真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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48:魏/がんばれ、男の子②

 そんなこんなで始まった書簡整理は、風の言葉じゃないが確かに激化していた。

 

「ようやく見つけたわよ北郷! 女の下に隠れるなんて、あんたどれだけ情けないのよ!」

「情けなくたって成さなきゃならないことがあるんだっ! そんなわけだからさらば!!」

「あ、ちょっと! 頼まれごとは断れない約束でしょ!?」

「頼まれる前なら逃げる権利くらいはあると、この北郷は確信した!! あくまで別件を頼まれようとも己の仕事を言い訳にしない約束! 頼まれる前に逃げてはいけないなんて言われてないっ!」

「おおっ、見事な屁理屈ですねぇお兄さん」

「……なるほど、やはり根本はそう変わってませんね、隊長」

「凪……? しみじみ納得されると少し悲しいんだけど……」

 

 部屋に突入してきた桂花にあっさり暴かれ逃げ出し、逃げた先で書簡を広げて少しでも読み進め───

 

「あーっ! 兄ちゃん見つけたっ!」

「季衣かっ!」

「お兄さん、後ろに流琉ちゃんを確認しましたよ」

「流琉も!? 二人とも親衛隊の仕事は!?」

「へへー、華琳さまがお祭りには積極的に首を突っ込むべきだって、許してくれたよ?」

「王公認の鬼ごっこかなんかなのかこれは!!」

「隊長っ! 指示を!」

「指示もなにもっ……頼まれる前に逃げる!」

「はっ!」

「あっ! こらっ! 逃げるな兄ちゃーんっ!」

「おお季衣ちゃん、お仕事ご苦労さまですー。飴をどうぞ」

「え? くれるの? あんがとー♪」

「季衣っ! そんなの貰ってる場合じゃ───あ、あ……ぁああ……逃げられた……」

 

 途中で見つかればあれよこれよと手を尽くし、頼まれる前になんとか逃げては、逃げた先で書簡をチェック。

 

「なになに……? ついにからくり夏侯惇将軍の関節駆動を実現? 李典将軍の次なる野望……ってなんだこりゃ。どこのゴシップ新聞だよ」

「からくり夏侯惇将軍のお話ですねー。造形が美しいと、華琳さまもひとつ持っているのですよ」

「いや……これ街のことと関係ないし……。凪……凪が悪くないのはわかるけど、こんなことばっかりだと、さすがに逃げ回ってまで読み切る自信とか無くなってくるんですけど……」

「も、申し訳ありません……沙和にはきつく言っておきます……」

「でもこの次なる野望……全自動からくりってのはすごいかもな。実現したらそれはもう……マテ、全自動?」

「うー? どうかしたのですか、お兄さん」

「いや……ちょっと気になって。そういえば凪、以前の書簡で、夜に───」

「! 隊長、下がってください!」

「へ? ───うぐぇっ!? おぉわぁあっ?」

 

 読み進める書簡の中に気になることがあれば、せっかくだからと凪に訊いてみたり、その直後に凪に襟首を引っ張られ、目の前を斧が“ゴフォゥンッ!!”と通過していった。

 

「かかかかか華雄ぅうーっ!! 出会いがしらに斧振るうのは危ないってあれほど言っただろぉっ!?」

「む? 言われてなどいないが?」

「ごめん言ってなかった! でも危険だからやめよう!? 凪が止めてくれなかったら死んでたよ今!」

「いや、私もよく解らん。ただ貴様を見つけたら斧を振るってでも引き止めろと、春蘭が言っていたのでな」

「なっ……!」

「豪快な引き止め方ですねー……」

「まあ……春蘭さまらしいといえばらしいですが……」

「……じゃあ、引き止まったから俺達もう行くな?」

「なに? 我が斧に懸けて、貴様は私が引き止めておかねば───」

「俺を引き止めたら飴が貰えることになってるんだ。はい、おめでとー」

「……そうなのか。季衣が祭りがどうのと言っていたが……なるほど」

 

 捕まったりしてもなんとか誤魔化したり切り抜けたりで、風が疲れればお姫様抱っこ(書簡は風に持ってもらって)で運び、とにかく逃げ回りの時間が続いた。

 

「ううー、お兄さん? 風の飴は配布物ではないのですよー?」

「ごめんごめん、この騒ぎが終わったら、きちんと買って返すから」

「おお、金で解決とは中々狡賢くなりましたねお兄さん」

「人聞きの悪いことを言わんでください。───凪、周囲の気配はどうだ?」

「前方より一名……こちらへ近づいてきています。これは……霞さまです」

「霞っ!? まずいな……切り抜けるのは難しそうだぞ……」

「というかお兄さん? 一つくらい手伝っても罰は当たらないのではー?」

「そこゆく軍師さん? 軍師としての一言をどうぞ」

「捕まったらそれで最後ですねー。霞ちゃんの用事が終わったら次の誰かが待ち伏せていますよ」

「……だめじゃないか、それ」

 

 そんなわけで静かに逃走……したのだが、これで鼻の利く霞だ。

 あっさり見つかってしまい、追いかけっこになった時点で宅の神速将軍さんは馬まで刈り出してオワァーッ!?

 

「うわわわわわ霞あぁあーっ!! こんなことに馬まで出すなぁあーっ!!」

「それが人の顔見るなり逃げた男の言葉かいっ! 一刀はウチと居たないんかっ!?」

「居たいけど事情があるんだって! 三日の内に書簡整理しなきゃっ……!」

「おー! そんなら聞いた! 聞いたで一刀~♪ あの甘興覇相手になかなかしぶとく戦っとったらしいな~!」

「どんな理由でそんな嬉しそうな声出してるのかは想像がつくけどっ……! 馬で追いながら話すことじゃないだろぉおーっ!!」

 

 逃げ回った。

 不機嫌っぽかったのに、俺の鍛錬の話になると嬉しそうな声を出して、しかし馬で俺を追い詰める霞から。

 そっちがその気ならと馬が通れない場所に逃げ込み、その上でさらにさらにと走った。

 持久力は随分と上がっているから、走り続けることには慣れていた。

 鍛錬やっててよかった……それ以前に、氣を習っておいてよかったと心から。

 そんなこんなでやはり逃げ回り、

 

「そこまでです、一刀殿」

「っ! 稟か!」

「おお稟ちゃん、姿を見せないと思ったら……今まで“事”の流れを読んでいたと……そんなところですかー?」

「風ですか。なるほど、そちらに付いていたと。道理で姿を見ないと思いましたが……ですがそれもふひゃあーっ!?」

「うおおっ!? 稟!? 稟ーっ!?」

「これは……落とし穴、でしょうか、隊長」

「どう見ても……。しかもこんなことするのは……」

「あぁあーっ!! 人が苦労して掘った穴をっ!」

「やっぱりお前か桂花……」

「やることがもはや定着化してきてますねー……」

「風、こういう時は馬鹿の一つ覚えって言ってやるんだ。真っ直ぐに相手の目を見て」

「あんたなんかに馬鹿呼ばわりされる覚えはないわよっ! 大体あんたが落ちるはずだったのに稟を誘導なんかして! あんたが落としたも同然よ!」

「どういう理屈だそれはっ! そもそも掘ったのがお前なんだろーが! ……大体、味方の軍師を落とし穴にはめたりして、これが戦場だったら華琳になんて言われるかな」

「うぐっ!? ……な、なにが言いたいのよ……」

「きっと華琳の自室に呼び出されて、たった一人で想像もつかないようなお仕置きを華琳直々に……」

「お、お仕置き……華琳さま直々に……華琳さまが、華琳さまのお美しい手が、口が……ああっ、いけません華琳さまっ、そんなところ……っ……お口が汚れてえへへへへー……♪」

「じゃ、行こう」

「……久しぶりなのに桂花ちゃんの扱いに慣れてますねー、お兄さん」

「お仕置きという言葉に、あそこまで素直に反応する桂花さまも、その……相当ですが」

 

 書簡を見ながらの移動は続く。

 ある時は城壁の上へ、ある時は川へ、またある時は山へと登り、しかし書簡を読み終えると自室か隊舎に戻らなくてはいけなくて、そこがとにかく大変だった。

 なにせ……自室の前に、春蘭が待ち構えていたからだ。一応注意しながら覗いてみたこともあり、発見されることなく通路の角から様子を見ている状態である。

 

「お兄さん、合図をしたら大声を出してください。誰かから逃げているような声が理想的ですねー」

「わかった。……………」

「…………はい、いいですよー」

「よしっ。ウ、ウワー! 見つかったー! 逃ーげぇーろぉおーっ!」

「…………お兄さん、真面目に逃げる気ありますか?」

「真顔は勘弁してください……こういうのってどうも慣れなくて」

「あ……いえ、隊長。成功したようです……」

「ふはははそうか見つけたか! 何処だ北郷ぉおおっ! もはや逃れられんぞぉおっ!!」

「…………元気よく飛び出していきましたねー」

「春蘭が部屋の見張りでよかったよ……」

「しかし隊長、部屋の中にまだ誰か……! この気配は……秋蘭さまです」

「うあっ……それは、まずいな……ていうか今の、合図を待つ意味ってあったか?」

「う? べつにありませんが、なにかー?」

「……いや……いいけどさ……」

 

 本当に鬼ごっこみたいになってしまっているので性質が悪い。

 缶蹴りと鬼ごっこを足したような感じだ。ただし捕まって苦しむのは俺だけ。

 そんなことをやっているというのに、俺の顔はどうしようもなく笑っていた。

 なんだかんだで楽しいのだ。

 魏のみんなと一緒になにかをしているって、ただそれだけのことが。

 

「隊舎の方に行くか?」

「いえいえそれには及びません。丁度いい方向へと走っていってくれましたので、上手くすれば───」

「うあぁあああああーっ!?」

「…………? 春蘭の声? って、あっちは……」

「はいー、桂花ちゃんの落とし穴がー」

「姉者ぁっ!! ……姉者どうした! 姉者ぁああーっ!!」

「あ……秋蘭さまが……」

「ふふふー、これで誰も居なくなりましたねー」

「……軍師ってここまで読めてこそなのか?」

「相手を知ればこそですよ、お兄さん」

 

 そんなわけで、感心する速度で走っていった秋蘭を見送りつつ部屋へ。

 書簡を掻き集めると再び隊舎へ行き……片付けて───って、あ、見張りが───あ、見つかった。

 

「! 北郷隊長、ご無事でしたかっ」

「へ? ご、ご無事って……」

「隊長、北郷隊のほぼは隊長の味方です。誰かに見つかる前に中へ」

「……なんか、知らぬ間にどんどんとコトが大袈裟になっていってるような」

「まるで戦の中を駆けているようですねー」

「北郷隊長が無事に逃げ切れれば、復帰も早まると聞いておりますっ! 自分はそれを望むものであり、それを手伝えることを嬉しく思いますっ!」

「……お前……」

「お兄さんは両方いけるクチですか?」

「風さん!? ここでそういうヤボはよそう!?」

「隊長、急いでくださいっ!」

「うおおすまんっ! 今行くからっ!」

 

 ドタバタと走り、ドタバタと去る。

 いっそ味方の多い隊舎に居たほうがいいんじゃないかとも思ったが、それはあれだ。

 確かに北郷隊の本拠みたいになってはいるが、“上”にはどうしようもなく逆らえないのが下の務めの範疇。この時代では特にだ。

 なので別の兵に見つかる前に確認済みの書簡を置き、再び書簡を抱えて走るわけだ。

 ていうか腹減った! もう昼回ってるだろうけどなんにも食べてないよ俺!

 しかしここは我慢だとみんなから逃げ回る時間は続いた。

 さすがに俺を探すためとはいえ仕事を抜け出すわけにもいかず、しばらくすれば俺を追う影の数も減ってゆく。

 凪も「これ以上は……」と隊舎の方へ戻っていき、俺と風だけになる。

 人数が減るっていうことは見つかり辛くなることにも繋がるが、凪ほど氣の判断に明るくない俺では、人込みの中はかえって危険だ。

 というわけで川まで逃げてきた。こんなところで書簡広げて読むだけ、って……ピクニックに連れてこられた、特に趣味がないお父さん的存在でも、もうちょっとマシなことをするもんじゃないだろうか。

 

「お腹空きましたねー……」

「俺のことは気にしないで食ってきたほうがいいぞ? 俺は山の方で木の実でも取って食べてるから」

「……しばらく見ない内に野生味が増しましたねお兄さん。そんなお兄さんにもし襲われたら、風はどうなってしまうのでしょう」

「襲いません。……代わりに、抱き締めるけど」

「おおっ、まさかお兄さん、こんな川のほとりで風を……」

「襲わないってのっ! …………ん、充電完了。これでもう少し頑張れそうだ」

「……支柱になるのも楽ではありませんねー。いっそ皆さんを受け容れてしまえば、こんな我慢をする必要もないと、風は思うのですよ?」

「それも考え方次第なんだろうけどなー……理由が逆になりそうで嫌なんだ。他国の女性を抱きたいから支柱になった、みたいでさ」

「むー? 違うのですか?」

「違いますよ!?」

「───見つけたっ! 兄さまっ!」

「キャーッ!!?」

「やれやれ、急に大声を出すからこんなことになるんだぜー兄ちゃん」

「ホウケイは黙ってなさい! 逃げるぞ風!」

「はいはい~」

 

 逃げ回った。

 風を連れ、書簡を開き、一息つけば見つかり、空腹に苦しみながらも我が道突き進む一直線の光が如く……!

 

「おっ! 見っけたでぇ一刀!」

「霞っ!? すまん! 今追われてるからまたあとでな!」

「おー! って見逃すわけあらへんやろっ!」

「やっぱ駄目かっ!? だったら逃げる!」

 

 それはまるでいつかの光景。

 稟のことで華琳から北郷一刀捕獲指令が出された時のように、諦めない者はとことん諦めず……(主に霞と桂花)逃げる足も段々と遅くなってくると、危険ばかりが伴った。

 途中で風を解放して、昼餉を食べに行ってもらったけど、果たしてまだ昼が残っているかどうか。俺は……完全に食いっぱぐれだろう。それはもう諦めた。

 

「はっ……はっ……! み、みんなっ……しつこすぎっ……!」

「あーっ! 一刀見つけたー!」

「へ? ───天和!? ぐはっ!? しまった背中っ……って、」

「っへへー、ちぃも居るわよー?」

「私も居る」

「………」

 

 ぜーぜーと息を荒げ、ようやく逃げた先で……天和に見つかり、地和に抱きつかれ、人和に逃げ道を塞がれた。

 ああ……終わった、終わったね、これ。

 すまん風、凪……俺は志半ばで力尽きることに……!

 

……。

 

 で……

 

「というわけで、一刀さんには久しぶりに私達の世話役をやってもらいたいの」

「……代理は居ないんだな」

「やらせてみたけど駄目ね、あんなの駄目。自分がちぃたちのことを近くで見ることしか頭にないんだもん」

「それにぃ……三国連合舞台で正式にお披露目するのは、一刀と一緒にって決めてたしねー♪」

 

 久しぶりに連れてこられた事務所で、そんなことを説かれた。

 内装は……以前見たままだ、むしろ懐かしい。

 

「正式お披露目って、前の三国連合の時に歌ってたじゃないか」

「うーうーん? あれじゃあだめなのー♪」

「そうよ。ちゃーんと一刀が用意してくれた舞台で、一刀と一緒じゃなきゃ意味ないでしょ?」

「そう。次の三国が集まる時に合わせた計画を、早速今から纏めたいんだけど……」

 

 チラリと上目遣いで見られた。目が語りかけてくる……“手伝って……くれる?”って感じに。

 いや、それ以前に頼まれたら断れない状況にありまして……いや。

 

「よしわかった、華琳からの条件を抜きにしても、それは是非手伝いたいからな」

「っ───本当!?」

「おおうっ!? ほ、本当本当っ……!」

 

 顔を綻ばせ、急に近づいてきて俺の手を取る人和の勢いに、思わずたじろぐ。

 落ち着いた纏め役ってイメージがあるから、時々取るこういった行動には結構驚かされる。でもそれだけ素直に喜んでくれたってことだろうし、なんだか俺も笑顔になる。

 ……懐かしい感覚。

 なるほど。“懐かしみたい”って気持ち、今実感してるよ凪。

 

「連れてきておいてなんだけど、そんな安請け合いしていいの? 三日以内に自分の仕事、片付けなきゃいけないんでしょ?」

「わかってて突っ込んでくるのがお前達だからなぁ……いいよ、引き受ける。そのかわり、ちゃんと頑張ってくれよ?」

「えへへー……言ったでしょ、一刀。わたしにかかればみんなイチコロなんだから♪」

「大陸制覇は華琳さまが成した。次は、わたしたちの番だから」

「見てなさいよー? 一刀にちぃたちのこと、改めて惚れ直させてやるんだからっ」

 

 三人は相変わらずだ。

 一緒に“おー!”って叫んで拳を突き上げ笑っている。

 惚れ直す、なんてことは……天で恋焦がれ、戻ってきて……顔を合わせた時点でしちゃってるんだけどな。

 また惚れ直させてくれるんだろうか。そう思ったら、なんだかくすぐったくなってきた。

 

「じゃ、早速始めるか」

「その前にお昼!」

「その、一刀さんを探していたから昼餉がまだで……」

「一刀、もちろんおごってくれるよね?」

「…………お前らなぁ……」

 

 つくづく相変わらずの状況に、もう乾いた笑いしか出なかった。

 それでも三人に見つめられ、ねだられてしまってはこの北郷……財布の紐を緩めるしかなかったのだ───。

 すまん桃香。給金、使わせてもら───使えるよな? そういえば貨幣の合併っていうか、使えるお金の纏めというか、それはもうしたんだろうか。

 前までの金は普通に使えるし、呉でも蜀でも気にせずにいたけど。……ってことは使えるのか。よし、ならいける。

 

……。

 

 街で食事を取り、空腹のままで居る必要がなくなったことに歓喜しつつも書簡に目を通す。人和に行儀の悪さを指摘されてもなんとか許してもらい、食事が終わればマネージャー業務を再開。

 人和とともにこれからのことを話し合い、そこに天和と地和が首を突っ込み、纏まりかかった知恵を掻き混ぜていく。

 それでもなんとか“今日はこれくらいに”ってところまで漕ぎ着けると、ようやく解放されて───

 

「疲れた……懐かしめるけど、疲れ……ん? 誰───」

「か~ずと~♪」

「…………ドウモ、霞サン……」

 

 肩を叩かれ振り向いたのち……俺は“解放”の言葉の意味をしばらく考えた。

 

……。

 

 大人げない伝説を残した霞との突撃騎馬戦の練習(らしい)を終え、疲労した体で、城の通路をゆく。

 

「ぐっは……! なんだって今日、祭りのリベンジに向けての特訓なんて……!」

 

 練習は練習なんだが、ハチマキを取られないように躱しつつ、ウチのも狙ってみぃって感じのバトルだったもので、最初は嫌々、途中から無駄に白熱して……この有様である。

 ていうか仕事と関係なくない? 引き受け損だったんじゃあ……いやまあ、物凄く楽しそうで嬉しそうだったからいいんだけどさ。俺も嬉しかったし楽しかった。うん、それは確かだ。

 けど、書簡を読む余裕なんてなかったな……部屋に戻って早く……と、扉の前に辿り着いたあたりで肩を掴まれた。

 途端、ドッと湧いて出てくる汗と絶望感。

 

「…………ア、アノ……ドナタカ存ジマセンガ、僕……部屋ニ……」

 

 振り向くのが怖いんだが、怖くてもカタカタとゆっくり振り向く自分の顔。

 やがてその先にいらっしゃる魏武の大剣さまを前にし、俺は……少しだけ泣きました。


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