90/王として少女らしく、少女として王らしく
“鍛錬の日”の剥奪が決定された翌日。
なんだかんだで書簡整理を終えた俺は、華琳の部屋へと訪れその報告をしていた。
時刻は昼を過ぎたあたり。
外は生憎の雨だ。耳を澄ますまでもなく耳に届くくらい、なかなかの強い雨。
報告とともに差し出した、纏めの竹簡を手に取り目を通す華琳は無言。
俺はただその場で反応を待ち、そうした静かな時間の中でも地を打つ雨音、そして華琳のゆったりとした息遣いを聞いていた。
それほど室内は静かだった。うるさく聞こえるのは雨音くらいだ。
もちろん華琳の息遣いだって、よほどに注意しなければ聞こえることもない。
「…………結構。綺麗に纏めてあるわね」
「そっか、そりゃよかった。なにせ読むのに大分苦労させられたからな。これでダメだとか言われたら、禁止された甲斐がない」
「そうね。じゃあ逆に訊くけれど……邪魔が入らなければ三日以内に終わらせられたのかしら?」
「苦労させられたけど邪魔とは思ってなかったから、それには答えられないなぁ」
「ならいいわ。もし邪魔だったなんて言おうものなら、きつい罰を与えていたところだけれど……そうね。せめて罰は下さないでおいてあげる。三日以内には間に合わなかったけれど、皆の手伝いをしながらこの早さなら、逆に感心出来るくらいよ」
「いいのか?」
「いいわよ。ただし、警備隊や他の者にもきちんと言うべきことを言うこと」
「ん、そりゃもちろん」
どうやら罰は流れてくれるらしい。あ、罰って言っても鍛錬禁止が撤回とかではなく、三日以内に終わらせると胸を張ったのに、果たせなかったことへの罰だ。“もちろん罰も考えておくわ”と、しっかり言ってたもんなぁ。
けどそれが無しになるんだから、正直なところとても嬉しい。こういうことは気まぐれみたいに変えてくれるくせに、誰かの予定を曲げた時はほぼ考え直してくれないから困る。
「で……言うべきことを言いに行く前に、一言だけ言わせてほしいんだけど、いいか?」
「なにかしら?」
「……条件を満たせなかったから言うんじゃないけど、人の日課を禁止にしたりして、俺が愛想を尽かすとか怒り出すとか考えなかったのか?」
正直な話をするなら、鍛錬禁止は勘弁してほしかった。
雪蓮との約束はもちろんだけど、じいちゃんの期待に応えたいって思いが当然ある。
条件つきとはいえ、ほぼ一方的に禁止にされた。
悔しさは……やっぱり、どうしようもなく存在する。
「……そうね。思ったわ。むしろ当り散らしてくれてもいいとさえ思ったわね」
「え……? ど、どうして」
予想だにしなかった言葉に、軽く混乱する。
そんなふうに思っていて、どうしてそれを実行しようだなんて思ったのか。
「ねぇ一刀? 貴方、この大陸に来て、自分がしたいことをきちんとしている? 怒るべきに怒り、喜ぶべきに喜んでいる?」
「そりゃ、してるぞ? 笑いたい時に笑ってるし、泣きたい時に……まあ、泣いてる」
「そう。ならば……怒ってはいないのね」
「………」
……“心は乱さず”を心がけてはいる。乱しまくっているけど、心がけのほぼは怒りに向けている。けれどどうしても怒る時はあるし、苛立ってしまうことはある。
だからそれは違うと答えても、華琳は俺の目を覗いてくるだけ。
「一刀。怒るべき時に怒れる貴方になりなさい。やさしさだけでは、いつか身を滅ぼすわよ。貴方相手なら何をしても許される、なんて……わたしはそんなことを許したくはない」
「じゃあ鍛錬のことは取り消して───」
「だめよ。あんなもの、見ているこっちが苦しいじゃない」
「や、だってやってるのは俺だぞ?」
(……だから苦しいって言ってるんじゃない、このばか)
「え? 今なんて……?」
「なんでもないわよっ! とにかく、あんな呼吸困難で死にそうになるほどの鍛錬なんて許さないわ。やるなら他の誰かと、あくまで普通にやりなさい」
「あ、ああ……うん……」
怒られてしまった。
……あれ? ここってこっちが怒るところか?
いや、けどそんないきなり怒れって言われても、怒れないぞ?
「三日間、貴方に皆を仕向けたのはわたしだけれど……三日目の桂花はやりすぎね。仕事を頼んでいいとは言ったけれど、落とした上に埋めていいとは一言たりとも言っていないわ。お仕置きが必要かしら」
「華琳がお仕置きしても、喜ぶだけだと思うぞ」
「……そうね。なら一刀、貴方がやる? 縛った状態で目隠しをして、あとは貴方の好きに───」
「はいストップ。そこまでにしてくれ華琳。無理矢理とかはもう勘弁してほしい。華琳が適当にお仕置きしといてくれ。喜んでもいいから、キッツイのを」
「───……そ……そう。まあ……埋められた本人がそう言うのなら、べつにいいけれど」
どうしてお仕置き=肉体関係に走るんだろうなぁこの魏王さまは。
無理矢理はもう勘弁だし、どうしてもやれと言われたら、さすがにいい加減なにかがプツンといってしまいそうだ。我慢は体に毒っていうけどね……怒りたくないって思いや仲良くしたいって思い、それと惚れた弱みってやつがいったいどこまで保ってくれるかだ。
人間、堪忍袋ってものがあります。
じいちゃんとの鍛錬でそういったものをキツく縛ってきてはいるものの、我慢も限界が来る時はどうしてもある。
理不尽に叩かれたり殴られたり蹴られたり、条件付きの困難の最中に妨害されたり鍛錬潰されたり……そりゃさ、不満ばっかりだぞ? 怒るなって言われても怒りたい時はそりゃあある。
いっそ華琳が怒るみたいにどっかーんと怒りたいもんだが……こういうのって性格なのかなぁ……やっぱりどっかーんと怒る自分が想像出来ない。
普段怒らないやつが怒ると怖いっていうけどさ、俺の場合はどうなるんだか。
……ていうか随分とあっさり引き下がったな。
“これは命令よ。拒否は許さないわ”とか言ったりしなかったし。
(?)
怖い顔でもしてたかな、俺。
まあいいや。
「それで……もう警備隊に復帰していいのか?」
「え、ええ……けれど、復帰は明日からにしなさい。今から復帰したら、他の者の予定を崩すことになりかねないわ」
「そっか……うん、そっか」
明日から復帰出来る。
消えることになったり、各国を回ったり、迷惑を掛け通しだった俺が、ようやく。
よかった……本当に。これでまた、帰ってきたって実感を得られるに違いない。
今から頬が緩んで仕方ない。きっとだらしのない顔をしているんだろう。
「…………一刀」
「へ? あ、わ、悪い、顔緩んでたか?」
「ええ、緩んでいるわね。それだけ望んでいたのなら任せ甲斐があるわ。……そうではなくて、支柱の話よ」
「……支柱の?」
ハテ。てっきりニヤケ顔を指摘してきたのかと。
こう、しゃきっとしなさいって感じで。
いやいやむしろ、“そのだらしのない顔は変わらないのね、つくづく一刀だわ”って。
けれど表情はどこか不安気というか……あれ? 気を使われてる? 気の所為?
「その、風から聞いたわ。貴方、まだ他国の女性を受け容れるかどうかを悩んでいるそうね」
「えっ……あ……はぁ。風のやつ、そんなこと報告しなくてもいいのに……」
「ということは、事実なのね?」
「……ああ。その理由も聞いたんだろ?」
「ええ。その上で率直な意見を言わせてもらうけど」
「? あ、ああ」
「貴方は……わたしとの会話で何を聞いていたの?」
「………………へ?」
予想していた言葉と全然違う言葉に思考が停止した。
しかしすぐに持ち直すと、どういう意味かを考えて……答えが出ないにもほどがある頭をいい加減殴りたくなった。
華琳も、どこか不安が残っている表情のままに続け、しかし途中からは普段通りの表情になっていた。
「華琳との会話って、え……?」
「私が北郷隊───真桜、沙和、凪を貴方に任せたあとのこと、覚えているわね?」
「ああ、そりゃもちろん」
「ならば当然、わたしが貴方に北郷隊の調子を訊いた時のことも覚えているわね?」
「調子をって……あれか。なんでまたあの時のことを?」
「……だから、何を聞いていたのと訊いているんじゃない。思い出せないようなら耳を引っ張って、その耳元で叫んでくれようかしら?」
「勘弁してくれ。……えと、あー……つまり? ……───! 華琳、それはっ!」
「同じことよ。今貴方が何を思い出し、どう考えたのか。答えはそこでしょう? あの三人との結果はもう出ている。ならば貴方があの時に言った、“自然の流れ、貴方なりのやり方”というものが実ったということ」
「うぐっ……それは、そうだけど」
確かに自然の流れ……ではあった。
その流れの行きついた先が、あの時華琳が提案した“ひとつだけ”の結果だったけど。
「魏に操を立てるのは結構。ただ、わたしは貴方に言ったはずよ? わたしが認める者がくだらない男に抱かれることを、わたしは良しとしないと」
「ああ、聞いたけど……」
「男の甲斐性がどうのと唱えたのはわたしよ。相手が一刀に惚れ、一刀が相手に惚れたのなら行き着く先など自然の流れ任せでいい。そうでしょう? 貴方が妙に気負う必要はないし、貴方は自然の流れのままに支柱になり父になればいい。いいえ、むしろなりなさい」
「や……けどなぁ……」
無茶苦茶だけど、既に手を出してる前例があるだけに反論しづらい。
「“人の気持ちの大事な部分を利用しているようで嫌だ”、と……以前言ったわね」
「言ったなぁ……」
「同じことで悩むなとは言わないわ。人である以上は状況が変われば見誤りもするもの。ただ、いつまでも悩んでいるようなら、それを叩き直すのは指摘出来る者の務めだと思わない?」
「それはつまり、華琳ってことか?」
「誰であろうと十分よ。簡単じゃない、一刀が迷っている答えを教えられれば誰だっていいんだもの」
「…………」
そうだろうけど、それってつまり俺以外なら簡単にわかるって聞こえ───え? もしかしてそうなのか?
や……実際“揺るぎ”のことについても、愛紗と星の前で赤っ恥曝した俺だし。
もしかして今回も、物凄く簡単なことなんじゃ……?
「誰も無理矢理に抱けなんて言わないわ。以前の貴方が言ったように自然の流れに任せればいい。好いて、好かれて、そういう流れになったなら抱けばいい」
「……“そうでなければ、応えるはずがないでしょう?”だよな」
「ええ、その通りよ」
愛は一つだけと決められているわけではない。
俺は一人しか居ないけど、ならばそれぞれに愛を注げばいいだけ───だったよな。
そんな言葉に対して、“そういうのは自然の流れだと思う。俺は俺の方法で、信頼を得られるように地道にやってみる”と答えた。
結果としては三人と関係を結んで、信頼も得て……その、似たようなことが張三姉妹ともあったわけで。
「けど、あの頃は───」
「あの頃は仲間内だったから、なんてつまらない言い訳は言わないでほしいわね。魏という範疇が三国に広がり、貴方はその支柱になりたいと言ったのよ?」
「いや、それは……」
「なら訊くわ。支柱になった先で、もしそういった自然の流れで至るところに至った時、貴方は魏将だけを抱き、呉将や蜀将は抱けぬと断るの?」
「…………」
「答えをわたしに言う必要はないわ。ただ、国に生き国に死ぬと言った以上、次代を担う子を育む行為を断る貴方に、支柱である資格など───断じて有りはしないのよ」
「それだけで!? えっ……あ、いやっ、そうかもしれないけど、なんか一気にシリアスから別の方向に投げ出されたような……!」
いや、わかる、わかるつもりだぞ? そりゃあそうだ、資格無いよ、うん。
でも……あれぇ……?
なんかこう、納得するために必要な覚悟が随分と高みにあるような……。
「小難しいことは言わないわ。本気で好きになり、本気で惚れられたなら抱きなさい。友だとどれだけ口にしようと……いいえ? 友になり気安くなったからこそ、好きになるということも有り得るものでしょう?」
「………そりゃ、そうだけど」
「それとも、貴方と友になったのなら、そういうことは一切されないと? 今はそれでもいいでしょうけど、雪蓮あたりは友をやめると言い出しかねないわよ」
「あー……だな、それは俺も考えた」
「そう? 考える頭がまだあるのなら、固定した考えばかりではなく柔軟な結論に期待させて頂戴。必ず抱けと言っているのではないわ、互いに好きになり、自然の流れでそうなった時に抱けと言っているの。貴方の言う揺るぎがどんな形のものであれ、証は私の手元にある。その証から外れないのであれば、いくらでも許可するわ」
そうなんだろうか……手を出したら出したで、なんだかピリピリしそうな気が。
「自然の流れか。雪蓮には種馬になれって言われたことがあるけど、他の人はそれを望んでいるのかな」
「それは貴方が貴方の目で見て確認することよ。呉で、蜀で、そういったことが一切無かった、なんて言わないわよね?」
「………」
“か、一刀様っ、私は……子を宿すなら、一刀様との子がいいですっ”
“私もっ……他の人となんて、考えるだけでも……! …………怖い、です……!”
……軽く、いつかの呉でのことを思い返してみる。
雪蓮がきっかけで始まった、次代を担う子の話。
明命が、亞莎がそう望んでくれて、俺は…………
「……あった。そっか、断ることで頭がいっぱいだったけど……」
人の真面目な告白、魏を理由に断ったんだよな、俺……。
(“お主の気持ちはどうなんじゃ”、かぁ……)
そのあとに言われた、祭さんの言葉を思い出してみる。
魏や国のことなど後回しにして、俺自身は明命を、亞莎をどう思っているのか。
……それは、大事な友達だ。
言葉通りに大事にしたいし、守ってあげたいと思う。
実力が伴わなくても守りたくなるほど大切な存在。
そんな娘が……他の人は怖い、俺がいいって言っているのに、俺は……このまま突き放し続け、誰か適当な男に任せるのだろうか。
俺には魏があるから、なんて理由で?
大切な国なのは確かだ。それに、いつの時代だって好きな相手と結ばれないことなんていくらでもある。俺が首を縦に振ることで叶うそれを、俺は───……
“儂は自分が認めた者以外の男の子を成すなど、許容しきれんわ”
……いいんだろうか。
認められていると、自惚れてしまって。
……いいんだろうか。
求められたからといって、全てを受け止め、受け入れてしまって。
(……俺は……)
華琳の部屋の天井を一度仰ぎ、鼻から静かに、しかし長く大きく息を吸い、吐いた。そして考える。
冗談半分、真面目半分で雪蓮が言った、政略的な物事に当人の意思は関係無いって言葉……あれはいつか、彼女らに降りかかるものなんだろう。
それこそ本当に子が必要になった時、相手なんて選ぶことの出来ない状態で、彼女らは……抱かれるのだろう、地位が良く、中々に力のある誰かと。
そう思った瞬間、嫌な気分になるのはどうしてだ?
随分勝手な都合じゃないか、断ったくせに怒るのか?
俺は……なぁ北郷一刀、お前は……本当に、それで───
「……なぁ華琳。一つだけ、訊いていいか?」
「……ええ。言葉通り、指摘出来る者の務めを果たしてあげる」
「ああ。果たしてくれ」
息を吸い、そして吐く。
結論はもう出ていて、やっぱり優柔不断なものだけど……華琳もそれがわかっているからか、リラックスした状態で椅子に座り直し、机に頬杖をつきながら笑んでいた。
「……俺らしさってのは……なんだ?」
だから言う。遠慮なく。
俺は俺としての支柱の在り方を目指す……そうは決めても、今だ鮮明に見えていないその在り方に、もやもやが溜まってきていた。
だからこそ思う。どれだけ鍛錬しようが学ぼうが、自分はただの人間なのだと。
自分で苦労して出した答えならば、必ず正解であるわけでもないことを知り、他人に与えられた何気ない一言が、苦労して考えたものよりもよほどに綺麗な答えであることを知ってしまう、人間なのだと。
人は一人では生きていけない。
間違ったことをしてしまったなら止めてくれる誰かが必要で、その誰かが間違えれば、止める自分も必要で。
だからこそ俺は……それがどんな言葉でもいい。
誰かの言葉を欲したのだろう。
「貴方らしさ、ねぇ……。悩んでも空回りばかりで、だというのに期待には無駄に応えて、退屈させないところかしら」
「……華琳の中の俺は、そんなもんか」
「ええ、“そんなもん”よ。そして、魏にはそういった馬鹿が必要だった」
「馬鹿って、随分はっきり言うなぁ」
「言ったでしょう? 貴方は言わなきゃわからないんだもの。言われたくなかったら、思い悩むよりも先に走りなさい。天の御遣いが真実、世に太平を齎す存在ならば……必要なのはむしろこれからよ。乱世の太平は成り、だからこそ北郷一刀は消えたのなら……今度はこの目の前にある平和な世をより幸福にしなさい。わたしがそれを見届け終えるまで、わたしは貴方を帰す気などさらさら無いんだから」
「………」
楽しそうな顔だった。
まるで、親に何かを自慢げに語る子供のような、そんな顔。
いたずらが成功し、満面の笑みを浮かべた瞬間を切り取ったような……そんな、笑顔。
そんな笑顔に真っ直ぐに心を打たれて、俺は……支柱がどうとか次代がどうとか関係無しに、自然と動いていた。
机を挟んで向かい合っていた状態から、回り込んですぐ傍へ。
突然の俺の行動にも余裕の姿勢で俺を見る彼女に、彼女が意外に思う行動を取ることで体勢を崩させ……
「なっ───!? かずっ……ふぐっ!?」
深い深い、くちづけを。
今や誰もが知る覇王の頭を正面から撫でるなんて、きっと誰もやらない。
そんな油断があったのか、驚き、頬杖をやめて状態を起こし、盛大に体勢を崩してくれた華琳にキスをした。深く、深く。
しかしながらその先に走ることはなく、これでもかと言うほど、いや……それ以上に長く口を押し付け、舌を伸ばし、唾液を交換し……ようやく、離れた。
「~……っ、……あ、あっ……あなたはっ……」
「……まあその。一応。思い悩むより突っ走ってみたんだボほゥ!?」
胸を叩かれた。妙なところに当たって、地味に咽る。
「けほっ……! い、いきなりなにをっ……!」
「いきなりなにをはわたしの台詞だと思うのだけれど……!? 誰がいつそんなことをしていいと許可したの!? いつ!?」
「ほら。そうして拒絶反応が出る以上、どっちかが“自然だ”って思ってても、相手が自然の流れとして受け取れなきゃ受け容れられないもんだろ?」
「なっ……───一刀。貴方今、わたしで遊んだわね?」
「いや。遊んでないし、華琳が好きだからこそ思い悩むより突っ走ってみた」
「っ……! う、なっ……!」
真正面から真っ直ぐに華琳の目を見て気持ちをぶつける。
手を取り、自然に笑んでいく頬をそのままに。
「ははっ……思えばさ、俺達キスするのに夢中で、好きだとか愛してるだとか飛び越しちゃってたよな。……言ったのも、どさくさ紛れっぽかったし。だから───」
天に帰り、離れてしまっていた分。
他国を回り、離れてしまっていた分。
焦がれた日々の全てを言葉にこそ込めるように、解き放つ。
「好きだ、華琳。お前を愛している。出来ることなら“過去”になんかしたくなかった。離れた時から今まで、ずっとずっとお前を想っていた」
「───、…………、~……~っ……!!」
“愛していたよ”と過去にし、消えてしまったあの日を思う。
どうして愛していると伝えられなかったのか。
天で生きる日常の中で、目の前の少女を忘れる日など片時もなかったというのに。
会えないのが辛い。胸が締め付けられ、行き場の無い思いを鍛錬に、勉学にぶつけていたようなものだ。
「やっと、真っ直ぐに伝えられる。明日まで待って、きちんと以前のままの俺で届けたかったけど……ごめん、我慢が出来なかった」
じわりじわりと赤くなっていった華琳を抱き締める。
抵抗は……無かった。
ただ、突然の告白にどう反応すればいいのかを必死に探している少女のような様子で、華琳はかちんこちんに固まっていた。
そんな彼女を胸に抱きながらやさしく頭を撫でることで、心の中にやさしい気持ちが溢れてくる。
…………でも。
「……でも……そうだよな───そうなんだ。俺がやろうとしてることは……こんなやさしい気持ちの時に……相手に“お前の気持ちは受け取れない”って言うのと……同じなんだよな」
それは……とても辛い。辛く、悲しいことだった。
もし俺が華琳にそんなことを言われたらどう思うだろう。
もし華琳にそんなことを言われたとしたら春蘭なら? 桂花なら?
「……うん、うん……」
静かに頷きながら、少しずつ覚悟を決めていく。
支柱になると決めた。けどそれはどれかの国に思いが偏っているようじゃあ、あまりにも贔屓に走る支柱だ。
柱が傾いていては、周囲にあるものは安心出来るはずもない。
じゃあどうするのか。
その答えは……もう華琳が持っている。だから俺は、今度こそ俺らしく。
「強すぎる思いは絶に託していくな? それは証として、華琳が持っていてくれ」
「…………ええ。貴方なりの甲斐性というものを見せてみなさい。三国を愛し、三国を受け容れ……三国に死する貴方で在りなさい。天が御遣い、北郷一刀」
「……ああ。ただまあ、もしみんなが他の誰かを好きになったって言ったら……それはそれで、素直に引くからな? 悲しくないわけじゃないけど、その方が幸せだっていうなら……相手の男を一発殴った上で任せるから」
「勝手になさい。あり得ないことでしょうけれど」
「自信満々だな……どこからそんな自信が溢れ出すんだか」
「そもそも貴方が人を殴る姿からして想像がつかないもの」
……対蜀軍時、撤退の際にあなたを引っ叩きましたが? 想像できないっていう意味ならなるほどだ。が、わざわざ口にすることでもないよな。
でもまあ……昔っから大事な娘……娘じゃないけど、大事な人を男に任せる時は、相手を殴るって決まってる。もし託すのだとしたら、俺はきっとそうして───……