真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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41:蜀/成都の長い一日①

78/訪れた朝に

 

 ちぃいいいんきゅうううう……───

 

「ん、んあ……?」

 

 きぃいいいいーっく!!

 

「ぶはぁあっほあぁっ!?」

 

 下半身と上半身が勝手に跳ねるほどの衝撃で目が醒めた。

 その瞬間に目に映ったものは、腹に突き刺さるちんきゅーきっく。

 ばたりと上半身と下半身が寝台に下りる頃には、陳……じゃなかった、ねねにマウントポジションを取られていて、俺は腹を押さえることさえ出来ない状態にあった。

 ……いや、それ以上に動けない理由があった。

 身体をミシミシと蝕む筋肉痛。

 これが自分を布団に縫い付けるようにして、動きを封じていた。

 

「げっほごほっ……! ね、ねね……!? いきなりなにをっ……!」

「それはこちらの言葉です! 遊ぶ約束はどうなったのですかーっ!!」

「へ? あ、遊ぶっ……? ───って、それはねねが眠りこけたから流れたんだろ!?」

 

 朝っぱらからの言い合いが始まる。

 思春は既に起きていたのか、どたんばたんと暴れる俺達を見下ろし、無表情なままに溜め息を吐いていた。

 ……暴れるたびに顔をしかめるのは、俺だけだったが。筋肉痛は強敵である。

 

「とーにーかーくっ! 朝っぱらから暴れない!!」

「むぎゅっ!?」

 

 暴れるねねを取っ捕まえて寝台に寝かせると、その上から掛け布団を被せる。ミシリと身体が痛んだが、それでもお構い無しに。

 当然バタバタと暴れ出すが、しばらくすると───あれ? 大人しくなった。どれだけ経っても暴れてると思ったんだけどな。

 ハテ、とめくってみると、眠たげにしているちんきゅーさん。

 ……まあ、わかる。温かい布団って眠くなるよなぁ。

 大人しい今が好機と、ちゃっちゃと着替えを済ませると、瞼が閉ざされそうな少女に一応声をかけてみる。

 

「……寝ていくか?」

「はっ!? ななななにを言うのです! この恋殿のお傍で常に成長を続けるねねをこんな温かくていい匂いのする誘惑程度で縛れると思ったら大間違いなのですーっ!」

 

 おお、一息で随分と───って、思った直後に咳き込んだ。

 叫びながら起き上がったその小さな背中を、筋肉痛で震える手で撫でてやると、はふぅ……と安心したような吐息が漏れた。なんかもう、それだけで手のかかる妹みたいに見えてくるから不思議だ。

 そんな姿が微笑ましくなって、そのまま頭を撫でてみた。

 

「………」

「……一応言っておくけど、子供扱いはしてないからな?」

「ふん、わざわざ言わなくてわかっているのです」

 

 不貞腐れているような顔をしつつ、そっぽを向く……んだが、撫で続ける手を払い除けたりする気は無いらしいです。

 しかしながらあんまり撫で続けるのもなんだろうしと、最後にぽんぽんと手を弾ませてから離す。

 ぐうっと伸びをすることで訪れる爽快感……ではなく、筋肉が突っ張るような悲鳴が朝の気だるさをブチノメしてくれて、眠気が物凄い勢いで退散した。

 そんな痛みに息を軽く荒げながら、今日のこれからの行動を考えるんだが───朝といったら、まずは水だよな。

 

「よし、行くか」

「仕方ないから一緒に行ってやるのです」

「仕方ない割りに顔がニヤケっぱなしだぞ~」

「なっ!? ななななんですとーっ!? そそっ、そんなことないのです! 目が腐ったですかおまえーっ!!」

「腐ったとまで言うか!?」

 

 ギャースカと騒ぎながらも、寝台から降りようとするねねに手を貸し、すとんと降りてからは思春も混ぜた三人で歩き出す。

 昨夜一緒に遊んでた恋も、少ししたら戻ったし……お陰で今朝から誤解でのトラブルが起こったりは無さそうでなりより……とか思ったらいけないな。油断は禁物だ。むしろちんきゅーきっくで起こされたし。

 

(ん。今日も頑張ろう。……主におかしな誤解を生まず、ゴタゴタに巻き込まれない方向で)

 

 自然とそうなる苦笑のままに部屋を出た。

 厨房へと向かう足は、まるで日課をこなすかのように自然に動く。

 だいたい何歩あたりで厨房に着くのかも予想がつくあたり、蜀での暮らしも長かったなぁと感慨深く思った。

 今度は、自然に出る笑顔とともに、筋肉痛も自然に体外へと出て行ってくれればよかったのになんて、しょうもない願いを抱きつつ。

 

……。

 

 水を喉に通し、食事を終えてからは桃香が待つ執務室へ。

 そこで今日の分の仕事を分けてもらおうとして───

 

「はーい、本日におけるお兄さんのお仕事は、一切存在しませーん」

 

 仕事に集中している桃香に代わり、手伝いをしている七乃に桃香の声真似までされて、きっぱり言われた。

 ……エ? 仕事、無い? ナゼ?

 や、そういえば昨日、ねねも言ってたけど……え? ほんとに無いのか?

 

「え、えと、七乃? それはほんとにほんとで? ほら、以前サボっちゃった成都のボラン……じゃなかった、奉仕活動は───」

「はい♪ 別の誰かにやってもらいました」

 

 にこやかにピンと立てられた人差し指が、くるくると回っていた。

 じゃなくて。

 

「じゃあ今日届いた案件とかはっ……」

「わざわざ手伝ってもらうほどの量じゃあなかったりしちゃいますねー」

「やっ、でも七乃は手伝ってるじゃん!」

「ですからあくまで私が手伝う程度にはあるってことですね。諦めちゃってください」

「………」

 

 諦めるって……仕事ってそういうものなのか?

 むしろ桃香が眉間にシワ寄せて案件整理する様は、なんというか怖いんだが……ほんとに“程度”ってくらいなのか?

 

「……そっちの桃香さんは、随分と張り切って仕事してらっしゃるけど」

「あー……♪ 一刀さんは他国の王様の仕事への姿勢にいちゃもんつけるんですかー?」

「へっ!? いやっ、そういうつもりじゃないけど……」

「はい、でしたら何も言わずに回れ右しちゃってくださいねー。仕事がありますから、今はまだ構ってあげられませんのでー」

「………」

 

 だめだ話にならない! 七乃はやる気だ!(仕事を)

 これ以上は邪魔になるだけだと判断して、執務室をあとに───……?

 

「……あれ? じゃあ今日は俺、仕事しなくていいってことか?」

「………」

 

 踵を返して出て行こうとして、顔だけでもう一度七乃へと振り返って訊ねてみる。

 と、七乃がとことことにこやかな顔で近づいてきて、ピンと立てた人差し指で俺の脇腹をドスッと突いてきて───

 

「あいぃいぃぃぃーっ!? おっ……お、ぉおおお……!!」

 

 急なくすぐったさやら痛みやらで身体を折った途端、ビキリと軋む我が肉体。

 筋肉が悲鳴を上げ、口からは勝手に奇妙な悲鳴が漏れた。

 

「そんな状態で仕事をされてもきっぱり迷惑です」

 

 眩しい笑顔で迷惑がられた。

 ここまでされると、さすがに何も言えなくなってしまうわけでして……。

 

「わ、わかった、今日はゆっくり休ませてもらうよ……」

「一刻もしない内に、どこかで元気に騒いでいそうですけどねー」

「……うん、なんだろう。俺もなんかそんな気がしてならないよ」

 

 ゆっくりストレッチでもしながら休みたいのが本音だ。

 けれど周りがほうっておいてくれなさそうだと思うのは、俺だけ? ……俺だけってことにしておこう、なにせ蜀王から直々にお休みをもらえたんだから。

 言ったのは七乃だけどってセルフツッコミも、この際は流してしまおう。

 うん、よし。

 

「じゃあ、のんびり休ませてもらうな。あ、でももし困ったことがあったら───」

「はいっ、どなたか別の人を呼びますねー♪」

「笑顔で普通にひどいなおい……」

 

 とはいえ、言っていても始まらないか。

 とほーと溜め息とまではいかない息を吐いて、それじゃあと執務室を出る。

 そこで待っていた思春とねねと合流、事情を話すと、“それみたことか”って顔でねねが胸を張った。

 しかしこうなると、これからどうしたものかと考えてしまうわけで───うーむ。

 

「…………あれ?」

 

 普通に流すところだったけど、ちょっと待て。

 

「ねね、お前……仕事は?」

「む? …………はっ!」

 

 訊ねてみれば、ビシィと固まる少女が居た。

 そしてあわあわと辺りを見渡したのちに、急に走り出して───……視界から消えた。

 

「………」

「………」

 

 特に何も言われずに置いてけぼりをくらった心境な俺と思春は、これからどうするのかを小さく考え始めるしかなかったのでした。

 執務室の前で二人、顔を見合わせての溜め息。

 ここでずっと立っているわけにもいかないので歩き出すが、いったい何処へ向かっているのか。ただ歩いているだけって自分でもわかっていながら、急にすることが無くなると手持ち無沙汰な主婦のように、ふらふらと目的もなく歩いた。

 

……。

 

 結局することもなく、突っ張る筋肉を伸ばすために中庭でストレッチを開始。

 制服の上を脱いで、ぐぐ~っと身体を伸ばして固定。

 伸ばす個所を変えながらのそれを何度か繰り返し、全てが終わると寝転がりながら空を見た。最近では珍しくもない、雲ひとつない青がそこにある。

 空を真正面に捉える仰向けって格好のままに、見上げる形で逆さな地面に目を向けると、太い木の枝にもたれかかるように眠る恋を発見。

 たった今気づいたが、その木の下には何匹もの動物たち。

 犬猫がカリコリと木の幹を引っ掻いて、ニャーニャークンクンと鳴いていた。

 いや……気づこうよ、俺。

 

「よっ……と」

 

 寝転がらせていた身体を起こす。

 立ち上がる過程で、血(のようなもの)がズズーと身体の下に下りていくような感覚を味わいながら、伸びをしたあとに犬猫が集まる木の下へ。

 

「………おおう」

 

 見上げてみると、木にもたれて寝ているというよりは、枝に引っかかって寝ているって方がしっくりくることに気づく。気づいたからなんだーって状況だが、苦しくないのか、あれ。

 

「ああいうのって、どっちかっていうと鈴々とかがしてそうな寝方だけどなぁ。……おーい、恋~?」

 

 枝に正中線を預け、四肢をだらんと垂らした状態の恋。

 もちろん顔は枝から逸らされてはいるんだが、どう見ても寝苦しそうな寝方である。

 しびれを切らした猫の一匹が、ザカカカッと木を登り始めるが、それを「はいはい無茶しない」と注意しながら引っぺがす。

 そうやって一匹を胸に抱くに至り、犬猫たちがようやく俺の存在に気づくと、木に登れない寂しさからか俺の身体を登り始めてってギャアアアアーッ!?

 

「いだだだだだだあぁぁあだだだだ!? 爪っ! 牙っ! 噛むな立てるなそもそも登るなぁああっ!」

 

 上を脱ぎ、シャツだけの身体に爪やら牙やらがザクシュドシュドシュと突き立てられる。

 もちろん、よじ登るために立てているんであって、悪意があるわけじゃないとわかっているだけに性質が悪い。

 振り落とすわけにもいかず、少しもしないうちに犬猫タワーが完成した。生温かい。

 しかしせっかくこういう状況が出来上がったのなら、滅多に起こらなそうなこの状況でなにかをしないのはもったいない。なので───思春に向き直り、頭の中に餡子だけがたっぷり詰まったヒーローのような笑顔で言った。

 

「やあ、僕はキャッツアンドドッグス。動物たちに愛と勇気だけを教えに来た悪の使者さ」

「……何を言っているんだお前は」

 

 真顔な思春さんが思い切り引いていた。

 うん……こんな状況じゃなければ出来ないことを、一つでもいいからしたかっただけなんだ……うん……。じゃないと痛みが報われない気がしたんだよ……うん……。なのにどうしてこんなに心が痛いんだろうね……うん……。

 気を取り直そう。こうしていても始まらない。

 

「おーい、恋? 恋ー?」

 

 犬猫にしがみつかれながら、大木を見上げて声をかける。

 あんな体勢でも一応熟睡出来ているのか、身動(みじろ)ぎはするものの、その目が開かれることはない。

 胸骨とか圧迫されて、呼吸しづらいと思うんだが……たくましいなぁ。

 

「どうしようか」

「そもそもお前がどうするんだ」

 

 真顔な思春さんが、犬猫タワーな俺を見て言った。

 いや、俺もどうにかはしたいんだけどさ。

 

「えと……ほらー? お前らー? お兄さんちょっと今用事が出来たから、降りてくれると助かるんだけどなー」

『………』

 

 猫が一匹、なーうと鳴いた。

 ……返事は…………それだけだった。

 

「俺……生まれ変わったら、動物の言葉がわかる世界の住人になるんだ……」

「逃避をするな」

 

 まったくですね。

 よし、とりあえず恋が降りてくれば、こいつらもそっちへ移動する筈だ。多分だけど。

 今はとにかく恋を起こして、と───。

 

「恋ー? 恋? れーんー? 朝だぞー? 恋ー、恋ってばー!」

「ん、ん………………うるさい」

「ヒィッ!?」

 

 殺気が! 殺気が放たれた!

 思わずヒィって叫んで、しかも犬猫たちがババッと退避してっ……!

 

「………」

「………」

 

 ……やがて、また寝息が聞こえ始める。

 その下に、引っ掻き傷やら動物の体毛まみれになった、ボロボロな俺を残して。

 

「……俺……ぐすっ……泣いていいかなぁ……」

 

 俯いたら零れそうだったものを、見上げることでこらえてみた……ら、あっさり端から零れた。上を向いたほうが零れる気がするよ、涙って。

 涙が零れないようにするにはどうしたらいいのかって? 拭ってしまえばいいのさ。男は涙を零さない。悪ガキはなんでも自分の腕で拭うのさ。鼻水だって鼻血だって、涙だって傷口だって。

 ……もう、悪ガキで通せるような歳じゃなくなっちゃったけど。

 

「……よし。することもないし、休みがてらに動物たちと遊ぶか。ほらー、おいでおいでー」

 

 恋は眠るのに忙しいらしいので、仕方も無しにその場から離れ、東屋近くの斜面に腰掛けてから動物達を呼んでみる。

 すると、言葉がわかったのか仕草でわかったのか、ぴうと素っ飛んでくる犬猫たち───に、再び圧し掛かられ、ばたりと倒れた。

 

(……あー……温かい……。このまま寝ちゃおうかしら)

 

 よく伸ばした身体に、動物たちの暖かさがやさしい。

 すぅ、と息を吸えば犬猫の香り。

 額に乗っかった子猫の暖かさにくすぐったさを感じながら、ゆっくりと目を閉じて……───

 

「……思春はどうする?」

 

 勝手に寝てしまえば、一人残される思春に声をかける。

 声をかけながらパチリと開いた目には、“今さら訊くのか”って顔で溜め息を吐く思春。

 見る度に睨んでいるか溜め息を吐いてるな、って感想は、間違っても言わないほうがいいだろう。

 

「今日は私にも用事がある。桃香様……に、一定の刻が来たら来るようにと言われている」

「そうなのか? あ、じゃあ俺も───」

「貴様は連れてくるなと、念を押された上でだ」

「わあ」

 

 これはいわゆるあれか? 自慢するだけしといてお前には触らせないとか言う、ス○ちゃま的な……? 仕事はあるけど、“お前にやらせる仕事なんて無いから”とか、そんな……?

 え……? お、俺、なにかした? ああうん、サボりましたね。

 

「………」

 

 特に言い残すこともなく、音も無く歩いていく思春を犬猫まみれで見送った。

 起き上がって見送ろうにも、犬猫の重さにも耐えられない筋肉痛な俺が居る。

 昨日は無茶しすぎたから……はぁ。

 

「なぁ? せめて制服の上だけでも取りに行きたいんだけど……」

『……なぅー……』

「………」

 

 “眠ろうとしてるんだから邪魔するな”的な鳴き声が返ってきた。

 もはや黙って寝る以外の選択肢が無いことを思い知り、とほほと声を漏らしながら目を閉じた。せめて、夢の先では飛び回れるほど元気でありますようになんて、意味のない願いを込めながら。

 

……。

 

 ふと目を覚ますと、体の熱さにハッとする。

 何事かと視線を下ろせば、ころりと子猫が転がって、目の前で「にー」と鳴いた。

 ……そこでようやく、自分が“動物が生える苗床”状態になっていることを思い出す。

 キノコ原木じゃなく、動物原木……こうまで動物に乗っかられているのを見ると、言い得て妙だった。

 

「んぐっ……ん、んー……」

 

 頭が重い。

 額に乗っていた子猫は器用に胸に転がったが、重さの原因は寝すぎにあった。

 頭の中がどろどろになった錯覚を感じながら、犬猫たちに謝りながらゆっくりと体を起こす。犬猫たちはくつろぎの時間を邪魔されたことに「なーうなーう」と声をあげるが、これはさすがに勘弁してほしく思う。

 

「筋肉の疲労が頭に来たみたいな重さだな……あーふらふらする」

 

 口に出して言ってみても、何が変わるわけでもない。

 何歩か歩いてみて、少し楽になってから通路の欄干に引っ掛けた制服の上着を手に、着───ようとして、体が動物の体毛だらけなことを思い出す。

 軽く叩き落としてみるが、これがまた案外落ちない。

 脱いで振るったほうが取れるだろうかと思い、上着を欄干に掛け直してシャツを脱ぐ。

 バッサバッサと振るってみるが、こんなことで落ちてくれれば苦労はしない。

 しかもシャツを振るうって行動だけでも腕がギシリと震え、痛みとなって行動速度を鈍くする。つまり痛い。

 

「……これは、しばらく走ったりとかは無理そうだ……はぁあ……」

 

 とほーと溜め息を吐きながら、叩いて落ちる程度の体毛は落としておく。

 それから上着も着て、当ても無くふらふらと───あ。

 

「………」

「………」

 

 木の上からこちらを見下ろす視線に気づいた。

 いったいいつから起きていたのか、ぼ~っとした目が俺を見ていた。

 

「や、恋。目、醒めたか?」

「……、…………、……──────?」

 

 ゆらゆらと頭を揺らし、左右をゆっくりと確認、最後にこちらへと視線を戻し、眠たげな目のままにこてりと首を傾げた。

 これで先ほど、思わず悲鳴をもらすような殺気を放った人と同一人物だっていうんだから、いろいろとおかしい。

 そんなことを思いながら、小首を傾げたままな恋の下までを歩くと、再びオゾゾゾゾと集まる犬猫たち。

 そのほぼが、意識のある恋を見上げて確認すると、木をガリガリと登って行って───

 

「だから落ち着きなさい」

 

 木登りの先頭を何よりも先んじた猫のうなじ(?)をひょいとつまみ、胸に抱く。

 それを見た犬猫たちは、懲りることも飽きることもせずに俺の身体を掛け登り……再び、犬猫タワーが完成した。

 もう、好きにして……。

 

「恋ー? 退屈してるなら一緒に暇潰ししないかー?」

「……?」

 

 そんな俺のままに声を掛けると、恋はやはり小首を傾げる。

 何をするのかと訊ねられれば、正直なにもないと胸を張れるのが現状。

 街に行って人通りの騒がしさに身を委ねるのもありだが、これといってやりたいことがあるわけでもない。

 というか、あれ? 魏で仕事をサボった時、主に何をしてたっけ? いざ時間がぽっかり空くと、何をしていいのか迷ってしまって……あ、あれぇ?

 

「………」

 

 恋が無言で、枝から地面にひゅとっと降りる。

 そして改めて犬猫タワーな俺を見ると、やっぱり改めて小首を傾げた。

 

「ん……恋? 誘っておいてなんだけど、この犬と猫たち、そっとどかしてくれると助かるんだけど……」

「……、」

 

 首振られた!? このままで居ろと!?

 

「……みんな、降りる」

 

 …………。

 たった一言で解決した。

 犬猫たちは揃ってトトトトトッと地面に降りると、俺を見上げて「なーお」と鳴いた……いや、鳴いただけじゃなく、足に自分の匂いをつけるが如く、ゴスゴススリスリと頭を擦り付けてきている。

 犬達もズボンを軽く噛んで、くいくいと引っ張ってきて……お、おいー? あんまり噛むと、大事な一張羅が……ってこらこらこらっ! 多方向から人のズボンをだなっ……!

 

「えと、恋? これ、どうすればっ……」

 

 これって好かれてるのか? それともみんなしていい匂いがする(らしい)俺を己がものにしようと? 嬉しいやらくすぐったいやら、あぁああ払ったばっかりなのに毛が! そして唾液が! いたたたた肉! 肉噛んでる! 爪立てるな爪! 「なーう」じゃなくて!

 いろいろな痛みやくすぐったさに耐えながら恋を見るんだが、恋もこんなことは初めてなのか、少しだけ戸惑いを見せながら首を傾げていた。

 ああえっと、やっぱり特殊なのかな、こういうのって───っていたたたた! 人のズボンで爪を研ぐんじゃあありませんっ! っておいいいいいっ!! 犬!? 犬さん!? 人の足にしがみついて腰をっ……いやぁああああああやめてぇえええええっ!!

 

「こら、やめる」

 

 ……少しだけ怒気を孕んだ声に、犬猫がババッと下がった。

 恋の言うことには忠実なんだな……匂いが好かれてるだけの俺とは大違いらしい。

 

「……? 一刀、どうかした?」

「いや……うん……またいろいろ、考えを改めようかと……」

 

 俺……今からでも魔法使いを目指していいかな……。

 いや、いろいろ手遅れだから、考えたって仕方が無いのはわかってはいるんだが。

 種馬かぁ……種犬じゃないだけ、まだ節操はあるんだろうか。

 でも馬って、飼い主の都合でその、なんだ、相手を決めさせられて、必要な時にだけ……あれ……? なんかもう何をどう改めていいのかわからなくなってきた……。

 必要な時にだけ、優秀な遺伝子を残すために種を提供する馬……それが種馬だったっけ?

 この場合、優秀な遺伝子を持つ存在っていうのが華琳たちなわけで……えぇと……つまりその、子孫を残すには相手が必要なわけでして……あー、確信が持てる……今絶対に顔真っ赤だ。

 

(出過ぎだぞ! 自重せい!)

(も、孟徳さん!)

 

 ……落ち着こう。

 深呼吸をして、頭から気持ちの悪い重さを取り除く。

 そうするだけで取れるのなら苦労はしないのだが、案外あっさりと頭の重さは消えてくれた。

 

「恋、少し話でもしようか」

「…………?」

 

 まだ寝惚けているんだろうか、少しふらついている頭が縦に振られた。

 そんな彼女とともに歩き、東屋の椅子へと座った……んだが、俺が一人で座る中で、立ったままの恋がくいくいと服を引っ張る。

 

「っと、どうした?」

「………」

 

 質問には答えず、ただ引っ張る恋。

 筋肉痛の俺には逆らう力はなく、蹴躓きそうになりながらも引かれるままに歩くと、恋は東屋の傍の斜面に座りこんだ。

 えと、なんだ? 硬い椅子よりも、草むらに座る方がいいってことか?

 頬をひと掻き、座ったまま俺を見上げる彼女の横に、とすんと腰を下ろした。

 途端に集まってくる犬猫達の頭を撫でたりしながら───ふと、些細だけど暖かなことに気づいた。

 ああ、なんだ。ようするに彼女は、犬猫たちが寝転がりやすい場所を選んだんだ。

 

「………」

「……?」

 

 そんなささやかな優しさがくすぐったいやら嬉しいやらで、自然と恋の頭を撫でていた。

 べつに俺がやさしくされたわけでもないのに。

 恋自身も撫でられる理由が浮かばなかったのか、気持ち良さそうにしながらも首を傾げていた。

 

「話、しようか」

「……する」

 

 始まるのは他愛無い話。

 「いつかのご飯が美味しかった」「ねねに真名を許してもらった」「みんな、一刀が好き」「それはわからないけど、恋だって好かれている」───話す話題はすぐに尽きてしまうかもと思っていたのにも関わらず、これで案外話題には困らなかった。

 話題のほぼが食べ物と動物で占められているのは、周りが動物たちに囲まれている所為……ってことにしておこう。実際逃げ道を塞ぐかのごとく、犬猫は喧嘩をすることもなくびっしり密集していらっしゃる。

 ……好かれているっていうのはあくまで動物の話で、将のみんなってわけではないのであしからず。

 

「出遅れた……」

「? 出遅れ?」

 

 他愛無い話をする中、ふと昨日のことが話題にあがるや、恋がぽつりと呟いた。

 出遅れの意味を考えてみるが、恋が居た頃にしたことといえば歌を歌ったこと。

 それ以外で言えば……って、まさか?

 

「一刀、昨日はみんなと戦ったって聞いた」

「あ、あー……あれは……なぁ?」

 

 たった今浮上した予想が、見事に的を射た。

 予想通りと唱えるには遅すぎて、つい口ごもる。

 下手な返事をしたらこんな身体のまま、かの飛将軍様と手合わせすることになりかねない。とてもとても貴重な経験だろうが、経験を積む前に大空へとはばたけそうだ。さすがにそれは勘弁させていただきたい。

 

「警邏、代わらなければよかった……」

「いや、でもそれは恋がきちんと仕事をしたって証拠だろ? 大事なことだよ、それは」

「……、………」

 

 「胸を張るべきだ」って続け、頭を撫でるんだが……何故かおろおろと視線を彷徨わせる恋さん。

 ………………まあ、なんとなく予想はついてたんだけどさ。

 

「もしかして、食べ物に釣られて警邏を代わった……とか?」

「………」

「あああいやっ、怒ってるんじゃなくてなっ!?」

 

 天下無双の飛将軍をヘコませた衝撃は、胸の痛みとなって返ってきた。

 その落ち込み様は凄まじく、膝を抱えてしゅんとしてしまう恋を前にした俺は、裏返った声もそのままに宥めるのだが───

 

「……じゃあ、戦ってくれる……?」

「………」

 

 断れば、涙が滲んでしまいそうなくらいの寂しげな瞳を前に、俺は……ここ一週間の間に何度仰いだのかも忘れてしまった空をもう一度仰ぎ見て、唱えた。

 神様……俺は本当に馬鹿なんでしょうか……。


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