真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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38:蜀/友と同士、そして同志。ところにより雷②

 

71/ああメンマの園よ(再)

 

-_-/一刀

 

「それじゃあおっちゃん、お大事に」

「おう、すまねぇなぁにーちゃん」

 

 寝転がりながら手を振るおっちゃんに手を振り返し、家を出る。

 外に出ると眩しい太陽が迎えてくれて、その眩しさに少し目を細めた。

 通りの賑やかさは変わらない。

 賑わい、笑顔が溢れるいつもの成都だ。

 その、耳だけ傾ければわやわやと聞こえる音に心地よさを感じながら、人の流れに紛れて歩く。

 そうして歩いた先で、駆けずり回るようなことはせず、ゆっくりと一つ一つ、頼まれごとをこなしながら。

 桃香に許可を得て始めたボランティアめいた仕事は、これで結構やりがいがあるもので、まあその……呉で雪蓮に引っ張りまわされた時のことを思えば、まだ無茶がない。

 正直に言うなら、あれはあれで楽しかった。問題なのは、本当の意味で“引っ張りまわす”雪蓮に問題があった。だって物理的なんだもの。この時代の武に長けた女性は、まっこと腕力が強い。そのくせ腕とか細くて綺麗。ずるい。

 俺の腕なんて、毎度鍛えてるからご覧の通り……、……なんだろう、改めて、まじまじと見てみると、この世界に戻ってきた時からあまり変わってないような気がする。

 これって妙な劣等感ってやつだろうか。周囲が細いのに強くて、自分はそうじゃないからせめて細さだけでも、的な。

 ……鍛えた後のたんぱく質摂取量が足りてないとか? ぶ、豚肉とかがいいっていったっけ。今度、ちょっぴり奮発してみよっかナ。

 ある日に一食だけ摂取量変えてみたって、大して効果が無いことくらいわかってるけどね?

 

「思春、次はこの通りの先の老夫婦の家みたいだ」

「ああ」

 

 傍らを歩く思春は、竹簡をカラコロと開いたりメモに描いた地図と照らし合わせたりをする俺を見て、何処か呆れ顔だ。……あまり表情変わらないけど。

 けど、文句も言わずについてきてくれる。

 さすがに一日で、しかも一人で全部を回るのは辛いってこともあり、今日は手伝ってくれる……とのことなのだが。

 

「ここに華佗が居れば、さっきのおっちゃんの腰痛も簡単に治せたんだろうけどなぁ」

 

 万能医術ってすごいけど、どうかしてるよなー、と続ける。

 そんな言葉に思春は反応を見せ、横を歩く俺をちらりと一瞥すると、

 

「治せぬものがないと豪語しているとはいえ、それに頼りすぎては万能医術以外が廃れる。死んでしまうよりは救われるべきだとは思うが、救われてばかりでは進歩がないだろう」

「……ご、ごもっとも」

 

 まったくだと納得できることを返して、変わらずに歩く。

 ……今更だけど、随分と落ち着いたよなと思う。

 最初の……呉についたばかりの頃なんて、なにかというと殺気を向けられたり、気配を殺して監視されたりなんてことばかりだったけど、最近は……うん、殺気をあまり感じなくなった。……うん、“あまり”。

 これって、少しは気を許してくれてるって考えて……いいのだろうか。

 友達相手に気を許すとか、順序がいろいろおかしい気もする。

 と、そんなことを思って苦笑していると、

 

「何を、締まりのない顔をしているのだ……お前は」

 

 いつの間にか思春の視線がギロリと俺へ固定されていた。

 そしてこの言葉である。

 ……殺気が無くたって、怖いものってのはあるよな。

 思わずヒィって言いそうになったよ俺。

 

「え、あ、いや……ちょっと考え事を、その。最近、あまり思春に殺気を向けられなくなったなーって、あはは───ハーッ!?」

 

 本人を前に何言っちゃってんだ俺!

 ていうか思春さん!? お望みとあらばって言うかのように殺気放つのやめよう!?

 ほ、ほら、ここ、街のど真ん中だし!

 こんなところで殺気放ったりしたら───あ、あれ? 誰もがにこやかに通り過ぎてる?

 ……俺限定の殺気!? どれだけ意識を絞り込めばそんなことが!?

 って、なんか前にもこんなやり取りをしたような……。

 それって、関係的にはあまり変わってないってことか?

 

「………」

 

 考えてみれば、あまり変わった気がしない。

 ただ、殺気が向けられる頻度が少なくなったのは確かだ。

 それは喜んでいいことだと思う。むしろ思いたい。

 

「え、えぇと。はは……じゃあ、家にもついたことだし……」

「………」

 

 老夫婦の家の前に辿り着くと、さすがに殺気は引いてくれた。

 そんなことに安堵しながら、声をかけてから中に入ると、老夫婦の困りごとをしっかりと聞いて───

 

……。

 

 あちらこちらへと歩いてはボランティアを続け、そんな調子のままに気づけば昼。

 街中に鼻腔をくすぐる良い香りが流れ始め、腹がギューと鳴り、脳が「食事をせよ」と訴えかけてくる。こうなると仕事どころじゃなくなる……ってこともないんだが、集中は出来ないよな。

 

「思春、そろそろ昼メシにしようか」

「ああ」

 

 返される言葉は少ない。それでも文句は飛ばさずついてきてくれる。

 や、何処で食べるかも決めてない状態だから、頷かれるだけっていうのは割りと困る。……どうしよう。久しぶりにメンマ園にでも行ってみようか? さすがにもう、顔や特徴なんて忘れてると思うし。

 

「よし」

 

 魏に帰ってしまう前に、店の親父さんが作ったメンマ丼を食べてみたい。

 そうと決まれば後は早いもので、思春を促すとメンマ園がある通りまでを歩いた。

 歩いて歩いて……で、肝心のメンマ園の前……じゃないな、近くで指を銜える恋と……ここだけはやめませぬかとばかりに恋を引っ張る陳宮を発見。

 ……アレ? いくら忘れてたって、この三人……俺と思春と陳宮の三人があそこに行くのって、とっても危険なんじゃないか?

 

「ア、アー、アノ……思春サン? コココココ混ンデルミタイダシ、他ノ場所ヘ……」

「呆れるくらいに空いているが?」

「…………うん……そうだよね……」

 

 たまたま人が来ない時間帯なのか、メンマ園は空いていた。

 それともなにか事情があって? いやいや、以前通った時も随分と繁盛していたようだし、やっぱり人気店でもそういう時はあるってことだろう。

 ……大丈夫、だよな? 

 べつに悪いことをしに行くんじゃないんだし、フランチェスカの制服着てるんだし、陳宮だって髪も服装もあの時とは違うし。

 大丈夫大丈夫、以前と同じところなんて早々…………

 

「………」

「? なんだ」

 

 思春を見て固まった。

 以前と同じところ……思春がまさにそのものだった。

 でも、だからって別のところで食うのもなぁ。もう、胃が、味覚が、ここで食べようって準備を完了させてしまった。こうなると意地でも食べたい。お腹もすっかりペコちゃんだし。

 そ、そうそう、大丈夫大丈夫、べつにこれで趙雲さんにバレるわけでもないし───

 

「おや珍しい。ここで会うなど、やはりメンマを愛する者同士は引かれ合うということかな」

 

 ───……神様。今ここにチェーンソーがあったなら、迷わずあなたを刻みたい。

 聞こえた声に肩を跳ねらせ、天を仰いだのちに後方へと振り向くと……そこにはやはりというか、趙雲さん。我、友の素顔を見たりといった輝かしい笑顔で迎えられた。

 

「いや。いつかはここで会うであろうと気を張り巡らせて幾数日。友であり同士でもある北郷殿が、忙しい仕事の合間を縫ってようやく訪れたこの瞬間に居合わせたこと、嬉しく思う」

 

 なにやら物凄くツッコミどころ満載のことを言われた。

 え? あの、それって……?

 

「趙雲さん? それってつまり、ほぼ毎日ここで張ってたってこと……?」

「む……それは当然というもの。いつメンマ神が再びここに訪れるのやも知れぬのに、待たないはずがなかろうに」

「メンマ神!?」

 

 なんかキリッとした顔でメンマ神とか仰ってますが!?

 どれだけ美化されてるんだよ趙雲さんの中の俺!

 い、いや落ち着け、まだ大丈夫……ここを抜ければずぅっと美しい思い出として趙雲さんの中で生き続けるんだ……!

 メンマの知識や愛で言えば、趙雲さんに敵うやつなんてきっと居ない。

 なのに俺が神だなんて、きっと趙雲さんだってショックを受ける。

 このままがいいんだ、このままが。

 ……なんて思ってると、大体バレるのが世の常なんだよな……よし、自然だ、自然体でいくんだ。バレるに違いないって構えるからいけないんだ。

 

「そっか。既に趙雲さんの中では神扱いなんだ、その人」

「自らが思いもしなかった方法でのメンマの可能性の開拓。それを成した者には、たとえ相手が誰であろうと敬意を払って当然。そういったものが認められるからこそ、小さな邑などからでも立派な将が登用されることもある。技や業、知識や徳、己の中には存在しないものを持つ者が集うからこそ、国があり助け合い、信頼が築かれる。北郷殿ならばそれくらい理解もしていように」

「……ん。そうだな」

 

 きょとんとした顔からキリッとした顔へ、そして最後にニヤリと笑う趙雲さんに笑顔で返す。……でも正直に言えば、メンマ神はいきすぎだと思うんだ、俺……。

 それだけメンマのことが大事ってことだもんなぁ……───メンマから国の話に繋がるとは思いもしなかった。

 ともあれ、少し話をしたら心も落ち着いてくれた。

 ふぅ、と小さく息を吐くと調子も戻ってきて、「さて」と促されるままにメンマ園へ。

 そうだよな、なんだかんだ言っても昼を食べに来たんだから、心配とかそういうことをしても始まらない。昼を食べに来たのなら、始まるのは食事をし始めた時だ。

 ……なにが始まるのかは知らないが……って、メンマの園での宴が始まるのか。

 

「おお、これは趙雲さま。ようこそいらっしゃいました」

「壮健でなによりだ、店主」

 

 ごちゃごちゃ考えているうちに店の前。

 なんだかんだと悶着をしていた陳宮も結局は根負けしたのか、恋と一緒に並んで座っている。

 俺も座り、将とともに座ることを遠慮しようとした思春も無理矢理座らせて、いざ。

 

「今日は何になさいます?」

「ふむ……ラーメン特盛りだけでいい」

「今日はメンマ丼はよろしいので?」

「ああ。今日は友が来てくれたのでな、のんびりメンマを楽しみたい」

 

 さすがに手馴れたもので、大して迷いもなく注文を済ませる趙雲さん。

 俺は……ってちょっと待て? 特盛り? 今特盛りって言ったか?

 大盛りでさえあの量だったのに、さらにその上?

 

「………」

「む? なにか顔についているかな?」

「い、いや、なんでもない」

 

 思わず信じられないものを見たって目で、隣の趙雲さんを見てしまった。

 ……女の子ってすごいな。甘いものは別腹っていうけど、あれって確か本当に胃袋がスペース空けるんだよな……? それと同じで、好物の前ではたとえそれがメンマであろうと、胃袋がスペースを空けるものなのだろうか。

 だって……この細身だぞ? なのに……い、いやいやっ、考えないようにしような?

 どの道、食べることになれば驚くんだろうからさ……なっ?

 

「えと、じゃあ俺はさっき言ってたメンマ丼を。米の盛りは普通で、メンマ大盛りで」

「……ほほう、通ですな。それでいて欲張りだ」

「や、わざわざ目を輝かせないでいいから」

「いやいや謙遜することはない。メンマを楽しみたいとラーメン特盛りを頼んだすぐ後に、メンマ丼をメンマのみを大盛りで頼むことでメンマを楽しもうとするその在り方……やはり私が友と認めただけのことはある」

「………」

 

 どうしよう桃香さん。この人、既にお酒臭い。

 もっと早くに気づいてれば、こうして付き合うこともなかっ……たことにはならないだろうなぁ。きっとそのまま引きずられていたに違いない。

 そうして、少しモハァ~と溜め息に似たなにかをゆっくりと吐き出しながら、みんなの注文を聞いていた。

 ここまできたらもう、なるようにしかならない……そうだよな、凪……。などと、ホロリと心の涙を流しながら、沙和や真桜に振り回されてばかりだった彼女を思い浮かべた。

 ていうかもうなんて言えばいいのか……俺がここを知ってて当然みたいになってないか?

 ラーメンがメンマであることを知っているところへのツッコミ、全然無いし。

 

「ふふっ……私もかつてはラーメン並盛り、メンマ大盛りをよく頼んだものだ。というよりはここ以外の店ではほぼそうしている。それを、誰に言われずともメンマ丼で注文してみせるとは。いやいや、やはりこの趙子龍の目、捨てたものではない」

「えーと……う、うん……?」

 

 どう返事をすればいいのか……。

 ともあれ、かつてのように出されたお通しのメンマをコリコリと味わいつつ、本命のメンマ丼が来るまでの時間を他愛ない話で潰した。

 そうして談笑していると、たんとんと出されるメンマ料理。

 焼売、餃子、メンマ炒飯にラーメン(メンマ並盛り)、そして……メンマ丼と、ラーメン特盛りが。

 

「───…………」

「な……わ……」

「……?」

 

 一同、停止。

 丼に盛られたメンマ……それはジャイ○ンのどんぶりメシどころではなかった。

 これは山……そう、チョモランマ……! 特盛り……これが特盛りかッッ……!!

 あ……でも恋はそう驚いた様子もない。案外、何度か来たことがあるのかもしれない。

 普通に驚く要素を感じないだけかもしれないけど。

 

「ふふ……相変わらずの見事なメンマ捌きだな。メンマが崩れぬよう、一本一本が支え合っている。素晴らしい職人業だ」

「へへっ、そう言ってくれるのは趙雲さまだけでさ」

 

 や、それって一本抜いたら崩れるって意味じゃないか?

 ……い、いやっ、食ってる! 一本一本味わいながら、ここを抜けば平気と言わんばかりにバランスを保ちつつ! な、なんかもう何が凄いのかわからなくなってきたけどとにかく凄い!

 

「ほれ北郷殿も。ともにメンマを堪能しよう」

「あ、ああ……」

 

 見ているだけで胸焼けしそうだ。しかも隣でこの量を食われると……。

 ……目の前のメンマ丼に集中しよう、それがいい。

 

「いただきます。……んむっ、……!? う、うめ───はっ!? こ、こほんっ、……美味しい」

 

 まずは一口。

 通しのメンマで、もう頷けるほどの美味しさだったわけだが……やっぱりここのメンマは他のメンマとは一味違う。

 専門店を謳うだけあって、普通じゃ出せない味だ。

 メンマの濃い味を卵が抑え、けれど邪魔することなく混ざり合い……ほのかにピリッと辛く、にんにくの風味とは別の柔らかい香りが……なるほど、以前俺が作らせてもらったものより全然美味い。

 そりゃそうか、「これだ」って自分で認められなきゃ店で出すわけもない。

 きっとあれからいろいろと研究したんだろうな……うん、美味い。

 思わずまた「ウメー」とか叫びそうなところをなんとか踏みとどめて、改めて言えるほどに美味い。

 

「へぇええ……美味しいなぁ」

「はっはっは、そうだろう。なにせメンマ神が残した一品にして逸品の料理。きっと友であるお主なら気に入ってくれると思った」

 

 かなりの上機嫌でメンマを食べる趙雲さん。

 心無し、食べる速度が上がった気がする……嬉しかったからか?

 

「……ん」

「へいおまちっ」

「……ん」

「へいおまちっ!」

「……ん」

「へ、へいおまちっ!!」

「……ん」

「へいおまちぃいっ!」

 

 で、趙雲さんを挟んだ隣の席で椀子メンマやってる恋と親父さんは……気にしないほうがいいよな。陳宮ももはや何も言わず、黙々と食べてるし。

 でも実際美味いし、箸もどんどん進むから、おかわりを願う気持ちもわかる。

 

「……ふむ……呉には無い味……新しい」

 

 思春もなんだかんだでハクハクと食べてるみたいだし……やっぱりここにしてよかった。

 バレる様子もないし、安心だ。

 ところで、なんとなく思春が料理評論家みたいな目になってる気がするのは……えぇと、気の所為か? 表情あまり変わらないけど、目つきがいつもより鋭い気がする。

 

「………」

 

 美味しいものを食べて、賑やかな場所で、息を吐く。

 なんていうか……平和だ。

 当たり前にあることって大事だなーって、そんなことを思った。

 

「親父さん、メンマおかわり」

「おっ、兄ちゃん食うねぇ! ここに来る奴はどーも一回食えばいいって奴らばっかりで、兄ちゃんみてぇに自分からおかわりを言わねぇからいけねぇや。せっかくメンマを追加してやっても、“もういい”だの“そんなにいらない”だの。こちとらメンマで食っていってんだ、メンマ園がメンマ出してな~にが悪いってんでぃ」

「はは、美味いものでも限度越えて出されたら、次に来る時に楽しめないって。この美味さなら、おかわりしたい人は自分から言うと思うし……自分の速さで食べてもらえばいいじゃん」

「むっ……そりゃ確かにそうだが」

「ふむ。あらゆる道も、押し付けるのではなく知ってもらい、受け入れてもらうもの……なるほど、それは乱世の頃の我らによく似ている」

「や、だからさ……なんでメンマが国とか大げさなところに繋がっていくのさ」

 

 それだけ趙雲さんにとっては、メンマは素晴らしきものだってことなのか? ことなんだろうな、当たり前じゃないか。考えるまでもなかった。

 

「趙雲さまのお連れならばと張り切ってましたが……へぇえ、落ち着いた方ですねぇ」

「私も噂で聞いていた人物との相違点ばかりが見られ、本人なのかと何度疑ったことか」

「そういうことを本人の前で、しかも本人を見ながら言うの、やめません?」

「はっはっは、そう気にすることでもなかろう。噂がどうであれ、私にとっては今見る北郷殿が全てだ。女にだらしのない魏の種馬……人に慕われはしたが、仕事もさぼり放題で買い食いを好み、しかし仲間の危機には己が身の危険も顧みずに飛び出す……だったかな?」

「……それって?」

「曹操殿と愛紗が話していたところを偶然。いつかの戦の際、危機に陥った曹操殿を不器用ながらも馬を駆って救ったそうではないか」

「………」

 

 なんつーことを話してるんですか華琳さん。

 もしかしてあれか? いつか愛紗を欲しがってたことがあったけど、その延長の話題作りでポロリと話してしまったとか?

 ……まさかなぁ。

 

「へ? あの、趙雲さま? 魏の種馬ってこたぁもしやこの方は……」

「うん? ああ、そういえば店主、お主は学校のことも詳しく知らないんだったな。……そう、この者こそが魏にその者ありと謳われた噂の人物、魏の種馬の北郷一刀殿だ」

「へぇえっ……! こ、この方がっ……!」

「…………なぁ思春。ここって怒るところなのかな、呆れるところなのかな、元気に自己紹介するところなのかな」

「とりあえず泣いておけ」

「……そうだね……」

 

 旅をして、絆も増えた。笑顔も増えた。それに比例して涙も増えた気がする。

 ああもう、泣きながらご飯食べると何故か美味しくないなんてことないぞ、ちゃんと美味いじゃないか。

 

「そんなお方に食べていただいて、しかも泣いてもらえるとは……。メンマを作っていて本当によかった……!」

「うむうむ、やはりメンマとは人を幸せにするものなのだ。メンマの道はまだまだ深い」

「おっしゃる通りでさ!」

 

 楽しそうに笑う二人を見ながら、美味しい美味しいメンマ丼を食べた。

 この味はもう忘れられないだろうなぁ……いろんな意味で。

 

(はぁ……種馬呼ばわりされる度に思い出しそうで、少し憂鬱だよ)

 

 鬱ではあるけど、笑えないわけじゃないなら泣きながらでも笑えばいいか。

 笑う門には福来る。来ないって最初から否定していたら、来たかどうかもわからないってね。

 楽観的だ~ってよく笑われるけど、ほら。そこにはもう笑みがあるんだ。

 多分、笑顔なんてのはそんなのでいいんだ。

 涙目でそんなことを思いつつ、丼を空にして一息。

 

「はぁ~……食ったぁ~……」

 

 自分で思うよりもあっさりと胃袋に収ったそれを腹越しに撫でた。

 そして……あの。いくらおかわりしたとはいえ、あの量をほぼ同時に食べ終わっている隣の趙雲さんはどう説明すればいいんだろうか。

 

「また腕を上げたな店主。有名になった途端に慢心して腕を落とすでもない……そのメンマに対する礼を忘れぬ心、実に見事」

「おそれいりやす」

「それでこそメンマの園の店主。それでこそのメンマ好きのメンマ好きによるメンマ好きのためのメンマ園……! まさに我らの理想が形になった理想郷だ……お主もそう思うだろう、北郷殿」

「だな。これほど美味しいメンマは、他ではそうそう食べられないよ」

「うむ。やはり私の目に狂いは無かった……北郷殿、やはりお主はメンマ征服の同士として相応しい逸材! これからも友として同士として、ともにメンマ道を歩もう!」

「ちょっと待て!? 今なんて言った!? メンッ……メンマ征服!?」

 

 世界征服じゃなくて!? メンマ……えぇ!? メンマ征服!? なにそれ!

 いや世界征服だって大それたことだけど、それよりもメンマ征服の方が言葉的にインパクトありすぎだろ!

 

「メンマ征服……! それは私達が目指す一つの到達点……!」

「以前までは趙雲さまが連れてきてくださるお客人以外には、客が訪れなかったこのメンマ園……その第一歩がメンマ神さまのお陰で拓かれ、今やお客人がごった返すこのメンマ園!」

「最初こそこの味わいは己のみが知っていればいいと、半ば独り占め紛いな外道行為をしていた……だが今は違う!」

「メンマの味を少しずつ、しかし確実に広め、全ての人をメンマ好きにする! それこそがあっしらの目指す“メンマ征服”でさぁ!」

「そして今ここに、私の友にして新たなる同士誕生の瞬間! 北郷殿! 我らの力でメンマを広めるのだ! この味を知らずに、満たされた気になっている者達に……メンマの素晴らしさを伝えんために!!」

「ア、エ……エェト……?」

 

 どっ……どうしろ……と……!?

 無駄に熱く語ってくれてるのに、この勢いについていけない……!

 というかこれは、乗った時点でいろいろとまずい方向に流れやしないか!?

 いや、確かに俺は趙雲さんのメンマに感動して、友達に、って握手したぞ!?

 でも……あれ?

 

  “ともにメンマの真髄……極めようではないかっ!”

 

 ア───……ア、アアァァァァーッ!!

 真髄!? これって真髄なのか!? えぇ!? メンマ征服が真髄!?

 まさかそんなっ……いや、けどっ、でもっ……あ、あぁあああもぉおおお!!

 ち、誓い合ったことは守る! 言われた上で握手して友達になったんだ! 守らなきゃ嘘だろ!? ああ嘘だともちくしょーっ!!

 大体不味いものを押し付けるわけじゃなく、知ってもらおうと努力している人たちなんだぞ!? べつに悪いことじゃないじゃないか!

 ……あれ? じゃあメンマ征服って……いいこと? ただ味を広めようってだけで……はて。なんで俺、いろいろごちゃごちゃと考えてたんだっけ。

 待て? なにかじっくり考えなきゃいけない筈なのに、こう希望に満ちた目を四つも向けられたら……

 

「行こう! 趙雲さん! 親父さん! 俺達が求めるメンマの末を求めて!」

「北郷殿!」

「種馬のにーちゃん!」

「はぐっ! …………あの、親父さん……呼ぶ時は一刀で……」

「お、おお? んじゃあ……種馬の一刀!」

「ぐふぅっ!? やっ……た、種馬はいらないからっ……!」

「なんでぇ、一国の種馬なんて、男冥利に尽きるってもんじゃねぇかい。胸張って受け取っときゃあいいじゃねぇか」

 

 仰る通りかもしれないけどさ……。

 

「うん? けど魏の種馬ってこたぁ……え? あの……趙雲さま? ついうっかりにーちゃんとか軽々しく口にしちまってますが……」

「うむ。曹操殿を始めとする、魏将全ての伴侶……将来的には配偶者……と考えて良い」

「あばよっ……我がメンマ道……っ!!」

「いきなり死を受け容れないでくれません!?」

「しっ……しししししっししし失礼しやしたぁあああああっ!! まままさかそんな方だったとは露知らず!!」

「いやいやいやいやそんな大袈裟に謝られても! むしろそうして砕けてくれたほうが俺も嬉しいし! そっ……それにほらっ、同士なんだから遠慮なんてっ……なっ!? ていうかさっき魏の種馬がどうとか話してたでしょ!? 露知らずじゃないだろ絶対!!」

「はっはっはっはっは」

「趙雲さんも笑ってないで! なんか震えながら店仕舞いしようとしてるぞ!? 放浪の旅にでも出そうだよ本気で!!」

「む。それは困るな」

 

 ……笑いを潜め、キリッとした顔になる。

 ほんと、メンマのこととなると真面目な人だ。

 人をからかう癖は、本当に直してほしい。

 ともあれ親父さんは趙雲さんや俺の説得で息を吐いてくれ、ようやく落ち着いてくれた。

 むしろ兵や他の民も平然と兄ちゃんとか一刀とか、気安く呼んでいることを教えると、ひどく安堵した表情を見せてくれた。

 その頃には……ええと、まあ。恋がようやく箸を置き、他のみんなも満足し、あとは席を立つのみとなったわけだが───

 

「んお……? そういやぁそっちの嬢ちゃん……どっかで見た気が」

「気の所為です」

 

 親父さんが思春を見ての一言に、キリッとした顔で返した。

 ……そして、それは地雷であると断言出来る自分に、瞬時に気づいた。

 一言で言えば“俺のばか”。

 

「……ふむ? 何故、そこで北郷殿が返すのかな?」

 

 釣りたくない誤解を釣ってしまった。ゴカイってあるよね、釣りで使うエサのゴカイ。誤解を釣ってしまったってことはつまり、何も釣れなかったってことで……自分にはなーんの得にもならないって意味に繋がっていて……ああもちろん嘘だとも。

 

「え、や……えぇえと……」

「………」

(陳宮……そんな、馬鹿者を見るような目で人を見ないでくれ……今自己嫌悪でどうにかなっちゃいそうなんだ……!)

 

 こんな時には案外悪知恵は働くものだが、誤解はさらなる誤解を生んでしまうもので……まあ、なんだろう。友だ同士だと言ってくれた人に嘘をつき続けるのって、心が痛い。

 むしろ話してしまったほうがいいんじゃないだろうか……“メンマ丼は、自分が教えました”って。そしたらきっと二人とも、“北郷殿……よもやメンマ神の遺した偉業を己の手柄と言い張る気かっ!”とか、“見損なったぜ兄ちゃん……! おめぇはそれでもメンマ道を歩む者か!”って、温かい言葉で迎えられて……───全然温かくないや。むしろ泣ける。

 

「……段階、追わせてもらっていいかな。結論から言うと、絶対に白い目で見られるから」

「む。北郷殿、あまり我らを見縊らないでもらいたい。我らは同士であろう、それを白い目で見るなど───」

「いや是非とも。今の言葉でむしろ流れが読めたというか……とにかく段階追わせて」

「? なにやらよくわからんが……そこまで言うのなら」

「はあ……馬鹿なのです」

「何かと言うとすぐに首を突っ込むからそういうことになる……」

 

 服装そのままな思春にも問題があるって、俺が言ったら許される?

 ……無理だろうね。同じ服装なのに、このメンマ園を選んだ俺が悪い。


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