真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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42:蜀/乙女心と青の空②

80/賑やかさとやかましさは紙一重

 

 体力を回復させるためには食事は必須だった。

 だから食べた。

 ガツガツムシャムシャ、勢いよく。

 しかしよく噛むことも忘れない。しっかり味わわないと、作ってくれた人に失礼だ。

 ……作ったの、俺だけどさ。

 

「お兄さんは一口が大きいよね~」

「んあ? そ、そうか?」

 

 当然ながら、一緒に居た桃香も同じ卓で食事中。

 他国の城での食事にも慣れたものだったけど、そういえば桃香と一緒に食事っていうのはあまりなかった。

 そんなこともあってか、にこにこ笑顔で俺の隣に座り、のんびりと昼餉をつつきながら俺を見る桃香。……なんだか物凄く幸せそうだ。

 まあ、美味いよな、これ。

 散々と氣を使ったり緊張したりを繰り返した所為か、腹の減り方が異常だ。

 当然口にすれば味わい深いというか……いや、空腹は確かに調味料だが、それを抜きにしても美味しいわけで……って、誰に言い訳してるんだ、俺。自分にか。

 きっと通常時に食えば普通でしかない味わいなのさ。わかってる、北郷わかってる。

 

「そういえば、愛紗はもう居ないんだな……」

「あはは……私、結構いっぱい泣いちゃったから……」

 

 それにしたって早い。

 涙でびしょ濡れになった服をなんとかするために、着替えに戻ったとはいえ……ちゃんと噛んだだろうか。不安だ。

 

「恋は恋で、起こそうと思ったら“うるさい”って殺気飛ばしてくるし……」

「眠ってるのを邪魔されるのが嫌いなんだよ、恋ちゃん」

 

 にしたって、もうちょっと限度ってものを……無理か。

 

「っとと、そういえば今日はどうするんだ? 仕事は貰えなかったし、ボランティアも終わっちゃったらしいし……桃香もその様子だと、終わったんだろ?」

「うん。それでお兄さんを探しにいったら、お兄さんが恋ちゃんに吹き飛ばされてて」

「あ、あー……お恥ずかしいところを」

「お兄さん、前にも飛ばされてたよね、鈴々ちゃんに」

「うぐっ……」

 

 覚えてらっしゃったか……! だからどうって話でもないんだが、男の子としては恥ずかしい。

 なにせあのあと、恋にお姫様抱っこされて……ぬわーっ! ぬわーっ! 思い出したら恥ずかしさがっ! 消えろ消えろっ、消えてくれーっ!!

 ハッ!? い、いや、その恥ずかしさも今の俺を形成する過去の一つだから、受け止めなきゃいけないのか!? なっ……なんだこの切ない思い!

 

「……んむ」

 

 それはそれとして食べる。現実逃避じゃなく、食べる。ああ野菜炒めが美味い。

 侍女さんに頼んで厨房を借りて、自分で作った野菜炒め。

 なんのことはなく、桃香が急に“お兄さんが作った料理を食べたいな”と言い出したから、こうして作ってみたのだが。

 味はやっぱり普通だ。蓮華に食べさせた炒飯のように、可も無く不可もなく。

 不味いわけじゃないから、これはこれでいいだろう。

 

「食ってるか? 桃香」

「………」

「……? 桃香?」

「へぁぅっ? え、あ、な、なにかな」

「いや……食ってるか? って」

「えぁっ!? ああうんっ、食べてる食べてるっ、おいしーよー!?」

 

 言いながら、箸をコリコリと噛み始める桃香さん。

 彼女はその、なんだ、前世が兎だったりしたんだろうか。はたまた白蟻?

 

(……なんか、朱里や雛里が考え込んでる時の俺を見るような顔をしてたけど)

 

 もしかして蜀で流行しているのか?

 ……そか、流行なら仕方ないな。

 星もメンマを見る時は、あんな顔してるし───って、おや?

 

「そういえば桃香、思春はどうしてる? 呼ばれた~って言って、執務室に行った筈なんだけど」

「あ、うん。最後だし、兵のみんなに緊張感を持たせるために~って。ほら、前にも……」

「ああ、確かに」

 

 前にも他国の将の殺気云々で、緊張感を忘れないためにとか言ってたっけ。

 なるほど、それは確かに俺が行っても意味がない。

 むしろ筋肉痛に震える俺が行ったら、緊張感どころか笑いの種になりかねない。

 

(でも……なんだろ)

 

 くれぐれもと言われるほど、拒まれる理由じゃない気がする。

 ……気にしても仕方の無いことか。今はご飯だ。

 

「……うん、うまい」

 

 この野菜炒めは正解だった。

 味付けは薄いが、ご飯に良く合う味ではある。

 濃すぎるわけでもないから飽きが来づらく、いくらでもご飯が食べられそうだ。

 

「……、……」

「………」

 

 で、桃香もきちんと食べてるんだけど、視線は俺に向けたままだった。

 流石に箸を噛み砕くことはしなかったようだけど、この調子じゃあお手拭(てふき)まで食べてしまいそうで怖い。

 

「……桃香?」

「食べてるよー……」

「………」

「………」

「桃香?」

「食べてるよー……」

「………」

 

 見ればわかるんだが、こちらを見たままなのはなんとかならないか?

 何か顔についてるのかと触ってみたところで、なんにもついてやしない。

 逆に、桃香の顔は赤いし、どことなく熱っぽい、というか、ぽーっとしているというか。

 お互いに届けた言葉のあと……厳密に言えば桃香が泣いて、着替えて、合流してからだ。距離が近いというか……ふとした時に服を抓んでくるし、気づけば俺の顔を見ているし。いったいなにが……? はっ!? もしかして外で寝たりしたから風邪を!?

 

「…………」

「……ぴうっ!?」

 

 額に手を当ててみると、肩が跳ねて変な声が飛び出した。

 熱は……普通? 普通だよな。風邪の熱にしては低いほうだと思う。

 とはいえもし風邪なら、引き始めが肝心。

 

「桃香、熱っぽいか?」

「へぅ?」

 

 単刀直入に訊ねてみれば、返ってくるのは月や雛里のような声。

 額からは手を離してあるけど、自分でそこに触れた桃香はより赤くなっていた。

 

「あ、ううんこれはなんでもないのっ、本当になんでもないからっ」

 

 しかしハッとするとすぐにそう言って、病気とかじゃないことを熱心に語ってくれた。

 

「そ、それでなんだけどお兄さん、えと、そのー……ううー……こ、この後、街に───」

「兄、見つけたのにゃーっ!!」

「ウギャアーッ!?」

「きゃーっ!?」

 

 人はそれを不意打ちと言う。

 何処から現れたのか、背中に飛びついてきた美以が俺の首筋にがぶりと牙を立ててうぁああいだだだだだだぁあーっ!!!

 

「美以!? 急にどうした───じゃなくて出会いがしらに噛み付くのはやめなさいって言ってるだろうがぁーっ!!」

 

 椅子から立ち上がって引き剥がしにかかるが、その度に牙が皮膚を皮膚を皮膚をぉおおぁあああいだだだだだぁあっ!!

 

「兄、兄ぃ、にーぃいい~っ!! 聞いたにゃ! 明日帰るって聞いたにゃー! 兄はずっと蜀に居るんじゃなかったのにゃー!?」

「いつからそんな話に!? いや、そりゃ客だからやること終われば帰るぞ!? そしてそれを訊こうとしているのに噛み付く意味が繋がらないんだが!?」

「いやにゃーっ! ずっとここに居るにゃーっ!! 兄が居なくなったら、美以は何に対して狩猟本能をぶつければいいにゃーっ!!」

「人に狩猟本能をぶつけることをまずやめません!?」

 

 とにかくまずはぎうーと抱きしめられている(?)首にかかった腕を、なんとか外しにかかるんだが……途端にビキィと体に走る痛み。

 筋肉痛の脅威は未だ衰えを知らず、力が抜けたところにまた牙が降りました。

 

「いぁああああだだだだだだ!!? 痛い痛い痛いって美以!!」

「いい匂いですばしっこくて中々強い獲物なんてなかなか居ないのにゃ! 美以は兄がいいのにゃ~っ!!」

「うひゃあああっひゃひゃひゃひゃ!? やっ! やめっ! 甘噛みはもっとやめてくれ! くすぐったくていだぁああーっ!? だだだっだだからって強く噛めって意味じゃギャアーッ!!」

 

 もはや話にもならず、あまり騒ぐわけにもいかず、しかし食べ途中の食事を置いて外に出るのも気が引けて、ええいどうしたらいいのやらっ……───ハッ!?

 

「ほ、ほら~、美以~? 俺が作った野菜炒めだぞ~? お腹減ってるならこれを───」

「べつに減ってないにゃ」

「じゃあ噛むのやめよう!?」

 

 ええい男は忍耐! 噛まれようがどうしようが、食事の大切さはこの世界で十二分に学んだ! 残すことも粗末にすることも絶対にしない!

 我慢だっ! 噛まれても食べる! ご馳走様もきちんと言う!

 

「おーい北郷居るかー? お、居た居た。ちょっと話があるんだけど───って、どうしたんだ、背中のそれ」

「日常へのスパイスです」

 

 どうしてか俺を探して訪れた白蓮に、疑問符が出そうなくらいなラインの、笑みなのか笑みじゃないのか微妙な表情を返した。やっぱりこう、“ニ、ニコッ?”って感じで。

 ともあれしっかり食べて、しっかりご馳走様を言って、何故か頬を膨らませながら同じく食べ終わった桃香とともに厨房をあとにした。

 

……。

 

 それからのことは、正直目が回るようで思い出すのも辛いのだが……振り返らないわけにもいかず、ボロボロな自分を見下ろしながら振り返った。

 まずは白蓮の相談から始まったそれは、痛みとともに鮮明に思い返された。

 

  ───……。

 

「翠との勝負がつかない?」

「そうなんだ。馬での勝負で負けるわけにはいかないと、翠と競い合ってどれくらい経ったのか……ああまあ忘れたけど、このままじゃあすっきりしないから、何かいい方法はないかなって。勝負に集中するあまり、仕事を疎かにするのもどうかと思うし」

「馬……馬勝負ねぇ……。競馬場でも作って、そこで勝負を続けるっていうのは?」

「? なんだ? そのけい……なんとかってのは」

「馬が競う場所って書いて競馬場。馬の速さを競わせることと、それを賭け事にした場所だな」

「賭け事っ!? だめだだめだっ! 馬をそんなことになんか使わせてたまるかっ!」

「……多分、翠も同じこと言うだろうね。ただそれも鍛錬の……軍備の一環って思えば、すんなりと受け容れられるかもしれないぞ? すぐに競馬場を作れって意味じゃなくてさ、何処を何回先に回った方が勝ちっていうのを、何回かやってみればいい」

「それで決着がつかないからこうして訊いてるんじゃないか……」

「ん、だから、無益な勝負を有益な勝負にするんだ。国にお金も溜まるし、騎兵も鍛えられる。その中で何回勝負の内にどちらが何回勝ったかで勝敗を決めればいいよ」

「……じゃあ、やってみるだけだからな? やってられないって思ったら、すぐに───」

 

 白蓮に相談され、提案してみると案外あっさり通り、丁度騎兵調練をしていた翠を巻き込んでの勝負が始まる。

 翠はもちろん賭け事なんてと怒っていたんだが───

 

「あっはははははは!! どーだ一着だ一着! 見たかよあの兵たちの顔っ! あっははははは! 何人たりともあたしの前は走らせねぇーっ!!」

「お姉様、大人げないよぅ……」

「うっせ、ちゃんと遅れて出てやったんだから十分だ!」

 

 兵士たちが乗る馬を先に走らせ……つまりハンデを与えた上で、兵たちが賭け金無しで立てた予想をぶっちぎることに快感を覚えてしまったのか……さっきまでの怒り顔はどこへやら、不覚をとってしまった白蓮とともに、もう一度もう一度とのめり込んでしまった。

 俺と桃香はそんな二人を眺めながらポカンとするしかなく……「……行こうか」「……そうだね」の一言ずつで、子供のように燥ぐ二人を置いて、歩きだした。

 

「でもそっかー、けいばじょーっていうのが天にはあって、馬もそこで鍛えられるんだ」

「鍛えるとは違うけど、競ってるのは確かだな」

「兄もそこで鍛えられたにゃ?」

「……あの。種馬って、そういうことじゃないからな?」

「あはは……あ、と、ところでお兄さん? さっきは途中になっちゃったけど、これから───」

「おーっほっほっほっほ!! 聞きましてよ一刀さん! 白馬鹿長史で影の薄い白蓮さんに光を与えたそうですわね!」

「ア、俺用事ガアルンダッタイカナキャやだーっ!!」

 

 棒チックに喋りつつ歩き出した先であっさりと麗羽に捕まり、口から出るのはヤダーという悲鳴。もうほんとほっといてください! 俺に平穏をくださいお願いします!

 

「なんですのその言い草……このわたくしが声をかけて差し上げているんですのよ? もっと嬉しそうな悲鳴を上げるべきではありません?」

「嬉しそうな悲鳴ってなに!? って、今日はどうしたんだ、麗羽……最近静かだなーって思ってたのに」

「可愛らしさを磨いていましたわ。まあそんなことはこのわ・た・く・し・に・かかれば、造作もないことですから? どうでもいいことなのですけど」

「………むうっ……!」

 

 で、捕まって改められてしまえば、毎度の如く無理難題を乞われるわけで……とくに用事があるわけでもないので可能な限りを手伝うんだが、そのたびに桃香が不機嫌になっていっている気がする。

 

「ご苦労様、お礼にこのわたくしの頭を撫でることを許可して差し上げますわ。さあ……思う存分に」

「お礼の意味がいろいろとおかしくないかっ!?」

「やかましいですわね……いいから撫でなさいと、このわたくしが───」

「あーあはいはいはいはい、ちょっとこっち来ましょうねー麗羽さまー」

「も、申し訳ありません桃香さまっ、話の腰を折ってしまって……! 今すぐ退散しますからー!」

「なっ!? ちょ、離しなさい二人ともっ! わたくしにこんなことをしてただで済むとっ……! あーれー……───!」

『………』

 

 で……いつから何処で見ていたのか、頼まれごとが終わるやそそくさと現れた猪々子と斗詩に連れ攫われる麗羽を見送り、顔を見合わせてからまた歩く。

 な、なんなんだ? どうして今日に限ってみんな……? ってそうだよ、そういえば桃香が何か言おうとしてて───って、うわぁ……頬が凄い膨れてる……!

 

「な、なぁ桃香? さっき───」

「あ! お兄ちゃん見つけたのだーっ!!」

「何か言いかけばぶぅ!?」

「わひゃああっ!? り、鈴々ちゃん!?」

「鈴々なのだ! それよりお兄ちゃん、お兄ちゃんにはまだコリンをきちんと紹介してなかったから、今から見にくるのだ!」

「コリッ……げふっ! こ、こりん……!? なに……!?」

「コリンは鈴々の子分なのだ! 鈴々の子分だからコリン! お兄ちゃんも気に入るから、今すぐ行くのだーっ!」

「うぇえっ!? いやっ、鈴々待った! 俺筋肉痛だから、そんなに走れな……助けてぇえーっ!!」

 

 ……人の話は聞きましょう。

 腰にドゴォとタックルをくらった俺は、喋り途中だったこともあり少々舌を噛んでしまい……その上で問答無用で街までを一気に引っ張られ、途中で何度か転倒した俺は、身を庇うようにしてコリンさんと対面したのだが……「ばうっ」……犬だった。

 しかも連れ出したからにはと街の中を引きずり回され、さすがに体の軋みに涙が出始めた頃に、警邏中の愛紗さんに遭遇。裁きの雷が鈴々に落ちたところで解放はされたんだが……あ。そういえば美以が居ない。転倒した時に離れたか?

 

「はっ、はっ……お兄さんも鈴々ちゃんも、足速すぎだよぅ……!」

「……桃香、お願いがあるんだけど……」

「はふぅ……え? あっ、う、うんっ! なにかな、なにかなっ!」

「いや、そこの茶屋で少し休憩出来たら───」

「あ、丁度良かった。ちょっとあんた、これ持ってくれない?」

「え、詠ちゃん、そんな急に、失礼だよっ……」

『………』

 

 なんだろうな、今日の将との遭遇率。

 あれ? 今日って学校休み? それとも朱里や雛里が頑張ってる?

 そんなことを思っていると、詠に「はい」と渡される荷物。

 その重さに筋肉がミシリと悲鳴をあげた。声で表現するなら絶対にギャーだ。

 恐る恐る顔を覗いてくる桃香に、俺は涙を滲ませたスマイルを送った。“男には、頑張らなきゃいけない時があるのです”とばかりに。

 それからさらに城で使う必要な物を買い、持ち、運び、城の厨房にて「ご苦労さま、助かったわ」って軽い挨拶とともに解放された時には、なんだか腕が痺れていました。

 「お……お兄さん?」と再び恐る恐る顔を覗いてくる桃香に、やはり笑みを返して、今度こそ休もうと部屋へ向かおうとする中、

 

「おーう御遣い殿ぉ~!」

「うふふ、お散歩ですか?」

「も~、お母さん、お酒くさいよぅ……」

 

 いつの間にか酒鬼の巣窟と化していた東屋から酒鬼に発見され、いっそ泣きたくなった。

 部屋へと続く道に、この通路を選んだのは死亡フラグであったか……。

 素直に厨房で休んでいればよかった……嗚呼俺の馬鹿。

 

「おうおう、男子がふらふらと情けないのう。こちらへ来てがっと一献飲んでみせい!」

「お酒が強い殿方は、きっと好かれるわよ……♪ うふふふふふ……♪」

「ぐはぁ……すっかり出来上がっていらっしゃる……」

 

 是非とも近づきたくないんだが、来いと言ってるのに無視して行くわけにもいかない。

 ならば遠慮の言葉を返して、そそくさと……とも思ったんだが、こちらの話なんててんで聞いてくれません。

 なので仕方も無しと去ろうとすると、意気地の無い男よのぅとか飲む前から負けを受け容れるとはとか……ああもうっ!

 

「あ、あのですねっ……! 今日は筋肉痛がひどくて、はやく部屋に戻って休みたくてですねっ……! ってうわぁ!? 焔耶!? おい焔耶ーっ!?」

「ほう。ならば酒を飲むが良かろう。体も温まり、すぅっと眠れるぞ」

「……アルコールでの眠気って醒め易いから中途半端な睡眠になるって、誰かが言ってたなぁ。ていうか眠くはなくてですね、でもなくて焔耶がっ! 目ぇ回してますよ!? 大丈夫なんですか!? いくら飲ませればこんなにっ───」

「ええい堅苦しいのは好かんと言ったろうが! 不愉快にさせた罰として飲んでみせい!」

「無茶苦茶だこの人! し、紫苑! 紫苑からもなにか───あの。どうしてソッと徳利渡しますか?」

「お酒が強い殿方、好きですよ……? うふふ……♪」

「………」

「………」

 

 無言でぺこぺこと頭を下げる璃々ちゃんが、心にやさしかった。

 ありがとう、勇気もらった。もらったから……俺は“勝って”ここを去るよ───!

 

……。

 

 ……で。

 

「ア゛ー………」

「あ、あのー……お兄さん?」

「ア゛~………」

 

 その後、酒を飲むという勝利と引き換えに、幽鬼のように城の中を彷徨う御遣いが確認された。

 口からは生ける屍のような奇妙な声を放ち、のた、のた……と歩く異常な物体。

 しかしながらこれでも意識ははっきりしていた……つもりなので、気力を振り絞りキッと気を引き締めて、姿勢を正して歩き出した───途端。

 

「はわっ!? あ───やっと見つけましたっ!」

「う、うん、やったね、朱里ちゃん……っ」

「………」

 

 今日の俺に安息の二文字は無いのだと、静かに悟った。

 

「う、う……うー、うー……!」

 

 そして桃香のもやもやも最高潮に達しようとしていた……ような気がする。

 


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