そんなわけで暴露が始まったわけだが───
「ふむ? つまりその日、北郷殿は庶人服を着て警邏まがいのことをしていたと」
「まがいじゃなくて、警邏そのものだったんだけどね……ほら、庶人側から見た街がどんなものか、見ておいて損はないし。地図で見る街と自分で見る街はやっぱりちょっと違ってたからさ、一応警備隊の仕事をしてたし、何かの役に立てればって」
「なるほど。……はて? それと興覇殿とどう繋がると?」
「えー……それは……あー……なんというかその、おー……」
演説で詰まる人の心境ってこんな感じだと思う。
きちんと説明しようとするのだが、どうすればわかりやすく話せ、かつ、すんなりと受け容れてもらえるのかを考えて……いや、それ以前に格好いい自分を見せたいって部分もあるんだろう。
うん? じゃあ、俺の格好良さって……なんかもう、今さらじゃないか?
種馬呼ばわりされたりなんかしちゃって、噂が一人歩きしたりして、他国へ行っても種馬種馬って……今さらだな、うん。もう……恐れるものはなにも……!
「……おお、なにやら男の顔になりましたな」
「嬉しくないんだけど!?」
いい、もういいだろ、格好よさとか。
自然体でいこう……さっきもそれを理解したばかりなんだし。
「……今日の北郷殿はなにやら面白いな」
「真剣な顔になったと思えば、遠くを見つめて陰りを纏ったです」
「……呉でもああして落ち込み、悩み、走り回り、落ち込みを繰り返していたが?」
「なるほど、つまりあれが北郷殿そのものか」
「………」
立ち位置なんて、きっとそう変わらないもの……なんだろうな……。今、ほんのちょっぴり……理解できたよ……。
「えっと、その……話、続けていいか?」
「うむ。存分に己の恥辱を披露されませい」
「なんで俺の恥辱って決まってるの!? やっ……思春! 思春の話だったろ!? ……そこで頬を染めない!! 思春の恥辱の話でもないから!」
「おや、それは残念」
笑顔でそんなこと言われても。ああいや……とにかく続きだ。
どこまで話したっけ……そうだ、警邏の話。
「で、警邏の話の続きだけど……警邏に出る前に陳宮と会ってさ」
「ふむ?」
「庶人視点での警邏だから、一緒に来るなら庶人の服を着て髪を下ろして、って話になってさ」
「なるほどなるほど?」
「庶人姿の三人が完成したところで、警邏と……ついでに桔梗に頼まれた酒を買いに出かけたわけで」
「ほう、酒を……」
「一通り見て回りながら地図も確かめてメモしてたら……ここで親父さんに声かけられた」
「へ? あ、あっしですかい?」
「? 待て、北郷殿……三人? 三人と言うたか?」
「言うたよ」
種明かしの楽しさは、多分相手の動揺の部分にあると思うのだ。
そこで楽しめるなら、後でどれだけ馬鹿にされてもいいってことにしておこう。
いや、むしろ怒られるのか? ……怒られそうな気がする。怒られる……な、うん。
「俺と陳宮と思春はそこでラーメンや焼売や餃子を頼んだ。いやぁ、あまりの美味さに素直にウメーって叫んでたよ」
しかしそれは覚悟の上で話そう。
知っていた、というか本人だったのに黙ってたのは俺が悪い。
探し人が俺だった、なんて……趙雲さんにしてみれば悪い冗談だ。
「そこで───」
「───そこまでだ、北郷殿」
「……うん」
だから、多分わかった時点で止められるんじゃないかな、とは思っていた。
思っていたから、姿勢を正して怒られる覚悟を。
「……店主、お主が言っていた者の特徴……それは、ここに居る恋と私を抜いた三人とで相違ないか?」
「へっ……? や……そう言われても、どうにも味を覚えるのに大変で……」
「……ふむ、そうだったな。それがわからぬから北郷殿にも詳しい人物像を話せなかった。成都の人物ではない、庶人であるとしか……───ならば」
「はいよ」
スッと差し出された酒を手に、立ち上がる。
つまり作ってみせろというのだ、極上メンマ丼を。
ならばと、いつかと同じセリフで親父さんから許可を得て、厨房に立つ。
制服でやると汚れるからと制服の上を脱ぎ、いざ。
作り方はいつかと同じだ。
ただ、酒が桔梗のではなく趙雲さんのものになっただけ。
そうして手早く出来たものを、丼に盛ったご飯の上に乗せれば───
「名付けて、極上メンマ丼っ! おいっしーよっ♪」
いつかと同じ状況の出来上がりだ。
ただし今回は親父さんと趙雲さんの分だけだ……さすがに材料が無いから。
「おお……これはなんと見事な……!」
「この香り……この盛り……こ、これはあの時のっ!」
興奮で震える声を絞り出すのもそこそこに、店主がメンマ丼に箸を通し、掬ったものを一気に頬張る。
途端、店主は目を見開き、咀嚼から嚥下までを一気にこなして顔を上げた。
「こ、これだっ! この味っ! あの時のっ……! ちょちょちょ趙雲さまっ!」
「う、うむっ……、───……こ、これが……! この味が……!」
二人がメンマ丼を口にして、体を震わせる。
俺はといえば身なりを正すためにも制服を着直し、足を肩幅に開いて手は腰の後ろで組み、飛ばされるであろう言葉を待った。
……待ったのだが。
「はぐはぐはぐはぐはぐはぐっ!!」
「むぐっ! んむんむはぐっ! んがっ! かぐっ!」
二人とも物凄い勢いで掻き込み咀嚼し嚥下するばかりで、こちらのことなど眼中にも……あ、あれぇ……?
やがて二人がどどんっ!と丼を置き、キッと俺のことを睨むと……いよいよかと息を飲んだ俺へと、
『貴方が神か……!!』
「───…………へ?」
予想外な言葉を投げて、真剣な目から輝く瞳へと変わったその目で、俺を見つめていた。
ちょっ……え? あ、あれぇ!? え!? 怒声は!? 罵倒は!?
かっ……覚悟は何処へ行けば!? 神って……えぇええっ!?
「まさかとは思っていたが北郷殿……貴方がメンマ神だったとは……! この趙子龍、見事に見誤っておりました……!」
「あっしもでさ……! 偉大なるメンマ神によもや得意顔でメンマ丼を振る舞っていたなど……穴があったら入りてぇ思いです……!」
「や、やー……あの、二人ともー……? もっとさ、ほら、思うところとかいろいろ……」
何故黙ってたんだーとか、私が探している中でお主はのほほんとーとか、ほら……。
「自分がメンマ神でありながら、けっして自己主張することなく名乗り出ぬその在り方……実に見事!! 同士に願われた時にのみ腕を振るい、悟られてしまうとわかっていてなお味わわせてくれるとは……!」
「や、だから……ね?」
「さすがはメンマ神さまだ……こんな美味いもんを授けてくだすっただけではなく、あっしに改良の余地を与えてくれるなんざ……並のメンマ好きには出来ねぇことだ……!」
「いやっ! だからっ! ちょっと待ってくれいろいろと誤解がっ!」
「何を仰るっ、誤解などと! 貴公がメンマ丼を振る舞ってくださり、我らが心打たれた! いったい何処に誤解があると言いなさるか!」
「エ……あ、エ……?」
アノ……俺がご馳走して……二人が喜んでくれて……アレ?
ご、誤解……? 誤解ってどこ? 誤解って誰?
「いやいや誤解、あるだろ! あるよ誤解! そもそも俺、神とか呼ばれるほどのことはなにもしてないし、敬語使われるほどのことだって───!」
「それは否だ北郷殿! ……先ほども申したでしょう。己に出来ぬことを成した者には、たとえ相手が民であろうが兵であろうが敬意を払って当然だと。貴公は我らのメンマ道を確かに拓いてくれたのだ……敬うことの何が悪かっ!!」
「確かに言われたけどメンマだぞ!? さっきからメンマが国のことに繋がってたりしたけど、俺が作らなくても誰かが作ってたって! ていうか貴公ってなに!? どんどんおかしくなってない!? ああいやいや今はメンマだ! 俺じゃなくても作れたって話だろ!? メンマ丼だって普通にあるんだから!」
「それを誰より先に拓いてみせたのだから、こうして敬意を払い───」
「その払い方がいろいろ間違ってるって言ってるんだって!!」
「ええい強情なっ! 何故素直に感謝させてくださらぬかっ!」
「俺が作りたくて作ったもので、ただ美味しいって言ってくれればそれは嬉しいけどっ! これはなんか違うだろっ!」
「そんなことはござらん! 各国を回る旅をした私だからこそ言おう! このメンマ丼はその名に恥じぬ極上メンマ丼! 確かに店主がさらなる味に昇華させて見せはしたが、それは元があってのもの! その偉業を貴公は投げ捨てると言いなさるか!」
「だ、だからっ! 偉業とかをしたくて作ったんじゃないんだ! 味を変えたかっただけ! それだけなんだって!」
「メンマの、味を、変える……!?」
ぎしり、と空気が凍った気がした。
あ、と口が勝手に放った時には───
「なるほど……! その発想が極上を生んだのですな……!?」
あれぇ!? 更なる誤解を生んだ!?
「不覚っ……メンマとはそれ単品、その味こそが至高と思うあまり、メンマの可能性を自らの意思で潰していたとは……!」
「目が……目が醒めた気分でさ……! 趙雲さま……メンマには、メンマにはまだまだ広がる世界があったんで……!?」
「ああ……ああ、そうだとも店主! 北郷殿が……メンマ神がそれを我らに教えてくださったのだ! ふっ……まだまだ我らも甘い……甘すぎた……!」
「………」
……もう、何も語るまいと思った。
語ったら、余計に持ち上げられそうで……だから、きっと放っておけば熱も冷めると思ったんだ。こんなの一時の迷いだって。
そう、だから……途中から他人のフリしていたみんなのように、何も語らず放心した。
放心して放心して………………ハッと気づいた時には、
「姓は趙、名は雲、字は子龍。真名は星。北郷殿、貴公に我が真名を受け取ってほしい」
「………………」
目の前で趙雲さんが真名を預けてくれていた。
もはや訳がわからず、おろおろしているうちに話は勝手に進んで…………メンマで繋がった絆が、真名を許されるまで昇華した事実に気が遠くなるのを感じつつ、なんとかありがとうだけは送った。
72/友達の在り方
放心状態から回復すると、そこは雑踏の中だった。
自分が何故ここに立ち、陳宮を肩車しているのかもわからない。
傍には思春と恋しかおらず、どうやら……あ、あー……あれだ。
ただ言えることは…………
「メンマってすげぇ」
それだけだった。
口の悪さでじいちゃんに怒られようと、ここは素ですげぇと言いたかった。
今まで散々と苦労しながら許された真名が……ええとその……メンマで、って……。
思春の時は腹刺されたなぁ……冥琳の時は氣の道を壊しかけたし……麗羽の時は散々と振り回されていろいろもめたし、焔耶の時は本気で戦って痛い目みたし……メンマってすげぇ。
そりゃあ友好的に教えてくれた子も居たけど……メ、メンマ……メンマかぁあ……。
「………」
「……? な、なんです? 今さら降りろと言っても聞く耳など持たないのです!」
「それって、なんだかんだで肩車が気に入ってるってこおぶっ!?」
「……貴様はいつもいつも、一言余計だ」
肩車中の陳宮を見上げつつ訊ねてみれば、その顔面を見上げた先の張本人にぼごりと殴られた。
そして冷静なツッコミが横から。
ツッコミというか助言というか……とりあえず貴様呼ばわりはいい加減にやめてもらいたい。
「……? 一刀、どうかした……?」
「いぢぢぢぢ……あ、ああ……そういえばーって思っただけ」
こてり、と首を傾げる恋に、続きを話して聞かせる。
といっても本当にそういえばって思ったくらいのことで、強制する気も全くないのだが。
「そういえば、これで蜀で真名を許してもらってないのって陳宮だけかなーって」
「なぁっ!? な、ななな……なんですとぉおおーっ!?」
とても驚かれた……んだが、本当にそうだよな。
……むしろ本人に言うことじゃなかったような……。
「お、おまえはねねの真名を許されたいのですか!?」
「え? いや、こればっかりは本人次第だし、無理にとは」
「許されたいのですか!?」
「やっ……だからな?」
「許されたいのですか!?」
「………」
見上げたそこに、真っ赤だけど必死な顔があった。
……ハテ? 一体何が起きているのか、と首を傾げた途端、くいっと袖を引っ張られる。
視線を下ろせばそこに恋が居て、ふるふると首を横に振るう。
「………」
「………」
視線が交差し、言葉は語らずとも知れることが……あればよかったんだが。
不思議だ……蓮華とは、目を見るだけで何が言いたいのかわかったっていうのに……。
「ん……、……ねね、言ってた……」
「言ってた? えと……な、なんてだ?」
「はぐぅっ!? れ、れれれ恋殿っ! それはっ、それはぁああーっ!!」
恋がゆっくりと、つたない言葉で話してくれる。
途端に陳宮が騒ぎだすが……そんな陳宮に向けてふるふると首を振りながら。
「……一刀、友達。だから、真名……呼んで欲しい……って……」
「へ? それって───」
「~っ……」
「恋もねねも、友達……大切。だから…………ねね」
「ふぐっ……! う、うぅうっ! なにをにやにやしているですおまえはーっ!!」
「いてっ!? たたっ!? こらこらっ! 肘はやめろっ! 顔も見ないで決め付けるなっ! べつににやにやなんてしてないぞ!?」
「ななななんですとーっ!? おまえはねねに真名を許されて嬉しくないというのですかーっ!!」
「ちょっと待とう!? どうしろと!?」
肩車している相手と、ギャースカと問答をする。
一方的に叩かれてばかりだが、不思議と下ろす気にもならない。
そうしてまるで兄妹な感じで騒ぎ合って、疲れてみても状況は変わらず───
「陳宮ー、真名を許すのって恥ずかしいかー?」
「相手がおまえの時だけ、特別に躊躇するだけなのですっ!」
それこそ兄妹が会話するみたいに軽く声をかけてみれば、肩の上で“がーっ”と両腕を振り上げ、声高く言い放つお姫様。や、肩の上の様子がハッキリわかるわけでもないが、なんとなくさ、ほら、相手の調子とか行動パターンを想像すると、この言葉の時ってそういうことしてそうだよなーっていうの、あるよな? 叫んでる時とか、大体両手を挙げて咆哮しているイメージだし。
しかしそっか。俺の時だけ特別に躊躇……それって特別俺が嫌いってことなのかと問い返したくもなるわけだが、先ほどまた思春に「一言余計だ」と言われたばかりなので……二言目は少し待ってみた。
……状況は特に変わらなかったけどさ。
いろいろ言いたくもなるけど、恋が袖引っ張って、思春が無言の圧力かけてきて……。
あの……俺、なにか悪いことした……?
「じゃあ、躊躇しなくなったら預けてくれるだけでいいんじゃないか?」
「おっ……おまえは友達なのですっ! 友達なのに真名を許さないなどっ……!」
「ん、だから。親しき仲にも礼儀ありっていうし……って、これがこの状況で使うかは別としても、友達だからって全部を話さなきゃいけないわけじゃないだろ? 何事も隠さず話し合う関係って、多分すごく疲れるぞ? 俺はさ、もっと言いたいことは言い合えるような友達でいたいんだ。隠さない友達じゃないぞ? 言い合える友達だ」
「む……? 恋殿とねねのような仲ですか」
「え? あ、あー……なんでも言い合えているのかは少し疑問なんだが……まあ、うん。気を抜ける時は抜けて、話したい時はとことん話してさ。それが喧嘩腰みたいなものでもいいから、ぶつけてぶつけられての関係。傍に居るとほっとするけど、べつにその関係が重いわけじゃない。でも大事じゃないわけじゃないし、その絆を大切にしたいって思う。そんな関係」
「つ、つまり罵倒されたいのですかおまえはっ……!」
「やなっ……!? ななななんでそうなるんだっ、違うぞ!?」
そしてまた広がろうとする誤解を必死になって解き、苦笑混じりに歩く。
歩きながら何をしているのかといえば、昼を食べる前と同じ行動だ。
とりあえず今日は仕事が無いらしい二人も一緒に、変わらずのボランティア。
ボランティアっていうよりは、親切の押し売りなんだろうけどさ。
それでも快く任せてくれて、ありがとうって言ってくれる内は押し売りでもいい。
嫌な顔をされてまで押し売りする理由もないし、押し売りが断られたら真心込めてお願いしよう。手伝わせてくれー、って。
「……おまえはまだこんなことを続けていたのですか」
「ん? んー……まあ。私服警邏もこうした助け合いも、やってみれば案外楽しいし。あんまりやりすぎると、仕事の役割の意味が無くなる~って怒られそうだけどさ」
「それはそうなのです。いくら治安がよくても、警邏を仕事として請け負っている者も居るのです。それを奪えば怒られるのは当然なのです」
「いや、やる前にきちんと“ここらへんを回らせてくれ”って声をかけてるぞ? 仕事を奪うことの責任については、みっちりと華琳に教わったから。だから、俺が回るのはものすごーく細かいところなんだ。普通に回ってると、つい軽く見回っただけで済ませちゃうようなさ」
そのために地図もメモしたし、こうして歩き回っては、何か問題はないですかーと声をかけたりしている。問題がありますよと返されれば、もちろんボランティアだ。
だから、それがボランティアである以上は、“大きなお世話だ”とか“間に合ってる”って言われればそこまで。再度の確認として手伝わせてくださいってお願いをしても断られれば、また次の機会に。
そんなことを続けているわけだ。
「……疲れないのですか? 他国のためにどたばたと走り回るなんて」
「基本的に、困ってる人は見過ごせないんだよ。理由なんてそれで十分だ。自分の力で救えるなら嬉しいし、ダメなら誰かに助けを求める。助けようとして助けられないって結構恥ずかしいけどー───……えーと……まあその、恥を上乗りさせようが、あとに待ってるのが“ありがとう”なら頑張れるだろ?」
「自分のためにです?」
「自分のためにです」
お節介の先の行動なんだって理解した上での行動は、結局はお節介なわけで。
それが他人のためかっていうと、これが案外そうでもなく……ただ自分が、救いたい救ってあげたい笑顔が見たいと思っての行動が大半だ。
本当なら自分で乗り切れる力を持てたほうが、相手のためにもなるだろうし……手伝ってばかりだと相手のためにもならないって、じいちゃんに文字通り叩き込まれたから。
「結局おまえは何がしたいのですか? 困っている人を助けて、だからって何も求めないで、それが自分のためと言えるのですか」
「ん? んー……陳宮は絵本って好きか?」
「絵本? そ、そのような子供が読むもの、ねねは読まないのですっ!」
「……読んでる」
「恋殿っ!?」
「ははっ、そっか」
隠そうとしたのにあっさりと恋に暴露されると、陳宮はビシリと固まった。
俺はそんな陳宮を見上げながら笑って、隣を歩く思春は絵本と聞いて少しだけ眉を動かした。
「俺はさ、笑顔が見たいんだ。ただそれだけ。だから、笑顔を見せてくれた時点で自分のためになってるんだよ」
「笑顔……ですか? それは人心などではなく……」
「ん、ただの笑顔。手伝ってやるから何かよこせーとかじゃなくてさ、自分がやったことで誰かが笑ってくれる、そんな打算の上でやってるんだ」
「……なかなか黒いですね、おまえ」
「へ? …………ぷふっ、……ああ、黒いぞー? 黒いから、断られたら一度だけお願いしてみて、それでもダメなら知らん顔して別の人のところに駆け込むんだ。手伝わせろー、笑顔にさせろーって」
くっくと笑いながら返す。
黒いって言われたのってもしかして初めてか?
そんなことがただ可笑しくて、小さく笑った。
「随分と回りくどいな、貴様は」
「最初から親切を親切って信じてくれる人なんて居ないって。押し売りしてるのは確かなんだし、だったら黒でもいいのかもなって───っと、……恋?」
「………」
「……ん。ありがと、恋」
袖を引っ張って首を横に振るった恋の頭を、くしゃくしゃとやさしく撫でた。
本当に黒に染まるって話じゃなかったんだけど、それはいけないことだって止められた気がして。
悪いことはいけないことだけど、必要悪ってものがあって……はぁ。
「青鬼は偉大だな、赤鬼……」
溜め息を一つ、歩を進めた。
何か困っていることはないですかーと訊きながら、他愛ない会話をして。
「よく話題が尽きないのです……」
「世話話だし。学校の話もあるし、手伝いの話だったりするから」
「単に貴様が話題に困る生活を送っていないだけだろう」
「おぐっ……! そ、そうかも……」
話した相手の中には、戦で子を無くした夫婦も居た。
けれど恨み言を言われるわけでもなく、ただ……落ち着いた笑顔で話し相手になってほしいとだけ言われた。
それからはいろいろな話をした。
魏で経験したこと、呉で経験したこと、蜀で経験したこと。
戦の中で知ったことや、それとは別に思い知らされたこと、楽しいことも辛いことも。
夫婦は困るわけでもなく話を聞いて、自分の思ったことも話して聞かせてくれた。