真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷(ぜろくろ)

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47:魏/人には必要な“恐怖”②

 そう、本気だ。本気を以って───……負けました。

 

「う、うぇっ……げほっ! ごっほげほっ! おっ……ぅ、ぉぅえっ……~……ぶはっ、は、はっ……」

 

 動きすぎ、氣の使いすぎ、体に無茶させすぎ。

 それら全てが合わさる頃、俺は中庭に大の字で倒れ、咳き込んでいた。

 

(しっ……死ぬ気で戦うって……こんな感じ……なんだろうかっ……!!)

 

 頭の中のことでさえ纏まらない。

 口で息をすると咳き込み、しかし鼻で吸うには酸素が足らない。

 だから口でするんだが、咳き込むことでさらに酸素を逃がしてしまう。

 さらに深く咳き込みすぎて、吐きそうになってそれをなんとか押さえると、もう涙は滲むわ結局苦しいわ。

 軽い呼吸困難というやつである。

 “立ち回りの危うさは少しも改善されておりません”なんて言われたことを、自分が思っていたよりも気にしていたらしい俺は、死に物狂いで思春に勝ちにいってみたんだが……だめだなぁ、勝てない。

 蒲公英みたいに油断したりしてくれることもなく、鈴々のようにくすぐれる相手でもないわけで……これならどうだ、だったらこれだ、これなら、今こそ、好機と思う全てに連撃を投じてみても、全部空回りに終わった。

 思春も案外雪蓮と同じなのかもなー……いつか雪蓮にやったみたいに攻撃を加速させてみたんだが、やっぱりギリギリで避けられて……そこからはもう思春も目の色変えて……とっても怖かったです。

 

「は……は……、っ……~……はぁ……はっ……はひっ………あー………は、はぁ……はぁっ……~っ、……はぁああ……」

 

 どれくらい倒れていたのか、ようやく呼吸が安定してくれる頃には、思春は涼しげな顔で俺を見下ろしていた。これが差ってやつだろうか。

 俺もなんとか体を起こすと腰を抜かしたみたいな格好で、思春を見た。

 立ち上がるのに手を貸してくれるほど、慣れ合っているわけでもない。

 なので、一人でガタガタブルブルと震えながらなんとか立つと、立ち上がるまでを待っていてくれた彼女は何を言うでもなく、静かに弓を渡してくれた。

 どこから借りてきたんだろうな~ってくらいの手際の良さだ。そしてありがたい。

 

「ありがと、思春。すぅうう……はぁあ…………すぅう…………はぁああ…………」

 

 感謝を口に、呼吸が完全に整うまで深呼吸を繰り返す。

 そして、いざ───という時。

 

「……か、一刀?」

 

 華琳に呼び止められた。

 今の今まで、何も口に出してこなかったっていうのに……なにかあったんだろうか。

 

「すぅ……はぁ…………ん、どうかしたか?」

「どうかした、じゃないでしょう……貴方、こんな鍛錬を呉でも蜀でも続けていたの?」

「そうだけど……あれ? なにかおかしいか?」

「……あのね。今の言葉を聞けば、耳にした誰もがおかしいと返すわよ」

「………?」

「………」

 

 え? そうなの? と、ちらりと思春を見れば、こくりと頷く思春さん。

 

「思春まで!?」

 

 そんな……! ずっと付き合ってくれてたのに……! って、まあ普通に考えればおかしいのは確かだよなぁ。

 呉や蜀の兵も、うへぇ……って感じで見ていた気がするし。

 

「大丈夫大丈夫、もう体のほうも大分慣れてくれたから。それにこんなので音を上げてたら、五虎将と戦ったあの日のことなんてそれこそ地獄だ。もちろん次の日もだけど」

「………」

 

 あ。なんか今、的外れなことを言い出した春蘭を見る目で見られた。

 ……エ? それはあの、喜ぶべきところでしょーか。はたまた……いやいい、言わないでくれ。想像はつくから。

 

「……えと……」

「………」

「……一緒にやる?」

「やるわけがないでしょうっ!?」

「ごめんなさいっ!?」

 

 怒鳴られてしまった。かなりの本気声で。

 思わず反射的に身を竦め、謝ってしまうほど迫力……まさに国宝級である。

 

「だ、大丈夫だって、これからやるのは弓術の鍛錬だし。さっきみたいに死ぬ気で戦うこととかはもうしないから」

「次がそうでもその前が異常だと……! ───~……はぁ、いいわ」

 

 そしてまた、的外れを突っ走りきった春蘭へ向ける目のまま、溜め息を吐かれた。

 ……なんだろう、季衣なら喜びそうなのに、なにか大切なものを失った気がする。

 奇妙な喪失感に包まれる俺を見て、華琳も何か思うところがあったのか怒気を治めてはくれた。俺が持つ弓をチラリと見るその目は、いつしか怒気ではなく意外なものを見る目に変わっていたのだ。

 

「弓術……そういえば報告にもあったけれど。一刀、貴方弓なんて使えたの?」

「あ……いや、これが全然。何度か教えてもらったんだけど、真っ直ぐ飛んでくれないんだよな。……すぅう───んっ!」

 

 言いつつ、ビシィッと気を引き締めると同時に姿勢を正し、

 

「───……シッ!!」

 

 矢とともに弦を引くことに一切の迷いも混ぜずに構え、放つ。

 しかしながら狙った場所へは飛ばず、地面にザコッと音を立てて埋まる矢。

 

「とまあ、こんな感じ。狙ったところに全然飛んでくれないんだ。……これでもマシになったほうなんだって言ったら信じるか?」

「………………」

「……? あ、えっと? か、華琳? 華琳~……?」

 

 気を引き締め、姿勢を正したままにした質問は返ってこなかった。

 何事かと姿勢を崩していつもの調子で話し掛けてみるんだが……ここでようやくハッとした様子で俺を見て───

 

「え、あっ……そ、そうね。真っ直ぐどころか地面に放っては意味がないわね」

「……だよなぁ」

 

 少し狼狽えながらも言ってくれた言葉に、どうしたもんかなぁと返して頬を掻く。

 

「蜀では紫苑に教えてもらってたんだけどさ。不器用とかそーゆーレベルじゃないだろってくらい、物覚えの悪い生徒で通ってた。狙った的に“実力で”的中させたことが一度もないくらいだ」

 

 はい陛下、肉体労働は慣れてきたけど飛び道具は苦手です。

 なんてヘンなことを言ってないで、少しでも技術をあげないとな。

 凪にはいつか、効率のいい氣弾の飛ばし方を教えてもらうとして……秋蘭、弓術教えてくれたりするかな。祭さんにあんなことを言った手前、教えてもらえなかったら次に祭さんに会った時が怖い。

 大見得を切るどころか、大見得を八つ裂きにしてしまう結果になりかねない。

 それはとても危険だ。危険だから……頑張ろう。それこそ必死で。

 ゴクリと勝手に息を飲む喉、かきたくもないのに勝手に背中を伝う冷や汗。

 帰って早々、やることがありすぎて潰れてしまいそうな自分に、軽く眩暈を覚えたのが……こんな時であった。

 受け容れたのが自分だから、今さらぶつくさ言っても始まらない。わかってる、北郷わかってる。わかってるんだけどホラ、思わずにはいられないのが人間っていうかさ。

 

「………」

 

 そして、特になにも仰らない華琳を前に、俺はどうすればいいのだろう。

 少し様子がおかしいし、まさか無視して続行ってわけには……

 

「貸しなさい」

「へ? あ───」

 

 華琳が俺の手から弓を抜き取り、最初から整っている立ち方をさらに整えて、俺に矢を渡すように目で語りかけてきて───って待った待った!

 

「弓引く前にこれ。弓懸けつけないと指痛めるぞ」

「必要ないわよ、一度やるだけだもの、って、一刀っ? ちょっとっ!」

「一度だろうと駄目なものは駄目だ。俺が使ってたので悪いけど、とにかくつけるっ」

 

 弓懸けを外して華琳の右手に装着。

 なんだか随分抵抗されたけど、これで……サイズが合ってないな。

 ああっ、なんかジロリと睨まれてるっ!

 

「う……すまん。ちょっと大きいか……でも無いよりはマシだろ? 何もつけずにやって、指でも擦り切れたら春蘭と桂花に俺が殺される。それに……俺だって嫌だぞ、そんなのは」

「…………そ、そう。わかったわよ、そこまで言うならこのままやるわ」

 

 渋々弓懸けをつけたままで、やってくれることになった。

 当然俺はその事実に喜びを表しながら、華琳に鏃を潰した矢を持たせ、見守った。

 大概なんでも出来る華琳さまだ、華麗に決めるんだろうな~と見ていたら……

 

「───ふっ! ……、……まあまあね」

 

 予想通り、俺が狙っていた木に見事突き刺してみせた。

 ここまで予想通りだと逆に清々しい。

 

「すごいな……弓も出来るのか」

「当然でしょう? あらゆるものを興じてこその覇王よ。王は“様々”を知り、“一点を極める”は将に任せればいい。何も出来ない者は位や血筋でしか王にはなれないし、そもそもそんな王の下には、そんな王を利用しようと企む者しか集わないわよ」

「そうか? 位や血筋だろうと、人格で王になれるやつだって居るだろ。あとはその人が努力して、血筋や位以外に誇れるものを得ればいい」

「簡単に言うわね。人が変わるのはそう簡単なことではないのよ? 乱世の頃で唱えるのなら、あんな荒んだ頃にあんな性格をしていた桃香こそがどうかしていたの。位や血筋を持った者なら余計にね。それでも一刀? 貴方はそんな変化を望めるのかしら?」

 

 弓をスッと差し出す華琳と、それを受け取る俺。

 目は互いの目を見たままに、同じく華琳から渡された弓懸けをつけて弦を引き絞る。

 放った矢は……見当違いの方向へと飛んだ。

 

「自分じゃ変われないなら変えてくれる誰かが傍に居ればいいんじゃないか? 王が様々を知る者なら、その広く浅くの先を知る誰かが“その先はこうである”って教えられれば、少しずつ変わっていくって。ていうか華琳、わかってて訊くのはやめてほしいんだけど」

 

 返事を返す前から、どこか笑みを含んだ顔だった華琳。

 だから指摘してみれば、笑みを含むどころか小さく笑ってみせた。

 

「わかっていても訊くことに意味があるのよ。相手にさらに理解させ、口にし、耳で聞くことでその者の意思を確信に届かせる。知らない間に自分が変えられていたって、随分かかって理解する者だって居るんだもの。どれだけの慧眼や知識を持っていようと、確信っていうものは必要なのよ。国が国として、そうであるためにはね」

「そんなもんか?」

「ええ、“そんなもん”よ」

 

 まるで“貴方がそうさせたんじゃない。責任とれ、このばか”って言われてるみたいだ。

 ただそんな気がしただけで、華琳は変わらず穏やかな笑みを見せているだけ。しかしそんな穏やかな笑みを急に変化させると、俺に軽い弓術のレクチャーをしてくれる。

 立ち方、姿勢はそれでいいから、当てることから意識を外しなさいと。

 つまり“飛ばすことから始めなさい”ってことらしい。

 

「えと……姿勢はこのままでいいんだよな?」

 

 ならば早速と、弦を引き絞る。

 しかしながら目の前に華琳が居ることで、妙に意識してしまっているのか……姿勢が安定しない。授業参観で親を意識する子供のようだ。連想してみたら顔が熱くなったのは内緒。桂花が居たら変態呼ばわり一直線だろう。

 ……顔が赤いだけで変態って。でも、授業参観か。もし子供が産まれたりして、その子を学校に行かせたら…………

 

「一刀。鼻の下が伸びてるわよ」

「イエチガウンデスヨ!? おかしなことじゃなくて、先のことなんかをっ……! って違うやっぱりなんでもない! 忘れて! 忘れてくれ!」

 

 俺は確かに見たんだ……ジト目が少しずつ黒い笑みに変わるのを。

 だから忘れてくれと言った……のだが、聞いてくれるはずもなく。

 もし子供が出来たら~ってところから始まる赤裸々未来予想図を、華琳さまの気が済むまで延々と語らされ続けた。

 

「くぅ……! 穴があったら入りたい……っ!」

「おかしなことを考えているからそうなるの。いいから次を(つが)えなさい」

(そういう自分だって顔赤いくせに……)

 

 いやぁ、しかし子供か。

 もし華琳との間に子供が出来たら、やっぱりその子は曹丕になるんだろうか。あ、いや、曹丕は本来側室の卞氏(べんし)の子なんだっけ? となると、もし産まれたとして、名前は曹昂になるのだろうか、曹丕になるのだろうか。

 ……重要なのはもっと別で、“男だろうか女だろうか”か。あとは……俺のことはどう呼んでくれるだろうか、とか。

 やっぱり父上とか? それとも……ううむ、ととさまとも呼ばれてみたいな。

 華琳の子だからきっと……ああいやいや、理想を突きつけすぎるのは酷だな。でも我が子ならば可愛い! そうに違いない!

 

(……なんだろう。子供が出来たら、間違い無く親馬鹿になりそうな自分が居る)

 

 それはそれとして矢を放つ。

 安定しないソレは茂みに刺さり、見事に華琳に溜め息を吐かせた。

 

「一刀、次を番えて待ちなさい」

「ん? お、りょーかい」

 

 矢を弦に番い、引き絞る。

 と、その後ろから華琳が……あの、何故背中に抱きつくんでしょうか。

 

「か、華琳っ? いったいなにをっ……!」

「……一刀、今すぐ縮みなさい」

「無茶言わんでくださいっ!?」

 

 どうやら背中から的の狙い方などを教えてくれるつもりだったらしいが、どうにもいろいろと足りなかったらしい。何がとは言えない。

 

「正面からは無理か?」

「それだと私の感覚が伝えられないじゃない」

「む……ごもっとも」

 

 言いながらに向き直って、華琳とともにとほーと溜め息。

 桃香相手に教える立場に立ってみたからわかる。自分が教えられるのは、あくまで自分が経験したものだけだ。

 だから自分の感覚が逆になってしまえば、それは正確じゃない。

 じゃあ……?

 

「華琳、今すぐ成長してくれあだぁっ!?」

 

 軽口を返してみた途端、弁慶に走る衝撃! その正体は簡易式踵落(かかとお)とし! 背後から抱き着いたまま、器用に狙ってくるよこの覇王様……! 泣くっ……! 俺の泣き所が大号泣!

 

「弓を構えたまま死にたくなったの? 是非と謳えるならば考えなくもないけれど」

「お、俺には縮めって言ったじゃないかっ……! ったたたた……!」

「へえ? じゃあ私を蹴るというのかしら?」

「…………蹴っていいの?」

「いいわよ? 命の保障はしないけど」

 

 わかってて訊くんじゃないわよ、なんて顔をしている。

 訊くことに意味があるって言葉を実行に移してみただけなんだが……この言葉、そっくりそのままお見舞いしてくれようか。

 ……また弁慶を泣かせてしまいそうだから、やめておこう。

 

「王ってのも大変だな」

「? 急になんのことよ」

「いや、なんでもない。ところで華琳、一度腕を逆にして射ってみてくれないか? それが上手くいけば、俺にも余裕で教えられると思うんだ」

「……一刀。いつから私に教わることが前提になったのよ」

「───……あれ?」

 

 そういえばそうだった。

 当の華琳ももはや教える気もないのか、とことこと木の幹までを歩くと座り込んでしまった。……残念、もう少し話を───いやいやいやいや違う違う! もう少し話していたかったとか、そんなことないってば! 鍛錬鍛錬! 集中しろ俺!

 恋する乙女はいいんだってば!

 

「よし……弓、弓だ」

 

 とりあえず体に弓を持つ感覚と放つ感覚を覚えさせようか。

 イメージとしては……えーと……

 

……。

 

 結局一度も狙った場所への的中を出せないまま、指が赤くなる前にやめた。

 やめたなら、次は氣の鍛錬。

 それが終わるとイメージトレーニングをして、雪蓮のイメージと全力で戦う。

 ……で、あっさり負ける。

 何度試してみても越えることは出来なくて、自分の頭の中にゲンコツを食らわせてやりたくなった。脳が潰れるだけだろうけど、そう思ってしまった。

 

「………」

 

 頬を掻く。

 尻餅をついた格好のままに呼吸を整えると、もう一度立ってイメージに向かう。

 それでも勝てず、叩きのめされ───強くなろうという意欲さえ、叩き折られ続けている気持ち悪さと出会う。

 

「───、───」

 

 途中、誰かに何かを言われた気がした。

 よくわからない。

 立たなければ───立って立ち向かわなければ嘘だって意識を杖に立ち上がって、また戦い、負ける。

 

「…………、……」

 

 酸素が足りない。

 しっかりと呼吸をするのに、頭がまともに働いてくれるほど肺に届いていない気がする。

 ……なんでこんなに必死になってるんだっけ。小細工をしなきゃ勝てない自分が悔しいから? それとも、こんなに頑張ってるのに勝てない自分が情けないから?

 わからない。わからないからイメージと戦う。

 努力が実らないことが嫌で、上手く考えられない頭のままに考えて、戦う。

 頭は働かないくせにイメージばっかり鮮明で、崩れてもくれない、弱くなってもくれない想像の相手を前に、少しだけ泣きたくなった。

 けど、泣いたら立ち上がれなくなる気がして、そうしなかった。

 

  ……そして、また負ける。

 

 ぜ、ぜ、と息も荒く、まるで泣きすぎて呼吸困難になっているような自分。

 イメージに負けただけなのに仰向けに倒れ、空を見ていた。

 

「……、……、……」

 

 音が上手く拾えない。

 自分の呼吸がうるさくて、少しだけ苛立つ。

 止めれば自分が死ぬことくらいは今の自分でも理解できたから、それはしなかった。

 

(……、また、お前かよ)

 

 そんな鍛錬の先で、またソイツと出会う。

 うんざりとした思いが瞬時に心を支配して、疲れきっているはずの体が勝手に握り拳を作った。

 ソイツは自分の中にいつだって居る奴だ。

 弱音なんて吐きたくないのに現れるそいつは、冥琳を助けようとした時にも現れ、今も。

 

  お前なんかじゃ勝てやしない。相手は過去の英雄だぞ?

 

 息を整え、立ち向かい、負けるたびに声が聞こえた。

 心を折らせ、二度と立てなくさせたいのかと疑いたくなるくらいに、幾度も。

 

  こんな疲れる思いをしたところで誰も喜びやしない。それよりも───

 

 自分の内側の声は、ひどく保身的だった。

 それはそうだと納得は出来るものの、それを受け容れることで困難から逃げる癖がつくくらいなら、内側からの言葉なんて聞く必要は無いと思った。

 

  せっかく帰ってきたんじゃないか。もう鍛錬の範疇を越えている。無理はするな。

 

 それでも負けてしまう。

 イメージ相手なのに木刀を手から落としてしまったのは、握力が無くなってしまっているからだろうか。ふらふらになりながら落ちたそれを拾い、構えようとするが……やはり落ちる。

 そこまでして、ふと気になった。俺は何と戦っているんだろうと。

 相手は雪蓮の姿をしている。やたらと強い。

 腕を折られた、恐怖した。降参の意も受け取ってもらえない……蘇るのはトラウマって名前の恐怖だろう。

 降参しているのに振るわれる模擬刀と、親父に刺された時の冷たさ。

 戦場に居るわけでもないのに、降参って言葉で終わってくれない戦いと、刃物の冷たさを知った。

 

(……そっか)

 

 トラウマなら確かにその通りだ。

 これ……って言ったら雪蓮に悪いけど、これ……俺の恐怖の具現だ。

 守る力が欲しい。殺す必要はない。じゃあ振り下ろさなきゃ守れない時がきたら? 力である以上は振るわなければ役には立たない。じゃあ俺は振り回して脅す力が欲しい? それは絶対に違う。それが出来るなら、オヤジが盗賊まがいのことをされて攫われた時、躊躇もせずに振るっていた筈だ。

 

(………)

 

 鏃を潰してあるとはいえ、矢を的中させたらどうなる? 氣弾は?

 守るためにつけた力だ、殺すためのものじゃない。

 だから無意識に外して、無意識に次が撃てないようにしている? そんなことは無い、と思う。思いたい……のに、それから目を逸らすのが難しかった。

 

  お前にお前の恐怖は壊せない。恐怖が無ければ人は加減を覚えないからだ。

 

 ……呼吸を整えた。

 消そうとしていた心の中の声に耳を傾けながら、イメージの雪蓮を見つめたまま。

 虎のような目をした彼女の眼光を前に、恐怖に支配されそうになるのを僅かな勇気で我慢して。

 

  無理して恐怖と戦う理由がどこにある? “守る力を”って、何を何から守るんだよ。

 

 子供の屁理屈、大人の言い訳。

 いろいろな逃げ道が自分の中に、言葉として用意される。

 こう言えばみんなも頷いてくれる。こう言えば誰もお前を責めない。

 よく出来た言い訳だと思いながらも、疲れきっている自分でも───そんな言葉は笑い飛ばせた。

 

  鍛錬なんかやめて、仲良しごっこだけしてればいい。それだけでも支柱になれるだろ?

 

 そんな笑い声を無視して、ソイツは俺に甘言を投げ続ける。

 対する俺は、深呼吸を繰り返して……自分の恐怖と向き合った。

 

「……あのさ。勘違いしているようだから言うけどな───」

 

 そして、タンッと地面を蹴り───

 

「俺は、自分の恐怖を壊したいなんて……そりゃあ思ったことはあるけど、今は違う」

 

 無造作に木刀を振るった。

 それは雪蓮のイメージにあっさりと躱され、イメージは即座に反撃に転じる。

 

「ただ、打ち勝ちたいと思ってるだけだ。勝った上で、受け止めたい」

 

 そんな反撃をなんとか避けて、こちらも木刀で反撃。

 これも、あっさりと避けられた。

 

「俺は俺として華琳の傍に居るって……そう覚悟を決めたんだ。だから───」

 

 目を鋭くして、いつかのように迫る雪蓮。

 いつかの恐怖が体を支配しかけるが……

 

「恐怖を感じなくなった時点で、それはもう俺じゃないんだよ」

 

 そんな彼女の額に、デコピンをかました。

 当然、相手はイメージだから当たることもないが……───それだけで、イメージは掻き消えてしまった。

 まるでデコピンで消したようにだ。

 

  ───……

 

 たったそれだけで、頭の中のソイツの声は聞こえなくなった。

 最後に、意地の悪いことにじいちゃんみたいな笑い声だけを残して。

 その途端に体は限界を迎えたようで、立っていることすら“ごめん無理っす”ってくらいに放棄して、ゴシャアと倒れる俺の体。

 それがあんまりにも自然な動きだったために、受身なんて取れなかった。

 

「……あ、あれ?」

 

 我ながら変な声が出た。

 体を動かそうとするんだが、全然、まるで動かない。

 ……え? 氣……使い果たした?

 いや、それにしたってこの……頭の中、意識以外のどこにも力が入っていないような感覚は……こ、これが夢心地!? いや違うだろそれ!

 誰かに助けを……と、ようやく周囲に目を向けると、華琳と思春が呆れた顔で俺を見下ろしていた。

 

「あ、華琳、思春……なんか体が動かなくなったんだけど……何事?」

「何事、じゃないでしょう……。私が思春に“動けなくさせなさい”と命じただけよ」

「ホエ?」

 

 え? 何故?

 むしろ思春さん、いったいどんな方法でこうまで見事に脱力させたのですか?

 まるで力が入らないんですが?

 

「……呆れたな。気絶させるつもりでくらわせたというのに」

「いや、目は恐ろしいくらいに冴えてるけど。むしろ体だけが気絶中みたいな感じで」

 

 ……鍛錬のしすぎで、ついに悟りでも開きましたか、俺の意識。

 

「ていうか華琳? 動けなくって、どうしてだ?」

「あのままだったら貴方が死んでたからよ。鍛錬も結構だけどね、度が過ぎたものは体を滅ぼすだけよ」

「……え? 俺、普通に鍛錬してただけだよな? なんか途中から記憶が曖昧なんだけど」

『………』

 

 わあ、信じられないものを見る目だ。しかも二人して。

 

「一刀、質問に答えなさい。貴方は今、誰と戦っていたの?」

「雪蓮。呉でコテンパンにされてから、蜀でも魏に戻る中でも、ず~っと戦ってた相手なんだけどさ。いや、これが面白いくらいに勝てなくて」

「……次。どんなふうに戦っていたのか、覚えているかしら?」

「せめて一撃でも当てたいなぁと。自分に出来ることを出し惜しみせずに、諦めなきゃ試合続行だとばかりに……立てるなら突っ込むって感じで、こう……」

「で? 私が止めたことには気づいていたのかしら」

「へ? …………い、いやぁ~……と、止めてたのか?」

「…………思春、この馬鹿にとどめを刺してあげなさい」

「はっ」

「いやいやいやいやちょっと待とう!? 今体が動かないのにそんなことっ!」

 

 思春がゆらりと近づいてくる! ……怖ッ!!

 なんですかその“ようやく公認でこの馬鹿者をシメられる”って顔は!!

 ええ!? 俺ってそんなに馬鹿ですか!? ……うん、ごめん、馬鹿かも。

 

「……あまり無理をするな。それ以上意識を強めれば、体に負担をかけるだけだ」

「?」

 

 溜め息を吐きつつ、うつぶせの俺の傍らに屈む思春が、そんなことを言うんだが……意識? 負担?

 軽く疑問が浮かんだ時には氣を込めた手刀を頭に落とされ、意識も刈り取られた。

 

 ……あとで聞いたんだが、どうやら体は気絶、意識だけは氣の高ぶりで覚醒状態にあったって状態だったらしい。つまりあれだ、金縛りみたいな状況。

 負かされても気絶だけはしないようにと、氣を高ぶらせ続けてた結果なんだそうだ。

 ちなみに雪蓮のイメージと向かい合っていた時も、意識ばかりが強く前に出ていただけで、身体機能を意識が置き去りにした結果、呼吸だっておかしいし体の動きだって人のそれを越えていたため、気絶させたそうな。

 ……ああうん、死ぬね、それ……死ぬわ。気絶させてくれてありがとう、思春。ほんといっつも迷惑かけてます。




 押忍、大丈夫です。まだPCは逝っておりません。
 ただちょっと花騎士にお熱しちゃいまして……だ、だってなんとなくチョイと髪を引っ張られたような気分になって、11連ガチャやったら虹二人と金一人が来るとかテンション上がるじゃないですか! 欲しいと思ってたペポさんだったんですもの! ……もう一人はヒガンバナさんで、被ってたけど。
 ☆5以上確定チケットを団長メダルで貰って、引いてみたら虹さん来るしで、今月のあなたの運はとてもステキYO! とか言われてる気がしてテンションが上がっちゃったんです。……サフランさんで、また被ってましたけど。
 でも大丈夫、被れば被るほど虹色メダルも増えますし、装備枠も増えますし。虹色メダルが300集まったら僕……ずっと欲しかったマンリョウさんを迎えるんだ……!(……なお、誘惑に負けたらスイレンさんになる模様)
 いろいろ魅力的なお花さんがたくさんのフラワーナイトガールですが、大好きなのはオニユリさんです。好きなものを贈った時の反応とか、ログインした時に一人で角を愛でてる時とかもう……!
 個人的にいろんなものがストライクだったんだからね。仕方ないね。

 今のところPCもブッツリ切れずに安定しているっぽいので、やっぱりバックアップを取りつつ作業を続けております。
 一週間以上更新がなかったら、確実に逝ったと思ってやってください。
 ヘタすると来月以降の更新になります。今月ちょっとお金のアレがアレでして。
 ではではまた次回で。

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