真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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48:魏/がんばれ、男の子①

89/忙しき日々

 

 早朝───覚醒。

 寝巻きという名のシャツからフランチェスカの制服に着替えると、体にだるさが残っていないかを確認……多少はあるものの、動けないわけではない。

 確認を終えると、まだ眠っている袁術の頭を撫で───ってやめなさい。

 伸ばしかけた右手を左手で阻止し、部屋の外へ。

 厨房で水を貰ってそのまま歩くと、まずは鍵を管理している場へと向かい、そこに隊舎の鍵があるかを確認……無し。ならば仕方も無しと凪の部屋の前までを歩き、ノック。

 既に起きていた凪に事情を話し、ならば一緒にと同行してくれた彼女とともに隊舎へ。

 鍵を開けて中へ入ってからの行動は速かった。

 素早く必要な書簡を手に、周囲に注意しながら、しかし出来るだけの速度で自室へと急ぐのだ。

 

「……隊長、こちらへ」

「凪?」

 

 部屋へ真っ直ぐ続いている通路を歩く中、書簡運びを手伝ってくれている凪に声をかけられ、足を止める。何事? と思いつつもついていく。

 こっちからだと回り道になるが……と、そんなことを思いながらちらりと直行通路を見てみれば、そこで何かを待っている桂花が……!!

 

(……凪、もしかしてもう、みんな起きてる?)

(はい。隊長が厨房に訪れた時点で、侍女が華琳さまに報せる手筈になっていました)

(なんでそこまで周到なの!?)

(恐らく刺激が欲しいんだと思います。隊長が戻ってくるまで、いろいろとありましたから───隊長、伏せてください)

(? あ、ああ)

 

 ボソボソと小声で話し、中庭側へと辿り着く……のだが、その欄干までを歩いたところで凪に伏せろと言われる。

 言われるままに伏せていると、離れた場所から話し声。

 

「おー、沙和ー、隊長おったー……?」

「見つからないのー……」

 

 ……沙和と真桜らしい。

 俺達が身を屈めている欄干の傍の通路で立ち止まり、世話話のように言葉を連ねる。

 

「凪もおらんし……二人でこそこそ隠れとんのとちゃうん……? あ~……こない朝から行動することになるってわかっとったら、もっと準備しとったのに……」

「真桜ちゃん、沙和眠い~……」

「そんなんウチかて同じ……やけど、隊長さえ見つけられたら、仕事全部隊長に任せてウチらは……」

「うふふふふ、さぼり放題なの~♪」

 

 ……で、耳を傾けてみれば、聞こえてくるのは脱力するお言葉。

 いっそ奇声でも上げて襲いかかってくれようかと思ったのだが───

 

「……とまあお決まりのお約束は置いといてや。仕事にかこつけて隊長独占するまたとない機会や。またとないどころか明日もそん次もあるねんけどなー」

 

 どうやら自分が思ってしまったものとは違ったらしい。

 真桜の声調が、かったるそうな言葉から一変、キリっとした真面目な声に変わる。

 

「ねーねー真桜ちゃん? それだったら素直に凪ちゃんみたいに、たいちょーのこと手伝ったほうが早くなかった?」

「んや、こーゆーんは勝ちとってなんぼや。それに手伝いっちゅーても落ち着いて話が出来るわけと違うし、どーせ凪も今頃、隊長を逃がすために大変な目に遭っとんで?」

「そういう意味では北郷隊は少し不利だよねー。隊長、華琳さまに書簡整理が終わるまでは警備隊の仕事は禁止されてるみたいだし……」

「それなんよ……それさえなかったら隊長引っ張り出して街に出れば、城内ばっか探しとる連中に差ぁつけられるねんのになぁ~……。けど今日はちゃう。報告することを纏めなあかんから、隊長でも手伝えることや。これを隊長に頼めば、隊長ん部屋でじっくりしっぽりうへへへへ……」

「真桜ちゃん、また親父になってるの……───でも、絶対に捕まえようね」

「おぉ、もっちろんやっ。これやったら隊長も自分の仕事も出来るしウチらもサボりにならんし、一石二鳥どころか……一刀と三羽烏や~♪」

「………」

「ちょぉおっ、沙和~!? ここで黙るとかあんまりとちゃうん~!?」

 

 ぶつくさ言いながらとたとたと歩き、やがて話声は遠くへ消えた。

 

(……凪……)

(皆が隊長を探すのは当然です。隊長は現在、頼めば断れない状況にあります。己の仕事が楽にもなりますし、それにその……皆、隊長とゆっくりと話したかったでしょうし)

(うぐっ……ごめんな、慌しい日ばっかりで)

(いえ。自分は……隊長が壮健で戻ってきてくれたのなら、それで)

 

 薄く。だが確かに笑みを見せた凪が、さ、と促して先をゆく。

 思わず抱き締めそうになるところだった……動いてくれたのは、正直ありがたい。

 今抱き締めたりしたら絶対に声が出て誰かに見つかって……

 

(出すぎるでないぞ、自重せい)

(了解だ、孟徳さん)

 

 うんと頷いて凪のあとを追う。

 本気の本気でみんな既に起き出しているようで、警邏の準備をする者から調練の準備をする者、将であるなら人を選ばずほぼ全員が俺を探していた。

 ……捕まったら自室には戻れそうもないな……なんて考えながら、そういえば凪はどうなんだろうと考える。こうして味方してくれてるけど……いや。元気に帰ってきてくれただけでって言ってくれた。理由なんてそれだけで十分だ。

 

……。

 

 第一行動、成功。

 書簡を自室の机に置いて一息。

 中には誰も侵入していなかったようで、ひとまずは安心だ。

 

「これを片付けてもまだまだある……事件らしい事件なんてそんなにあったのか?」

「いえ、あの……まあ」

 

 歯切れの悪い返事とその顔が物語っていた。事件を起こしたのはやはり、将ばかりなのだと。

 目を通した限りでは、以前霞が紛れ込んだ大人げない事件……もとい、祭り騒ぎみたいなものが結構あったらしく、街での祭りの報告がほぼだった。

 あとは気になること気にならないこといろいろだ。夜を彷徨(さまよ)う冷たい女性とか。

 

「はあ、随分と留守にしてたししょうがないよな。ごめんな凪、出来るだけ早く復帰出来るように頑張るから。それまではお前に任せっきりになっちゃうけど……頼めるか?」

「隊長……いえ。隊長が任せてくださるのならこの楽文謙、期待に応えられるよう、一層の努力を……!」

「凪……」

「隊長……」

 

 凪って……本当にいい娘だ……。

 こんな娘が俺の部下って、いろいろと間違ってないかとか普通に思ってしまう。

 天に帰る前も何度助けられたことか……覚えているだけでも片手じゃ足りない有様だ。

 どうせなら沙和と真桜にもこうして手伝ってもらいたかったけど……逆に二人に見つかった方が安全なのか? 真桜の言うことが本当なら、俺も報告用の書簡の作成を手伝───えるわけないじゃないか。だって俺、街で何が起きたかとか知らないんだぞ?

 

(沙和……真桜よぉ……)

 

 俺もだけど、もうちょっと考えて行動しような……。

 ともかくこれで二人に見つかるわけにはいかなくなった。

 手伝えないと知れたら、無理矢理にでも手伝ってもらうことを捏造、とんでもない事態に発展すると、経験が語ってくれている。

 自分の隊の部下が取りそうな行動を考えてみて、少し身震いした。

 その拍子に視線がずれて、丁度寝台の袁術に目が行く。

 

「………」

 

 よく寝てるな、本当に。部屋に戻るたび、寝てる気がする。

 

「? ……あ……そういえばその、隊長は……袁術とその……」

「へ? あ、ああ、なんかいい匂いがするとかで、すっかり寝台を取られちゃってな」

「取られ───……あの、一緒に寝たりは……ごにょごにょ……」

「昨日今日と一緒には寝たぞ? 一人で眠るのが怖いらしくてさ」

 

 原因、俺と吾郎くんだけど。

 お陰でと言っていいのか、寝台で寝れる有り難さは再確認できた。

 

「………」

「?」

 

 ハテ。凪が俯いてしまったんだが…………俺、おかしなこと言ったっけ?

 

「凪? どうかしたのか?」

「いえ……親衛隊の二人の例もありますし、隊長にとっては袁術のような子でも……」

「親衛隊? 二人? 例?」

 

 親衛隊って……季衣と流琉だよな?

 どうして二人が? 二人の例もあるって……袁術のような子でもって───…ってぇっ!

 

「ななな凪!? 何か妙な勘違いしてないか!? 一緒に寝るってそういう意味じゃなくて、そのまんまの意味だぞ!? ただ眠るだけ! わかるか!?」

「───……」

 

 誤解を解くべく真正面から肩を掴み、きっちりと説明を……ってもしかしてみんなも誤解していたりするのか……!? だとしたらいろんな意味でまずいような……!

 い、いや、まずは凪だ! とにかく説明! ひたすら説明!

 少し顔を俯かせている彼女の正面に立って、身振り手振りでズヴァーとこれまでのことを説明して───いた時だった。

 

「おお~……なにやら戻って早々に大変なことになっているご様子。けれどそんなに顔を近づけたままでは、凪ちゃんも固まったまま動けませんよ、お兄さん」

『!?』

 

 突如として部屋に響く声。

 どこかぼーっとしていた凪とともに表情を引き締め、室内を見渡すが、俺と凪と袁術の他に人なんてものは……あ。

 

「相変わらず女性関連でお困りのようですねお兄さん。周りが見えなくなるほどお困りでしたら、風が手を貸しましょうかー?」

 

 ちらりと見た机の下。

 そこからにょきにょきと生えてくるホウケイと、それに続いて姿を現す風。

 いつからそこに居たのか、口に手を添えた半眼でニコリというかニヤリというか、絶妙なブレンドフェイスで微笑んでいた。

 

「風……いつからそこに?」

「やれやれヤボは言いっこなしだぜにーちゃん、今必要なのはそんな疑問解決よりも、書簡を片付ける時間ではないのかね?」

「む。そりゃそうだけど。気になることがあると集中出来ないのも……って、そんなことも言ってる場合じゃないか」

「うふふ、そういうことですよー。風がなぜここで寝ていたのか、などという質問は……お兄さん、些細なことなのです。風はただ懐かしい風に誘われてやってきただけなので」

「懐かしい風? ……あ、あー……なるほど、確かによく似てるかも」

「?」

 

 凪が首を傾げる中、ちょこんと椅子に座る風と一緒になって笑顔になる。

 あの時もこんなふうに周りが俺を探してたっけ。その時の凪は俺を探す側だったから、意識がそう向かないのもわかる。

 

「あ。お兄さんの安心のために言っておきますと、今日の風は非番なので警戒する必要はありませんよ? そんなわけですのでお茶でもいただきながらのんびりしましょう」

「いやいやいや、それだと書簡を読めないだろ、風」

「……書簡を読む?」

 

 わざとなんだろうか……いつかのように目を丸くして、机の上の書簡を右へ左へと首を傾げながら確認した。そこには当然というか、俺が持ってきた分と凪が持ってきた分の書簡が積まれている。

 

「これを全部ですか。お兄さん、しばらく見ないうちに頑張り屋さんになりましたねー」

「やれないと、三日毎の日課を……日課? まあいいや、日課だ。を、潰されることになってね……なんとしてでもやりきらないといけないんだよ……」

 

 言いながらも竹簡を一つ手に取り、作業を開始。机には風が座っているから、寝台の端に座って確認していく。

 凪は何も言わずとも扉の傍に立ち、風は……

 

「お兄さんお兄さん、そんなところに座っていては、いざ扉を開かれたら一番に見つかってしまいますよ」

 

 まるで亀をいじめる子供にこれこれと注意する浦島さんのように、軽く手を上下させながらそんなことを言ってくる。目は伏せたまま、悟りを開いた子が如く。

 

「や、それはわかってるけど……でもじゃあ、どうすれば?」

「ここへどうぞ。この場の安全性は風が先ほど確認しましたので。舞い上がっていたのかどうかは別として、凪ちゃんにも気づかれない程度には安全ですよー」

「なっ……ま、舞い上がっ……うぅ……」

 

 ちょいちょいと机の下を指差す風さん。

 凪はといえば自覚があったのかどうなのか、顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。

 でも……たしかに机の下は安全だよな。華琳の件もあるし。

 

「そだな、じゃあ失礼して」

 

 机に近づき、風が椅子ごとずれるとその下へと潜り込む。

 ……俺の体じゃ少し窮屈だが、こんなものは慣れだろう。

 もし見つかりそうになったら、一目散に窓から逃げるということで。

 

「ごめんな二人とも、こんなことに付き合わせることになっちゃって」

「いえいえ、風は懐かしみたいだけですのでどうぞお気になさらず~……」

「……、その通りです、隊長。状況や動機がどうあれ、それは魏将の総意だと思います」

「“懐かしみたい”か……そうだよなぁ」

 

 ドタバタしていて落ち着けないってこともあるけど、それでもとは確かに思う。

 みんなで一緒に懐かしむことはもうしたとはいえ、一人ずつ向き合って懐かしみたいと思う心は俺にだって当然ある。

 あるんだが……今回ばっかりは俺にも譲れないものがございまして。

 懐かしみすぎて間に合いませんでしたじゃあ、じいちゃんにも雪蓮にも祭さんにも桃香にも合わせる顔が無くなる。

 

「お兄さんが三国の支柱になろうとしているという話は聞きました。その上で、一方を贔屓しているようではそれは成り立たないということも、だから風たちに手を出したくても出せないことも、なんとなく察しはついているのですよ」

「察してくれてありがとうだけど、手を出すこと前提なんだな、俺……」

「おお? もしやお兄さんは呉蜀を回ったために、風たちのことなど飽きたというのですか」

「そんなことあるもんかっ!!」

「ひうっ……!?」

「っ……!?」

 

 風の何気ない言葉に、無意識に大声が放たれた。

 やってしまった───とは思わない。ただ、居分の素直な思いが心の底から出ていった。

 

「あ、あ……あー……ごめん、大声だして。でも飽きたとかそんなこと、絶対にないから。俺にとっての魏は二つ目の故郷で、家族で、大切な場所なんだ。何があったってそれはきっと変わらないことで、俺は今も、今までもこれからだって魏とそこに住むみんなが大好きだ。それは……絶対に絶対だ」

「おおっ……熱烈な告白をされてしまいました」

「隊長……」

「これで机の下で縮こまったお兄さんでなければ、さすがの風も心打たれて抱き付いていたかもしれません」

「そういうこと言うのやめよう!?」

 

 机の下で愛を語る男、北郷一刀。嬉しくない二つ名だった。

 

「惜しいですねー、そんなことをみなさんの前で言ってあげれば、きっとこの騒ぎも……」

「沈静化した……?」

「いえいえ、もっともっと激化していましたねー。それはもう、誰が捕まえてもお構いなしの引っ張り合いが始まり、やがてお兄さんの体は将の人数分引き裂かれることになり……」

「死ぬよ!?」

 

 どこかのミ○トくんじゃないんだから、くっつければ治るとかそんなの無理ですよ!?

 って、話し合いしてたら書簡整理が進まないじゃないか……。えぇと、疑いたいわけじゃないけど、風……本当に応援に来ただけなのか……? いやそもそも応援とも一言も言ってなかったような。

 ま……まあいいか、仕事仕事……!


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