真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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47:魏/人には必要な“恐怖”③

 

88/そこで取る貴方の行動

 

 思春にオトされ、自室に運ばれてしばらく。

 

「……、……」

 

 ゆっくりと深呼吸。

 次、手を動かしてみる。

 次、足、腰、胴。

 

「……完治!」

 

 思春に意識のことを説明され、華琳に説教をくらってから、自身の体に「もう大丈夫かい?」と訊ねたところ、オールグリーン。ならばなんの憂いも無しと立ち上がった。

 既に華琳も思春も退室した。ならば我を止める者などおらぬとばかりに。

 体は随分と重苦しかったが、動けないわけでもないので……ごめんなさいオールグリーンはウソです、辛いです、ギチギチと軋みます。

 しかし確かに動けないわけではないのだから、まずは着替え……の前に、風呂を借りようか。用意させているとか言ってたし、もし許されるなら。

 そんなわけで、のそりのそりと歩き、入浴の許可をもらおうと思ったのだが───ハタと思いとどまって、スンスンと自分の匂いを嗅いでみる。

 

「………」

 

 大丈夫だとは思うものの、軽く汗を拭いた上でフランチェスカの制服に着替える。

 俺が魏を離れてから一年と、さらに呉や蜀に行った月日も考えれば、新しい侍女さんとか居るかもしれない。そんな人と鉢合わせた際、俺のことを知らなければ胴着姿のクセモノが! とか言われそう。

 ならば北郷一刀=フランチェスカの制服ってことで、素早く……は無理なので、メェエキキキキ……とゆっくり着替えを終えると、ミシミシと軋む体を庇いながら……やっぱりまずは厨房へ。なにはなくとも水である。

 

「んん……ぷはっ、……はぁ」

 

 水を飲んでひと息つくと、今度は華琳の自室へ───行くはずだったんだが、少しでも書簡整理を進めておこうかなという甘い誘惑が俺を支配した。ほら、進めておけば鍛錬をするための条件とか進められるし、やっぱり汗臭さもそんな気にならないかなーとか……なので隊舎へ。

 華琳には安静にしてなさいって言われたけど、どうせ動けないなら目を通しましょう書簡の山。と、辿り着いた隊舎ではどういうわけか思春が仁王立ちしておりまして。

 

「ア、アノ、書簡ヲ」

「だめだ」

 

 たった一言を返され、たった一度の瞬きのうちに思春を見失った俺は、首に軽い衝撃を受けて気絶。

 どんなことをしてでも今日は安静にさせろとの華琳からの命だったらしく、そんなことを自室で目覚めてから聞かされた俺は、ただボーっとする時間を過ごした。

 あ、ちなみに風呂はまだ他の誰かが入っているそうです。

 

「………」

 

 ……暇! 書簡くらいいいじゃないか! 華琳のケチ! ……とは、口が裂けても言えない。むしろ言ったからこそ口が裂けそう。

 思春は伝えることだけを伝えると部屋から出ていっちゃうし、部屋には俺と袁術だけが残しで……どうしろと。

 

「袁術?」

「う……な、なんじゃ?」

 

 座り込んで丸まっていた顔をひょこりと持ち上げ、俺を見る袁術。

 そんな彼女に軽く手招きをして、寝台に乗っかってもらう。

 ……早い話が、話し相手が欲しかった。

 振り返ってみれば、鍛錬に熱中するあまり、自分のことに意識が回らなくなるなんて相当だ。ようやく魏に帰ってこれて、舞い上がってたのかなぁ……そりゃ、自分にだって自重しろとか言われるよ。

 

「今日はどんなお話をするのじゃ?」

「ん~……そうだなぁ。じゃあ───」

 

 鍛錬の疲れが重みとなって、少しずつ体を蝕んでいく頃。

 俺は寝台の上から動けなくなり、袁術は俺の隣に寝転がって、俺の口から出る作り話に終始楽しげにしていた。

 あくまで話の間は、であり……話が終わればすぐに離れる袁術さん。

 しかし猫のような目でじーっとこちらを見てきて、たまに少し視線をずらしていると、いつの間にか少しずつ近づいてきたりしていて……どこの猫だろうか、このおぜうさまは。

 

(そういえば鍛錬に集中しすぎてて気にする余裕もなかったけど、今はどのくらいの時間なんだろ)

 

 昼? ……にしては、窓から差す陽の色が……わお、もう夕方か。

 何事も夢中になると、周りが見えなくなるもんだなぁ。

 外に出たなら、隊舎に行った時にでも気づきもしようものなのに。

 まあ、仕方ない。向かう意気に対比するくらい、歩き方がゾンビっぽかったし、歩くことに集中しなきゃやってられないくらいだったし。

 なのに仕事をする意欲だけはあったんだから、人の意思っていうのはきっかけがあると変わるもんだなと思う。

 俺の場合、日本で何かをしなきゃって考えて、それを支えてくれるじいちゃんが居たから、せっかくのきっかけをおかしな方向に曲げずに済んだ例なんだろうが……普通は楽な方へ流されるよなぁ。

 で、言い訳を用意して、事ある毎に思うわけだ。人間、そう簡単には変われません、って。

 

「………」

 

 ……じいちゃん、厳しくしてくれてありがとうございました。

 そうじゃなきゃ、今でも前の頃のようにサボリ癖ばかりだったと思います。

 そ、そうだよな、集中力だって、あって困ることなんてないもんな。いいことだ、いいこと。……いいこと、だけど。

 

(はぁ……けど、鍛錬中に華琳が見ていることすら途中で忘れるほどなのはどうなんだろう)

 

 我ながらどういう集中力なんだか。

 しかもイメージトレーニング中だ。あれってほら、他人から見れば、人様の言葉を無視して一人で木刀振り回す変人だろ? さぞ異様な光景だったに違いない。

 あ、ところで穴はどこですか? あるのなら是非潜り込んで、しばらくそこに住み込みたいのですが。

 

「はぁ…………むぁ?」

 

 溜め息を吐いていると、頬に圧迫感。

 ちらりと見てみれば、やたらと真面目な顔の袁術が、俺の頬をつついていた。

 ……何事?

 気にはなったけれど、体がだるい所為で動く気になれない。

 つつかれるままに天井を眺め、少ししてから何回つつかれるかを数えだした。

 やがてそれが300回目へと辿り着かんとする時───

 

「……のう一刀?」

「ん……んー……?」

 

 つつくのをやめた袁術が、おそるおそる声をかけてくる。

 つつかれる感触に慣れてきた頃だったために、もう少しで眠れるって時だった。

 

「おぬしはほんに妾になにもせぬの……それは何故なのじゃ?」

 

 言いながら、300回目が達成される。

 何故? 何故って……

 

「友達だから」

「……友達? 妾と一刀は友達なのかや?」

「俺が勝手にそう思ってるだけだけどな。っと、じゃあ……ほい」

 

 重い体に喝を入れ、右手を差し出す。

 寝転がったままだから、ただ少しだけ持ち上げたってだけだが。

 

「袁術が嫌がることはしない。お話だって、出来る限りする。怖かったら一緒に居るし、楽しいことは出来るだけ共有したい。俺は袁術の友達になりたいんだけど、袁術はどうだ?」

「……友達になると、どうなるのじゃ?」

「ん? んー……特別何がどうなるってこともないな。ただ少しだけ、気持ちを共有したくなる……かな」

「むぅ……よくわからぬの……」

「だからいいんだよ。全部わかったら、その関係って友達どころじゃないだろうし。むしろ全部わかったら、ほっとけなくなるよ。お互いに」

 

 持ち上げていた手を、ぽてりと腕を下ろす。

 すると袁術は頬から手に意識を向け、ぺしぺしと軽く手を叩き始めた。

 

「……友達とは、叩かれても怒らぬのか?」

「軽く叩かれた程度なら……まあ。ただ、俺はどうにもいろいろと甘いらしくてさ」

 

 友人云々じゃなくても、そんな貴方がどうして曹操殿の傍に居られた~って、星に呆れられるくらいだからなぁ。

 

「ただ、自分が嫌だと思うことには素直に怒る……と思う。怒る自分があまり想像出来ないけど、たぶん怒るぞ」

「うみゅぅ……一刀の嫌なこととはなんじゃ? つまりそれさえしなければ怒られぬのであろ?」

「ははっ……故意にやられることもそりゃ怖いけど、一番怖いのは事故だろ。大丈夫、滅多なことじゃ怒ったりしないよ。そこのところはじいちゃんに叩き込まれてるし」

 

 怒る時は怒るけどね。理不尽に蹴られまくったりした時とか。

 ……あとはなんだろ。自分が怒るイメージが特に湧いてこない。

 まあ、いいか。怒らないで済むのがなによりだもんな。

 

「自分が怒ってる姿が想像出来ないし、大丈夫だって。故意に悪さしたりしなければ」

「う、うむっ、妾は一刀には何もせぬぞ? だから一刀? その……七乃が戻るまで、妾を守ってたも?」

「………」

 

 俺には、って……他には悪さをすると?

 

「………」

「?」

 

 こんな状態(HIKIKOMORI)じゃあ悪さがどうとか以前の問題か。

 今はなにやら俺の右手にすりすり触れてきてるし。こう、カイロを揉むみたいに。

 

「何から守ればいいのかわからないけど、とりあえず了解」

「おおっ、まことかっ?」

「ああ、まことまこと。ただし。あまり自分から、守ってもらわなきゃいけない状況に飛び込んだりしちゃだめだぞ?」

「うはーははははわかっておるっ! 侍女から聞いておるぞ? 一刀はこの魏にはなくてはならぬ者……その一刀が“友達”になったのなら、もはや妾に怖いものなどないのじゃーっ!!」

 

 僅か数秒で、寝台に立って腰に手を当てふんぞり返るおぜうさまが誕生した。

 ああ、その、なんだ。将への怖さよりもむしろ、後ろ盾が無くて怯えてただけなのか?

 

「そんなわけじゃから一刀っ? 外へ向かうぞ? 妾はもはや辛抱たまらぬのじゃ~♪」

 

 そしてあっさり脱HIKIKOMORI宣言。

 ……いいのか、こんなに簡単で。

 それともこの時代の貴族なんてものは、後ろ盾さえあれば何よりも勇気を得られるものなのか?

 

(…………)

 

 軽く、麗羽のことを思い出してみる。

 ……なるほど、後ろ盾じゃなくても、名門って意識と血筋さえあれば、意識の切り替えなんてどうとでもなるのか。

 きっと袁術も、ここで暮らすようにならなければ、いつまでも名門意識と血筋だけで乗り切れたんだろうな。なにせ麗羽の従妹だ。

 それを多少でも挫くことになったなら……袁術にとって、少しはいい方向に向かったのかな、ここでの生活も。

 

「……今日じゃないとダメか?」

「う、うみゅ? ふむ……そういえば一刀は疲れておるのじゃったの……。しかし妾はお腹が空いたのじゃ……朝から一刀がおらなんだしの、何も口にしておらぬ……」

「へ? だ、誰も持ってきてくれなかったのか?」

「一刀が来てからは一刀が運んでくれたしの。侍女のやつも恐らくはそういうつもりでいたに違いないのじゃっ、まったく妾をなんだと思って……!」

 

 ぷんすか怒り始める袁術だが、迫力はゼロだった。

 朝からじゃあそりゃあ辛抱たまらなくもなるよな。

 そういえば俺も、昼は食ってなかったし───一丁……しようか! 久しぶりに!

 

「……よし、じゃあ袁術。これから厨房に忍び込んで……」

「む、む? 忍び込んで……どうするのじゃ?」

「どうするって、決まってるじゃないか……つまみ食いだよ、つまみ食い……!」

「……うほほほほ、一刀、おぬしも悪よのぅ……!」

「うぇっへっへっへ、お嬢様ほどではありませんよぅ……!」

 

 体を起こし、顔を見合わせてニタリと笑い合う者二人。

 いたずらやつまみ食いなどの密かな連帯感……これはやった者にしかわからぬヨロコビ。

 ミシミシと軋む体を寝台から下ろし、ロボのようにンゴゴゴゴと起き上がる……!

 さあ、いざ……! 遥かなる厨房へ……!! と、歩き出したところで、バタムと開く自室の扉。

 

「隊長起きとる~? お、起きとる起きとる、メシ持ってきてやったで~♪」

 

 …………。

 

「ん? どないしたん隊長、それにちっこいのも。そしてなんやの、この“おいおいここでそれかよ空気読めや……”って感じの空気……」

 

 意気揚々だった俺と袁術の目が、昼餉(夕餉?)を持ってきてくれたらしい真桜に注がれた。その目は……まあ、真桜が言った通りの空気そのものを含んだ目だったに違いない。

 

「ああ……いや……なんでもないんだけどサ……。真桜こそどうしたんだ? 料理運んでくるなんて珍しい」

「やぁ~、なんや知らんけど大将が急に料理作る~ゆーてな? で、出来上がったら出来上がったでついでやから~って。……なぁ隊長? 出来たモンいっちゃん最初に隊長にもってけゆーの、ついでって言えるん?」

「……華琳的にはついでなんだろ。もらっていいか?」

「あ、ウチもちぃとばかしもらってええ? 運びながらもう何度手ぇ伸ばしかけたことか……!」

「真桜、口の周りに───」

「んなっ!? ちゃんと拭いたはずっ……───あ゛」

「………」

「あ、あ……あー……運び終わったし、用事あるんでウチもう行きますわ~、あはっ、あははははー」

「あ、こらっ! やっぱりお前、つまみ食いをっ!」

 

 言い終えるより早く、持ってきたものを机の上に置いて、ぴうと逃走。

 取っ捕まえようにもギシリと軋む体では追うことも出来ず、がっくりと項垂れるしかなかった。

 

「人のつまみ食いは阻止しといて、自分だけはできないとか……。なんだろう、この奇妙な敗北感」

「うみゅぅ……なにやら納得がいかぬのぅ……つまみ食いはどうしてか美味しいからの、是非ともやりたかったのじゃ」

「袁術……」

「一刀……」

 

 妙な連帯感が生まれた。

 トスと軽く叩き合わされた手の平が、そんな些細な連帯感を祝福する。

 ともあれ食事だ。

 運ばれてきたものを見て、むしろ香りの時点で何が来たかはわかっていたのだが。

 

「ところで一刀? これはなんなのじゃ? なにやらどっしりとした形……新たな饅頭かの……!」

「いや、これはな、袁術。ハンバーグっていう、天の料理だ」

「おおっ、はんばぐーとな!? いかにもな名前じゃの……!」

 

 名前と形に興味深々らしい。近づいて机の上によじ登り、四つんばい状態でスンスンと匂いを嗅いでいる。

 ……ごらん、みんな。あれが常識の枷から外れたお嬢様だよ……。

 と、妙にやさしい気持ちになってる場合ではなく。

 デカイな……デカイ、すごくデカイ。いつか春蘭が食べたキングサイズ並じゃないか?

 まあ……鍛錬するようになってからは、結構食が太くなったからどんとこいだけどさ。

 

「一刀一刀っ、早速食べるのじゃ!」

「っと、はいはい、今切り分けるから、一緒に食おうな」

「うむっ」

 

 レシピを覚えていてくれた華琳に、無性にありがとうを届けたくなった。

 華琳のことだ、あの頃よりも美味しく作れるようになっているに違いない。

 そんな、自分がここに居た証が目の前にあることを嬉しく思う。

 華琳がこの場に居たら、喜びのあまりに絶対に抱き締めていた。抱き締めて、手の甲を抓られるか、絶でさくりと刺されていたんじゃないだろうか。

 

「じゃ、いただきます」

「うむ、いただくのじゃ」

 

 椅子に座り、袁術が膝の上に座る。

 そしてハンバーグを切り分け───ちょっと待て。

 

「袁術? いつもみたいに寝台には行かないのか?」

「む? ……やれやれ、一刀はなんにもわかっておらぬのぅ。それではいざという時に一刀が妾を守れぬであろ? それならばここに座ったほうが妾も安心、一刀も安心。どうじゃ? 我ながら完璧な自衛手段であろ?」

「………」

 

 前略華琳さま。

 なんか今……物凄くこう……なんか、うん、じわぁと理解が広がったといいますか。

 ああ……本当に麗羽の従妹なんだなぁ……って……なんか……なんだろうね……。

 “なんか”って言葉が必要ななにかに変わってくれない、この切ない気持ちがこう……。

 

「それより一刀、早く食そうというにっ。妾はもうお腹が空いて倒れてしまいそうなのじゃぞ?」

「あー……まあ、わかった」

 

 一応心を許してくれたって考えて、いいのかな?

 ていうか真桜が来た時はそんなに怯えてなかったな。

 後ろ盾が出来た途端にこの強き……いっそ見習いたいくらいだ。

 

「じゃあ、食べ易いように切り分けて……と。ほい、もう食べれるぞー?」

「食べさせてたも?」

「………」

 

 あれ? 変だな……友達ってこんなんだっけ……?

 まあ、いいか。怯えた分くらいは甘えさせるのもいいかもしれない。

 そんなわけで食べる。ひたすら食べる。

 生憎と箸が一膳しかないから、袁術に食べさせて俺も食べてって感じで。

 

「おおっ、これは新しい味じゃのっ! こんなに美味なものは久しぶりなのじゃっ! 一刀一刀っ、もっと、もっとじゃっ!」

「はいはい」

「はぐはぐんぐんぐ……んん~っ……♪ この、食べたあとにじゅわぁと広がる旨味がたまらん……! 曹操もなかなか器用ではないか、こんなものが作れるのならば、妾も多少は見る目を変えてやらねばならぬの……それはそれとして一刀? 次をよこすのじゃ」

「ちゃんと噛んで食べてるか?」

「んむっ!? もっ、もちろんじゃ? ななななにを言っておるのじゃ? かか一刀は妾を疑うのかや……?」

「だったらいいんだけど。……ん、うん、美味い」

 

 ハンバーグを食べ、米を食べ、水を飲んで再びハンバーグ。

 野菜もショリショリと食して、二人して完食してみれば腹も満腹。

 俺は椅子に、袁術は俺の胸に背を預け、同時に『はぁ~……♪』と暖かな溜め息を漏らした。

 味わって食べたためか結構な時間がかかった……と思う。なにせ時計が無いからわからない。しかしながら窓を見やれば暗くなっている外。

 ……もうそろそろ風呂もいいかなと、軽く考えた。

 

「むふぅう……たまらんの……これは素晴らしい食べ物なのじゃ……。一刀は天で、いつもこのようなものを食しておったのか……?」

「いや、天でもここまでのはそうそう食えないな。華琳だから出来た味だ」

 

 ご家庭でお手軽簡単クッキング♪ なんてレベルじゃあ断じて無い。

 ……何処まで“食”ってものを追求すれば気が済むのやら。

 しかしさすがキングサイズ。動きたくなくなるくらいの量だった。

 袁術も食いすぎたのか、どっしりと俺の膝の上に腰を下ろして、動こうとしない。

 もちろん俺も動く気になれなかったから、なんとなく寂しい手で袁術の頭を撫でる。

 

「う……? こ、これ一刀? くすぐったいぞ……?」

「っと、ごめんごめん、どうも撫で癖みたいなのがついてるみたいで」

 

 再び腕をだらんと下ろす。

 はぁあ……それにしてもなんというかこう、心地良い重みだ。

 これはあれか? 華琳に背格好が近いからそう思うのか? 本人に言ったら八つ裂きにされそうだけど。

 腹も満腹になって、体も疲れと重みに軽い緊張を持っていて、すぅっと息を吸えばこのまま眠れそうな───……でも寝るなら寝台がいいね。今回も寝かせてくれるかはわからないわけんだけどさ。

 

(けどここですぐ寝たら、腹の中のものが上手く消化されないだろうし……少し動くか?)

 

 ……いや、今日はもう勘弁だ。

 これ以上は危険だと、今の自分ならよ~くわかる。

 ならば風呂に……いや、風呂は一番最後でいいや。じゃないといろいろとその、なぁ?

 ただでさえ風呂での別の人との遭遇率が高い気がするんだし、最後だ。うん最後。

 はふぅ~……と長い息を吐いて、考えることを切り替える。

 風呂風呂考えてたら、いろいろな経験からしてピンク色の思考に満たされそうになったからだ。

 何か無いか、何か。こう、キリッとした何か───っと、そういえば。

 

(……なんだかんだでイメージに勝てた……んだよな?)

 

 デコピンでなんて、おかしな勝ち方。

 一勝は一勝だって言うなら、あれは確かに勝ちだった。

 なにせ相手が消えてしまったのだから。

 俺の意識が限界だったって言えばそれまでの事実であり、どの道続行しようにも思春に気絶させられていた。

 だったら? ……そだな、次の時にもう一度頑張ってみよう。

 その時には、今までよりも多少は、恐怖への耐性が出来ていることを願って。

 

「袁術、このまま寝ちゃうか?」

「うむ~……そ~じゃの~……」

 

 心地良い満腹感に包まれているからだろうか、ゆったりとして、どこかポワポワした返事が返ってきた。ならばと袁術を持ち上げ、ひょいとお姫様抱っこに持ち変えると、そのまま寝台までを歩いてこてりと寝かせる。

 どうやら寝巻きも用意されていないらしい(恐らく袁術自身が拒否したんだろうが)豪奢な服そのままで、掛け布団をかけてやる。

 いっそこのまま寝てくれようかとも思ったが、さすがにそれにはためらいが走る。

 疲れてるから布団で寝たいのは事実。けれど、いくら自分の寝台だからって許可も得ずに……なぁ?

 仕方無い、机に行こう。

 そう思い、灯りを消して机へ。

 ……それ以前に風呂だ。もう結構いい時間だろうし、みんな入り終わったよな?

 

(……よし)

 

 バッグから着替えを取り出して歩く。

 袁術はまったりしているみたいで、特にこちらに注意が向いたりもしない。

 ならばと静かに部屋を出て、侍女さんにもうみんな入り終わったかを訊ね、風呂に向かい、ゆっくりと湯船に浸かった。マッサージで筋肉をほぐし、血液を巡らせ、出来るだけ疲れが残らないようにして。

 そうして風呂を出て自室に戻る中、明日するべきことをいろいろと考えてみていた。

 ───明日は書簡整理等、三日で済ませなきゃいけないものが待っている。

 出来るだけ早く、眠気を残さないよう明日を迎えて処理を始めるのがいい。

 だから早寝早起きはむしろ好都合。眠気は……なんとかなる。

 

(ではッ、就寝用意ッッ!!)

 

 ザムゥ~と自室の前に立ち、やはり静かに入室。

 ちらりと中の様子を見ながら椅子に座り、はふぅと吐息。

 背をぐったりと預けて目を閉じると、温まった体があたかもじわりじわりと眠気を召喚していくようで……! …………ハッ!? 視線ッ!?

 

「───」

「……、……」

 

 寝台を見てみると、おぜうさまが掛け布団を掻き抱きながらこちらを見て、ガタガタと震えてらっしゃった。

 

「……袁術? どした?」

「~っ……ばかものぉっ! どどどどっどど何処に行っておったのじゃ! 妾への断りも無しに! そのようなこと、妾は許した覚えはないぞぉっ!」

「え? いや、汗流すために風呂に───ていうかむしろ気づきなさい。あ、袁術も入ってきたらどうだ? 気持ちいいぞ?」

「ひうっ……!? い、いやじゃっ! 一人は嫌なのじゃっ……吾郎が出るのじゃっ!」

「え……あ、いや、あれは夢の話だろ? 風呂でまで怯える必要なんかないって。なんだったら侍女さんに頼んで一緒に入ってもらうか? 温まったほうがすとんと眠れるかもしれないぞ?」

「う、うー……そうかの……」

「そうそう。だから入ってきなさい。ほら、途中まで一緒に行くから」

 

 喋りながら傍までを歩き、寝台の主となっている袁術へと手を伸ばす。

 すると特に躊躇もなくきゅむと手を握ってきて、少々意外に感じながらも連れ出し、一緒に歩いた。

 しかし侍女に“この子と一緒に風呂に入ってくれ”と言うのも妙なもので、早速見つけた侍女さんに説明するのには、結構勇気が必要だったりした。

 幸いにも華琳に命じられて、何度か袁術の世話をしたことがある人だったらしく、快く……ではない、少し微妙な表情で引き受けてくれた。

 

「ふぅ」

 

 そして袁術が風呂に入る傍ら、どうしてか俺は風呂へと通じる通路の前で待機。

 まるで怖くてトイレに行けない誰かに付きそっている気分で、袁術が出るのを待った。

 だってさ、「そこにおるのじゃぞ? 絶対じゃぞ?」って、泣きそうな顔で言われたらさ……そりゃ、待つしかないだろ……。

 

……。

 

 女性の風呂は長い。

 案の定、袁術が上がる頃には体にこもっていた熱も大分消えてしまっていて、ほっこり笑顔で「では戻ろうぞ?」と言ってくるお嬢様が、少し……いや、なんでもないです。

 べつに“なんだろう……この、言葉通りの温度差……”とか思ってないってば。

 そりゃさ、これだけ長い髪だと時間もかかるって。

 そう納得するんだ。たとえ相手の体は温かく、自分の体は冷えていても。

 

「一刀の手は冷たいのぅ……妾が暖めてしんぜようぞ?」

「………」

 

 きゅむと繋がれた手を、両手で覆ってくる。そしてまた、カイロを揉むようにさわさわと撫でられ……くすぐったい。

 えぇと……うんん? この状況に対して俺は、感謝するべき……なんだろうか。

 ……するべきだな。さすがにこんな純粋な笑顔に、待たされた所為で冷たいのですよとか言えないし、そもそも言うつもりもなかったし。

 

「そういう袁術は温かいな」

「うふふはは~♪ そうであろそうであろっ♪ 心がやさしい者は手が暖かいと、七乃が言っておったからのっ。妾の手が暖かいのは当然というものよ。……でもなんじゃったかのぅ、その後になにか付けたされた気がするのじゃが……ま、気の所為じゃの」

「いや……うん」

 

 絶対に何か付けたしただろうな。なにせ七乃だ。

 と、そうこうしているうちに自室前に辿り着き、そのまま室内へ。

 袁術はそれで安心したのか俺の手から自分の手をするりと離すと、寝台へと飛び上がって低位置へ。

 俺も机へと座り、再びはふーと脱力。

 

(あ)

 

 しかしそこで思い出し、侍女さんに借りた櫛をポケットから取り出す。

 ちらりと寝台を見てみれば、自分の寝床を匠に用意する犬のようにバサバサと掛け布団を振り回し、心地良い体勢(?)を吟味しているおぜうさま。

 

(……今日はもう侍女さんが梳いたか)

 

 湿り気も随分無いようで、暴れるたびにさらさらと揺れる髪が、含んだ水分の少なさを教えてくれていた。

 侍女さん……いい仕事しています。

 この櫛はまた今度だな。よし、寝るか。

 

「じゃ、おやすみ袁術」

「う? うむ、おやすみなのじゃ、一刀」

 

 椅子にもたれかかって息を整える。

 ちらりと見た寝台の上では袁術が丸くなり、同じく息を───

 

「…………一刀? 眠るんでないのかや?」

 

 ───整える前にもぞりと体を起こし、訊ねてきた。

 

「? 寝るぞ? だからこうして───」

「っ……な、なにもそのようなところで眠る必要はなかろ? それではいざという時に妾を守れんというに。じゃからの、その……じゃのぉ……」

「……えぇと、袁術? 眠りたいなら眠気があるうちのほうが───」

「い、いぃいいいやなのじゃっ! 吾郎が出るのじゃーっ!!」

「……わあ」

 

 ふと気づけば、身を庇うようにして涙を浮かべてらっしゃった。

 すごいぞ吾郎くん……愛紗や鈴々や猪々子には大好評なのに、袁術にとっては恐怖の象徴になったらしい。

 少し呆れている中でも袁術は「はよう近う寄るのじゃー!」とか、「妾が寝るまで寝てはならぬー!」とか、「一刀は妾を守るのであろー!?」とか、もう言いたい放題である。

 そんなこんなで結局何を言ってもハチャメチャな返事でうやむやにされ───……気づけば、いつの間にか布団で寝ていた。

 

(吾郎くん……俺、散々話しても布団で寝かせてもらえなかったのに……。キミのことを知っただけで、布団が普通に提供されるようになったよ……。喜ぶべきなんだけど……やっぱり少しだけ複雑な気分だよ……)

 

 悲しみを抱きながら、袁術に腕にしがみつかれたまま目を閉じた。

 カタカタと震えている体は小さく、華琳っていうよりは季衣や流琉に近い。

 また頭を撫でそうになる左手を止め、右腕は動かせないままに呼吸を整える。

 袁術が慌ててその呼吸に合わせようとするのが、なんだかくすぐったい。

 

「おやすみ、袁術」

「うぃいいいぃぅう……い、いかんぞ一刀ぉおっ……わわ妾を置いて先に寝るな……っ! ぐしゅっ……寝るでなぃい……!!」

「寝ないから、大丈夫大丈夫……」

「ふみゅぅう……まことか……?」

「ああ、大丈夫。袁術が寝るまで起きてるよ」

 

 言って、頭を撫で───だからやめなさい、左手さん。

 ともかく睡眠時の呼吸をイメージしての呼吸を繰り返す。

 男と女じゃあ呼吸の仕方も違うかもしれないが、まあ些細なことだと構わずに。

 やがて静かな部屋に袁術の寝息が聞こえ始めると、可愛い寝顔を確認してから軽くあくび。改めて目を閉じる。

 明日はせめて、書簡整理だけで終わりますようにと願いを込めながら。

 

(あ……でも桂花あたりが無理矢理にでも用意してそうだ……)

 

 俺に任せるための仕事を探すとか、どうか冗談であってほしい。

 華琳はその手の冗談、あまり言わないんだろうけどね……ハハ……。

 よし寝よう。明日の苦労は明日飲み込もう! 今は一刻も早く明日に辿り着いて、何かを頼まれるより早く隊舎に進入! 書簡を強奪し、ここへと戻って読み漁る!

 隊舎で読むのもいいけど、書き足したいものとかがあった場合はここの方がやりやすいんだよな。隊舎では書けないってわけじゃないんだけど、あそこだと目立つし。

 あの場で書簡に埋もれながら整理するのもいい……けどその場合、見つかった時点であれよこれよと頼まれるだろう。それはよろしくない。

 なので回収し次第自室へ帰還、内容の確認と付けたし等を以って終了とします。

 よ、よし、これでいこう。

 鍵は凪が管理しているだろうから───まずは明日、華琳が凪に接触する前に凪と接触。鍵を得て隊舎で書簡を入手。自室で確認などをして返却、再び持ってきて……を繰り返す。

 なお移動の際は気配を極力周囲に散らすことで消し、あたかも忍のように行動。

 思春あたりにあっさり見つかりそうだが、それでも男にはやらねばならん時があるのだ。

 

(桂花は俺の悔しがる顔とか見たがるだろうから、直接俺に頼みごとをしに来るはず)

 

 華琳は誰かに任せて間接的に命令を飛ばすだろう。

 いや、そうする必要もないな……絶対に明日から三日、一刀に好きなだけ命令しなさいとか将全体に通達してある。

 じゃあ華琳より先に凪と接触するのもアウトに近い。

 接触の時点でなにかを頼まれれば断れないわけだ。

 ならば……ならば? 凪から鍵を強奪する? ……凪が怒られるな、やめよう。そもそも奪える気がしない。

 

「………」

 

 寝よう。

 今考えても答えは出なさそうだし……回りくどい考えはもうやめだ。

 明日から三日間で、意地でも書簡整理を完了させる。これは絶対に絶対だ。

 あとはそれを成すだけの体力を、この睡眠でどれだけ得られるかだ。

 

(……頑張ろう)

 

 ちらりと穏やかな寝顔を覗き、うなされていないことを確認すると、今度こそ沸き出す睡魔に抗うこともせずに眠る。

 どうか明日、平和に………って、願うと平和に終わりそうにないから、普通に終わりますようにと願いながら。

 ……でも、これですらも地雷臭がするのはどうしてなんだろう。

 少し、修行をセーブすればよかった。

 そんなことを思ったのは、激痛のあまりに仕事が出来ず、酷い目に遭う夢を見たあとのことだった。

 


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