真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

111 / 454
38:蜀/友と同士、そして同志。ところにより雷④

 空が朱色に染まるにはまだ早い青の下を歩く。

 相変わらずの肩車で、何故か時々恋が羨ましそうにこちらを見てくるけど、多分気の所為だろう。

 

「争わず、手に手を取れれば……かぁ」

 

 そうして歩く中で、思い返すのは夫婦が最後に言った言葉だった。

 やっぱり、行き着く果てはそこなのだろう。

 争わずに手を取れていたら、誰も死ぬことはなく、って。

 

「なぁ思春、人が一番手を繋ぐ可能性がある状況って、どんな時だと思う?」

「? ……急になんだ」

「子供の頃にさ、戦があったとしたらって仮定で、じいちゃん……祖父に訊いたことがあるんだ」

 

 まだヒーローがどうのこうのでじいちゃんと言い合ってた頃のこと……だった筈だ。

 変身ヒーローはあとから現れたヒーローと手を組んで、大きな悪をやっつける。

 そうすればすぐに勝てるのに、ぎりぎりまで手を組まないのはどうしてなんだろうって。

 ……つくづく、ひねくれた子供だったよなぁ。

 

「ほう……祖父はどう答えた」

「より大きな敵が現れた時、だってさ。いがみ合う二つをくっつけるには、別の大きな問題を……一人では解決できない問題を押し付けてやればいいって」

「───なるほど、一理ある」

「ただし、それはよほどに大きな問題であり、よほどの悪でなければ成立しないって」

「当然だ。そうであるからこその“大きな問題”だろう」

「ん……そうなんだけどな」

 

 だから、青鬼は偉大だって思う。

 自分が孤独になることも厭わず、友人である赤鬼のために悪を貫いた。

 絵本にはいい話が多いけど、“救われない誰か”が大体居る。

 誤解でそうなった者も居て、偶然そうなってしまった者も居て、そんな中で進んで悪を買って出るのは……勇気がどうとかの問題じゃないと思うんだ。

 それがさっき思った必要悪かと自問してみると、先ほどのように溜め息が漏れた。

 誰かが進んで悪にならなければ手も繋げないような世界にだけは、絶対に歩んでいきたくないな、と……そう思ったからだ。

 

「さて、二人はこれからどうするんだ? 俺と思春はもうちょっと回っていこうと思ってるけど」

「……、……眠い」

「恋……食べてすぐ寝ると太…………らないから、これなのか……?」

「……?」

 

 やはりこてりと首を傾げられた。

 改めていろいろ凄いな、この世界の人達は……おおう? 恋? 服引っ張らないで? 動いてる途中だと、切れちゃうかもしれないから。

 

「……一緒に、寝る」

「え? あー……ごめんな恋、せっかくのお誘いだけど、これも仕事……になるのか?」

「私に訊くな」

「…………えーと」

「ね、ねねに訊かれても知らないのです!」

 

 ボランティアって仕事じゃないよな? お金を貰うボランティアってボランティアって言うのか? ……有償制ボランティアがどうとか、本で見た気もする。そういうものもあるにはあるんだろう。

 ていうか、普通に金を貰う以上、仕事だよな。

 ……あれ? この場合、俺もそうなるのか? こうして歩き回って、確かに手伝った相手にお金を貰うことはしないものの……給金はもらっているわけだから。

 

「……ごめんな恋、やっぱりこれも仕事だから。桃香や、他の警邏担当にも迷惑がかかるし、サボるのは……」

「………」

「あ、あの……恋?」

「……………」

「だから……な?」

「…………………………」

「………」

 

 神様……。

 

……。

 

 …………。

 

「それで、ぺこぺこと頭を下げて堂々とさぼったわけですか。他国だというのに随分と態度の太いやつなのです」

「しっ……仕方ないだろっ!? あんな目でじぃっと見られ続けたらっ……!」

 

 そんなわけで……結局は見つめられるまま折れるまま、中庭の木陰でお昼寝だ。

 俺って押しに弱いのだろうか……いや、そんなことはないよな。

 弱かったらもう既に呉将とかに手を出してしまっていて、一部分がズパーン飛んでてヒィイイ!! か、考えないようにしよう! うん、それがいい!

 

「……何故私まで……」

 

 そんな中、同じく昼寝に付き合うこととなった思春が、俺の下につくことになってからの自分の在り方に頭を痛めていた。なんというかそのー……ほんと、ごめんなさい……。

 さて。そんなみんなを昼寝に誘った、当の本人といえばもう眠ってしまっていて、その丸まった体と腕の中にはセキトが抱かれ、こちらもまた気持ち良さそうに眠っていた。

 その隣に陳宮、そのまた隣に俺で、その隣が思春、といった並びだ。 

 隣ってこともあって、目が合えばあーだこーだと話をする俺と陳宮だが、街中で話した真名の話は……今は微塵にも出て来ない。

 改めて訊いてみることでもなし、それこそ陳宮が躊躇することなく預けてくれたら、喜んで受け取ろうと思っている。

 ……まあ、それがいつになるかは、全く見当がつかない。つかないけど、自分のペースで自分らしくが一番……だよな? 誰かに強制されて許されたら、呼ぶ時にも呼ばれる時にも小骨が引っかかるような思いをしそうだ。

 

「……その。北郷一刀……?」

「ん……んー……?」

「返事をもらっていないのです。おまえは……ねねの真名を許してもらえると、嬉しいですか?」

「んー…………んっ……それは、嬉しいか嬉しくないかを訊いてる……んだよな? さっきみたいないつか許してくれればいい、みたいな返事を望んでるんじゃなく」

「………」

 

 空を正面に見たまま返事を待つが、返ってくるものはなかったから……それが肯定だと受け取ることにした。

 だったら答えは……一つしかないよな。

 

「それは……嬉しいな。友達ってことでもそうだけど、伸ばしてくれた手は握りたいって思う。もちろん義務的じゃなく」

「………」

 

 やっぱり返事はない。

 代わりにひょいと、空へ向けていた視線を隣に向けると、陳宮がこちらを向きつつぎょっとしていた。……あれ? もしかしてなにかのタイミング誤ったか? 俺……。

 とか思った瞬間に寝返りまがいのちんきゅーきっくが───

 

「おふぅっ!? ごっ……げほっ! おっほごほっ!」

 

 ───見事に脇腹を襲い、思いっきりに咳き込んだ。

 陳宮はといえば、「ななななにを急にこっちを見ているですー!」と叫んでいるわけで……。

 

「あ、あのなぁああ……! 振り向いただけで蹴り入れられるって、どれだけ気安い友人なんだよ俺は……!」

 

 地味に急所……じゃないな、痛いところを蹴られたために、さすがに語調も震え、口の端も歪んでゆく。

 ……い、いやっ……語調が震える時にこそ、冷静で平静な自分をイメージするんだ。

 怒るな怒るな……まずは話を……うぶっ、なんか酸っぱいものが込み上げてきた。

 そういえば、昼食べたものもまだ消化し切れてないか、消化したばかりじゃ……?

 そんな気持ち悪さに呼吸を乱しながらも、手を伸ばしてがっしと陳宮の肩を掴むと、目を真っ直ぐに見て説得開始。

 

「ふ、ふ……ふー、ふー……! ち、陳宮……? とりあえず……な? とりあえず蹴りをぶちこむの、やめような……!? 慌てたり何がどうとか思っても、まずは一度立ち止まろうな……!? な……!?」

「う……め、目が血走っているのです……!」

「血走りもするわぁっ! やすらいでるところに不意打ちキックされて、咳き込まずににっこりできる人が居たらそれこそ尊敬するわ!」

「む、むむむー……元を正せばおまえが急にこっちを見るから───」

「…………」

「ひぅうっ!? わ、わわわ悪かったのです! 謝るから肩を掴んだまま睨むなですーっ!」

「えぇっ!? にらっ……!?」

 

 笑ったつもりだったんだが……? あ、あれ?

 って、落ち着け落ち着け……はぁ。

 いろいろと溜まってるものがあるのかな……こんなことで無意識に睨むなんて。

 あ、口調もか……はぁあ……。

 呉で砕けて以来……だっけ? “血走りもするわぁっ”なんて声を張り上げたのなんて。

 確か、冥琳をなんとか救えたあとに、雪蓮に追われた時とかに……うん、多分あの時以来だと思う。気をつけないとな……近くにじいちゃんが居ない所為かな、気を抜くとすぐに口調が砕ける。

 

「…………」

「………」

 

 まあ、そんなことは後回しだ。

 今はこの、何処か怯えた様子で、けれど俺から視線を外そうとしない友達をなんとかしよう。

 

「陳宮?」

「な、なんですか!? まさかおまえ、恋殿が寝入っているのをいいことに、ちちち陳宮をーっ!」

「どうすると!? ななななにもしないって! ただお互いに気まずいままで眠るのは嫌だからって、少し話をしようと思っただけだよっ!」

「話すことなどないのです」

 

 あ、いじけた。

 両の頬に手を当てて、ぶーと口を膨らませている。

 というか……自分の呼び方、真名と姓名とでころころ変えて、疲れないのだろうか。

 ……ああもう。

 

「陳宮、真名を呼ぶことを許してくれないか?」

「なっ……なななにをいきなり頭の悪いことを言ってるです? “許したくなったら”とか言っていたのに、なんと我慢の利かない男ですか」

「我慢が利かなくていいから。真名で呼びたいんだ、陳宮のこと」

「ひうっ!? な、な、なー……ななな……はうっ!」

「おおっ!?」

 

 俺の言葉に、再び蹴りの構えを取ろうとした陳宮だったが、さっき俺が言った言葉を思い出してくれたのか、とどまって───

 

「おふぅっ!?」

 

 ……改めて蹴られた。

 うん……一応、一度立ち止まってはくれただけあって、地味にツッコミづらい。しかも赤くなりながら言っていることがさっきとまったく同じで、ええいもうどこからツッコんでいいやら。

 

「げほっ……あの、ごめん……一度立ち止まるんじゃなくて……是非、蹴るのをやめてほしい……ごほっ、げっほっ……!」

「お、おおおおおまえがおかしなことを言うのが悪いのです! ねねは悪くないのですーっ!」

「悪い悪くないは別にしても、是非やめてほしいって言ってるんだけど……。見境無く蹴り込んでたら、絶対にいつか大変なことになるぞ? だから───」

「大きなお世話ですっ」

 

 あ、また拗ねた。

 …………やっぱり、無理に願うものじゃないよな。

 自分の人称も、自分で無意識に使ってるんだろうから……俺一人がどたばたしたって何も解決しない。

 

「…………すぅ……」

 

 寝よう。

 元々それが目的だったんだから、今度こそ痛みを忘れてこのやすらぎを受け容れて───

 

「………………友達とは、どう接するものですか?」

 

 ───……いや。

 すぅ、と吸った息は、投げられた質問に高鳴った鼓動によって、簡単に霧散してしまった。

 どうしてそんなことを訊いてくるのかなんて、きっと野暮だ。

 友達として質問されたなら、友達として返せばいい。

 

「ん……重すぎず軽すぎず。一緒に居ると楽しくて、そいつとならきっと、ずぅっと馬鹿やってられる……そう思える相手が理想……かなぁ」

 

 思い出したのは及川だった。

 戻ってから剣道や勉強ばかりだった俺に、なんだかんだと声をかけてくれた。

 軽くはあるけど、あれで思いやりがあって気が利くやつだ。

 そう思えば、なんだかんだと女の子に人気があるのも頷けた。

 親友にまではいかなくて、女性にとっても恋人とまではいかない。

 “永遠の友達どまり”の存在って、なんとなくがっくりするイメージはあるけど……それは多分、俺達が簡単に思うよりも凄いことだ。

 だってそれは、“たった一人の大切な人にはなれなくても、ずっと友達で居たい”とは思うってことだ。

 そんな関係で居られるのって、やろうと思って“ハイ”って出来ることじゃない。

 

「……いっつもおかしなことばっかり言うから、呆れてばっかりだけど……」

 

 それに救われたことは、自分が思うよりもあるんだろうなぁ。

 フと閉じた瞼の裏に、ふざけている及川の姿が見えた気がして笑った。

 

「傍に居ても嫌じゃないって思えたら、べつにもう難しく考えることはないんだと思うよ。一緒に居て窮屈に感じるんじゃなく、“楽だ~”って思えればいい……そんなのでいいんじゃないか?」

「むむむ……」

「陳宮は俺と一緒に居るの、嫌か?」

「……そういうおまえはどうなのです」

「俺? 俺は……普通。それこそ、一緒に居て楽だって思ってるよ。賑やかだしなぁ」

「そ、それは間接的にねねが煩いと言っているですかーっ!」

「はいパシッと」

「はうっ!? こ、こらっ! 離すですっ!」

 

 三度目の蹴りはさすがに受け止めた。

 で、仕返しとばかりに足ごと引っ張ると、暴れる陳宮をぎゅむと抱き締め、再び空を真っ直ぐに見つめ、息を吐いた。

 まあその、ようするに仰向け状態の自分の上に陳宮を寝かせてる……マテ、いろいろ誤解を生まないか、この状況。

 

「はははは離すですぅうーっ! れれれ恋殿っ! 恋殿ぉおっ! 種馬がついに本性を現しましたぞーっ!!」

「………」

 

 主にやられた本人が誤解しまくりだった。

 もう、真名がどうとかいう流れじゃない。

 苦笑をひとつ、暴れる陳宮の頭をゆっくりやさしく撫でた。

 どれだけ暴れようと噛み付こうと、動きは一定に、乱すことなく。

 

「………」

「………」

 

 次第に暴れる行為も鎮まって、陳宮も空を見上げながら「はぁ」と息を吐いた。

 

「おかしなやつです、おまえは」

「人はおかしなくらいが人生を存分に謳歌出来るって、どっかの誰かが言ってたぞ」

「ならばそれに輪をかけておかしいです」

「…………なら、輪をかけて謳歌出来るな」

「…………」

「………」

 

 沈黙。

 交わす言葉も特に浮かばなくなり、しかし嫌な空気は漂わず、さぁ……と吹く風に撫でられるままに目を閉じる。

 そういえば、こんなふうにではなかったけど……霞が凪の膝枕でごろごろしたりしてたことがあったっけ。懐かしいな……。

 

『……すぅ……』

 

 もう一度、体中に行き渡らせるように息を吸った。きっとたまたま、二人同時に。

 それが眠気を運ぶような感覚とともに、体が心地良いだるさに包まれてゆく。

 あとは身を任せるがまま、やがて訪れるであろう夢の世界へと───モニュリ。

 

「………」

「………」

 

 目が合った。

 陳宮とじゃない。

 俺を見下ろし、ふにふにの肉球を人の頬に押し付ける緑髪の野生猫と。

 

「兄ぃ、遊ぶにゃ!」

「にゃーっ!」

「にゃーっ!」

「にゃうー」

 

 名を孟獲。

 人の鼻の先を肉球でつついてきた犯人である。

 周りにはミケもトラもシャムも居て、遊ぶ気満々のようで……えぇと。

 

 コマンドどうする?

 

1:寝るからダメと追い返す

 

2:「楽しい夢の世界へようこそ」と、一緒に寝ることを促す

 

3:遊ぶ。力の限り。

 

4:名乗りを上げて戦いを挑む

 

5:眠ることの素晴らしさについてをみっちりと説く

 

6:歌おう友よ!

 

7:木天蓼(もくてんりょう)を探す旅に出ようと促す

 

8:俺達の睡眠は……始まろうとしたばかりだ!

 

 結論:2

 

 楽しい夢の世界云々はどうあれ、一緒に寝ようと誘うことにした。

 

「いやにゃ」

 

 そして即答だった。

 

「みぃたち、もうたっぷり眠ったにゃ。だから兄ぃ、みぃたちと遊ぶにゃ!」

「遊ぶにゃ!」

「遊ぶにゃー!」

「にゃん」

「し、静かに静かにっ……! 一応みんな寝て……いや、明らかに思春は起きてるけどさ……あれ?」

 

 そういえばと気になって、腹の上の陳宮の様子を見る……と、特に何を言うわけでもなく……規則正しい呼吸とともに、眠っていた。

 ……早ッ! ていうか思春さん、どうしてここで俺に殺気を飛ばしますか?

 美以たちが来たのは俺の所為じゃないと思うんだけど……。

 でも確かにこのままじゃあ二人が静かに眠れないよな。

 だったら……よし。

 

「ん、わかった。遊ぶかっ」

「遊ぶにゃーふむっ!? む、むむむむーむー!」

「だから静かにっ……! 遊ぶから、静かに……!」

「…………むぁふぁっふぁみゃ」

 

 一応こくりと頷いてくれた、空を隠すように覗いてくる美以の口から手を離す。

 それからそっと陳宮を草の上に下ろして、思春にも「ゆっくり休んでて」と声をかけると……地を蹴り駆け出した。途端に追いかけてきて、体にしがみついてくる美以たちを、出来るだけ三人から引き離すために。

 

(……なんか、逃亡劇の際に囮になる誰かみたいだな、俺……)

 

 しかも守る対象が誰かの安眠だっていうんだから、格好がつかない。

 格好云々はもう本当にどうだっていいんだけどさ。

 というわけで遊んだ。

 三人が居る場所から遠く離れた森を駆け山を駆け、いつかのように自然と混ざり合うように暴れ……ハッと気づくと何故か鈴々が混ざっていて、美以やトラたちと一緒ににゃーにゃー叫びながら暴れ回っていた。

 あとは……本当に原始と唱えるべきなのか。

 現れた猪と戦い、打ち勝ち(鈴々と美以が)、南蛮料理(というか丸焼き祭り)がその場で振る舞われ、あまり腹は減ってなかったけどせっかくだからと食べて、それが終わればまた暴れて。

 散々と自然と一体になった俺達は、ところどころに擦り傷切り傷を作った子供のように汗だくで城に戻って───……何故か腕を組んで仁王立ちして待っていた愛紗に捕まり、みっちりと説教をくらっていた。

 ……もちろん正座で。

 

「あの……愛紗? 状況がよくわからないんだけど……なんで俺、怒られて……?」

「ほう……自ら進んで始めた警邏を途中で抜け出し、美以らと遊び回り、使いを頼んだ鈴々まで巻き込んでおいて“わからない”と?」

「ア」

 

 あ、あ……アー……そっかそっかー、少し考えればわかることでしたね……。

 

「山から煙が出ていると報せが走り、何事かと駆けつければ、焚き火の跡と転がる骨。あちらこちらから聞こえる遠吠えに混じり、一刀殿の声が聞こえた際には、よもや何者かに襲われたのかと心配したというのに……!」

「………」

 

 ああ、うん……ね? なんかもういろいろ終わった気がした。

 よく見てみれば、愛紗もところどころに擦り傷があったり髪の毛に葉っぱが絡まってたり……え? もしかして追いかけてたりした?

 

「声を追ってみれば縄に足を取られて宙吊りになり、抜け出してみれば落とし穴に嵌まり……!」

 

 ……ごめん愛紗。本当にごめんだけど、話を聞いてる限りじゃあまるで愛紗が……い、いや、これは思うだけでも失礼ってものだよな。心配して追ってくれたんだし。

 そうだよそう、言わぬが吉、思わぬも吉ってことで───

 

「にゃははは、愛紗はまるで猪なのだ」

「キャーッ!?」

 

 思ってしまったことをきっぱりと仰ってしまった人が隣に居た。

 思わず左隣に座る鈴々へと物凄い速度で振り向き、妙な悲鳴をあげてしまった。

 そんな自分の悲鳴の中で確かに聞こえた、何かがブチリと切れる音。

 “ああ、振り向きたくない”と心の中で叫んだその日。

 正座をしていた俺達は、恐る恐る振り向いた瞬間───……般若と、出会った。

 

「いい国にしようと……桃香さまに仰ったそうですね……?」

「ハ、ハイ……!」

「その貴方がっ……仕事を抜け出し遊び呆けているとは何事ですかぁああああああっ!!」

「ごごごごめんなさいぃいいっ!!」

 

 雷が落ちた。

 途端に鈴々や美以らはピャーと逃げ出し、正面から般若の雷を浴びせられた俺は竦み上がって逃げられなかったわけで……たまたま通った桃香が止めてくれるまでの時間を、終わることがないのではと思うほどの長い長い説教を聞いて過ごした。

 

 ……ちなみに夜。

 昼寝がすぎて眠れなくなったらしい恋や陳宮に部屋を訪問され、眠れぬ夜を過ごした。

 結局寝れたのは空も白む頃のことで、「いつまで寝ている」と言う思春の殺気で起床。

 ……今日もまた、一日が始まった。しょぼしょぼした目で。

 教訓があるとしたら、きっとこれだ。

 どれだけ子猫のような純粋な目で見つめられても、仕事中は仕事をしよう。

 それだけを胸に、いつも通りに水を求め、厨房への道を歩いたのだった。


 ▲ページの一番上に飛ぶ