翌朝、寝ていた俺が何かの気配に目を開けた時、枕元に幽鬼が立っていた。
「ほぉおぅわっ!?」
心底驚いてそんな声を出して起き上がった俺は、しかしそのままの勢いで立ち上がると構えて───……立っていたモノが真桜であることに気づき、停止。
「…………ど、どした?」
「たいちょ……いちお、試作……作っててん……ウチ……」
しっかり喋っているつもりなんだろうが、眠気のあまりだろうか……口がもごもご動いていて、何を言ってるのかよくわからない。
しかしズイと差し出された何かを見て、ほおと声を漏らした。
形は俺が知っているものとは随分違うが、これは綿菓子機……だよな?
少々小さいが……うん、それっぽいそれっぽい!
「ここ……ここな……? ここに氣ぃ伝わらせるとな……? 真ん中の器が…………」
頭がぐらぐら揺れている。
仕方もなしに工房試作品綿菓子機【小型】を机に置くと、真桜を抱えて寝台に寝かせる。袁術は……端っこで寝てるな、随分と気持ち良さそうに。
「たいちょ……? いややそんな、朝からやなんて……」
「ヘンな想像しない。今日非番だろ? 構わないからここで寝てろ」
掛け布団をかけてやると、その額を軽くぺしりと叩く。
なにか返すかと思いきや、よっぽど眠かったのかそのまま「すぅ……」と寝てしまった。
「……ふむ」
で、俺はといえば……こんなものをもらったからには試してみたくはなるもので。
童心が俺に動けと訴えかけているのだ。
「ん、と……これに氣を伝わせるっていったっけ?」
小さな棒が、受け皿であるたらい(のようなもの)から突き出ている。
それに触れ、一点集中で氣を込めてみると……ゴギャーと穴が開いた器が大回転する。
「……どうなってるんだろうな、これって」
氣で回転させるっていう原理がよくわからない。
実際回転してるんだから……まあ車をよく知らない人が、液体で車が動くことに疑問を持つくらいどうでもいいことだろう。
この場合は氣がガソリン代わりってことでいいんだろうな。
「うん、うんうんっ」
しかしながら男の子。
仕掛けアリで回転するもの、もちろん仕掛け無しで回転するものにも興味や疑問を持ってしまうが、こういうものを実際に動かしてしまえば“作ってみたい”とも思ってしまうもので。
砂糖だ! 砂糖と……蝋燭! ───厨房へ行こう! ……ザラメとかあったっけ? いいや無かったら無かった時だ!
わくわくを抑えきれない子供のように、「うっひゃっほぉーい!」と叫びながら部屋を飛び出し厨房へ走る俺が居た。
なるほど、楽しみたい時に思いっきり楽しむためには童心が必要だ。
こんな時はじいちゃんの顔が頭の中に浮かぶなぁ。
……。
そんなわけで、自室の机でごくりと喉を鳴らす俺。
未使用の竹簡を四本、離れた位置に立てて、その上に綿菓子機を置く。
当然、火を当てる中心には竹簡は無く、変わりに蝋燭が数本と火打石を用意。
砂糖も用意した。絡め取るための棒も良し。
さあ、いざ砂糖を入れて点火して……少し溶けるのを待ってから、氣を……送るッ!!
「お……おおっ! 速い!」
ゴギャーと、まるでドリルのように高速回転する器に子供のようにはしゃぐ。
そして、しばらくすると細かに開いた穴からは白い糸が吐き出されてゆく。
「おぉおおおお出た出たっ! っととととしまった!」
ハッと思い出して棒を手に取り、それを絡め取っていく。
次々と吐き出される糸状の砂糖が外気に触れて固まると、巻いていくたびに雲のようなカタチに纏まっていった。
実際に綿菓子なんて作ったことがなかったもんだから、もう
調子に乗って氣を送り、砂糖を入れ、しっかりとしたフワフワ綿菓子を一本製作してみせた俺は、さらにもう一本───! と思い立ったところでなんとか自分を制御。
いかん、この調子でいくと爆発オチが待っている気がしてならない。
「………!」
そんなわけで、火を消して綿菓子機から手を離し、完成した綿菓子を構え、おもちゃを手にした少年の如き輝く笑顔をしているであろう俺。
だっ……誰かに見てもらいたい! この完成を、誰かに!
真桜、は……寝たばっかりだし、袁術も熟睡だし……そうだ凪! 凪に…………
「…………凪の部屋まで、綿菓子を手に笑顔で駆ける男を想像してください」
……童心があってもちょっぴり恥ずかしかった。
ここで誰かが都合よくノックしてくれたりしたらなぁ───……コンコン。
「───」
来た。
え? なにこのタイミング。
まあいいや! ともかく、せっかくのこの綿菓子! 開けた先に居るあなたに!
無駄にテンション高く、扉へと走って、開け放つと同時にこれをどうぞと突き出して……
「………」
「………」
桂花だった。
いや…………うん、なんだろう、この物凄いテンションの下がりよう……。
「あー、えっと…………一口食べる?」
「っ……」
「おおっ……?」
訊ねてみると、キッと睨まれた。
ギリリと握り締められた拳がなんだか怖い。
「なんで……どうしてわたしがこんな男に……! いくら華琳様のご命令だからって……!」
「?」
華琳? なに?
呪い殺されそうなくらい睨まれてるんだが……。
「ほ、北郷!」
「ん? なんだ?」
「ご…………ごめっ……~……、~……! ~……っ……!」
「お、おおおいおいおい!? こっちまで聞こえるくらい歯がギリギリ鳴ってるぞ!?」
「うるさいわね黙ってなさいよこの汚物!!」
「朝っぱらからひどいなおい!!」
「いいから耳塞いでわーわー騒ぎなさいっ! その間に言うこと言えばそれで済むんだからっ!」
「?」
よくわからんが、ならばと綿菓子を持っといてくれと渡して、耳を塞いで騒いでみた。
するとそんな声に紛れて、やっぱりギリリと歯を食い縛りつつも口を開き、何かを呟いた───途端に目的を達成したとばかりに逃走!!
「へ……? あ、おい桂花!? 桂花ぁあーっ!? 綿菓子! 綿菓子返せぇえーっ!!」
桂花が何かを呟いたと思ったら、綿菓子を手に逃走した!
いったい何が……よもやこれは仕組まれたこと……!?
華琳が綿菓子欲しさに軍師を向かわせ、この北郷めを謀り……!?
「………………」
ならいいか。
華琳にもあげるって約束を(一方的に)してたし、じゃあもう一本作って凪にも届けるか。と、扉を閉めて机に戻ると、再び綿菓子作りを開始した。
「よし」
朝っぱらから部屋に甘ったるい香り。
その匂いに誘われて起き出した袁術に綿菓子をあげて、遅くなった俺を呼びにきた凪にも一本、沙和にも一本。
フワフワの形に目を輝かせ、感触に微笑み、味にきゃいきゃいと騒ぐ沙和と凪を見て───俺も試しに食べたら、子供の頃以来の感触に顔が勝手に綻んだ。
せっかくだから、作る様も見せてみると……凪も沙和も袁術も、子供のように燥いでいた。ああ、俺もこんな顔してたんだろうなぁって思うと、奇妙な一体感とともに笑い合う。
(さて、今日も仕事だ。張り切っていきますか)
朝から中々元気になれた。
そんな気分に浸りながら隊舎へ向かい───……朝餉を食べていないことに気づき、空腹のままに仕事をする時間が続いた。
神様……俺、馬鹿だったけど……綿菓子と笑顔は作れたよな……?
……。
警邏を終えると空は暗く、周囲は静かになる。
今日も一日頑張ったなーと、みんなして城へ戻り、あとは纏めるものを纏めて寝るだけ。
夕餉も街のほうで食べたし、特に気にかかったりすることなんてない。
そんなわけで自室前までを歩くと、特に心構えをするでもなくいつも通りに扉を開く。
待っているのは、普段の自室風景に袁術が加わっただけのもの。
そんな部屋の中をとことこと歩き、机に座ると早速竹簡を開き、纏めにかかる。
報告等はメモにとったし……うーむ、やっぱり便利だなぁメモ。
春蘭には嫌がられたけど、確かにシャーペンで書くんじゃなければ邪魔でしかない。
体中に竹簡巻いて、カラカラと歩いていては落ち着けないだろう。
「………」
試しに、何も書いていない竹簡をカロカロと腕や腰などに巻いてみる。
…………邪魔だな。
苦笑をひとつ吐いて椅子に座り直すと、筆を走らせて纏めていく。
「………」
しかし、纏めることも案外少ない。
毎日毎日騒ぎがあるわけでもなく、平穏に終わる日は本当に平穏なまま終わる。
今日って日は、まさにそんな日だったのだ。
“
細かいことを抜かせば、その一行で終わってしまうほど静かだった。
朝に綿菓子機をいじっていろいろやったって程度で、今日って日は本当に静かだった。
それでも細かいことでも書いておかねばと軽く纏め、せっかくならばと書簡に目を通してから気になっていたことを煮詰める。
各区毎の詰所による役割分担みたいなものだ。
この区はこういう事件が多かった、この区はこういったことが少なかった、などのことを見直して、この区にはこれを任せるって感じのもの。
そういったことを軽く纏めてみると……やっぱり本日のお勤めは終了する。
「それにしても、詰所を見て回ったけど」
結構汚れてた。
率先して掃除をする奴が居ない所為かもしれないが、今度思いっきり掃除したほうがよさそうだ。
……さて。やることも無くなったし……
「………」
「………」
じぃっと袁術に見つめられていることに気づき、即興昔話のネタでも考えるかと苦笑と溜め息。
考えるかっていっても即興だから、出だしをどうするか程度しか考えないんだけどさ。
そんなことを袁術に見られながら思い、椅子から立ち上がると寝台へ。
いつも通りと言えばいつも通りになるのだろうこの瞬間を、愉快な昔話を語りながら過ごした。