今日もまた挑戦。

 イメージっていうのは案外残酷なもので、それが恐怖として植え込まれていると、自分が上達したって思っても……そんな自分でも勝てないって逆に思い込んでしまい、どうあっても乗り越えられない。

 それは、子供の頃に見た怖い話のイメージに似ている。

 子供心に怖いと感じたものは、のちに出るどれだけ怖いものを見た時よりも鮮明で、昔の怖い話のほうが怖かったと思い込んでしまう。

 これがまた、実際に見てみるとそうでもなかったりするんだが……雪蓮に関しては、そうでもないなんて思えそうにない。

 

(腕を折られたから余計だろうな、このイメージの強さは)

 

 苦笑を漏らしながらも、目の前のイメージに向けて木刀を振るう。

 攻撃は悉く避けられ、なのにこちらは追い詰められるばかり。

 次にこの攻撃が来るはずだと都合のいいイメージを湧かせてみても、その都合のいいイメージごと叩き伏せられる。

 それでも次こそはと何度も何度も立ち向かい、その度に打ちのめされて───

 

「だぁああっ……! 勝てねぇえっ……!!」

 

 ぐったりと、その場に尻餅をついた。

 心から自然と漏れた口調そのままに、勝てねぇと。

 そんな背中に鈴々が背中を預けて、ぐったりと体重をかけてくる。

 もしかして何気に疲れてた? ……あ、違いますか。ただ寄りかかりたかっただけですか。そうだよなぁ。

 

(しっかし……自分のイメージにすら勝てないなんて、どうなってるんだか)

 

 信じられないよなー……みんなはこんな覇気満点の小覇王さんと、それこそ戦場で渡り合ってたっていうんだから。

 

(……違うか)

 

 みんな、同じとまではいかないまでも、これだけの覇気は出せたってことだ。

 それか、それに屈しない精神をきちんと持っていた。

 俺は……まだそこまでには至れていないんだろう。

 実際、我を失ったように攻撃を連ねる雪蓮に恐怖した。

 寒気を感じて、恐怖に足を震わせ、振るわれる攻撃をなんとか捌きながら、なんとか落ち着いてくれるよう願った。

 そんな存在のイメージが相手だ、勝てと言われてハイと勝てるわけもない。

 

「………」

 

 ただ……うん。無駄に胆力は上がったような気がしないでもない。

 自分にとっての苦手な恐怖の対象(イメージ)に立ち向かうには勇気が要る。それを振り切っての鍛錬だ。

 腕はともかく、胆力だけは上がっていると……思いたい。

 べつに年がら年中ヒィヒィ言ってるなんてこと、きっとないよ、うん。無意識じゃなければ、きっと。

 

「よし、と。次は───黄忠さ~んっ、お願いしま~す!」

 

 体を温めるためでもなく、近接鍛錬を終えたところで黄忠さんへと手を振る。もちろん立ち上がってからだ。拍子にこてりと鈴々が倒れたけど、それをひょいと立たせてから改めて手を振る。

 そんな俺を見て、東屋で優雅にお茶を飲んでいた黄忠さんはにこりと笑うと、まるで子供に急かされる親のような“はいはい”って様子でこちらへと……や、そんな“しょうがない子ね”って感じで来られると少し罪悪感が……。

 あ、いや、厳顔さん? 貴女もそんなにこにこ笑顔で来なくても……っていうかこの組み合わせは翠と魏延さんとの一件を思い出すから、出来れば厳顔さんはそのままお茶を……なんて言えるはずないよなぁ。

 

「……? どうかしたの?」

「あ、いえ、なんでも……」

 

 落ち着いた笑顔でゆったりと訊いてくる黄忠さんに、苦笑混じりに返す。

 というか口調がなんだかお母さんです黄忠さん。

 むしろ辿り着くなり頭を撫でるのやめて……って言えない自分は、きっと自分でもいろんな人の頭を撫でてるからなんだと思う。

 ともかく、これから弓の練習だ。ようやく時間がとれたこともあり、黄忠さんも教える気満々で颶鵬(ぐほう)を手にしている。

 お手柔らかに~……なんて言葉は右から左へなんでしょうね。頑張ります。

 

……。

 

 黄忠さんの指から離れた矢が、一瞬にして的に突き刺さった。

 思わずヘンな声が漏れるほどに“的中”だった。

 秋蘭の弓術も見事だけど、黄忠さんのも見事……“矢が的に吸い込まれるような”って表現がよく似合う。

 

「………」

 

 では、と促されたので自分も構えてみる。

 黄忠さんの構えはじっくり見た。

 それを再現するつもりで番い、引き───放つ!

 

「あ」

 

 放たれた矢は、真っ直ぐどころか地面目掛けて飛んだ。

 スピードは速かった……のだが、地面に刺さるだけに終わった。

 あーあーあー……厳顔さんが豪快に笑ってらっしゃるよもぅ……! こんなはずじゃなかったのに……!

 

「力みすぎないで、もっと力を抜いてみてください」

「いや、えっと……力んでるつもりはないんだけど……ん、んんっ……やってみます」

 

 両腕をプラプラさせて、脱力のイメージ。

 最低限、弓を構え弦を引くだけの力だけを引き出して、あとは全て脱力。

 当てる、って“集中力”からも力を抜いて、“当てる”のではなく“届かせる”だけに意識を向かわせる。

 贅沢は言わない。ただ届かせるだけでいい。

 そんな気持ちのままに、引いた弦を───手放した。

 

「………」

 

 矢が風を裂き、やがて───厳顔さんの笑い声が増した。

 

「俺って……弓の才能ないのかなぁあ……」

 

 さすがにちょっとヘコんだ。

 いけると思った時こそ失敗する男でごめんなさい……わざとじゃないんです。

 そしてやっぱり頭を撫でられる。温かい手が俺の頭にあります。

 情けないと思う反面、その暖かさが表現通りに心に暖かい。

 上手くなろう。じゃないと教えてくれる黄忠さんに悪い。

 祭さんとの約束もあるし、こうして教えてくれる人が居るんだから、もっときちんと。

 そうだよ。才能がどうとかより、やろうとするか否かだ。

 桃香に似たようなことを言った俺がこんなのでどうするんだ。

 

「よしっ! 頑張るぞーっ!」

「おーっ! なのだーっ!」

 

 右手を振り上げての掛け声に、鈴々が付き合ってくれた。

 そんな鈴々とともに、あーでもないこーでもないと弓の引き方を学び、失敗する度に黄忠さんに撫でられた。

 ……誓って言うが、撫でられたいから外してるなんてことは絶対にない。

 どうにも飛び道具……氣でも弓でも、飛ばすのが苦手なんじゃあ……と自分でも思えてしまうくらい、放出は苦手っぽかった。

 それでも続ける。

 黄忠さんに“今日はここまで”と言われるまでそれは続いて、朝っぱらから続けていた鍛錬は幕を下ろす。

 気づけば昼の雰囲気を纏った景色に、もうそんな時間かと驚くと同時に鳴る腹の虫。

 「あらあら」と可笑しそうに俺の頭を撫でる黄忠さんに、恥ずかしさを隠すこともなく項垂れた。

 

「んぐむぐはむはぐんぐっ……! はぐんがむぐんぐっ……!!」

「食べ終わったのだ!」

「んぐんぐっ……ぷっは! ごちそうさまっ、今日も美味しかったです! よぅし鈴々、鍛錬の続きだぁっ!!」

「おーなのだー!」

 

 で、厨房で昼食を食い終われば軽い運動がてらに鍛錬。

 体を動かして、三日間休ませる方法は変わっていない。

 それを鈴々と思春に付き合ってもらい、近接鍛錬と遠距離鍛錬、城壁の上を走ったり、氣の鍛錬をしたりをずっとずっと続けている。

 筋肉痛は三日毎の恒例みたいなものだ、もう慣れ……ない。痛いです。

 

「激しく動くから脇腹が痛くなるなら、氣の鍛錬をすればいいんだよな」

「お兄ちゃんお兄ちゃん、またその“ぼくとー”から光を出してほしいのだー!」

「え゛っ……やっ……あ、あれやると動けなくなるからさ……か、勘弁してください」

 

 正直な言葉が素直にぽろりと口に出た。ほんと、勘弁してください。

 

「むー、つまんないのだー……」

「もっと上手くなったらまた見せるよ。こればっかりは独学だと時間がかかりすぎる」

 

 中庭の大きな木の下で、そんな会話をしながら氣の練習。

 もう大分扱いにも慣れてきた。

 ただし放出系は相変わらずだ。気をつけて放ったところで、氣を全部使い果たしてしまうのだ。これをなんとかしたいんだけど、どうにも上手くいってくれない。

 鍛錬終了時には試してみてはいるものの、失敗続きで逆に自信を……無くしても懲りずにやってる俺が居るわけなんだけど。

 

「そういえば桃香は今日……」

「仕事がいっぱいで来れないみたいなのだ」

「……だよなぁ」

 

 七乃に手伝ってもらっているらしいけど、学校が出来る前と後じゃあ仕事の量も桁違い。

 それでもキッと机に向かう桃香は、以前とは違った雰囲気を持っていた。

 はい、気になったんで少しだけ覗きに行きました。魏延さんに見つかったらあらぬ誤解を受けるところだった。

 

「ところで御遣い殿よ。お主先日、民の困り事を解決してまわったらしいな」

「? ああ、厳顔さん」

 

 俺と鈴々と思春以外には誰も居ないと思っていた中庭に届く声。

 見れば、通路側からゆったりと歩いてくる厳顔さん。

 昼食時に一度解散したから、もう来ないかと思ってたのに。

 

「って、また昼間っから酒を……」

「仕事のない平時くらいはこれも無礼講というものだろうよ。堅苦しいことは無しとしてもらいたい。はっはっはっは」

「………」

 

 厳顔さんと趙雲さんって似てるよなー……ただ酒かメンマかの違いだけで。

 

「氣の鍛錬か。中々に精が出る」

「もしかしてもう酔っ払ってますか? 少し口調が揺れてますよ」

「かっかっか、酒を飲んでおいて酔わずに済ますなど馬鹿者のすることぞ。美味く、そして酔えるからこそ酒はいいのだろうに」

「理屈はわかるけど。また無理矢理飲ませたりとか、やめてくださいよ?」

「うん? それをしたのは紫苑であってわしではないぞ?」

「ケタケタ笑いながら、他を巻き込んでたでしょーが」

「はっはっは、なんのことやらわかりませぬな」

「ああもう……」

 

 からかうように敬語になったと思うや、手にしている酒徳利を逆さに酒を飲む。

 ほんとに水代わりだよな……あんなに飲んで気持ち悪くならないのか?

 

「って、もしかしてあの日のこと、きっちり覚えてる?」

「うむ。酒に溺れようとも、記憶を吐き出してしまうほど弱くもない。真名は既に許したのだから、遠慮なぞせず桔梗と呼んでみるがよいわ」

「………」

「ん? ほれ、どうした?」

 

 あの。それって現在進行形で酔っ払ってるから覚えてるとか、そんなことないですよね?

 むしろその笑顔がとっても気になるのですが?

 

「じゃあ……桔梗さん」

「応」

 

 呼んでみればなんということもなく、ニカッと返事をされただけで終わった。

 かと思えば、鈴々と向き合って氣の鍛錬をしていた俺を、自分の方へと胡坐ごと向き直させると、その胡坐へと自分の頭を乗せてまったりと───ってちょっ!? えぇっ!?

 

「げ、げげげ厳顔さっ……じゃなかった、桔梗さん!?」

「桔梗で構わん。堅苦しいのは性に合わん」

「やっ……そういうことじゃなくて……」

 

 なんで膝枕? そう訊きたいんだが、何を訊ねるでもなく桔梗はリラックスタイムへと移行してしまった。

 ……もしかして、以前膝枕したのが気に入った……とか?

 いや……いいんだけどさ。

 せっかくだからと、今まで氣を込めていた手で桔梗の頭を撫でる。

 酒気が抜けるかどうかは別として、もっとリラックス出来るようにと。

 酔っ払いの相手は大変だ。

 大変だけど、べつにそれが嫌ってわけじゃないのなら、自分だってこうしてゆっくりと息を吐ける。

 祭さんの時からそうだった。絡んでさえこなければ、酔っ払いも無害なんだよ……本当に。

 

(こうして見下ろす顔も、思っていたより落ち着いてるし)

 

 豪快であるか、ケタケタ笑っているかの印象ばかりがあるためか、こうして力を抜いた状態の桔梗さ……桔梗は珍しく思える。

 そういえば以前膝枕した時は、どうも硬くなっていたためか……こんなに落ち着いた表情は見れなかった。

 そう考えると、少しだけ得をしたような気分にもなり、いつしか苦笑をもらす自分。

 

(………)

 

 ふと、考えないようにしていたことを考えてしまった。

 恩返しをしたいのは、なにもじいちゃんだけじゃなく……親にだって返したいものがたくさんある。

 自分は母さんにこんなふうに、リラックスさせてあげたことがあっただろうか。

 父さんに、立派になったなんて思わせることが出来ただろうか。

 そんな、ここで考えても絶対に届きやしないことを、静かに考えた。考えてしまった。

 

(でも……)

 

 どうしてかな。

 桃香と話すことで自分にも覚悟が湧いたのかどうなのか。

 親に返していないものがあるのなら、今ここで自分を磨いて……戻った時にこそきちんと返そうって、そう思えた。

 それがいつになるのかなんてことは、一生かかったってわかりそうもないけど。

 でも……そうさ。生きていればまたいつか会える。

 そう信じていなきゃ、それこそ親不孝だろ?

 自分は過去に飛んで、その場で骨をうずめるつもりだからさようならなんて、笑えない。

 笑えないから……受けた恩はいつか必ず返すことを、今この場で……何度だって誓おう。

 果たせないから誓わないんじゃなく、果たしてみせると心に決めたからこそ。

 

「………」

「……これは随分と氣が穏やかになったものだのぅ」

「っと、ごめん。気が散っちゃいました?」

「気にするほどのことでもない。それよりも堅苦しいのは好かんというのに……敬語もよしてもらおう、普通に話してくれて構わん」

「……そっか。うん、了解」

 

 なんか祭さんみたいだー……なんて思いながら、ゆったりとした時間を過ごす。

 足を桔梗に、背中には鈴々が再び寄りかかり、動けない状態に。

 あの……なんですかこの状況。

 

「じゃあええと、話を戻すけど……気が散っちゃったか?」

「いや。氣が揺れていたから注意しようとしたのだがなぁ、己で解決したのか嫌なことを思い出していただけなのか、すっかり心地の良い氣に変わってくれた。はっはっは、出来れば揺れることなくこのままで居てほしいものだが」

「……そんなにひどかった?」

「応さ。まるで荒野に投げ出された孺子のようだったわ」

 

 なるほど、それはひどそうだ。

 初めてこの世界に落ちた時も、華琳に拾われるまではそんな顔をしていたに違いない。

 

「自分じゃあわからないもんだなぁ……」

 

 言いながら、深く息を吐いてみる。自分の中にある重い空気を吐き出すように。

 そうしてから、鈴々に寄りかかられながらも空を見上げた。

 ……綺麗な蒼が、変わらずそこにあった。

 

「桔梗は空の蒼は好きか? ……っていうかさ、呉でも祭さんをさん付けて呼んでたから、物凄く違和感を感じるんだけど……戻しちゃだめ? 出来れば敬語で……」

「断らせてもらおう」

「うぅ……」

 

 堅苦しいのがそんなに嫌いなのか。過去になにかあったっていうのなら、仕方ないのかもしれないが……うう。

 目上の人に対してそんなふうに振舞うの、じいちゃんの影響もあって苦手なのに。

 呉の親父たちの時は、相手が相手だったからいろいろと砕けることも出来たけどさ。

 

「じゃあそのままでいくけど……桔梗は空の蒼は好きか?」

「ふむ……その時の気分にもよるが、曇天よりはましというもの。好きでもなければ嫌いでもない……と言いたいところではあるが、雨の日よりも晴れの日のほうが酒は美味い」

「や、酒の話じゃなくて」

 

 頭を撫でながら見下ろし、そんな会話を楽しむ。

 されたツッコミも笑みに変えて、かっかっかと笑う桔梗は目を開け、空の蒼を見つめた。

 仰ぐまでもなく目にするそれを、どんな気分で見上げているのだろうか……そう思いながら、俺も再び空を仰ぐ。

 昼の空が、そこにあった。

 

「たまに……空を見るとさ」

「うん……? うむ……」

「あっちのこと、思い出すんだ」

「………………そうか」

 

 眺める景色が違っていても、見上げる空はきっと変わらない。

 蒼はそこにあり、朱がそこにあり、黒がそこにあって……白む空もそこにある。

 だから、この空だけは天に続いているんじゃないか、なんてことを思う。

 電線だらけで見れたものじゃなかったけど、電線を越えてしまえばあるのは空だけ。

 同じだからこそ、あの日教室から空を見上げたんじゃないかって、今でも思う。

 

「寂しいか? 御遣い殿よ」

「……そうだなぁ、きっと寂しい。今はやりたいことがいっぱいあるから誤魔化せてるんだろうけど、ふぅって……息を吐いたらさ、いろいろなものが零れ落ちそうで怖いんだ」

「それはここでは埋められん寂しさか?」

「………」

 

 見上げる視線と見下ろす視線が交じる。

 俺はその質問にどう答えるべきかを探ろうとして……すぐにやめた。

 

「覚悟はもう出来てる。この地に骨を埋めることになっても、家族を泣かすことになっても、せめて自分は出来るだけ悔いの残らない生を歩く。絶対に悔いを残さない生き方なんて、今の時点で“絶対に無理だ”ってわかってるからさ。親不孝どころか家族不幸だけど……今は自分に出来る精一杯をやっていこうって思ってる」

「…………応」

 

 桔梗は俺の答えに、笑みと頷きを以って返してくれた。

 “応”以外の言葉もなく、そのまま吹く風に身を委ねるように目を閉じると……一言だけ。

 

「……悔いが残る。お主が蜀に降りていたのなら、また違った“今”を見ることが出来ただろうに……」

 

 そう呟いて、やがて……少しもしないうちに寝息が聞こえる。

 

「…………」

 

 目を見て話すために下ろしていた視線を、もう一度空へ。

 どうもだめだな、なんて考えながらも……自分は元気にやっていますと空に届けた。

 

「さて、そろそろ鍛錬を再開……───どうしよう」

 

 考えてみれば桔梗が膝枕で寝たままだ。背中には鈴々だし。

 桔梗を起こして鍛錬……って状況でもないような、あるような。

 いや、せっかくの三日ごとの鍛錬だ、ここで妥協するのはなんだかもったいない。

 

「よし鈴々、続きをしようっ!」

「ん、んぐ……わ……ふぁひゅ……わかった……のだー……」

 

 ……あの。もしかして寝てました?

 背中預けて寝てました?

 

「………」

 

 でも、確かにいい天気。

 こんな暖かな日は眠りたくもなる……いやいやいや、だめだだめだめ、鍛錬鍛錬っ。

 誘惑に負けちゃいけません、せっかくの時間なんだ、有意義に───

 

「んんっ……うにゃー……っ!!」

「へっ?」

 

 鈴々が伸びをした。

 ただし、俺に体重をかけるように……むしろ俺の背中に自分の背中を乗っけるような感じでぐぅうっと。

 寝てしまおうかなんて気を抜いてしまっていた俺にとって、それはとんだ不意打ちで。

 かくんと前傾するままに───

 

「ふぐっ!?」

「……んん? むぐっ!?」

 

 押されるままに、唇と唇がぶつかった。

 一瞬、頭の中が真っ白になり、“ア、コレヤバイ”と本能が叫びそうになった矢先、どごーんと重いなにかの落ちる音。

 慌てて背中の鈴々を押しのけるように顔をあげると……視線の先に、金棒を落として呆然と立ち竦みつつも俺を見る魏延さん。

 それとはべつに、あらあらと頬に手を当てて微笑んでいる黄忠さん。

 

 

  ……前略、華琳様。

 

  ごめんなさい。北郷一刀は今度こそ死ぬかもしれません。


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