真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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03:三国連合/今日の日はさようなら③

 と、そんなわけで。

 

「桃香。ちょっといいかしら」

「ふぇっ!? あ、な、なにかなっ華琳さんっ」

 

 謎が謎のままなのが許せないのは性分なんだろうか。

 間も取らずにすぐに劉備に声を掛けると、自分の隣に座るように劉備に促す華琳。

 主が座したならばと関羽もそれに習って……何故か俺のことを睨んでます。

 

「訊きたいことがあるのだけれど。倒れていた一刀の腕を枕に眠っていたのは本当?」

「ひうっ!? う、えと、その…………」

「曹操殿、それはこの男が───!」

「愛紗、少し黙っていて頂戴。今は桃香の口から聞きたいの」

「う……し、しかし……」

「まあまあ華琳、そんなに邪険に───ってなんで俺のこと睨むの関羽さん!」

 

 この状況、俺は口を開くことはしないほうがいいのかもしれない。

 なんとなくそう思い始めてる俺が居た。…………酒でも飲んでよう。

 

「えっと……上機嫌の雪蓮さんにお酒に誘われて、お兄さんの話を聞きながらお酒を飲んだ……ところまでは覚えてて、気づいたら華琳さんに手を抓られてて、い、いろいろされて……そのあとでまた雪蓮さんに捕まって…………」

「雪蓮ね」

「ああ、雪蓮だな───だから睨まないでくれったら! 喋るだけで睨まれるって、どこまで嫌われてるんだよ俺!」

「愛紗。貴女はどうして一刀の隣で寝ていたのか、覚えていないの?」

「は……星に酒を呑まされ、その途中で笑みを絶やさぬ桃香様に、さらにさらにと呑まされたところまでは覚えているのですが……」

 

 みんなの視線が劉備に注がれる。

 ……うん、そうだね、俺の嫌われ具合はどうでもいいんだね、みんな。

 

「し、ししし知らない知らないっ、私そんなの知らないよっ!?」

「桃香……貴女は少しお酒に強くなりなさい。大胆になるなとは言わないけれど、貴女の場合は少しいきすぎよ」

 

 そういえば……桂花は自分でやった、なんてことは一切口にしていなかった。

 していなかったからって、謎料理で人を毒殺していいわけでもないが……実害を被らなかった分、ことあるごとに俺を睨む関羽と、宴の中で華琳を探しているであろう春蘭よりはマシなのかもしれない。

 “そうしよう”と思っててあの料理を作っていない分、関羽と春蘭も性質が悪いんだけど。

 

「まあそれはそれとして。桃香? 雪蓮が貴女に話していたことっていうのはなに? 一刀のことだというのはわかっているわ。その内容を話しなさい」

「曹操殿、それはいくらなんでも勝手が過ぎるのでは……」

「あ、ううん、いいんだよ愛紗ちゃん。べつに隠さなきゃいけないことじゃないし、お兄さんは魏に降りた御遣い様なんだから、ちゃんと許可は取らなきゃ」

「許可……?」

 

 ハテ、といった感じに疑問の色を浮かべる華琳。

 かく言う俺も、頭の中は疑問符でいっぱいだ。

 

「お兄さん、私とも手を繋いでくれますか? 国を善くしていくために、国に返してゆくために」

 

 けど、この劉備の言葉で納得の二文字が思考に溶け込んでゆく。

 

「なっ……桃香様!? このような者の力を借りずとも、蜀は───!」

「……ううん、愛紗ちゃん。それじゃあダメなの。私、雪蓮さんからお兄さんのこと聞いてて思った。伸ばした手、伸ばされた手を取り合って、みんなで作れる笑顔が欲しいって。そのためには、私達だけがどれだけ頑張っても意味がないの」

「桃香様……」

「……私ね? みんなのことが好き。ここに居るみんなや、街の人達の笑顔が好き。でも、それって蜀の国だけで手を取り合ってても続いてくれる笑顔なのかな」

「それは……」

「華琳さんにはまた“甘い”とか言われるかもしれないけど、今ならそれも無駄な夢じゃないって胸を張れるよ。私には誰かと戦う力が無い。朱里ちゃんや雛里ちゃんみたいに頭を働かせるのもあんまり得意じゃない。それなら私は、手を繋げないでいる誰かと誰かの間に立って、繋ぐことの出来る“手”になりたい」

 

 劉備はそう言うと、俺と関羽との空きすぎている間に座って、左手を俺に、右手を関羽に伸ばす。

 

「愛紗ちゃんは……私の手を取るのは嫌かな」

「と、とんでもありません!」

 

 その右手に、関羽が手を伸ばす。

 

「御遣いのお兄さんは、私と手を繋ぐのは嫌ですか?」

「……いいや。でも俺は、どうせなら関羽さんとも繋ぎたいけど」

「お断りする」

 

 即答でした。ええ、わかっておりましたとも。そう思いながらも繋いだ手はやっぱり小さく、女の子なんだなぁとしみじみと思わせた。

 外見からして当然なんだけど、こんな子たちが乱世を駆け巡ったのだと思えば、今さらとはいえ改めて驚きたくもなる。

 

「はは……まあ、今出来ないことを今どうのこうのと言っても始まらないよな。……姓は北郷、名は一刀。字も真名もない場所から来た男だけど……よろしく、劉備さん」

「あ、うん、こちらこそっ。えへへー……男の人のお友達って初めてかも……えっと、姓は劉、名は備、字は玄徳。真名は桃香だから、そう呼んでね、お兄さん」

「桃香様!? このような男に真名を許すなど!」

「ほら~、愛紗ちゃんもいつまでも怒ってないで、挨拶挨拶~」

「なにを暢気なっ! 一国の王たる御方が、こんな男に───!」

 

 ……そして再び騒ぎ始める二人。

 それを再び肴にしつつ、俺は華琳との酒を再開させた。

 

「随分と慕われているじゃない」

「嫌われっぷりのほうが凄まじいだろ、どう見ても」

「それだけ愛紗にとっての桃香は大事な存在ってことでしょう? 呉に置き換えれば蓮華を思う思春のようなものよ」

「…………? 孫権はわかるけど───」

「孫権と甘寧よ。……そうね、一刀。貴方はまず、この宴の席に居る全ての者の真名を覚えるか知るか、どちらかをなさい」

「それって真名を呼ぶことを許されろってことだよな? ちょっと無茶じゃないか? 雪蓮と桃香の真名を許されただけでも奇跡に近いのにヒィッ!? だだだだから睨むなってば!! その物騒なものしまってくれ関羽さん!」

 

 桃香……劉備の真名を口にした途端に殺気が溢れ、視線をずらせば青龍偃月刀。

 もちろん握っているのは関羽さんで、怒るとか悲しむとかそういう次元の表情ではなく、ただただ冷たい表情がそこにありました。

 こんな目を向けられれば、ジョセフだって売られてゆくブタの気分にもなるさ。

 

「なにも今すぐにとは言わないわよ。もちろん私も、皆に“一刀に真名を許しなさい”なんて言を放たない。貴方が繋ぎたい手というのは、言われたことをやるだけの相手ではないでしょう?」

「む……そんなことないぞ。言われたことしかやらないヤツだって、覚えれば出来るようになるじゃないか。将来性を考えれば、今すぐなにか出来る必要なんてないだろ」

「……はぁ。本当に甘いわね。どっかの誰かさんといい勝負だわ」

「うう……華琳さん、どうして私のこと見るのかな……」

「ていうかあのー、関羽さん? 俺のことが気に入らないのはわかったけど、せめて武器を向けるのだけはやめてくれないかな……」

「そうだよ愛紗ちゃん。華琳さんの前で魏の人に刃を向けるのはよくないことだよ」

「う……」

 

 桃香に言われて、ようやく青龍偃月刀を引いてくれる関羽。自分でもわかっていたんだろう、申し訳なさそうに華琳に謝っていた。

 

「いいわ、気にしていないもの。それより桃香? 許可がいる、というのは自己紹介のことだけではないのでしょう?」

「うん。手を繋いで仲良しになったところで、いろいろ手伝ってほしいことがあるかな~……って……」

「はぁ……そんなことだと思ったわ」

「……え? え? なに?」

 

 華琳と桃香は俺をそっちのけで頷いたり溜め息を吐いたり。

 関羽も桃香の言葉の意味がわかっていないのか、ただ「このような者の手伝いなど要りません」とだけきっぱりと。

 ……結構根に持つタイプなのかなぁ関羽って。真面目そうだもんなぁ。悪い意味でカタブツとも言えるのかもしれないけど。

 

「一刀。桃香は貴方の知識を蜀に役立てたいって言ってるのよ」

「俺の?」

 

 自分を指差して言うと、桃香はコクリと頷いて真面目な顔をする。

 

「魏国の治安の良さや警備体制も、元は御遣いお兄さんの立案があってこそだって凪ちゃんが言ってたんです。もちろん今、騒ぎを起こす人なんて成都にはあまり居ないけど……でも、これから始める学校のことで相談に乗ってくれる人が居ればな~って思って。華琳さん言ってくれたよね? “こちらからも学びたい者を寄越して構わないなら、いろんな技術を教えられる人を派遣しても構わない”って」

「……華琳?」

 

 ちらりと華琳を見る。

 と、華琳は少し“やられた……”って感じで額に五指を当て、難しい顔をしていた。

 

「桃香。学校のことについては、確かに一刀ほど知識を持つ存在は居ないわ。学校という呼び名は天の国での……そうね、公立塾とでも言うのかしら? そこから取った名前だそうだから」

「わっ、そうなんですかっ?」

 

 対して、華琳の説明に胸の前で手を合わせて目を爛々と輝かせる桃香。

 ……ああ、桃香って結構、華琳が苦手なタイプなのかもしれないと思ったのはその時だった。

 加えて言うまでもないが、桃香の真面目な顔は一分と保たなかった。

 

「じゃあじゃあお兄さん、私達と一緒に蜀に来てくれますかっ?」

「え……けど俺、魏に……───ああいや、わかった。俺なんかの力が必要だって言ってくれるなら、喜んで。……いいよな? 華琳」

 

 勝手に答えを出してしまったが、さすがに華琳の許可無しで出て行くことは出来ない。

 言いながら華琳に視線を戻すと、華琳は「約束を守れるのなら」と言った。

 

「約束?」

「ええそう、約束よ。“勝手に居なくならない”と、ここで私に誓いなさい。今度こそ、本当に」

「…………じゃ、華琳も。俺のことを“要らない存在”だなんて思わないでくれ。そうすればしがみついていられると思うから」

「………」

 

 真正面から見詰め合う。なにを言うでもなく返すでもなく。

 その状態は長く続いたが、何を思ったのか───華琳は残り少ない酒の全てを俺の杯に注ぐと、呑めと促してくる。

 俺は首を傾げたのちに軽くそれを呑んだ……んだが、半分呑んだあたりだろうか、軽く斜めにして流し込んでいたそれを華琳がひったくり、驚く俺の前で残り半分を呑んでみせた。

 その顔は真っ赤に染まっていた。

 

「か、華琳?」

「この宴の席、この杯、そして己の名に誓ってあげるわよ。いいからさっさと行ってさっさと帰ってきなさい。一刀の帰る場所は魏の旗の下なんでしょう?」

「うぐっ……」

 

 うああヤバイ……! 顔が熱い! 絶対赤面してるぞ俺……!

 いや、でも誓いには誓いを。顔がニヤケそうになるのをなんとか我慢して、俺も誓う。

 

「ああ。必ず帰ってくる。勝手に居なくなるなんてこと、もう受け入れてやるもんか」

 

 再び消えるなんてこと、この大地にしがみついてでも許してやらない。

 今度消えるのは天寿を全うするか、華琳の願いが尽きるまでだ。

 俺はそれまで、この大陸に様々なものを返していこう。

 この世界から貰ったものを、俺に出来ること、繋いだ手で出来ることの全てで。

 

「あ、でも待った」

「え? どうしたんですか?」

 

 しかし待て、と思い当たる。

 そんな俺の反応に桃香が首を傾げ、華琳が不思議そうに俺を見る。

 

  “もちろん私たち孫呉にもいろいろと貢献してくれるのよね?”

 

 思い当たったと言うのか、思い出したと言うべきか。

 桃香の前に、俺は雪蓮にも国への貢献をするという返事をしてしまったことを……うん、思い出した。

 

「……えっと……俺、雪蓮にも孫呉に貢献するって言っちゃっててぽっ!?」

 

 杯が空を飛んだ。

 ああよかった、徳利じゃなくて。なんて思いながら、痛む額をさすっていると華琳が突っ込んできて俺を地面に押し倒し、襟首を掴んで揺さぶって……オ、オアーッ!!

 

「あ・な・た・はぁああ……!! 戻って早々に見せつけることが武でも知でもなく女を落とすことなの!?」

 

 曹操殿は大変怒ってらっしゃった。

 そのまま手を振り上げ、往復ビンタでもかましてくれようかって勢いに、俺は慌ててストップを掛ける。

 

「待て待てっ! 落とすなんてそんなつもりないぞっ!? 俺はただ俺の力で手伝えるならって思っただけで───うわっ! やっ! はぶぅいっ!?」

 

 ……まあ、無駄に終わったけど。ビンタ飛んだし。

 

「いつか警備についての立案の際に注意したわよね……? これはなに? 国を善くする計画の立案!? それとも以前のように計画実行のための根回し!?」

「やっ! 華琳の許可を得なかったのは謝るけどっ! 根回しとかじゃなくて、“力が必要になったら言ってくれ”って言っただけで!」

「それは貴方から言い出した時点で、乞われれば断れないということじゃない! 少しは凛々しくなって帰ってきたかと思えば、根本はまるで変わってないわ! どこまで一刀なの貴方は!」

「どんな罵倒文句だそれっ! 北郷一刀なんだから一刀なのは当たりま───ほふがっ!? ひょっ……ふぁりんっ!?」

 

 喋り途中だっていうのに強引に頬を抓み、ぐいぃと引っ張られる。

 お陰で少し頬肉噛んだ……!

 

「この口? この口が口答えをするの? ……今日という今日は我慢の限界だわ! 嘘をついて一年も居なくなって! 帰ってきたと思えば桃香の着替えを覗いて! かと思えば雪蓮を口説くわ桃香を口説くわ!」

「ふおっ!?」

 

 頬を解放される。こう、指を開いてではなく、引っ張ったら滑ったってくらいに最後の最後まで思い切り引っ張られながら。

 

「ちょっ……口説いてないっ! 口説いてないぞ俺! それ言うんだったら華琳だって俺を散々からかったじゃないか! 雪蓮から聞いたぞ! 祭さんのことで俺をからかうように仕向けたって!」

「……あらそう、桃香の着替えを覗いたことは否定しないのね?」

「事故だぁああああああっ!!!!」

 

 華琳が俺の腹にマウントポジションをした状態での口論は続く。

 途中、桃香が「あのー」と声をかけてきたが、「ちょっと席を外してなさいっ!」という覇王の怒号に「ひぃっ」と悲鳴をあげ、関羽を連れ───宴の賑やかさへと消えていった。

 その間にも言い合いは続き、酔っている所為か……気づけば溜まっていたものをぶちまけるかのように、俺と華琳は自分の心をぶつけ合っていた。

 けど……真っ直ぐに自分を見下ろす少女の口から放たれる言葉に、ふと気づくことがある。

 どれだけ王として国を治めていようと、華琳だって一人の人間なのだと。

 日々を不満無く生きる者など居るはずもなく、彼女もまた、その胸に押し込めてきた様々な思いがあるのだと。

 いつしか叫ぶのは華琳だけとなって、俺は黙ってその罵倒にも似た叫びを聞いていた。

 彼女の頭にやさしく手を添え、自分の胸にゆっくりと招き、抱き締めながら。

 その間も罵倒は続いたけど───いつか彼女が俺にしてくれたように、俺は彼女の頭を胸に抱き、ゆっくりと撫でていった。


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