真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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47:魏/人には必要な“恐怖”①

87/壊すのではなく、当然のものとして受け止める勇気

 

 よく眠れた翌朝。

 久方ぶりの熟睡を経て、俺はゆっくりと目を開いた。

 途中、桂花の来訪が無ければより快眠だったってことは気にしない。

 何故なら寝台……布団で寝ることこそが大事だったのだから。

 寝ようとしているところをヌメヌメ攻撃で邪魔されて、それでも机で寝なきゃいけない状況を考えてみよう。……現状でのこれ以上の快眠がありましょうか。いや無い。

 

「………」

 

 自然にこぼれる笑み。ゆっくりと休まった体。眠気から解放された意識。

 どれをとっても快眠要素満点である。あくまで個人的に。

 上半身だけを起こし、寝てしまえば俺の腕枕なんぞ知ったことではないとばかりに、妙な体勢で寝ている袁術を見やる。

 思う存分寝ていてもらおう。

 俺はこれから鍛錬をするための許可を、華琳から得なければならないのだ。

 寝巻きという名のシャツからフランチェスカの制服に着替え、いざ華琳の自室へ。

 許しが出るとは正直思っちゃいない。何故かといえば仕事が残っているからだ。

 それを華琳が許すとは思えないからこその制服。

 最初っから胴着姿で行けば呆れと注意をプレゼントされることだろう。

 桂花や春蘭あたりなら喜ぶだろうが、俺はそれよりも鍛錬の時間が欲しい。

 

「行ってくるな」

 

 すいよすいよと眠りこける袁術に小さく声をかけて、歩を進める。 

 扉を開き、通路を歩き、厨房で水を飲み、食事を済ませてから華琳の部屋へ。

 ノックし、声をかけ、許可を得る。

 三つの段階を経て中へ進むと、中には華琳の他に、桂花と稟が。

 

「用件はわかっているわ。帰ってきた日も合わせて三日間。今日が鍛錬の日、ということね」

「ああ、わかってるなら話は早いな。三日毎の鍛錬の許可、もらってもいいか?」

「………」

 

 今日だけとは言わず、いっそ欲を張った要求をする。

 三日毎にやりたいと思うのなら、最初からその意を知ってもらわなければ交渉の意味がない。と、そんなことを思っていると、華琳が言葉を返すよりも先に桂花が口を開く。

 

「三日毎? あんた頭に虫でも湧いたの? いくら平和になったからって暇なわけじゃないのよ? それを三日毎、毎回見逃せっていうの?」

「そうしてくれると助かる。そうしてもらえないなら、自分で時間を作ってやるだけだし」

「ふん、どうせサボるための口実でしょ? あんたが鍛錬なんて、この目で見たって信じられるもんですか」

 

 ひどい言われようである。

 そりゃあ……今の自分が前までの自分を見れば、似たような意見を持ちたくなるのもよーくわかるけどさ。

 見たならそこは信じてやろう? ほんと、お願いだから。

 

「そうね。稟はどう思う?」

「はっ……一刀殿が呉、蜀で鍛錬をしていた、という話は確かに耳に届いておりますが……その」

「己が目で見るまでは信じられない?」

「は……」

「まあそうね。そのことに関しては、私だってそう思うもの」

 

 そして結局ひどい言われようだった。

 お、おい華琳~……? 呉や蜀からの報告とか受けてるのに、それはないだろ……? 報告じゃなくても、雪蓮が直接話したりとかさぁ……ほら、なぁ……?

 

「それ以上に、その三日の内に貴方がこなすべき仕事を整理しきれるかどうかよ。鍛錬を理由にやるべきことを疎かにするようなら───まあ、雪蓮も桃香も黙ってはいないでしょうね」

 

 華琳が、言葉の中に故意に間を入れる。

 その間の中で桂花と稟は何を感じたのか、ちらりと俺を……稟は少々難しい顔を、桂花は変わらず汚物を見るような目で見てくる。華琳以外を見るって行為がそこまで嫌か、桂花さん。

 

「けれどそれは呉と蜀の話。魏には魏の、貴方に与えられた役割がある以上、それをこなさない限りは許可は与えられないわね」

「そっか」

 

 下された決定は、まあ想定内のものだった。

 だから素直に頷いて、仕事に戻ろうと───「待ちなさい一刀」───したところを呼び止められる。

 

「随分とものわかりがいいけれど、貴方にとっての鍛錬とはその程度のものなのかしら?」

「こなさない限りは許可は出せないって華琳が言うなら、こなさなきゃあ許可は下りないだろ? 大事だから時間を有効に使いたいんだ。早くしないと体がナマりそうだ。というわけでもう行くな? 仕事、お互い頑張ろうなー!」

「一刀、ちょっと待ちなさ───」

 

 余計に条件を増やされるより早く逃走! よい子のみんなは絶対に真似しちゃあいけません! あとが怖いから!

 そんなわけで扉を後ろ手に閉めて、全力で部屋の前から逃げ出す!!

 華琳は恐らく稟と桂花に呼び止めるよう指示を出すだろうから、二人が扉を開く前に視界から消える! 一定以上離れてからは気配を周囲に溶け込ませて、ゆっくりと隊舎を目指し……凪に捕まった。

 訊けば華琳からの通達で、俺が来たら捕まえるよう指示があったとか。

 

(仕事が……早ェえんだな……)

 

 隊舎に入らなきゃ書簡も集められないこともあって、あっさりお縄についた。

 そして……華琳の部屋まで連衡され、人の話は最後まで聞くようにと説教。

 

「い、いやっ、けどさっ、華琳が一度言ったことを簡単に変えるとは思えないし、俺だって魏で何が起こってたかを知るのはむしろ嬉しいんだ。なら早く目を通して時間を作ったほうがいいじゃないか」

「はぁ……おかしなところで頭が固いところは相変わらずなのね。つくづく一刀だわ」

「あの……華琳? その認識の仕方、やめてほしいんだけど……」

 

 進言してみるが、じろりと俺を見る目が“うるさい”と言っていたので黙ります。

 

「あのね。私はこなさない限りは許可を出せないと言ったの。戻った日は度外するとして───凪。一刀はこの二日で、どれくらいの書簡を片付けたの?」

「はっ」

 

 我らが故郷・魏国でも、説教の際には正座を要求された俺は、口にチャックをしたままことの成り行きを見守った。

 凪は俺が書簡を戻しに行った時にでも確認したのか、確認するように言われていたのか、その正確なる数を華琳に伝えていく。

 その話を聞いて驚いたのは、桂花と稟だった。

 

「その数をこの二日で!? この男が!? 何かの間違いよ!」

 

 しかも本人の目の前でキッパリと苦労を否定された。

 いや、楽しめたから苦労とは言えないかもだが……そりゃないだろ軍師さん。

 

「私も……些か、いえ……正直信じられません」

 

 稟まで!? 桂花だけならまだしも、稟まで!?

 ……う、うん、まあ……いろいろサボってたから、そう思われても仕方ない……のか?

 

「一刀。鍛錬をし、体を休める時間が三日として、その間に仕事は確実に進められる? 鍛錬の翌日が街の警備に当たる日だとしても、怠ける結果にはならないと誓えるのかしら?」

「……腕折られたり、五虎大将軍と戦うハメにならなきゃ、まず大丈夫」

 

 わかってて訊いてますって顔の華琳の質問に、動けなくなった時のことを思い出しつつ言葉を返す。とはいっても腕を折ったあとは呉を離れたから、仕事自体はなかったし……蜀で五虎将との強制模擬戦をした時あとは、筋肉痛で動きづらくなったあとに恋に吹き飛ばされて……うん、蜀を発ったから、城での鍛錬はしていない。五虎将だけじゃなく、猪々子にも大剣振り回されながら追い掛け回されたな、そういえば。

 それを考えれば証明にはならないかもだが、通常の鍛錬のあとに仕事を休むってことは、まずしてこなかったはずだ。

 

「将と戦って証明なさいとか言われなければ、明日も通常通り仕事は出来るよ」

「………」

「あの、華琳さん? なんですかそのチッて顔」

 

 大方、また春蘭あたりをぶつける算段をしてたんだろう。

 なんだかんだで俺との模擬戦経験が多いのって春蘭だよ……な? べつにそうしたかったわけでもないのに。

 思い出しただけで冷や汗が出る。何度死ぬかと思ったことか。

 

「なんでもないわよ。……いいわ、ここでどうのこうのと言ったところで始まらないもの。とりあえず───ふふっ、そうね。鍛錬の許可を出してあげる」

「ほんとかっ!? ───で、条件は?」

 

 意外や、許可はあっさりと下りた……が、途中に挟まれた笑みが気にかかり、喜び半分に訊き返す。だって相手は華琳だし、絶対にタダじゃない。

 

「……一刀? 喜びも半端に訊き返されると、見透かされているようで面白くないのだけれど?」

「正座しながら待ってる男をからかって楽しまないでくれよ……」

 

 床に直接だから足が痛い……なんてことはない。むしろ道場でもずっとそうだったから慣れてはいるが、女性四人に見られながらの正座ってのもさ、ほら……今さらですね、はい。

 

「はぁ……仕事と鍛錬の両立を証明しなさい。今日を終え、次の鍛錬の日までに確認するべき書簡を片付けること。さらにその過程で別件を頼まれようとも、己の仕事を言い訳にせず手伝うこと。これを守れるのなら、鍛錬に関して何も言わないことを約束するわ」

「華琳さまっ!? それはこの男に三日毎の堕落した日を提供するようなものでは……!」

「あら。桂花は一刀がやり遂げると、そう信じているのかしら?」

「なっ……そんなことはあり得ませんっ!! 誰がこんな男を!」

 

 はいはい、人を指差してまでこんな男呼ばわりしない。

 けど……あの量をあと三日で? 出来ないこともないだろうけど、別件を断ることは出来ないとくる。許可を出す側にすれば随分な譲歩だろうが、それでもこなすとなると……むむむ。

 

「それで? 出来るの? 出来ないの?」

「……わかった。三日で、いいんだな?」

「ええそうよ。いつかのように期限を延ばしたりはしないから、せいぜい頑張ることね」

「やれやれ……手厳しいなぁ」

 

 “いつかのように”って……さっきの笑みの正体はそれか。

 警備隊長になるきっかけもあれだったようなものだしなぁ。計画実行の根回しによる恐怖と、それら全ての責任を負う覚悟を決めたのも、大体はあそこらへんか。

 ……本当に、随分と懐かしく思う。

 

「じゃあ、いいのか?」

「守る自信があるのならね。守れなければ鍛錬は禁止とし、迷惑をかけた分は警備隊の者達にもそれなりの対応をすること。警備隊以外の者にも迷惑をかけることにもなるのだから、そちらの対応もね。もちろん罰も考えておくわ」

「……守れなかった時の条件が厳しすぎないか?」

「三日毎に、やりたいことをさせる日を設けさせろという進言よ? そんなものが生温い条件の下に手に入るのなら、私が欲しいくらいなのだけれど?」

「ア、アー……ソウデスヨネィ……?」

 

 微妙にエセ外国人風の口調になって、返事をした。

 俺……他国じゃあ優遇されてたんだなぁ。ありがとう、雪蓮、桃香。

 そして華琳さん? 別件頼まれても断れない状況ののち、失敗に終われば罰がたっぷりな結果が待っているのは果たして……他の者への迷惑に繋がるのでしょうか。

 ……いやいや、もう頑張るしかないじゃないか。条件呑んじゃったんだし。

 

「よしっ、じゃあ早速鍛錬に行くな? 城壁使うけど、いいかな」

「そんなもの、貴方が兵に声をかけなさい。そこまで私がやる必要はないでしょう?」

「む。そりゃそうだ。じゃあ───」

 

 ちらりと凪を見る。

 そういえば、氣の飛ばし方……訊こうって思ってたんだよな。

 でも凪にも仕事はあるし、むしろ俺が復帰出来ていない分は……真桜や沙和じゃなく凪が背負ってるんだろうし……ここで誘うのは結構残酷だよな?

 

「うん。それじゃあ中庭と城壁の上、使わせてもらうな。うるさかったらごめん」

 

 誘いたかったけど、それは仕事にきちんと復帰出来てからにしよう。

 その覚悟を決め、立ち上がって部屋の外へと出るなり思春を探した。

 呉では明命、蜀では鈴々と城壁を走り回るのに慣れてしまい、一人で走るのもなぁと思ったから、なんだが───

 

「……桂花、稟、凪。今の内に一刀に手伝わせる仕事を考えておきなさい」

『……はっ』

 

 部屋を出るなり思春思春と声を大にしたのは、失敗だったなぁと思うのは……しばらくあとのことだった。

 

……。

 

 それからしばらくして、中庭で準備運動をする俺と思春。

 やっぱりなんだかんだで一緒に居る時間が長かった所為か、鍛錬の時に隣に思春が居ると落ち着いたりする。時間と慣れって偉大だ。

 もちろん着衣は胴着。

 鍛錬といったらこれでしょう。

 

「城壁の上を延々と走ると聞いていたけれど、本気?」

「本気本気、華琳もやるか?」

 

 本日も晴天。

 どうのこうの言いながら、やっぱり自分の目で見なければ信じられないという華琳も中庭に立ち、綺麗な青空の下で体をほぐす俺を珍しそうに見ていた。

 

「冗談でしょう? 確かに今日は湯船の用意をさせているから、丁度いいといえばいいけど。そんな気分じゃないわよ」

「そうか? 慣れると楽しくなるんだけどな」

 

 延々と走るだけとはいえ、競う相手が居ると特に。

 今日こそは思春に……勝てるといいなぁ。

 鈴々にはなんとか勝てたから、次の目標は思春と明命に走りで勝つこと。

 ……とてもとても難しそうだ。

 

「ところで華琳こそ、仕事はいいのか?」

「あら、隙あらば私に説教でもするつもり? 生憎だけど、私がしなければいけないことなんて、とうに終わっているわ。まあ当然、“次”が届くまでの束の間ではあるけれど」

「……王は大変だなぁ。どっかの、自分の好きな時に他国に遊びに行く王様にも見習ってほしいよ」

「無理ね」

「即答!?」

 

 雪蓮さん、言われてますよ。俺も言ったようなもんだけど。

 ……っと、準備運動終了っと。

 

「あ、そういえば桂花や稟は? 凪は持ち場に戻ったんだとしても」

「仕事を探しに行ったわ。そんなことはいいからさっさと始めなさい。私はここで、貴方に下す罰を考えておくから」

「集中出来なくなるようなこと言わないでほしいんだけどっ!?」

 

 罰を下すこと前提か……いやそもそも桂花と稟が探してる仕事って、もしかして次の鍛錬までの三日間の内に、俺に頼む仕事……とか? いっ……意地が悪いにもほどがある! でも断らずに受けることって条件呑んじゃったよ俺!

 たはー……と額に手を当てて項垂れる俺を見た華琳が、やけにしてやったり顔をしてました。つまりはそういうことだったんだろう。

 くそう、こうなったら意地でも乗り越えてやる……!

 

「……華琳? やっぱり一緒にやらないか? 机にかじりついてばっかりじゃあ───」

「やらないわよ」

「そ、そか」

 

 それはそれとして、一緒にやれたら楽しいかなーと思ったんだが。

 宅の魏王さまは適当な木の下までを歩くとその幹に腰掛け、誘いに乗ろうとはしなかった。仕方ない、いつも通り思春とやろう。

 

「じゃ、いいか?」

「いつでも構わん」

 

 訊いてみれば頷く思春と一緒に城壁の上へ。

 そこから、中庭で俺達を見上げる華琳に一度手を振ってから───走り出した。

 

……。

 

 十数分後、体も十二分に温まったところで中庭に下りる。

 いい汗かいた~とばかりに歩き、華琳が座っている木の傍らにあるバッグ───その隣の竹刀袋を持ち上げると、そこから木刀を取り出して竹刀袋を置く。

 ちらりと華琳を見ると…………信じられないものを見る目が、俺を見ていた。

 

「……? 華琳? 華琳~?」

 

 しかも固まったままだ。

 一応右へ左へと動いてみると、そこへと視線も顔も向けられるんだが……言葉が出ないらしい。そんな華琳の目の前で、ひらひらと手を振るってみる。

 

「はっ」

 

 と、ようやくその目が、むしろ意識が、俺を捉えた。

 

「……どうかしたのか?」

 

 体調でも悪いのかと訊ねてみるが、そんなことはないらしい。

 むしろ俺がおかしいんじゃないかと訊ね返される始末だ。

 

「いやいや普通普通。これも鍛錬の賜物ってやつだな。氣を教えてくれた凪に感謝感謝だ」

 

 お陰で随分と“出来ること”が増えたんだから、感謝してもし足りないくらいだ。

 言いながらうんうんと頷く俺……汗は大量に出ているくせに、息は乱していない俺を見て、華琳は一言だけ訊ねた。

 

「……鍛錬ってそういうもの?」

 

 と。

 目を伏せ、溜め息と同時に吐かれた呆れ混ざりの質問だった。

 

「改めて訊かれると、確かにちょっと引っかかるところはあるものの……まあ、出来なかったことが出来るようになるって意味では合ってるんじゃないか?」

 

 実際こうして、体を動かす喜びを得た馬鹿者も居るわけだし。

 三日毎に体を動かさないと、こう……体がむずむずしてくる。鍛錬中毒者にでもなった気分だよ、本当に。

 

「そんなわけで、やっぱり一緒に───」

「はぁ……やらないわよ」

 

 きっぱり言われた。

 ごめんなさい、王様が混ざれば自然と公認にならないだろうか~とか、そんないけないことを少しだけ考えました。

 もちろん出された課題はきちんとこなす気だった。それは曲げない。

 

「仕方ないか。───よしっ、思春~、こっちの準備は出来たぞー」

 

 勧誘には応じませんな華琳に軽く言葉を返して、そこから離れた場所までを歩く中で思春に呼びかける。

 思春も既に準備が整っていたのか、模擬刀を手に俺が向かう場までを歩いた。

 そこからはいつもの如くだ。

 華琳の手前か模擬刀を使ってくれる思春に感謝しながら、しかし立ち向かうからには全力で。小細工無しのぶつかり合いをしてゆく。

 鈴々ほど一撃の重さはないものの、回転が速い。

 衝撃に吹き飛ばされることなく対応は出来るけど……一息ついて速度を緩めた瞬間、首が飛ぶイメージが簡単に出来てしまうから緩められない。

 ……それに、あくまで鈴々ほどの一撃の重さがないだけであって、普通の女性の一撃と比べるには少々、いや……かなり重い、重すぎる。

 これ、鈴々で慣れてなかったら数撃でアウトだったって絶対。

 鈴々の回転速度も異常だったけど、思春の場合は攻撃のほぼが次の攻撃への複線になってて切り返しにくいったらヒィイ掠った! 今掠った! 髪の毛削ってった!

 

「っ……せいっ!」

 

 受けてばかりじゃなく返してみるが、あっさりと逸らされて思春自身の次撃へと利用される。それをくらわないために腕に氣を集めて強引に戻し、振るわれた一撃をなんとか木刀で受け止めて……ってダメッ! 続かないっ! 氣を全身に戻すよりも思春が次撃を振るうほうが速い!

 

「だったら逃げ、あだぁっ!?」

「───!」

 

 これまた強引に体を逸らし、振るわれる模擬刀の軌道上から逃げたんだが……肩が逃げ切れなかった。幸いにも振るわれる方向と逸らす方向が同じだったために、激痛が走るなんてことはなかったものの……逆側に逸らしてたら、下手すりゃ砕けてたんじゃないだろうか。

 

「~っ……ちぢっ、いっ……いーっ、いひぃーっ……!!」

 

 そしてごめん、激痛がないっていうのは嘘になった。痛みが後から追ってきた。素直に痛い、大激痛……!

 避けが成功するのと同時に距離を取ったものの、痛くて次を仕掛けられないでいた。

 もちろん、思春の動きに対して注意は払ったままに。

 

「……間に合うとは思わなかったが」

「間に合わなかったらこれくらいじゃ済まないんですけど!?」

 

 何故か少しだけ嬉しそうに見えた思春を前に、痛みを我慢しながら木刀を構え直す。

 大丈夫、大丈夫……集中、集中……!

 痛みは氣で紛らわせつつ治めるとして、既に引き締まった表情の思春の目を見て、まだ終わっていない鍛錬に身を投げる覚悟を。

 

「……小細工で来るか?」

「ああ……そうしないと全然相手になれないってわかってるから」

 

 痛みで乱れた呼吸を整えて、準備も覚悟も完了させる。

 そうしてから気を引き締めて、ひと呼吸のあとに地面を蹴り弾いての疾駆。

 今まで少しずつ育ててきた氣や体、雪蓮のイメージに対して振るう全力を、思春にぶつける。雪蓮のイメージを相手にする際、なによりも必要なのは気迫だ。降参しても追い詰められ、恐怖に竦むイメージをなんとか飲み込むための、気迫。

 それらを目の前の彼女にぶつけ、体が動く限りの本気を以って───!


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