真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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39:蜀/将だけでなく、民たちの一歩も②

74/ボランティア。無償の奉仕活動をすること。

 

 今日は少々足を伸ばし、遠出をした。と言っても、一日で往復出来る程度の距離の遠出。なにせ朱里も雛里も明日には仕事が待っているわけだから、何日もかけて行くような場所には連れていけない。

 もちろん桃香に許可を得ての馬での移動となったわけだが、俺は雛里とともに麒麟に乗り、朱里は思春と同じ馬に乗っている。

 以前から気になっていたことではあるが、成都以外の邑や街から来る案件も多い。

 それを、いつか呉でもやったように遠出をして解決しようってことになった。

 桃香に許可を貰って、はい、と渡された紹介状……というよりは証明書みたいなものか?

 桃香が書いて渡してくれたものだが……まあ、こういうもの無しで急に訪れて、ボランティアさせてくれーなんて言っても聞いてくれるわけもなく。そこのところは素直に感謝した。

 だからだろう。

 

「いきなり言い出したのに、よく了承をくれたもんだよなぁ……少し、これからの桃香のことが心配だ」

 

 澄んだ空気と森に囲まれた山道を進む途中、俺はそんなことを呟き、きょとんと振り向く雛里の表情に苦笑を送った。

 対する雛里は「あの」と口ごもり、けれどきっぱりと言った。

 「それは、一刀さんだからです」と。

 

「? 俺だから?」

 

 ……あ……そっか。信頼してくれてるってことか。

 そんなことに気づいたらむず痒くなって、何かを続けようと口を開こうとした雛里の頭を、帽子ごと撫でた。あわわわぅ……と困ったようなくすぐったいような声が聞こえる中、ただ笑いながら街への道をゆく。

 護衛もなしに平和なことだが、今のこの大陸なら、山賊なんてものとは滅多に出くわさないだろう。もちろん、滅多にと言うからには絶対に居ないわけでもないのだが。

 働くよりも奪ったほうが楽って考えを変えない人っていうのは、やっぱりどうしようもなく存在するのだ。けれど街を、邑を襲えば足がつく。ならば旅の商人を襲うなりして荷物ごと奪ってしまえば……と。なんだか物騒なことを考えていた矢先だった。

 

「たっ……助けてくれぇえええっ!!」

 

 腹の底から放つ、それこそ心の底から助けを求めるような声が耳に届く。

 森の中によく響いた声は、厄介なことに木々に囲まれたこの場では嫌に反響してしまい、正確な位置を掴むのは難しく───と、不安に駆られた途端に思春が向かうべきを示し、馬から飛び降りていた。

 走る方向は木々の奥。さすがに馬を連れてはいけない。

 俺もすぐに降りようとするが、雛里がそれを、服を掴むことで止める。

 

「……ごめん。ボランティアしに行こうってやつが、助けてって悲鳴を聞き流したら、誰にも顔向け出来なくなる」

 

 言いながらその指をやさしく解くと、麒麟から飛び降りて不安だらけの顔に笑みを返す。

 そして、麒麟に一言を。

 

「危険を感じたら、俺達を置いてでも逃げてほしい。朱里と雛里を守ることを最優先に。……お願いして、いいか?」

 

 ブルル、と小さく嘶く麒麟の目を見つめ、囁くように届ける。

 麒麟は……どう受け取ってくれたのか、俺の胸に一度顔を擦り付けると、思春が乗ってきた馬……朱里がはわはわと戸惑ったままの馬の傍に近寄り、こちらを向いて、ただじっと見つめてきた。

 ……行け、と言っているのだろうか。

 

「よしっ、じゃあ、頼んだ」

 

 そう返すや地面を蹴って、思春の後を追った。

 当然といえば当然ながら、どういう脚力しているのかってくらい速い。

 それに負けないように地面を蹴り続け、あちらこちらに生える木々を避けながら、全力で走り続けた。

 

「………」

 

 悲鳴は未だやまない。

 その声を頼りに駆け、腰に備え付けてある木刀に触れ、武器の存在を確認する。

 辿り着いておいて武器がありませんでしたじゃあ、思春の邪魔になるだけだ。

 というかもしかしたら思春だけでも十分かもしれない。

 そう思いながらも状況の楽観視だけはしない心構えを持ち、奥へ奥へと駆けた。

 駆けて駆けて、蹴って蹴って、やがて───一つの洞穴を発見する。

 

「洞穴……?」

 

 鬱蒼とした草花や木々に隠れるように、それはあった。

 ただし地面には何かを引きずったような跡と、それに抗おうとしたような跡がいくつもあった。

 俺は、それを見下ろしていた思春の横に立ち、これからのことを考える。

 

(どうするか───だよな)

 

 突っ込んでいったはいいが、敵だらけでは返り討ちに遭う。

 が、早く入らなければ連れていかれたかもしれない誰かが危険に曝される可能性が、時間が経過すればするほど増えていく。

 だったら───迷う必要はない、か?

 いや、なんだったら何か物音でも出して、相手を洞穴から引きずり出して……いや待て。考えていたとはいえ、これは本当に山賊絡みなのか?

 ただ村人か町人が何かの遊びをしていて、それの罰ゲームが怖すぎるから、腹の底からタースケテーって……それこそ言ってる場合じゃないよな。

 熊が現れて、旅人を引きずり込んだとかだったら笑えない。

 ……まあ熊だったら、洞窟の入り口にこんなあからさまな草花のカーテンなんて作らないか。

 

「行こう。どの道、状況を知ってみなくちゃなにも出来ない」

「同感だ」

 

 思春と頷き合って、洞穴へ。

 わざとそうしているのであろう、あからさまな存在感の草花のカーテンを押しのけて、中へ中へと進んだ。

 

……。

 

 ……暗がりが続いたが、しばらくすると照明代わりの松明を見つけた。

 それはところどころに存在していて、進むにつれ広くなる洞窟を、文字通り明るく照らしていた。

 

「…………?」

「………」

 

 人の声が聞こえる。そちらを指差すと、思春が頷いた。

 洞窟はそう入り組んだものではなく、進んだ先には自然物ではないだろう広さがある空間と、そこからいくつか続く道があった。

 ここに住んでいるのかいないのか、お世辞にも空気のいい場所とは思えない。

 ずっとここに居たら、肺にコケが生えそうだ。

 

「………」

 

 軽く進む。

 くすくす笑うのではなく、ガッハッハと豪快に笑う者が居るであろう奥へ。

 極力、松明の所為で伸びる影で、相手に見つからないように気をつけながら。

 ……やがて辿り着いた洞穴広間の先。

 そこにはさらに大きな空間があり───その中心で、男性数人が行商らしき男を縛り上げ、手に入れた売り物や金を手に笑い合っていた。

 

  本当に、嫌な予感っていうのは当たってしまうもんだ。

 

 苛立ちがチリッ……と心に走る。

 しかも、その行商が知っている相手ならば尚更のこと。

 けれど深呼吸を一つ、思春と向き合うと……思春は「時間を稼げ」とだけ言って、気配を殺して走った。

 

「……了解」

 

 これでも、一緒に過ごした時間は地味に長い。

 魏将を抜かせば多分一番。

 だからこんな時、彼女が何を俺に望んでいるかはわかるつもりだ。

 必要じゃない言葉は喋らない。つまり、ただ時間を稼げばいい。

 

「へははははは! つ、ついにやっちまった……! けどっ……こ、これでしばらく遊んで暮らせるぜ……!」

「ら、楽なもんだったなぁ、はは……! でもどうするんだ、この行商……逃がしたら絶対に喋るぞ……?」

「………」

「………」

 

 男性数人が、行商……呉で会った親父の一人を、恐々と見る。

 バレないためにはどうするか。バラされないためにはどうするか。

 そんなの、たぶんいろんなヤツが子供の頃から知っている。

 釘を刺すか、痛めつけてバラせばこうなると脅すか、……喋れなくするか。

 

「おい、おめぇ……俺達の仲間にならねぇか?」

「お、おい、それは……」

「いいんだよっ! ……奪われるのが自分だけってのは納得いかねぇだろ……? へへっ、悪い話じゃあねぇと思うぜ? なにせ成功すりゃあ、こうして楽に……」

 

 初犯なのだろう。

 不安に染まる顔を無理矢理ニタニタとした顔に変え、男はオヤジに提案する。

 だが───オヤジは「へっ」と一笑。

 

「冗談じゃねぇ。ここで首を縦に振ったら、罪を被ってまで許してくれた義息子に言い訳出来なくなっちまう」

「息子だぁ? そいつのためなら痛い目見てもいいってか」

「……俺にはもう家族がいねぇ。だからこうして一人身で行商をやっていられる。妻はとっくに病気で亡くなっちまった。それでも育てた息子は、戦で死んじまった。……けどな、腐るだけ、ただものを売って生きるだけの俺に喝を入れてくれた涙があった」

「あぁ? 涙だぁ?」

「痛い目見てもいいかだぁ? へっ、汗水流して生きようとしねぇやつの暴力なんざ痛くも痒くもねぇ! 自分が楽して幸せになろうとして、他国の野郎に手ぇ出して! こんなことが終わらねぇから戦が起こるんだってことも知ろうともしねぇで、ただ奪うだけのてめぇらの仲間なんぞに誰がなるかよっ!」

「───っ……てめぇっ! なにも知らねぇくせにっ───!!」

 

 男たちがオヤジに向けるための拳を構える。

 それが振るわれる前に、俺は地面を蹴っていた。

 

「!? お、おいっ、あれっ!」

「あぁ!? っ───な、なんだてめぇは!」

 

 なんだ、だって?

 そんなもの、あんた達には関係が───!

 

 

    時間を稼げ

 

 

 ───ア。

 ……いっそ、勢いのままに殴ってくれようかと動いていた体。

 それを理性で無理矢理止めて、せめてオヤジだけはと縛られたままの親父の前へと割り込んだ。

 

(っ……落ち着けっ……! すぐに暴力を振るうためにつけた力じゃないだろ……!?)

 

 愛紗に自分の在り方を話した時のことを思い出し、歯を食いしばって自分を止める。

 怒りに任せて行動するな、絶対に後悔する。

 俺は……俺はただ、思春を信じて時間を稼げばいい……!

 

「へっ……? か、かずっ……? お前、なんでこんなところに……」

「声が聞こえたっ……だから、来た……それだけ……!」

 

 なんの罪もないオヤジを殴ろうとしたこいつらを、震える手を押さえながら見やる。

 戸惑いながらもこちらを睨んだまま、けれど俺が一人だと知るや途端にニヤニヤとした顔になるそいつらを。

 息が荒れる。

 自分が思うよりも緊張している。

 それは何故? 相手が許せないから? それとも……力を振るうのが怖いから?

 

「……この人から奪ったもの、全部返してあげてくれ」

 

 今はいい。

 けれどやることはやる。言いたいことは言う。

 

「あぁ……? お説教でも始めようってのか?」

「説教……? そんなつもり、ないよ……。ただ、返してあげてくれって頼んでる」

「……いきなり現れて“返してあげてくれ”たぁどういうつもりだ、にーちゃんよぉ」

「そんな震えて、俺達を前にビビってんだろ、あぁ?」

 

 震える。

 ああ、震えている。

 今はいいって言ったって、理由も無く震えたままでいられるほど、自分には胆力ってものがない。でも、今必要なのは強敵に立ち向かう胆力じゃなく、力を振るう恐怖への胆力だった。

 出来れば振るいたくなんかない。

 やっと平和に辿り着けた先で、鍛えたからって振るわなきゃいけない道理なんて無い。

 だから言葉を紡ぐ。

 どうか言葉だけで終わってくれと願いながら。

 

「頼むから……これ以上奪わないでくれ……。笑顔で居られている人から、笑顔を奪わないでくれよ……! どうしてそうなんだ、いつも、いつも……! 自分が楽したいから、他人から物を奪って……! そんなことが続くから争いが始まって、死ぬ必要がない人まで死んで……!」

「へっ、随分な言い草だけどよぉ。おめぇだって思ったことくらいあるだろうが。楽して暮らしたい、圧力に負けずに生きていたいってよぉ。俺ゃあよぉ、山賊どもを見て思ったのさ。奪うあいつらが幸せで、奪われた自分がどうしてこんなに不幸なのかってなぁ。力が無いから悪いのか? じゃあ力があれば、奪うことも正当化出来るのか? ……違う、違うねぇ」

 

 リーダー格らしい男性が農具を手に一歩出る。

 剣なんてものは用意出来なかったのだろう、右手で持ったそれを左手で弾ませ、ニヤニヤした顔を鋭く変え、睨んでくる。

 

「黄巾や山賊だって農夫や楽したいやつらの集まりだった。俺達はその集まりにこそ奪われた。相手も元は農夫だったのにだ。なんだそりゃって思ったよ。おかしいだろ? ついこの間まで汗水流して働いてたやつが、人を殺してモノを奪うんだぞ? 頑張っても頑張っても奪われて、家族まで殺されたやつなんざ、呆然としたまま骨になるまで蹲ってやがった」

 

 語調が荒くなる。

 農具を俺の目の前に突きつけて、怒りに満ちた体で支えているためか、その切っ先が震えている。

 

「何が悪い? そんなもの、そんな国にしちまった上が悪かったのさ! 俺達が死ぬ思いをしてる中、上はどうしていた!? 保身ばっか考えて、俺達がどうなろうが知ったことじゃねぇって態度だったじゃねぇか! 駆けつけてくれても数で押されて敵いやしねぇ! 農夫に負けて死んじまう兵を見て、俺は絶望したね! 倒れた兵は兵とも呼べねぇ幼いガキだったよ! どういうことかわかるか!?」

 

 震える手が農具を握り締め、農具がカチャカチャと音を立てる。

 怒声が続くっていうのに、その音はやけに耳に届いた。

 

「お偉いさんは自分の身を大人の兵で固めて、邑のことなんざ気にも留めてなかったのさ! 兵に志願したばっかりの息子が目の前で殺された! それを見ていた妻の悲鳴を聞いた! その妻も俺の目の前で殺されたんだぞ!! 俺だけが生き残って、こんなのはあんまりだと城に行ったところで話も聞いて貰えず追い返された! だから決めたのさ……! いくら平和になっても君主が代わっても構わねぇ……! いつか俺達も奪う者になってやるってなぁ!」

「なんでっ……!! 奪う誰かに息子も妻も殺されたのにか!?」

「ああそうだ! 奪う者の気持ちってのがどんなものかも知らずに生きていけるか! 殺したやつは……笑ってたんだぞ!? 俺は息子と妻の亡骸を抱きながら泣いてたってのに! あいつらは笑ってやがったんだ!! てめぇが強いわけでもねぇ! 武器があったから殺せた! 数が多かったから殺せたってだけの野郎がだ!」

「………」

「ははっ……けどどうだ……!? やってみたところで乾いた笑いしか出てこねぇ……! なんだよこりゃあ! 俺達が長い時間をかけてようやく得られたものが、こんなに簡単に手に入るだって!? そんなに簡単にものを手に入れられるってのに、どうしてあいつらはそれ以上のものを俺から奪った! どうして生きるために志願しなけりゃならなかった息子が、奪った糧を持ったあいつらに殺されなけりゃあならなかった! 俺はっ……俺はこんな世界! たとえ国が変わろうが人が変わろうが認めねぇ!!」

 

 だから、と。

 男性は農具を振り上げ、俺へと───!

 

「見える!」

「へっ!?」

 

 ───振り下ろされた農具───大きな熊手のようなものをひらりと避けた。

 そうしてから縛られたままのオヤジを抱き上げると、緊張を保ったまま距離を取る。

 

「なっ……てめぇ、逃げる気か!」

「理由は聞いた。だからこそ、殴られるわけにはいかない。オヤジも直接被害は受けてないみたいだし、奪ったものさえ返してくれれば軽い刑で済む筈だ」

 

 報告しないって方法もあるけど、それは多分無理だ。

 だからせめて、下される罰がやさしいものになるように、攻撃は意地でも受けない。

 呉の時も避け続ければよかったんだろうけど、考え事とかいろいろしてたしなぁ。

 それに……あの時は受け止めていなきゃあ、今のオヤジとの関係もなかっただろう。

 そんなオヤジも、こうして確認したところ……農具を持った彼らに囲んで脅して連れ込まれたのかどうなのか、傷ひとつついてはいなかった。

 なおさら攻撃を食らうわけにはいかないよな。あ、でも助けてくれって叫んだなら、無理矢理連れてこられはしたんだろう。

 

「あぁ!? おまっ……この期に及んで俺達に投降しろってか!」

「奪う者の気持ち……もうわかったんだろ……? それが知りたくて行動したなら、“理由”はもう無くなってる筈だろ? それとも……誰かを殺さなきゃ治まらないのか?」

「っ……い、いや……」

「俺達は……そんな、殺しまでは……」

 

 リーダー格以外の大人達が、一歩また一歩と下がる。

 けれどリーダー格の男だけは前に出て、再び俺に向けて農具を構えた。

 

「そうだとしても、おめぇに止められる理由がねぇんだよ、俺には。まだガキのくせして偉そうに説教か? どこの誰だか知らねぇけどな……大人の意地ってもんに首突っ込んでんじゃあねぇ!!」

 

 けれどその農具を捨て、拳で殴りかかってくる。

 ……それを見て、なんとなく。

 先ほど、向けていた農具が震えていたのは怒りの所為などではなく───“命”に刃物を向けることへの恐怖がそうさせていたんじゃあ、と……。

 いや、あるいは……その向ける刃が、自分の息子を殺した刃物とダブってしまったのか。

 どちらにせよ、くらうわけにはいかない。

 紙一重なんて巧みなことはせず、一目散に逃げ出した。

 

「お、おいおい一刀っ!? 逃げるのかっ!? そんなことしなくても、その剣で脅かせばよぉ!」

「ごめんオヤジ! これ剣じゃなくて木刀! 木の棒なんだ! だから無理! というか頼まれてもああいう人に対して脅しとかはしたくないっ!!」

「んなぁっ!? じゃあなんでそんなもん腰に下げてんだおめぇは!」

「あはっ、あはははっ! なななななんでだろうなぁっ!?」

 

 まったくだ、下げている意味がない。

 なんて引きつった笑いを零しながら、追ってくる男性から逃げ回る。

 で───あの、ちょっと!? いつまで時間稼げばいいんだ思春!

 走り回るのはもう慣れてるけど、相手の人数がっ……あぁあああ男性があんまりに追うもんだから、他の人達まで妙な使命感を燃やして走り出してきたし!

 

「おぉおお、おいおいっ……どうすんだ囲まれちまったぞ……!?」

「…………怪我さえしてなければバレない……ってことは、ないよなぁ」

「おめぇは……どこまでお人よしなんだよ……」

「何処までって、俺のほうこそ知りたいよ」

 

 お人好しのレベルなんてのが自分で見れたら世話無い。

 絶対に驚くか笑うか呆れるかに決まっている。

 そんなことよりも、この囲まれた状態からどう逃げるかが問題で……でもダメだ、絶対に無傷で乗り切るんだ。家族を思って泣く人を、理由があったからって重罪人になんかしたくない。

 だからせめて無傷で……“未遂に終われた”ってところまで、なんとか……!

 う、奪ったものもすぐ返して、双方ともに無傷だから未遂ってことに出来ないかなぁ!

 

「……ごめん、ちょっと無茶してでも押し通るから」

「……怪我だけはすんじゃねぇぞ」

 

 小さくオヤジと話し合う。

 その途端、リーダー格の男性の合図とともに人垣が一気に迫り来る。

 とりあえずは人の体を取り押さえようとする人は無視して、凶器になるものを振るう人にだけ注意を払い、その脇を一気に抜ける───が、伸ばされた手が服を掴み、一瞬体勢を崩してしまい……そのまま強引に走ればよかったんだが、ここに来て寝不足による不安定さが身体を襲い、力を込めようとした足がふらつき───そこへ、クワが落ちる。

 

(あ)

 

 やばい……なんて言っている暇もなかった。

 ソレは体勢を崩した俺の顔面へと振り下ろされ、一瞬見えた振るった人の顔も、“え?”って感じに呆然としていた。脇を潜ろうとした俺を、棒の部分で叩くつもりだったんだろう。

 それが、ただ引っ張られることでズレてしまっただけ。

 ただそれだけの……非常に運の無い出来事だった。

 

  ザゴンッ!!

 

 鈍い音がする。

 思わず閉じたままの目を開きもせず、痛い箇所があるかを確認するが……あれ?

 

(痛く……ない?)

 

 パチリと目を開く。

 すると、棒を持っていない男が呆然と突っ立っていた。

 ……いや、持ってはいるんだが、握る部分より先が消失している。

 

「……時間を稼げとは言ったが、抵抗するなとは言っていないぞ」

「へ? あ……思春!?」

 

 思春だった。

 鈴音を構えた状態で俺を庇うように立ち、戸惑う男達を……その殺気と眼光だけで下がらせた。

 すると、その場に落ちているクワの先を発見。

 どうやら鈴音の餌食になったらしい……すごい切れ味だ。

 

「さて貴様ら。大人しく投降するなら良し。しないのなら……」

 

 とか思っている中、もう一度殺気が放たれる。

 一緒に居て、まあまあ慣れているつもりだった俺でも、やっぱり思わず“ヒィ”と叫びたくなるほどの殺気。

 そんなものを向けられて、対立していられる筈もなく……男たちは一人、また一人と、その場にへたりこんでいった。

 ……けれど、一人だけ。

 足を震わせるがらもこちらを睨む存在があった……さっきのリーダー格の男性だ。

 

「……一つ、訊かせてくれ」

「…………言ってみろ」

「あんたの目から見て、この国は、大陸はどう見える? そんな格好しちゃいるが、睨み一つでこの有様……庶人なんかじゃないんだろ?」

「………」

 

 男性は、震える足に勝てずにへたり込む。

 けれどその目でこちらを睨むことはやめず、答えを待っていた。

 

「……国がどう見えるか。そんなもの、人の答えに満足するべきことではないだろう。自分の目で見たもの聞いたものが全てであり、それを間違わずに受け取れたものこそが貴様の答えだ。私の言葉に満足し、頷ける程度の覚悟でこんなことをしたのなら、それこそそこいらの山賊以下の覚悟だろう」

「っ……な、なんだと……!?」

「───私にとってのこの大陸、そして国。それは既に変わったものだ。戦に溢れたあの頃とは違う。奪わなければ奪われる乱世は終わった。それは、将だけではなく貴様ら庶人も気を張らねば実現出来なかった結果だ」

「……あ? お、俺達……が?」

 

 殺気を引っ込め、鈴音も仕舞うと、今度は殺気は込めずにキッと眼光だけで男性を怯ませ、言葉を続けた。

 

「山賊や黄巾党が元はどんな存在であったのか。それを知るのは将よりも庶人が多かった筈だ。そして、どれだけ王や将が敵国に攻め入ろうと勝ち取ろうと、民が平和と地道を望まぬ限りは野党や山賊どもは減ることを知らなかった。……王や将がどれだけ気を張ろうと、届かぬ理想は存在する」

「な、なにを言って……!? 俺の質問はっ───」

「故に。貴様らがその理想の果ての現在を蹴るような行為をすることに、我慢がならん」

「そっ……そんなもん俺の勝手で、ぁ、っ……ひぃいっ!?」

 

 ア、アノー、思春サン!? 殺気が! せっかく抑えた殺気がまた……!!

 

「貴様らこそが知るがいい。この平和の世は貴様らだけのものではない。戦い、死した者。飢え、死した者。恐怖を前に立ち上がり、歩んだ者。それら全ての願いの果てに今が在る。……大切なものを亡くした者が、何も自分達だけだと思うな。貴様らのそれは、それでも歩いていこうとしている者達への侮辱だ」

『っ……!!』

 

 その言葉を最後に、殺気が治まる。今度こそ。

 俺も、オヤジもかちんこちんに固まった状態だ……まあその、つまりは怖かった。

 

「………………おれ、たちは…………な、なぁ……俺達はどうなる……っ?」

 

 そんな恐怖をぶつけられてもまだ、男性は声を放った。

 それを聞いた思春は、まるで俺に質問され続けた時のように呆れ混ざりの溜め息を吐き、

 

「何度でも始めてみればいい。幸いなことにこの国の主は民に甘い。もう一度前を向く勇気があるのなら、人に訊かずに自分の頭と行動で答えを出せ」

「へ……? お、俺達を捕らえたりは───」

「生憎と私は庶人だ。突き出すことは出来るが、捕らえる権利は無い」

 

 ……で、どうしてそこで俺を睨むのかな、思春さん。

 

「しょ、庶人!? あんたがか!? 冗談だろ……!?」

「大人しく投降するかどうかは好きにしろ。ただし、抵抗するとなるとこの男が黙っていない」

「えぇっ!?」

 

 思春!? もしかしてさりげなく俺に投げた!?

 そりゃ一応、あくまで一応ってことでは思春は俺の下に就いてるってことになってるけどさぁ!

 

「この男って……逃げ回ってばっかりだったこの男が……? なんだってんだ」

「天の御遣いだ」

 

 …………。

 空気が凍った音を聞いた。

 あばれん坊将軍あたりだったら、この瞬間に悪者あたりが“う、上様っ!”と叫んでいることだろう。もちろん相手が俺でそんなことが起こるはずもなく。

 

「天の御遣いって……げぇっ!? あ、あの魏の種馬とか云われてるっ!?」

「、……」

「な、なんだって!? 魏の将のほぼを骨抜きにした、あの見境無しの!?」

「っ……!」

「そういえば聞いたことがある! 今は各国を回って将という将を食らう旅に出ているとか……!!」

「~……! ~……! ……ゲフッ!」

 

 言葉の棘が刺さりすぎた。

 血を吐くような悲しみを前に、オヤジを下ろしてがっくりと項垂れる俺が居た。

 

「い、いや……今は各国の手伝いをしてるだけであって、将を食らうとか、そんなことは全然……!」

「骨抜きにしているのは事実だろう」

「思春さん!? お、俺がいつそんなことを!?」

 

 言われた言葉に返してみるが、あっさりと「自分の胸に聞いてみろ」と返されてしまう。

 ……俺、なにかした……? ただ友達増やしただけじゃなかったっけ……?

 

「……? 各国の手伝い……? 魏王の伴侶みたいなもんの御遣いが、なんだってそんなことを……」

 

 と、項垂れている俺へと疑問が投げ掛けられる。

 ……落ち込んでいても始まらない。

 気力を振り絞って立ち上がると、真っ直ぐに男性の目を見て話す。

 自分がやりたいと思っていること。

 そのために出来ることを探していること。

 自身を鍛えていること、いろいろだ。

 

「鍛えて、って……逃げてばっかだったじゃねぇか」

「力があるからって力で解決したら、力で返されるだけだって……この目で知ったから」

「あ……、……~っ……!」

 

 きっとこの人も知っていたことだ。

 けれど、最初に力を見せたのは奪った相手であって、返すことが出来ずに泣いたのがこの人だった。言葉にしてみればたったそれだけの過去。だからこそ今更になって力を手に入れたつもりで、立ち上がり、奪ってみて……後悔を味わった。

 “このままじゃいられない”って鍛え始めた自分だから、“あの時にもっと自分が強ければ”って気持ちはわかるんだ。

 わかるんだけど……きっと、力があったとしても奪う自分にはならなかった。

 そう信じたい。

 ───男性は苛立つように地面を殴ると、がっくりと項垂れた。

 

「お前はその目で……戦を見てきたんだよな……?」

「……ああ。華琳……曹操の傍で、ずっと」

「…………お前、家族は」

「天に居る。でも……多分、もう二度と戻れない」

「心細くなかったのかよ……そんな状況で、戦を見るなんて」

「天は天、ここはここだって……そう割り切らなきゃ、とても耐えられないものを何度も見たよ。強くならなきゃいけなかったんだ。誰かの死や奮闘のお陰で、自分がまだ五体満足で居られること、笑っていられることを自覚できるくらいに。でも、だからってやられたらやり返すをずっと続けていたら、きっと誰も救われないから……」

 

 いつかは誰かが折れなきゃいけなかった。誰かが預けなきゃいけなかった。

 あの人ならばと信頼されたからこそ、信頼している人達をこれ以上傷つけないために、受け容れなきゃいけないものだってきっとあった。

 

「……そうかよ。だから“奪わないでくれ”だったんか」

「はは……実際、怖かったのも確かだから、逃げた事実は変わらないんだけどさ」

 

 苦笑。

 そんな情けなさがおかしかったのか、男性もくすぐったさに我慢出来なくなったかのように笑い出した。

 頭をガリッと掻いて、小さく涙を滲ませながら。

 そんな中で思春が男性を見やり、「住んでいた場所が襲われていた時の太守の名は?」と訊く。それは───いや、思春も多分わかっていて訊いているんだろう。

 男性は笑い声を潜め、俯いたままにもう一度頭を掻くと、

 

「……劉璋だ」

 

 それだけを口にした。

 それは、桃香が蜀の王になる前の太守の名前。

 噂だけ聞いても、ひどい太守だったと理解出来る人だった。

 自分の国のひどさに気づかず、いや……気づいていたとしても、自分たちだけが豪奢な暮らしを出来ればいいと、税を搾り取るだけ搾り取り、守ろうともしない。

 そんなひどい太守が、確かに蜀には居たらしいのだ。

 

「ひどいもんだったよ……あんなのが太守なら、まだ適当な町人が太守をやったほうがましだって思えるくらいだ。自分が治める場所の民の話も聞かねぇ、自分や貴族以外はどうなってもいいみてぇに助けもしねぇで、それでいて税だけは搾り取って……」

「……太守が桃香に変わってからは、どうだった?」

「変わったさ。税も軽くなって、邑や街のやつらに笑顔が戻った。俺達ゃあ純粋に喜んださ。これでようやく、って。でも……でもなぁ……」

 

 それでも戻らねぇものはあって、どうしてもっと早くに……って、どうしても思っちまう。そう続けて、彼は顔を片手で覆うと嗚咽を漏らした。


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