真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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43:蜀~魏/一路、魏国へ①

81/一歩一歩を踏みしめて

 

 ゆっくりと呼吸をした。

 吐く息も、吸う息もゆっくりと。

 腹の下に溜めるようにして吸う空気が腹部を軽く膨らませ、吸うのが難しくなった時点で少々息を止め、ゆっくりと吐く。

 ズボンを捲くった膝から下は水に濡れており、さらさらと流れてゆく川の水がさらにさらにと体温を奪っていく。

 

「すぅううう……はぁあああ……」

 

 そんな冷たさの中にあっても筋肉を硬くせず、意識は緊張しても体は緊張させないままの脱力が続く。

 イメージってものは武器だ。

 イメージってものを氣に乗せて、体の隅々に走らせる。

 自分は水なのだってイメージを体全体に行き渡らせて、全てを一定にする。

 呼吸、体の揺れ、意識、全てを。

 もちろんそんな簡単に出来れば苦労しないわけだが、それでも感じられるものはあり。

 

「せいやぁっ!!」

 

 つん、と……水に浸った足が魚につつかれるのと同時に手を振るい、魚を川の中から弾き出す……つもり、だったんだが……うーむ。筋肉痛が動作を鈍らせてしまい、だっぱーんと盛大に水を叩いてしまった時には、魚はぴうと逃げ出してしまっていた。

 

「とほほ……今日の昼餉は山菜かなぁ」

 

 せめて魚が欲しいんだが、そう上手くはいかない。

 路銀は……一応やってきた仕事の分だけ貰えてはいるから、町から町へと移動して宿に泊まるくらいはあるはずだ。

 極力、食事等は質素にしないと難しくはあるが。

 野営続きもどんとこいな気分な俺だが、思春がそれで納得するかどうか。

 

「思春~、日が落ちる前に次の町に行きたいから───」

「野営で構わん。無駄使いをするな」

 

 むしろ大賛成のようでした。

 逆にかつての錦帆賊頭領は、そういったことに慣れてそうだったよ。

 ただ気持ち悪さは治ってはくれないようで、青い顔のままに近くの木の幹に背を預け、座っている。

 

「………」

 

 今日もいい天気。

 あんまり雨が降らないと作物等が心配だが、旅をするとなると「晴れが続きますよーに」と願わずにはいられない。

 呉から蜀に行く時は“歩きでも走りでもどんとこいー!”ってものだった俺も、大いなる筋肉痛様の前では何も言えなくなっていた。ありがとうお馬様、あなた方の背中がこんなにも心強い。今乗ってないけど。

 

「釣竿の一本でも蜀で借りればよかった」

 

 言っても仕方のないことでも口に出るのは若い証拠かな、なんてじいちゃんみたいなことを言って、川から出る。

 素足に草のさくさくした感触が伝わって、少々くすぐったい。

 川を上がってすぐの岩に乗せておいたバッグからタオルを取り、砂利やら土やらを払ってから拭いていく。濡れたまま靴下履くのも気持ち悪いし。

 

「はぁ……」

 

 岩の上に乗っかったまま、足をだらんと下げて空を仰ぐ。

 いくらタオルで拭こうが、細かな水分までは吸い取れない。乾くまで太陽の暖かさを感じつつ、その太陽を反射させてきらきら光る川へと視線を下ろす。

 ちゃぷちゃぷと揺れる水面の下、魚がくねくねと泳いでいた。

 

「あ」

 

 そこでふと思い出す。

 誰かさんが石を投げて、魚を気絶させていたこと。

 狙ってやったんじゃないにしても、集中力と投擲力さえあればいけるかもしれない。

 

「えっと……」

 

 手頃な石を拾い、集中する。

 投げ、当てることのみに意識を完全集中……ただそれだけをする化け物にでもなったつもりで───投擲!!

 ……だっぽーん、と大きな音が鳴り、水飛沫が上がっただけに終わった。

 

「……いい天気」

 

 現実逃避は得意です。じゃなくて。

 

「もっとこう、尖った感じの……」

 

 水の中にスッと入るようなものがいい。

 ほら、苦無(くない)みたいな……と探すが、都合よくそんなものがあるはずもなく。

 

「だったらモリでも作ろうか……ゴムがない」

 

 まさか衣類(主に下着類)から取るわけにもいかず、途方に暮れた。

 足が乾いたところで細かな砂を払って靴下を履き、靴を履いて行動の自由を手に入れる頃には、考えていたいろいろをとりあえず置いて、思春のもとへ向かっていた。

 ぐったりとしたその顔は、二日酔いで潰れている人の顔にしてはまだ凛々しい。

 キリッと真っ青。……一言で表すとそうなんだが、言ったら怒られそうではある。

 

「大丈夫か?」

「休めばどうとでもなる……」

 

 忌々しげに言葉を吐く口からは、自身への情けなさまでを吐く様子が窺い知れた。

 酒に酔うなんて、当然のことだろうに……。

 

「急ぐ旅でもないんだからゆっくり行こう。辛いものへの悪化は、なんであれ防ぐべきだ」

「………」

 

 俺の顔を一度睨み、やっぱり自分が情けないとでも言うような顔で、ふぅと溜め息を吐く。同時に立ち上がると「木剣を貸せ」と言い、貸せばよろよろと川へと歩く思春さん。

 なにを……と言いかけた瞬間、ふらふらだった体がビッと正され、切っ先だけを川に沈めた木刀がヒュピっと数度動かされた。

 

「?」

 

 動作はそれだけ。

 思春は俺へと振り向くと、「さっさと拾え」とだけ言って、俺がさっきまで座っていた岩へと心底だるそうに腰を下ろした。

 ……へ? 拾えって───おぉおおおっ!?

 

「魚っ!? え、なんで!?」

 

 ちらりと川を見れば、サラサラと流れる川を浮き、流れていく魚さん。

 慌てて追いかけて、川に入り、それを回収した刹那───自分が靴等を履きっぱなしだったことに気づき……空を仰いだ。

 

……。

 

 静かな森の中に流れる川の傍ら、(おこ)した焚き火で焼き魚を食す俺と思春。

 木刀でこづかれて気絶していた魚を川でさばき、原始的な方法でなんとか火を熾すと、靴下や靴を乾かしながら魚を焼いた。

 味付けなんてものは特に無く、内臓を取ったそれを黙々と食し、物足りなさを感じれば焚き木探しと一緒に採ってきた木の実などを食す。

 うん、うまい。なんというか野営食って感じの野営食だな。

 さすがに鼠や蛙を食ったりはしないが、食うに困ったら已む無しだろうと考えている俺も相当だ。

 

「昼はいいけど夜になったらどうする? さすがに野営は寒いだろ」

「風を防げる場所を確保出来れば問題はない」

 

 うおう……すっかり野営モードだ。

 それに素直に乗っかれないのは、部屋の有り難さに馴染みきっている弱さの所為か?

 昔の自分だったら、そういうのは一種の冒険みたいに感じて、“面白そう”ってだけで乗っかれたもんだけど……───じゃあ乗っかるか。

 

「そっか。じゃ、頑張ろう」

「………」

 

 素直に乗っかってみると、なんだか思春がぽかんとした顔で俺を見た。

 逆に俺はどうして思春がそんな顔をするのかわからず、ハテ、と軽く首を傾げたが……っとと、馬の食べるものも考えないとな。

 木の実って食べるんだろうか。人参だけしか食べないってわけでもないと思うが……牧草とか食べるんだよな? 牧草……牧草ってなんの草だ?

 ……しまった。牧草は牧草としか考えてなかった。牧草って種類の草があるわけないじゃないか。いやあるのか? それすらわからない。

 

「………」

 

 などと悩んでいると、ふと見た視線の先で、もしゃもしゃと自然草を食べるお馬さん。

 ……悩みは解消された。

 

(もっと勉強も必要だなぁ……はぁ)

 

 こんなことなら翠か白蓮に馬のことをもっと聞けばよかった。

 後の祭りだな、これは。

 

「ん……ごちそうさまでした」

 

 食事も終わると、乾かしておいた靴下や靴も……生乾きだった。

 仕方も無しに火の近くで揺らしながら、乾くのを待つ。

 乾けば履いて、少しは持ち直した思春とともに移動を開始する。

 

「馬、乗らないほうがいいか?」

「余計な心配だ」

 

 気力でビシッとキリッと凛々しい顔を見せる思春。

 その顔は……青かった。

 

……。

 

 夜。

 無理を通して再び真っ青になった思春とともに、野営の準備をする。

 ともに、とはいっても思春はぐったり状態だ。

 これ以上の無理はさせられないので、出来るだけ風通りの無い場所を選んでの野営。

 洞窟かなにかがあればよかったんだが、そう都合よくあるわけもない。

 結局森の中の大木の下で休むことになり、大木の幹に背を預け、その隣には思春。

 

「な、なんのつもりだ……」

「はーいはいはい、病人……病人? まあいいや、病人は文句言わない」

 

 思春には、バッグの中に入っている俺の衣類を毛布代わりにして被せた。

 洗ってるから匂わないとは思うが───……おお、大丈夫。

 

「くっ……情けない……。こんな状態でもなければ、こんなことには……」

「そう思うならただ元気になってくれればいいって。辛い時はお互いさま。だから寝よう」

「…………」

 

 まだ言いたいことはあるんだろうが、それこそ言っても仕方ないと思ったんだろう。

 “俺の隣で寝ること”に対しては既に文句の一つもこぼさなくなった彼女は、ただ毛布代わりの衣類だけを少々鬱陶しそうに、目を閉じた。

 切実に思う。慣れってすげぇ。

 

「………」

 

 それは俺も同じで、こんな状況だからかもだが、特に意識することもなく目を閉じた。

 その日に見た夢は……どうしてか土を掘るもぐらになる夢だった。

 

……。

 

 朝が来る。

 森の中だからか、虫や鳥が奏でる音が耳によく届き、すぅ……と静かに目を開けた。

 ……そのすぐ先に、穏やかな寝顔。

 それだけで一瞬にして意識が覚醒するけど、叫ぶようなことはなかった。

 

「………」

 

 髪を結った思春って長いこと見てないなと思いながら、毛布代わりと言えば聞こえがいい、衣類まみれの思春を見下ろす。

 いつの間にこうなったのか、俺の太腿を枕にするようなかたちで寝ている。

 

(そういえば……)

 

 俺が起きるたびに思春はもう起きていて、こうしてまじまじと寝顔を見る機会なんて無かった。

 

「………」

 

 綺麗な顔立ちだ。

 キリッとした表情ではなく、ただただ穏やかな寝顔だけがそこにある。

 子猫の寝顔を覗いているような気分で、こちらもただ穏やかな気持ちのまま、そんな彼女の頭を撫でた。

 やさしくやさしく、さらりさらりと髪を撫でるように。

 ふと思い立ち、バッグから携帯電話を取り出し……カメラ機能を起動。

 シャッター音をオフにして、その穏やかな寝顔を保存した。

 そうまでしても起きず、二日酔いというものの力をなんとなく感じた……ところで、ゆっくりと眠たげにその目が開く。

 咄嗟に携帯を仕舞うのは、黙って写真を撮った後ろめたさからくる行動なんだろう。

 

「………」

「………」

 

 ぼーっとした目がそこにあった。

 睡眠っていう心地のいいものに埋没していたい少女の顔だ。

 そんな目が、「……?」と軽い疑問に促されるままに俺を見上げる。

 

「………」

「………」

 

 その顔が、覚醒とともにみるみる赤くなるのを、ただただ観察していた。

 ……だって膝枕だから、俺は逃げられないもん。

 一応、「おはよう」と声をかけた。

 かけた瞬間、太腿の上から消え失せた彼女は、いつの間にか横に居て鈴音を構えていて、驚いて振り向いた瞬間にはギャアアアァァァァ……───

 

───……。

 

 道を進む中、昼には軽く雨が降った。

 大分回復したらしい思春は、いつかのように「雨が降る」と教えてくれて、現在は森の中で雨宿り中。

 

「天気雨か。なんか懐かしいな」

 

 木々の隙間から見える空は明るい。

 どこぞの狐でも嫁入りしたのか、なんとも不思議な天気だ。

 天気雨ってどうして降るんだったっけと考えてみて……調べた覚えがないものはどうやっても思い出しようがなかったと諦めた。

 あれか? 遠くで降った雨が風で飛ばされてきたりするのか?

 ……今日、風はないんだけどな。

 考えても仕方ないか。

 

「思春~、いい加減に機嫌を……」

「黙れ」

 

 寝顔を覗かれたこととか、頭に残った撫でられた感触とか、いろいろなものが怒りの要素になっているようで、思春は怒りっぱなしだった。

 何を言っても“黙れ”で終わる。

 しかしながら雨が降ると気づけば教えてくれたり、道をゆく中でも「そっちじゃない」と教えてくれたり……嫌われたわけじゃないんだろうけど、いろいろと辛い。

 これで写真まで撮りましたーとか言ったら殴られるだけじゃあ済まないな。

 むしろ今罪悪感がふつふつと……可愛いからってなんでも撮っちゃいけないよね。

 でも消すのはもったいないわけでして……ごめんなさい。

 

……。

 

 夜が来る前に洞窟を発見、そこで夜を明かし、朝には再び道をゆく。

 思春の体調も回復し、今日も元気に馬が走る。

 馬を下りて自分で走ろうかとも考えたが、鍛錬の日とその翌日に無理をしすぎたってこともあり、体に多少のだるさが残っている間は鍛錬をパスすることにした。

 しかし氣の集中だけは欠かさず行い、その日の昼。

 

「おい」

「うん?」

 

 山で見つけた川で、思春の真似をして木刀で魚を叩く練習をしていた俺に、思春のほうから声をかけてきた。

 膝下までを川の水に沈め、水面を睨んで集中していた俺は、集中を解いて振り返る。

 と、馬を川の傍に立たせ、体を洗ってやっている思春。

 

「貴様のその氣の使い方……それは明命に習ったものか?」

「ん……ああ。練り方こそ凪に教わったけど、応用は明命に教わった」

 

 あくまで応用であり、木刀に氣を纏わせたまま振るうなんてこと、教わってはいないが。

 

「んー……んっ! ……あっ……逃げられた」

 

 木刀に氣を纏わせ、水と一体になるイメージを自分に。

 魚の注意から自分が消えた瞬間に叩く……らしいのだが、叩くと決めると魚に認識されてしまい、逃げられてしまう。

 達人がどうとかいうレベルじゃないだろ、これ。

 出来ない人から見ると、とんだ仙人レベルだよ……って前も思ったな、これ。

 

「明命が、相手からの攻撃を受け止め、相手に返すような使い方を、貴様に?」

「へ? ……あ、ああ、それ、ちょっと違う。応用は教えてもらったけど、これは勝手な応用なんだ。“一点で受け止めたものを体全体に流して威力を殺す”。それを、殺すのはもったいないから相手に返せないかなって、俺が勝手に考えたものなんだよ」

 

 最初は成功するなんて思ってなかった。

 成功したらしたで、激痛のあまり動けなくなったし。

 

「“相手の攻撃を受け止められるだけの氣”が必要になるから、使うと物凄く疲れるし、恋相手にやったら一発で氣が枯渇したよ。意識が保っていられるギリギリの氣しか残せなくて、それもその次に振るわれた攻撃で全部散らされた。実戦じゃあ役に立ちそうもないよ」

 

 相手の5を受け止めるなら、自分の5を出さなきゃいけない。

 それより下なら……たとえば4なら、1の衝撃が全て自分にぶつけられる。

 吸収も出来ないし、4を受け止めた4は破壊される。

 5を吸収するなら5でこそ吸収出来て、そりゃあ6でも吸収出来るけど……“返さなきゃ”上乗せする自分の1が無意味になる。

 だから相手が繰り出す一撃をよく見なきゃいけないものの、恋相手じゃあよく見る余裕なんてあるわけがない。

 結果、恋からの攻撃を5や6どころじゃなく全力で受け止め、返した。

 その途端にあの気迫とあの一撃。ほんと、よく生きてたよ俺。

 

「最初の一撃目だって、左手を構え易い場所に来てくれたから返せた。じゃなかったら、一撃目で撃沈してたか……最悪死んでたかも」

「……なるほど。“氣の全てで受け止める”ために左手を用意するならば、左手以外は濡れた紙以下ということか」

「そういうこと」

 

 だから攻撃は直後でなければいけない。

 吸収して右手に移した時点で攻撃が完了しているのが一番なわけだが……上手くいかなきゃ移した箇所がその衝撃分激痛に襲われるっていう、なんとも情けない応用だ。

 もちろん自分の氣に転化できないかなーとか思ってやってみた。そして当然のように失敗。

 冥琳を治そうした時に、相手の氣に似せて云々の話をしたりされたりだったが、その意味がよくわかった。

 自分の気脈に自分以外の氣は毒だ。やればたちまち嘔吐だの昏倒だの、痛い目を見る。

 

「吸収した衝撃とか氣を自分の氣に変えることって出来ないかなーって、鈴々との鍛錬中にやったんだけどね。吐いたり倒れたりで迷惑かけたよ」

「あの時のがそうか。迷惑な話だ」

「いや……ほんとごめん」

 

 鈴々に石突きで腹を突かれたことがあった。

 一応左手で受け止めて吸収はしたものの、俺は吐いて倒れた。

 当たり所が悪かったって話になったが、実は自業自得だったのです。

 ただそれだけの話なんだが……冥琳の時は本当に一か八かだったんだなって妙に納得出来た瞬間だった。

 そういえば誰かの氣に自分の氣を似せること、しばらくやってなかったっけ。だからこうも容易く魚に逃げられるのかもしれない。水に模すのはやってみたけど、水になりきれていないのかも。

 華佗は“気配を殺しきれないほどに高めすぎたら意味がない”って言ってた。それってつまり、自分の氣が濃くなりすぎたら意味がないってことか?

 難しいが……魏に戻るまで、重点的にやってみようか。

 

(川……川───俺は川だ……!)

 

 深呼吸をしてから、呼吸の静かにする。

 水の中に集中し、膝下を飲み込んでいる川に自分を溶け込ませるように。

 そうして近づいてきた魚を……殴るのではなく、“川”として撫でるつもりで───!

 

「あ」

 

 逃げられた。

 けど、さっきまでよりは近くまで木刀を振るえた。

 ……あともうちょっと……とか言うと、もうちょっとが長そうだ。

 

「はぁ……思春ってすごいなぁ」

「貴様の技量が低いだけだ」

「……そうですね」

 

 気長にいこう。

 焦ると変な癖が出そうだし。

 

……。

 

 それからしばらく。

 結局一尾も獲れないままに訪れた時間。

 鍋が無いから山菜を採ってきても煮ることが出来ない事実に気づき、今さらかよと自分で自分にツッコミを入れた。

 キノコあたりなら水でよく洗って焼けばいけるかなと、キノコを探したんだが……なにやらおどろおどろしいキノコを発見。一気にキノコへの食欲が失せた。

 しかし諦めで腹が膨れるわけもないので、木の実を大量に集めると石の上ですり潰し、粉状にしてから水を混ぜるとどろりとした液体の完成。

 これを焚き火で熱した平べったくて大き目の石(ここまでくると岩か?)に垂れ流すと……ナン(のようなもの)の完成である。

 味は恐ろしくしないけど、腹の足しにはなりました。はい。

 

「こうして野営続きだと、容器の有り難さが解るよ」

「言っているうちはまだ未熟だ」

 

 なるほど、そうかも。

 じいちゃんみたいなことを言われると、妙にすとんと受け取ってしまう。

 しかし茶碗とかが欲しいと思うのはどうしてもこう……なぁ。

 木でも切り倒して木の容器でも作ろうかと考えたが、素人がそんなことやっても成功はしないだろう。ていうか器数個のために木々破壊とかは勘弁だ。

 じゃあ石でも削って…………それこそ無理そうだ。

 

(ヤシの実でもあれば、それを刳り貫いて……あるかそんなのっ!!)

 

 溜め息ひとつ、もしゃもしゃと草を食べてる馬の世話を始めた。

 

……。

 

 夜。

 出されたものを食べる癖がついていると、案外自分で用意したものでは満足できないもので……食後だというのに少々空腹を感じた。

 もう少し入れたいなーとか思うのは……贅沢ってもんだな。

 思春なんか俺の半分くらいで足らしているし。

 よ、よし。俺ももうちょっとハングリーに生きよう。節約節約。

 この森になにも齎さない俺たちに、食べ物を提供してくれることに感謝を。

 美以との追いかけっこを思い出し、自然と一体になるつもりでの旅は続いた。

 

……。

 

 …………あれから何日か経った。

 魏の領地に入り……つまり魏入りを果たしてからしばらく。

 のんびりとした旅もそろそろ終わるという頃には、もう鍛錬も以前のように開始し、元気よく走り回っていた。まるで子供である。

 氣のほうもいい調子で、思春の氣を真似ていると不思議な感覚を味わえた。

 けど、真似しているのを見つかると怒られるので、食べられる木の実等を探している時限定だったわけだが……。

 

「そろそろ許昌だなぁ……長かったような短かったような」

「のんびりしすぎだ。もっと急いでもいいくらいだろう」

「やっ……け、けどさっ、もうちょっと、もうちょっとで魚を叩けそうだったし!」

 

 鍛錬の日が来るたび、川に入って棒を構える俺が居た。

 木刀の切っ先が腐ったらたまらないから、使ったのは木刀じゃなく木の棒だった。

 しかし結局のところ一度も成功はせず、“あと少し”はてんで縮まりはしなかった。

 何がいけないんだろうなぁ……水を真似るんじゃないのか?

 でも魚は水に生きるものだし、いっつも水に撫でられてるんだから、水が襲いかかってきても───ア。

 いや待て? 水が急にバッシャアって音を立てたら魚は逃げるだろ。

 水面下の魚に水鉄砲撃ってみろ、逃げるに決まっている。

 じゃあ……あれ? つまりそういうことなのか?

 水になるんじゃなく、ならば川になるんでもなく───“無”になる。

 それこそ、いつも思春がやっているように気配を殺して。

 

(呉で試した時も、気配を殺すつもりが自然を模してただけだったもんな……)

 

 でもそれが気配を殺すってこと───じゃないよな。

 溶け込ませているだけで、殺すのとは違う。

 ……難しいぞこれ。光が見えたと思ったら、火に飛び込むだけだった虫になった気分だ。

 

「なぁ思春? 虫の習性として、光に飛び込むのは馬鹿なのかな」

「知らん」

 

 答えは返ってこなかった。

 ……でも、そういえば思春って訊ねれば返してくれはするんだよな。

 それが答えかどうかは別にしても。

 律儀というかなんというか、大変ありがたい。

 

「ふむ」

 

 変なことを考えながら、馬で道を進む。

 ちらりと見た思春の顔は、二日酔いで苦しんでいたころの青さなど一切ない。

 あれはあれで心がほっこりしたんだが……こう、保護欲に駆られるというか。

 口にしたら怒られるどころの騒ぎじゃないが。

 

(……けど、もう少しか)

 

 国境(くにざかい)に来た時点で、俺達の到着云々の報せは許昌へ飛ばされてると思うし、案外向こうから迎えが来たりして、とかそんなことを思っていた時期が……俺にもありました。

 結局はあと少しってところまで来ていて、わかっているのは明日には到着出来るだろうってことくらいだ。二日酔いと筋肉痛で始まった帰路も、今日と明日で終了。

 それからは魏での懐かしい日々が待っている。

 

(あ……なんかじ~んってきた)

 

 頑張ろう。

 いろいろと目を瞑りたくなるような困難はあろうとも、今のこのやる気さえあれば乗り越えていける気がする。

 帰路って旅が終わろうとも、俺達の覇道は始まったばかりなのだから───!!

 


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