真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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45:魏/平穏日誌①

84/子猫の扱い方

 

 借りてきた猫は臆病である。

 稀に図々しくも走り回り布団の上で粗相をするものも居るが、大体は震えていたりする。

 

「~……」

「………」

 

 この場合は恐らく後者。

 震え、睨むどころか“苛めるのか? 孫策のように苛めるのかの……?”といった感じで見つめてきている。

 ……なんだ、この沸き上がる保護欲は。

 どんな脅し方をすれば、ここまで怯えられるのか。

 

「よしっ」

「ひうっ!?」

「あ」

 

 まずは自己紹介でもと口にした、小さな掛け声にすら盛大に怯え、ぎゅむと布団を握る袁術さん。なんか違う気がしてきた。小動物でももっと自信を持っている気がする。

 

「え、えー……まずは自己紹介からな? 俺は北郷一刀。姓が北郷で、名が一刀」

「~……」

 

 怯えてらっしゃる。

 目には涙が滲み、今にもこぼれそうだったりして……え? 俺、自己紹介で泣かれるなんて初めてなんだが……?

 まずい、泣かれるのはまずいだろ。

 

「あぁ、えっと、な? 生憎と字も真名もなくてさ。これが俺の名前なんだ。たまに誤解されるけど、教えたくないから字を言わないとかそういうんじゃないんだ」

 

 わたわたと身振り手振りで伝えるんだが、その動作にすらびくりと肩を振るわせて───だぁあーっ!! 雪蓮! 怯えさせすぎだ! 過去にいろいろと身勝手な指図をされてて恨みがあったのはわかるけど、ここまで人に怯えてるようじゃ、ストレスでどうにかなっちゃうだろ!

 ああもう考えろ……! 怯えさせず、かつ平穏に寝台を使用する方法を!

 

1:俺が机で寝る

 

2:俺が床で寝る

 

3:問答無用で布団に引きずり込んで寝る

 

4:動物的降伏ポーズで警戒を解きつつ、訴えかけてみる

 

5:ここは余の部屋ぞ! 無視して普通に寝るに決まっておろう!

 

 結論:3、4、5は却下したい。特に5。

 

 ……マテ。

 それだと俺が布団で眠れない。

 怯えさせずに平穏に寝台を使用する方法だってば。

 

1:なんとか説得して一緒に寝る

 

2:なんとか説得して床で寝てもらう

 

3:問答無用で気絶させて一緒に寝る

 

4:魏国魂に則り、力で捻じ伏せて寝台を得る

 

5:ここは余の部屋ぞ! 余の部屋を我が物顔で利用する者め! 失せるがよい!

 

 結論:3、4、5は絶対にない。特に5。

 

 ……普通に考えような。

 もう1でいいだろ。

 でもこの様子じゃあ説得も届くかどうか……。じゃあ……?

 

1:遠くからじっくりと警戒心を解く。主に食べ物で釣って

 

2:むしろ近づいて危険は無いことを教える

 

3:七乃に任されたんだと語りかけてみる

 

4:全裸になり、傷つける武器が無いことを教える

 

5:ここは余の部屋ぞ! 余の(略)

 

 結論:……だめだこれ。

 

 何が好きなのかは、そりゃあ七乃が自慢気に話していたから知っている。

 が、それで釣るだけじゃあどうにも弱い。

 蜂蜜だけ舐めて警戒は解かない可能性が高すぎる。だからといって無遠慮に近づいてしまえば、雪蓮が部屋を荒らしてしまったのと同じ結果になるに違いない。

 七乃に任されたと正直に話しても、任されたからそうするって接し方じゃあ心は開いてくれない気がするんだ。全裸は当然却下として、5は落ち着こう。

 

(だったら……あ)

 

 そうだ、鍛錬。

 いつか明命に氣の応用のことを聞いていた時に、やってみたことがあった。

 それは、氣で相手を包み込むイメージ。

 それを以って、自分には敵意がないことを教えられないだろうか。

 

(丁度自分の氣を何かに模す練習をやってたところだし、いいかもしれない)

 

 そうと決まればと、集中を開始する。

 たしか……部屋全体を自分であるようにイメージして……。

 

(相手を囲う建物。部屋。日々の象徴……)

 

 当然としてそこにあるもののように、“無”ではなく“有”として……相手を包み込む。

 

「ふゎうっ!? な、なんなのじゃ!? なん……ふ、ふくっ……えぐ───ななのぉ……七乃! 七乃ーっ!!」

 

 ……やってみたら、謎の感覚にとうとう泣き出してしまった。

 あ、あれー……? 上手くいくと思ったんだけどな。いや、それよりも泣き止ませないと───と近づいた途端、

 

「ひうっ!? ななななにをする気じゃ!? 近づくでなぃいいっ!! 妾はっ、妾はお主に何もしてないであろーっ!?」

 

 物凄い怯えられ様に、体が自然と立ち止まった。

 

(…………うん、無理)

 

 天井を仰ぎながら、笑顔でそう思った。

 警戒レベルが異常だ。

 雪蓮に華琳、他のみんなも、面白がって苛めたりしたのだろうか……。

 

「……わかった、近づかない。ただ、俺はさ、袁術。キミにひどいことをする気はないよ。それだけは───」

「どうせそれも嘘なのであろ……? 皆でよってたかって妾で遊んでおるだけなのじゃ」

「……皆が何をしたのかは知らないけどさ。約束する。誓ってもいい。ひどいことはしないし、そんなふうに怯える必要がないよう、出来るだけ守ってやる」

「…………どうせ嘘なのじゃ。そうしてお主が何を得すると言うのじゃ」

 

 ああもう……物凄く疑り深くなってるじゃないか……。

 でも、そうだな。得、得ねぇ……。

 

「得か。袁術と仲良くなれるじゃないか。理由なんて、それだけでいいんじゃないか?」

「……つまりお主は妾に仕えたいと申しておるのかの?」

「断じて違います」

「やはり嘘だったではないかーっ! いつもいつもそうなのじゃ! そうやって妾の心を弄んで! 影では笑っておるのであろ!?」

「あぁもう違う違う! まずは落ち着きなさいっ!」

「ひうぅうっ!? ゆゆゆ許してたも! 許してたもーっ!!」

「………」

 

 前略、華琳さん、雪蓮さん。

 あんたらいったいどれだけこの子のことを苛めたのさ……。

 ちょっと強めに言って近づいただけで、頭庇うようにして屈み込んじゃったぞ……?

 

「………」

 

 眉を顰めて頬をひと掻き。

 氣では依然袁術を包み込んだまま、怯えているうちに寝台の傍までを歩く。

 丁度、袁術とは寝台を挟んで向かい合うかたちになった。

 

「……袁術。いきなり……あぁ、その。語調を強めたりして悪かった……って、おかしな言葉になったような……まあいいや。でもな、袁術。本当に、俺はお前にひどいことをするためにここに居るんじゃないんだ。ここは俺の部屋で、でも袁術はここを自分の部屋にして過ごしてるって聞いた」

「~~……そ、そうか、つまり妾を追い出しに来たのじゃな……?」

「追い出さない」

「い、苛めると申すのか……?」

「苛めない」

「ならば……ならばぁあ……!」

 

 返される言葉の一つ一つに、やさしくやさしく答えていく。

 叫ぶことはせず、ゆっくりとでいいから、彼女に安堵が戻るように。

 なにせこの国、この城でずっと過ごしてきたんだ……魏国の王と将、そして呉王の性格を考えるに、苛め、はないにしても、いじくられていないとは考えにくい。

 質問の内容から言って、追い出されもしたし、ちくちくとからかわれたりもしたんだろう。それも終わりにしてやらないと。というか、もうそれをする理由もない……と思いたい。

 

「では、お主はいったい何が目的で妾に構うというのじゃ……?」

「だから、さっきも言ったじゃないか。袁術と仲良くなれる。それだけが目的だ。寝台だって使えばいい。部屋にだっていつでも来るといい。だからな、袁術」

 

 恐る恐る、頭を守っていた手をどかし、俯かせていた顔を上げて俺を見る袁術。

 そんな彼女へと寝台越しに手を差し伸べ、きちんと口に出して届ける。

 

「俺と、友達になろう?」

 

 思い出深い場所、かつてのままで置いておかれただろう部屋を荒らされた辛さっていうのはある。

 行方不明になっていた人がようやく帰れて、変わらない部屋に安堵することだってあるだろう。実際俺もそれを望んでたし。

 そういったものを荒らされ、まるで───遠くから帰郷してみれば、自分の部屋が乱雑な物置にされたような心境を味わっても、怒るよりも差し伸べたい手がある。

 

「ともだち……? 妾に仕えたいわけではなくてか……?」

「そ。立場とかそういうのを気にしないで、手を繋いで仲良くしよう」

「立場……? ……お、お主は……」

「うん?」

「……城に紛れ込んだ町人ではないのかや……? ───ひうぅっ!?」

 

 盛大にズッコケた───拍子に寝台の角に頭をぶつけ、地味に悶絶。

 その蠢く物体(俺)を見て、手を伸ばすどころか怯え始める少女が。

 頭の中に本末転倒の四文字が浮かんだ瞬間である。

 

「あ、あ、……~───すぅ……はぁ」

 

 “あのなぁ……!”と、思わず力を込めて言いそうになるのを、深呼吸で落ち着かせる。

 怯える子に怒りを持ったらいけないだろ。穏やかに、穏やかに。

 氣で包んでいるっていうのにそれを怒りの色に変えてしまえば、また泣かせてしまう。

 

「……えっとな? 俺は、この魏国で警備隊の隊長をやってて、天の御遣いとか言われてるんだ。以前、三国が集まった宴の時に華雄と戦ったんだけど……覚えてないか?」

「……? …………、……覚えておらぬの……」

(……だと思った)

 

 戸惑いの顔で言う袁術に、さすがにがっくりくる。

 遭遇して早々に“なんじゃお主は”だったもんなぁ……そりゃ、覚えてないよ。

 

「ただ……そうじゃ、“かずと”のことならば知っておるぞ……? 孫策が、“かずと”には恩があるから、そやつが三国に降れと言ったからには、もう妾が悪さをしない限りは脅しもせぬと……」

「………」

 

 そりゃあまあ、賊まがいのことを普通にやるような子供が相手なら、脅したくもなるだろうけど。ちょっとやりすぎじゃないか? 雪蓮さん。

 

「お、お主がその……一刀、かや……?」

「ああ、一応。じゃあもう一度だ。名前は北郷一刀。この魏で警備隊の隊長をやってる。字や真名って風習がない、天から来た」

 

 はい、と促してみる。

 すると、目をぱちくりとさせたあとに───あ、と口が動き、

 

「袁術……妾は袁術、字は公路じゃ。か、河南を……~……なんでも、ないのじゃ……」

「……そっか。よろしくな、袁術」

 

 ようやく名乗ってくれたことを喜びながらも、役職の話をしたことを少し後悔した。

 同じく現在の自分の立場を語ろうとした袁術が、顔を俯かせてしまったのだ。

 でも、それはちょっと違う。だから後悔は少しだけで、改めて手を差し伸べた。

 

「……? この手はなんなのじゃ……?」

「言ったろ? 立場なんて気にしないで、手を繋いで仲良くしようって。俺は袁術がどんな立場に立ってたって気にしないし、仲良くしたいって思ってるよ」

「……ぅ……」

「怖がってばかりじゃ笑えなくなるよ。俯いてたら前は見えない。だから、そんな怖さなんて隣の誰かに分けちまえ。分けて、笑ってみれば、俯く理由なんて無くなるからさ」

「…………~……う、嘘であろ! 嘘なのじゃ! 孫策の知り合いが妾に甘い筈がないのじゃ!」

 

 しかし差し伸べた手は拒絶とともに叩かれ、次の瞬間には袁術は怯えた顔になる。

 俺が寝台を回り込み彼女へと近づいたからだ。

 

「ひっ……す、すまぬのじゃっ……許してたもっ……! 叩くつもりはっ……ひくっ……七乃、七乃ぉお……!!」

 

 それだけで彼女は壁と寝台の間で縮こまり、泣き出してしまった。

 ……怯えすぎだろうって安易に思ったこと、取り消そう。

 桃香にも言ったじゃないか、“自分一人が魏国に招かれて、魏の将全員に囲まれる自分を想像してみてくれ”って。この子がここでずっと感じていたのは、そういったものだ。

 しかも七乃がああで袁術がこんな性格では、七乃に頼りきりだったのは言うまでもない。そんな頼る相手もおらず、恐怖の対象らしい雪蓮までもが遊びに来るとなれば、ここまで怯える理由もわかってしまう。

 ───でも。こうして手を叩かれ、近くに寄ったからって、叩き返す気も苛める気も最初からありはしない。

 

  ただ傍らに静かに屈み、いつか自分がそうされたように、その頭をやさしく抱いた。

 

 震える体に触れた瞬間に暴れられ、振り回された手で頬などを殴られても動じることはしないままに、涙に濡れる顔を胸に抱き、やさしくやさしく頭を撫でる。

 氣で包み込んだまま、己自身でも包み込みながら。

 

「……大丈夫、怒ってないよ。許すし、袁術が泣くことなんてない」

 

 それでも暴れる。

 自分だけだと閉じこもっていた殻に入ってきた者を追い出さんとして。

 それでも撫でる。

 だったらその殻の中にだろうと手を伸ばして繋いでやる、と……こちらも半ば意地になった子供のように、引くことをしなかった。

 ずっとそうやって、袁術が落ち着くまで敵意を混ぜない氣で包み込み、撫で続けた。

 


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