……夜にもなる頃の自室で、呻く姿がある。
他の誰でもない、俺なわけだが。
「くぅう……桂花のやつ……! 落とし穴を作る暇があるなら仕事をしろっての……!」
大体茶器はどうしたんだ茶器はっ、茶を入れるつもりだったんじゃなかったのか?
書簡ごと落下したところへわざわざやってきて、「おほほほほざまぁないわね北郷!」とか高笑いしてらっしゃった。ぜーぜーと肩で息をしながら。どれだけ急いで掘ったんだろうなぁ。
しかしながら、なんとか竹簡が折れないよう書物が潰れないよう、咄嗟に庇えたのは我ながらよくやれたが……やっぱりつついても一切得のない軍師さまだ。
まさかこんな早くに仕返しされるとは。
結局、出られたのは隊舎も鍵をかけられた後で、凪に手間をかけさせちゃったし……はぁ。
「ただの穴だっただけまだマシか。これで槍でも仕込まれてたら死んでたよ」
よくは無かったけど、ある意味ではよかった。
どうせ掘るので精一杯で、そんなものを仕掛ける余裕がなかったんだろう。
ああまあつまりは、自分の足元が見えなくなるくらいに書簡を持って歩いていた俺の不注意だったわけだ。
穴自体もそう深いものじゃなかったし、腰をしこたまうちつけた……だけ、と言いたくはないなぁ。だって痛かったし、“だけ”扱いは自分でも嫌だ。
(寝不足、体勢の悪いままでの睡眠、ここに来て腰を痛打……はぁああ……)
くそう、俺が何をした。
ただでさえ腰に負担かけた寝方をしているのに……! と、ちらりと愛しい寝台を見てみれば、こちらをじーっと見つめる袁術。
試しに「今日はそこで寝ていいか」と訊ねると、「ここは妾の閨なのじゃ!」の一言。閨は寝る部屋、寝室のことだぞーとか言って、これ以上機嫌を損ねることはしないでおこう。
いっそ風邪引いてもいいから、中庭の芝生で寝ようかなぁ。
「………」
「………」
じーっと見詰め合う。
譲れぬなにかを懸けてそうするように、互いに目を逸らすことなく。
俺はただ布団で寝たいだけなんだけどね……どうしよ、ほんと。
と、もはや日課になりつつある……というかなっているかもしれない溜め息が口から吐き出されようとしたその時。微かに耳に届く、くぎゅる~……という可愛い音。
俺は……すぅう……と顔を赤くする少女を、ただじっと見つめていた。
「晩メシにしようか?」
「わ、妾ではないぞ? 今の音は妾ではないのじゃっ」
「おや。では夕餉は要りませぬかな?」
「はぅぐっ!」
真っ赤になりながら自分の腹の虫を否定する袁術に、星の口調を真似た言葉で返す。
余計に真っ赤になりなさった袁術さまは、わたわたと身振りをしつつ何かを返そうとするのだが、もう一度腹が鳴った時点で……諦めたようだ。
「よし、じゃあ待っててくれな。すぐ持ってくるから」
「うむ……」
痛む腰を持ち上げ、部屋を出ようとする俺を見て、何処か寂しそうな顔をする。
……一人になりたくないのかなと思うわけだが、その割に近づくことを嫌うしなぁ。
っとと、俺の腹も鳴いている。早く貰って食事にしようか。
(夕暮れや 雷鳴響く 俺の腹)
こうして厨房まで歩くの、今日一日で何回目だっけ。
考えてみるが、そんなことより腰が痛い。
くそう、動けなくなったらどうしてくれる。そんな空気への悪態も心の中で言うままに、大した時間もかからずに厨房へと辿り着く……と、なんか侍女さんに“またですか”って顔をされた。
「何度もごめんな……はは……」
事情を話し、自室に食事を持ち運んで───……しっかり噛んでの食事も終了。
片付けたあとは寝るまでの時間を休憩とする。
さすがに目が疲れたから、追加の書簡は持ってきてはいない。
だからあとは本当に休むだけなわけなんだけど……
(……はぁ)
袁術に届かない程度の小ささで、溜め息を吐いた。
結論から言うと尻が痛い。だってずっと座りっぱなしだもの。
落とし穴での腰の痛みは大分引いたが、これは辛い。
もう本当に、寝台恋しき心境です。
そのくせ、袁術は布団に入って少し興奮気味に俺を見るわけで……よーするに昔話を聞かせろってことなんだろう。
もういっそ袁術が寝たら、そのまま布団に潜り込んでくれようか。
そんなことを考えてしまうくらい、寝台恋しき心境です。
寝不足の所為で余裕が無いとも言うが。
「じゃあ、今日は……わくわくするのとドキドキするのとガタガタするの、どれがいい?」
「む……? がたがたする話とはなんじゃ……?」
興奮顔を疑問に変え、こてりと首を傾げる袁術。
寝転がってるのに器用だ。
「それは言えない。選ぶことの勇気が試されるのが今なのです」
「む、むぅう……やはり一刀は意地が悪いの……」
「まあまあ。選ぶだけなんだから簡単だろ? ただし、選んだからにはきちんと聞くこと」
「うむ、一刀のお話は面白いのじゃ。聞くだけならば、その、別に構わんぞ?」
……昔話の時だけは調子がいい。
それでも許せてしまうから、まったく男ってやつは……。
「それで、どうする? わくわくやどきどきを選んでも、必ずしも興奮する内容であるとは限らないぞ?」
「むむ……妾を謀る気でいるのじゃろうが、そうはいかぬぞ? わくわくどきどきが駄目ならば、がたがたを選べばよいのじゃ!」
「おお! さすが袁術! これを選ぶとはさすがの胆力!」
「う? う……うむうむっ、そうであろそうであろっ? もっと褒めてもよいぞ?」
「それはまた今度で。じゃあガタガタ話で……“ゆめしびき”」
「……? 夢の話かの? 起きておるのに夢の話とは、なかなか趣の良さそうなものよの。やはりがたがたの話が正解だったのじゃ。これも妾の日頃の行いが良いからよの。妾の選択はいつ思い返しても見事なのじゃ~♪」
布団の中で腰に手を当てているのか、もぞもぞと動く袁術。
そんな少女の頭をやさしく撫でて、話を始めた。
「誰かさんが小さい頃、誰かさん……まあ仮に吾郎くんとして、吾郎くんは自分が寝た時に見る世界が好きでした」
「寝たときに見るものは夢であろ?」
「ああ。でもな、吾郎くんはそれを世界って呼んでいた。何故かと言うと、吾郎くんは夢の中でも自分が思うように行動出来るからだ」
「夢の中でも……それは凄いの! 妾も蜂蜜水が目の前にたっぷりと置かれる夢を見たことがあるのじゃが、何故か動けんかったことがあっての……今でもあれは悔やまれるのじゃ……」
「そ、そか」
どこまで蜂蜜水が好きなんだか……っとと、話の続きをしようか。
「で、吾郎くんは、見る夢の中でいろいろな冒険をした。夢っていうのは都合がいいのが大半だから、その気になれば冒険して英雄になることだって出来たんだ。どんな強い相手と戦うことになっても勝てて、夢の中の英雄になれた」
「おおお……そんなことが出来るなら、妾も孫策をちょちょいと捻ってやれるのにの……」
「吾郎くんはいろいろな夢を見られるように頑張った。夢っていうのは記憶の整理だって話を聞けば、見たい夢に関するものを繰り返し考えるようにして」
「そうであろうのぅ、妾も絶対にそうするのじゃ」
「ああ、俺もきっとそうすると思うけどな。でもある日、吾郎くんは泣きながら友人に泣きついた。夢が消えない、夢が離れないって、訳のわからないことを言って」
「……う、うみゅ……? よく、わからぬの……」
楽しげな雰囲気から一変、袁術は少し眉を顰める。
俺は構わず話を続けた。
「話を聞いた友人は逆に羨ましがった。けど、それ以上に、泣きながらそんな羨ましいことを懺悔するように言う吾郎くんを不思議がった。そこで……ようやく友人は“どうしたんだ”と訊ねたんだ」
「う、うむ……」
「吾郎は詳しいことは何も説明せず、家に来てくれと言った。友人はやっぱり訳がわからないままについていくと……促されるままに家に上がり、異臭を感じた」
「う、ううううむ……? な、なにがあったのじゃ?」
「初めて嗅ぐ匂い……いや、臭いに駆け出し、友人は台所に辿り着いた。そこには───」
「そこ……には……?」
「腐り、蝿がたかる、吾郎の両親だったものが落ちていた」
「ふひぃいいい!? な、ななななんっ……なっ……何故なのじゃー!」
布団の中に一気に潜り、それでもなお話を続けさせる貴女の勇気に乾杯。
「夢を見すぎたんだ。英雄になったつもりでいたそいつは、いつしか現実と夢の区別がつかなくなっていた。なんだかんだと口煩く自分を叱る親を、始末する夢を見た。……ただし、現実の中で」
「ゆゆゆっゆゆゆ夢を見るのは現実であろー!? 現実でなければなんなのじゃー!」
「結局そいつは、これも夢なんだ、醒めろ、醒めろってぶつぶつと呟きながら……夢の中でもそうして目覚めたことがあったんだろうな。一切の躊躇無く自分の命を断つことで、動かなくなった。……もちろん、夢から醒めることなんてないまま。結果はその家に住むものが居なくなっただけに終わったんだけどな」
「ひぃいいいっ!!」
「ただ、友人が時々見る昔の夢の中に……まあ昔の夢だから吾郎も出てくるんだけどな? 昔の夢のはずなのに、その吾郎がおかしなことを訊ねてくるんだってさ。“俺が死なない現実は何処ですか?”って。記憶にある当時は、“僕”って自分のことを呼んでいたはずなのに」
「うぅうう……!」
「吾郎がそんな質問をした途端に、三つの穴が空中に出てくるらしいんだ。で、それぞれを示すと……」
「し、ししっ、示すとっ……どうなるのじゃ……!?」
「左の穴を示すと吾郎はそこに入って、戻ってこなくなる。なのに夢から醒める時に、喉を締められたような声で“うそつき”って聞こえて、目覚めた自分の喉には、首を締めた手の平のあとがあるんだと。真ん中の穴を示すと、その途端に吾郎の首が切れて崩れ落ちる。実際に死んだときと同じ格好になるんだと。で、右の穴を示すと“怖いから一緒に来て”って引きずり込まれて……」
「こここっ、込まれて……!?」
「穴の中の暗闇を抜けた先で、落下するんだって。底が見えない落とし穴に落ちたみたいに、ずっとずっと。もちろん怖いから、その友人も必死に夢から醒めようとして……醒める直前、落とし穴は終わって……吾郎だけが目の前で潰れて、自分は目を覚ますんだ」
「……! ……───!」
……あ、返事もせずに震えるだけの存在になった。
「けどまあ、穴の先を見たのもその一度ずつで、一定の間隔で繰り返す昔の夢ってやつも、四回目を最後に見なくなったんだとさ。最後……昔の夢の、みんなで遊ぶ“世界”の中、どの穴も選ばずに“ここだよ”って言ってやったら、吾郎は“ただいま”って言って、消えたんだって」
「~……!! ~……!!」
「……って、もう聞いてないな」
これにてガタガタのお話、“夢死引き”はおしまい。
見下ろす布団さまが見事にガタガタ震えてらっしゃる。
さてと、じゃあ俺もそろそろ机に戻って……また悪い体勢のまま寝ますか。
「やれや───……れ?」
立ち上がろうとする俺の服が、がっしと小さな手に掴まれる。
伝って見てみれば、布団から伸びる手。袁術のものでございました。
……。
で……その後。
「………」
「………」
何が吉と転がったのか、俺は布団で寝ていた。
正しくは、袁術に引っ張り込まれたのだが。
既に灯りも落とし、暗くなった部屋に二人の息遣いだけが響いている。
寝巻き……という名のシャツ姿で、久しぶりの布団の感触を味わっているってわけだ。
「か……かずと……? 起きて……おるかや……?」
「起きてるぞ~……」
「わ、わわ、わわ妾より先に寝たら、ゆゆ許さぬぞっ……? 絶対じゃぞ……っ!?」
「わかってる、わかってるよー……」
袁術は予想通りというか、眠れずにいた。
トイレに行く時も連れ回され、寝ようとしている今もまあこんな状態だ。
右腕にしがみついて、カタカタと震えてらっしゃる。
俺はといえば、長旅にプラスした久しぶりの寝台の感触に、ようやく体を伸ばせる思いで……まどろみに包まれそうになるたびに起こされていた。ある意味生殺しである。
(……明日、そういえば鍛錬の日だけど……)
どうしようか。華琳に頼めば鍛錬をさせてもらえるだろうか。
駄目だったら駄目だったで、鍛錬できる時間を自分で作らないとな。
体をナマらせてしまっては、今まで鍛えてきた時間がもったいない。
……なんて思っていると、微かに気配を感じる。
(───……)
扉の外だ。
しかも、感じた直後に少しずつ、音を立てずに開かれていく扉。
(こんな時間に誰が……?)
生憎と陽が傾いてからは雲に覆われた空。
月の無い夜には気をつけろとはいうが……この時を狙ってきたのなら、随分と周到だ。
(……迷わず
狙いは袁術?
いや、それとも袁術がここで寝てることは知らなかった、俺が狙いの誰か?
友好的じゃないのは明らかだ。軽い悪戯目的にしては、穏やかな気配じゃない。
(誰だ、なんて馬鹿正直に声をかけたら、こっちが行動を起こす前に目的達成に走る……よな)
だから声はかけない。
寝息に似た呼吸をリズムよく繰り返し、相手の出方を───
「ねねね寝るでないっ! 妾を置いて寝るでないぃい~っ!!」
───見れませんでした。
突然の袁術の声に相手は驚いたのか、なにやら持っていたらしきものを床に落とす。
影が、落としたものに気を取られた隙を突いて掛け布団を投げ飛ばし、巻き込まれるままに倒れるそいつの動きを固め、封じる。
すぐさま袁術に灯りをつけるように指示すると、暗いのがよっぽど怖かったのか、驚きの早さで灯りは灯され……
「………」
「………」
「?」
掛け布団の下に、憎しみを込めて俺を見上げる、固められ中の桂花さんがおりました。
「あの……なにやってんの桂花サン。割とマジで」
「ふんっ、この私がそう簡単に、あんたなんかに口を割るとでも思っているの?」
「………」
ちらりと、桂花が落とした“なにか”に目を向ける。
……なんかヌメヌメした生き物がたくさん蠢いていた。
ああ、よーするにあれだ、落とし穴に仕掛けきれなかったものを、今さら追加で持ってきたと、そういうわけだ。
「……じゃあ現場はこのままに、袁術に華琳を呼んできてもらおうか」
「なっ!? ちょ、ちょっとあんたっ! ……ふんっ、呼べるものなら呼べばいいじゃない。こんな体勢じゃあ、あんたが私に手を出したって見てくださるに決まっているんだからっ!」
「へー。桂花は愛しの華琳さまが、真実を見誤るって思ってるんだ」
「そんなわけないでしょう!? 華琳さまのお美しい瞳は、千里先の真実までを見通す瞳! どんな虚言もたちどころに───た、たち、ど、ころ…………」
あ。サー……って真っ青になっていく。
「あのさ。いざ寝ようって時にナメクジだの蛙だのを自室に持ち込む理由、説ける?」
「そ、そんなものっ! “北郷が新たな手技開発をしていました”で十分よ!」
「どんな趣味に目覚めようとしてるんだよ俺は!」
「ふふふふふ……? 売り言葉に買い言葉だけど、あんたには丁度いい趣味だわ。ほら、今すぐそこでヌメヌメしながら悶えてみなさいよ、この全身粘液男っ!」
「………」
えーと、なんだ。
もういっそこのまま引きずって、すぐ傍で手本を見せてもらえないだろうか。
いや、さすがに本気ではやら…………ないぞ?
迷ってない、迷ってないから。
「あー……桂花? 俺もう今日はいろいろと響いてて疲れてるんだ。ゆっくり休ませてくれません?」
「地獄に行って休みたいなら喜んで手伝ってあげるわよ?」
「あ、結構です。じゃなくて。ほら、袁術も怯えてるじゃないか。もういいから、お願いします、ゆっくり寝かせてください」
言って、解放。桂花が落とした入れ物(入れ物?)で蠢くナメクジや蛙も、ソレから出てしまう前に拾い上げ、ハイと渡して部屋から追い出す。
当然即座に鍵をかけて、ギャースカ叫ぶのを無視して寝台へ。
そもそも鍵をかけなかったのがいけないんだ。
そんなんだから毎度毎度部屋に侵入されて……華琳にも無用心だとか、本当にノックは必要なものなのかって疑われるんだ。
さあ寝よう。布団が……明日の朝日が待っている。
「じゃ、寝ようか」
「う、うむっ、さっさと寝てしまえば怖くなどないのじゃからの!」
「そうそう」
しばらくして消えた罵声も特には気にせず、灯りを消した部屋の寝台に寝転がり、もう一度呼吸を整えた。
袁術にも“俺と呼吸を合わせてみて”と言ってみて、きゅむとしがみつかれていた腕を頭の下に回してやって、落ち着くように腕枕をしながら頭を撫でてやった。
嫌がってはいたものの、なんだかんだで怖さは紛らわすことは出来たようで、袁術は結局俺より先に寝てしまい……俺に合わせた呼吸をそのままに寝息をたてた。
(はぁ……やっと寝れ───ういぃっ!?)
それは突然の覚醒! じゃなくて、感触! いや覚醒もしちゃったけどさ!
なにやら寒気を感じて自分の胸元を見下ろしてみると……ゲゲェーッ!?
(へ、へぇっ!? ななななんでっ……!?)
……袁術が、物凄い速度でお寝惚けあそばれ、あろうことかシャツの上から人の乳首に吸い付いてっ……ってどうすりゃこんな状態になる!?
え!? なに!? 癖かなんかなのか!?
ここここらこらこらっ! 吸うんじゃないっ! 吸ったってそんなもん出ないってば!
離せっ! 離っ……待て待て! ここで強引に押し退けたりしたら、また起きてしまうだろう! 起こすのは可哀相だし、また寝るまでが大変だ! じゃあどうする!?
1:「存分に吸うがよい」───このまま吸われる
2:「俺……実は前世が乳牛でさ」───やっぱり吸われる
3:「すくすく育ちなさい……我が子よ」───むしろ聖母が如く慈しむ
4:「冷静になろう!?」───選択肢はいいからやっぱり起こす
5:「余がうぬの母である!!」───却下
結論:……第6案を創造、代用物でなんとかする。
ちうちうとシャツ越しに吸い付いてくる袁術の口に、左手の人差し指をなんとか突っ込むことで気を逸らす。案の定というかありがたいことにというか、今度は人差し指をちうちうと吸い始めることで、事なきを得るに至れた。
……しかしそれで離してくれると思っていた結果とはまたも違い、袁術は指に吸い付いたまま離れなくなってしまった。
「…………」
途中途中、口の隙間から空気が入るから、吸われすぎて破裂とかはないんだが……ふやけます、絶対に。しかしまたも妙な保護欲が滲み出て来てしまい、起こす気にも離す気にもなれず……ええい寝てしまえ、寝てしまえば楽になる。
自分にそう言い聞かせ、寝ることにした。
許可が下りれば明日は鍛錬だ。睡眠だけはきちんと取っておかないと。
長く息を吐き、そこからは袁術の呼吸に合わせて息を整え、眠りについた。
吸われる指にくすぐったさを感じながらも、意識が許すうちはゆったりと袁術の頭を撫でながら。