真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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39:蜀/将だけでなく、民たちの一歩も③

 結局。

 男性たちは成都に連行することになって、当然といえば当然だが、別の街へ行く予定は無しになった。馬に跨って待っていた朱里と雛里に事情を話して、そういうことならと戻ることになる。

 湧き出る暗い気持ちに溜め息が漏れ、それを聞いたのか、思春が静かに睨んでくる。

 いや、ここは普通に見るなりしてくれ、思春。

 

「いや、さ。将が各地に走っても、どれだけ復興をしようとしても、辛い思いを持ったままの人はまだまだ居るんだなぁってさ」

「当然だ。それら全てが楽に治まるなら、民も兵も将も王も苦労などしない」

「ん……わかってた筈なんだけどさ」

 

 世の中いろいろある。

 そのいろいろっていうのが予測出来ないことばかりだから、本当に困る。

 ……予測出来ているからって、何が出来るかと言われれば、出来ることの方が少ない。

 だから余計に困る。

 力を付けたって、出来ないことの方がやっぱり多いんだ、暗い気持ちにもなる。

 

「しかし……一刀よぉ、おめぇは変わらねぇなぁ」

「へ? あ、そ、そうかな」

 

 もう一度溜め息が出そうになった時、重たげに荷物を背負ったオヤジが笑う。

 ちなみに麒麟には雛里だけが乗っていて、俺はその横を歩いている。

 荷物を持つよと親父には言ったんだけど、無茶言うなと断られた。

 無茶? ハテ。と首を傾げていると、朱里が「一刀さんは魏からの客人なんですから、その……」と囁いてくれる。

 ……あ、ああ、なるほど。でも俺、呉じゃ随分と雑用をさせられたんだけど? あ、それは仕事だからいいのか。なるほど。

 

「おめぇ、なんつったか……鍛錬とかしてたんじゃあなかったのか? その割りにゃあ大して変わってねぇと思うんだが……」

「え、いや、これでも結構筋肉ついてきてると思うんだけど……か、変わってないか?」

「顔つきはちぃとばかし変わったか? ま、なんにせよ、元気そうでなによりだよ」

 

 で、その笑いのままに背中をバシバシと叩いてきて、より一層笑った。

 ……相変わらずだ、この人も。

 そんなことに小さく安心を覚え、俺も苦笑して、それから笑った。

 

「………」

 

 そうして笑う俺達を見て、連行される男たちが面白くなさそうな息を漏らす。

 

「……おめぇ……北郷一刀っていったか? どうしてそう笑ってられんだ」

「っと……どうして、って」

 

 話し掛けてきたのはリーダー格の男性。

 つまらなそうに、けれどその目は真っ直ぐに俺の目を見て。

 

「ぶすっとしているよりさ、笑ってる方が楽しいから。そんな簡単な理由だと思う」

「……お、思うって、お前……」

「はは、自分のことながら、きちんとわかってないんだ。けど、どうせなら笑いたいって思う気持ちは嘘じゃない」

「ああそーだろうよ。じゃなけりゃあ、数人がかりで殴られて、腹まで刺されたってのに相手のことを親父だだの言えるもんか」

「オヤジぃ……それ、殴った本人が言う言葉じゃないだろ……」

 

 殴られた。腹を刺された。

 そんなことも、笑い話に出来る今がある。

 “人がいい”って言えばそれまでの話で、普通だったら逆上して殴り返したり刺し返したりもするんだろう。

 それをしないのは、やっぱり……戦場で戦っていた俺達だけじゃなく、民だって苦しんでいたことを知っているから。

 まあそもそも、それをするだけの度胸なんか俺にはないと思う。

 人を刺す感触なんて、出来れば一生知りたくない。

 きっと、誰だってそう思っている。

 

「殴って、刺して……そんなことになったってのに、笑えるってか。……なんだそりゃ」

「ほんと、なんだろなぁ」

 

 呆れる男性に対して……じゃないか、自分自身に呆れる。

 それがきっかけになったのかどうなのか、仲間だった男達からもいろいろと質問を投げ掛けられる。主に、“俺達はどうなるのか”、“殴ったやつらはどうして助かったのか”、“刺したやつはどうなったのか”、などなど。

 俺とオヤジはそれに対して顔を見合わせてから笑った。

 それから言う。

 なんだかんだで俺が罪を被ることで、許されることになったこと。

 けれど、もちろん俺だけじゃなく、暴力を振るった親父たちも国のためにと立ち上がってくれたこと。

 そうして!より良い平穏を”と願ったからこそ、今のこんな笑い合える関係があること。

 それらを話してみせたら、男たちは一様にぽかんと口を開けていた。

 ……歩きながらだから、中々に器用だって思ったのは内緒だ。

 

「……あんたが言ってた息子ってのは、こいつのことか」

「ああ、自慢の馬鹿義息子だ。殴られても刺されても、誰かを許して“親父”なんて呼びやがる。馬鹿以外のなんだってんだってくらいの馬鹿よ」

「───……ハ、は、ははっ、うわっはっはっはっは! そりゃあ違いねぇ!! 馬鹿以外のなにものでもねぇやなぁ、がっはっはっはっは!!」

「いや、そこ笑うところじゃないだろ……しゅ、朱里も雛里もそんな、笑ってないで!」

 

 笑顔は伝染するって、昔誰かが言った。

 実際にこうして笑顔が伝染り、みんな笑ってはいるんだが……そのタネが自分の馬鹿さ加減ってところにいろいろとツッコミを入れたい。

 けどまあ……いいか。事実だし、暗い顔で居るよりは。

 

「はーあ……俺達にもそうして、笑えるような処罰が待ってりゃいいがなぁ」

「まあ、被害らしい被害は無いから、そう難しい話にはならないとは思うけど。そういえば思春、俺が時間稼ぎしてる間、何やってたんだ?」

 

 そういえばと思い出し、訊いてみる。

 と、思春は朱里が乗る馬の手綱を引きながら、こちらをチラリと見て……

 

「敵の数を調べていた。奥にも分かれ道があっただろう。数を知るのは基本だ」

「……なるほど」

 

 無鉄砲に突っ込んで、数で囲まれたらおしまいだもんなぁ。

 実際、簡単に掴まれて死にかけたし。

 睡眠不足は美容と健康、そして生命にも深く関わることを改めて知った。

 気を付けよう、本当に。

 

「………」

 

 自分の在り方に溜め息を吐きつつ、ちらりと見ればいつの間にかの笑顔。

 さっきまで殺伐としていた空気はどこへやら、人のことをネタにげらげらと笑う男達。

 いいんだけどさ、人の笑顔、好きだし。

 どんな処罰が下されるかなんて考えるより、笑える時は笑っておくべきだ。

 もう一度溜め息を一つ、雛里が乗っている麒麟の手綱を引いて歩く俺は、せっかくの休みがこんなことになってしまったことを小さく謝罪した。

 対する雛里は、わたわたとしながらも「気にしていませんから」と言ってくれて、とりあえずは安堵した。

 

……。

 

 で……成都。

 

「完遂は阻止したにせよ、奪われかけ、縛られたことも事実です。桃香さま、どのようにいたしましょう」

 

 城まで案内された男性数人は、玉座の間の床に座らされ……ることはなく、案内された時点で桃香が普通に立ってたために玉座は空。

 同じ目線で話すことになった男たちは戸惑いのままに処罰を待ち……愛紗の言葉に軽く息を飲んだ。

 

「………」

 

 しかし桃香は処罰云々よりも先に、一緒に居たオヤジの前に立ち、「ごめんなさい」と頭を下げた。

 これには流石に、その場に居た全員が息を飲むどころか声を出すほど驚き、下げられたオヤジは完全に硬直、男性たちは自分の行動の重さに震えだしてしまう始末で───

 

「かっ……かかかっ、かおっ……お、お顔を上げてくだせぇ玄徳さま! そんなっ、俺、ああいやあっし……いやいやわわわ私めはべつになにもっ……!」

 

 そして、王が頭を下げるなんてことを目の前でされたオヤジは、もはや何を言っているのか自分でもわからないほどに動揺……って、それはそうだ。

 でも……そうしなきゃいけないだけの理由が、そこには確かにある。

 息を飲みはしたが、集まった将が何も言わないところにも理由がある。

 

「お、おぉおい一刀っ!? 俺ゃっ、俺ゃどうすりゃっ……!」

 

 慌てるオヤジが、俺に言葉を投げてくるが、俺は思春とともに男性やオヤジから少し離れた後方に立つだけで、何も返しはしない。

 そこへ、愛紗が前に出て、オヤジへ質問をする。

 

「もう一度確認をする。呉からの商人よ。お主は山道を歩く中、この男達に捕らえられ、洞穴へと引きずり込まれた。そうだな?」

「へ、へぇ……」

「が、荷物を奪われ、縛られたところへ一刀殿が現れ、双方無傷で決着をつけた」

「そっ……その通り、でさ……」

 

 愛紗、俺だけじゃなくて思春も……って聞こえないか。

 

「お主らも今回が初犯であり、他に盗みなどを働いたことはなかった。そうだな?」

「へ、へい!」

「それはもちろんっ……!」

「───だが。他国の者から物を奪おうとすることが、どれほどの罪になるかも考えないで行おうとした。それも事実だな?」

「は……───」

「そっ、それは……」

 

 男たちが、もう一度息を飲む。

 

「乱れた世は平定し、ようやく皆も落ち着いてきたという時に……お主らはそれを乱すようなことをした。過去にどれほどの辛い思いがあろうとも、今ここにある平和は個人だけのものではない。それを乱すようなことをした自覚が、お主らにはあるか?」

「~っ……」

 

 空気が凍る。

 もう、男性たちには後悔と罪悪感しかないのだろう。

 震え、頭を抱える者も出るほどだった。

 

「過去に対する怒りがあったとしても、それは自分たちだけが持っているわけではない。あの時ああであればと思う者など、お主らだけではない……死んでいった兵や家族を思う者ならばいくらでも居る。それでも平和になるならばと手に手を取った現在を───」

「すっ……すいやせん! すいやせんっ! あ、あっしらはそんなつもりじゃあ……!!」

「───~っ…………“そんなつもりはなかっただと”、と……怒鳴り返してやりたいところだが……」

 

 ちらりと、愛紗が俺と桃香を見た。

 そんな中で桃香もようやく顔を上げて、俺と愛紗の顔を交互に見たのち───

 

「ねぇ朱里ちゃん。どっちにも怪我が無くて、どっちにも平和を乱したくないって気持ちがあるなら……今回のこと、本人同士の問題に出来ないのかな」

「はわっ!? と、桃香さま、それは───」

「そう仰るだろうとは思っていましたが……桃香さま、自覚云々の問題ではありません。皆が血を流し命を落としながら、ようやく手に入れたこの平穏。いくら過去になにがあろうが、崩していい道理には繋がりません」

「でもっ! ……でも、もしお互いが許せるなら、誰も傷つかなくて済むんだよ……? せっかく戦が終わったのに、また誰かが傷つかなきゃいけないなんて……」

「……それだけのことをしたのです。当然の報いでしょう」

 

 桃香の懇願に、愛紗が返す。

 対する桃香は自分の服をキュッと握り締めると、肩を震わせながら深呼吸をした。

 そして、ついに、その震えた口から処罰が───

 

「だいじょぶなのだ。どんな罰もお兄ちゃんが背負うのだ」

「ブフォオッ!!?」

「へあっ!?」

 

 ───伝えられる前に、頭の後ろで腕を組んだ鈴々が、にっこり笑顔でそう仰った。

 あまりに突然のことで吹き出し、桃香もそんな言葉に驚いて鈴々へと振り向いていた。

 

「え、いや……な、なんで!? なんでそうなるんだ!?」

 

 もちろん戸惑う俺も、鈴々へと疑問を投げていた。

 そ、そりゃあもしそれで事も無しになるんだったらとは思うぞ!?

 これ以上誰も傷つかないんだったらって! でもなんか違うだろそれ!

 

「ふむ。確かに呉での刺傷の件に比べれば、未遂で崩れる均衡というのもおかしなもの。加えて今回は無傷で済んでいるのであれば、呉で北郷殿が呉将相手に苦労なさった甲斐もないかもしれんなぁ」

「星!? そりゃそうだけど、俺が言いたいのはどうしてそこで俺が罪を被ることになるのかってことで……!」

「おや。それで平和が保たれるのならと、むしろ進んで頷くと思ったのですが。なるほどなるほど、これで中々自分のことも考えておるようですな」

「なんか敬語が定着してる!? じゃなくて、いや、そうなんだけど、あ、あああ……!」

「あ、そっかぁ! いずれお兄さんが大陸の支柱になるんだから───」

「桃香さん!? なんか早速いろいろ押し付けようとしてません!?」

 

 ちょ、ちょっと待って、待ってくれ……!?

 や、そりゃあ出来ればいろんな人と心を許し合って、手を取り合っての平和を歩きたいとは思ったぞ……? でもなんでもかんでも俺が背負うのは───あ、あぁあああもう!!

 

「……桃香ぁ……。呉に使いか手紙、出せそう……? 一応、雪蓮にも“こういうことがあったから”って報せを出さないと、示しがつかないから……」

「あ、う、うんっ、それは大丈夫だけど───」

「あ、いえ、そのことなんですけど……」

「? 朱里ちゃん?」

 

 がっくりと項垂れて、諦めモードで桃香に話し掛けると、どうしてかそこで朱里から待ったがかけられる。

 

「実は呉王……孫策さんは最近、頻繁に魏に出かけているようでして……報せを送ったとしても会えるかどうか……」

「…………ウワー、凄い嫌な予感」

 

 魏に帰りたいのに、帰りたくなくなってきちゃった。

 雪蓮……もしかして本当に魏将全員に許可を得に行ってる?

 それっぽいことは聞いてはいたけど、まさか本当に……?

 

「じゃあこの場合は……」

「周瑜さんに相談を仰ぎましょう。もちろん孫策さんに報せることを前提として、ですけど」

「うん、それでいいよ。それじゃあお兄さん……とってもごめんなさいだけど……」

「あ……なんかもう確定なんだ……」

 

 申し訳なさそうな、だけど頼りきった目を向けられた。

 頼られて嫌な気はしないけど、もっと別のことで頼られたかったような……。

 

「ただし。……罪は罪だから、それなりのことをしてもらう」

「お、おう! なんでも言ってくれ! じゃなきゃ先に逝っちまったやつらにも家族にも顔向けできねぇ!」

「そっか。じゃあ───もうこんなことはやめて、国のためにみんなのために、頑張ってほしい。過去を振り返るななんて言わないから、せっかく生きてるんだから……楽しく生きていこう」

「へ?」

「え……そ、そんなことでいいのか!? もっとないのかよ、殴るだの、あるだろ!?」

「はは……もう最初に言っちゃったからさ。だから、俺から言えることはそれだけだよ」

 

 “役に立たないなら立つように教えればいいさ。人って成長できる生き物だろ?

  わからなければ教えればいい。覚えられないなら覚えるまで教えてやればいい。

  今役に立たないものの未来を捨てるよりも、役に立つように育ってもらって、同じ未来を目指せばいい。

  俺は、この三国の絆をそうやって繋いでいきたいって思うよ”

 

 ……今思うと、随分と偉そうなことを言ったもんだなと呆れる。

 それでも嘘は言ったつもりはないから、それでいいんだと思う。

 この場合、役に立たないとかじゃなく、一緒に復興出来る人をわざわざ削ることはないって意味になるわけだけど……うん。

 

「けどさ……この場合、俺が被る罪ってなんなんだ? どちらも怪我してないし、当のオヤジは固まっちゃってて……オヤジ?」

「だ、だだ大事なかったんですから、ああああっしはべつに気にしてやせんっ! へい!」

「……気にしてないって言ってるんだけど」

「もちろん、一刀殿に罪を被せるつもりはありません。これは確かに蜀の民が起こした過ち。というより……元より一刀殿は止めに入り、無傷で治めてくれたのですから。だというのに罪を被せたら、それこそ魏に失礼というもの」

 

 ……そ、そう、だよな? なんか当たり前みたいに俺が罪を被ることになってたから、流れで受け容れそうになってたけど……そう、だよな?

 でも、無関係だってばっさり言われるのもなんだか辛い気分で……はぁ。

 支柱の一歩、歩こうか。なぁ、北郷一刀……。と、一歩を踏み出そうとしたところで、思春にガッと肩を掴まれる。

 

「ししゅ───」

「玄徳さま。無礼を承知で発言させていただきます」

「え……思春さん? って、うわわわわっ、そんなっ、立って立って!」

 

 肩を掴んだまま後ろに引き下がらせ、自らが一歩前に出て。

 桃香の目を真っ直ぐに見て、跪き、了承を得てから言を続ける。

 当然桃香も慌てて“立って”と言うが、思春はそのままの状態で続けた。

 

「何もしていない蜀の王、ならびに将たちが罪を被る必要はありません。いくら平和だからこそと言おうと、許してばかりでは民の心も緩むというもの」

「え……う、うん……」

「私は、この者らこそを書状とともに呉に向かわせ、王に決定を委ねるべきだと思います」

「え……この人達を? えと、朱里ちゃんと雛里ちゃんはどう思う?」

 

 桃香が朱里と雛里へ目を向ける。

 二人は少し間を取ってから顔を見合わせたのちに頷き、

 

「はい、それでよろしいかと。ただ、今すぐに向かわせても呉の皆さんも困ると思うので、やはり先に書状か使者を送るなりすることになりますけど……」

「? い、いいのかな、任せちゃったりして」

「あの……一刀さんの時もそうだったそうですし……それに、この件に関しては周瑜さんもきっと頷いてくれると思います」

「冥琳さんが? へー……」

 

 よくはわかっていない様子だけど、とりあえずこくこくと頷く桃香が居た。

 えっと……なんだ? なんとなくの予想なら立てられるけど、ちょっとわからない。

 蜀の人間が呉に行くことで得られるもの……? 以前の雪蓮の言葉から考えると、処刑したりなんかはしないだろうけど……。

 みんなが笑顔でいられる平和を望んだ雪蓮だ、そういう方向に事を運んでくれると勝手に信じてるけど、じゃあその方向にある利益っていったら? ……あ、もしかして……?

 

「じゃあ……うん、うん。わかったよ」

 

 考え事をしているうちに、桃香も話を纏めたのか、こちらへ向き直ってこほんと咳払いをひとつ。

 キリッとした顔……じゃなく、少しだけ穏やかな顔で、口を開いた。

 

「それじゃあ……処罰を言い渡します」

「へ、へいっ!」

「か、覚悟の上ですっ!」

「……皆さんには少し待ってから、呉国建業へ発ってもらいます」

「呉に……ですかい?」

「はい。そこで、呉の皆さんのために奉仕してください。期間は相手側に決めてもらい、復興の手伝いと、各国との交流を深めてもらいます」

『……へぇっ!?』

 

 ……やっぱり。

 そう思った瞬間には、言い渡される言葉を待っていた男たちは全員で素っ頓狂な声をあげていた。

 

「こ、こここ交流って……玄徳さま!?」

「ふむ、なるほど。ようやく手にした平穏の均衡をこやつらが崩そうとしたのなら、再び交流を深め、絆を取り戻すもこやつらの仕事と」

「はい。“交流を深めましょう”と人材を送るのなら、処刑する理由も無くなると思いますので……むしろ呉にとっても蜀にとっても、民同士の絆を深めるいい機会になると思います」

 

 戸惑う男達をよそに、星と朱里はうんうんと頷き合っていた。

 ……でもさすがに、“命令されたら受け容れなきゃいけない”なんて、俺の時みたいな決定はないみたいだ。

 

(……………)

 

 ……い、いや別に、ちょっと羨ましいとか思ってないぞ?

 と、ふるふると首を横に振っていると、桃香が男たちに申し訳なさそうな顔で言う。

 

「呉に使者を出しますから、戻ってくるまでは今まで通りの暮らしをしててくださいね。あ、もちろん拘束なんてことはしませんから」

「玄徳さま……」

 

 桃香にとっては、必要なこととはいえ“処罰”を下すのは心苦しいものなんだろう。

 出来ればお咎め無しでいきたいのは、あの時の俺と同じだ。

 そんな桃香を横目に見つつも、こほんと咳払いをした愛紗が口を開く。

 

「一応釘は刺しておくが、逃げようなどとは思わんことだ」

 

 ただし、本気の目はしていない。

 これ以上、自らの罪を重くしないでくれとの純粋な願いだろう。

 ……まあ、まともに受け取ったりすれば当然、

 

「もー愛紗ちゃん? そんな、釘なんか刺さなくたって大丈夫だよぅ」

 

 って言葉が出るわけだが……うん、とりあえず桃香、将に愛されているようでなによりだよ。

 

「桃香さまは甘すぎるのです。確かにそのやさしさに惹かれた者が大半でしょうが───」

「それには愛紗ちゃんも含まれてるんだよねー?」

「なっ……う、うぐ……!」 

「はっはっは、愛紗よ。そう簡単に言い包められては、軽く釘を刺した甲斐も無いな」

「せ、星!」

 

 ……で、こうなってしまうとしばらくは騒ぎ合いが終わらないわけで───自然体と呼べばいいのか、ボロが出まくっていると言えばいいのか、蜀側にしてみれば身内の恥といえばいいのか……いや、恥はないか。

 とにかくこれはもうオヤジや男性たちには、見せっぱなしでいられるものじゃないだろう。溜め息一つ、朱里と雛里に目配せをすると、二人が桃香を促してようやく終了。

 オヤジは“仕事を頑張ってください”と桃香から激励を受け、男達は準備を整えるようにと言われ、解散。

 そんな中、俺と思春はというと───

 

「……どうしようか。成都以外でやるつもりだったから、成都でやらなきゃいけない案件分は、預かってないんだけど……」

「………」

 

 これからの行動に思い悩んでいた。

 今から出て、渡された案件分をこなすとしたら、今日中に帰れるかどうか。

 昨日こなせなかった分の仕事もあるから、やろうと思えば成都でも……いや、これも仕事仕事っ!

 

「出ようか。馬を長く借りることになるけど、きちんと話して。仕事はきちんとやらなきゃいけないって、説教されたばっかりだもんな」

「貴様が行くならそれについていくまでだ」

「………」

 

 その発言に喜ぶべきなのか、貴様って呼び方にまだ落ち込むべきなのか、俺にはまだまだ判断出来そうにないよ……。

 

……。

 

 ……その後。

 一日馬を借りる約束と、帰りは翌日になるかもしれないが、それでも行くことを桃香と翠に許可してもらい、成都を発った。

 朱里と雛里に、“せっかくの休みなのにこんなことになってしまって”と改めて謝ろうともしたんだが、呉への書状の案や使者のこと、その他の様々な段取りを通すための仕事が出来てしまったために、顔さえ見れない状況に。

 仕方ないよなと思いつつも、やっぱり残念なものは残念なわけで。

 本日何度目かの溜め息を小さく吐きながら、行ける場所までを馬で駆け続け、街に着くなりボランティアを開始した。

 もちろん最初は敬遠されてはいたが、なんとなく卑怯かなぁと思いつつも桃香の紹介状を見せると頷いてくれて、そこからは……もう本当に休む暇無しのボランティア地獄。

 渡された書簡に書いてあった場所以外でも乞われ、助けを求めたくても求めづらい、躊躇してしまう人はどの時代にも居るんだということを、改めて知った。

 

「桃香の紹介状を見た途端にこれって……みんな、遠慮無くすの早すぎないか?」

「それだけ困っているということだろう」

「……細かな雑用ばっかりだけどね。まさか初対面の人に、店の手伝いをやらせるとは思わなかった」

 

 ……それ以上に、桃香がどれだけ民に愛されているのかを知った。

 そんなことに小さく驚きつつも頬を緩ませ……店の手伝い、子守り、荷物運びや子供の遊び相手、本当にいろいろなものをやった。

 その遠慮の無さは、夜になる頃には笑いながら背中をバシバシ叩かれるほどにまで昇華していて、紹介された宿では……休みに来た筈なのに手伝いに回され、さすがに目を回した。

 ……そのお陰か、一応宿代は免除ってことになったんだけど……それに喜ぶ気力もない俺は、宿の女将さんに案内されるままに訪れた部屋で、長い長い溜め息を吐いていた。

 

「いや……だめ……もうだめ……さすがに疲れた……」

「はいお疲れ様。ありがとうねぇ、お陰で助かったよ。噂の御遣い様がこんなに働き者だったなんて……噂は全部信じちゃいけないもんだねぇ」

「……耳が痛いです」

「あぁでも、それならあっちの噂もあてにならないのかねぇ」

「あっち?」

 

 女将さんは会った時からの変わらない、やさしい笑顔で俺と思春を交互に見ると、小さく笑って───って、まさか。

 

「ふふっ、まあいいさね。やさしくしてあげるんだよ? 文句の一つも言わずに黙って男の後ろを歩く女なんて、あたしにしてみれば珍しいものだからねぇ」

「い、いや女将さん? 俺と思春はそんな関係じゃ───その、確かに黙って手伝ってくれたりしてるけど、それってただあまり喋らないからで……や、やっ!? もももちろん感謝してもしきれないわけでして、いつも一緒に居てくれてありがとうですよ!? ハイ!!」

 

 ほ、ほらっ! 今も背後からジリジリと肌寒い殺気めいたものが! これってお淑やかとかそっちの方じゃあ有り得ないでしょ!?

 

「ふふふふふっ……女心がわかってないねぇ。まぁ、これ以上はお節介になるかねぇ」

 

 そう言って、女将さんは笑顔のままに戻っていった。

 ……そして残される、少し気まずい空気の中の俺と思春。

 

「………」

「………」

「ね……寝よう、か」

「あ、ああ、そうしよう」

 

 目を伏せ、少しだけ頬を赤らめた思春が言葉を返す。

 いつも通りに行動して、いつも通りに一つの寝台に寝転がる。

 それだけなのに妙に意識してしまって、しばらく眠れない夜が続いた。

 だからだろう。

 一緒の寝台で寝る事に、いつの間にか随分と慣れてたんだなぁって実感を抱く。

 そして、一緒に居ることが当たり前になっていたことにも。

 そうだよな……見方はどうあれ、特に文句も言わずにいろいろなことを手伝ってくれていた。それが当たり前になるより早く、もっともっと言いたいありがとうがあった筈なのに、本当にいつの間にか“言わなくてもわかる”みたいな空気が出来ていた。言葉なんて、言わなきゃ届かないのに。

 

「……思春」

「っ……な、なんだっ」

「? あ、いや……その。…………いつもありがとう。当たり前になりすぎてて、改まったお礼なんて言えてなかったから」

「───……どうということはない」

 

 返事はそれだけ。

 でも、気まずい雰囲気のようなものはたったそれだけの会話で消えてくれて、妙に意識することもなく……俺と思春は翌朝を迎えた。

 そういえば……寝る前に話し掛けた時、どうしてあんなにどもってたのかなぁとか考えながら。

 


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