真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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40:蜀/悩める青少年②

76/がんばりましょう、男の子

 

 何処かで虫が鳴いていた。

 そんな音が薄暗い部屋の中に聞こえるほど、部屋の中は静かだった。

 部屋の中には四人。

 俺、朱里、雛里、そして問答無用で巻き込まれることになった思春が居た。

 事情を話された思春さんは現在、部屋の隅で額に手を当て、項垂れながら「はぁあ……」と長い長い溜め息を吐いている。

 ……ごめん、俺も是非そうしたい。

 これが我が身に起こっていることじゃないのなら、絶対にそうしていた。

 

「し、ししゅ───」

「私はいいっ!」

 

 せめて一緒にと語りかけようと……した途端に断られてしまった。

 いや待て? 俺は今何を……? 艶本……キッパリ言えばエロ本を見ることになって、女性に“一緒にエロ本見ようぜ~”って誘っ……た……?

 

「いっそ……いっそ殺してくれ…………」

「はわっ!? どどどうしたんですかっ!?」

 

 寝台に腰掛けていた体勢から、膝から床に崩れ落ちるようにして自己嫌悪した。

 こう、両膝両手を床につけて、がっくりとするアレなポーズ。

 いろいろと動揺している自覚があるからって、人を……よりにもよって女性に艶本見ようと誘うのってどうだろう。

 罪悪感とかそんなものじゃない、例えようの無い奇妙な感覚に襲われた。

 恥ずかしさとかそういうのでもなく、名前をつけて呼ぶなら……この感情をなんと例えよう、と頭の中が混乱するくらいの謎の感情。

 そんなものに襲われても、状況は変わってはくれないわけで。

 朱里と雛里に助け起こされるみたいな形で、寝台に座り直すことになった。

 ……何故か、俺が中心で、両脇に朱里と雛里って形で。

 

「……おや?」

 

 口にしてみて唖然とする。

 座り直すと同時に、当然のようにハイと艶本が渡された。

 交互に左右を見ると、興奮して“さあ!”って感じで俺を見上げる朱里さんと、のちに待っているであろう興奮に、怯えながらも期待してるような表情の雛里さん。

 そして……真ん中に座り、艶本を手にすることで、逃げ道を失ってしまった俺。

 ちらりと見ると、思春がまるで“馬鹿者め……”とでも言うかのように溜め息を吐いていた。

 

(………)

 

 もはや何も言うまい。

 うっすらと笑みを浮かべ、天井を仰いだのち、俺は───無心になった“つもり”で、艶本を開くのだった。

 

……。

 

 救いってものは何処にありますか?

 そう、頭の中の俺が俺に質問してきた。

 艶本を見始めてはや十数分。

 俺自身が導き出した答え……それは、艶本の中にこそあった。

 

「………」

 

 内容は、ほぼが文字であった。

 図解のようなものも確かにあるのだが、写真ではないのでまだ平気だ。

 そりゃそうだと思いながら、この世界の技術発展度に感謝をする。

 絵も歴史書なんかで見るようなものだから、逆に歴史の授業をしているような錯覚を覚えて、興奮のようなものは沸き出してこない。

 ……じゃあ何故救い云々を、俺の頭が訊ねてきたのかといえば。

 

「わ、はわっ……はわわわ……っ!!」

「あわ、あわわわ……!!」

 

 両脇の二人がわざわざ文字を朗読して、その上で興奮したまま、自分が思っていることを口にしているからだ。

 男の人のアレがああで、これがそうであんなことまでーって、朱里さん、お願いだから横でそんなこと言わないで。

 雛里さん、小声でも最初から最後まで朗読しないで。静かだから嫌でも耳に届くんだ。

 しかも二人とも腕にしがみついてきているもんだから、逃げることも出来ない。

 ああもう、喉が渇く。口に溜まった唾液を飲む音が静かな夜に響いて、二人に聞こえるんじゃないかって不安になる。

 どうしてこういう時の音って聞かれたくないんだろうか。

 いや、理由なんかはどうでもいい、誰か助けてくれ。

 

「お、おおおお男の人のあれが、じょじょじょ、じょせっ、じょせいの……!」

「しゅ、朱里ちゃん……! おおきっ……声、大きいよっ……!」

「はわぁっ!?」

 

 ……正直、本だけなら大丈夫だった。断言出来る。

 そこに二人の解説が付かなければ、きっと俺は今日を平和に乗り切ることが出来たんだ。

 ただこんなことになって、両腕に女の子の感触を感じつつ、朗読なんかされれば……それは、ああなってしまうのは当然なわけでして……。

 ああなってしまったものを本で隠して、落ち着くまでを待っているわけだが、感触と言葉を触覚と聴覚等が感じるたび、散々我慢してきたそれは言うことを聞いてくれないやんちゃさんになっていまして……。

 まだまだ(ぺーじ)があることを喜ぶべきなのか、早く終わってもらえないことを嘆くべきなのか。真っ赤になっているであろう自分の顔を思いながら、二人の読む速度に合わせて頁をめくっていった。

 

「あ、あー……朱里、雛里ぃ……? ど、どうして文字を読んだりするのかなぁ……?」

「へぅ……? あの、一刀さんが、そうしたほうが頭の運動にいいと……」

「……? ……………………ア」

 

 雛里の戸惑い混じりの言葉に、気が遠くなるのを感じた。

 しかし鍛錬によって鍛えられてきた身も精神も、そう簡単に気絶することを許してはくれない。ありがとう鍛錬。俺、これからも強く生きていくから、今だけ思いきり泣いていいですか?

 

(俺の馬鹿っ……俺のっ……俺っ……馬鹿ぁああああああああっ!!!)

 

 頭の中で思いきり絶叫しながら、口では「ハハハソッカァー」なんて言葉を放つ。

 そして、聴覚と目で知ることで、頭の中に艶本の内容が嫌でもドカドカ入ってきて、無駄に脳内の記憶領域を潰していっていた。

 これ……どんな名前の拷問なんでしょう。

 

「あ、あのっ、一刀しゃぷっ!? ~……っ!」

「うわ噛んだ!? だっ……大丈夫か……?」

 

 やたら興奮した顔で、勢いのままに何かを口にしようとした朱里……だったのだが、盛大に噛んだらしい。口を押さえて俯き震えている。

 そんな朱里を、いつかのように落ち着かせる。

 呉に居た時から変わってないなぁなんて思いながら、こちらを向かせて口を開いてもらい、ちろりと出る舌を見て……傷はついていないことを確認して一息。

 と、なにやら異様な視線を感じて、朱里とは反対の右隣……雛里へと振り向いたのだが。俺に向けられていたわけじゃない彼女の視線を追ってみて、固まった。

 介抱……舌を噛んだ子を心配することを介抱と呼んでいいのかは別として、介抱しようとした拍子に本がずれてしまっていたらしく。

 彼女の視線は、現在進行形で主張をしている一部分へってギャアアアア!?

 

「いやちがっ! これはちがっ……!」

 

 赤かった顔がさらに赤くなった。

 雛里も、多分俺も。

 朱里は気づかなかったようで、顔をあげた時にはもう本で隠していた。

 ……じゃなくて! 逃げていい場面だったんじゃないか今のは!

 こんな状況でどうしてまた、“読み続ける”なんて選択をしてますか俺!

 

「……あ、あの……今日はこのへんにしないか? ほら、あんまり遅いと明日に響くし」

『………………』

「うぐっ……」

 

 ものすごい視線だった。じぃいいい~って、ねちっこいくらい。

 一度手にした本は、最後まで読みきらないと気が済まない性質なのか、二人はじぃっとこちらを見たまま動かなくなってしまった。

 というか雛里? ああいうもの見たあとだっていうのに、どうしてしがみついたまま?

 

(神様……)

 

 俺、この夜だけで何回空を仰いだっけ……。見えるのは天井だけだけどさ。

 いや、もう気にしないことにしよう。

 耐えるんだ俺。

 耐えた後には、睡眠と鍛錬が待っている。

 精神修行なんかじゃあだめだ、思いっきり身体を動かさないと、なにか大変なものが切れてしまう気がする。

 

「ムカシムカシアルトコロニ、オジイサントオバアサンガ……」

「一刀さん!? 本とは別のこと喋ってますよ!?」

「はっ!? い、いやなんでもない大丈夫大丈夫!」

 

 落ち着こうな、本当に。

 そう、勉強だこれは。頭の鍛錬だ。

 普段は読んだりしないものを読んで、脳の働きを活性化させるのさ。

 だってほら、これはかの有名な諸葛孔明と鳳士元のオススメの本なんだ。

 これを見て勉強しろってお告げなんだよこれ。……そう思っておこう。

 嫌がってばかりじゃあ、得られるものまで失うんだ。

 真面目に、勉強をしよう……!!

 

……。

 

 ……夜。自室で。男一人と女二人が。密着しながら。艶本を読む。

 頭の中で区切って考えてみると、どうすればこんな状況が完成するのかがわからない。

 けれども現実は今ここにあって、そのページも今、終わりを迎えようとしていた。

 

『…………はっ……ぁあああ~……』

 

 やがて静かに閉じられる本。

 三人同時に吐いた溜め息は、とてもとても濃いものだった。

 そして遅い時間だろうに、ちっとも眠たげでなく立ち上がる二人と、立ち上がれない僕。

 二人が“?”と疑問符を浮かべたような顔で見てくるけど、立ち上がれない理由が男にはあるのです。

 ……雛里は途中で気づいたのか、余計に頬を赤らめてもじもじし出す始末で……それを見てしまった俺は、余計に自分が情けなくなるのを感じた。情けないっていうか、恥ずかしいんだが。

 

「じゃ、じゃあ、もう夜も遅いし───」

 

 お開きに、と言いかけたところで、コンコンと響くノックの音。

 思わず「うひゃあいっ!?」なんて妙な声をあげてしまい、ノックした相手こそが驚いていた。って、この声……桃香?

 

「!」

 

 と、相手が誰かを知るや否や、朱里が俺の手から艶本を取ってキョロキョロと……ってあのそれがないと僕のアレがっ! じゃなくてこらこらっ!? そんな本を人の寝台の下にだなっ! ていうかそれは見つかるだろ! いっそのこと俺のバッグに……ダメだ絶対駄目!!

 

「ちょ、朱里っ……! そこはいろいろとまずいんだって……! 隠すならもっと……!」

「はわっ!? ま、まずいんですかっ……!? では───はわっ!?」

「へ? ───はわっ!?」

 

 必死だったってだけです。

 “艶本=男が疑われる”って印象が強かったためか、座りっぱなしだった自分は立ち上がり、まあその……朱里から本を奪った時点でいろいろとアレだったわけで。

 朱里がその部分に気づくとともに、視線を追った俺も叫んでいた。

 

「はわっ、はわわ、は、はわっ……はわわぁあーっ!?」

「うわっ! うわわっ! ……って慌ててる場合じゃなくてっ!」

 

 “コレ”は生理現象でまだ片付けられるが、物体……書物はまずい!

 とにかくこれを隠して……! 隠すってどこに!? どこっ……どっ───!

 

「お兄さん? 朱里ちゃんの声が聞こえたけど、やっぱりここに……あれ?」

 

 息が詰まるような緊張の中、桃香が扉を軽く開けて声を放つ。

 その間にとにかく適当な場所へ艶本を突っ込み、次にとった行動は───!

 

「あの。お兄さん? どうして正座してるの?」

 

 ───正座だった。

 理由は……察してほしい。

 

「い、いや、いろいろと反省したい気分だったん───だ………反省しよ……ほんと……」

 

 ぽろりと出た言葉が、本当の目的になった瞬間だった。

 

「それで……えっと、桃香? どうしたんだ、こんな遅くに」

「え? あ、うん。届けられた書簡のことで、わからないことがあって。頑張って頑張って一人で考えてみたんだけど、やっぱりわからなくて。こんな遅くに迷惑かもしれないって思ったんだけど」

 

 言いながら、どうしてか俺の視線の先に……つまり目の前にちょこんと正座する桃香。

 視線を合わせて話そうと思っての行動なのか、反省したい気分だったのかはわからないけど、ただ今女性を目の前にするってこと自体が目に毒なんですけど……うう。

 

「あ……もしかして私達を探していましたか?」

「う、うんー……ごめんね朱里ちゃん、雛里ちゃん。でもどうしても眠る前に片付けたくて」

 

 しかし俺の目の前……といっても距離はそれなりに離れているが、対面して座ったわりには、視線はチラチラと朱里や雛里に揺れていることに朱里が気づいた。

 探して回ったのに居なくて、ここに辿り着いたのか。

 そういえば“やっぱりここに”とか言ってたし。

 

「というより……無茶するとまた睡眠不足になるぞ? この前もそれで饅頭を逃したんじゃないか」

「うぐっ。そ、そうなんだけど、ほら、明日はお兄さんとやる最後の鍛錬だから、集中してやりたかったし……」

「あ……そっか」

 

 最後───最後になるのか。

 言われてみれば、明日を過ぎれば蜀での鍛錬は終わりだ。なにせ三日毎だから。

 俺は魏に帰って、そうそう何度も会えなくなるんだ。

 

「……そうだよな。残ったものがあると、それこそ集中出来なくなる。……よしっ、それじゃあ書簡、片付けちゃうか」

「ふえっ? あ、や、いぃいいい、いいよっ、これは私の仕事だもんっ!」

「朱里と雛里は巻き込めて、俺は巻き込めない?」

「あうぅっ!? …………お兄さんの、いじわるぅ……」

 

 痛いところを突かれたって顔で、線にした瞳からたぱーと涙を流す。

 そんな桃香の頭をひと撫で、気が抜けたのか鎮まってくれた聞かん坊に若干の感謝を飛ばしつつ、立ち上がる。

 桃香は頬を軽く膨らませて、自分の処理能力への不満や俺の首の突っ込みたがり様へ、ぷりぷりと呟きをこぼしていた。

 “これでもうちょっと要領が良ければなぁ”と思ってしまうあたり、俺も誰を基準に人を見ているのかと笑ってしまう。

 比べて、何が変わるわけでもないのに。

 

「朱里と雛里はどうする? 労働時間外になりそうだけど」

「はい、もちろん一緒に」

「あわっ? あ、わ、私も……」

「そっか。じゃあ……」

 

 蜀での生活も僅か。

 帰るまでに自分が出来ることをやっていこう。

 提供出来る情報があれば、提供出来るだけ。

 

(……ほら、あんまりちらちら見てると感づかれるから)

(はわっ!?)

(あわわっ……)

 

 艶本が気になって、チラチラと視線を動かしていた二人の背中を押す。

 気になるのは……うん、ものすご~くよくわかる。

 でも見つかって困るのは俺だけになりそうだから、その……あんまりあからさまにチラチラ見ないでくれな……?

 

「?」

 

 ぼそぼそと話す俺達に首を傾げる桃香に乾いた笑いを三人で提供しながら、さあさあと背中を押して部屋から出た。

 思春も立ち上がってくれたが、そんな思春に三人一緒にお願いする。

 どうか、あの本が人様に見つからないように死守してほしいと。

 モノがモノなためか瞬間的に真っ赤になった顔で盛大に驚かれて、珍しくもおろおろしていたが……なんとか承知してくれたらしく、溜め息を吐かれたけど、どうかわかってほしい。

 あれが見つかってしまうだけで、いろいろと危険だということを。

 

(俺のじゃないのになぁ……とほほ)

 

 朱里や雛里と同じくらい必死にお願いする自分に気づき、頭を抱えたくなった。

 男って……悲しいなぁ……。

 

 

 

 

77/明けて翌朝、二日間

 

 朝。

 待ち遠しい日、来て欲しくない日が当然のように訪れるように、今日って日も普通に訪れた。

 夜遅くまでの竹簡、書類整理をこなした割りに、目も頭もすっきりとしている。

 桃香がギブアップして朱里や雛里を探すだけあって、その量は結構なものだったのだが……三人寄れば文殊の知恵。こうしたらどうか、ああしたらいいんじゃないか、そんな意見を出し合い、悩み合ったら案外すんなりと終わった。

 主に頑張っていたのは朱里と雛里ってことになる。

 俺と桃香は頼りっぱなしに近く、逆に申し訳ない結果になってしまった。

 

「学ぶことはまだまだあるなぁ……」

 

 寝巻きから胴着に着替えて、頬を二回ほどぴしゃんぴしゃんと叩いた。

 よし、眠気は本当に残ってない。

 アレな本も……書簡整理が終わってから、二人が回収してくれたし問題無しっ。

 ……本を守ってくれてた思春には、なんだか微妙な目で睨まれたけどね……うん……。

 

「んっ」

 

 気を引き締めることで気を取り直して、バッグを片手に部屋を出て厨房へ。

 朝から気合いを入れた所為か順番が逆になったが、先に朝餉をとってから胴着に着替えればよかったと後悔。

 やる気が空回りすることって、気をつけてても結構あるなぁ。

 

「ん……っと」

 

 食事と水分補給が済むと、中庭に出て木刀を構える。

 って、だから逸るな逸るなっ、まずは準備運動からだ。

 

「緊張してるのかな……ううむ」

 

 抜き取った竹刀袋に入った木刀をバッグの傍らに置き、準備運動を開始する。

 広い中庭に、胴着を着た男が一人……日本ではそう珍しくもないんだろうけど、場所が大陸ってだけで随分とまあ……。

 いやいや考えない考えない。

 

「よしっ」

 

 準備運動を終えると、改めて木刀を取り出し、中庭の中心まで歩いて構える。

 桃香が来るまで、少し集中しよう。

 

「集中、集中……」

 

 千里の道も一歩から。

 千里を歩くにはまず一歩。でも一歩じゃ一里すら越えられない。

 積み重ねは重ねるだけ人を強くするが、重ねたつもりなのに、見えないそれが崩れていたら……果たして人は千里に届くのだろうか。

 ふと、そんなことを考えた。

 集中した途端だっていうのに、なにを小難しいことを考えているのかと呆れる。

 それでも一度考えると、集中とは名ばかりの自問自答が始まった。

 

「………」

 

 幼い頃、三途の川の存在を知る。

 親不幸な子供が、そこで石を積むって話を聞いたから。

 けれども積んでみれば鬼に崩され、また積み直さなきゃいけなくなる。

 親不幸な子供はずっとそうやって、いつまでもいつまでも泣きながら石を積む。

 そこに救いなんてないのでしょうかと祖父に問うた。

 祖父は、救われないのなら、親不幸が理由で落ちたのなら、せめてその親不幸を貫けばいいと返した。

 とことん、子供に対しても容赦のない祖父だと思った。

 親を泣かせた子供が、石を積む程度で許されるはずもない。

 理由があったにしろ、それは確かな親不幸だった。

 ならばせめて、その“理由”というものが自分にとっての譲れぬものであったのだと証明する。

 石を崩す鬼にも、河原の先で裁く閻魔にも、その親不幸を裁く権利などないのだと。

 

  理由を以って死した孺子が石積み如きで泣くな。

  泣く暇があるのなら、石を崩す鬼と戦い、己が持つ“理由”を貫いてみせい。

 

 本当に、無茶苦茶だ。

 でも、そんな言葉に笑った自分が確かに居た。

 

「子供相手に“鬼に勝て”~なんて、普通言わないよなぁ」

 

 宅の祖父様は少しおかしい。

 冗談なのか本気なのか……それでも、泣いて積み続けるだけならって、別の考え方を受け取れたのも事実だった。

 子供だから、相手が鬼だからを理由にしない考え方。

 楯突いたところで何があるのかと言われれば、きっと殴られて終わるだけ。

 最悪、審判も無しに地獄に落とされるのかもしれない。

 けど……ほら。もしそうなるのなら、結局は相手が決めるしかないのだ。

 言われるままに石を積んで、言われるままに裁かれて、言われるままに飛ばされる。

 言われるままが嫌なら行動するしかない。じゃあそこで取れる行動っていうのは?

 

「……そこで“鬼に攻撃する”って考えるあの人が、普通じゃないと思うのは俺だけか?」

 

 まあ……せっかく積んだ石を崩してしまうヤツが相手なら、それはそれで攻撃の意思も増えるってものだ。わざとじゃないならまだしも、積み上がりそうになると故意に崩すなら、弁慶くらい殴ってやって然るべきだ。

 泣き所押さえて痛がる鬼っていうのも見てみたい。

 

「そっか。もし天に帰れずに、親不幸のままに死ぬことがあったら……」

 

 そうしてみるのもいいのかもしれない。

 そんな風に思って、気づけば笑っていた。

 武器は石がいいだろうか。きっと木刀は持っていけない。

 相手は金棒でも持ってそうだけど……そういえば賽の河原でも氣は使えるんだろうか。

 いろんな考えが頭に浮かんでは、そういえば死んだあとのことばっかり考えてる自分に気づいた。気づいたら、もっと笑っていた。

 

「死んだあとのことは、死んでから考えようか」

 

 死んだあと、生前の記憶を持っていける保障なんてない。

 だから石を積む行動しか取れないのかもしれない。

 だとしたら、なんのために石を積むのかもわからないなんて、なんの罰になるんだろう。

 最後にそんなことを考えて……苦笑混じりの溜め息をひとつ、考えるのをやめた。


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