真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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40:蜀/悩める青少年③

 鍛錬を始めてからしばらく。

 

「うぉおおおおおおおおおっ!!」

「にゃーっ!!」

 

 頭の後ろで腕を手を組みながら、にっこにこ笑顔でやってきた鈴々とともに、城壁の上を駆け回っていた。

 桃香も既に来ていて、中庭で思春や愛紗に型を習っている。

 

「もうっ……ちょっと……っ……! 今日こそは勝つっ!!」

「まけないっ……のだっ……!! 今日も鈴々が───!!」

 

 もはや鍛錬ではなく競い合いだ。

 長く走れるようにとか、一呼吸でどれだけ走れるかとか、そんなものをそっちのけで手足を動かしている。

 ややあって、最初に走り出した場所までを走り切ると、その勢いのままに城壁の角までを走り、ゆっくりと速度を落とす。

 

「よっしゃ勝ったぁあーっ!!」

「う、ううー……! 負けたのだぁ~……!」

 

 どっちが子供だっていうくらい燥いで、腕を天へと突き上げての歓喜。

 蜀に来てからのほぼを一緒に走っていた鈴々に、とうとう勝てた。

 その喜びは凄まじいもので、それこそ子供のように身体全体で喜びを表現。

 ハタと気づけば“よっしゃあ”なんて言葉を使っていた自分が居た。

 

「だったら次は戦って勝つのだ!」

「よぅし望むところだ鈴々! 今日こそは───!!」

 

 調子に乗るのと勢いに乗るとは違うって誰かが言っていた。

 でも、だからって勢いまでを殺すのはもったいないって思うからこそ、調子に乗る形でもいいからそのままGO。

 

「うりゃりゃりゃりゃーっ!! 今度はもうくすぐられないのだーっ!!」

「いつまでもくすぐってばかりだと思うなよっ! 今日こそは実力でっ……じつ、じっ……キャーッ!?」

 

 結果は……まあ、聞かないでほしいけど。

 そうして騒ぐように鍛錬をしていると、自然に人も増えるものなのか、ぽつぽつと見物人は集まっていた。

 それは本当に見るだけの人だったり、楽しそうだからって混ざる人だったり、いろいろなわけで……仕事は大丈夫なのかと聞いてみれば、返ってくるのは“大丈夫”の一言ばかり。

 ちょっとやったらすぐ戻るからさーとは翠の言葉だが、軽い気持ちで始めた槍の演舞に猪々子が対抗。そこからは競い合いを始め、“すぐ戻るから”は“いつか戻る”にクラスチェンジした。

 そんな様子を、紫苑に弓を教わりながら見ていた俺はたまらずツッコミを入れるが、「ここで仕事を理由に戻ったら負けたみたいじゃないか!」と返される始末で……。

 ……えっと、翠? 一応、この場に蜀王が居ること、わかってて言ってるんだよな?

 

「次はあたしが勝つ!」

「っへへー、悪いけど、次に勝つのもあたいだねっ!」

 

 戦いは続く。

 チラリと桃香を見てみるけど、模擬刀を振るうのに必死で全然気づいてなかったりした。

 代わりに桔梗が立ち上がり……こう、翠の耳を引っ張って、通路の先へと消えた。

 

「んー……んっ!」

 

 ビッ……ヒュドッ!

 誰かの様子ばかり見ていられないと、弓を引いて矢を放つも、やっぱり外す俺。

 何が悪いのかをもう一度考えてみるが、どうにも上手くいかないことばかりだった。

 ゆったりと教えてくれる紫苑に感謝感謝だ。

 それに報いるためにもと気合いを入れるのだが、「気を張りすぎてはだめよ」とやんわりと怒られる。

 ……本当に、上手くいかないものである。

 

「おっ兄っさまーーーっ♪ たんぽぽ、一度お兄様と戦ってみたいんだけど、いいかなー」

「っと。紫苑?」

「ええ、どうぞ。これ以上やると指が痛んでしまいますから」

「? うわっ」

 

 言われて見てみれば、弓懸(ゆが)けを外した指は真っ赤になっていた。

 気づかないもんだ……そんなに集中していたんだろうか。

 その割には周りにばっかり視線が飛んでた気がする……って、なるほど。つまり周りに集中が飛んでたってことか。

 

「よし、やるかっ」

「おー!」

 

 何故か物凄くやる気で槍を握る蒲公英を促し、将ばかりが集う中庭の空いている場所に立つ。どうしてこんなにやる気なのかなーと思い見ていると、ニシシと笑いながら焔耶を見て、妙な言い合いを始める。

 あー、つまり、なんだ。

 以前なんとか焔耶に勝てた俺に勝てればーとか、そんなところ……なのか?

 焔耶は焔耶で「北郷一刀! そんなやつはさっさと倒してしまえぇっ!」とか叫んでいる。

 無茶言わない。さっさと倒せるほどの力があれば別だけどね?

 

(そんな簡単に言ってくれるなよ……)

 

 けど構える。

 それを横目に見た蒲公英も構えて、「いつでもい~よ~♪」と上機嫌に言った。

 いつでもか───よしっ!

 

「せいぃっ!」

 

 だったら最初っから全力!

 戦術の基本は、相手が油断しているうちに全力を出して勝つこと。

 様子見ももちろん大事だが、それは様子見をして勝てるほどの洞察力とかを養ってからの問題だ。

 

「え? わっ、速っ!?」

 

 地面を蹴って真っ直ぐに突き、払い、戻しを小刻みに。

 蒲公英はそれらを槍で捌くが、戸惑いに食われた緊張を戻すには、もう少し時間が必要のようだった。

 そこへ一気に追撃を仕掛け───

 

「ふわっ───……あ、あー……まいり、ましたぁ……」

 

 腹部への突きに見せかけた顔面への突きの寸止めで、決着はついた。

 ……わあ、焔耶が腰に手を当て胸を張って笑ってる。

 得物を戻しながら苦笑すると、蒲公英がぶすっとした顔で文句を飛ばして来た。

 

「お兄様ったらずるいー、意識はぜ~ったいにお腹に向かってたのにさー」

「こうでもしないと勝てないって思ったんだよ。大体フェイント……というか誘いで相手の隙を突くのは常套手段じゃないか」

「じゃ、もう一回やろ? 今度はたんぽぽが勝つから」

「……軽いなぁ」

 

 ゲームに負けた子供のように“もう一回”を要求するたんぽぽに、また苦笑が漏れた。

 それでもあっさり頷いてしまうあたり、俺も人がいいのか馬鹿なのか。

 ……馬鹿なんだろうね。

 今度は自分に苦笑してからの再開。

 油断無しのぶつかり合いをして、自分が出せる全力を放ってゆく。

 その悉くが弾かれたり逸らされたりして、しかしこちらも避けて弾いてを繰り返す。

 

「うわわっ、男の人でここまで強いって、確かに初めてかもっ」

「隙ありっ!」

「って、うひゃあっ!? ~……危なかったぁ~……! ……ちょっとお兄様ぁっ!? 人が喋ってる時に攻撃とか、ずるいよぉ!」

「喋るほうが悪いっ!」

 

 俺のその言葉に、視界の隅で、焔耶がうんうんともっともらしく頷いていた。

 そんな中でも連撃を絶やさず放ち、とうとう─── 

 

「あ」

「もらったぁ! えいやぁーっ!」

 

 手にした木刀を空へと弾かれた。

 瞬間、槍が戻され、俺がそうしたように俺の眼前へと槍が向かい───!

 

「…………」

「…………」

 

 ───双方ともに息を飲み、硬直した。

 

「……ねぇお兄様? もしかして負けず嫌い?」

「……実は、割と」

 

 氣を纏わせた左手で槍を逸らし、その上で踏み込み、突き出した右の突きが……蒲公英の喉の前で止まっている。言われて当然だなぁとは思うものの、そう簡単に諦めたくないって理由で体が勝手に動いていた。

 まあ、負けず嫌いじゃなければ、鈴々を擽ってでも勝ちにいこうなんてしないよなぁ。

 そう思いながら、緊張を緩ませて蒲公英の頭を撫でた。内心、成功してよかったって思いでいっぱいであり、背中は冷や汗でじっとりとしていた。

 そんな状態のままに落ちていた木刀を拾い上げると、

 

「えーっと、どうしよっか」

「もう一回!」

 

 訊ねてみて、失敗だったかなぁと溜め息を吐いた。

 ……三度目は、ムキになった蒲公英の勢いに押される形で敗北。

 「どーだー!」って焔耶に向けて胸を張る彼女に、焔耶は「二度負けたくせに威張るな」ときっぱり返し、そこで始まる喧嘩劇……って、おーい焔耶ー……? お前確か、今日休みじゃなかったよなー……?

 

「焔耶って確か、今日は警邏があるって桃香に聞いたような……」

「ふむ。恋に代わってもらったと言っていた筈ですが?」

「…………星? いつの間に隣に?」

「はっはっは、それはもちろん、北郷殿が蒲公英と焔耶に目を奪われている時にです。世が世ならば一突きで絶命しておりましたな。精進なされよ」

「……ん、りょーかい。忠告ついでに一度手合わせ願いたいんだけど、いいかな」

「ほほう……?」

 

 どうせ最後ならばと持ちかけてみると、星の目がゴシャーンと光った……気がした。

 改めて見てみればそんなことはなく、どこか楽しげな目が俺を見ていた。

 

「殿方に手合わせを乞われるなどどれほどぶりか。無鉄砲なだけの輩ならば、怒気であろうと殺気であろうと放ち、目の前から失せてもらうところだが……ふむ、よろしい。では手合わせ願おう」

 

 どこから出したのか、赤い槍をヒョンと回転させ、手で掴むや斜に構える。

 普段から斜に構えているような人だが、今この時の意味はまるで違った。

 殺気でも怒気でもない、かといって酷く冷静なわけでもない、なにかを発している。

 それに対して深呼吸とともに構え、放たれているのが何かを軽く考えてみる───が、わかった時にはもう始まっていた。

 

「参る!」

「応ッ!」

 

 木刀と槍が激突する。

 双方ともに地を蹴り、己が全体重を乗せた一撃を放った故の激突。

 しかし鍔迫り合いめいたものが行われることはなく、即座に互いが互いを弾き、体勢が整うよりも先に振るい、弾き、また振るう。

 木刀だけではなく氣を込めた手までを使い、木刀で逸らしていては間に合わない圧倒的手数をとにかく捌く。

 一歩間違えば腕が串刺しだ、まったく笑えない。笑えないが……それだけ、挑戦するからには負けたくないって気持ちが強いのだ。

 言い訳をして負けた悔しさを誤魔化すよりも、最初から全力───勝つ気で行って、どうしても勝てなかった時こそ悔しさを噛み締めよう。

 

「しぃっ!」

「ふっ、甘い甘いっ」

 

 しかし、どういう目をしているのか。

 まだ手合わせを始めて少しだというのに、こちらの攻撃が見切られてしまったかのように当たらなくなってしまった。

 攻撃をしても容易く躱され、しかし最小限の動きで避けているために反撃が早い。

 俺もすぐに木刀を戻して攻撃を弾くが……相手にはまだまだ余裕が見えた。

 

「っ……すぅ……はぁああ……!」

「む───」

 

 ならばと一度距離を取って、呼吸を整えてから再び疾駆。

 氣を込める場所を幾度も変え、攻撃の度に弧を描く速度を変化、相手の反応を混乱させていく。

 

「これはっ……」

 

 あくまで攻撃は速く、星の速度に追いつけるくらい。

 だがその上で速度を速めたり鈍らせたりを繰り返し、混乱させる。

 遅すぎればその間隙を縫って終わらされるだけだ。

 だから、追える速度以下は絶対に出せない───んだけど、それでも速度ごとに合わせて反撃してきてる目の前の人は、いったい何者ですか!? ……趙子龍さんですね。

 

「つぇええええぃやあぁああっ!!!」

「中々に面白い動きをなさる! だがこの趙子龍の目は誤魔化されませんぞ!」

 

 ヒュッ───と息を止め、今出せる最高速度での連突を放つ───が、そのどれもが、震脚にも似た重心移動と同時に放たれる連突によって弾かれる。

 足って根を地面に下ろした今ならと間合いを詰めにかかるが、そうした時には既に地面を蹴られ、攻撃範囲の外に逃げられていた。

 

「おお、危ない危ない。まったく油断も隙もあったものではない」

「はっ……ふぅ……よく言うよ、息も切らさないで」

「いやいや、ここまで私相手に粘る殿方も珍しい。が───」

「……それでは勝てない?」

「ほう、わかっておいでか」

 

 本当に、よく言う。

 自分が言うより早く理解してくれて嬉しいって顔をしておいて、わかっておいでかもなにもない。

 とはいえこのままただ負けるのは嫌だし……全力を出す以上は無茶でも苦茶でも勝ちたいって思うのが、往生際の悪い男ってもんだ。

 

「誘いには無理矢理合わせてくるし、かといって真正面からぶつかってもだめ。だったら」

「ふむ。だったら?」

「無理矢理にでも出し抜いて勝つ!」

「やれやれ。力量の差がわからぬ目でもありますまいに。それとも、そうとわかっていても向かうのが殿方というもの、ですかな?」

 

 地面を蹴り弾き、間合いを詰めるや攻撃に移る……んだが、やはり躱され続ける。

 というか星は避けながらでも喋る余裕があるようで、口に笑みを浮かべて……って! どういう身体能力だよっ! 鈴々も相当デタラメだったけど、星も異常だ!

 

「はっはっは、息が乱れてきておりますなぁ。そんなことではいつまで経っても───」

「じゃあ問題。俺の最初の呼吸は、どんな間隔だったでしょう? ───セイッ!!」

「───おっ───!? ……お、おおっ……! い、今のはなかなかっ……!」

「それでも避けるのか!?」

 

 何度も呼吸と氣のリズムを変えて、ようやく引っ掛けた罠もあっさりと見破られ……というか引っかかった上で避けられた。……どうなってるんだろうか、この大陸の武将たちは。

 

「ええいくそっ! こうなればヤケだぁあああっ!!」

「かすり傷とはいえ、この趙子龍に当てるとは……見事! ではここからは本気で参る!」

「うぇええええ本気じゃなかったの!? えっ、いやっ、ちょ───待ぁあああっ!?」

 

 悲鳴にも似た叫びを上げながら、しかし今更立ち止まれるかと激突。

 技術もへったくれもなく力任せに振るった木刀はしかし、斜に構えられた槍にあっさりと流され、返す槍の石突が俺の腹部目掛けて真っ直ぐに突き出される!

 ……が、そう来ると予想した時には俺はもう木刀を手放して、奥の手を用意していた。

 僅かな距離しかないのに一歩前に踏み込み、むしろ当たりに行くつもりで前進。

 木刀が地面に落ちるより早く、氣を込めた左手を伸ばして石突を受け止め、同時にそこから走る衝撃を氣で吸収。氣の道ではなく身体の表面を走らせるイメージで右手に集わせ───いつか焔耶にもやったような化勁の応用を以って、今こそ攻撃に転じる!!

 

「! くっ───!」

 

 直感だろうか。

 くらってはまずいと思ったのか槍を引こうとし、しかしそれを俺に掴まれていることを確認するや、落ちる寸前だった木刀を蹴り上げ、突き出そうとしていた右腕の肩にぶつけてきて───って何処まで達人だあんた!!

 なんて思った時には遅く、一瞬の勢いの緩みを突いて、星は槍を捨ててまでして距離を取ってしまった……んだけど、その手には俺の肩にぶつかり、上手い具合に跳ね返った木刀。

 俺の手には星の槍があって、えぇと……って痛い痛い!

 

「ふっ!」

 

 とりあえず吸収した衝撃を、震脚と一緒に地面に流し、一息。

 得物は変わってしまったものの、やっぱり降参は悔しいので構えてみる……が、結構重い。普通に重い。普通にっていうか……重い。

 これをあんな細腕で……やっぱり凄すぎないか、大陸に住む女性たち。

 

「……北郷殿。これは、あの状態で見事避けてみせた私の勝ちでしょう」

「……いいや。ここは攻撃を受け止めて反撃に出た俺の勝ちだ」

「………」

「………」

 

 顔合わせの時からなんとなく感じてはいた。

 が、今なら断言出来るだろう。

 星も俺に劣らず、負けず嫌いであると。

 

「今のはどう見たところで私の勝利以外は有り得ぬでしょう!!」

「どっちもどっちだったじゃないか! 武器を手放して攻撃に転じるのがどれだけ───」

「なにを強情な! 私とて武器を手放し相手の得物を手にし、なお対峙したでしょう!」

「だからどっちもどっちだって言ってるんだろ!? “本気で参る”って言った星を引かせてみせたんだから、それくらい───!」

「あれはほんの冗談にござる!」

「ちょっ、それは大人げないだろ星! だったら今すぐここで白黒つけるか!?」

「望むところ! 私が槍のみに長けているわけではないことを、その身を以って知っていただこう!!」

「だったらこっちだって、木刀ばかりじゃないことを見せてやる!」

「参る!」

「応ッ!」

 

 そして始まるボコスカ劇場。

 慣れない武器を使っての攻防はなんとももの悲しいもので、しかしそれでも勝敗が決まるまではと無駄に振り回し、重さや扱い方に慣れてくると───

 

「うぅぉおおおおおおっ!!」

「はぁああああああっ!!」

 

 二人して気合いを込めての攻防が、再び繰り広げられていた。

 

「ていうか星! 星っ! 木刀っ! 木刀に氣を込めて! じゃないと砕ける!」

「ふふっ……そうして私が疲労するのを狙うわけですな?」

「違いますよ!? いや本当に!!」

 

 困るって! それはいろいろと大変な代物で───ええいどうにでもなれ!

 覚悟完了、と同時に、ヒョイと……本当に無造作に星へと槍をパスする。

 星は急な出来事に目を真ん丸くして、思わず槍を手に取ろうと体勢を変えた───ところに、額へのデコピンを一閃。

 

「あうっ! ……あ、え……?」

「……っへへー、はい、一本」

「なっ……卑怯な! 北郷殿っ、こんなっ……戦乱の世をともに生きた獲物を投げ渡され、手に取らない者がおりましょうか!」

「氣を纏わせない木刀を振るって、心底楽しげにしてた人の言葉かそれが! それだって俺の、俺が天に居た証みたいなものなんだって!」

「むうっ……!」

「とにかく、勝負は勝負ってことで、今回は───って、星? なんで槍構え直してるの? ……え? どうして俺に木刀握らせて……」

「? なにを仰る。勝負というものは三本勝負と、昔から決まっておりましょう」

「なっ───ど、何処まで大人げないんだあんたはっ!」

「ふははは、なんとでも仰られませい。もはやこの趙子龍、油断のかけらも見せませぬ」

 

 ……言葉通り、さっきのだだ漏れの気迫とは違って、引き締まった気迫を持っている。

 殺気でもない怒りでもない、純粋な気迫が目の前に存在する。

 だけどマイペースだ。相手に惑わされるな。

 

「参る!」

「応ッ!」

 

 本日三度目のやり取りと同時に、無駄な思考を捨てての戦いが始まった。

 

……。

 

 ……で、現在に至る。

 

「また始まったのだ~……」

「お兄さんと星ちゃん、仲いいよね~」

 

 あれから何回目の勝負をしただろうか。

 もう数えるのも馬鹿らしいくらいへとへとになって、それでも負けたくないから戦い続ける。

 二人ともが負けず嫌いだと、終わるものも終わらなかった。

 

「はっ……はぁ、はぁあ……! ……な、なぁ、星……? 俺達……何を競ってたんだっけ……」

「ふっ、ふぅ……はぁ……───む……何、と問われますと、なんとも……」

 

 負けた数では俺のほうが確かに上なんだが、星がこれでかなり強情で、“自分が負けた数も挽回できずして何が将!”とか言って、結局戦いになって、星の凡ミスで俺が勝ちを拾って……の連続だ。

 なんだかんだで挽回されてしまい、挽回されていない勝利数といったらたった一つ程度。

 やっぱりと言っていいのか、過去の英傑は強い。

 普通に戦ったら絶対に勝てないもん。悔しいけど、断言出来る。

 

「さあ、北郷殿……! 最後を……次の勝負を……!」

「いや……ごめん、もうだめ……立ってるのもっ…………辛い」

「むうっ……では、次の機会に……」

 

 互いに、尻餅をついてから倒れた。

 型を気にせず思い切りやると、本当に疲れる。

 この動作のあとにはこの動作へ戻る、なんてものがないから、武器なんてほぼ振り回しっぱなしだ。そりゃ疲れる。

 

「お疲れ様、星ちゃん、お兄さん」

「あ、あー……桃香かぁ~……うん、お疲れ……っへ、へはっ……はぁ、はぁあ~……」

「ふふ、だらしがないですなぁ北郷殿。これしきの疲労で情けない声をげっほごほっ!」

「………」

「………」

「い、いやっ、今のは少々唾液が喉に……」

 

 どっちみち情けなかった。

 それを自覚したのか星も顔を赤くして、倒れたままに向きを変え、俺から見て自分の顔が見えない方へと、さらにそっぽを向いてしまった。

 そんな星の傍らを歩き、俺のもとへとやってくる影ひとつ。桔梗だった。

 

「……桔梗? どうかし───」

「うむ。せっかくなのでわしも手合わせ願おうとな」

「え゛っ……」

 

 俺の中の時間がびしりと音を立てて凍った。……気がした。

 

「これが、御遣い殿が蜀で行う最後の鍛錬なのだろう? ならば撃の一つは合わせておいたほうが、次に(まみ)える時が楽しみになるというもの」

「あ、あの、今俺、とっても疲れて……」

「乱れた世の戦場の敵は、そんな世迷言には耳など貸さぬものぞ」

「ここ中庭でしかも平和なんですけど!?」

 

 抗議も空しく立ち上がらせられ、戦いが始まった。

 ……疲労しながらもなんとか立ち回り……当然の如く、ノされた。

 

「だっはっ……は、はぁっ……はああっ……!」

「おうおう、疲れているのに随分と威勢のいいことよ。次に会う時には、より腕を磨いていることを、精々期待するとしよう」

「あ、あのねぇええ……!! 疲れてるって解ってて……───アノ。翠サン? ど、どどどどーして、待ちくたびれたみたいに近くに立って……?」

「ん? だって次はあたしの番だろ?」

「エ?」

 

 い、いつから? いつからそんなことに!?

 

「桃香!? 止めっ───」

「えへへぇ、確か呉でも呉将のみんなと戦ったんだよね、お兄さんは。だったら蜀のみんなとも頑張れるよねー? 思い出作り思い出作り~♪」

「…………わあ」

 

 首謀者が国の王でした。

 逃げ道はなかったのだ……なんてことだ。というかだなっ、呉のあれは帰る時にやったんじゃなくて、なんというかこう成り行きで───! こんな風に明らかに疲れている人を、続けて狙うようなものじゃあなかった筈!

 そもそも違う! これ、俺が知ってる思い出作りと違う! 違うぞ!?

 思い出作りって、いつから脱出不可能の“将複数VS俺”ってものになったんだ!?

 

「ほら、いつまでも座ってないで立てって」

「いやっ……ほんとっ……勘弁してほしいんだけど……!?」

 

 言いつつ起き上がる自分に、さすがに呆れる。

 思い出作りって言葉に体が動かされてる……? ちょっと待ってくれ、いくらなんでもこれ以上は身体が保たないんだが……!?

 

「~っ……だぁああっ! どうにでもなれぇええええっ!!」

 

 気力を振り絞って構える!

 そうだ! どれだけ疲労しようが、明日のために戦った人達に倣い、こんなことで弱音を吐き続けたりはしない!

 強く在れ北郷一刀!

 雪蓮の時のように腕を折られたりしたくなければ、全力で抗って全力で───勝つ!

 

「せぇえええやああああっ!!」

 

 氣だってまだ出せる!

 なんだ、まだまだ頑張れるじゃないか!

 頑張れるなら───その言葉の通り、頑張るだけ───だ、だけっ……だっ───

 

 

  ……ギャアアアアアァァァ───…………!!


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