10/今日の日はさようなら
「………」
「………」
言いたいことの全てを吐き出すことが出来たんだろうか。華琳は叱られた子供のように急に静かになって、俺に撫でられるがままに俺の胸に鼻を押しつけ、すぅ……と息を吸った。
「なぁ、華琳あたっ!?」
そんな華琳に声をかけようとしたら、空気を読みなさいとばかりに額を叩かれた。
地味に痛く、目をぱちくりさせながら華琳の顔を覗こうとすると、華琳はそっぽを向いて言う。
「…………いいわよ、行ってきなさい」
「へ? 俺、まだなにも、っていてっ!?」
頭を撫でるのをやめたらまた叩かれた。
まるで拗ねた子供だ。
けど……まあ。
どうやら俺は、華琳がそんな一面を見せてくれることが思いのほか嬉しかったみたいで───
「………」
華琳がそっぽ向いているのをいいことに、顔を盛大に崩しながら、華琳の頭を撫でた。
笑う、というよりはくすぐったいのだ、こんな華琳が。
だからこう、むず痒く表情を崩した状態で華琳の頭を撫でた。
もういっそ、ぎゅうっと抱き締めたくなる衝動に駆られるが───
(出過ぎだぞ! 自重せい!)
(も……孟徳さん!)
別の次元の曹操さんに止められた気がしたのでやめておいた。
うん、落ち着け俺。
「…………すぅ……」
「……? 華琳?」
馬鹿なことを考えていたら、ふと耳に届く穏やかな呼吸。
撫でる手はそのままに、ゆっくりと様子を見ると……どうやら眠ってしまったようだった。
まあ……結構呑んだもんな。
けどこんなところで寝てたら風邪引くな……よし。酒での眠りは深いけど短いっていうし、このまま部屋に運んでやろう。
「よっ…………と」
華琳の体ががくんっと動かないように少し強く抱き締めながら、ゆっくりと体を起こしてゆく。
そうしてから一度華琳を腹の上からどかし、立ち上がるのと同時にお姫様抱っこで持ち上げる。
「………」
覇王を抱き上げる時はなんて言うんだろうか。
覇王様抱っこ? ……覇王様抱っこだな、うん。
(しっかし、寝てる顔は本当に無防備だなぁ……)
お姫様抱っこの特権。相手が寝ていれば思う存分寝顔を拝見できます。
いつも気を張っている顔が、この時だけは無邪気な少女に戻る。
……こうして、一年ぶりに見た少女の顔はとても穏やかで、こんな顔を守っていけるといいなと……やっぱり思ってしまう自分が居た。
それがいつになるのか。いつ自分は華琳を、みんなを守れるほど強くなれるのかなんてのはわからないが……この寝顔を見ることで強くなった思いは、決して嘘なんかじゃあなかった。
「はは……頑張らないとなぁ」
こんな顔を見せられれば、ますます心が奮起する。
暖かくなった心を胸に、まずは華琳の寝室へと向けて歩きだす。
華琳には許可はもらったから、あとはみんなの許可……だよな。
小突かれるくらいで済めばいいけど。
「ただいまを言ったその夜に“いってきます”を言わなきゃいけないなんて……我ながら笑えるなぁ」
でも、それも仕方ない。
ただ生きるだけじゃなく、生きる目的を見つけられた。
それは今すぐどうにか出来ることじゃないけど───少なくとも、今の自分にもこの寝顔を少しの間だけ守れる力がある。
今はそれをゆっくりと広げて、いろいろなものを守れる自分へと高めていこう。
そのためにはみんなに怒られることくらい覚悟しないと。
「桃香や雪蓮が帰るにしても、明日すぐにってわけじゃないだろうし……みんなには明日話すかな」
なにも宴で楽しんでいるところに水を差すこともない。けど、機を逃すと話づらくなるし───話さずに行ったらそれこそ刺されそうだし。
「よしっ、まずは華琳の部屋に───」
「部屋に!? ああああ貴方まさか! 華琳様が眠っているのをいいことに、自分の部屋に華琳様を連れ込んで……!」
「───行、くか…………って……」
華琳から視線を戻し、真正面を見れば……ズンと進行方向に立ち塞がっている筍彧さん。
しかも物凄く困る部分から聞いてくだすっていたらしく、激しく誤解してらっしゃる。
「汚らわしい! 今すぐその汚れた手を華琳様から離しなさい汚らわしい!」
(汚らわしい二回言った!?)
“汚”という言葉で言えば三回である。
俺はなんとか怒れる桂花をなだめようとするが、桂花の声が耳に響くのか、華琳が寝苦しそうにモゾ……と動く。
当然寝返りなんて出来るわけもなく、喉の痞えが取れないみたいに苦しそうな顔をする。
これは……よろしくない。ならばと俺は桂花に歩み寄り、何故か「ななななによやる気!?」と奇妙な構えを取る桂花に、はい、と華琳を差し出す。
「え? あ、ちょっと!?」
思わず手を伸ばす桂花へ華琳をお姫様抱っこのかたちのままに渡す。
「はぐぅっ!」なんて言ってたけど、大丈夫、抱き上げられてる。
「汚らわしくてごめんな。じゃあ、あとは任せた。お前のその穢れのない手で華琳を部屋まで運んでやってくれ」
「あっ、貴方ねぇっ……! はくっ……ふ、ぅう……!!」
「もちろん落としたら大変なことになるので、決して落とさぬよう……貴殿の武力に期待します」
「くぅううっ……! お、おぼえっ……おぼえて、なさいよっ……!!」
桂花の腕力じゃあ華琳でも重いのか、ズシーンズシーンといった感じに歩いてゆく桂花を見送る。
最後までそうするつもりだったが、ふと思い立って桂花に近づくと───両腕が塞がっているのをいいことに、その頭をなでなでと撫でる。
「ひっ……!? なっ……触らないでよっ!」
「ん? ん~…………」
嫌がられても撫でる。さらに撫でる。
が、なんとなく危なげに蹴りが飛んできそうだったので、桂花から離れる。
「このっ……変態! 色情魔! 全身白濁液男!」
「………」
離れた途端に罵倒が飛んでくる。
言われてみて、そういえばフランチェスカの制服の色って…………と思って、ちょっと傷ついた。
いやいや、女子だって同じ色のやつ着てるんだから、認めるのは失礼だろう、うん。
「……な、桂花」
「なによっ! 耳が腐るから喋らないでくれるっ!?」
「腐るって……あ、あのなぁ………………ああいいや。一応、いってきます」
「…………》」
うわっ、無視して歩いていった!
でも歩き方がロボットみたいだ……予想外のところで桂花の知られざる歩き方を見た気分だ。
……普通こんな状況に陥ること自体が無いんだから、当たり前って言えば当たり前だけど。
「よし、それじゃあ……いきますかっ」
杯二つと空の徳利を手に駆け出す。水を差すことはない、とか思ったくせに、賑やかだからこそ許されるものもあるだろうと、多少打算的な考えも含めて。
すぐに酔いの所為でフラつくけど、そのフラつきも宴の一つとして受け取って喧噪の渦中へと突っ込み、賑やかな宴の席を盛り上げていく。
その途中途中で魏の皆と話をつけていくんだけど、凪が急に「ならば自分も蜀で知を学びます」と言い出した時は本気で驚いた。
そこはさすがに「警備隊の誰かが抜けるのはまずいだろ」と言うのだが、なんでもついこの間までは真桜が呉に行っていたというのだ。
思わず言葉に詰まるが、ひとまずは学校というのを“組み立てる”ところから始めなきゃいけない現状。
生徒を募集……ってヘンな言い方だけど、それが出来るようになるまではまだまだ時間が必要だ。
その旨を話して聞かせると、凪は残念そうに顔を俯かせた。
「すぐ戻るからさ。な?」
「隊長……はい、お待ちしております」
凪の頭の上で手をポンポンと軽く弾ませて、撫でてゆく。
そんな調子で宴の喧噪の中を駆け巡って、騒ぎながら一人一人に説明してゆく。
呆れる者や怒る者、悲しむ者から励ましてくれる人まで様々だ。
「おおっ……ではお兄さんは、今度は蜀の種馬としてひと花咲かせるわけなのですね?」
「咲かさないよ!? 学校のことでいろいろ話を進めてくるだけだって!」
……約一名、予想の範疇を大いに飛び出した言葉を贈ってくれた人も居たが。
「そうですか。ではでは近い将来、三国同盟全ての人の夫がお兄さんにならないことを祈っているのですよ。それはそれで面白そうではあるのですけどねー」
「あの……風さん? なんかシャレになってないからやめて……」
「いえいえ、そうなれば同盟の絆はもっと深まるのですよという、ひとつの例えをあげてみただけですよお兄さん。もしそうなれば、必然的にこの大陸の父はお兄さんということになりますねーと思っていたのですが……はてさて」
「………」
「同盟と絆を深めるのも大切なことですよーお兄さん。ですからそんな旅立ってゆくお兄さんに、風がお守りを差し上げるです」
「お守り……?」
少しじぃんときてしまう。
いつも眠たげに日々を過ごしていても、俺のことをきちんと心配してくれてるんだなと……感極まって泣きそうになった。
そんな俺の気持ちとは裏腹に、風は頭の上のツヤツヤしている物体に手を伸ばし───
「宝譿参式、ナマコくんですー」
「ヒィッ!?」
ひょいと差し出されたのは───胸に太陽の紋章、右目部分に雷をマークをつけたような、丸目がキュートな宝譿ではなく。
黒いボディと斜に構えられた逆カマボコな左目。胸には太陽の紋章ではなく“魏”の文字、右目にあった雷のシンボルのようなものは、天という文字になるように変形されていた。頭にあったはずのトンガリ帽子のようなものはバッファローの角もかくやというほどの立派な二本の角に変貌し……!
えぇとつまり。正直…………怖いです。
「真桜!! 真桜ォオーッ!! 今すぐ作り直しなさい!! 主に名前を宝譿に戻せるところまで!!」
「この宝譿さえいれば、悪い虫などつかないのですよー」
「虫がつかない以前に誰も近寄ってくれなそうなんですけど!? 手を繋ぐどころか悲鳴あげて逃げられそうだよこれ!」
口に右手を軽く添えて、策士が微笑むかのようにニヤリと笑う風に、正直な気持ちをぶつけてみました。
すると風は俺の目を見上げつつ、しばし思考の回転に没頭するかのように───
「…………ぐぅ」
「寝るなっ!」
「おぉっ? お兄さんがあまりに真剣に見つめるので、つい体が脱力を選んでしまいましたー」
「真剣に見つめたら寝るのか!? どんな境地なのそれ!」
『わかってるぜー皆まで言うな兄弟。そこからあんちゃんは風が寝ているのをいいことに、あげなことそげなこと』
「しないから! 妙な疑いを宝譿に語らせるのは───ってそもそもほんとこれどうやって動いてるんだ!? つくづく謎で───こらこらこらっ! 頭に乗せようとしな───ヒィッ!? 頭にくっついた! 吸いついたみたいに取れないぞこれ!」
「宝譿はお兄さんの体から溢れ出す、女を惑わす香りに釣られて動くですよ」
「………………いぃいいいやそんなことあるわけないだろっ!」
「お兄さん……今、少しだけ信じましたねー……?」
ごめんなさい少しだけ信じかけました。思わず手の甲を鼻に近づけて嗅いでしまうところだったし……しっかりしてくれ、俺……。
「……はぁ」
───そうやってからかわれたり遊ばれたり、時には泣かれたり怒られたり。
それでも最後には許してくれる魏のみんなに、心からの感謝を。
まだ行くって決まったわけじゃないけど……いや待て?
行くこと前提で話が進んでるけど、本当に俺、行っていいのか?
「えっと……桃香は……」
宴の席を見渡す……が、前方に栗色の長髪は見当たらず。
ならば後方と振り向いたその時だった。
「か~ずとっ♪」
「うわっ!?」
視界いっぱいに広がった笑顔が俺の左頬へと逸れて、気づいたときには体を包みこまれるように抱かれ、ふわっと浮いた桃色の髪が俺の鼻をくすぐっていった。
「雪蓮っ!? きゅきゅきゅ急になにっ!」
いろんなことでの不意打ちの連続に、そろそろ心が挫けかけてる。
頭には宝譿(ナマコというらしい)が乗ったままで、感情の変化によってギチリギチリと動いてるような気さえする。
これ、俺が疲れてるだけだよね? 動いてないよね? ね?
そんな疑問を口にするよりも先に、なんだかとても悲しくなった。
神様……俺、なにか悪いことをしたのでしょうか……。
「…………」
ほら見ろ……雪蓮だって大絶賛引きまくり中だ。
もういっそ壊してくれようかとも思ったが、頭に吸いついているって時点で……なんかこう、壊したら毒針でも出して脳天に打ち込みそうな気が……なぁ?
「え、えっと……それで、なに……?」
「あ、あー……うん……」
凄いな宝譿Mk.Ⅲ……あの雪蓮を思いきり困惑させてる……。ていうかもう俺泣きたい……。
「ん、んんっ、こほんっ……うん。…………はぁ」
溜め息つかないでくれ……ほんと泣きたくなるから……。
「桃香に聞いたんだけど……一刀。学校のことで蜀に行くって本当?」
「ん……ああ。一応華琳にも許可を得たし、行こうとは思ってる」
「……“思ってる”?」
俺の言い方に疑問を感じたのか、少しだけ首を傾げた雪蓮が言葉をそのままに疑問をぶつけてくる。俺はそれに苦笑をもらすと───いやいや頭上で怪しげな笑みがこぼれてるのは気の所為だ、気の所為。
大体どうやって喋ったりするっていうんだ、気の所為気の所為……………………い、いや、カメラとか簡単に作っちゃう真桜が手を加えたならもしや……あぁいやいやいや……! あぁでも張三姉妹のマイクにしたって……いやいやしかし……!
「………」
「…………一刀?」
「雪蓮……気にしたら負けって言葉、とても大事だと思わない?」
「いきなりなに? ……まあ、楽しんでるときに野暮なことを気にするより、思いっきり楽しめたほうがいいなーとは思うけど」
「だよなっ!? そうだよな! 俺は気にしなくていいんだ! おめでとうありがとう!」
「一刀? ちょっと一刀っ、どうしたのよいきなりっ」
「───ハッ!」
……と気づけば、両手を上げて叫んでる自分。
そして、宴の席に居る大半の人が、俺を見てポカンと停止していた。
もう……泣いていいよね、俺……。
「えぇと……はい……それでこの哀れなホウケイ野郎にどういったご用でしょうか雪蓮様……」
「様なんかつけないでよ。雪蓮。ね? はい」
「…………雪蓮……」
「うん。それで話の続きだけど───“行こうとは思ってる”ってどういうこと?」
「あ……」
えぇと……そうだ、そういうこと話してたんだよな、うん……。
気にするな俺……強く生きろ、俺……。
「ん、んんっ……こほんっ」
照れ隠しをするみたいに、雪蓮の真似をして咳払い。
そうしてから真っ直ぐに雪蓮の目を見ると、雪蓮はにこーと笑って俺の目を見てくる。
「えっとさ。“行こうとは思ってる”っていうのは、確かに俺……桃香に誘われてはいたんだけど、関羽さんが頷いてくれてないんだよ。だから……まあその、そんな状態で行って、門前払いとかされないかな~とちょっと心配になってたんだ」
「あぁあの子。ちょっと難しそうな顔してるわね~……」
ツ、と視線を動かす雪蓮に習ってみると、視線の先では元気を取り戻した宴の中で、ひときわ元気に騒いでいる桃香。の、隣に居る関羽。言われた通り難しい顔で……桃香をなんとか宥めようとしている。
その桃香だが、酔っ払っているのか、手当たり次第に周囲の女性に襲いかかっては、ケタケタと笑っている。うん、関羽さん、お疲れです。
あそこまでひどい酒乱って初めて見た気がする。あれなら春蘭の猫化なんてまだ可愛いかもしれない。
「それで、訊きたかったのってそれだけか?」
「ううん、まだある。ね、一刀。蜀より先に呉に来ない? 乱世終結から一年余りだけど、騒ぎを起こしたがる連中が後を絶たなくて困ってるのよ。……一応、力を示すことで抑えてきたところもあったから」
「あ……そっか」
力を示すことで民や野党などを抑えてきたんなら、同盟を結んだとはいえ“敗北した”って事実はついて回る。
それに乗っかって問題を起こす輩は増えただろうし、だからといって平和にし、善くしていこうと決めた矢先に力のみで再び抑えるのは得策じゃない気がする。
もちろん話して聞いてくれるような輩だったら、雪蓮だって“来てくれ”なんて言わないだろう。
「桃香のほうは学校のことでしょ? こっちは出来れば急ぎなの。この一年で大分減ってはくれたけど、騒ぎを起こすからって殺したりでもしたら、それはただの見せしめの殺戮よ。力は必要だけど、今必要なのはもっとべつの力。たとえば……」
「……えと」
真面目だった顔が無邪気に緩んでゆく。
普段穏やかだけど凛々しさが残った表情をしてるのに、笑む時はこんなにも子供っぽいなんて反則だろ……。
そんなふうに思いながらも、ふと自分の二つ名を思い出す。
「……天の御遣いか」
「ん、そーゆーこと。しかも魏の王を天下統一まで導いたとくれば……ね?」
「でもそれ、無駄な圧力にならないか? 呉の人達から見れば、俺は敵国の王に天下をとらせた男だろ。なんで呉に降りてくれなかったんだ~とか言われるのは……ちょっと怖いぞ」
「うん、だからね? 一刀にはもっと、内側のほうから呉を変えていってほしいの。上からの圧力じゃない、呉に生きる人達が呉に産まれてよかった~とか思ってくれるくらいに」
……あの……雪蓮さん?
あなた方が一年かけて出来なかったことを、俺にやれと言いますか?
そんなジト目を向けていると、雪蓮はやっぱり笑って、
「大丈夫。一人の兵士の死を大事なことだって悲しめる一刀なら、きっとそれが出来るから」
自信たっぷりに、そう言ってみせた。
その根拠がどこにあるのかはわからないが、それでも真剣に考えていることくらいは感じられる。
笑顔の先、瞳の奥には不安が見え隠れしているように思えたから。
だから、俺の答えは───
「……ん、わかった。桃香には悪いけど、まずは呉に行くことにするよ。……はぁ、ま~た関羽さんに怒られるかなぁ」
「ああ大丈夫大丈夫、そこのところはもう桃香に言ってあるから」
「…………」
華琳さん、こんな時あなただったら怒りますか? 怒りますよね? さっき俺のこと怒ったばっかりだもん。
事後承諾みたいなもんだよな、これ……根回しとはまた違うだろうけど……いやどっちも似たようなもんか……はぁ。
「それでも、ちゃんと謝ってくるよ。誠意は見せなきゃ意味がないと思う」
「……そっかそっかー、ふふふ……うん。じゃあ一緒に謝りに行こっか」
俺の言葉に一瞬、きょとんとする雪蓮だったけど、すぐに笑みを浮かべるとそんなことを言い出す。
「え? いや、俺だけでいいだろ。話の進みかたはそもそも、桃香のほうが早かったんだ。それを急に雪蓮の話を優先させるなんて言ったのは俺なんだし」
「いいの、やらせて。……ね?」
「…………あ、ああ……」
困惑する俺の頬を面白そうにつついて、雪蓮は歩きだす。
一歩遅れた俺もすぐに後を追って歩き出すが、内心は結構怖がっていたりする。
いい加減覚悟決めろ、逆に関羽なら“元より呼んでない”とか言うかもしれないだろ?
…………嫌われていること前提で予想したらの話だけど。
それでもとりあえずは前向きに頑張っていけたらと思う。
思うから、思うだけじゃダメだって気になれるし……そんな気になれるから頑張っていける。
鼻歌を歌いながら前を歩く雪蓮を見て、これは謝る前の態度じゃないだろって苦笑を漏らすけど……そうだよな、宴の席なんだ。
しかめっ面とかつまらなそうな顔で歩いてたら、せっかく楽しんでいる人に迷惑だ。
だから、まあやっぱり怒られることになるんだろうけど、せめて笑顔で。
「そういえばさ」
「え? なにー?」
やがて桃香がケタケタと笑う場所まで辿り着くという時。
ふと思って小走りに雪蓮の隣に並ぶと、疑問をぶつけるために口を開く。
みんなが騒ぐ中でも聞こえるように、少し声を大にして。
ちらりと見てみれば、酔っ払ってない人など居ないってくらいに騒がしい宴の席。
どっさりとあった料理の数々もいつの間にか消え、もはや酒しかないと言わんばかりに数々の豪傑たちが喉を鳴らしてゆく。
中でも霞と祭さんと厳顔さんの酒飲み対決は圧巻で、それがまた張三姉妹への季衣や流琉、馬岱や張飛が張り出す声援に後押しされるようにペースを上げるもんだから、周りは沸くばかりだ。
“ほわぁあーっ!”って声援とともに酒を呑む同盟国のみんな。
見ていてこんなにもおかしいのだから、酒に酔いっぱなしのみんなからすればもっとおかしいのだろう。
そんな景色に俺も笑みをこぼしながら、雪蓮に言葉を投げた。
「どうして、その……兵士の死を大切に思える俺だからって、呉の問題を任せようだなんて思ったんだ?」
御遣いってことを抜きにしても、と続ける俺。
雪蓮はそれを聞いて、どこか楽しげにうんうんと頷くと……俺より一歩先に歩き、自分の肩越しに振り向きながら、俺の目を見て言う。
「あはは、そんなの簡単簡単。一刀なら大丈夫って思ったの」
「……? や、だから、それがなんでかって───」
俺の手を握ってくれた時のように“難しいことなんて知らない”と言うかのように。
……向かう先のほうでは顔を真っ赤にした桃香が手を振っている。
それに気づいた雪蓮も俺から視線を戻して前を向く。
それでも俺に聞こえるような、だけど宴に水を差さない程度の声で、彼女は言った。
もう一度俺へと振り返りながら、いたずらっぽい笑みで。
「ん~? んふふー、私の勘♪」
「勘!?」
───ふと気づけば夜は深く。
一緒に謝った途端に桃香に泣きつかれたり関羽さんに殺されかけたり。
そうやって騒ぐ中でも笑みが絶えることはなく、喉が枯れるほど騒いでも暴れても、叫べば叫ぶほど、暴れれば暴れるほどに仲良くなれる気がして───いつの間にかしがらみなんて気にしないで、叫ぶように笑う自分たちが居る。
そうした宴の気配の中……静かに。
この絆を、笑顔を大事にしていこうと思える今が、なによりも愛しいと思えた。
いつの間に酒を呑んだのか、顔を真っ赤にした張三姉妹に舞台の上に連れていかれたときはどうしようかと思ったが。
困惑する俺に、霞と真桜が“歌えー!”と言ったのがそもそもで……これまた気づけば歌えコール。
天和も地和も人和も促してくる始末で、俺は頭の上の宝譿とともにがくりと項垂れた。
「あ、あー……」
でも、と思ってマイクを握る。
これはどうやって作ったのかとか、あまり突っ込むことはしない。
静かに自分のするべきことを実行するために息を吸って、歌を歌う。
日本の流行歌だとか英語ばかりの歌じゃない。
それは小さい頃に歌ったきりの歌だったけど、今の自分達にはよく合ってる気がしたから───
ただ静かに、この同盟がいつまでも続くようにと願い、歌い始めた。
───いつまでも絶えることなく、友達でいよう、と───