真・恋姫†無双 魏伝アフター   作:凍傷

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48:魏/がんばれ、男の子③

 へとへとの体を引きずるように、通路を歩く。

 結局あれからどうしたかというと……春蘭に頼まれ、等身大華琳さま人形用の服を買いに行った。

 手が離せないから買ってきてくれと頼まれた、と言うべきか。もちろん一人で。

 ああ、それはもう服屋に生暖かい目で見られたさ……!

 

「もう、もう戻るぞ……! 帰るんだ……部屋に、俺は……!」

 

 警備隊の仕事に戻ってたらしい沙和と真桜にも見つかって、女性ものの服を買った事実にきゃいきゃいと茶化されて、けど等身大華琳様のことは内緒だから言うわけにもいかなくて……! くぅう……!

 ちくしょう神様俺が何をしたぁあーっ!!

 

「春蘭も春蘭だよ……華琳が成長するたびに手入れするのはわかるけど、そのたびに服を買い換えなくてもいいだろうに……!」

 

 今度無断で侵入して、華琳さま人形にメイド服でも着せておいてくれようか。

 いや、新たに意匠を凝らして春蘭秋蘭が熱い溜め息を吐くような、華琳さま人形用の服を……!

 

「なんかそれなら普通に華琳にプレゼントした方がいい気が……」

 

 ちょっと考えておいてみようかな。

 けど、ああやって人形の手入れをしている春蘭本人が、まさか人形のモデルになってるとは思いもしないだろうなぁ。

 からくり夏侯惇将軍……あれは確かに見事な出来栄えだし。

 真桜が調整して関節駆動を可能にしたものはより一層だ。

 

「……て、そうだよ。華琳さま人形」

 

 気になってたことがあった。

 動くからくり夏侯惇将軍の実現への目標、華琳さま人形、そして……夜に歩く冷たく硬い女性。

 案外それって真桜が春蘭と企ててる、動くからくり華琳さま人形だったり……?

 

「まさかな、ははは」

 

 でも夜の冷たい少女の話……あれを警備隊がずっと放置している理由が、もし真桜がしでかしていることだからって理由なら、妙に納得がいくっていうか。

 代わりに華琳の耳に入りでもしたら───うん? 華琳の耳、じゃなくて目にはもう入ってる……んだよな? ああして竹簡に記されてるってことは。

 

(わかってて放置してる……? たとえば関わり合いたくないから、とか。それとも犯人がわかった上で、得になることがあるから好き勝手させてる……?)

 

 ……わからん。

 なんにせよ部屋も目の前だ。

 

(もう陽も傾いてるし、追ってくる人影も随分減ったし、作業を進めよう)

 

 扉を開き、自室の中へ。

 

「うふふふふはははは! やっぱり戻ってきたわね北ご」

 

 ───閉めた。

 なんか居た。

 腕組んで仁王立ちめいた立ち方で俺を待っている何かが。

 猫耳フードのようなものを被り、ひらひらした服を着た役職軍師な何かが。

 

「───そうだ、京都、行こう」

 

 疲れていた俺はそう言い残し、とぼとぼと隊舎を目指した。

 もはや捕まって仕事を頼まれようとも構わない。

 ただひたすらに余った時間に書簡を見つめる修羅であれ……!!

 嫌な予感しかしないから、桂花からは逃げる方向で。

 なんて思っていると早速、通路の先からズシャアと滑り込む誰かの姿。

 

「あっ! 兄ちゃん見つけた!」

 

 季衣である。

 もう陽も傾く頃だというのにまだ探していたのか、今度こそはと走ってくるその姿へと───自ら駆け出す!!

 

「季衣!」

「兄ちゃん!」

「季衣ーっ!」

「兄ちゃーんっ!」

 

 ともに駆け、通路の真ん中でガッシィイと抱き合った。

 お約束といたしましては、その勢いを外側へと軽く向け、回転するのが美しい。

 そんなわけで抱き合ったままの状態でくるくると季衣を振り回し、すとんと着地させてから改めて向き合う。

 

「えへへー、なんかわからないけど楽しかった」

「こういうのはやったもん勝ちだからな。で、季衣もなにかしてほしいことがあるのか?」

「え? んー……もう終わっちゃったからいいや。流琉と交代でやってて、出来たら兄ちゃんと一緒にやりたいなーって思っただけだし」

「そ、そっか。なんか悪いことしたな」

「兄ちゃんにもやらなきゃいけないことがあったんでしょ? だったらいーよ、一緒に騒げて楽しかったもん」

「………」

 

 いい娘だ……!

 真っ直ぐ見上げられての純粋な言葉が、こんなにも胸に届く……!

 

「よし、じゃあ一緒に夕餉でも食べに行こうか」

「え? 兄ちゃん仕事はいいの?」

「なんとかなるっ、いや、なんとかするっ!」

 

 そもそも何か入れないと倒れそうだ。

 昼はなんとか食べたものの、引っ張りまわされた所為か消化が早い。

 まるで体が、必要な栄養素を胃袋の中のものから休息に吸収しているかのようだ。

 それよりなにより、純粋な言葉と瞳に心打たれただけってのもあるけど。

 そんなわけで途中で合流した流琉とともに厨房へ行き、せっかくだからと腕を振るう流琉を手伝い、完成させ、ともに食し、夜を迎えた。

 

……。

 

 騒がしい一日は流れるのが早い。

 あれから厨房を訪れた秋蘭に軽く頼まれごとをされたり、落とし穴に落ちて以降は見てなかった稟にも軽い頼まれごとをされ、ひと段落を得てからは書簡を手に自室へと戻った。桂花は……居なかった。良かった……! ほんとよかった……!!

 あ、で、袁術だけど。今日は侍女さんが食事を届けてくれたらしく、袁術も空腹に苦しむことはなかった様子。

 しかし一人じゃつまらなかったらしい袁術に軽く怒られながら、書簡整理を続けた。

 三日に分けるにしても量が多い。

 明日明後日となにが起こるか解らない以上、出来るだけ整理しておくべきだ。

 幸いにして鍵は俺が持っていていいことになったし、明日はいいスタートダッシュが出来そうだ。

 

……。

 

 二日目の早朝───起床、そして突撃。

 確認を終えた書簡を抱えて隊舎へ。

 書簡を納めるとともに、その場で確認出来るだけ確認し、誰かが近づく気配を感じれば即座に逃走。

 ちと反則だが昨晩の夕餉と一緒に作っておいたおにぎりを頬張り、腹を満たしての行動は続く。

 

「お兄さんお兄さん、こちらですよ」

「あっ───風! 昨日は助かっ───、……風? なんで腰に抱き着いてくるのかな?」

「むふふふー……♪ 昨日は非番でしたが、今日はしっかり仕事がありまして。それでですねー、お兄さんには少々手伝ってもらいたいことがあるのですよー」

「だー!! いきなりやっちまったぁあーっ!!」

 

 ……早朝、風によりあっさり捕獲される。

 

……。

 

 朝……解放。

 仕事といってもそう難しいものではなく、言葉通りの“少々”の手伝いだったこともあり、割と早く解放された。

 少々って言うだけあって、書簡を覗く暇もなかなかにあったし。

 

「よし、自室と中庭には桂花が居るかもしれないから……だわっと!?」

「兄ちゃんみーっけ♪」

「…………ヤア」

 

 ……朝、季衣により背後から捕獲。

 昨日のこともあり、断るなんてことは俺には無理そうだった。

 まあ……断れないことになってるんだけどさ。

 

……。

 

 いつかのように季衣が溜め込んでいた書簡の束の整理を流琉とともに終え、一息。

 「にーちゃんありがとー!」と元気に手を振る季衣に見送られて歩いた。

 

(あれ……? なんで俺、自分の書簡ほったらかしで別の書簡整理してたんだっけ……?)

 

 もういろいろとわからない。

 しかしあんな笑顔にそんなことを言えるはずもなく……うう。

 

「よ、よしっ! 今度こそ───、……どっ……どなた、でしょう……」

「隊長見つけたのー!」

「うっへっへー、みっけたでー隊長~♪」

「隊長……申し訳ありません」

「………」

 

 昼を過ぎた頃……三羽鳥に捕獲される。

 我ながら素晴らしい速度で季衣の書類を整理できたなと、ポジティブに考えていた時のことであった。

 

……。

 

 で。

 

「お前らなぁあ~……! あれだけ溜め込むなって言っておいたのに……!」

「だって~、そういうのって隊長がやっててくれたから、沙和たちじゃわからないことってこう、どうしようもなくあるんだもん~」

「ちゅーわけで勝手に消えた隊長が悪い」

「どう考えても溜め込んでるお前らが悪いだろっ!」

「うう……すいません……」

 

 報告するべきことの纏めを任された。

 今まで目を通してきた謎の竹簡の存在理由を確認できたわけだ。

 どう報告したものかを悩んだ挙句があのゴシップ記事めいた竹簡。

 なるほど、理由はよくわかった。わかったけど、納得はいかない。

 

「まだ俺も目を通してる最中だっていうのに……で、最近街で起きたことは?」

「あ、三区目の通りに美味しい甘味屋が出来たの~♪」

「おお、あれはめっちゃ美味かったな~!」

「わたしは、もう少し刺激があったほうが……」

「いや、好みの話じゃなくてだな……! ていうか最近の出来事を理解してない俺に、こういうのを任せるのって明らかに間違ってるだろっ!」

「や~ん、隊長怒っちゃや~なの~!」

「そやで~、他の娘ぉのは笑顔で手伝ってたや~ん……」

「だったら笑顔になれることを頼んでくれ……頼むから……」

 

 気分は子供の自由研究を手伝わされる親───うわぁ、シャレにならないくらい、気分的にぴったりな喩えだ……。

 頼りの凪も計算などは苦手なままなようで、そういうところは俺任せになっている。

 ……今度、以前桂花がやってた仕事を引き受けて、教師の真似事でもしようか。

 このままだと蜀の子供達に知能レベルで負けてしまう。

 

……。

 

 夕刻、解放。

 もう自分が何をするべきかわからなくなってきております。

 なんだったっけ? 書簡整理? アッハハハハハハハやだなぁ、たった今終わらせたばかりじゃないですか。そんな僕にまだやれと?

 

「…………ハッ!? いやいやいやいややらなきゃいけないんだって!」

 

 危ない危ない! 意識がいろんな意味で飛びかけてた!

 まだ時間はあるし、出来なかった今日の分のノルマを達成させる!

 

「そうと決まれば書簡を───」

「おー一刀~♪ 一緒に酒呑も~♪」

「…………OH()……」

 

 夕刻……霞と、その後ろでうむうむと頷く華雄に捕まった。

 泣いていいですか?

 

……。

 

 とっぷりと夜。

 酔い潰れるようにして眠る霞と華雄を寝台に寝かせ、掛け布団をかけてやる。

 ふらふらになりながらも霞の部屋をあとにして、自室に戻ると書簡整理を続行……するも、酔っている状態で満足に整理出来る筈もなく、撃沈。

 吾郎に怯える袁術に泣きつかれたが、寝台まで歩く余裕などなかった。

 

……。

 

 三日目、早朝。

 もはや一刻の猶予も無しと、昨日の分と今日の分の殲滅……もとい、整理にかかる。

 その気迫はもはや人を近づけさせなくなるほど激しい様だったと、のちに誰かが語る。

 それはそれとして自室と隊舎を、氣を行使しての疾駆で行き来する様は異様。

 誰が見ても書簡整理をしている男には見えなかったことだ───

 

「ギャアーッ!?」

 

 ───ろう、と続けようとしたところで落とし穴に落ちた。

 

「おほほほほほ! ついにっ……ついにかかったわね北郷! 寝る間を惜しんで掘った甲斐があったわ!」

「けっ……けぇえええいふぁぁあああああああああっ!!!!」

 

 無駄なことに時間と労力を割く軍師さまの登場である。

 

「おまっ……こんな誰でも通るところに落とし穴とかっ! 侍女の誰かが落ちたらどうする気だっ!」

「落ちる前に呼び止めるわよ。落ちるのはあなただけでいいんだし」

「とことん鬼ですね!? っと、こ……おっ……! あれっ!? 妙に体がハマって……」

「…………ふっ? ふふっ? うふふうふふあはははは……!? そう、体が。体が嵌って動けないのね? うふふふふ……!」

「いっ……いやっ! ハマってないっ! ハマってないぞっ!? だから人を見下ろしてそんなあからさまにニヤケるとかっ……! や、やめろ! ぶはっ! 土なんか被せてどうするっ───やめっ……! やめろぉおおっ!!」

 

 落とし穴自体は、そう深いものではなかった。

 が、問題なのは落ち方であり……妙な感じに体を庇ったために、顔と爪先とが穴から軽く出ているような……そんな状態。

 そこへと容赦なく土を掛け始める桂花……って、待っ……ほんとシャレにっ……!!

 

 

   ギャアアアアアアアアア………………!!

 

 

───……。

 

 

 で…………約束の日。

 

「……以前のように刻限は設けてなかったわけだけれど……見て明らかね。一刀、約束通り、鍛錬は禁止。ただし模擬戦等、他者の相手や必要な時は例外とするわ。……何か、言いたいことはあるかしら?」

 

 あっさりと鍛錬禁止が言い渡された。

 俺はといえば……

 

「───…………」

「一刀?」

「───…………」

 

 頭の中が真っ白になっていた。

 

「…………華琳さま、放心しております」

 

 とことこと華琳の傍から歩いてきた秋蘭が、俺を見て一言。

 玉座の間にて、跪きながら、言い渡された言葉に放心。

 これまでの努力が……落とし穴……よりにもよって、桂花の落とし穴に……。

 生きてるだけ凄いけど、抜け出すのにどれほど苦労したか……。

 まさか埋められるとは思ってもみなくて、なんとか顔は地上に出てて、呼吸も出来たけど……ご丁寧にその周囲をパンパンと固めていきやがりましたからね、あの軍師さまは。

 ああでもなんだろう、このまま心を放っていけば、どこへだって行けそうな気がした。

 見上げれば、天井しかないはずのそこから光が差し込んで、手を伸ばせば飛んでいけそうな───そんな予感が……

 

「秋蘭? 北郷の口から白っぽい煙のようなものが出ているようだが?」

「なに? おお、これは奇怪な……」

 

 ……ぼてり。

 

「っ!? かずっ───北郷!?」

 

 倒れた。

 なんかもう気が遠くなるって言葉が、打撃とか氣の使いすぎ以外で訪れるなんて珍しいって思いとともに、スゥっと意識が混濁して。

 秋蘭が“一刀”って呼びそうになったのを耳で受け止めながら、俺の意識はぶっつりと途切れた。

 

……。

 

 …………なでなでなでなで……

 

「うみゅ……の、のう一刀? なぜ妾の頭を撫でるのじゃ……?」

「ほっほっほ……それはねぇ……袁術がめんこいからじゃよぉ……」

 

 心がやさしさに満ちておりました。

 もはやこの北郷、何に対しての邪念も浮かびませぬ。

 儂はやれることをやり、敵の罠を見抜けず落ちた……このような老兵は、もはや戦場には要らぬのじゃ……。

 

「目覚めてからずっとこんな感じや……現実に耐えられなくて逃避しとんのとちゃう?」

「呉でも蜀でも鍛錬をしてたって聞いたの」

「た、隊長! しっかりしてください! 隊長!」

 

 目覚めて最初に見たのは天井。

 起き上がると傍で袁術が心配そうに俺の顔を見ていて、俺はといえば気を失う理由を思い出して……いろいろと落ち込んだ。

 落ち込んで落ち込んで……結局は書簡を整理しきれなかったのは、何がどうであれ自分の落ち度だと受け取り……受け取ったら心が酷く落ち着いた。落ち着いたら、俺が儂に変わっていた。

 ああ……何もかもがみな懐かしい……。

 儂ゃあ……何を躍起になっておったのかのぉ……。

 ほっほっほ、まるで全てが遠い昔のことのようじゃわい……。

 

「これこれ、そんな大声を出すもんじゃないよぉ……。おぉそうじゃ、お小遣いをやろうかの……これでお外で遊んできなさい」

「うわっ、なんか気色悪いほどやさしいで!?」

「隊長……わたしたちが自分の仕事を押し付けたばっかりに……!」

「うぐっ……さすがにこんな状態の隊長見ると、何も言い返せんなぁ……」

「でも、鍛錬ってそんなにしたいものなのかなー。隊長って前までは、鍛錬とか嫌がってたのに」

「そらぁ……へっへっへー、男として変わりたいとか思ったのとちゃうん?」

「え? それって───」

「~……やっぱりだめだ! 見ていられない! 華琳さまに話を通して、隊長の鍛錬の日を取り戻してみせる!」

「へっ? や、そら無茶やで凪っ! 大将が決めたことを簡単に撤回するお方やないこと、凪かて知っとるやろぉ!」

「だがこんな、ただただやさしくなっていく隊長などっ……! へわっ!?」

 

 傍の椅子に座り、儂を見ていた凪の手を掴み、引き寄せた。

 そして、「椅子にお座り」と促し座ってもらうと、その頭をやさしく撫でる。

 

「た、隊長……?」

「大丈夫じゃよ、儂は……なぁんも心配はいらんよ……。凪や、笑っとくれ。儂はもう、しっかりと受け容れたんじゃからなぁ……」

「……隊長……」

「や、受け取っとるんやったら元の口調に戻してくれへん?」

「……………………」

「うわっ! めっちゃ自然に涙流した!」

「隊長すごいの! 普通は瞬きとかするのに!」

「いや……あのね……? なんかさ……口調でも変えて、心が落ち着いたフリでもしないとさ……涙がこう……」

 

 やさしい気持ちにはなった。それは事実だけど、ただ単に苦労が報われなかったって悔しさが怒りにまで達しなかったってだけで……悔しくもあるし悲しくもあるのだ。

 行き場の無い悔しさの行き先が、やさしさだっただけ。ただそれだけ。

 

「はぁ……華琳の前で鍛錬してみせたのは失敗だったかなぁ……」

「お、口調、元に戻ぅとる」

「あ、あのっ、隊長……? そ、そろそろ……」

「そうなのー! 凪ちゃんばっかりずるいよー!」

 

 鍛錬禁止は決定。

 しかし他者の相手になるなら構わないというのなら、それはまだ救いがあった。

 氣の練習はいつでも出来るし……思春が誘ってくれても、それは他者の相手ってことで納得されるのかな。いや、無理だろうなぁ。

 そんなことを思いながら、看病(?)を任された凪、真桜、沙和に騒がしく看病されながら、鍛錬の日ってものを手放した。

 今度木刀を振るえる日はいつになるんだろう。

 小さく考えたことを頭を振るって追い出して、この日常を受け容れる。

 そんな俺を見た袁術が心配そうな目を向けたが、なんでもないよと返して。

 後ろ盾が出来た途端に対人恐怖症も多少は薄れたのか、自分に強い意識を向けない相手なら大丈夫なだけなのか、三人が居ても袁術は平気そうだった。

 ……ただ、左手でず~っと俺の服を掴んだままだったのは、気になるところではあったけど。

 

「よしっ、書簡整理するかっ」

「え゛……まだするん?」

「鍛錬は鍛錬、仕事は仕事だ。自分の知らないところで書簡溜められても困るからな。さっさと復帰しないと」

「うぐっ……言い返す言葉もないわ……」

 

 ドタバタして、鍛錬禁止が言い渡されてもやることはやろう。

 むしろ何もしないでいるとどうにかなってしまいそうだ。

 そんなわけで、三日後ってこともあり元・鍛錬の日ってこともあり、無駄に有り余ったやる気を仕事にぶつけた。

 せっかくだから三人に軽い授業をしてみながら。

 三人は多少嫌がっては居たものの、書簡整理を手伝わせた負い目もあってか素直に受けてくれた。

 ……ほんと、そんな軽いことでもう笑ってる自分が居るんだから、この国は心地良い。

 

「……うん」

 

 誰にともなく「これからもよろしく」と唱えて、仕事と授業を再開した。

 この三日間にあった、確かな懐かしさと騒がしい空気を振り返りながら。


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