真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

107 / 454
37:蜀/ぶつけ合ってぶつかり合って、友達②

70/誤解。誤って解すること。一応“解っちゃってる”だけに性質が悪い。

 

 で……これである。

 

「きぃいいいっさまぁあああああああっ!! 酒で桔梗様を酔わせ、前後不覚になったところを襲うなど!! やはり貴様はワタシが想像していた通りの……いいや! それ以上のクズだ!!」

「い、いやっ……わざとじゃっ……ていうか俺はむしろ、酒のことは注意しようと……!」

 

 “怒り心頭に発する”って言葉がこうも似合う状況は、そうないと思う。

 始まった一週間の、たった二日目から鬼を前にした気分を、現在進行形で味わっている。

 鈴々に押されたからとはいえ、寝ている人にキスをしてしまったのは事実であり、そんなことを理由に詰め寄られればまあ……こうなるわけで。

 問答無用で突き飛ばされてから縛り上げられ、大木に括り付けられた。

 魏延さんは拳をわなわなと震わせ、いつ殴ってきてもおかしくない状態。

 黄忠さんが止めてくれてるんだけど右から左へ、今は怒声を発しているだけで済んでるけど、いざとなったら一発二発は覚悟しないと……だめ、だよなぁ。

 

「焔耶ちゃんも見ていたでしょう? 鈴々ちゃんが伸びをした所為でああなってしまったのを」

「いいや! この男はそんな状況をこれは好機と狙ったに違いない! でなければ押されることに抵抗のひとつも出来たはずだ!」

「邪なことを考えての行動を、桔梗が察知できないと……焔耶ちゃんは本当に思っているの?」

「うっ……い、いや、それはしかし……っ! それは桔梗様が寝ていたからで!」

「たわけが、寝込みを襲われるほどの未熟とわしを驕るか」

「い、いえっ……けしてそういうわけではっ……」

「………」

 

 そして罪悪感。

 キスしてしまったのは確かだし、気をつけていれば背中を押された瞬間に抵抗も出来たはずなのだ。

 それが出来なかったのは、まあその……いろいろと考えていたからで。

 気を張っていなかった俺が悪いといえば悪いんだけど、ここで謝るのは違う気がした。

 

「……いい機会だ。焔耶よ、お主も一度腹を割り、御遣い殿と話してみよ。お主が思うほどの見境無しの最低男かを、誰の存在も割り込まさずに己が目だけで判断しろ」

「ワ……ワタシの目で……?」

「おうよ。わしのことも桃香様のことも頭に入れず、己の目だけでだ。思考や発言に他の者を混ぜず、真正面から御遣い殿を知ってみよ。お主はどうも、他の者の反応を過剰に受け取り影響されるきらいがある。それを抑えて話してみよと言っておる」

「……こんな男に、知るべき部分など、え? あ、ゎ、んきゃうっ!?」

「それを探せと言っておるのだこのたわけっ!」

「う、うー……」

 

 拳骨一閃、痛がる魏延さんをどっかと俺の前に座らせ、自分はその斜め横にどっかと座る。そんな桔梗と対面して黄忠さんが座り、妙な四角形座談会が開催された。ちなみに鈴々は黄忠さんの膝の上に座り、思春は俺の傍に立っている。

 ……ええはい、俺は縛られたままです。なんだか俺ってこんなんばっかだなー……とか遠い目をしつつ、視線を戻して魏延さんと向き合う。

 

「……桔梗様はどうかしている。こんな男の何を知れと……」

「聞こえておるぞ」

「聞こえるように言いましたから」

 

 つまりそれほどまでに知る価値無しですか、俺。

 

「あらあら……でもね、焔耶ちゃん。貴女は理由があるからこの子のことが嫌いなんでしょう?」

 

 この子!? ……あ、ああうん……いや、いいんですけどね……?

 

「当然です。ワタシはここまでだらしのない男を見たことがない。聞けば魏の将全員に手を出し、呉でも女たらしの限りを尽くし、ここ蜀においてはあろうことか桃香さまの甘える場所になっておきながら、見ていて痛々しいほどの無茶を鍛錬だと口にし仕掛けるばかりで……!」

「はい、そこで一旦考えるのをやめてみて?」

「は? あ、え……?」

「おう。考えることをやめたら、次はそこから他の者の考えなどを度外してみぃ」

「度外? ……そんなことになんの意味が……」

「いいからやれと言っておる」

「は、はぁ……」

 

 魏延さんが難しい顔をしながら、腕を組んでぶつぶつと呟き始める。

 どんな想像されてるんだろ……物凄く気になる。

 

「それが出来たら、その状態のままの御遣い殿の在り方を口に出して言ってみぃ」

「口に出して……女たらしだが、民に好かれ民を思い、己の練磨も忘れぬ者です」

「うふふっ……よく出来ました。それじゃあ焔耶ちゃん、その考えのまま、貴女がこの子を嫌う理由を探してみて?」

「それはこの男が桃香さまをっ───!」

「お主の怒りに桃香さまは関係ないだろう。度外しろと言うたろうが」

「うぐっ……う、ぅうう……!」

 

 いや……魏延さん? そこで俺を睨まれても。

 

「よいか焔耶よ。わしはお主に“己が目で見よ”と言っておるのだ。誰かの怒りに触発されて怒り続けるは愚考ぞ。主の怒りにともに怒るは忠誠やもしれぬが、お主のそれはあまりに一方的。怒る主人がこの国の何処におる」

「し、しかし桔梗さまっ! 桃香さまはお優しいお方! 許すと口で言おうと、心では!」

「口を慎め焔耶っ! お主が主人と認めた者は、敗れども民が王と信ずる桃香さまは、そこまで御心の狭い王かっ!!」

「!! っ……しかしっ……それでもワタシは……!」

「…………ん、んんっ! ……えっと。魏延さんに正面から訊いてみたかったんだけどさ」

「───!」

 

 緊張のためか口に溜まった粘っこい唾液を飲み込み、口を開いた……ら、睨まれた。予想通りだったからこのまま質問しよう……“睨まないで”とか口にしたら、話が滅茶苦茶になる。

 

「魏延さんは俺の何がそんなに嫌いなんだ? もし直せるものなら───」

「貴様という存在全てが癪に障る。直してみろ」

 

 俺の存在全否定!?

 

「えやっ、や、ぁああ……あの……死にますよね? 直したら死んじゃいますよね俺……っ!」

「焔耶ちゃん、その全てというのは、この子の全てを知った上での言葉?」

「………」

「いやあの黄忠さん、話の腰を折って悪いんですがその、“この子”って言うの、出来れば……やめてほしいなって」

「あら……ふふ、それじゃあ一刀ちゃんで」

「ちゃんはやめません!? 一刀! 一刀でいいですから!」

「だったら、わたくしのこともきちんと真名で呼ばないと、納得しませんよ?」

 

 穏やかな笑みで、「めっ」と頭をコツンと小突かれた。わざわざ立って、木に縛りつけられている俺の傍に寄ってまで。

 ……ほんとに子供扱いだ。

 

「じゃ、じゃあ……紫苑さん」

「………………うふふふふふふ……♪」

「いやっ! ちょっ! なななんで撫でるんですか!?」

 

 そんな、よく出来ましたみたいな笑顔で撫でられてもっ……俺何歳児に見られてるんだ? ていうか今横で、ぶふって……思春が居る筈の方向から、吹き出すようなぶふって音が……! わ、笑った? 思春、キミ今笑った?

 

「紫苑、です。敬語も無しで」

「や、やっ……けどそれはっ!」

「~♪」

「やっ、あっ……あああもうわかったわかりましたから頭撫でるのやめてくださっ……くれってば! しっ……しししし紫苑っ! これっ……これでいいだろっ!?」

「ふふっ……はい、よく出来ました」

 

 でもやっぱり撫でられた。

 もう好きにしてください……どうせ逃げられないし。

 

「……あのさ、紫苑。もしかして男の子が欲しかったりした……?」

「うふふ……ここに居るのは女の子ばっかりですからね。一刀さんみたいな素直な子が居てくれてると、つい構いたくなってしまって……」

 

 その結果がこの頭撫でですか……。

 い、いや……うん、まあその、正直に言えば心地良いんだけどね……? 素直に甘えられないお年頃といいますか……なんか、複雑。

 

「……こっちの暢気な話は置いておくとして。どうなのだ焔耶よ。御遣い殿の全てを知った上で、なお嫌うと言うか」

「それは……」

「桃香さまのことが無ければさして嫌う理由もないというのに、お主の言うところの“民に好かれ民を思い、己の練磨も忘れぬ者”を嫌うとぬかすか?」

「………」

「今一度よく考えてみぃ。桃香様に言われた通り、“見ていた”お主ならば自分の答えくらい出せるだろう」

「………」

「それともなにか? まだ桃香さまがどうだだの、“他人”を盾に自分の言葉を隠すか?」

 

 ……あ。

 そっか、今の魏延さんって───と、理解に至った途端、紫苑が自分の口に人差し指を当てながら微笑み、俺の頭を撫で……ってだからやめてくださいぃ……。

 

(同属嫌悪みたいなものだったりした……のかな)

 

 お互い自分がそんなだとは知らなかったとしても、何処かでおかしいって思っているからこそ、鏡を見ているような気分になるのが嫌で───

 

「焔耶よ……戦はもう終わった。主の理想を叶えるべく奮起する理由も、そうあるものでもない。桃香さまもご自分の道を歩み始めておるだろう。お主はいつまで己の主張を桃香さまのものだと言い、振り翳すつもりだ」

「桔梗さまはワタシのこの感情は、あくまでワタシのものではないと……そう仰るのですね」

「違うというのであれば示してみせぃ。他者を抜きにし、己の考えだけで御遣い殿を見て。その上で嫌う理由を聞かせてみるがよいわ」

「………」

 

 その言葉をきっかけに、沈黙が始まった。

 誰も口を開くことなく、ただただひたすらに静かな時間だけが過ぎてゆく。

 ちらりと見れば鈴々は紫苑の膝の上で眠りこけていて、思春も俺が縛られている大木に背を預けながら立ち、話が終わるのを静かに待っていた。

 ……それから、ややあって。

 

「───そうだ! 女たらしだからです!」

 

 第一発言がそれでした。穴があったら入りたいです。

 

「女たらしか。ならばお主にのみ御遣い殿の気が向けば、解決するとでも言うのか?」

「なっ……有り得ません!!」

「ならば、理由にはならんな」

「くっ……」

 

 第一発言はあっさりと流された。

 しかしこう……なんだろう。

 改めて訊いている場面をこうして見ていると───なんというか、魏延さんは……。

 

「戦いの腕が未熟───」

「ほお? お主は御遣い殿に一度負けておるだろう? お主はそれ以下か」

「くっ! でしたら! 魏では仕事をさぼることが幾度もあったと! そんな輩を───」

「なるほど? 魏でのさぼりか。……では訊くがな焔耶よ。この国での御遣い殿はどうだったのだ? お主は御遣い殿の何を見て何を感じ、“民に好かれ民を思い、己の練磨も忘れぬ者”と口にした?」

「……っ……それはっ……」

 

 言葉に詰まり、視線を彷徨わせる魏延さん。

 ……難しいよなぁ。自分が間違ってないって思っているなら、なおさらなんだよこの考え方。

 俺だって結局は……呉のみんなの言葉を散々と拒否してしまってから気づいた。

 もっと早く気づいていれば、自分の言葉を届けられたっていうのに。

 

「お主の考え、お主の言葉で返してみせい。それが出来ぬのであれば、お主に御遣い殿をどうこう言う資格はない」

「なっ……! こんな男に発言することに、何故資格云々の話が出るのですか!?」

「簡単なことよ。御遣い殿はな、お主が思い悩み、見い出せないでいることを己が思考で乗り越えた。そしてお主はそれが出来ずにおる。資格云々の必要性なぞ、それだけのことぞ」

「…………っ」

 

 ……で、何故か俺が睨まれる。

 ていうか桔梗? いったい誰から聞いて……なんか誰かさんがメンマ片手に話題として使ってる場面が簡単にイメージ出来た。もういいです。

 

「いい加減桃香さま離れをしろと言っておる。忠義を無くせと言うつもりはないが、御遣い殿が来てからのお主はちぃとそれが行き過ぎておる」

「それはこの男が桃香さまの肌を覗いた破廉恥極まりない存在だからです!!」

「そら、それよ。桃香さまが許しているというのに、いつまでお主がそれを引きずる。桃香さまがそれを望んでいるか? ならば幾度、お主にもう許したことだと説明した?」

「───……、……それはっ……そ、それは……それは……」

 

 声が弱々しくなっていく。

 彷徨わせていた視線もいつしか彷徨わせる力すら失ったように、地面だけを見つめて。

 やがて何かに気づいたようにハッと顔を持ち上げると……その顔は、迷子の子供のような表情をしていた。

 

「え…………え……? ならばワタシは……ワタシ、は……桃香さまのためと口にしながら、その実迷惑のみをかけて……?」

 

 それはやがて泣き顔にも似た表情となり、震える視線は再び地面へと下ろされる。

 思考が行き詰まってしまい、自分にとっての動きやすい理由が出せなくなってしまったのだろう。全てを理解する、なんてことは無理だけど……その辛さはわかるつもりだ。

 誰かの理想を盾にして歩く道、国の在り方を盾に歩く道、自分はこうありたいと思っていても、それは結局他人の理想でしかない道。そういった道の中で、“本当の自分”が持つ理想が挫かれない道ほど、安心して進める道はないのだろう。

 それがどこまでも無意識だろうと主の意に()ってなかろうと、大儀だと信じていれば救われたのだ。

 

  ……いつか、魏のためにと謳いながらも、自分の言葉を発さなかった自分のように。

 

 でも……それこそいつかは選ばなきゃいけない。

 誰かの理想を叶え続けるのがいけないっていうんじゃない。それが、自分の本当の理想でない理由なんてどこにもないんだから。

 ただ───

 

「全てが迷惑だなどと言える理由も存在せんよ。だが、お主のは行きすぎていた。主のためと思うあまりに自分自身としての考え方まで殺し、だというのに桃香さまの言葉も自分の都合のいいように受け取り、行動する。生き方を知らぬ幼子でもあるまいに、こうでなければならないと必死に信じ込み……似たようなことで悩んでいた御遣い殿を否定することで、自分が正しいとさらに信じ込もうとする。……わしにはここ最近のお主の様がそのように見えて仕方がなかった」

「あ……」

 

 そう。

 さっきから気になっていた。

 改まって問いただしてみれば、魏延さんは必死になって俺の悪いところだけを探そうとしていた。

 “嫌う理由は”と問われたからには当然なのかもしれないが、見つからなくても見つけなければ、いつか自分が───

 

(ああ、そっか。そうなんだ)

 

 魏延さんの立場になって考えてみた。

 すると、静かに答えに誘われた気がした。

 そうしてから改めて紫苑を見ると、穏やかな笑みで頷き、頭を撫でていた手を静かに引いた。

 心でも読めるのかな、なんて考えが浮かんだけれど……そうだよな。親って存在は、経験不足な自分たちが思うよりも周りを見ているものなんだろう。

 じゃあ……言葉を届けよう。

 行きすぎていたかもしれないけど、間違いばかりじゃなかったのだと。

 だって、そうじゃなかったらあの時、“力を示せ”なんて言わなかったはずだ。

 それさえも行き過ぎた行動の果てだったんだとしても、何度だってやり直せばいい。

 ……悪だと睨まれる対象が俺であり続けるなら、きっと何度だって許せるんだから。

 

「魏延さん、キミは───」

「すまんな御遣い殿、今は口を挟まんでくれ」

「───エ? あ、うん」

「………」

「………」

「………」

「………あれ?」

 

 許す以前の問題だった。

 え? あ、いやあの……あれ!? あれぇ!?

 

「あ、あらあら……桔梗? ここは───」

「紫苑も口を挟まんでくれ。こやつとは長い付き合いだ、己の頭のみで理解してもらいたいものもある」

「そ、そう? でもね、桔梗」

「あ、紫苑……いい、いいから」

 

 困り顔で説得を試みる紫苑を止める。

 他人からの答えや甘言が欲しいんじゃなく、自分で導き出した答えじゃなければいけない時があって、今がきっとそれなんだろう。

 桔梗には桔梗の考えがあるし、付き合いが長いのならそうであってほしいって願う気持ちも大きいのかもしれない。

 ……多分、それは紫苑も。

 でも、出鼻を挫かれた気分で少しだけショックだった。

 

「……ねぇ思春、無言で肩を叩かなくていいからさ……縄、解いてくれないかな……」

 

 シリアスな空間の中、自分だけが場違いな空間に投げ出された気分を味わった。

 いいさ。こんな恥ずかしさが、魏延さんが自分の言葉を思い出すために必要なら、いくらだって受け入れてやる。

 それが叶うなら、俺の恥ずかしさなんてどうってことない。どうってことないからやめて思春。こんな時だけやさしくしないで。

 

「…………桔梗さま。ワタシは間違っていましたか?」

「わしの言葉ではなく、お主自身はどう思っているのだ焔耶よ」

「ワタシは……間違っていたとは思えません。主の願いを叶えるのは臣下の誉れ。たとえ桃香さまに迷惑がられたとしても、ワタシはきっと同じことを───」

「ならばもし、その願いとやらを御遣い殿が叶えたとしたらどうする。魏ではなく蜀に降り、蜀の御遣いとして桃香さまの願いを叶えたとしたら。お主はそれを良しと、誉れとして見れるか?」

「っ……それは……」

「焔耶よ。よもやわからんわけでもあるまい? それは忠誠でも誉れでもなく、単なるお主の嫉妬よ。子が母に構ってほしくて我が侭言(わがままごと)を喚き散らす……お主のはまさにそれよ」

「しっ……嫉妬!? ワタシが、こんな男に!?」

「ほお? お主の言うこんな男とは、“民に好かれ民を思い、己の練磨も忘れぬ者”を指すのか。いちいち行動の悉くが桃香さまに似ていると、自分で言った者を指すのか。ならばお主が認める理想の男の像とはどういったものだ?」

「い、いえ……それは……」

 

 思春が無言で縄を解いてくれている最中も、話は続いた。

 ああ言えばこう返されるばかりで、魏延さんは口ごもりを繰り返す。

 それでも納得が出来ず、やっぱり“当たり所”を探しては、それを俺に固定して否定を繰り返す。

 そんな魏延さんを相手に、桔梗は辛抱強く会話を繰り返し……繰り返し……くり……っ……あ、嫌な予感がっ……! 話がループしだして、桔梗の肩がわなわな震えてきて───

 

「っ……~……いい加減にせんかこの馬鹿者がぁあああっ!!」

『うひぃいいいっ!?』

 

 ───爆発した。

 その迫力に思わず、目の前の魏延さんだけじゃなく俺まで身を竦ませてしまい、同時に叫んでいた。

 

「よーぅわかった! わからず屋だとは思うたがこうまで馬鹿とはさすがに呆れたわ! 立てぃ! その性根を今この場で叩き直してくれようぞ!!」

「なっ……し、しかし桔梗さま!」

「黙らんか! ぐちぐちと言い訳ばかりを吐き出す口を持ちおって! 早う立てい!」

「は、はいっ!」

「ほれ! 御遣い殿もだ!」

「は、はいぃっ! ───……エ?」

 

 あの、勢いで立っちゃったけど……あれ? 俺も?

 

「あ……あぁあああの、桔梗サン……!? なななんで俺まで……!?」

「うん? 元を正せばお主と焔耶の問題であろうが、何をいまさら」

「えぇっ!? い、いまさらって……やっ、でもっ! さっきは口を挟むなって……!」

「問答無用! 似た者同士、わしがしごき倒してくれるわ!」

「いたっ! いたたたたっ! きき桔梗さまっ! 耳はっ!」

「あだぁーだだだだっ!? ちょっ、ききょっ……あ、あぁああっ……! ななななんで俺までぇええーっ!!」

 

 耳を掴まれ、引きずられていく人間二人。

 どれだけ抵抗しても逆らえず、結局は大木から離れた場所で桔梗を前に構えることになり……その後、俺と魏延さんは苛立ち満点の桔梗の手で散々と叩き直された。

 こんなことなら、木に縛り付けられたままの方がよかったかも……。

 しかし鍛錬と思えば……! た、鍛錬と……お、おもっ……たすけてー!!

 

……。

 

 桔梗のしごきは夕刻に至るまで続いた。

 いくら今日が鍛錬の日だとしても、普段の鍛錬でもしないくらいの本気のしごき。

 体は既にくたくたってくらいに疲れ果て、そんな状態の俺と魏延さんは仰向けに倒れながら、正面になっている空を見つめていた。

 もはや桔梗、紫苑、思春や鈴々の姿もなく、ここに居る二人だけが、朱の空を見つめていた。

 

「…………北郷一刀」

「ん……うん?」

「貴様は答えを出せたと聞いたが……今でもそれを守れているか? 自分の言葉で、自分の考えで動けているか?」

「…………」

 

 言われてみて、じっくりと考えてみる。

 魏を言い訳にするのはやめた。

 自分の考えは確かに持っていて、それを叶えたいとも思っている。

 

「えぇっと……守れているかは、実のところわからないんだよな。誰かが守れているぞって言ってくれるわけでもないしさ、自分の言葉で動くっていうのはとっても勇気がいる行動だからさ。間違ってないかなって思うたびに怖くなって、それでも前を向かなきゃいけなくて……でもさ」

「でも……? なんだ」

「……ん。そんな不安や怖さと戦いながら、王として前を向いた人たちを知ってる。民や兵や将の不安を受けながらも、それでも笑顔であったり凜とした表情であったり、弱さを見せようとしなかった王を知ってる。そう思うとさ、こんなのじゃ足りない、もっと頑張らなきゃって思える。勇気を貰える」

「勇気を……?」

「ん。勇気を」

 

 不安に思うことなんて山ほどある。

 こうして一人、呉や蜀を回ること、傍には魏の仲間が居ないこと、自分の行動で誰かが傷つきやしないかと怖くなること。

 思春のことだって、そもそもが俺が無茶をした所為だった。結果はついてきてくれたけど、そうならなかった時を思うと今でも怖い。

 “そういった不安”を抱えながらも進めるのは、“そういった理由”や勇気があるから。

 

「本当に正しいことなんて、きっと誰も知らない。俺だったら余計に知らないし、怖いよ。答えを見つけられたからって、それが全て正しいんだとも思えないしさ。人には一人一人の見解ってものがあって、誰かにそれを知ってもらうには説得力が必要で。俺がそれを示すには、話し合うかぶつかっていって知ってもらうしかなくて……」

「………」

「話し合って、手を伸ばして、手が繋がれて……受け取ってもらえたらさ。なんか……なんかこう、すごく……嬉しいんだ。それが仕方ないなって妥協でもいい、とりあえずはって繋がれた手でもよくて……それで構わなくて。あとになってそれでよかったのかなって不安になるくらい、やすい信頼だったとしてもさ。ただ、知ろうとしてくれたことがあんなにも嬉しい。そんな温かさを知ったらさ───」

「なっ!? き、貴様───!」

 

 手を伸ばし、倒れた状態のままに魏延さんの手を握る。

 あの日、力を示した日の夜に、伸ばそうとしたけれども繋がれなかった手を。

 そうして、こちらに向けられた怒りと焦りを混ぜた視線を見つめ返し、真っ直ぐに届ける。

 

「───もう、自分に嘘はつけなかったよ」

「───……あ……」

 

 そうだ。

 自分が誰かの理想を眩しく思ったように、誰かもまた誰かに期待する。

 大きすぎる期待に応えようとして、頑張れば頑張るほど空振りする人や、押し潰されてしまう人なんてたくさん居るだろう。

 それでも嘘だけはつきたくないと思ったんだ。

 いつか潰されてしまうのだとしても、それが、高すぎる理想にまで届かない理想なのだとしても───自分の言葉が誰かに届く温かさを知っている。

 自分の言葉を聞いて、頷いてくれた時の嬉しさを知っている。

 そんな笑顔をもっと見たいと思った。期待に応えたいと思った。積み上げてきた様々な思いを叶えてみたいって思った。

 道のりがゆるやかじゃないことくらい、口にする前からわかっていることだ。なにせ、一歩目から刺されてしまうような、情けない自分が歩く道だ。

 それでも前を向こうって思えたのは、それが自分の口から出た自分の思いだったからに違いない。

 他人の理想を盾に生きて、他人の理想を諦めるのは簡単だから。

 自分の理想が傷つかなくて済むから、どうしてもそこへ逃げてしまう。

 だから何度も覚悟を決めて、胸をノックした数だけ前を向いて、何度だって夢を見る。

 軽口で嘘はついても、冗談に頬を緩ませて笑おうとも、自分の理想を裏切るような嘘はつかずに生きていきたいから。

 

「魏延さん、魏延さんはこの国をどんな国にしたい?」

「どんな? 決まっている、桃香さまが目指す理想の国だ」

「それが、“魏延さん”の理想? 臣下としてでなく友達としての、魏延さんの理想?」

「……何が言いたい」

「桔梗も言ってたけどさ。どれだけ眩しい理想を見ても、自分の言葉……自分の理想は捨てないでほしいんだ。誰かの理想の片隅に置くのだって構わない。桃香の理想と一緒に自分の理想も目指さないと、きっと桃香は喜んでくれないと思う」

「………」

「桃香も雪蓮も、華琳だって、今はみんなが笑顔になれる国を望んでる。それは王や将や兵だけが汗水流して作り上げて、民だけが笑顔の国じゃない。みんなが笑顔になれる国だよ」

「……、……」

「俺は……自分の理想を諦めた人が、本当に心の底から笑顔になるのは難しいって思う。桃香はさ、そんな人が自分の理想の先でぎこちなく笑うのを喜ばないんじゃないかな」

「……では貴様は、ワタシの理想を桃香さまに背負わせろと……そう言うのか?」

「桃香一人が背負うんじゃなくてさ、みんなで一緒に持っていくんだよ。だって……重荷じゃなくて宝だもん。宝は、大事に抱えるものだろ?」

「っ───」

 

 小さく息を飲む音。

 途端にぎゅうっと、握った手が握り返される。

 素直に痛かったけど、すぅっと深呼吸をすると握り返した。

 

「みんなの理想を少しずつでも混ぜた、いい国にしよう? 戻らない思いもいくつもある今だけど、あいつらが見たら絶対に笑ってくれるような、温かい国にさ。そのためには……“誰かが一人だけで頑張る”じゃあ絶対にだめなんだ。だから───」

「……桃香さまは……笑ってくれるか……? ワタシの理想も、宝だと受け取ってくれるか……?」

 

 魏延さんの質問に、一瞬きょとんとして……でも、そんな呆けを抜くように小さく笑って、届けた。

 だってその言葉は……紛れもない、魏延さんの言葉だったから。

 

「当たり前。そんな理想を叶えるために、桃香は今頑張ってるんだから」

「…………そうか。そうか……───そうか、……そう、かぁ……」

 

 小さく、少しだけ耳に届いた嗚咽。

 何を思って嗚咽を漏らしたのかなんて、きっと口にするだけ野暮だ。

 自分の言葉を受け取って、理解してもらえる喜びは、きっと何処にでもあるんだから。

 

「………」

 

 繋がれた手は離れない。

 視線を正面に戻して、空を眺めた。

 ただ俺は───彼女の気が済むまでずっとずっとそのままで、傍に居た。

 

……。

 

 で……とっぷりと夜。

 

「うぅううおおおおおおおおっ!!」

「でぇえやぁああああっ!!」

 

 中庭の暗がりに、一対の叫びと衝突音。

 あれから少しして目を拭った彼女に誘われ、今は鍛錬の続き……じゃなかったりする。

 

「そもそも貴様がへらへらとだらしのない顔で桃香さまに近づくから! ワタシが桔梗さまに説教をくらったのは貴様が原因だ!」

「それはただの八つ当たりだろっ!? 大体だらしのないとか近づくとかっ! 自分だって桃香の傍に居る時の自分の顔、見たことあんのかこのっ!」

「んなぁっ!? きき貴様まさかこの魏文長が、そのような締まりのない顔をしているとでも───!」

「してる! 思いっきりしてる!」

「ぐはっ!? ~……出任せを言うなぁあああっ!!」

 

 お互い、この際だから言える不満は言い合おうってことで、武器を手に割りと本気でぶつかっている最中。これが意外なもので、自分が思っている以上に相手への言葉は出てくる一方で、治まる場所を見失ったみたいに、口調も気にしない言い合いは続いていた。

 “焔耶”もそんな調子らしく、口からはぼろぼろと不満を出してはいるものの、顔は笑っていた。……まあ、きっと俺も。

 

「不満ばっかりのくせに真名を許したのは何処のどいつだぁっ!」

「今ここに居るワタシだ! 不満など腐るほどあるが、ワタシの言葉では貴様を嫌う言葉が出てこないんだから仕方がないだろう!」

「俺だって不満はいっぱいあるけどっ! 嫌いだって思ったことなんてきっとないっ!」

 

 叫びながら攻撃。叫びながら受け、叫びながら避ける。

 そんなことを何度も何度も繰り返し、やがてぜーぜーと息を乱しながらもぶつかり合いは続いて───……結局。

 

『はっ……は、はー……はー……はっ……あはははははははははっ!!』

 

 最後には中庭に座り込み、肩を抱き合って笑った。

 息が乱れている所為で、呼吸困難になりながらだったけど、その笑顔は本物で───温かいものだった。

 

「───……ふむ。どうやら治まるべきに治まったようだな」

「治まらなかったらどうするつもりだったの?」

「はっ、何度でも叩き直すだけよ。それしきの理解も持たんで、これから先、やっていけるもんかぃ」

 

 何処かからそんな声が聞こえた気がした。

 通路の欄干に肘をついて、こちらを見ている誰かさん二人を見たけど……うん。

 今は笑っておくことにした───

 

「ところで桔梗? 一刀さんの唇はどうだったのかしら?」

「ぶはっ!? ~……せっかく忘れておったというのに……!」

 

 ───と思った矢先に咳き込んだ。ご丁寧に、誰かさんと一緒のタイミングで。

 そんな様子を見てかどうか、聞こえた笑い声は遠退いていき……その日。

 俺と焔耶は肩を抱いたまま芝生の上に寝転がり、昔話をし合った。

 こんなことがあってこうなった、こういうことがあったからこんなふうになったと、それこそ今まで距離を取っていた分を埋めるように。

 そうすると案外気が合う部分があったりして、やっぱり笑った。

 ただ……うん、ただ。

 桃香のことになると周りが見えなくなるのは相変わらずらしく、そこはほら……うん、百合百合しさには理解のある魏国は許昌が警備隊隊長、北郷です、笑顔で受け止めました。

 そんなこんなで二日目も過ぎ。

 一歩、また一歩と別れへの時を積み重ねていった。

 


 ▲ページの一番上に飛ぶ