真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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39:蜀/将だけでなく、民たちの一歩も①

73/思い遥かに四日間

 

 へばりつくような喉に水を流し込んだ。

 それだけで、一度も水を飲まなかった一日の終わりに、ようやく飲めたかのように染み渡る水分。

 目は相変わらずしょぼしょぼだったけど、それはそれとして、水の冷たさが食道を通る感覚を楽しんだ。

 

「《パンパンッ!》よしっ!」

 

 頬を叩いて眠気に一喝。

 何事かと厨房に居た侍女さんに見られ、会話をするでもなく軽く謝ってから食事を済ませる。

 意識して咀嚼すると、案外眠気も飛ぶもので……食べ終わる頃には眠気は意識の奥底へと沈んでくれていた。……目のしょぼしょぼは相変わらずだけどね。うん。

 

「はぁ……こういう時にこそ目薬が欲しい」

 

 無いものねだりもそこそこに、歩を進めた。

 厨房を出てからは中庭へ向かい、朝の体操。

 それが終わると東屋へと歩き、椅子に腰掛けつつメモを取り出して、周りに誰も居ないことを確認すると……絵の練習を少しだけしてみて、相変わらずの酷さに空を仰いだ。

 仰いだところで東屋の天井しかないけどさ。

 

「……コツとかってないだろうか」

 

 言っても仕方の無いことを口にしてみる。

 これも積み重ねなんだってことはわかってはいるんだが、どうしてもそう思わずにはいられない。

 溜め息一つ、メモとシャーペンを仕舞って立ち上がる。

 

「よし、終わってない問題解決に行こうか」

 

 桃香のもとへと届けられる書簡は日に日に増えていく。

 その中の一部を受け取り、巡り、解決といった行動を繰り返しているわけだが、昨日は途中で抜け出してしまったために消化しきれていない。

 それどころか今日、また増えるのだろう。

 それらを消化するためにも、ここでボーっとしているより行動行動だ。

 

……。

 

 早朝の街は、やはりと言うべきか昼頃ほどの賑わいはない。

 けど、それぞれ店があるところからは時折良い香りが流れ、食事を終えたばっかりだっていうのに何かを口に入れたくなる。

 準備中なんだろう、さすがに仕込み中の厨房に乗り込んで“くださいな”と言うわけにもいかず、そんなことをやりたくなっていた自分を笑いながら歩いた。

 

(……親父、元気にしてるかな)

 

 思い出すのは呉に居る親父。

 仕込みだなんだって、結構どたばたしたっけ。

 ……乗り込んで、手伝わせてもらって、お裾分けを……ってだめだだめだ、何考えてるんだ俺。

 

「ん……失敗した」

 

 早朝の街でやることなんて、特に無かった。

 早起きの人とすれ違い、少し会話をしただけで、やることが無くなってしまった。

 試しに何か手伝いましょうかと訊いてみても、「伝統の味だから任せるわけには」と、さすがに断られた。

 餡子だもんな、いろいろと工夫して作ってるんだろうから、邪魔するわけにもいかない。

 仕方なく城へと戻り、中庭へやってきた。……がらんとして、ただただ静かな中庭へ。

 

「………」

 

 …………もしかして今、侍女さんしか起きてない?

 思春さん……貴女いったい、どれだけ早く人のことを起こしたんですか……?

 

「いやいや、早起きは三文の徳って言うし……あれ? 得だったっけ?」

 

 中庭で一人、考えてみる。

 メモを取り出して得と徳を書いてみるが……徳か?

 

「“徳を得る”って意味として受け取ればいいか」

 

 気にしないことにした。

 早起きすれば三文……ちょっとした徳が得られますよってことで。

 ……と、勝手に自己解決していると、ようやく見知った顔を発見。

 なにやら周囲を警戒しながらとたたっ、とたたっと駆ける……書物を持った朱里。

 あれれー? あの警戒する姿はひじょーに見覚えがあるぞー?

 桃とか同盟とかいろいろ思い出すあのソワソワした感じ。

 あれは間違い無い……例の書物を見る時の反応。

 

「………」

 

 ソッと木の後ろに隠れる。

 見つかるのはまずい。いろいろとまずい。

 思春と一緒に寝るのも大分慣れてきたところに、あんなものを見せられてはいろいろと、いろんな意味でたまらない。

 見つかっちゃだめだ……見つかっちゃ…………

 

(ああ……)

 

 後ろから服を引っ張られた。

 服を引っ張るなんて行動を取る人物は、蜀では結構限られている。

 呉あたりなら……亞莎くらいだろうか。でも蜀では恋か……雛里。

 そして恋ならきっとくいくいと二回引っ張るに違いないわけでして。

 つまりこの“一回だけ控え目に引く”なんて行動は……。

 

「………」

 

 ソッと振り向いた。

 既に誰がそこに居るかを確信して、少し視線を下に向けて。

 すると、魔女のような帽子を片手で被り直しつつ、俺を上目遣いに見上げる雛里が。

 ……どうしよう。

 

1:仕事があるからと、そそくさと逃走。

 

2:せめて用は聞こう。行動はそれからだ。

 

3:艶本を見る時間があるなら、一緒に警邏ボランティアをと誘う。

 

4:むしろ見る。艶本を見る。己の中の野生解放を今こそ。

 

5:いつもお疲れ様と労う。艶本は見ない方向で、街に連れていくなりして。

 

 結論:…………2……2だろっ……2っ……!

 

 ……こほん。

 

「お、おはよう雛里。早いんだな」

「………」

「……雛里?」

 

 朝の挨拶をすると何故か顔を赤くし、帽子を深く被り俯くことで、自分の顔を隠してしまう。

 けれど服は掴んだまま。

 きょろきょろと辺りを見渡すと、挙動不審なソワソワ朱里さんを発見、わたわたと朱里が居る方向を見ながら手をパタパタさせたりして───ハッ!?

 もしかして俺を探してたのか!? 朱里もか!? だからあんなに警戒してるのに部屋に戻らず、いつまでもあちらこちらを歩いて……!?

 ……じゃあ、こうして服を掴んでるのって…………俺を逃がさないため、とか?

 

「…………」

「……!? ふぁわっ、ふぁわわわわ……!?」

 

 ならば見つかる前に行動。

 やっぱりソッと雛里の口を塞ぐと、その体をやさしく抱き上げ逃走。

 怒られたばかりだから、さすがに仕事をしなくちゃまずいのだ。

 時間を作って誘ってくれるのは素直にありがとうなんだが……これで、見るのが艶本じゃなければなぁ。

 と踏み出していった先でベキャアと何かが砕ける音。

 

「あ」

「!」

 

 ……落ちていた枝を踏み折ってしまった。

 いっ……今時ドラマでもこんなベタなことしないだろ!? さすがにこれはないだろちょっと! って、今後方から「はわっ!?」って確かに聞こえた! ていうか来てる! パタパタと走る音がする!

 

(神様……)

 

 空を仰いだ。

 ……しょぼしょぼな目には痛いくらいの眩しさが、そこにあった。

 

……。

 

 悪い予感は裏切らない。

 あまりに予想通りのコトの運びに、少し遠い目をした。

 ただしそれは仕事が終わってからってことに“なんとか”なって、そこに辿り着くまでに散々たる説得があったことを、是非覚えていてほしい。と、誰にともなく心の中で呟いて、現在は東屋で学校のことについてのまとめを話している。

 二人は……今日はお休みなんだそうだ。

 

「……、……」

「…………、~……っ……」

「二人とも……とりあえず落ち着こう……?」

 

 話しているんだが、二人ともそわそわしすぎてて、文字通り話にならない。なんだかんだで“見ること”を約束してしまったために、二人のテンションが少し変なのだ。

 顔を赤くしてあちらこちらへと視線を動かして、声をかければ「はわぁっ!」とか「あわぁっ!」とか叫んで、宥めると顔を赤くして俯いて、少しすると視線を彷徨わせ始める。

 で、声をかけるとまた……と、ループな状況が出来てしまった。

 

「学校のことだけど、順調ってことでいいのかな」

「はわっ!? は、ははははいーっ!」

「返事だけにどれだけ力込めてるの!? しゅっ……朱里っ、朱里っ! 落ち着いてくれ本当に!」

 

 風の無いその日、東屋の円卓に広げられた学校の見取り図を見下ろしながらの話は続く。ただし、続いていようが、“進んでいるか否か”で言えば、否って答えられる。

 時はまだ早朝。

 ぽつぽつと通路を歩く将を見るようにもなったけど、それでもまだ賑やかには程遠い。

 そんな中でも、二人は一応聞いていてはくれるようで、話し掛ければ大袈裟に叫びはするけど返事はくれる。なので、せめて自分だけはと努めて冷静に話を進め……そんな雰囲気が伝わったのか、朱里も雛里も少しずつ冷静さを取り戻して……ああうん、顔が赤いままなのはツッコんじゃあいけない。ツッコんだら絶対に繰り返す。

 

「で、だけど。グラウンド……外の方に用具入れを作って、跳び箱とかを作るのはどうだろ」

「とびばこ……ですか?」

「うん。ずっと走っているだけじゃあ、来てくれる人も飽きそうだし……」

「いえ、あの……鈴々ちゃんが、その……先を走ると、みんな笑いながら……追いかけてますけど……」

「へ? そ、そうなのか?」

 

 走るだけでも案外楽しいのか? って……鍛錬の時、鈴々と競い合って走ってる俺が言っても、説得力がないよな。

 

「はい。走り回ってからは、皆さん静かに勉強してくれますし」

「ああ……そういえば、前に天でそういうのを見たなぁ」

 

 以前それをやってみたらどうかなとも思ったっけ。風呂を提供できるわけじゃないから、汗臭い体で授業を受けることになるんじゃあと躊躇したけど……わかる気がした。疲れてない状態だと、勉強中でも騒ぎ出しそうだし。

 子供だもんな、仕方ない。

 

「ですから最近では、まず体育を最初に持ってくるようにしているんです」

「うわっ、それは大変そうだ……。あ、あー……ちゃんと準備運動からやってるか……?」

「は、はい……それは、もちろんです……。お預かりしているんですから、無茶はさせられません……」

「だよな、うん」

 

 こくこくと頷く雛里に返し、自分の頭でもいろいろと考えてみる。

 跳び箱も、あれば使うだろうし……やんちゃな子供は結構好きそうだ。

 鉄棒は……作るの結構難しいか? あ、跳び箱作るなら、マットも必要だよな。

 

「あ、そういえば……走るのが辛い人を走らせたりは、さすがにしてないよな?」

「はわ……あの。一度、猪々子さんと翠さんが、腰を痛めている人を無理矢理走らせようとしたことが……」

「こ、根性があれば、どうにでもなる~って言って……」

「……猪々子と翠は根性論、好きそうだもんなぁ」

「それで見本を見せると言って、運動を始めて……翌日は二人仲良く“体が痛い”って涙を流していました……」

「うん……なんとなく途中でオチが読めたよ……」

 

 でも、確かに腰周りの筋肉を鍛えれば、腰痛も少しはマシに……なる前に、筋肉痛でどうにかなっちゃいそうだな……あの二人に任せると。

 

「走れない人には別の運動で、少しずつ体を丈夫にしていく方向でいこう。あと、走る以外の運動方法を探す方向も、じっくり探りながら追加してみよう。……で、勉強のほうだけど」

「はい。授業自体にそう問題はありません。雛里ちゃんも少しずつではありますが、一人で授業進行が出来るようになりましたし……他のみなさんも教えることに自信が持ててきたと言ってます」

「あわわ……しゅ、朱里ちゃぁあん……! それは言わないでって……!」

 

 自分のことを言われたのが恥ずかしかったのか、雛里は隣に座る朱里をぽかぽかと叩き始めた。……もちろん、痛そうではない。むしろキャッキャッと燥ぐような感じで、微笑ましいくらいだ。

 しかし、その後に言葉が続けられた。「でも」と。

 

「ただその……詠さんが厳しすぎると、生徒から言われたことがありまして……」

「詠が?」

「あわっ……は、はい……。教え込んでいるというより、その……叩き込んでいるといった感じだそうで……」

「………」

 

 試しにイメージしてみた。

 詠先生。

 教壇に立ち、チョークをごしゃーと走らせ、要点を口にし、生徒に答えさせ、間違っていたら“そうじゃないでしょこのばか!”って……ウワー、物凄く簡単に想像できたやー。

 

「それはその、詠の方に改善する気は…………ないよな」

『はい……』

 

 迷いはしたが、断言出来てしまう何かがあった。

 どこにでも厳しい先生は居るものだとは思うけど、あまり厳しすぎるのはよくない。

 よくはないんだがそれもバランス問題であって───う、うーん……難しいな。

 

「こればっかりは詠に任せるしかない……よな。天でもやたらと厳しい先生は居たけど、やさしいだけじゃあ進めない部分もあるだろうし」

「はい……それはそうなんですけど、他の皆さんが叩き込むようなことをしていない分、詠さんの行動が目立ってしまっていて……」

 

 うあっちゃ……それは少しまずいかもしれない。

 もしそんな、目立ってしまうものが不安となって生徒たちの中から浮き出たら、いつかは桃香に届けられる案件に詠のことが乗っかってくる。

 さすがに生徒が詠に向けて直接言えるとは思えない。

 いつかはそうなって、教師から下ろされたり注意されたりすれば、彼女としても桃香にしても嫌な思いをすることになる。

 じゃあどうするかといえば…………思い浮かばない。

 詠にそれとなく話してみる……か? 厳しすぎやしないか、って。

 そうすれば詠も考えを改めて、“こんなのまだやさしいくらいよ”ってさらに力を込めてあぁああああ違う違うだめだだめだ!!

 改める方向があまりに違いすぎる! 却下!

 

「なにかいい方法は………………って」

『…………』

 

 ……また……見られてる……。

 何故か頬を赤らめた二人が、悩む俺をじぃっと見つめていた。

 こっ……これはあれか? 話が終わったなら艶本を見ましょうって、目で訴えかけているのか……!?(*注:明らかに違う)

 や、でもまだ話は終わってないしなぁ。

 よしっ。一人で悩むんじゃなく、三人で考えたほうがよさそうだな、うん。

 

「それじゃあ───」

 

 そんなわけで会話を再開。

 詠のこととともに、学校の今後についても話し合い、さらに煮詰めていく。

 ボランティアに移ってからは、完全に任せっきりになってしまったが、そのことを口にしてみれば、二人は揃ってくすりと笑った。

 「元々相談をするためにと呼んだんですから、無理を言ってしまったこちらとしては、むしろ助かったくらいです」と返しながら。

 その言葉に「役に立てたなら」と返して、話を続ける。

 あーでもないこーでもない、それはいいこれもいいと話し続け、ふと気がつけば時間は経過し、もちろん正確な時間なんてものはわからないが、なんとなくそろそろかなと感じて話を終わらせる。

 

「じゃあ、詠のことはやっぱり成り行き任せで……いいかな?」

「はい。翠さんの無茶な体育にも、頑張ってついていこうとする皆さんですから、いつかきっとわかってくれると思います」

「その……厳しいなら厳しいなりに、得られるものもたくさんあると思いますし……」

「……そっか」

 

 得る前に諦めてしまわないかが不安……にしても、そこは勝手だろうと信じるところだ。

 誰でも“楽に学びたい”とは思う。ていうか俺もそうだし、多分誰だってそうだ。

 冥琳や穏や亞莎は真面目に学びそうだけど、どちらかといえば楽をしてって人の方が多いだろう。……むしろ穏には、本を見せたくなんかないが。

 ダメだった時はダメだった時だ。

 さりげなくもう少し柔らかく~とか言ってみれば、少しは……悪化しそうだなぁ。「私は私のやり方でやるんだから、あんたにいろいろ言われる筋合いなんかないわよ」とか言って……う、うーん……。桂花ほどではないにしろ、ツンツンしてるところが多いよなぁ。

 と、それはそれとしてと。

 

「じゃあ、そろそろボランティアに行ってくるな。二人はどうする?」

『………』

 

 声をかけると、互いの顔を見詰め合い、こちらを見て一言。

 ……同行者が三人になった瞬間だった。

 え? もう一人は誰? ……思春である。


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